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No.241 - ウリ科野菜による中毒の危険性 [科学]

No.178「野菜は毒だから体によい」の関連記事です。No.178で書いたことを要約すると次のようになります。

植物は昆虫や動物から守るため、毒素をもつように進化してきた。

これらの毒素のなかには人間にとって "ホルミシス" を起こすものがある。ホルミシスとは、少量を摂取すると有益だが、多量に摂取ると有毒になる現象を言う。

ホルミシスを起こす毒素を少量摂取すると、人間の体はそれを排除しようとして活性化する。これが人体にとって有益となる。

ホルミシスの一つの例だが、カレーの香辛料の一つであるターメリックに含まれるクルクミン(黄色の物質)は、脳において活性酸素を除去する抗酸化酵素の生産を促進するように働く。これがアルツハイマー病の直接原因であるベータアミロイドの蓄積を減少させる。

ターメリックに関して思い出しましたが、よく「インド人には認知症が少ない」と言いますよね。これは疫学的にも確かなようです。これもホルミシスの効果かも、と思ったりします。

しかしホルミシスの原因物質は「微量だと益になる」わけで、毒素であることには変わりありません。薬か毒かは一つの物質の表と裏です。そしてそれは植物が敵(昆虫や動物)を撃退するために発達せた "毒" が本来の姿なのです。

この「植物に含まれる毒」に関して、意外にも身近な野菜で中毒を起こす場合があるという記事を最近読みました。今回はそれを紹介したいと思います。2018年8月9日の Yahoo Newsに、

  ズッキーニやヘチマなど「ウリ科野菜」中毒の危険性

と題したコラムが掲載されていました。書いたのはライター・編集者の石田雅彦氏です。石田氏は Yahoo News のプロフィールでは「横浜市立大学・共同研究員」「自然科学から社会科学まで多様な著述活動を行う」「日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)会員」とあるので、今回のコラム記事に関して言うと "科学ジャーナリスト" が適切な肩書きだと思います。このコラムには13の引用文献が明示されていて、いかにも科学ジャーナリストという感じがしました。以下、石田氏の記事の内容を紹介します。


ウリ科野菜


ウリ科の植物は人類の歴史上、極めて古い作物や野菜を含んでいます。つまり、

キュウリ
ズッキーニ
トウガン
ゴーヤー(ニガウリ、ツルレイシ)
ヒョウタン
ヘチマ
ユウガオ(カンピョウの原料になる)
カボチャ
メロン
スイカ
マクワウリ

などです。このウリ科植物を食べて、希に嘔吐や下痢などの中毒症状を起こすことが報告されています。原因物質はウリ科植物に含まれる苦味成分の "ククルビタシン"(Cucurbitacin。AからTまでの18種ある)です。ククルビタシンはウリ科植物以外にも、アブラナ科の植物や香木の沈香、ある種のキノコ(ベニタケやワカフサタケの仲間)、あるいは海の軟体動物にも含まれます。

ウリ科植物に含まれるククルビタシンによる中毒の事例は数々報告されています。石田氏の記事から紹介すると以下です(記事には引用元が明示されていますが省略しました)。


2001年には沖縄で自家栽培のヘチマを食べて30分後に嘔吐し、下痢が止まらないという人が出た。この場合、ククルビタシンの量は少なかったが、それでも中毒症状を引き起こした。

2007年には、長野県で自家栽培したヒョウタンの塩漬けを食べた直後に嘔吐し、吐血と下血して救急外来へ駆け込んだ事例が報告されている。これはヒョウタンに含まれるククルビタシンBによる十二指腸炎と診断された。

2008年には自家栽培したヘチマを食べ、これまでに経験したことのない苦味を感じて保健所に相談した事例が沖縄でいくつか報告されている。沖縄といえば同じウリ科のゴーヤーだが、味噌煮にしたヘチマや煮物や汁物にしたユウガオ(チブル)も食べる。

2014年には岡山県でズッキーニを食べた男女14人が、下痢や腹痛などの食中毒症状を訴えていたことがわかっている。同年、岡山県は「強い苦味のあるウリ科植物にはご注意ください」という注意喚起を出した。

2018年には、フランスでカボチャの(Squash)スープを食べたフランス人が中毒になり、嘔吐や下痢、1週間後に頭髪や陰毛の脱毛の症状を起こしたという2症例の報告が出された。フランスではカボチャを多く消費するが、2012~2016年にフランスの毒物管理センターに報告されたカボチャ中毒は353人に上るという。

日本でも最近(2018年5月)、長野県がウリ科植物に注意喚起をし、カンピョウの原料になるウリ科のユウガオで食中毒の危険性があるとしている。ユウガオはスイカなどを栽培する際の接ぎ木の台木に使用されることがあり、この台木からとれるユウガオの実にククルビタシンが多く含まれる場合があるそうだ。

石田雅彦
Yahoo News(2018年8月9日)

苦い野菜の代表格はゴーヤーですが、ゴーヤーの苦味はククルビタシンもありますが、そのほとんどは中毒を引き起こさないモモルジシン(momordicin)によるものです。沖縄ではゴーヤーの苦みに慣れっこになっています。石田氏の記事には「沖縄県では、ゴーヤーより苦いヘチマやユウガオは中毒の危険性があるので注意するように喚起しているが、ゴーヤーに慣れているせいか多少苦くても食べてしまうケースが多い」とありました。上の引用にあるヘチマ中毒が報告されたゆえんです。

普通、キュウリやスイカ、メロン、ズッキーニなど食用のウリ科植物には、ククルビタシンは含まれていないとされています。これらの野菜は長い品種改良の結果、苦味成分を除外し、ククルビタシンを含まないように栽培されてきたからです。

たとえばキュウリ(Cucumber)の原産地は中東と考えられていて、その後、東西へ伝えられて、日本でも古くから食用の野菜になってきました。キュウリの遺伝子を調べた研究によれば、野生種の苦いキュウリがこれまで4段階を経て品種改良され、食用になったことがわかったそうです。この研究では、キュウリの苦味が葉と実の遺伝子に分けられた結果、実のほうに苦味が少なくなったといいます。

このように食用野菜は安全なのですが、しかし連作や水やりの不足、温度変化、野生種や観賞用植物などからの花粉飛来や昆虫の受粉による交雑などの要因で、ククルビタシンを多く含むウリ科野菜ができてしまうことが希にあるようなのです。

石田氏は「キュウリやズッキーニ、ヘチマなどを食べる際には、切り口を少しなめてみて、もしも強烈な苦みがあり違和感があったらすぐ食べるのは避け、保健所などに相談したほうがいいだろう」と書いています。キュウリのヘタの部分が苦いことはありますが、切り口が苦いというのは普通ありません。普通は苦くない部分が苦いのは要注意、ということだと思います。


有毒な野生種を食用と見間違う


石田氏はさらにウリ科植物から離れて、有毒な野生種を食用の植物と見間違う場合があることに注意を喚起しています。


2018年7月23日には北海道でイヌサフランの球根(鱗茎)をジャガイモと間違えて食べて食中毒で亡くなった人が出た。イヌサフランには有毒なアルカロイドの一種、コルヒチン(Colchicine)が含まれ、呼吸困難などの症状を引き起こす。

ほかにもニラに似たスイセン(ヒガンバナ・アルカロイド)、フキノトウに似たナス科のハシリドコロ(ヒヨスチアミン、Hyoscyamineなど)、セリに似たドクゼリ(シクトキシン、Cicutoxinなど)など、間違えやすく毒性の強い植物は多い。

石田雅彦
Yahoo News(2018年8月9日)

子供のころにヒガンバナ(彼岸花、曼珠沙華)は毒だと教えられたことがあります。日本で水田のあぜ道にヒガンバナが植えられたり、また墓地(昔は土葬)に植えられたりしたのは、ネズミ、モグラ、虫などがその毒性を嫌って忌避するようにという工夫だったようです。

ヒガンバナ科の植物に含まれるアルカロイドを「ヒガンバナ・アルカロイド」と総称しますが、その中のリコリンは有毒です。そしてスイセンもヒガンバナ科の植物であり、全草が有毒です。スイセンの葉は形だけを見るとニラとそっくりなので、誤食による中毒も起こるのでしょう。

イヌサフラン(花).jpg
イヌサフラン(葉).jpg
イヌサフランの花と葉。いずれも有毒。
厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル」より


ハシリドコロとフキノトウ.jpg
ハシリドコロの若い芽生え(左。有毒)と、フキの花(フキノトウ)の芽生え(食用)
厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル」より


自然毒のリスク・プロファイル


石田氏のコラム記事からは離れますが、厚生労働省はホームぺージの中に「自然毒のリスクプロファイル」というページを設けています。これは動物性自然毒(=魚介類の毒)と植物性自然毒(キノコ毒、および高等植物毒)に分けて、その毒性や中毒事例をまとめたものです。石田氏のコラムで紹介されている植物は「高等植物毒」のカテゴリーにあって、ウリ科植物ではユウガオの毒性が紹介されています。

「自然毒のリスクプロファイル」にある高等植物毒の中で少々意外なのはアジサイです。アジサイの葉は刺身のツマのように時々料理に添えられることがあり、それを食べた人が中毒症状を起こした事例があるようです。アジサイがなぜ中毒を起こすのか、まだ本質的な解明はされていないようです。

高等植物毒で最も有名で、かつ身近な野菜はジャガイモです。よく知られているようにジャガイモの芽と、光が当たって緑になった皮の部分にはソラニンという毒素が含まれています。中毒症状を起こす事例も毎年出ているようです。

No.206「大陸を渡ったジャガイモ」で紹介しましたが、ジャガイモは南米のアンデス山脈の高地が原産です。山本紀夫氏「ジャガイモとインカ帝国」(東京大学出版会。2004)によると、アンデス高地には現在でもジャガイモの野生種が自生しています。しかし野生種は小指ほどの大きさしかなく、イモ全体にソラニンが含まれるため食用には向きません。この野生種から栽培種を作り出したのがアンデスの人々です。栽培種は、芽の部分にはソラニンがありますが、基本的に煮るだけで食べられます。この栽培種が全世界に広まり、19世紀ごろまでは「貧者の食べ物」として多くの人々の命をつないできたわです。

人類は農耕を始めてから、野生の植物を何とか食べられるように改良してきて、ジャガイモはその一例です。しかし本来、植物の毒は植物の防衛のためにできたものです。ウリ科植物に希に食中毒を起こす個体ができるというのは本来の姿が戻ったわけで、驚くに当たらないのでしょう。



ウリ科植物で中毒を起こすククルビタシンは、苦いと感じる物質です。この例のように「苦味」は基本的に「危険」のサインです。では「苦味」を忌避したらいいのかと言うと、そうではありません。No.177「自己と非自己の科学:苦味受容体」に書いたように、人体は苦味を感じるとその原因物質を排除しようと活性化します。それは安全な苦味(たとえばコーヒー)でも起こる。このメカニズムは最初に書いたホルミシスと同じです。ククルビタシンを含む植物が漢方薬でも使われるように、有害と有益は表裏一体なのです。我々は「ダメージにはならない程度の、ごく小さな危険」と常時接することにより、防御反応を活性化させ、それが体にとって有益になる ・・・・・・。それは、No.225「手を洗いすぎてはいけない」で書いた、「微生物と常に接する環境でこそ人間は健康に過ごせる」ことと相似形だと思います。




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No.240 - 破壊兵器としての数学 [社会]

No.237「フランスのAI立国宣言」で紹介した新井教授の新聞コラムに出てきましたが、マクロン大統領がパリで主催した「AI についての意見交換会」(2018年3月)に招かれた一人が、アメリカの数学者であるキャシー・オニールでした。彼女は、

Weapons of Math Destruction - How Big Data Increases Inequality and Threatens Democracy」(2016)

破壊兵器としての数学 - ビッグデータはいかに不平等を助長し民主主義をおびやかすか

という本を書いたことで有名です。Weapons of Mass Destruction(大量破壊兵器。WMDと略される)に Math(Mathematics. 数学)を引っかけた題名です(上の訳は新井教授のコラムのもの)。この本は日本語に訳され、2018年7月に出版されました。

キャシー・オニール 著(久保尚子訳)
「あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠」
(インターシフト 2018.7.10)

です(以下「本書」)。一言で言うと、ビッグデータを数式で処理した何らかの "結果" が社会に有害な影響を与えることに警鐘を鳴らした本で、まさに現代社会にピッタリだと言えるでしょう。今回はこの本の内容をざっと紹介したいと思います。なお、原題にある Weapons of Math Destruction は、そのまま直訳すると「数学破壊兵器」で、本書でも(題名以外は)そう訳してあります。


本書で扱っているテーマ


本書をこれから買おうと思っている方のために、2つの留意点を書いておきます。

 AIについての本ではない 

Weapons of Math Destruction.jpg
キャシー・オニール
(久保尚子訳)
「あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠」
(インターシフト)
まず注意すべきは、本書は題名とは違ってAIについての本ではないということです。原題が暗示するように "数学"(Math)が社会に与える影響、特に悪影響(ダークサイド。暗黒面)についての本です。もちろん AI も数学の一部なのですが、直接的にAIはほとんど出てきません。日本語の題名に原題には無い "AI" を入れたのは、本が売れやすいようにということだと思います。最近の各種メディアでは「なんでもかんでも AI というタイトルをつける」傾向にありますが、その風潮に乗っかった日本語題名と言えるでしょう。

数学が社会に与える影響と書きましたが、もっと詳しく言うと「数学モデル(数理モデル)が社会に与える影響」です。この数学モデルは人間が考え出したものであり、単純な数式のこともあれば、複雑な(数学的)アルゴリズムのこともあります。AIはその極めて複雑な部類です。この数学モデルにはデータ(ないしはビッグデータ)が入力されます。そして計算の結果として、

  評価、判断、分類、予測、グループ分け、ランキング(ランク付け、順位付け)、スコアリング(スコア付け、点数付け)、指数、指標

などが出力されます。その多くは個人に関するものですが、組織体(大学、高校、企業、自治体、国、・・・・・)について評価のこともあり、また「犯罪発生場所の予測」といった場所・地区に関する数値であったりもします。

最も単純な数学モデルの例は、本書でも出てくる BMI(Body Mass Index。ボディマス指数)でしょう。人の身長と体重を入力とし、"数学モデル" によって「肥満度の評価指標値」を出し、同時に人を「肥満・普通・痩せ」に分類します。この場合の "数学モデル" は、体重(kg)を身長(m)の2乗で割るという単純な数式です。

もちろん数学モデルの利用は近代科学が始まったときからの歴史があります。むしろ数学モデルを使うことで近代科学が生まれたと言えるでしょう。現代でも身近なところでは、気象の予測には膨大な計算を必要とする数学モデル(=物理モデルをもとにした数学モデル)が使われています。もちろん自然科学だけなく社会科学にも使われます。

この数学モデルが社会に悪影響を与えるとき、キャシー・オニールはそれを「数学破壊兵器 = WMD」と呼んでいるわけです。悪影響とは、たとえば差別を助長するとか、貧困を加速するとか、公正ではない競争を促進するとか、平等の原則を阻害するとかであり、その具体的な例は本書に出てきます。

 アメリカの事例 

2つめに留意すべきは、本書に取り上げられているのはアメリカでの事例だということです。日本では考えられないような実例がいろいろ出てきます。それらを単純に日本に当てはめることはできない。

しかし我々としてはアメリカでの数学破壊兵器の実態を反面教師とし、そこから学ぶことができます。かつ、本書に出てくるアメリカの巨大IT企業(フェイスブック、グーグル、アマゾンなど)は日本でもビジネス展開をしているわけで、我々も常時利用しています。もちろん、これらのIT企業が数学破壊兵器を使っていると言っているのではなく、その危険性があると指摘しているわけです。こういった知識を得ることも有用でしょう。


キャシー・オニールの経歴


Cath ONeil.jpg
キャシー・オニール
Cathy O'Neil
(site:www.barnesandnoble.com)
本書の内容を理解するためには、著者のキャシー・オニールの経歴に注目する必要があります。彼女は小さい時から数学マニア("オタク" が適当でしょう)だったようで、14歳のときには「数学キャンプ」に参加したとあります(そんなキャンプがある)。数学は現実世界から身を隠す「隠れ家」でもあったと、彼女は述懐しています。そしてハーバード大学で数学の博士号(代数的整数論)をとり、コロンビア大学で終身在職権付きの教授になりました。そしてその教授職を辞して、大手ヘッジファンド、D.E.ショーに転職し、クオンツとして働きました。クオンツとは数学的手法で分析や予測を行う、金融工学の専門家(データ・サイエンティスト)です。通常のヘッジファンドのクオンツはトレーダーの下働きですが、D.E.ショーではクオンツが最高位だったとあります。

まさに学者としてエリートであり、ヘッジファンドに転職というのも華麗な経歴です。ところが転職して1年あまりの2008年秋、世界経済は崩壊に直面しました(= リーマン・ショック)。彼女は次のように書いています。


かつて私を保護してくれた数学は、現実世界の問題と深く絡んでいるだけではなかった。数学が問題を大きくしてしまうことも多いという事実を、この経済崩壊はまざまざと見せつけてくれた。住宅危機、大手金融機関の倒産、失業率の上昇 ── いずれも、魔法の公式を巧みに操る数学者によって助長された。それだけではない。私が心から愛した数学は、壮大な力をもつがゆえに、テクノロジーを結びついてカオスや災難を何倍にも増幅させた。いまや誰もが欠陥があったと認めるようなシステムに、高い効率性と規模拡大性を与えたのも数学だった。

キャシー・オニール著
「あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠」
(久保尚子訳。インターシフト。2018.7.10)

本書の根幹にあるキャシー・オニールの "思い" とは、愛する数学が社会に災いをもたらすことへの危機感(ないしは "数学をもて遊ぶ人たち" への怒り)と、短期間とはいえ "災いをもたらす側で数学者として働いた" という自責の念、の2つでしょう。本書の第2章では「内幕」と題して2008年の前後の金融業界・ヘッジファンドの内情が生々しく語られています。

彼女はヘッジファンドを離職し、現在は企業が使うアルゴリズムを監査する会社(彼女自身が立ち上げたもの)のトップを努めています。もちろん彼女は数学モデルやアルゴリズム(AIもその一種)を否定しているのではありません。「盲信するな」と警告しているわけです。

そのようなスタンスは本書でも明らかです。本書には「明白な数学破壊兵器の例」もありますが、「数学破壊兵器になりかねないもの」や「有益なツールだが、使い方によっては数学破壊兵器になるもの」、「将来、数学破壊兵器へと発展しかねないリスクがあるもの」の例などが出てきます。幅広い見地から "数学の有害利用" を指摘しアラームをあげることによって、それを正そうとする本と言えるでしょう。



以下に本書にある多数の事例から3つの例だけを紹介します。教育と犯罪に関するものです。


教師評価システム


本書で最初にあげられている数学破壊兵器の例が、教師の評価スコアを算出するツールです。


2007年、新たにワシントンDC市長になったエイドリアン・フェンティは、学力水準の低い市内の学校の状況改善を決意し、身を粉にして働いた。当時、第9学年を終了して卒業まで漕ぎつける高校生は2人に1人、第8学年で数学の成績が学年水準に達している生徒はわずか 8% というあり様だった。フェンティは、新たにワシントンDC学区の教育総長という役職を設置して強い権限をもたせ、教育改革論者のミシェル・リーを起用した。学生の成績が十分でないのは教師の教え方が悪いからだ、という理論に立ち、2009年、リーは業績の低い教師を一掃する計画を実行に移した。

(中略)

リーは、IMPACTと呼ばれる教師評価ツールを考案し、2009~10年の学年度末に、評価スコアが学区内の下位 2% に入る教師を全員解雇した。翌年にはさらに、下位5% に相当する 206名が解雇された。

「本書」

ワシントンDCの教師だったサラ・ウィソッキーの例が出てきます。彼女はマクファーランド中学で第5学年(日本式に言うと中学1年)の受け持ちでした。彼女は子供たちに対するきめ細かい配慮で保護者からも高く評価されていました。ところが2009~10年の学年度末に、IMPACTによる評価の結果、下位5% に相当するとされ、他の205名とともに解雇されてしまったのです。

この原因は、2009~10年の学年度からIMPACTに新たに組み込まれた「付加価値モデル」で、彼女のこのスコアが著しく低かったのです。「付加価値モデル」は、教師が数学と英語を教える能力を評価しようとするもので、生徒の学力がどれほど向上したかで判定されます。この評価はIMPACTの評価の半分を占めていました。残りの半分は学校の経営陣からの評価や保護者からの評価などです。

サラ・ウィソッキーは自分の評価が不当だと思い、調べ始めました。「付加価値モデル」はワシントンDC学区と契約を結んだプリンストンの「政策数理研究所(Mathematical Policy Research)」が開発したモデルで、生徒の学習進捗度を測定した上で、学力の向上・低下についての教師の貢献度を評価しようとするものです。これは当然のことながら、多数の要因が関わる極めて複雑なものになります。サラ・ウィソッキーは自分の評価が低かった理由の説明を求めましたが、結局、誰からも説明を聞くことができませんでした。IMPACTを運用するワシントンDC学区の役員でさえ説明できないという「完全なブラックボックス」だったのです。

キャシー・オニールはこの「付加価値モデル」について2つ指摘しています。まずこの数学モデルを作ったときのサンプル数が少なすぎることです。わずか25~30名の生徒の学習進捗度調査がもとになっているといいます。学力の向上についての教師の貢献度というような複雑なテーマなら「無作為に抽出した生徒、数千~数百万のサンプル」が必要と書いています。必要数とともに "無作為抽出" がキーポイントです。

さらに、数学モデルで必須の "フィードバック" がないことが問題です。フィードバックの例としてアマゾンの商品のレコメンデーションを考えてみると、レコメンデーションのアルゴリズム(=数学モデル)が良いか悪いかは、レコメンドした商品を顧客がクリックしてくれるかどうかで測定できます。この測定をもとに、レコメンデーションのアルゴリズムがたえず調整されています。

ところが「付加価値モデル」にはフィートバックがありません。数学モデルが良いか悪いか、それを学習して修正する機会がありません。特に、教師を解雇してしまったらそれで終わりです。あとの追跡もできない。キャシー・オニールは次のように書いています。


数学破壊兵器の多くは、ワシントンDC学区の付加価値モデルも含めて、フィードバックがないまま有害な分析を続けている。自分勝手に「事実」を規定し、その事実を利用して、自分の出した結果を正当化する。このようなたぐいのモデルは自己永続的であり、極めて破壊的だ。そして、そのようなモデルが世間にはあふれている。

「本書」

サラ・ウィソッキーの話には続きがあります。彼女はマクファーランド中学の5年生(日本式に言うと中学1年)を受けもっていますが、入学してくる生徒の大半はバーナード小学校の出身でした。


マクファーランド中学で過ごした最後の年が始まる前、彼女は、自分がこれから受け持つことになる生徒について、前年度末の小学校の学力テストの点数が驚くほど良いことに気づき、喜んでいたのだ。サラが受け持つ生徒の大半は、バーナード小学校の出身だった。バーナード小学校では、学生の29%が「上級レベルの読む力」と評価されていた。これは、この学区の平均の5倍に相当する。

ところが、実際に授業を始めてみると、生徒の多くは簡単な文を読むにも苦労していた。ずいぶん後になって、ワシントン・ポスト紙やUSAトゥデイ紙の記者が明らかにしたところによると、この学区内の41校で、標準学力テストの回答用紙に答えを消した跡が大量に見つかり、その41校のなかにバーナード小学校も含まれていた。高い率で答えが修正されていたということは、不正行為が行われた可能性が高い。学校によっては、70%の教室で不正が疑われた。

「本書」

教師は生徒の学力テストの成績が悪ければ自分の職が危うくなることを知っています。逆に成績が良ければ最高 8000ドルの特別手当が支給される。ましてや、リーマンショック後の労働市場が大打撃を受けていた時期です。小学校の教師が生徒の回答を修正したのではないかと疑われるのです。

サラ・ウィソッキーはこのことを知って、自分が解雇されたことに合点がいきました。しかしワシントンDC学区の責任者は聞く耳をもちません。「回答用紙の消し跡は "示唆的" であって、彼女の受け持ったクラスの数値に誤りがあった可能性はある。しかし決定的証拠ではない。彼女に対する処遇は公正だった」というのが責任者の言い分でした。

このあたりが数学破壊兵器の怖いところです。数学モデルで算出されたということで、人間が聞く耳を持たなくなってしまうのです。一人の人生をひっくり返すような決定をしているにもかかわらず ・・・・・・。



教師を評価する「付加価値モデル」の別の例が出てきます。ニューヨーク州の中学の英語教師、ティム・クリフォードは勤続26年の教師ですが、ある年、ワシントンDC学区と類似の「付加価値モデル」で解雇の標的となりました。100点満点で6点という最悪の成績だったからです。幸い彼は終身雇用を保証されていたので解雇されませんでしたが、スコアの低い年が続けば教師の職に居づらくなります。

「付加価値モデル」はクリフォードに落第点をつけましたが、改善点についてのアドバイスをしたわけではありません。彼は今まで通りの教え方を続けましたが、翌年の彼の評価スコアは何と96点でした。教師の "能力" が1年で90ポイントも変動するというのは、要するにデタラメということにほかなりません。このデタラメが持ち込まれた理由について、キャシー・オニールは統計学的に分析していますが、次のところが最も重要でしょう。


クリフォードは、自分に対する評価を大きく変えた不透明な数学破壊兵器について、事実上、何の情報も与えられていなかったが、評価が大きく揺れた理由には、学生の多様性が関係しているものと推測していた。評価の低かった年について、「僕は成績優秀な学生を多く教えていましたが、特殊教育を必要とする学生も多く教えていました。貧窮する学生を担当したり、トップクラスの学生を担当したり、あるいはその両方を担当したりすると、問題が起きるのだと思います。貧窮する学生は学習上の問題を抱えているので、成績が上がりにくくなっています。また、トップクラスの学生も、元からほぼ満点なので、成績が上がる余地は限られ、スコアはあまり変化しません」と説明してくれた。

その翌年に彼が担当したクラスは、前年とは異なる構成で、大半は極端に優秀でもなく、極端に劣るわけでもなく、その中間に位置する学生だった。すると、問題教師から素晴らしく優秀な教師へと生まれ変わったような結果になった。

「本書」

クリフォードのような例は多く、ある分析では同じ科目を何年か連続して教えた教師の4人に1人で、評価スコアが40ポイント以上変動していたといいます。キャシー・オニールは次のように結論づけています。


これはつまり、評価データは実質的にランダムであり、場所を問わず通用するような教師の能力を示しているわけではないということだ。教師の評価スコアは、数学破壊兵器がデタラメに導き出した数字にすぎない。

「本書」

本書には、今も40の州とワシントンDCで「付加価値モデル」が使用されていると書かれています。

数学モデルには、それを作る側の「見解」が反映されます。どんなデータを収集するのか、何をアンケートで問いかけるのかにも、作り手の価値観や欲求・欲望が反映されます。さらにそこに、先入観や誤解、バイアス(偏見)が入り込む

教師を評価する「付加価値モデル」に関して言うと、その最大の誤解は人を教えるという教師の能力を数値で評価できるという考えそのものでしょう。


USニューズの "大学ランキング"


2つ目の例は、これも教育に関するもので、時事雑誌「USニューズ」が発表している大学ランキングです。


事の起こりは1983年。この年、経営不振に陥っていた時事雑誌『USニューズ & ワールド・レポート』は、野心的な取り組みを開始した。全米の大学1800校を評価し、ランキング化したのである。この取り組みは、うまくすれば、人生初の一大決心を迫られた大勢の若者の行く手を照らす便利なツールになったことだろう。多くの場合、そのたった1回の選択で、将来のキャリアパスも生涯の友との出会いも、人によっては生涯の伴侶との出会いまでもが決まってしまうのだから。

しかし、編集部が望んでいたのは、ただただ、大学ランキング特集が売店で大きな話題を呼ぶことだった。おそらく、その1週間の『USニューズ』の販売部数は、ライバル誌『タイム』と『ニューズウィーク』の合計に匹敵したのではないか。

「本書」

この最初のランキングは、大学総長などの意見をもとに評価点を決めました。雑誌の読者には好評でしたが、多くの大学経営陣を怒らせ、不公平だという声が殺到しました。

そこでUSニューズは、データをもとにランキングを決めようとしました。しかし大学の「教育の卓越性」を計る指標を作るなど無理です。大学が1人の学生に4年間でどれだけ影響を与えたかは定量化できないし、全米で数千万もいる学生に対する影響など計りようがありません。そのためUSニューズは、測定可能で「教育の卓越性」と関係がありそうなデータ = "代理データ" をもとにランキングを決めようとしました。代理データとは次のようなものです。★は少ないほど良い指標です。

合格率(入試の受験者数に対する合格者数の割合★)
学生の大学進学適性試験(SAT)の成績
2年生に進学した新入生の割合
6年以下で卒業できた学生の割合
教員1人当たりの学生数(★)
1クラス当たりの学生数(★)
常勤教員の比率
教員の給料
学生1人あたり大学が使った費用
存命の卒業生のうち、大学に寄付をした人の割合

大学の評価点の75%はこのような代理データ(計、14項目)をもとに、それぞれに重みをつけて算出されます。そして残りの25%は大学総長や学部長の外部評価(他大学の評価を問う質問票のスコア)で決まります。外部評価が最大の重みを与えられていますが、こうした評価は広く名が知られた有名校ほど有利になることに注意すべきです。この合計15項目を点数化し、その合計点で大学のランキングをつけるわけです。


こうしてUSニューズは、1988年に初めて、データに基づくランキングを発表した。結果は良識的だった。しかし、このランキングが全国標準へと成長していくと、悪質なフィードバックループが姿を現した。問題は、このランキングが自己を補強していくところにある。USニューズのランキングで順位が低かった大学は、評判が落ち、条件が悪化する。トップクラスの学生も、トップクラスの教授も、その大学を避けるようになる。卒業生は遠巻きにしながら抗議の声をあげ、寄付を渋るようになる。するとランキングはさらに下落する。つまり、ランキング結果が大学のその後の運命を決める。

(中略)

大学というのは、ジャンルの異なる音楽のようなもの、文化の異なる食事のようなものである。さまざまな意見があって当然であり、それぞれの立場から建設的な議論が重ねられてきた。それが今では、カレッジと総合大学の評判が息づく巨大な生態系のうえに、数字で表される単一の物差しが暗い影を落としている

大学総長たちは、この展開を心から悲しんでいることだろう。彼らの多くは、自分が大学で経験したあれやこれやを大切に思っているに違いない。それが、学問の世界で出世を目指そうと思った理由の1つにもなっているはずだ。それなのに、その世界の頂点まで登り詰めた今、彼らは二流の時事雑誌のジャーナリストが定めた15項目の評価を上げるために、膨大なエネルギーを費やしている。指導教官から高い評価を得ようと四苦八苦していた学生時代に逆戻りしたかのようだ。そう、彼らは、融通に利かないモデル ── 数学破壊兵器 ── に囚われてしまったのだ。

USニューズのランキングがほどほどの成功を収めていたのなら問題なかったのだが、実際には、強大な影響力をもつようになり、国内標準としての地位の急速に固めてしまった。以来、教育システムはがんじがらめになっている。大学経営陣も学生もランキングの言いなりにならざるをえず、自由度を失ったのだ。USニューズの大学ランキングは規模拡大性に優れており、損害の及ぶ範囲を広げながら、破壊的なフィードバックループによって終わりなき悪循環を生み出す。ほかの多くのモデルほど不透明ではないが、それでも、正真正銘の数学破壊兵器だ。

「本書」

ランキングを上げるために "捨て身の" 行動に出る大学も出てきました。ある大学は入学予定者にお金を払って大学進学適性試験(SAT)を再受験させていました(本書には書いていませんが、おそらくSATのスコアが悪かった入学予定者だと思います)。またUSニューズに嘘のデータを送る大学も出てきました(データはUSニューズからの調査票に回答する形で収集されます。回答しなかった大学についてはUSニューズが独自調査をします)。

さらに意図しない有害な状況も生まれてきました。ランキングの元になるデータの一つに合格率があります。これは低いほど(= 競争率が高いほど)良いとされる数値で、この数値を下げるためのまっとうなやり方は、大学の評判を高めて多くの入試受験者を呼び込むことです。しかしもう一つ、やり方があります。合格者数を少なくすればよいのです。

「滑り止め」の受験ということがあります。「滑り止め」にされる大学としては、合格しても入学を辞退する学生がいることが過去の経験からわかっているので、定員より一定数だけ多めに合格を出すのが普通です。これは合格率を上げることになります。そこで大学側としては「滑り止め」で受験したと推定できる学生をアルゴリズムで割り出し、その学生には合格を出さないという対応を始めました。今や「滑り止め」という概念は消えつつあり、そうなったのにはUSニューズのランキングが大きく影響しています。

これは受験生と大学の双方にとって不幸な状況です。受験生にとっては「滑り止め」が意味をなさなくなり、大学にとっては、たとえ「滑り止め」であっても入学してくれたかもしれない優秀な学生を失うことになるからです。

さらに、大学ランキングの大きな過ちは「入学金と授業料」がデータに含まれないことだと、キャシー・オニールは指摘しています。つまり「入学金と授業料は低いほど良い」という評価がされないのです。この理由を彼女は推測しています。つまり大学ランキングを作るときにUSニューズはハーバード大学、スタンフォード大学、プリンストン大学、イエール大学のような、誰しも認めるような一流大学を調べたのだろう。そのような大学では、学生のSATの点数が高く、滞りなく卒業し、卒業生の年収が高いため母校に高額の寄付をしている。一方、これらの大学は入学金と授業料が高いことでも有名だ。もし入学金と授業料が低いほど良いという評価を入れると、これらの一流大学がランキング上位に並ばない可能性も出てくる。これではランキングの信憑性を疑わせることになる ・・・・・・。

大学ランキングの数学モデルは、ハーバード大学、スタンフォード大学、プリンストン大学、イエール大学などが上位に並ぶべく設計されています。つまり、モデルを作った人の 見解 が反映されているのです。


大学ランキングが登場してから、大学の授業料は急騰している。1985~2013年のあいだに、高等教育にかかる費用は500%を越える上昇を示し、そのインフレ率は4倍に迫っている。トップ層の学生を惹きつけるために、各大学では、先のTCU(引用注:テキサス・クリスチャン大学)のように建築ブームが続きている。ガラズ張りの壁に囲まれた学生センターや贅沢な寮を建て、ジムにはフリークライミング用の壁と泡風呂を備えつける。こうしたことはすべて、学生にとって素晴らしいことだろうし、大学生活をより良いものにしてくれるのかもしれない ── だが、その費用を負担することになるのは学生たちだ。数十年かけて学費ローンを支払うことになる。

「本書」

USニューズはランキングを拡張し、医科大学や高校までに広げています。また、このランキングを上げるためのコンサルティング会社、適切な入学募集をするためのコンサルティング会社、入学見込みの高い学生を予測するシステムを販売する会社などがあり、大学ランキングは巨大なエコシステム(生態系)の様相を呈しています。



キャシー・オニールが指摘しているように大学ランキングの最大の問題点は、多様性を否定する単一の物差しということでしょう。それが広まってしまった結果、全ての大学経営陣がそれに囚われてしまい、この物差しに向けて大学経営を最適化するようになった。まさに "破壊兵器" と呼ぶにふさわしいものです。


犯罪予測モデル


アメリカの北部、中西部から大西洋岸にかけて "ラストベルト"(Rust Belt)と呼ばれる地域があります。rust はさびの意味なので、直訳すると "錆地帯" です。この地域はアメリカの製造業や重工業の中心ですが、グローバル化による工場の海外移転、製造業の競争力低下などで経済的不振に陥っています。トランプ大統領(2017年1月に就任)の誕生の原動力の一つが、ラストベルトの白人貧困層だと言われました。本書にはそのラストベルトにある都市の事例が出てきます。


ペンシルバニア州にあるレディングという小都市は、脱工業化時代を迎え、厳しい時期を過ごしている。フィラデルフィアから西に50マイル(80キロメートル)の緑の丘に位置するレディングは、鉄道、鋼鉄、石炭、織物で栄えた。しかし、ここ何十年かはこれらの産業が急激に衰え、この街は衰退している。2011年には、貧困率が国内最高の41.3%になった(翌年には、デトロイトに僅差で抜かれた)。2008年の市場崩壊後に押し寄せた不況の波が、レディングの経済を打ちのめした。税収入が急落し、警察官45名を解雇しなければならなかった ── 犯罪は一向に減らないのに。

レディングの警察署長ウィリアム・ハイムは、少ない人数でこれまでと同じレベルかそれ以上の治安維持活動を行う方法を考え出さなければならなかった。そこで2013年、カリフォルニア州サンタクルーズを拠点とするビッグデータ関連のスタートアップ企業、プレドポル社の犯罪予測システムを導入した。このシステムは、過去の犯罪データを処理し、犯罪が起きる可能性が高い場所を絶えず計算し続ける。レディングの街の警官たちは、このプログラムが出した結論を地図上の四角い区画として見ることができる。各区画は、フットボール場2個分ほどの大きさである。その区画を重点的にパトロールすれば、犯罪を抑止できる見込みが高い。そして1年後、ハイム署長は、住居侵入の件数が23%減少したと発表した。

「本書」

レディングにおける犯罪予測システムの導入は、やむにやまれぬ決断だったと言えるでしょう。しかし今や、このようなシステムの導入が大都市も含め全米に広まってきました。

プレドポル社はカリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)のジェフリー・ブランティンガム教授が創立した会社です。プレドポル社の犯罪予測システムには、人種や犯罪歴などの個人データはいっさい含まれていません。システムが照準を合わせるのは「区画」です。過去にどのような犯罪がどの区画でどの時刻に起こったというデータが基礎です。具体的な詳細は明らかにされていせんが、システムには区画の数々の特性データが入力されるのでしょう。ATMやコンビニなどの犯罪が起こりやすいポイントの存在も重要データのはずです。また、犯罪が起きる周期的なパターンにも注目していると言います。

この犯罪予測システムを使ったとしても、犯罪の実行前に警官が人々を逮捕・拘束するようなことはありません。あくまで犯罪の発生確率を区画ごとに予測するものであり、警官にその区画のパトロールを促すものです。そのような区画に警官が長く留まれば住居侵入や車上窃盗を阻止でき、地域住民のためになります。その意味で公平性は保たれていると考えられ、警察活動の効率性の観点から優れたシステムと考えられます。しかしキャシー・オニールはこの犯罪予測システムが「有害」になる危険性を次のように指摘しています。


しかし、ほとんどの犯罪は住居進入や重窃盗ほど重大な犯罪ではない。実はそのことが、深刻な問題を生んでいる。警察は、プレドポルのシステムの導入時に、1つの選択を迫られる。いわゆる重罪のみに特化する設定を選ぶこともできるのだ。重罪というのは、殺人罪、放火罪、暴行罪などの暴力的犯罪であり、これらの犯罪は、必ず警察に通報がくる。一方で、対象犯罪を非暴力的な犯罪にまで広げて設定することもできる。路上で生活する浮浪者、執拗な物乞い、少量の薬物の販売・使用などが該当する。このような、社会規範に反する迷惑行為の多くは、警官が現場で目撃しなければ、通報されることはない。

迷惑犯罪は、貧しい地区ならたいていの場所で見られる、地域特有の犯罪であり、地域によっては反社会的行動(ASB)と呼ばれている。残念ながら、このような軽犯罪までモデルに組み入れてしまうと、分析結果が歪む恐れがある。迷惑犯罪データが多発すれば、その区画に配備される警官の数は増える。すると、その区画で逮捕される人数はさらに増える。住居侵入や殺人、強姦を阻止するのが本来の目的だとしても、そちらはすぐに成果が出るわけではない。パトロールとはそういうものだ。巡回中に、16歳未満とおぼしき少年たちが鞄から瓶を取り出して煽るように飲むのを見かけたら、警官はその子たちを呼び止めるだろう。その程度の犯罪データまでモデルに次々に追加してしまうと、警官はその区画ばかりを巡回することになる。

こうして有害なフィードバックが生まれる。警察が巡回すればするほど、新たなデータが発生し、その場所を重点的に巡回することが正当化される。すると、「犠牲者なき犯罪」で有罪となった大勢の人で刑務所はあふれかえる。そのほとんどは貧しい地区の住人であり、黒人とヒスパニック系が大半を占める。そのため、モデルで人種を区別していなくても、結果は偏ることになる。人種ごとの住み分けがはっきりしている都市では、区画データは人種の代理データとして高い精度で機能する。区画を特定すれば人種を特定したのとほぼ同等の意味をもつのだ。

「本書」

自己成就じょうじゅ予言という言葉があります。たとえ根拠のない予言であっても、人々がその予言を信じて行動することで予言が現実のものとなることを言います。ある銀行が危ないという予言がされると人々が預金をおろす行動に出て、本当にその銀行が倒産するようなことを言います。

迷惑犯罪を組み込んだ犯罪予測システムも自己成就予言に似ています。もちろん予測には数学モデルにもとづく根拠があるのでしょうが、「予測することによって予測が確実になっていく」のは大変よく似ている。考えてみると、前の項に紹介したUSニューズの大学ランキングも自己成就予言の要素があります。ランキング下位の大学は、そのことによって「教育の卓越性」が失われていき(大学経営陣が対策を打たないと)、それがランキングをさらに下げる。

キャシー・オニールは「どのような犯罪に注目するかを選択しているのは警察である」と書いています。もちろん重犯罪を除く、軽犯罪・迷惑犯罪についてです。犯罪予測モデルを数学破壊兵器にしないためには、モデルから軽犯罪を除外することが必要なのです。


個人を分類し、スコアリングする


本書に取り上げられたトピックから、「教師評価モデル」「大学ランキング」「犯罪予測モデル」の3つを紹介しましたが、本書には他にも多数の事例が出てきます。この中でも特に印象的なのは「個人を分類しスコアリングする」技術や数学モデルです。

そのもとになるのは、ビッグデータとして収集される個人の「行動データ」です。これにはネットでの検索履歴、商品の購買履歴、Webサイトの閲覧、SNSなどでの情報発信、モバイル機器の位置情報などです。これらを数学モデルで分析し、個人が分類され、あるいは個人にスコアがつけられる。行動データから性別や年齢はもちろんのこと、年収、性格まで推定できると言います。(やろうと思えば)位置情報から住所や勤務地を容易に推定できます。

ターゲティング広告はそのような行動データに基づいています。その個人が興味を惹きそうな広告を個人ごとに提示する。これは日本でも一般的ですが、これが有害になることがあります。つまり意図的に貧困層の人、困り果てている人、無知な人を狙って大量のターゲティング広告をうち、詐欺まがいの商品やサービスを購入させて "収奪" することができる(略奪型広告と書いてあります)。いわゆる「弱みにつけこむ」というやつです。



個人の信用度をスコアリングする、信用スコア(クレジット・スコア)に関する問題も提起されています。アメリカではFICOと呼ばれるクレジット・スコアが広まっています。これは個人のクレジットカード、住宅ローン、携帯電話料金などの支払い履歴から計算されるスコアです。このスコアは支払い履歴のみから計算され、計算方法が公開されています。また個人が自分のスコアに疑問や不審をもったとき、そのデータの公開を請求できます。さらに企業がスコアをマーケティングに利用することは法律で禁じられています。これらは信用格付け会社が法律で規制されているからです(日本でもクレジット業界の与信審査では同様のスコアがある)。

その一方、法律の規制を受けない個人スコアが広まっていて、本書ではこれを "eスコア" と呼んでいます。それは個人のありとあらゆる行動履歴や郵便番号などから数学モデルで算出されるもので、法の規制を受けません。これが企業活動に使われる。こういった "eスコア" は有害だと、キャシー・オニールは指摘しています。象徴的には、治安の悪いとされる地区からアクセスして中古車を調べていた人物は "eスコア" が低くなり、ローンの金利が高くなるといった例です。



個人の健康度を計ろうとする動きも非常に気になるところです。すでに保険会社では独自の健康スコアを策定し、スコアに応じて健康保険料を変えるところが現れています。キャシー・オニールはこういった動きが一般的に広まることを懸念しています。


私が感じている不安は、さらに踏み込んだものだ。企業が従業員の健康に関するデータを大量に抱え込むようになれば、企業が健康スコアなるものを考案し、それを仕事上の候補者の選別に利用するのを誰も止められなくなる。歩数にせよ睡眠パターンにせよ、収集された代理データの大部分は、法律による保護を受けないため、理論上は完全に合法になる。しかも、合理的だ。これまで見てきたとおり、企業は日常的にクレジットスコアや適性検査に基づいて求職者を不採用にしている。恐ろしいことだが当然の流れとして、次は健康スコアに基づく選別が行われるだろう。

「本書」

血圧、血糖値、中性脂肪値、胴囲、コレステロール値など、健康を計る基礎値には事欠かないので、これらをもとに「健康スコア」が作られる可能性は高いわけです。その、すでに広まっているスコアの一つの例として、BMI(Body Mass Index。ボディマス指数)があります。


BMIは、2世紀も前にベルギー人数学者 ランベール=アドルフ=ジャック・ケトレーによって考案された公式に基づいて計算される。だたし、ケトレーは医療や人体についてほどんど何も知らない素人で、単に、大規模集団の肥満度を簡単に測定できる公式が欲しかったにすぎない。彼は、「平均的な男性」というものを想定して公式を組み上げた。

「本書」

BMIは「体重(kg)を身長(m)の2乗で割る」という数式で計算されます。そして日本では 25 以上が「肥満」、18.5以下が「痩せ」とされる。しかしこれは肥満度をおおまかに知るための粗い代理数値です。「平均的な男性」を基準にしているので、たとえば女性は太りすぎと判断されやすくなります。また筋肉は脂肪より重いので、体脂肪率の少ない筋肉隆々のアスリートのBMIは高くなります。

エンゼルスの大谷翔平選手の身長は193cm、体重は92kgですが、シーズンオフには97kg程度のこともあるようです。体重を92kg~97kgとすると、大谷選手のBMIは24.7~26.0となり、「もう少しで肥満 ~ 肥満」ということになります(日本基準)。これはどう考えてもおかしいわけです(もちろん大谷選手のことは本書にはありません)。

「健康スコア」によって人々が健康問題に向き合えるように後押しするのは、決して悪いことではありません。重要なのはそれが「提案」なのか「命令・強制」なのかです。企業や組織が健康スコアによって何らかの強制や差別をするようになると(キャシー・オニールはそれを懸念している)、それは個人の自由の侵害になるのです。


民主主義を脅かす危険性


Weapons of Math Destruction(Original).jpg
Cathy O'Neil
「Weapons of Math Destruction」
本書の原題は「破壊兵器としての数学 - ビッグデータはいかに不平等を助長し民主主義をおびやかすか」です。この「民主主義を脅かすか」の部分が本書の最終章に書かれています。それは、選挙に数学破壊兵器が持ち込まれるリスクです。

2010年のアメリカの中間選挙において、フェイスブックは「投票しました(I voted)」というボタンを設け、投票した人がボタンをクリックすると、友達ネットワークのニュースフィードを通してそれが拡散するようにしました。この結果、投票率が2%上昇したとフェイスブックは分析しています。

また2012年の大統領選挙(オバマ大統領が再選された)では、その3ヶ月前からフェイスブックのユーザ200万人(政治に関わる人)を対象に実験が行われました。ニュースフィードに流すニュースを選ぶアルゴリズムに手を加え、200万人に対しては政治のニュースを意図的に多く流すようにしたのです。後日、アンケートで投票行動を調べた結果、投票率は64%から67%に上昇したと推定しています。

わずか2%~3%の差ですが、これはSNSの巨大な影響力を示しています。投票率が上がることは、社会通念上は良いことです。フェイスブックの行為も善意からかもしれません。しかし投票率によって選挙の当落が左右される(ことがある)のは常識です。特に、投票率が特定の候補者や政党に影響することがある(日本でも雨天で投票率が悪いと特定の政党が有利だという話があります)。フェイスブックは膨大な個人情報を握っているわけで、例えば特定の地域の投票率が上がるように「投票しました(I voted)」を拡散させることは技術的に十分可能でしょう。フェイスブックがそういうことをやっているというのではなく、そういうリスクがあるということです。

Googleのような検索エンジンも、検索結果の上位に何をもってくるかは Googleが決めています。特定の候補、ないしは政党に有利(ないしいは不利)になる情報を上位にもってくることがアルゴリズムの工夫によって可能であり、ここにもリスクがあります。

さらにターゲッティング広告が既に一般化していることを考えると、ネットを選挙運動使うことにも危険性があります。個人の行動履歴から、その個人がどういう政治課題に関心があるかをプロファイリングできます(自然保護、治安強化、女性の地位向上 ・・・・・・)。すると候補者は、その課題解決を前面に押し出したメールを個人に配信することができる。別の関心事項をもつ個人には別の内容のメールを送る ・・・・・・。結局、候補者が当選後にどの公約を前面に押し出すのか、誰にも予想できません。本書はマイクロ・ターゲティングと言っていますが、ネット広告で既に行われているのだから「候補者を売り込む」のが目的の選挙でも可能です。数学モデルはこういったことを可能にし、それは民主主義をゆがめていくことになるのです。

もちろん、新聞やテレビも選挙の報道をします。候補者の政見を乗せるし、特定の政党を支持する社説を掲載する新聞もある。しかしそれらはオープンであり、どういう報道がされているかを誰もが眼にでき、検証できます。つまり透明性が確保されている。しかしネット上のマイクロ・ターゲティングは、誰が誰にどういう種類の情報やメッセージを流しているかは全く分かりません。つまり不透明です。

本書の最終章は「第10章 政治 - 民主主義の土台を壊す」と題されています。そういうリスクがあることは十分に認識しておくべきだと思います。


EUのGDPRの意味


以降は、本書を読んで思ったことです。No.237「フランスのAI立国宣言」で書いたように、2018年3月末、マクロン大統領は、

  人権と民主主義に貢献するAI
人間性のためのAI

を前面に押し出したAI国家戦略を発表しました。これはまさに本書の主張と軌を一にするものです。フランスがキャシー・オニールを招待したのは当然だったようです(もちろんフランスの戦略は、そのことによって自国を有利にしようとするものです)。

さらに思い出したのは2018年5月25日より施行された「EU 一般データ保護規則 - GDPR(General Data Protection Regulation)」です。これは欧州経済域(EEA。EU加盟28ヶ国+ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン)に居住する市民の個人データ、およびEEAを本拠として収集された個人データの管理と移転に関する規則で、個人データをEEA域外に移転することが原則禁止されます。さらに「データ主体に認められる8つの権利」が明文化されています。データ主体とは個人データを提供する(個人データを収集される)一般市民です。

8つの権利でも特に重要なのは「削除権」で、データ主体は自分に関する個人データを削除するよう、データ管理者に要求できます。いわゆる「忘れられる権利」です。

さらにデータ主体は「プロファイリングを含む自動処理によって個人についての決定がなされない権利」を持ちます。プロファイリングとは「個人データを自動処理することによって、個人のある側面、特に仕事の実績、経済状況、健康、嗜好、関心、行動、所在、移動などを分析・予測する」ことです。また「個人についての決定」とは法的な決定、ないしはそれと同等に個人にとって重要な決定です。本書には「教師評価システム」によって解雇された事例がありましたが(1番目に紹介した事例)、もしGDPRがアメリカにあったとしたらこのような解雇は無効になるに違いありません。

GDPRを本書の視点から見ると「数学破壊兵器の野放図な増殖を食い止めるための規制」というのが、その(一つの)意味でしょう。また、個人データを独占しているアメリカの巨大IT企業の活動を制限する意図が透けて見えます。

キャシー・オニールの本「破壊兵器としての数学 - ビッグデータはいかに不平等を助長し民主主義をおびやかすか」と、フランスの「AI立国宣言」、EUのGDPR(一般データ保護規則)の3つは、一つの水脈でつながっていると思いました。




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No.239 - ヨークの首なしグラディエーター [歴史]

No.203「ローマ人の "究極の娯楽"」で、古代ローマの剣闘士の話を書きました。ジャン = レオン・ジェローム(1824-1904)が剣闘士の闘技会の様子を描いた有名な絵画「差し下ろされた親指」も紹介しましたが、今回はその剣闘士の話の続きです。

2004年8月、英国のイングランドの北部の町、ヨーク(York)で古代ローマ時代の墓地が発掘されました。この発掘の様子と、埋葬されていた遺体の分析が最近のテレビ番組で放映されました。

地球大紀行 WILD NATURE

ヨークの首なしグラディエーター
2000年前に死んだ80人の謎を解く

(BS朝日 2018年7月6日 21:00~21:55)

です。これは英国の Blink Films プロダクションが制作したドキュメンタリー、"The Headless Gladiators in York(2017)" を日本語訳で放送したものですが、古代ローマの剣闘士に関する大変に興味深い内容だったので、その放送内容をここに掲載しておきたいと思います。なお、グラディエーター(=剣闘士)は英語であり、ラテン語ではグラディアトルです。

Gladiator-01.jpg
ヨークの首なしグラディエーター
2000年前に死んだ80人の謎を解く
(BS朝日「地球大紀行」より。画像はヨーク市街)

UK-Map.jpg
(site : annamap.com)


出演者


このドキュメンタリー番組は、ナレーションとともに8人の考古学者・人類学者が解説をする形をとっています。出演したのは次の人たちです。

◆カート・ハンターマン(Kurt Hunter-Mann)
考古学者で「ヨーク考古学トラスト(York Archaelogy Trust)」の遺跡発掘の専門家。今回の古代ローマ墓地の発掘チームでリーダーを勤めた。

◆マーリン・ホルスト(Malin Holst)
英国の骨考古学(Oestearchaelogy。人の骨の分析による考古学)の専門家。ヨーク大学講師。

◆シャーロット・ロバーツ博士(Charlotte Roberts)
英国・ダラム(Durham)大学の考古学者。生物考古学(Bioearchaelogy。人・動物・植物など生物の分析による考古学)が専門。なお番組ではダーハム大学とありましたが、Durhamの h は発音しないので、ダラム(ないしはダーラム)が正解。ダラムはヨークの北、イングランド北部の大学町。

◆ジャネット・モンゴメリー博士(Janet Montgomery)
ダラム大学の考古学者(生物考古学)。骨の同位体分析を担当。

◆ティム・トムソン教授(Tim Thompson)
英国・ティーズサイド大学の人類学者。ティーズサイド大学はイングランド北部の町、ミドルズブラ(Middlesbrough)にある。

◆ダリウス・アーヤ博士(Darius Arya)
米・ローマ文化協会のディレクター。

◆ケビン・ディカス博士(Kevin Dicus)
米・オレゴン大学の考古学者。

◆リチャード・ジョーンズ
歴史学者。



以下に、番組の全スクリプトを掲載します。注 : ・・・・・・ と書いたのは番組にはないコメントです。「プロローグ」などのタイトルも付け加えたものです。番組の中で日本語訳がおかしい(ないしは曖昧な)部分がありましたが、それもコメントしました。【ナレーション】の部分は日本語訳のナレーションで、学者の解説の部分は日本語字幕付きの英語で放送されました。


プロローグ


【ナレーション】
古代考古学史上、最も凄惨な出土品がイギリスの都市・ヨークで発見されました。それは80体以上の男性の首を切られた白骨死体。

【カート・ハンターマン】
発掘を始めると何か奇妙だと感じたんです。

【マーリン・ホルスト】
遺体の6割以上が一撃で首を切り落とされていました。

【ナレーション】
彼らは残酷な死に方をしましたが、そこは常識を覆す墓だったのです。凶暴で生涯を鎖で拘束されていましたが、何と、宝物と一緒に埋められていたのです。男たちに刻まれた残虐な傷跡。

【シャーロット・ロバーツ博士】
(注:骨を見ながら)この人物は度重なる攻撃を受けています。

【ナレーション】
この傷だらけの男たちはいったい何者なのでしょう。10年の調査を経て、専門家チームはその謎をついに解き明かしたのです。

【ダリウス・アーヤ博士】
彼らは生きる伝説でした。

【ナレーション】
遺跡に秘められた過去。金で、石で、そして血でしるされた歴史。古代の謎を解き明かし、歴史の偉大なる秘宝の数々をお見せしましょう。

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ヨークのギルドホールに安置された白骨遺体。合計80体以上の古代ローマ時代の遺体が発掘された。
(BS朝日「地球大紀行」より)


イギリス、ヨークでの大発見


【ナレーション】
歴史ある町、ヨーク。西暦1000年までの過去を知ることは考古学者の夢。この町はイギリス2000年の歴史を今に伝えています。2004年8月、旧市街からほど近くにある小さな区画(注:ドリフフィールド・テラス。Driffield Terras)で発掘調査が行われました。単なる発掘調査のはずでしたが、とんでもない発見があったのです。

【発掘調査員の声】
ここに骨、そして頭蓋骨、まるい形状をしているだろう。この角にも骨があるぞ。

【ナレーション】
さらに深く掘ると、たくさんの白骨死体が完全な姿で出てきたのです。衝撃の事実とともに ・・・・・・。何と、遺体の多くは意図的に首を切り落とされていたのです。これが調査団長のカート・ハンターマンと大きな謎の出会いでした。

【カート・ハンターマン】
発掘を始めてすぐに奇妙だと思いました。首を切り落とされた白骨の遺体があまりにもたくさんあったからです。

Gladiator-03.jpg
発掘現場で作業を行う調査団のリーダー、カート・ハンターマン(右側)
(BS朝日「地球大紀行」より)

【ナレーション】
発掘調査が始まって数日後には、発見された遺体の数は2桁にのぼり、どんどん増え続けました。

【カート・ハンターマン】
発掘作業終了時には 80体以上もの遺体を堀り出しました。そのうち4分の1が首を切り落とされていたのです。

  注:プロローグのところで骨考古学者のマーリン・ホルストは、6割以上が首を切り落とされていたと発言しています。上記のハンターマンの "4分の1" と不一致ですが、これはおそらく、発掘現場では4分の1が首なし遺体だったが(頭蓋骨が首とは別のところにあったなど)、骨を詳しく分析すると6割が首を切り落とされてた、ということだと思います。ハンターマンがネットに公開している論文をみても「6割が斬首されていた」が正しいようです。

【ナレーション】
考古学者40年のカートのキャリアの中でも、類のない発見だったのです。

【カート・ハンターマン】
ローマ時代の首なし遺体の墓を初めて見ました。しかも狭い面積にたくさんの遺体が埋まっていたなんて。

【ナレーション】
首なしの遺体はいったい何者なのか。謎を解明する第1のヒントは遺跡に隠されていました。過去の発掘調査で、この周辺は昔、大きな墓地だったことがわかっていました。出土品から、ここがヨークに存在する最大規模の墓地で、都市が建設された2世紀終盤ごろにさかのぼることもわかりました。ローマ時代のことです。

【カート・ハンターマン】
周辺にも古代ローマ時代の墓があるので、我々も同様の墓を発見するかもと思っていました。

【ナレーション】
首なし遺体と一緒に発見された陶器により、古代ローマ人の墓地だと裏付けられました。しかし、他のローマ時代の墓とは様相が異なっていたのです。

【カート・ハンターマン】
とても奇妙でした。

【ナレーション】
遺体の多くは首を切り落とされていただけでなく、その頭は両足の間に丁寧に置かれていたのです。

Gladiator-04.jpg
発掘遺体の1例。頭蓋骨が首から切断され、両足の間に置かれている。
(BS朝日「地球大紀行」より)

【カート・ハンターマン】
首を切り落とされていた事だけでも奇妙なのに、この変わった遺体の安置方法を見て、古代ローマ人は一体何を考えていたのかと首をかしげました。

【ナレーション】
考古学者たちを困惑させたのは、ひとつの墓地に埋葬されていた首なし遺体の数です。処刑された犯罪者だという見方もできますが、通常、ローマ時代の犯罪者はうつ伏せで埋葬されます。しかしこの墓では仰向けで埋められていました。この奇妙な墓には、いったいどのような意味があるのでしょうか。

謎解きの次のヒントはローマ帝国時代のヨークの役割を知ることでした。かつてエボラクムと呼ばれたこの都市には、2人のローマ皇帝が滞在していたことがわかりました。皇帝が宮廷を構え、軍事的にも重要な拠点だったのです。

【ケビン・ディカス博士】
皇帝の行く先には帝国の行政機関も全て移動します。そしてヨークはローマ帝国 属州の中心地になりました。

【ナレーション】
ローマ帝国のイギリス侵略は紀元43年に始まり、その後30年間にわたり侵攻を続けたのです。しかし北方の部族の抵抗はすさまじいものでした。

【ケビン・ディカス博士】
部族の抵抗にローマ軍は驚愕しました。森や沼地の中にひそみ、奇襲をかけ、攻撃を終えると姿をくらますというゲリラ戦法が彼らの得意技だったのです。鍛え抜かれ統率された軍隊が未開地の部族に完敗してしまうこともあったのです。

【ナレーション】
当初、墓地がローマ軍の侵攻と同時代のものであったことから、首なしの死体はローマ軍と部族の戦死者だと考えられていました。なぜなら、ほぼすべての白骨死体は男性で、戦闘に適した年齢にあったからです。

【マーリン・ホルスト】
ローマ時代の墓では男性の遺体の数が女性よりやや多い程度ですが、ドリフフィールド・テラスに埋められていたのは全員が成人男性だったのです。しかも45歳以上はいないという特異な例でした。つまりこれらは比較的若く、健康で、特別な存在だったのかもしれません。

  注:マーリン・ホルストは "almost soley man adults" と発言しているので「ほぼ全てが成人男性」が正しい理解です。カート・ハンターマンがネットに公開している論文をみると、発掘された白骨遺体は 82体 で、そのうちの1体は女性だったようです。

【ナレーション】
彼らは健康な若い男たちで、人生の盛りに亡くなったようです。しかし無視できない疑問が一つありました。彼らがもし殺された兵士だとしたら、遺体は都市ではなく戦場に埋葬されるはずです。その一方で遺体には、まるで殺戮された兵士のように、すざましい戦闘を経験した痕跡がありました。首を切り落とされただけではなく、骨の多くに骨折が治った痕があったのです。そこで興味深い新説が浮上しました。戦いの中で鍛え抜かれ虐殺された男たちは古代ローマを象徴するだった、それはグラディエーターです。

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白骨遺体を調査するヨーク大学のマーリン・ホルスト(骨考古学)。
(BS朝日「地球大紀行」より)


剣闘士(グラディエーター)


【ナレーション】
ヨークに眠っていたおぞましい遺物。何10体もの男性の白骨。考古学者のカート・ハンターマンと調査団は、古代ローマの墓地で難解な謎に直面していました。男たちは戦闘経験者でしたが、兵士ではなかったのです。首を切り落とされた彼らは何者だったのでしょう。考古学者たちは驚くべき新説をたてました。それはこの墓がグラディエーター、つまり剣闘士のものではないかという説です。もしそれが本当なら、イギリスにおける古代ローマ人の歴史を塗り替えることになります。

【ケビン・ディカス博士】
イタリアのローマですら、グラディエーターの墓の発見はすごいことなんです。イギリスでグラディエーターの大規模な墓が発見されたら、とても驚くでしょう。

  注:番組の字幕は「とても驚くでしょう」となっていましたが、ディカス博士は "would be truely remarkable" と言っているので「(剣闘士の墓だとしたら)本当に驚くべきことです」ぐらいが妥当。

【ナレーション】
墓から遺体を掘り出した調査団は、グラディエター説を裏付ける証拠を探し始めました。すると彼らは、まぎれもなく壮絶な戦闘を経験した者たちであることが明らかになったのです。

【マーリン・ホルスト】
この人物は生存中にかなりの外傷を負ったことが骨折痕からわかります。肋骨にも外傷によると思われる骨折痕があり、そして右膝の裏には刀傷、すねには炎症性の損傷があって、ここも一撃されたようです。

【ナレーション】
この男は墓地で発見された中でもひどい傷跡がある一人です。骨折の多くは直っており、彼らが数年にわたって危険な戦闘に耐えてきたことがうかがわれます。そして白骨死体の多くに共通する致命傷があります。それは斬首です。

【マーリン・ホルスト】
6割以上が一撃で首を切り落とされていました。(注:骨を見せながら)これは首の脊椎と頸椎けいついと呼ばれる部分です。この骨に頭が載っていて、その一つ下にあるのが頭を左右に動かす部分です。これを見ると頸椎のこの部分が完全に削ぎ落とされています。そしてこれが脊椎の部分全体を切断した痕です。

【ナレーション】
まっすぐに切断された骨を見ると、男たちが刀剣や斧などの鋭利な武器によって斬首されたことがわかります。

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鋭利な刃物の一撃でスパッと切断された頸椎をマーリン・ホルストが示している。
(BS朝日「地球大紀行」より)

【マーリン・ホルスト】
首を切り落とした最後の一撃は、かなり強烈だったと思います。切り口がここから(注:マーリン・ホルストが自分の首の後ろを示す)あごの横まで到達しているのです。衝撃によりあごは粉々になり、たくさんの破片となって飛び散っています。

【ナレーション】
中には、頭を切り落とされるまでに何度も切りつけられた者もいます。

【シャーロット・ロバーツ博士】
この人は、数回首を切りつけられたと思われます。一撃でスパッと頭が切り落とされずに何回も刀を振るわれたのでしょう。一度目がうまくいかなかったか、あるいは確実に首を切り落とすために念を入れたのかもしれません。

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白骨遺体を調査するダラム大学のシャーロット・ロバーツ博士(生体考古学)。
(BS朝日「地球大紀行」より)

【ナレーション】
遺体は斬首されるまで、壮絶な戦闘を強いられていたことを物語っています。さらに遺体にはグラディエーターだったことを裏付ける、ある手がかりが隠されていたのです。それは骨ではなく、歯に残されていました。


歯の分析から判明した出身地


【ナレーション】
ジャネット・モンゴメリー博士は生物考古学者で、専門は遺体の分析です。この2000年前の歯を調べた結果、男たちの出身地を突き止めたのです。彼らの素性を解明するためには貴重な情報で、それは同位体分析という技術が鍵となりました。

【ジャネット・モンゴメリー博士】
同位体分析とは古代人の歯に残されている生存時の情報を引き出す技術です。彼らがどんなものを食べていたのか、住んでいた場所、環境、気候なども判別できます。さらに地元出身者であったか、それとも他所からやってきたのかを立証することもできるのです。

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同位体分析を行うダラム大学のジャネット・モンゴメリー博士(生体考古学)。遺体の歯から出身地を推定した。同位体分析の手法については最後の補記参照。
(BS朝日「地球大紀行」より)

【ナレーション】
歯のエナメル質を同位体分析した結果、ここは国際的な墓地だったことがわかりました。発見された遺体の中でヨーク出身のものは少数で、多くはイギリス出身ですらなかったのです。

【ジャネット・モンゴメリー博士】
寒い地域から温暖な地域まで様々な土地の出身者がいました。当時のイギリスの食習慣にはない植物を食べていたことも分かっています。彼らは他の土地から来た集団だったのです。

【ナレーション】
分析によると男たちはヨークで死亡しましたが、もともとはローマ帝国の各地からやってきたことがわかりました。そしてある男は驚くほど遠方の出身者でした。

【ジャネット・モンゴメリー博士】
同位体のデータによると、この男は南方の温暖で乾燥した地域の出身であることがわかりました。その遺伝的祖先は中近東です。

【ナレーション】
何とこの男は母国のある中近東から4800キロも離れたヨークで死亡したのです。

多くの証拠が集まりました。この墓は帝国中から寄せ集められた、鍛え抜かれし戦闘経験者のものだったのです。彼らはまさにグラディエーターそのものでした。

【ダリウス・アーヤ博士】
グラディエーターとは何者だったのでしょう ? その多くは犯罪者や戦争捕虜でした。軍隊経験があり、健康状態が良好で訓練を重ねれば立派なグラディエーターになれる者たちです。

【ナレーション】
ハンターマンにはもう一つ、極め付きの証拠がありました。彼らの墓地はイギリスにある他のローマ時代のものとは様相が異なっていたかもしれません。しかし、3200キロ離れたトルコにある墓地にそっくりだったのです。


エフェソス


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エフェソスの円形闘技場。トルコ西部のエフェソスは、古代ギリシャ時代から古代ローマにかけて繁栄した都市。数々の遺跡が残っており、世界遺産に登録されている。
(BS朝日「地球大紀行」より)

【ナレーション】
ここはエフェソス。古代ローマ帝国に属する州の中心地で、25,000人を収容する円形闘技場がありました。1993年、ここからわずか数メートルのところで墓地が発見されました。ヨーク同様、ここで発見された遺体は戦闘経験のある男たちで、残酷な方法で処刑されていました。しかしエフェソスの男たちが何者であるかはすぐに判明しました。墓石に彼らが剣闘士、グラディエーターであったことがしるされていたのです。そしてハンターマンはこの2つの墓地の類似点に驚愕しました。

【カート・ハンターマン】
ヨークの白骨遺体はエフェソスのものと良く似ています。私はグラディエーター説を支持しますが、それは生活様式や埋葬場所に説得力があるからです。私からみると全てが闘技場で闘っていたある特定の男達だけに当てはまるのです。

【ダリウス・アーヤ博士】
ヨークでの発見は、剣闘士にまつわる環境がもう1つ存在していた可能性を開いたのです。

  注:「剣闘士にまつわる環境がもう1つ存在していた可能性」とは、意味のとりにくい字幕です。アーヤ博士の発言は "open up the possibility we found an another similiar situation of gladiators" で、明らかにエフェソスの剣闘士の墓をふまえています。「剣闘士について(エフェソスとは)別の、類似の場所を発見した可能性」が正確な意味でしょう。

【ナレーション】
ヨークでのグラディエーターの墓と思われる遺跡の大発見は、考古学者たちに一世一代のチャンスをもたらしました。それは古代ローマ文明の闇を解き明かすこと。グラディエーターの試合、闘技会。娯楽のために人が殺される、残虐非道な競技です。

闘技会の多くは古代ローマを象徴する建物、コロセウムで開催されました。西暦80年に落成し5万人を収容するこの円形闘技場は、歴史上最も残酷な競技を興業するためのものだったのです。

【ダリウス・アーヤ博士】
グラディエーターは強靱な人間たちでした。闘技場で死と直面しつつ、一般の観衆のために闘ったのです。彼らは生きる伝説でした。

【ナレーション】
コロセウムでは70万人以上のグラディエーターが闘い、死んだと推定されています。

【ダリウス・アーヤ博士】
現代ではグラディエーターのような見世物はありません。少なくとも合法的には。観客は流血沙汰を期待して行くわけですからね。誰かが腹を切られ、腕を切り落とされ、もしくは頭を切り落とされる。信じられないほどおぞましいものだったのです。

【ナレーション】
2000年もの時を経て、考古学者たちは過去最大規模のグラディエーターの墓を発掘したのかもしれません。しかもローマではなく、1,600キロも離れたイギリス、歴史ある町、ヨークで ・・・・・・。発掘された80体以上の白骨遺体は、古代ローマ帝国の様々な地域からやってきた男たちでした。彼らは壮絶な人生を送り、最終的には首を落とされましたが、埋葬される際には敬意が払われていたようです。これらの証拠は、彼らが古代ローマのグラディエーターだったことを物語っています。

【ダリウス・アーヤ博士】
ヨークで発見した証拠を調べ、科学分析を進めるにつれて、パズルのピースがはまっていきます。男たちががっしりした体格だったこと、年齢、その他どんどん説得力が増していきます。


食生活


【ナレーション】
現代ではグラディエーターは古代ローマのスーパースター、エリートだと見なされているかもしれません。しかし遺体の歯を分析するにつれて、彼らの過酷な生活を明らかにする驚きの新事実が判明したのです。

【シャーロット・ロバーツ博士】
エナメル質に異常が見られる歯がたくさんありました。この犬歯がよい例です。歯に横線が入っています。横線は歯の成長期にこの人物がストレスを受けていたことを示しています。この人は幸せな幼少期を過ごせず、こうした異常なことが人生で起こっていたのでしょう。

【ナレーション】
墓で発見された多くの男たちの歯にはこうした線が見受けられましたが、それは乳児栄養失調のあかしです。しかし彼らは成人してから高タンパクの食事をとっていたことが歯に現れています。

【ジャネット・モンゴメリー博士】
彼らは野菜と肉の両方を食べていただけでなく、少量ですが魚も口にしていた可能性があります。

【ナレーション】
古代ローマ時代のヨークで肉と魚を食べていたということは、恵まれた食生活だったのでしょう。

【ダリウス・アーヤ博士】
彼らは食事を与えられ、良い栄養状態でした。そして強く、丈夫な体になっていきました。一体何があったのでしょう ?

【ナレーション】
歯の証拠から推測すると、ローマ帝国中から貧しい男たちが集められ、闘うための肉体づくりをさせられていたと考えられます。

【ケビン・ディカス博士】
彼らは最下層の身分でしたが、剣闘士の興行師 "ラニスタ" に素質を認められ、身請けされました。そして資金を回収するため訓練を施し、食事と住む場所を与えたのです。

【ナレーション】
男たちはグラディエーターの養成所で高タンパクの食事を与えられました。デビューまでに筋肉をつけて体を大きくするためです。

【ケビン・ディカス博士】
彼らの体格はかなり良かったはすです。帝国一、筋肉隆々で運動能力が高く、その肉体は世間から注目を浴びていたはずです。


副葬品と埋葬場所


【ナレーション】
彼らの墓の副葬品から、貧困層の身分であったグラディエーターたちが一目置かれていたことがわかります。

【カート・ハンターマン】
古代ローマ時代では、墓に副葬品を入れるのが一般的でした。故人が死後の世界で幸せになるための品物が入れられます。

【ナレーション】
ヨークの白骨遺体とともに発見したのは、数々の酒の器や大量に供えられた食べ物でした。さらに彼らの地位の高さを示す副葬品は、多くの銀貨でした。銀貨には様々なローマ皇帝の肖像が描かれていて、この埋葬方法はローマ帝国がイギリスを支配しているあいだ、ずっと行われていたことが明らかになったのです。つまり、グラディエーターたちは4世紀にわたりヨークで活躍していたことになります。

【カート・ハンターマン】
墓からは1世紀から4世紀までの銀貨数種類が出土しています。こちらはコンスタンティヌス2世のもので、紀元330年ごろになります。つまり古代ローマの終わりまで続いていたということです。

【ナレーション】
しかし、男たちが尊敬されていたことを示す一番の証拠は、墓の位置でした。帝国全体の習慣で墓の場所は社会的地位を表していたのです。墓地の発掘にあたっていた考古学者たちは、グラディエーターたち全ての墓が最も名誉ある場所にあったと確証を得たのです。

【カート・ハンターマン】
この墓地(注:Driffield Terras)は古代ローマ時代の大きな街道沿いにあります。当時、通行人に死者を思い出させるこの場所に埋葬されることは大変意味のあることでした。さらに小高い丘になっていることも、この場所の重要性を高めています。この場所は帝国有数の埋葬場所だったのです。

【ナレーション】
特別に鍛え抜かれた若い男たちの集団。死に際しては一般大衆からもその勇姿が称えられました。しかしその一方で、白骨からはある衝撃的な事実が判明しました。この優秀な戦士たちは、生前に奴隷よりは少しはましな扱いを受けていましたが、時には闘技場での生死を左右する恐ろしいハンデを背負わされていたのです。


足かせ


【ナレーション】
ローマ時代、グラディエーターは大きなビジネスでした。毎試合ごとの勝負で、巨額の金が動いていました。有望な新人を確保するために、奴隷売買が横行していたのです。闘技場デビューをさせるため、グラディエーターの育成にはたくさんの金がつぎ込まれました。男たちはただの奴隷よりりは少しはましな扱いを受けていたのです。

【ケビン・ディカス博士】
グラディエーターたちは訓練を受けながら、充実した食事や医療を施されていました。しかしその一方で彼らに自由はなく小部屋に閉じこめられていました。決められたスケジュール通りに過ごすことが強制され、まるで刑務所のようでした。

【リチャード・ジョーンズ】
奇妙な生活ですが、強い肉体をつくる上での待遇には恵まれていました。しかし、その待遇は一時的なものです。

【ナレーション】
(注:白骨遺体の画像が写し出される。次図)彼らが自分の運命ですら選択できなかったことを示す証拠があります。専門家は当初、足かせをはめられた状態で埋葬されていたと考えていました。

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足かせをはめられて発見された遺体。白骨遺体の中では最も大きな体格だった。
(BS朝日「地球大紀行」より)

【カート・ハンターマン】
これが遺体の足にはまった状態で発見された足かせです。こんなものは初めて目にしました。まさに強運な考古学者が一生に一度だけ出会えるかもしれない稀有な物です。

【ナレーション】
これはただの足かせではありません。現代の足かせのように取り外しができるものではなかったのです。X線分析の結果、足かせはこのグラディエーターに死ぬまで装着されていたのです。

【カート・ハンターマン】
普通の足かせなら両足を鎖でつなぐための留め具があるはずですが、そのようなものは見当たりませんでした。

【ナレーション】
これらは特注の足の重りだったのです。この男に体の不自由と苦痛を与えるために作られました。分析の結果、この足かせは高温に熱した二つの鉄を足首に巻き付け、一つの輪に成形していたことがわかりました。

【カート・ハンターマン】
真っ赤に熱した鉄を人の足に巻きつけるなんて、野蛮としか言えません。

【ナレーション】
白骨の分析では、死ぬまではずせない足かせの残酷な実態が明らかになったのです。

【シャーロット・ロバーツ博士】
彼の足の骨には新しい骨形成の痕跡があり、これは炎症が起こった証です。つまり足首の部分に何らかの外傷が何度も加えられたということです。また当時はこのような炎症を治療できなかったので、彼らは赤く腫れ上がった炎症の痛みに死ぬまで耐えるしかなかったのです。

【ナレーション】
いったいなぜこの男は、これほど恐ろしい罰を受けていたのでしょう。彼は白骨遺体の中で最も大きな体格でした。重い足かせは、この巨体のグラディエーターの動きを鈍らせるものだったのでしょう。血を見て喜ぶローマの大衆に、より刺激的な試合を見せるために。

【ケビン・ディカス博士】
剣闘士に足かせなどを装着しハンデを負わせるということはたまにあったようです。例えば体の大きさが違いすぎて公平な試合にならない場合です。さらにそれがグラディエーターの個性となり、試合をより盛り上げるのです。


治療


【ナレーション】
この足かせの例は極めて珍しいですが、発見されたほとんどの遺体に、傷の治ったあとがありました。当時では贅沢なことですが、彼らには治療が施されていたようです。大金をかけて育てたグラディエーターを簡単には死なせないために。

【ダリウス・アーヤ博士】
グラディエーターの訓練も大変危険で、彼らは治療や傷の縫合を受けていました。白骨にその痕跡があるということは、彼らがグラディエーターであったと言えるでしょう。

【ナレーション】
骨は、彼らが重傷を負っても、また闘いに戻っていったことを証明しています。

【マーリン・ホルスト】
この頭蓋骨には鈍器による傷が16箇所あります。何らかの武器で殴られたようですが傷は深くなく致命傷ではありませんでした。しかし彼らには同様の傷が異常に多いのです。

【ナレーション】
この男は大けがを負ったうちの一人です。頭蓋骨が損傷していましたが、驚くべき事に彼は生き延びたのです。

【シャーロット・ロバーツ博士】
これほどの傷がつくということは、相当な力で殴られたはずです。この傷を受け、内出血したかもしれませんが、頭蓋骨の状態を調べるとかなり治癒しています。ということはこの人物は死んだわけはなく、その後、一定期間生存していたということになります。

【ナレーション】
治癒した傷跡は、グラディエーターが医者の治療を受けていたという見方と辻褄が合います。しかしある男はひどい致命傷を負っていました。彼はグラディエーターよりもはるかに恐ろしい相手と対戦したのです。それは野生の猛獣です。


闘獣士


【ナレーション】
古代ローマ時代のヨークで、最も名誉ある墓に埋葬された80体の白骨死体。骨には恐ろしい傷跡が残されていました。彼らは古代ローマの属州であったイギリスのグラディエーターで、流血を楽しむ大衆のために闘い、残酷な試合の中で惨殺されました。記録によると30以上の異なるタイプのグラディエーターがいて、それぞれ武器や戦法に特徴があったようです。

【リチャード・ジョーンズ】
グラディエーターにはそれぞれ得意技があり、皆それに見合った武器や道具を使っていました。試合は同じ武器を持つ者同士や、違う武器を持つ相手などを組み合わせて闘わせていました。

  注:No.203「ローマ人の "究極の娯楽"」で、魚剣闘士(ムルミッロ)と投網とあみ剣闘士(レティアリウス)の話を書きましたが、剣闘士にはその他、いろいろの種類がありました。日本語版 Wikipedia にその解説があります。

【ナレーション】
そしてある白骨遺体には、残虐な試合を物語る恐ろしい傷痕きずあとが残っていました。この男は発見された遺体の中でも最も小柄でした。調査の結果、その骨から驚くことが判明したのです。何と彼の骨盤には猛獣によってあけられたような穴があいていたのです。

【シャーロット・ロバーツ博士】
この白骨遺体は非常に珍しいものです。私は初めて見ましたが、正直気分のいいものではありません。この右側の骨盤を見てください。2カ所の損傷、2つの穴がはっきりと確認できます。さらに左側にも穴や損傷が見受けられます。この咬み痕をつけたのはどんな動物でしょう ?

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動物に咬まれた痕が残る骨盤の一部
(site : www.yorkarchaeology.co.uk)

【ナレーション】
この男にはグラディエーターのなかでも特に残虐な試合をさせられた証拠があります。それは猛獣を相手に死ぬまで闘うことです。

【ケビン・ディカス博士】
ライオンや虎との闘いは極めて危険で、多くの者が命を落としました。

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闘獣士のモザイク画
(ローマ:ボルゲーゼ美術館)

【ナレーション】
対戦相手はライオンや虎だけではありませんでした。野生の犬や雄牛、時には熊がグラディエーターと闘いました。

ティム・トムソンは人類学の教授です。彼はこの体に致命傷を与えた動物を特定しようとしています。

【ティム・トムソン教授】
これは成人の人体骨格です。猛獣と闘った人物の傷は骨盤部分の左右両側にあります。具体的にはこの腸骨稜ちょうこつりょうと呼ばれる部分です。咬まれたあとがこことここ、そして こことここにもあります。この傷は間違いなく動物に咬まれた痕です。この人物には複数の傷痕があります。

【ナレーション】
トムソン教授は最新技術を用いて、この男を襲撃した動物を判別しようとしています。3Dスキャナーを使って骨盤の破片をつなぎ合わせ、バーチャルで骨盤を再現しました。

【ティム・トムソン教授】
スキャンを行い、粉々になっていた骨盤をデータ化します。粉々になった骨盤の破片をバーチャル空間で再構築できます。最終的には骨盤の咬まれた痕を様々な動物の歯形と照合します。実物の骨を使ってできることではありません。

【ナレーション】
復元されたバーチャルの骨盤から、この男を攻撃した猛獣を割り出すことができます。

【ティム・トムソン教授】
猫や犬のような小さな動物ではありません。かなり大型のネコ科動物のような大きさだと思います。

【ナレーション】
骨盤の歯形をヤマネコと比較するため、大人のライオンの頭蓋骨をスキャンしました。

  注:ここは日本語として変な訳になっています。"ヤマネコ" は英語で wild cat だと推定されますが、ここではヤマネコではなく「野生のネコ科動物」の意味でしょう。

【ティム・トムソン教授】
これは骨盤の一部で、骨には動物が咬んだ痕と穴があります。今からここにライオンの頭蓋骨のスキャン画像を取り込みます。ライオンの歯形と骨盤の咬まれた痕がぴったりはまりました。

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発見された破片をコンピュータ上で骨盤に復元した画像を説明する、ティーズサイド大学のティム・トムソン教授(人類学)。

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骨盤に大人のライオンの頭蓋骨を重ねた画像。ライオンの歯形と骨盤の咬まれた痕がぴったりとはまった。
(BS朝日「地球大紀行」より)

【ナレーション】
獰猛なライオンに攻撃されたこの男の末路は一つしか考えられません。さらに骨を詳しく調べたところ、傷は治らなかったことが確認されました。彼はライオンとの闘いで命を落としたのです。

【ティム・トムソン教授】
この咬み傷が致命傷になりました。そして大型肉食動物のものと一致します。

【ナレーション】
この男は闘獣士という、人ではなく野生動物を相手に闘うことを運命づけられたグラディエーターです。

【ダリウス・アーヤ博士】
闘獣士は野生の猛獣と闘うために特殊な訓練を受けたグラディエーターです。観客への娯楽として猛獣と殺し合うのです。それはとてつもなく危険な行為でした。相手は猛獣です。勝てる見込みはどれほどあったのでしょう ?

  注:「特殊な訓練を受けたグラディエーター」とアーヤ博士は言っていますが、No.203「ローマ人の "究極の娯楽"」で書いたように、猛獣の方も幼いころに捕らえられ、闘獣士と闘うために特別の訓練を受けました。これはローマでの話ですが、ヨークでもそうだったのではと思います。要するに「観客を熱狂させて興業的価値をあげる」わけです。


エピローグ


【ナレーション】
80体の古代ローマ人の死体が見つかった謎の墓地がグラディエーターのものであるという仮説は、多くの証拠によって裏付けられました。しかしこの白骨死体は全てグラディエーターであるならば、なぜ最後に斬首されたのでしょうか。斬首はグラディエーターの試合を締めくくる、とどめの一撃だったと考えられています。

【カート・ハンターマン】
闘技場で首を切り落とされた人々は、闘いの最後に情けをかけられたのだと思います。敗北して瀕死になった者は首を斬られたのです。

【ナレーション】
闘技場では敗者の運命は皇帝や観衆にゆだねられました。

【リチャード・ジョーンズ】
もし皇帝が闘技場で観戦していれば、彼が敗北したグラディエーターの生死を決めました。よく知られる合図はこうです。親指を立てれば助けられ、親指を下に向ければ死を意味しました。

【ナレーション】
すべてのグラディエーターが対戦相手に殺されたわけではありません。敗北し、死を宣告されたグラディエーターは、闘技場の死刑執行人の手によって殺されました。

【ダリウス・アーヤ博士】
時には、死への一撃を与える人間が闘技場に登場することもありました。劇的なラストです。

【ナレーション】
これらの白骨死体は、ヨークのグラディエーターを今に伝える興味深い証拠です。帝国じゅうから選び抜かれた男たちの骨には、危険な訓練を受けていたあかしがあり、傷痕は歴史上最も残虐な試合をさせられていた事実を伝えています。

【カート・ハンターマン】
骨に残された人間による攻撃の痕や猛獣による咬み痕と他の証拠から判断して、白骨遺体は闘技場で闘い、この名誉な場所に葬られたグラディエーターたちであると考えます。そういった意味で古代ローマ帝国のヨークは特別な場所でした。

【ダリウス・アーヤ博士】
グラディエーターの興業は、ローマから帝国中に広がりました。そしてヨークでもグラディエーターたちが闘ったことを裏付ける証拠が見つかったわけです。

【ナレーション】
死に際し、この男たちは英雄の扱いをうけましたが、その人生は生き延びるための闘いでした。惨殺された白骨死体はローマ帝国の真の残虐性を露わにしたものであり、ローマ文明の心の闇の証だったのです。

■■■■■■ 番組終了 ■■■■■■


剣闘士の墓とする根拠


以降はこの番組のまとめです。首を切断された遺体は戦死者や犯罪人という事も考えられましたが、調査チームが出した結論は剣闘士(グラディエーター)です。その根拠は以下ようになるでしょう。

通常、ローマ時代の犯罪人はうつ伏せで埋葬された。しかしこの墓では仰向けで埋められていた。犯罪人とは考えにくい。

戦闘で死んだ兵士だとしたら、遺体は都市ではなく、戦場ないしは前線基地に埋葬されたはずである。

骨には数多くの骨折痕とそれが治癒したあとがあり、彼らが数年にわたって危険な戦闘に耐えてきたことがうかがわれる。

男たちの出身地はローマ帝国の全域(最も遠くは中東)に散らばっている。イギリス出身者は少数である。

まっすぐに切断された骨を見ると、男たちが刀剣や斧などの鋭利な武器によって斬首されたことがわかる。これは敗北した剣闘士が対戦相手によって、ないしは闘技場の死刑執行人によって斬首されたという歴史事実と合致する。

男たちの副葬品から、彼らが尊敬されていたことがわかる。特に銀貨の副葬品はそれを示している。

墓地は、古代ローマ時代のヨークの大きな街道沿いにあった。これは墓地としては最もステータスの高い場所である。剣闘士が敬意をもって埋葬されたという歴史と合致する。

トルコのエフェソスで発見された剣闘士の墓とヨークの墓が酷似している。遺体は首を斬られており、遺体には戦闘経験があり、かつ敬意をもって埋葬された。

分析によると、男たちの歯には乳児栄養失調の兆候が見られたが、成人してからは高タンパクの食事をとっていた。これは剣闘士が養成所で高タンパクの食事を与えられたという歴史的事実と合致する。

最も大きな体格の男は "足かせ" をはめられていた。これは取り外し不可能で、鎖をつなぐ穴もなく、単なる奴隷の足かせではない。巨体の剣闘士の動きを鈍らせる "重り" だったと推定できる。

発見されたほとんどの遺体の骨には傷が治ったあとがあり、治療が施されていた。治療は古代ローマにおいては贅沢なことである。剣闘士だとすると辻褄が合う。

一人の白骨遺体の骨盤には猛獣によってあけられた穴があり、これが致命傷となった。この骨盤の穴は大型肉食獣の牙と一致する。この状況が考えられるのは剣闘士(闘獣士)である。

ジグソーパズルのピースがはまるように、多くの証拠が剣闘士の墓であることを示唆しています。決定的とも言えるのは最後の「猛獣の牙によって骨盤に穴があくほどの致命傷を負った遺体」でしょう。

調査団長のカート・ハンターマンがネットに公表しているリポートを読むと、発見された白骨遺体は82体ですが、そのうちの1体は女性でした。そしてハンターマンは、この女性がグラディアトリクス(gladiatrix。女性剣闘士)ではないかと推測しています。

No.203「ローマ人の "究極の娯楽"」で紹介したように、ローマの剣闘士については数々の本が書かれ、映画が作られ、絵画も制作されてきました。しかしこの番組が示した「白骨遺体の分析レポート」は、本・映画・絵とは違った意味で、2000年前の状況を非常に生々しく感じることができ、大変に印象的でした。



 補記:同位体分析 

ここからは補足です。No.221「なぜ痩せられないのか」で、同位体分析の手法を使ってヒトの消費エネルギーを精密測定する話を書きましたが、本番組にも同位体分析が出てきました。歯のエナメル質の同位体分析で、出身地や食性がわかるというのです。なぜ可能なのか、調べてみると次のようです。いずれも安定同位体(No.221参照)を利用するようです。

  ストロンチウム(Sr)は土壌中に含まれるが、安定同位体として 84Sr 86Sr 87Sr 88Sr の4種がある(88Sr が最も多い)。この安定同位体の存在比が地質によって微妙に違い、これがその土地の生物のストロンチウム量に影響する。このことから、生物がどの地域で育ったかを推定できる。

  生物においては、窒素(普通は 14N)の安定同位体である 15N の存在比が、食物連鎖によって少しずつ高まっていくことがわかっている。これを利用して人や動物の食物(肉、魚、植物)が判別できる。

  植物の光合成回路には3種の違ったタイプがあり、それぞれ炭素(普通は 12C)の安定同位体である 13C を取り込む率が違う。これを使って人や動物が食べていた植物が大まかに判別できる。これと 15N の分析を合わせて食性が推定できる。

そして、このような同位体分析は今や世界の常識であり、考古学だけでなく、たとえば食物の原産地証明や生物の食性分析などにも利用されているようです。

以上は一般論であって番組中のモンゴメリー博士の手法の詳細はわかりませんが、類似の方法だったと推察されます。博士は遺体の歯から出身地を推定し、さらに「彼らは野菜と肉の両方を食べていただけでなく、少量ですが魚も口にしていた可能性があります」と語っていました。そこまで分析できる測定技術の進歩に感心しました。




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No.238 - 我々は脳に裏切られる [科学]

No.149「我々は直感に裏切られる」で、極めて大きな数を私たちは想像できず、そのために直感が働かないという話を書きました。23人のクラスで同じ誕生日の人がいる確率は 50% 以上もあるとか(= バースデー・パラドックス)、10都市を巡回する全ての経路を総当たりで調べるのは家庭用パソコンで2秒で可能だが、32都市となるとスーパーコンピュータ "京" を宇宙の年齢(135億年)だけ動かしても絶対に不可能、といった話でした(総当たりでは不可能という意味)。これらの裏に潜んでいるのは日常生活とは全くかけ離れた大きさの数であり、それが直感に反する結果を招くのです。

今回は、それとは別の直感が裏切られる例をとりあげます。視覚が騙される例、いわゆる "錯視" です。もちろん錯視は昔から心理学の重要な研究テーマであり、数々の錯視図形が作られてきました。その多くは平面図形ですが、今回とりあげるのは立体の錯視です。

明治大学の杉原厚吉こうきち教授は数理工学が専門ですが、数々の立体錯視の例を作ってきた(= 発見してきた)方です。その杉原教授が日経サイエンスの2018年8月号に「立体錯視と脳の働きの関係」についての解説を書かれていました。大変興味深い内容だったので、それを紹介したいと思います。それは「我々が視覚によってまわりの立体物をどうやって認識しているのか」というテーマと深く関わっています。そしてこのテーマは人工知能の研究の重要な領域です。


エッシャーの不可能立体


杉原教授が立体の錯視に取り組まれたのはエッシャーの作品の影響が大きいようです。エッシャーの作品を一言でいうと「不可思議な絵(版画)」です。画面を鳥やトカゲが隙間なく埋め尽していたり、蜂が次第に魚に変身していくさまだったりと、いろいろありますが、「不可能立体」による "だまし絵" もエッシャー作品の大きなジャンルになっています。


20世紀に活躍したオランダの版画家エッシャーは、多様な素材を用いたダンディーで哲学的な作品をたくさん残している。代表的な作品グループの一つが不可能立体のだまし絵を用いたものである。不可能立体とは、絵には描けるけれど物理的な実体としては不可能で、だまし絵をみた人の脳に浮かぶだけの架空の構造である。例をあげれば、階段を上り続けるといつの間にか出発点に戻ってしまう無限巡回階段を素材とした《上昇と下降》1960年、柱の前後関係が床と天井で逆転する《ベルヴェデーレ(物見の塔)》1958年、水路を上った水が滝となって水車を回し続ける《滝》1961年などが典型である。いずれの作品も、普通なら違和感をもつはずのだまし絵を、緻密な描写によってリアリティのある情景の中に溶け込ませ、命を吹き込むことに見事に成功している。

杉原 厚吉「脳を裏切る立体」
(日経サイエンス 2018年8月号)

杉原教授があげているエッシャーの《上昇と下降》、《ベルヴェデーレ(物見の塔)》、《滝》の3作品は非常に有名なので、多くの人が知っていると思います。そのうちの《ベルヴェデーレ(物見の塔)》が下図です。

LW426-MC-Escher-Belvedere-1958.jpg
エッシャー
ベルヴェデーレ(物見の塔)」1958年
(site : www.mcescher.com)

この作品の1階と2階の関係の中に不可能立体が含まれています。また左下で腰かけている男性が持っている立体も、直方体のフレームとしてはありえない構造をしています。

不可能立体とは「絵には描けるけれど物理的な実体としては不可能な立体」ですが、実は工夫をすれば物理的実体として作ることができます。ただし、従来のやりかたは「不連続のトリック」や「曲面のトリック」を使うものでした。「不連続のトリック」とは、物理的実体として不連続だが、ある視点からみるとあたかもつながっているように見えるというトリックです。また「曲面のトリック」とは、実際はぐにゃっとした立体だが、ある視点から見たときだけ平面からできた立体に見えるというトリックです。ペンローズの3角形と呼ばれる有名な不可能立体を、この2つのトリックで作成した例が次の図です。

ペンローズの3角形.jpg
ペンローズの3角形の立体化
ペンローズの3角形(a, c)を、不連続のトリック(b)と曲面のトリック(d)で立体化したもの
(日経サイエンス 2018.8)

ここからが重要な話になります。実は、エッシャーの物見の塔の不可能立体は「不連続のトリック」や「曲面のトリック」を使わなくても物理的実体として作成できることを杉原教授は発見しました。

杉原版・物見の塔.jpg
杉原版・物見の塔
(日経サイエンス 2018.8)


この《物見の塔》に描かれている床と天井で前後が逆転する柱の構造は、不連続のトリックや曲面のトリックを使わないでも立体化できる。床と天井とそれをつなぐ4本の柱だけに単純化したものを立体化した例が上左の写真である。実際、長方形の床と天井の向きが直角にひねられており、隣り合う柱の前後関係も、床と天井で逆転していることがわかる。

この立体を別の方向から撮影したのが写真右である。これからわかるように、この立体には、不連続のトリックや曲面のトリックは使われていない。それにもかかわらず前後が逆転するだまし絵が写真上左のように立体として実現されている。

どのようなトリックが使われているのであろうか。左の写真を見ると、柱は垂直に立っているという印象を持つ。しかし、実際には、写真右に示すとおり、それぞれの柱は垂直とは程遠く、それぞれ別の方向を向いている。柱が斜めに立っているから、床と天井の前後関係が逆転できているのである。

このトリックは、直角に見えるところを直角以外の角度を使っているから「非直角のトリック」と呼ぶことができよう。実は、線図形からそこに描かれている立体図形を自動抽出できるロボットの目を開発しようという研究の中で私はこのトリックを見つけたのである。

「同上」



杉原教授もあげているエッシャーの有名な作品に《上昇と下降》があります。建物の屋上を周回する階段が描かれていますが、上り続ける人はいつまでも上り続け、下る人はいつまでも下る「無限巡回階段」になっています。

LW435-MC-Escher-Ascending-and-Descending-1960.jpg
エッシャー
上昇と下降」(1960年)
(site : www.mcescher.com)

杉原教授はこの「無限巡回階段」も物理的に作成できることを示しました。それが次の図です。

杉原版・上昇と下降.jpg
杉原版・上昇と下降
上の写真の位置から見ると「無限巡回階段」のように見えるが、実は下の写真のように "無限上昇(下降)" はしていない。

「不可能立体と不可能モーション」
国立情報学研究所セミナー
(2011.6.2)より



「杉原版・物見の塔」と「杉原版・上昇と下降」における重要なポイントは、

つながって見えるところは、物理的実体としてもつながっている。

平面に見えるところは、物理的実体としても平面である。

しかし直角に見えるところに非直角を使っている

の3点です。また、上の引用のところで杉原教授は「線図形からそこに描かれている立体図形を自動抽出できるロボットの目を開発しようという研究の中で私はこのトリックを見つけた」と書いていますが、ここも重要なポイントです。

人間の網膜に写る外界の像は平面です。人間の脳はそこから外界の立体とそれらの位置関係を推定します。それを無意識にリアルタイムに直感的に行っています。どうしてそれができるのか。目が2つあるからというのは当たりません。確かに両目の視差で奥行きが推定できますが、たとえ片目でも、かつ、全く初めての光景に出会ったとしても、立体とその位置関係が推定できます(ためしにやってみると分かる)。

ロボットやそれに相当する機械(自動運転のクルマや建機など)の "眼" も平面の画像センサーでできていて、基本的に人間の目と同じです。周りの状況に応じて動きが変化する精密なロボットを作ろうとすると(たとえば乱雑に置かれたモノを掴むロボット)、平面の画像がら立体を推定する必要がでてきます。クルマで言うとスバルのアイサイトのようなステレオカメラを使うこともできますが、コストアップになるし調整も大変です。あくまで1個のレンズとセンサーで実現したい。

このとき、人間がどうやって立体の認識をしているのかが解明されると、それをロボットに応用できる可能性が大です。杉原教授の研究と産業応用の関係はそうなります。


非直角のトリックによる立体錯視


人間は網膜に映る2次元画像から3次元をどうやって推定しているのでしょうか。下図のように、同一の網膜画像に帰着する3次元形状は無限にあります。これらの中から人間は特定のものを直感的に選択しています。「ものを見る」ということはそういうことです。

実世界を認識する目.jpg
実世界を認識する目
網膜に映る2次元画像を作れる立体は1つではなく、無限の可能性がある。脳はその中から特定のものを直感的に選択している。
(日経サイエンス 2018.8)

人間はその選択をどうやっているのか。そのことを推測できる立体錯視を杉原教授は作成しています。


ひとつの例を見てみよう(下の写真の上)。台の上に四角い柱が垂直に立ち、その4つの側面から水平に東西南北を指すように、4本の四角い横木が伸びている立体をこころの中に思い浮かべるであろう。この形を理解するのに時間はかからず、特に努力の必要はない。

この立体にはその下の写真のように赤い輪をかけることができるのだ。これを見たとたん、人間は不思議の世界に迷い込む。この硬くて平らな輪が、上下で柱の後ろ側を通っているのにもかかわらず、4本の横木の手前を通っているとしか見えない。こんなことは、4本の横木が東西南北四方へ水平に伸びていたのでは起こるはずがない。

実は、写真下に示すように、横木のうちの2本は水平ではなく、4本とも後ろ側に伸びている。だから、輪が写真のように絡まることができる。種明かしをされれば簡単に分かるが、こんなことでどうしてだまされてしまうのだろうか。

「同上」

杉原厚吉:四角柱.jpg
縦横に配置された4角柱(上)に、硬い赤の輪をかけられる(中)。実は柱の配置はみかけとは全く異なる(下)。
(日経サイエンス 2018.8)


読者は、下の写真から本当の形を理解したはずである。ここで、もう一度、いちばん上の写真に目を移してみよう。すると再び4本の横木が東西南北へ水平に伸びた立体を思い浮かべていまうのに気づくのではないだろうか。私たちの脳は、立体の本当の形を知っていることを無視して、最初に思い浮かべた別の立体をまた思い浮かべてしまう。

この事実は、私たちの脳は直角が大好きだということを示している、というのが私の仮説である。つまり、脳は、画像に映っている立体の無限の可能性の中から直角のなるべく多いものを選らんで即座に思い浮かべてしまうらしい。しかも、立体の本当の形を知ったあとでも、その知識を無視してしまう。いわば、理性とは別に脳に備わる自動回路で勝手に画像を処理して立体の奥行きを理解するのである。

「同上」

「脳は、画像に映っている立体の無限の可能性の中から直角のなるべく多いものを選らんで即座に思い浮かべてしまう」というのが、杉原教授の仮説です。この脳の作用と関係する錯視が、つぎの変身立体です。


変身立体


杉原教授は、ある特定の2方向から見ると全く違った形に見えてしまう立体を作成しました。鏡を使うとこの錯視が非常に効果的になります。下の写真の左は、そのまま見ると円柱に見え、鏡を通してみると4角柱に見えます。杉原教授はこのような立体を「変身立体」と名付けました。

変身立体.jpg
変身立体
直接見ると円柱に見えるが、鏡を通して見ると4角柱に見える(左)。実際の物体はそのどちらでもない形をしている(右)。
(日経サイエンス 2018.8)


「変身立体」は立体錯視の基本であるので、その見える原理と作成方法を詳しく説明しよう。

先ほどの「ものを見る」議論を思い起こそう。1枚の平面画像には奥行きの情報がないため、それに対応する立体には「無限の可能性」があるとした。見方を変えると、このことは、2つの方向から見るとそれぞれ望み通りに違う形に見える立体が作れる可能性があることを意味している。

左の写真に沿って説明すれば、第1の方向(たとえば直接に見る方向)から見ると円に見える立体は無限にあり、第2の方向(たとえば向こうの鏡から見る方向)から見ると四角柱に見える立体も無限にある。もし、この2群の両方に属する共通の立体があれば、実際にそれを作ることができるはずである。それを求めるのは数学を使えば可能である。

左の写真のようにできあがった「変身立体」の柱体上端に乗っている実際の曲線は、凸凹した起伏を持つ空間曲線である。円とも四角ともいえないこんな中途半端な曲線をもつ立体が、どうして方向によって円柱にも四角柱にも見えるのだろうか?

柱体の上端の曲線は、空間図形であるから1つの平面には含まれない。しかし、通常眼にする立体と同様に柱体の高さはどこも同じに作ってあるので、直角が大好きな脳は、上端の曲線で囲む面を、「軸で垂直な平面で柱体を切断しててきる断面」と奥行きを無視して解釈してしまう。

ある方向から円柱に見えるということは、上端の曲線を「平面で切った円」を斜め上から見ていると脳が解釈していることを意味する。平面で切った断面のように見えても、実は凸凹した起伏のある空間曲線は見る方向を変えれば別の見え方になる。その結果、もう1つの鏡の方向から見ると四角の断面を持った柱体、つまり四角柱に見える、と解釈される。

まとめると、①2つの方向から見て異なった形に見える空間曲線の存在 ②それを平面曲線に(誤って)解釈する脳の「直角好き」、が「変身立体」のポイントである。

「同上」

一つの視点からみると円弧に見え、別の視点から見ると2直線に見える空間曲線の作り方を示したのが次の図です。

変身立体の作り方.jpg
変身立体の作り方
水平面 H の上に円弧 A と 2直線 B がある。円弧上を動く点 P をとり、視点 E と視点 F と点 P を含む平面 S を考える。2直線 B と平面 S の交点を Q とし、直線 EP と直線FQ が交わる点を R とする。P が A の上を動くときに Q も B の上を動くが、P と Q の1対1対応がとれるように A と B を決めれば、点 R の軌跡が求める空間曲線 C となる。C を平面 H と垂直な方向に一定距離だけスイープさせれば変身立体の側面ができあがる。この図から、鏡を使って "変身" を演出するためには、鏡の上を手前に少し傾ける必要があることがわかる。
(日経サイエンス 2018.8)

杉原教授は「変身立体」は2016年の「Best Illusion of the Year Contest」で準優勝しました。その時の動画がYouTubeに公開されています。3Dプリンタの出現によって初めて製作可能になった立体と言えるでしょう。

Best Illusion of the Year Contest 2016.jpg
(YouTubeより)


立体錯視が提示する課題


立体錯視を起こす人間の脳の振る舞いは、心理学・認知科学・脳科学へ新たな研究課題を提供しているようです。杉原教授はそれを2つに分けて説明しています。


その第1は、脳がなぜ直角を好むかである。生まれながらの性質であろうか、それとも成長の過程で獲得した性質であろうか。自然には直角は少ないが、現代社会を囲む工業製品の多くは直角をたくさん含む形をしているため、直角を優先して知覚するようになったのかもしれない。これに関しては、まだ何も確かめられていない。確かめるためには、直角に囲まれないで育った人と比較しなければならないが、現代の地球上では、そのような人を見つけることは難しいだろう。

「同上」

動物実験という手はあります。つまり、動物を直角の無い環境で育てることは可能です。ただし、動物が立体錯視を起こしているかをどうやって調べるのか、その方法論が問題です。また、杉原教授もことわっているように「脳は直角を好む」というのは、現時点では仮説です。


もう1つの深刻な謎は、立体の本当の形を知った後でも、私たちは自分の知覚を修正することができず、特定の視点から立体を眺めると再び錯覚が起こってしまうことである。直角のように見えた立体を別の方向から見て、直角ではないと理解した後でも、もとの視点に戻ると、また直角に見えてしまう。ここでは、私たちの脳は知識や理性を無視して、意識の届かない脳の奥深いところで勝手に画像を処理し、直角の多い立体を思い浮かべてしまう。これは一体なぜなのであろうか。

「目で見る」ことの目的は、目の前の状況を判断し、見えたものをつかんだりよけたりという実際の行動に移すことであろう。そのためには、できるだけ短い時間で網膜の画像が持つ情報を脳で処理しなければならない。だから、この処理は自動化されているように見える。しかし、この自動回路は "過剰に安定" で、本当のことを知らされても頑固に修正を拒否する。これは進化の過程で生き残った最良選択なのであろうか。現代の状況ではそれが思わぬ落とし穴につながることもあるかもしれない。

「同上」


脳の高度な情報処理


立体錯視は脳の働きによって起こります。つまり脳が現実を裏切ることになるわけです。それはもちろん "脳を騙す" ような立体を人間が意図的に構成したからです。このことを裏返すとどうなるかと言うと、

  脳は少ない情報(2次元画像)から立体を推定するという高度な情報処理を瞬時にやっている

ということです。もちろん意図的に脳の "裏をかく" ことはできます。しかしほとんどの場合、脳の瞬時の情報処理は正しいし、我々はそれで問題なく生活しています。脳は2次元画像から物体の形を推定するだけでなく、複数の物体の位置関係を把握します。それは "あたりまえ" であり、我々が疑問をもつことがありません。しかし考えてみると、これはすごいことです。もしコンピュータに(AI技術も駆使して)やらせようとすると非常に難しい。

画像から物体を認識することだけなら実用化されています。たとえば前方衝突防止ブレーキがついたクルマでは、この機能を単眼カメラの画像だけでやっています。これは前方にあるクルマ、歩行者、バイク、自転車など、道路の上によく現れる物体の知識をもとにして画像から物体を判定しているわけです。そして道路と物体の接地部分を画像で判定し、単眼カメラの地上高と仰角から三角測量の原理で距離を計算している。つまり「事前知識をもとに画像から物体を検出し、物体までの距離を推定する」ことなら実用になっています。しかし、人間の脳がやっているような「事前知識なしに、画像だけから物体の3次元的な形状を推定する」のは、それとはレベルがかなり違います。

以上のことを考えると、人間の脳の働きは大変に高度であり、3次元形状を推定することだけをとってみても解明できていないことが分かります。No.233「AI vs.教科書が読めない子どもたち(1)」で紹介したように、国立情報学研究所の新井紀子教授は、

  人間の知性と同等ベルのAI(=真の意味でのAI)はまず無理である。なぜかというと、人間の知能の原理が解明されていないからであり、解明するにも人間の知能を科学的に観測する方法がそもそもないからだ。自分の脳がどう動いているか、何を感じていて、何を考えているかは、自分自身もモニターできない。

との主旨を書いていましたが、それが思い出されます。もちろん「実用上十分な範囲で、画像から3次元物体形状を推定する」のは、今までも研究されてきたし、今後も研究されるでしょう。立体錯視も「ロボットの目を開発しようという研究」から始まったのでした。杉原教授も、人が立体を認識するメカニズムについて「心理学・認知科学・脳科学などの成果で近い将来、答えが見つかることを期待したい」と書いています。ともかく、

エッシャーの不可能立体
立体錯視
立体形状を推定できるロボットの眼

の3つは「3次元世界と、それを覗く2次元の窓(眼)の関係」という意味で、密接に関係していることがよく理解できました。


杉原教授の公開動画


立体錯視や変身立体は動画で見るのが最適です。杉原教授が作られた「不可能モーション(立体錯視)」と「多義柱体(変身立体)」の動画が YouTube で多数公開されています。そのリンクを掲げておきます。

不可能モーション2(2009)
不可能モーション3(2010)
不可能モーション4(2012)
不可能モーション5(2013)
不可能モーション6(2014)
多義柱体1(2014)
多義柱体2(2015)
多義柱体3(2015)
多義柱体4(2016)




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No.237 - フランスのAI立国宣言 [技術]

No.233/234/235 で、国立情報学研究所の新井紀子教授の著書「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」(東洋経済報社 2018.2)の内容を紹介し、感想を書きました。その新井教授ですが、最近の新聞のコラムでフランスの "AI立国宣言" について書いていました。AIと国家戦略の関係を考える上での興味深い内容だったので、それを紹介しようと思います。コラムの見出しは、

  仏のAI立国宣言
何のための人工知能か 日本も示せ
  (朝日新聞 2018年4月18日)

です。


パリでのシンポジウム


2018年3月29日、フランス政府はパリで世界の人工知能(AI)分野の有識者を集めて意見交換会とシンポジウムを開催しました。新井教授もこの会に招かれました。


日本ではほとんど報じられていないが、人工知能(AI)分野で、地政学的な変化が起きようといている。フランスの動向だ。マクロン大統領は3月末、世界中からAI分野の有識者を招き意見交換会とシンポジウムを開催。フランスを「AI立国」とすると宣言した。2022年までに15億ユーロをAI分野に投資し、規制緩和を進める。

招待された中には、フェイスブックのAI研究を統括するヤン・ルカンやアルファ碁の開発者として名高いディープマインド(DM)社のデミス・ハサビスらが含まれた。DMは今回パリに研究拠点を置くことを決めた。

新井紀子
朝日新聞(2018.4.18)
"メディア私評" 欄

フランスのAI立国宣言.jpg
フランスのAI戦略を発表するマクロン大統領
(site : www.reuters.com)

新井教授は、フランスもやっとAIの国家戦略に乗り出したが遅きに失したのでは、と思っていたそうです。ところがパリに行ってみて実際は違ったというのがこのコラムの主旨です。


これだけ読むと、「フランスもついに重い腰を上げたか」という感想を持つ読者も少なくないだろう。ドイツは早々に「インダストリー 4.0」を開始した。ビッグデータやAIを活用することで製造業の革新を目指す国家プロジェクトだ。日本でも各省が競ってAI関連のプロジェクトに着手。それでも、米国や中国との距離は縮まるどころかますます水をあけられている。いまさらフランスが参入しても手遅れなのでは、と私も思っていた。

ところが、である。意見交換会が開かれるエリゼ宮に到着して驚いた。出席者の約半数が女性。女性研究者は1割程度といわれるAIの会合では極めて異例だ。そこには、「破壊兵器としての数学 ビッグデータはいかに不平等を助長し民主主義を脅かすか」の著者キャシー・オニールや、データの匿名化に精通したハーバード大学のラタニア・スウィニーが含まれていた。マクロン大統領はこう言った。「AIの影響を受ける人々は『私』のような人(白人男性で40代)だけではない。すべての人だ。AIがどうあるべきかの議論には多様性が不可欠だ」と。

「同上」

引用に出てくるキャシー・オニールはハーバード大学で数学の博士号をとった数学者です。かつては投資会社でデータ・サイエンティストとして働いたこともありますが、現在は企業が使用するアルゴリズムに含まれる偏見を特定・是正するコンサルティング会社の会長を務めています。新井教授があげている本の原題は「Weapons of Math Destruction - How Big Data Increases Inequality and Threatens Democracy」で、Weapons of Mass Destruction(大量破壊兵器)とMath(数学)を引っかけた題名です。Weapons of Math Destruction を直訳すると「数学破壊兵器」ですが、意味としてはコラムにあるように "破壊兵器としての数学" です。この本の日本語訳は新井教授のコラムのあとに「あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠(インターシフト社。2018.6.18)として出版されました。

フェイスブックやディープマインドの責任者だけでなく、キャシー・オニール博士のような方を呼ぶこと自体、フランス政府のスタンスを表しています。


大統領から求められ、「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトを始めた意図を話した。「人々に広告をクリックさせるために」様々なサービスを無償で提供しているグーグルやフェイスブックのような巨大IT企業が、今回のAIブームを牽引けんいんすることは2010年の段階で明らかだった。だが、日本はモノづくりの国である。99%の精度を、「100回のうち99回正しい」ではなく「100回に1回間違える」と認識すべき国だ。無償サービスの効率化のために開発された技術を、モノづくりに本格的に採り入れるべきか吟味すべきだ。AIの限界を探り、労働市場への影響を正確に見積もる必要があった、と。大統領は自ら詳しくメモを取りながら耳を傾けてくれた。

「同上」

新井教授が指摘するように、現在のAI技術を牽引している大きな動機が「無償サービスの効率化」であることは大切な視点だと思います。グーグルやフェイスブックのような「無償サービス企業」は、AIに絶対に取り組むべきニーズがあり、AIに多大な投資をする切実な理由があります。一つだけ例をあげると、グーグルのストリート・ビューから写り込んでいる個人情報(人の顔、クルマのナンバー、家の表札など)を抹消するために、それを人手に頼っていたのではコストがかかり過ぎます。完全自動で個人情報を消す必要がある。そのためには画像の認識技術が必須で、これは物体認識というAIの重要領域です。

また「無償サービス企業」が社会的責任を果たすためにますます重要になるのが、反社会的内容(犯罪、名誉毀損に相当するような中傷・誹謗、児童ポルノ、著作権侵害 ・・・・・・)のサイト、記事、投稿、写真、動画などの自動判定とブロックや削除(ないしは警告)でしょう。さらに、フェイク・ニュース(偽ニュース)の自動判定も重要になってくるはずです。こういった判定のためには、画像認識だけでなく高度な自然言語処理が必要です。しかもそれを100以上の言語でやる必要がある。無償サービス企業が機械翻訳に取り組むのも理由があるのです。このあたりをおろそかにしていると、政府と社会によって足元をすくわれかねません。

無料サービスを人手でコストをかけてやっていたのでは話にならないのでAI技術で自動化する。そして広告で稼ぐ。彼らのビジネスモデルの根幹にかかわっています。ちなみにアマゾンも「無料サービス企業」の一つと考えると理解しやすいと思います。もちろんモノやデジタル・コンテンツには対価を払う必要がありますが、アマゾンは「買うことに付帯するコスト負担・労力負担を限りなくゼロしようとしている」会社です。

フランス・パリでの意見交換会では、その巨大無償サービス企業側からの発言(フェイスブックのAI研究を統括するヤン・ルカン。フランス出身)と、それに対するマクロン大統領の反論がありました。


一方、「新技術が登場する時には心配する人は必ずいる。電話やテレビが登場したときもそうだが、何の問題もなかった。AIも同じだ」と楽観論を展開するヤン・ルカンに、大統領は厳しく指摘した。「これまでの技術は国民国家という枠の中で管理できた。AIとビッグデータは違う。圧倒的な寡占状況があり、富の再分配が行われていない。フランスが育成した有能な人材がシリコンバレーに流出しても、フランスに税金は支払われない」と。

「同上」

このフェイスブックに反論したマクロン大統領の発言に、フランスのAI立国を目指すための戦略が透けて見えます。AIというグローバル・ゲームは、実質的にはアメリカの巨大IT企業(と中国)が牽引していますが、アメリカと中国に対抗するためにゲームのルールを変えようとしているのです。


アメリカと中国でブームになると、日本は慌ててAIに手を出した。だが「何のため」かはっきりしない。夏目漱石そっくりのロボットを作ってみたり、小説を書かせてみたり、よく言えば百花繚乱りょうらん、悪く言えば迷走気味である。メディアも、AIと聞けば何でも飛びつく状況だ。フランスは違う。AIというグローバルゲームのルールを変えるために乗り出してきたのだ。

最後発のフランスにルールを変えられるのか。大統領のAIアドバイザーを務めるのは数学者のセドリック・ビラニだ。法学者や哲学者も連携していて、アルゴリズムによる判断によって引き起こされ得る深刻な人権侵害、AIの誤認識による事故の責任の所在、世界の中から最高の頭脳を吸引するシリコンバレーの「教育ただ乗り」問題を鋭く指摘。巨大IT企業の急所を握る。そして、「データとアルゴリズムの透明性と正当な利用のための共有」という錦の御旗を掲げながら、同時に投資を呼び込む作戦だ。最初の一手は、5月に施行試行されるEU一般データ保護規則になるだろう。

ヨーロッパでは哲学も倫理学もかびの生えた教養ではない。自らが望む民主主義と資本主義のルールを通すための現役バリバリの武器なのである。

「同上」

コラムにある数学者のセドリック・ビラニは、今回のフランスのAI戦略の中心人物ですが、彼は数学のノーベル賞と言われる「フィールズ賞」を受賞した人です。世界トップクラスの数学者が国の政策立案の重要人物なのです。

また「EU一般データ保護規則」は GDPR(General Data Protection Regulation)と呼ばれるもので、新井教授のコラムが新聞に載ったすぐあと、2018年5月25日より施行されました。これは欧州経済域(EEA。EU加盟28ヶ国+ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン)で発生する個人データの管理と移転に関する規則です。個人が企業に対して個人データを消すように求められる権利(=忘れられる権利)をはじめ、さまざまな規則がありますが、重大なのは「個人データをEEA域外に移転することを原則禁止する」という部分です。GDPRの違反者には最高で2000万ユーロ(約26億円)か全世界売上げの4%のうちのいずれか高い方という巨額の制裁金が科せられます。

GDPRはEU(EEA)が米国の巨大IT企業と戦うことを宣言したものと考えられます。グーグル、フェイスブック、アマゾンは「巨大個人情報ビジネス」であるという視点が重要です。グーグル、フェイスブック、アマゾンのアカウントにログインして何らかの情報のやりとりをすると、その全情報は個人情報としてグーグル、フェイスブック、アマゾンに蓄えられます。フェイスブックやその配下のインスタグラムは、個人情報収集装置そのものだと言えます。彼らはその収集した個人情報を自らにビジネスに生かしています。まさにマクロン大統領が言うようにデータの寡占状態になっている。その一端が露呈したのが、フェイスブックの8700万人の個人データが英国の政治コンサルタント会社に売り渡され、それが流出して米大統領選挙に使われた事件(2018年3月に発覚)です。

GDPRのような規則はフランスだけで施行しても意味が薄いわけです。欧州全体=EUで実施するからこそ意味があり、EUという共同体の存在意義が現れていると思います。ちなみにイギリスはEUを脱退するそうですが、脱退してもGDPRには追従していくようです。何となくEUの "いいとこ取り" をしているようにみえます。

上の引用の中に「アルゴリズムによる判断によって引き起こされ得る深刻な人権侵害」とあります。人権侵害の仮想的な例を作ってみると、学生が就職活動で企業に提出するエントリー・シートですが、最近はAIを使ってまず第1次のスクリーニングする企業があると言います。もしその企業が「特定地域の住人は犯罪を犯す確率が高い」というデータ分析結果を持っていたとして、それを学生の選別に反映したとしたらどうでしょうか。それは "いわれのない差別" をしていることになります。

もちろんこのような単純な例はまずないでしょう。しかし本質的にこれに類することが頻発していくのではないか。その一つの理由は、世の中には「相関関係と因果関係の混同」が蔓延しているからです。No.223「因果関係を見極める」で紹介したのですが、伊藤公一朗氏(シカゴ大学助教授)はその著書『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』で、

  ニュースや新聞を見てみると相関関係と因果関係を混同させた怪しい分析結果は世の中にあふれています。

と書いているのでした。AIは数学的に言うと統計と確率のジャンルであり、ビッグデータの中から "相関関係" を見つけ出すのは大得意です。しかしだからといって "因果関係" があるとは言えない。ビッグデータの収集とAI技術の進展に伴って "怪しい因果関係" が世の中に溢れ、それが無分別な人たちに誤って利用され(あるいは意図的に誤って利用され)、新たな差別を生み出すことは十分に考えられます。しかも、なぜそういう結論になったのか、人間サイドでは(簡単には)わからない。

さらに相関関係をうんぬんすうる以前に、そもそもデータが誤っているというケースがあります。データの捏造、ないしは歪曲もありうる。また、各種の推定を行うためのアルゴリズムが不完全なこともあるでしょう。まさにデータとアルゴリズムのオープン性が必要になるのです。要するにフランスは、以上のようことを念頭におきつつ、AIに取り組む国家の姿勢として、

情報とデータの独占禁止
アルゴリズムの透明性の担保
ダイバーシティ(多様性)
人権と民主主義に貢献するAI

などを掲げ、それに共鳴する人材と投資を呼び込もうとしているわけです。それは新井教授のコラムにあるように、自国を優位に導くための「錦の御旗」なのだろうけれど、AIと共存する時代における重要な視点であることは確かです。英国のディープマインド社がパリに研究拠点を置くことに決めたとコラムにあります。No.174「ディープマインド」に書いたように、

  グーグルに買収されるにあたって、ディープマインド社はグーグルに対し「AI倫理委員会」の設立を要求した

わけですが、そういうスタンスの企業にとってマクロン大統領の方針は親和性があると見えました。


AIと国家戦略


フランスを離れて各国のAI戦略みてみると、まず新井教授のコラムに「アメリカと中国でAIがブーム」とあるように、中国の動向に注目する必要があります。中国の習近平政権は「中国を2030年にはAIで世界のリーダーにする」との目標を掲げ、政府投資をAI研究にそそぎ込んでいます。

中国は世界一の人口を抱えていて、中国のIT企業(検索、SNS、ネットショッピング、・・・・・・)も巨大化しています。そこにはアメリカの巨大IT産業と同様のAIに対する強いニーズがあります。

それに加えて中国は「中国共産党の独裁政権」であることがポイントで、これがAIの発展に有利に働くと考えられます。その理由ですが、まず、中国政府はインターネット上を飛び交う情報を監視し、検閲し、政府の意に沿わない情報を遮断しています。これを人手でやるには限界があるし、モレも当然出てくる。ここにAI技術を使うと検閲をより完全なものにすることができるでしょう。中国政府はフランスのマクロン大統領が掲げる「錦の御旗」とは全く逆の意味で、AIに対する "強くて切実なニーズ" があると考えられます。

また、独裁政権ということは政府の強権で個人情報を含むビッグデータを収集できるということに他なりません。そのビッグデータをAI研究に活用できる。人権を重視する民主主義の国はあり得ないようなことができるはずです。データは21世紀の石油だと言われています。AIはどこで発展するかというと、ビッグデータがあるところ、ビッグデータが収集できるところで発展するというのが素直な見方でしょう。その点で、中国は優位なポジションにあると見えます。

ただしその一方で、将来的にAIで代替できる労働者の絶対数が最も多いのも中国だと考えられます。AIで労働を代替したとき、AIではできない仕事に労働者をどう転換していくのか、それは必ずしも簡単ではないと思います。フェイスブックのヤン・ルカンが言うような「昔からそうだった、AIも問題ない」との楽観論は甘すぎると思います。中国政府も将来的には難しい舵取りを迫られそうです。



中国以外の国をみると、ドイツは新井教授のコラムにあるように「インダストリー 4.0」で、製造業を基軸に据えてAIとIoTを推進するという戦略を明確化しました(2011年)。

カナダは、そもそも現在のAIブームに火をつけた国で、トロント大学の「深層学習」の成功が今のAIの発展の端緒となりました(ヤン・ルカンも火をつけた一人です)。現在もカナダ政府はAI研究のメッカとなるべく数々の施策をうっています。

イスラエルは従来からハイテク産業の集積地で、AIのベンチャーも多く育っています。自動車で物体認識をする画像処理チップを作っている MobileEye の製品は、日本を含む世界の自動車会社が採用しています。

このような状況で、日本はどういう方向に行くのか、何を基軸に据えたAI戦略を展開するのか、そこが問題です。


日本のAI国家戦略は ?


新井教授のコラムのサブタイトルは「何のための人工知能か 日本も示せ」でした。つまりどういう国家戦略で日本はAIを推進するのかを示せということですが、これはどのように考えるべきでしょうか。

"ユニコーン企業" という言葉があります。アメリカで始まった言い方ですが、企業としての評価額が10億ドル以上(約1200億円以上)の非上場企業を言います。ユニコーンとは一角獣のことですが、一角獣のように非常にまれで、かつ利益をもたらすという意味でしょう。

2017年11月20日付の日本経済新聞(デジタル版)によると、日本において推定企業価値が100億円を越える非上場のベンチャー企業(= NEXTユニコーン)は22社あり、そのトップはプリファード・ネットワークスの2326億円とあります。2位はメルカリの1479億円で、アメリカ基準の10億ドル(約1200億円)を越えているユニコーン企業はこの2社だけです。ちなみにメルカリは2018年6月19日に東京証券取引所マザーズに上場したので「非上場」ではなくなりました(上場の初値は時価総額で6760億円)。

ユニコーン企業で企業価値最大のプリファード・ネットワークスはAI技術の開発会社で、ちょうど英国のディープマインドに似ています。もちろん日経新聞があげている22社はIT関連企業が多いので、メルカリを含めて何らかの形でAI技術を使っているはずです。しかし22社のうちで唯一、AI技術だけに特化しているのがプリファード・ネットワークスなのです。

プリファード・ネットワークスは西川徹氏と岡野原大輔氏が東京大学在学中に中心となって起業した会社です。数々の日米の大手企業が出資していますが、特にトヨタが100億円以上も出資しており、またファナックも出資して提携関係にありあます。トヨタと言えば世界最大規模の製造業であり、ファナックは工作機械で日本トップの会社です。また自動車産業と工作機械は世界的にみて日本の有力産業です。つまりプリファード・ネットワークスは世界トップクラスのモノづくり会社・産業と深い関係にあるのです。

これは日本のAIの重要な方向を示唆していると思います。つまり、モノづくりのためのAI(モノそのものに組み込まれるAIや、モノづくりを支援するAI)という方向性です。新井教授は、

  日本はモノづくりの国である。99%の精度を「100回のうち99回正しい」ではなく「100回に1回間違える」と認識すべき国だ。

と述べているのでした。無償サービスの効率化のためには「100回のうち99回正しいAI」で十分だが、モノづくりのためには「100回に1回のAIの間違いをどのようにカバーするか」という視点が必須になります。

中国は国をあげてAIに邁進していますが、もう一つの国家戦略は製造業の革新です(習近平政権の "中国製造2025")。中国は生産量では世界トップの製造分野がいくつかありますが、その質や裾野の広がり、人材の面ではアメリカや日本、ドイツに劣っていると、中国政府自らが認識してます。それを挽回しようとするのが "中国製造2025" です。ということは、日本にとっては中国の先を行く革新、という視点も重要です。

「何のためのAIか示せ」という新井教授の問いに対する有力な答えが「モノづくりのためのAI」という風に思いました。




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No.236 - 村上春樹のシューベルト論 [音楽]

前回の No.235「三角関数を学ぶ理由」で、村上春樹さんが「文章のリズムの大切さ」を述べた発言を紹介しました。これは「小澤征爾さんと、音楽について話をする」(新潮社 2011。以下「本書」)からの引用でしたが、それ以前の記事でも本書の内容を紹介したことがありました。

No.135 - 音楽の意外な効用(2)村上春樹
No.136 - グスタフ・マーラーの音楽(1)
No.137 - グスタフ・マーラーの音楽(2)

の3つです。本書は、指揮者・小澤征爾さんとの3回にわたる対談を村上春樹さんがまとめたものですが、その「あとがき」で小澤さんが次のように書いていたのが大変に印象的でした。


音楽好きの友人はたくさん居るけれど、春樹さんはまあ云ってみれば、正気の範囲をはるかに超えている。クラシックもジャズもだ。

小澤征爾
「小澤征爾さんと、音楽について話をする」
(新潮社 2011)の「あとがき」より

意味がなければスイングはない.jpg
その "正気の範囲をはるかに超えた音楽好き" である村上春樹さんが書いた音楽エッセイ集(評論集)があります。意味がなければスイングはない」(文藝春秋 2005。文春文庫 2008)です。内容はジャズとクラシック音楽に関するものが多いのですが、ウディー・ガスリー、ブライアン・ウィルソン(ビーチ・ボーイズ)、ブルース・スプリングスティーン、スガシカオもあるというように、フォークソングやロック、J ポップスまでを含む幅広いジャンルが対象になっています。特に、ブライアン・ウィルソンについての文章は秀逸でした。

これらの中で最も感心したのが、シューベルトの「ピアノソナタ第17番 二長調」の評論でした。これはシューベルトについて(ないしはクラシック音楽について)書かれたエッセイのなかで最も優れたものの一つでしょう。少々昔の本ですが、今回は是非それを紹介したいと思います。以下の引用における下線は原文にはありません。


シューベルトのピアノソナタ


「意味がなければスイングはない」に収められたシューベルト論は、

  シューベルト「ピアノソナタ 第17番 二長調」D850
ソフトな混沌の今日性

と題されたものです。村上さんは ピアノソナタ 第17番 二長調の話に入る前にまず、シューベルトのピアノソナタ全体の話から始めます。


いったいフランツ・シューベルトはどのような目的を胸に秘めて、かなり長大な、ものによってはいくぶん意味の汲み取りにくい、そしてあまり努力が報われそうにない一群のピアノ・ソナタを書いたのだろう? どうしてそんな面倒なものを作曲することに、短い人生の貴重な時間を費やさなくてはならなかったのか? 僕はシューベルトのソナタのレコードをターンテーブルに載せながら、ときどき考え込んだものだった。そんな厄介なものを書く代わりに、もっとあっさりとした、口当たりのよいピアノ・ソナタを書いていたら、シューベルトは ─── 当時でも今でも ─── 世間により広く受け入れられたのではないか。事実、彼の書いた「楽興の時」や「即興曲」といったピアノ小品集は、長い歳月にわたって人々に愛好されてきたではないか。それに比べると、彼の残したピアノ・ソナタの大半は、雨天用運動靴並みの冷ややかな扱いしか受けてこなかった。

村上春樹
「意味がなければスイングはない」
(文藝春秋 2005。文春文庫 2008)

この出だしの "問題提起" に引き込まれます。少々意外な角度からの指摘ですが、言われてみれば全くその通りです。それはモーツァルトやベートーヴェンと比較するとわかります。村上さんによると、モーツァルトがピアノ・ソナタを書いたのは生活費を稼ぐためであり、だから口当たりのいい(しかし同時に実に美しく、深い内容をもった)曲を、注文に応じてスラスラと書いた。ベートーヴェンの場合は、もちろんお金を稼ぐためでもあったが、同時に彼には近代芸術家としての野心があり、ウィーンのブルジョアに対する「階級闘争的な挑発性」を秘めていた、となります。

しかしシューベルトのソナタはそれとは異質で、いわば謎めいています。村上さんはその理由がわからなかった、しかしあるときその謎が解けたと続けています。


しかしシューベルトのピアノ・ソナタときたら、他人に聴かせても長すぎて退屈されるだけだし、家庭内で気楽に演奏するには音楽的に難しすぎるし、したがって楽譜として売れるとも思えないし(事実売れなかったし)、人々の精神を挑発喚起するような積極性にも欠ける。社会性なんてものはほとんど皆無である。じゃあシューベルトは、いったいどのような場所を、どのような音楽的所在地を頭に設定して、数多くのピアノ・ソナタを書いたのか? そのあたりが、僕としては長いあいだうまく理解できなかったのだ。

でもあるときシューベルトの伝記を読んでみて、ようやく謎が解けた。実に簡単な話で、シューベルトはピアノ・ソナタを書くとき、頭の中にどのような場所も設定していなかったのだ。彼はただ単純に「そういうものが書きたかったから」書いたのだ。お金のためでもないし、名誉のためでもない。頭に浮かんでくる楽想を、彼はただそのまま楽譜に写していっただけのことなのだ。もし自分の書いた音楽にみんなが退屈したとしても、とくにその価値を認めてもらえなかったとしても、その結果生活に困窮したとしても、それはシューベルトにとって二義的な問題に過ぎなかった。彼は心に溜まってくるものを、ただ自然に、個人的な柄杓ひしゃくで汲み出していただけなのだ。

そして音楽を書きたいように書きまくって31歳で彼は消え入るように死んでしまった。決して金持ちにはなれなかったし、ベートーヴェンのように世間的な尊敬も受けなかったけれど、歌曲はある程度売れていたし、彼を尊敬する少数の仲間はまわりにいたから、その日の食べ物に不足したというほどでもない。夭折ようせつしたせいで、才能が枯れ楽想が尽きて、「困ったな、どうしよう」と呻吟しんぎんするような目にもあわずにすんだ。メロディーや和音は、アルプス山系の小川の雪解け水のように、さらさらと彼の頭に浮かんできた。ある観点から見れば、それは悪くない人生であったかもしれない。ただ好きなことを好きなようにやって、「ああ忙しい。これも書かなくちゃ。あれも書かなくちゃ」と思いつつ、熱に浮かされたみたいに生きて、よくわけのわからないうちに生涯を終えちゃったわけだから。もちろんきついこともあっただろうが、何かを生みだす喜びというのは、それ自体がひとつの報いなのである。

いずれにせよ、フランツ・シューベルトの22曲のピアノ・ソナタが、こうして我々の前にある。生前に発表されたのはそのうちのたった3曲で、残りはすべて死後に発表された。

「同上」

生前に発表されたのはピアノ・ソナタは22曲のうちのたった3曲、というところが「書きたかったから書いた」という説明を裏付けています。

村上さんは「22曲のピアノ・ソナタ」と書いていますが、これはどういうカウントでしょうか。普通、第 XX 番と番号で呼ばれるのは第21番・変ロ長調が最後であり、つまり全21曲です(下の表)。しかしそれ以外に2曲あって、D567(変二長調)は第7番(変ホ長調 D568)より全音だけ調性が低くて、1楽章だけ少ない第7番の別稿です。また D769a(ホ短調)は演奏時間が約1分という本当の断片です。このどちらか(おそらくD769a)を21曲に足して、22曲ということだと思われます。

このあたりが芸の細かいところです。D567(変二長調)もD769a(ホ短調)も普通のピアニストの「シューベルト ピアノソナタ全集」には収められていない曲です。間違いなく村上さんは、この2曲ともの LP/CD を持っているのでしょう。小澤征爾さんに「正気の範囲をはるかに超えた音楽好き」と "賞賛" されるぐらいなので、その程度は当然です。

 シューベルトのピアノソナタ 

番号 調性 D番号 楽章 作曲 備考
第1番ホ長調D15731815未完
第2番ハ長調D27931815未完
第3番ホ長調D45951817
第4番イ短調D53731817
第5番変イ長調D55731817
第6番ホ短調D56621817未完
変ニ長調D56731817D568の別稿
第7番変ホ長調D56841817作品122
第8番嬰ヘ短調D57111817未完。第1楽章のみ
第9番ロ長調D57541817
第10番ハ長調D61321818未完。2つとも断片
第11番ヘ短調D62531818未完
第12番嬰ハ短調D65511819未完。提示部のみ
第13番イ長調D66431819作品120
ホ短調D769a11823断片。以前はD994
第14番イ短調D78431823作品143
第15番ハ長調D84041825第3/4楽章は断片
第16番イ短調D84541825作品42
第17番ニ長調D85041825作品53
第18番ト長調D89441826作品78「幻想」
第19番ハ短調D95841828
第20番イ長調D95941828
第21番変ロ長調D96041828

表で明らかなように、途中で放棄された未完の曲や断片だけの楽章がいろいろあり、完成作は13曲だけです。もっとも、交響曲のリストを作ったとしても「未完」が並ぶわけで、そのうちの1作品はクラシック音楽のあらゆる交響曲の中で最も有名なもののひとつです(第1・2楽章と第3楽章の断片)。シューベルトの場合「未完」が価値を落とすわけではありません。とは言え、上の表を眺めていると村上さんが言うように、心の向くままに「書きたかったから書いた」という感じが伝わってきます。


でもなにはともあれ、僕はシューベルトのピアノ・ソナタが個人的に好きだ。今のところ(というのはとくにこの五、六年のことだけれど)ベートーヴェンやモーツァルトのピアノ・ソナタよりもはるかに頻繁に聴いていると思う。どうしてかとあらためて質問されると簡単には答えにくいのだが、結局のところ、シューベルトのピアノ・ソナタの持つ「冗長さ」や「まとまりのなさ」や「はた迷惑さ」が、今の僕の心に馴染むからかもしれない。そこにはベートーヴェンやモーツァルトのピアノ・ソナタにはない、こころの自由なばらけ●●●のようなものがある。スピーカーの前に座り、目を閉じて音楽を聴いていると、そこにある世界の内側に向かって自然に、個人的に、足を踏み入れていくことができる。音を素手ですくい上げて、そこから自分なりの音楽的情景を、気の向くままに描いていける。そのような、いわば融通無碍ゆうずうむげな世界が、そこにはあるのだ。

「同上」

村上さんによるとベートーヴェンやモーツァルトのピアノ・ソナタはそうではないと言います。そこには作曲家の人間像がそびえていて、動かしかたく、犯しがたいポジションができている。我々はその音楽の流れや造形性、宇宙観に身を任せるしかないと ・・・・・・。


しかしシューベルトの音楽はそうではない。目線がもっと低い。むずかしいこと抜きで、我々を温かく迎え入れ、彼の音楽が醸し出す心地よいエーテルの中に、損得抜きで浸らせてくれる。そこにあるのは、中毒的と言ってもいいような特殊な感覚である。

僕がそういうタイプの音楽を愛好するようになったのは、時代的な要因もあるだろうし、また年齢的な要因もあるだろう。時代的なことを言えば、我々はあらゆる芸術の領域において、ますます「ソフトな混沌こんとん」を求める傾向にあるようだ。ベートーヴェンの近代的構築性(構築的近代性)や、モーツァルトの完結的天上性(天上的完結性)は、ときとして我々を ─── それらを文句なしに素晴らしいと認めつつも ─── 息苦しくさせる。そして年齢的なことを言えば、僕は、これもあらゆる芸術の領域において、より「ゆるく、シンプルな意味で難解な」テキストを求める傾向にあるかもしれない。どちらに理由がより強く僕をシューベルトのピアノ・ソナタの世界に引きつけているのか、正確に判断はできない。しかしそのいずれにせよ、シューベルトのピアノ・ソナタが 22曲もこの世界に存在しているという事実は、このところの僕にとっては、ひとつの確実なる喜びとなっている。

「同上」

ここまでが村上さんの "シューベルトのピアノ・ソナタ総論" です。ここからがいよいよ(やっと)「ピアノソナタ 第17番 二長調」の話になるのですが、村上さんの論を紹介する前に、このソナタを主要な主題・旋律とともに振り返ってみたいと思います。


ピアノソナタ 第17番 二長調 を振り返る


この曲はシューベルトの後期のピアノ・ソナタに見られる4楽章の形式です。途中に繰り返しが何回かあったりして、演奏には40分程度もかかります。なお以下で 9′46″/ 8′40″などと書いたのは演奏時間ですが、それぞれ「ヴィルヘルム・ケンプ盤 / 内田光子盤」のCDの演奏時間です。譜例はピアノ譜のト音記号(右手)の部分だけにしました。

 第1楽章 Allegro vivace :9′46″/ 8′40″ 

第1楽章は威勢のよいニ長調主和音の主題、譜例152から始まります。この主題は1小節目の2分音符と8分音符の組み合わせ、およびその後ろの3連符に特徴があります。その二つの音型が絡み合い、変奏されて曲が進行していきます。

 ◆譜例152
二長調ソナタ 第1楽章 A.jpg

譜例153が副主題です。主題とは対照的なかろやかな表情で、3連符の音型と交錯しながら発展していき、第1楽章の「提示部」を形づくります。定石どおり、提示部は同じ形で繰り返されます。

 ◆譜例153
二長調ソナタ 第1楽章 B.jpg

提示部が反復されたあとに譜例152が調性を変えて(変ロ長調)出てきて、展開部に入ります。さらに曲が進んでいくと、譜例152が冒頭と同じ形でフォルテシモで出てきて再現部になります。提示部と類似の経緯をたどり、譜例153も再現します。終結部もフォルテシモの譜例152で始まり、最後は3連符の音型が続いたあと、堂々とした風情で終わります。

 第2楽章 Con moto :10′27″/ 11′56″ 

第2楽章はゆったりとしたイ長調の旋律、譜例154で始まります。繰り返えしがあったあとに変奏が続き、再び譜例154が出てきます。

 ◆譜例154
二長調ソナタ 第2楽章 A.jpg

譜例155の新たな楽想も出てきます。前へ前へと進むような能動的な旋律ですが、これが変化し発展して音楽が進んでいきます。

 ◆譜例155
二長調ソナタ 第2楽章 B.jpg

再び譜例154が装飾音とともに回帰します。冒頭よりは動きがあります。音楽が進んだあとで譜例155も再び出てきます。曲は譜例154の断片で静かに終わります。

 第3楽章 Scherzo :9′33″/ 9′10″ 

第3楽章スケルツォは、符点音符が特徴的な譜例156の主題で始まります。この符点音符と2分音符の組み合わせがスケルツォを支配します。途中で特徴的な譜例157のフレーズも出てきます。

 ◆譜例156
二長調ソナタ 第3楽章 A.jpg

 ◆譜例157
二長調ソナタ 第3楽章 B.jpg

中間部(Trio)の主題が譜例158です。譜例156とは対照的な4分音符が連続する旋律で、静かに始まります。

 ◆譜例158
二長調ソナタ 第3楽章 C.jpg

Trioが終わると再び譜例156のスケルツォが再現します。譜例157が出てきたあと曲はピアニシモになり、動きも少なくなって静かに終わります。

 第4楽章 Rondo :9′20″/ 8′35″ 

第4楽章はロンドです。ロンド主題が何回か繰り返され、そのあいだに別の旋律が挿入される形です。2小節目からの譜例159がロンド主題です。スキップするようなこの主題は3回演奏されます。

 ◆譜例159(ロンド主題)
二長調ソナタ 第4楽章 A.jpg

次に譜例160が出てきます。この16分音符の速い動きが展開されます。

 ◆譜例160
二長調ソナタ 第4楽章 B.jpg

再びロンド主題が回帰しますが、今度は譜例159の変奏形である譜例161になっています。

 ◆譜例161(ロンド主題 A)
二長調ソナタ 第4楽章 C.jpg

この音型が展開されたあと、今度は雰囲気の違った譜例162が始まります。以降、譜例162の8分音符の音型がさまざまに変化していきます。

 ◆譜例162
二長調ソナタ 第4楽章 D.jpg

最後にロンド主題が回帰するのは、さらに変奏された譜例163です。これ以降にはピアニシモの指示があります。16分音符の速いパッセージが続き、楽章の最後へと導きます。

 ◆譜例163(ロンド主題 B)
二長調ソナタ 第4楽章 E.jpg

譜例164が最終楽章の終結部の10小節です。ピアニシモが続くなかで、すこし遅くの指示があり、ディミネンドがかかって、最後はロンド主題の断片で静かに終わります。ちょっとあっけない感じの幕切れですが、このニ長調ソナタは第1楽章を除いて、第2・3・4楽章が静かに終わるのが特徴です。

 ◆譜例164(終結部)
二長調ソナタ 第4楽章 F.jpg


ピアノソナタ 第17番 二長調 D850


村上春樹さんによるシューベルトの「ピアノソナタ 第17番 二長調」の評論です。シューベルトのピアノソナタで最も愛好しているのがこの曲、というところから始まります。


シューベルトの数あるピアノ・ソナタの中で、僕が長いあいだ個人的にもっとも愛好している作品は、第17番 二長調 D850 である。自慢するのではないが、このソナタはとりわけ長く、けっこう退屈で、形式的にもまとまりがなく、技術的な聴かせどころもほとんど見あたらない。いくつかの構造的欠陥さえ見受けられる。早い話、ピアニストにとっては一種の嫌がらせみたいな代物になっているわけで、長いあいだ、この曲をレパートリーに入れる演奏家はほとんどいないという状況が続いた。したがって、世間で「これぞ名演・決定版」ともてはやされる演奏も輩出しなかった。クラシック音楽に詳しい何人かの知り合いに、この曲についての意見を求めると、多くの人はしばし黙り込み、眉をしかめる。「なんでわざわざ二長調なんですか? イ短調、イ長調、変ロ長調、ほかにいくらでも名曲があるのに、どうしてまた ?」

たしかに、シューベルトにはもっと優れたピアノ・ソナタがほかにいくつもある。それはまあ客観的な事実である。

「同上」

ちなみに、二長調のソナタは第17番 D850しかありません。上の引用の中の "イ短調" とは第16番 D845、"イ長調" とは第20番 D959(=イ長調大ソナタ。第13番 D664 はイ長調小ソナタ)でしょう。"変ロ長調" とは最後の第21番 D960 です。そして次なのですが、村上さんは吉田秀和氏(1913 - 2012)の文章を引用しています。


このあいだ吉田秀和氏の著書を読んでいて、たまたま二長調のソナタについての興味深い言及を見かけた。内田光子のこの曲の録音に対する評論として書かれたものである。ちょっと引用してみる。

この2曲では、私はイ短調のソナタは身近に感じる音楽として昔から好んできいてきたが、ニ長調の方はどうも苦手だった。第1楽章からして、威勢よく始まりはするものの、何かごたごたしていてつかみにくい。おもしろい楽想はいろいろあるのだが、いろいろと往ったり来たりして、結局どこに行きたいのか、と問いただしたくなる。もう一方のイ短調ソナタに比べて言うのは不適当かもしれないが、しかし、このソナタが見事にひきしまっていて、シューベルトもこんなに簡潔に書けるのにどうして二長調はこんなに長いのかと、歯がゆくなる。シューベルトの病気の一つといったらいけないかもしれないが、二長調ソナタは冗漫に長すぎる」(『今日の一枚』新潮社 2001)

僕が吉田秀和氏に対してこんなことを言うのはいささかおそれ多いのだけど、「ほんとにそうですよね、そのお気持ちはよくわかります」と思わずうなずいてしまうことになる。でもこの文章には続きがある。

こんなわけで、私はこのソナタは敬遠してこちらからわざわざきく機会を求めるようなことはしないで来た。今度CDが出て、改めてきき直した時も、イ短調の方から始め、きき終わるとそのままニ長調はきかずに止めていた。

だが、今思い切って、きいてみて、はじめて気がついた。これは恐ろしいほど、心の中からほとばし出る『精神的な力』がそのまま音楽になったような曲なのである(後略)」
「同上」

このあたりを読んで一目瞭然なのは、村上さんが吉田秀和氏を尊敬しているということです。自分が最も惹きつけられる音楽であるシューベルトのピアノソナタ、中でも一番愛好している「17番 二長調」を説明するときに吉田秀和氏の文章を引用するのだから ・・・・・・。村上さんほどの音楽愛好家でかつ小説家なのだから、いくらでも自分の言葉として書けるはずですが(事実、書いてきたのだけれど)、ここであえて吉田氏を引用したと思われます。そして、次のところがこのエッセイの根幹部分です。


これを読んで、僕としてはさらに深く頷いてしまうことになる。心の中からほとばしり出る「精神的な力」がそのまま音楽になったような曲 ─── まさにそのとおりだ。このニ長調のソナタはたしかに、一般的な意味合いでの名曲ではない。構築は甘いし、全体の意味が見えにくいし、とりとめなく長すぎる。しかしそこには、そのような瑕疵かしを補ってあまりある、奥深い精神の率直なほとばしりがある。そのほとばしりが、作者にもうまく統御できないまま、パイプの漏水のようにあちこちで勝手に漏水し、ソナタというシステムの統合性を崩してしまっているわけだ。しかし逆説的に言えば、二長調のソナタはまさにそのような身も世もない崩れ方●●●によって、世界の「裏を叩きまくる」ような、独自の普遍性を獲得しているような気がする。結局のところ、この作品には、僕がシューベルトのピアノ・ソナタに惹きつけられる理由が、もっとも純粋なかたちで凝縮されている ─── あるいはより正確に表現するなら拡散している●●●●●●ということになるのだろうか ─── ような気がするのだ。

「同上」

味を言葉で表現するのが難しいように、音楽を聴いて受ける感覚を文章で説明したり、また、音楽を言葉で評価するのも非常に難しいものです。得てしてありきたりの表現の羅列になることが多い。しかし上の引用のところは、"パイプの漏水" や "世界の裏を叩きまくる" といった独自の表現を駆使して二長調ソナタの本質に迫ろうとしています。それが的を射ているかどうか以前に、音楽を表現する文章が生きていることに感心します。


ピアニストと二長調ソナタ


村上さんがピアノ・ソナタ 第17番 二長調に惹かれたのは、約25年前にユージン・イストミンが演奏する中古のレコードを買ってからだとあります。このエッセイが書かれたのは2004年頃で、その25年前だと1979年ごろ、村上さん(1949年 生まれ)が30歳あたりです。群像新人文学賞を受賞して小説家になったのが1979年なので、ちょうどその頃に二長調ソナタと出会ったことになります。

そのイストミンのレコード以降、村上さんはこの曲のLP/CDを買い集め、このエッセイを書くために数えてみると何と15枚もあったそうです。そのリストがエッセイに掲載されています。自分でも "びっくりした" というような書き方ですが、これはもちろん誇らしい気持ちなのでしょう。おそらく15種の二長調ソナタのLP/CDを持っていることを前々から意識していて(最も愛好する曲の一つだから当然そうでしょう)、それをエッセイにしたのだと思いました。ともかく「15種の二長調ソナタのLP/CD」というところに、小澤征爾さんが言う「正気の範囲をはるかに超えた音楽好き」がよく現れています。



エッセイでは各ピアニストの演奏について村上さんなりの感想が書き綴られているのですが、最初はノルウェーのアンスネス(1970 - )で、次がハンガリー出身のシフ(1953 - )です。そして3番目が内田光子さんで、この内田さんの演奏についての文章だけを以下に紹介します。


内田光子は、前記の二人とはまったく違った演奏を繰り広げる。というか、彼女のシューベルトは、ほかのどのようなピアニストの演奏するシューベルトとも違っている。その解釈はきわめて精緻であり、理知的であり、冷徹であり、説得的であり、自己完結的であり、そういう意味では彼女の演奏は、どこを切っても金太郎飴のように、内田光子という人間がそのまま出てくる。それは演奏家として、基本的に正しいひとつの姿勢であると僕は思う。だから結局のところ、彼女の演奏を取るか取らないかは、100パーセント個人の好みの問題になってくる。そして僕個人の好みを言わせてもらえるなら、僕は内田光子の演奏を、最終的には取らない。

「同上」

内田光子さんの演奏を賞賛するのかと思って読み進むと、自分の好みではないという風に話が逆転してきます。なぜそうなのか、その理由が書いてあります。


僕が彼女の演奏するニ長調を取らない理由はいくつかあるが、そのひとつは、彼女の採用するアーティキュレーションが、いささか作為的に聞こえてしまうところだ。ほんのちょっとした感覚のすれ違いなのだが、その違和感が、聴いているうちに「ちりも積もれば」という感じでだんだんふくらんでくる。これは小説にたとえれば、その作家の文体が気に入るか入らないかという感覚に近い。もうひとつ、彼女の演奏の枠の据え方が、曲自体の生体枠に比べていささか大きすぎるような気がする。音楽の生活圏が、無理に拡大されているような雰囲気がある。

彼女のこのニ長調ソナタの演奏はよく練られ、考え抜かれたものだし、音楽的な質も高いし、構築もしっかりしているし、音楽的表情もちゃんとあるのだけれど、そのわりに人肌の温かみが伝わってこないきらいがある。少なくとも僕はそう感じた。

もちろん僕が書いてきたこれらの批判は、裏返しにすれば、そのまま称賛になりうるものだ。だから「内田のニ長調の演奏はまことに素晴らしい」と主張する方がいても、僕はその人を相手に論争するつもりはまったくない。繰り返すようだが、彼女のこの演奏は「取るか取らないか」のどちらかなのだ。

「同上」

実はいま、内田光子さんの二長調ソナタを聴きながらこの文章を書いているのですが、村上さんにならって個人的な好みを言わせてもらうと、私は「取る」ほうです。村上さんの文章を流用してその理由を書くと、

  アーティキュレーションはよく考え抜かれており、音楽的表情が豊かで、全体によく練られた質の高い演奏である。この曲の "生体枠" を拡大し、音楽の "生活圏" を広げるまでの、しっかりとした構築性がある。

内田光子 シューベルト ピアノソナタ 17&14.jpg
という感じでしょうか。村上さんが書いているように「裏返しにすれば、そのまま称賛になりうる」わけです。ちなみに上記の「ピアノソナタ 第17番 二長調 を振り返る」のところで、往年の名ピアニスト・ケンプと内田光子さんの演奏時間の比較を楽章ごとに書きました。これを見るとよく分かるのですが、内田さんは遅い楽章をより遅く、速い楽章をより速く弾いています。ここにも内田さんなりの曲の構築が現れていると思います。要するに内田さんの演奏を聴いていると二長調ソナタが名曲だと思えてくるのです。

ただし(話が横道にそれますが)内田さんのこのような演奏が "裏目" に出ることもあると思います。たとえば「第21番 変ロ長調」です。第1楽章の冒頭からの "内田流アーティキュレーション" にかすかな違和感を感じてしまい、その感じがずっと続いてしまうのですね。「第21番 変ロ長調」は誰が聴いても名曲だと思う(はずの)曲です。またどんなピアニストが弾いてもシューベルトは素晴らしいと思える(はずの)曲です。だからもう少しストレートに、シンプルに構えて欲しい。少なくとも最初の方では演奏家はステージの脇に控えていて、"シューベルト" を舞台の前面に押し出して欲しいと思うのです。途中から演奏家が前面に出て聴衆を "内田ワールド" に引きずり込むのはアリだろうけれど。

話を「第17番 二長調」に戻します。村上春樹さんにとって、この曲が名曲に聞こえてしまうような演奏はノー・グッドなのだと思います。この曲がもつバラケた感じで、ゆるい感じで、混沌としたムードが伝わってくる演奏がいいのでしょう。つまり内田光子的構築性がじゃまになる。そういうことだと思います。



村上さんのエッセイには、他のピアニストの演奏についての評論もかなり出てくるのですが省略したいと思います。何しろこのエッセイを書くために15種のLP/CDを全部聴いたというのだからびっくりします。

なお補足ですが、村上さんの小説『海辺のカフカ』(2002)には「二長調ソナタ」が出てきます。


個人的な引き出し


数々のピアニストの「二長調ソナタ」の演奏についてひとしきり述べたあと、村上さんは次のように結んでいます。


思うのだけれど、クラシック音楽を聴く喜びのひとつは、自分なりのいくつかの名曲を持ち、自分なりの何人かの名演奏家を持つことにあるのではないだろうか。それは場合によっては、世間の評価とは合致しないかもしれない。でもそのような「自分だけの引き出し」を持つことによって、その人の音楽世界は独自の広がりを持ち、深みを持つようになっていくはずだ。そしてシューベルトの二長調ソナタは、僕にとってのそのような大事な「個人的引き出し」であり、僕はその音楽を通して、長い歳月のあいだに、ユージン・イストミンやヴァルター・クリーンや(引用注:ウィーンのピアニスト)クリフォード・カーゾン(引用注:英国のピアニスト)、そしてアンスネスといったピアニストたち ─── こう言ってはなんだけど、決して超一流のピアニストというわけではない ─── がそれぞれに紡ぎ出す優れた音楽世界に巡りあってくることができた。当たり前のことだけれど、それはほかの誰の体験でもない。僕の●●体験なのだ。

そしてそのような個人的体験は、それなりに貴重な温かい記憶となって、僕の心の中に残っている。あなたの心の中にも、それに類したものは少なからずあるはずだ。僕らは結局のところ、血肉ある個人的な記憶を燃料として、世界を生きている。もし記憶のぬくもりというものがなかったとしたら、太陽系第三惑星上における我々の人生はおそらく、耐え難いまでに寒々しいものになっているはずだ。だからこそおそらく僕らは恋をするのだし、ときとして、まるで恋をするように音楽を聴くのだ。

「同上」

なるほど、"個人的な引き出し" というのは良い言葉だと思います。このブログで過去にとりあげた曲の範囲で言うと、私の "個人的な引き出し" に入っているのは、さしずめ、

バーバー ヴァイオリン協奏曲
リスト ノルマの回想ユグノー教徒の回想
ドボルザーク 交響曲 第3番
ツェムリンスキー 弦楽4重奏曲 第2番

ということになるのでしょう。これらが「世間の評価とは合致しない」のかどうかは分かりませんが(ドボルザークの3番を好きな人は多いはず)、まあそんな感じかなと思います。余談ですが、今書いたドボルザークの「交響曲 第3番」はシューベルトの「ピアノ・ソナタ 第17番 ニ長調」と似ているところがあります。つまり、

  精神の率直なほとばしりが作者にもうまく統御できないまま、パイプの漏水のようにあちこちで漏水し、交響曲というシステムの統合性を崩してしまっている

感じがします。「崩してしまっている」というのは言い過ぎかもしれませんが ・・・・・・。音楽の魅力のありよう(= 精神の率直なほとばしり)が二長調ソナタとよく似ていると思います。


音楽を言語化するということ


村上春樹さんのエッセイを読んで強く思うのは、音楽を聴いて湧き起こる感情を言語化するには、もちろん聴く人の感受性も必要なのだけれど、それよりも何よりもまず言葉をあやつる力、日本語を駆使する能力が重要だということです。

それは、味や香りの言葉による表現に似ています。No.108「UMAMIのちから」に書いたように、食べ物の食感(触感)を表現する日本語の語彙は大変豊富です(擬態語が多い)。ところが我々は、食物や酒の「味」や「香り」を表現する語彙をあまり持っていません。しかし味覚のプロは違います。たとえばソムリエですが、彼らはソムリエ伝統のボキャブラリーを駆使しながら、自分なりの表現も加えて味や香りを表現します。時としてまったく意外なたとえがあったりして、それが心に残ったりする。言葉にするということが大変に重要で、言葉と感覚が結びつき、記憶され、そのことによって言葉もより豊穣になっていき、また並行して感覚も研ぎ澄まされていくわけです。

音楽を聴いて心の中に沸き立つ感覚や感情を表現するのも、それと似ています。一般的に使われる語彙は比較的少なく、すぐにありきたりの表現に陥ってしまって、結局、たいして伝わらなくなる。音楽評論家と呼ばれる人たちの文章でもそいうのがよくあります(吉田秀和氏は例外でしょう)。その中で村上さんの文章は、さすが作家だけあると思いました。つまりシューベルトのピアノ・ソナタを(ないしは、ニ長調ソナタを)、

はた迷惑さ
融通無碍
目線が低い
ソフトな混沌
ゆるく、シンプルな意味で難解
パイプから漏水
身も世もない崩れ方
世界の裏を叩きまくるような普遍性
個人的な引き出し
記憶のぬくもり

などの言葉で、村上さんなりに描き出しています。その独自性に強く引かれました。


音楽に求めるもの


この村上春樹さんのエッセイを読んだ人で、シューベルトのピアノソナタに(今まで以上に)興味を引かれた人は多いのではないでしょうか。もちろんソナタを聴いた人は多数いるはずですが、普通は有名な数曲の範囲だと思います。私もこのエッセイを読んではじめて 17番ニ長調を "まじめに" 聴きました。

さて、その次の段階として、全集のCDを買って「シューベルトのピアノソナタの世界」にひたってみるかどうかです。断片を除くソナタの全集を出しているピアニストは、往年のケンプをはじめ、シフ、パドゥラ=スコダなど、何人かいます。シューベルトのピアノソナタの世界に "浸る" ことは十分に可能です。

果たしてそこまでやるべきかどうか。村上春樹さんは次のように書いているのでした。

  我々を温かく迎え入れ、彼の音楽が醸し出す心地よいエーテルの中に、損得抜きで浸らせてくれる。そこにあるのは、中毒的と言ってもいいような特殊な感覚である。

シューベルトのピアノソナタの「中毒的世界」に踏み込むのも、何だか怖いような気がします。自分が音楽に求めるものが変質していき、変質すると以前には戻れなくなるのでは、といった ・・・・・・。

しかし、人が「音楽に求めるもの」は多様であり、個人をとっても一つではありません。内田光子さんは「死ぬときはシューベルトを弾いていたい」と語ったそうです。モーツァルトではなく、シューベルトです。特定の曲が念頭にあったのかどうかは分かりませんが、暗黙にあるのがピアノソナタのどれかである可能性もあります。また以前、ある方が書いたブログを見ていると「あらゆる音楽の中で一番好きなのはシューベルトのピアノソナタ 第21番 変ロ長調」とあり、なるほどと思いました。そこで、もし次のような質問に答えるとしたらどうでしょうか。

あらゆる音楽の中で一番好きな曲を一つだけあげなさい。

死ぬときに聴いていたいと思う音楽を一つだけあげなさい。

「一つだけ」が質問のポイントです。音楽表現のさまざまな側面を順にそぎ落としていって、最後にピュアな一曲だけ残すとしたら何を残すか。もちろん音楽のジャンルは問いません。この質問に対してシューベルトのピアノソナタ(のどれか)をあげるのは、いかにもありそうで、それは納得性の高い答かもしれません。そぎ落とそうにも落とすものがあまりない音楽。だから最後まで残る可能性が高い。

人々が「音楽に求めるもの」は極めて多様ですが、その音楽に求めるものの一つの典型がシューベルトのピアノソナタに凝縮されている。そう言えそうな気がしました。



 補記:海辺のカフカ 

本文中に書いたように、村上春樹『海辺のカフカ』(2002年)には「シューベルトのピアノ・ソナタ 第17番 ニ長調」がでてきます。図書館司書の大島さんが運転する緑色のマツダ・ロードスターの車中で、"僕"(田村カフカ)が大島さんから話を聞くところです。少々長くなりますが、新潮文庫版から引用しておきます。"僕" の1人称で書かれています。

海辺のカフカ.jpg


「僕は運転しているときには、よくシューベルトのピアノ・ソナタを大きな音で聴くんだ。どうしてだと思う?」

「わからない」と僕は言う。

「フランツ・シューベルトのピアノ・ソナタを完璧かんべきに演奏することは、世界でいちばんむずかしい作業のひとつだからさ。とくにこのニ長調のソナタはそうだ。とびっきりの難物なんだ。この作品のひとつかふたつの楽章だけを独立して取りあげれば、それをある程度完璧に弾けるピアニストはいる。しかし四つの楽章をならべ、統一性ということを念頭に置いて聴いてみると、僕の知るかぎり、満足のいく演奏はひとつとしてない。これまでに様々な名ピアニストがこの曲に挑んだけれど、そのどれもが目に見える欠陥を持っている。これなら●●●●という演奏はいまだない。どうしてだと思う ?」

「わからない」と僕は言う。

「曲そのものが不完全だからだ。ロベルト・シューマンはシューベルトのピアノ音楽のよき理解者だったけど、それでもこの曲を『天国的に冗長』と評した」

「曲そのものが不完全なのに、どうして様々な名ピアニストがこの曲に挑むんですか ?」

「良い質問だ」と大島さんは言う。そして間をおく。音楽がその沈黙を満たす。「僕にも詳しい説明はできない。でもひとつだけ言えることがある。それはある種の不完全さを持った作品は、不完全であるがゆえに人間の心を強く引きつける ── 少なくともある種の●●●●人間の心を強く引きつける、ということだ。たとえば君は漱石の『坑夫』に引きつけられる。『こころ』や『三四郎』のような完成された作品にない吸引力がそこにはあるからだ。君はその作品を見つける。べつの言い方をすれば、その作品は君を見つける。シューベルトの二長調のソナタもそれと同じなんだ。そこにはその作品にしかできない心の糸の引っ張りかたがある」

「それで」と僕は言う。「最初の質問に戻るけれど、どうして大島さんはシューベルトのソナタを聴くんですか。とくに車を運転しているときに?」

「シューベルトのソナタは、とくにニ長調のソナタは、そのまますんなりと演奏したのでは芸術にならない。シューマンが指摘したように、あまりに牧歌的に長すぎるし、技術的にも単純すぎる。そんなものを素直に弾いたら、味も素っ気もないただの骨董品こつとうひんになってしまう。だからピアニストたちはそれぞれ工夫を凝らす。仕掛けをする。たとえば、ほら、こんなふうにアーティキュレーションを強調する。ルバートをかける。速弾きをする。メリハリをつける。そうしないことには間がもたないんだ。でもよほど注意深くやらなければ、そのような仕掛けは往々にして作品の品格を崩してしまう。このニ長調ソナタを弾くすべてのピアニストは、例外なくそのような二律背反の中でもがいている」

彼は音楽に耳を澄ませる。メロディーを口ずさむ。そして話を続ける。

「僕が運転をしながらよくシューベルトを聴くのはそのためだ。さっきも言ったように、それがほとんどの場合、何らかの意味で不完全な演奏だからだ。質の良い稠密ちゆうみつな不完全さは人の意識を刺激し、注意力を喚起してくれる。これしかないというような完璧な音楽と完璧な演奏を聴きながら運転をしたら、目を閉じてそのまま死んでしまいたくなるかもしれない。でも僕はニ長調のソナタに耳を傾け、そこの人の営みの限界を聞きとることになる。ある種の完全さは、不完全さの限りない集積によってしか具現できないのだと知ることになる。それは僕を励ましてくれる。言っていることはわかる?」

「なんとか」

「悪いね」と大島さんは言う、「こういう話になると、僕はつい夢中になってしまうんだ」

「でも不完全さにも、いろんな種類があり、程度があるんでしょう」と僕は言う。

「もちろん」

比較的●●●というのでもいいんだけど、これまでに聴いたニ長調のソナタの中で、大島さんが一番優れていると思うのは誰の演奏ですか?」

「むずかしい質問だ」と彼は言う。

村上春樹『海辺のカフカ』
(新潮文庫版)

"僕" の難しい質問で、大島さんはシューベルト論をいったん中断し、緑のロードスターは夜の高速道路で最も見えにくいクルマだという話をします。特にトレーラーの運転席から見えにくくて危険だと ・・・・・・。その話のあとで、大島さんが答えます。


「一般的にいえば、演奏としてもっともよくまとまっているのは、たぶんブレンデルとアシュケナージだろう。でも僕は正直なところ彼らの演奏を、個人的にはあまり愛好しない。というか、それほど心を引かれないんだ。シューベルトというのは、僕に言わせれば、ものごとのありかたに挑んで敗れるための音楽なんだ。それがロマンティシズムの本質であり、シューベルトの音楽はそいういう意味においてロマンティシズムの精華なんだ」

僕はシューベルトのソナタに耳を澄ませる。

「どう、退屈な音楽だろう?」と彼は言う。

「確かに」と僕は正直に言う。

「シューベルトは訓練によって理解できる音楽なんだ。僕だって最初に聴いたときは退屈だった。君のとしならそれは当然のことだ。でも今にきっとわかるようになる。この世界において、退屈でないものに人はすぐに飽きるし、飽きないものはだいたいにおいて退屈なものだ。そういうものなんだ。僕の人生には退屈する余裕はあっても、飽きているような余裕はない。たいていの人はそのふたつを区別することができない」

村上春樹「海辺のカフカ」
(新潮文庫版)

大島さんの話はあくまで小説の登場人物の言葉ですが、村上春樹さんの二長調ソナタについての(ないしは、シューベルトのソナタについての)考えを言ったものと受け取っていいでしょう。最も愛好する曲について、たとえ小説の中といえども自分の考えと違うことは書きにくいはずです。上の引用の中でキーとなるような言葉を拾い出してみると、

ある種の不完全さを持った作品は、不完全であるが故に人間の心を強く引きつける。

質の良い稠密な不完全さは人の意識を刺激し、注意力を喚起してくれる。

シューベルトというのは、ものごとのありかたに挑んで敗れるための音楽である。

この世界において、退屈でないものに人はすぐに飽きるし、飽きないものはだいたいにおいて退屈なものだ。たいていの人はそのふたつを区別することができない。

などでしょう。なるほど。たいていの人は「退屈なもの」すなわち「飽きるもの」だと思っていて、その二つが別ものだとは区別できないでいる ・・・・・・。この引用の部分だけをとっても "村上春樹ワールド" が感じられると思いました。




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No.235 - 三角関数を学ぶ理由 [社会]

No.233-4 で新井紀子著「AI vs.教科書が読めない子どもたち」の内容を紹介して感想を書いたのですが、引き続いてこの本の感想を書きます。

AI vs 教科書が読めない子どもたち.jpg
本書を読んで一番感じたのは「小学校・中学校・高校での勉強は大切だ」ということです。今さらバカバカしい、あたりまえじゃないかと思われそうですが、改めて「勉強は大切」と思ったのが本書を読んだ率直な感想です。それは、AI技術を駆使した東ロボくんの "勉強方法" や 模試の成績と関係しています。また本書で説明されている「リーディング・スキル・テスト」の結果とも関連します。なぜ勉強は大切と思ったのか、その理由を順序だてて書いてみます。

ここでは「勉強」の範囲を、東ロボくんがセンター模試と東大2次試験の模試に挑戦(2016年)した、国語・英語・数学・世界史・日本史・物理の科目とし、小中学校の場合はそれに相当する教科ということにします。もちろん学校での勉強はこれだけではありません。また各種の学校行事や部活も教育の一貫だし、何よりも集団生活をすることによる "学び" が大切でしょう。

以下、小中高校の「勉強」で我々は何を学ぶのか(学んだのか・学ぶべきか)を、何点かあげてみます。


論理的に考える


タイトルを「三角関数を学ぶ理由」としました。三角関数は現状の高校数学では数Ⅲであり、従って大学入試では理系ということになりますが、もちろん三角関数でなくてもいいし、また数学でなくてもかまいません。ただ、説明のしやすさの観点から数学を取り上げ、その例として三角関数から始めます。



下の図ですが、出発点は直角三角形による「三角比の定義」です。直角三角形なので、角度は 0°より大、90°未満です。その三角比を一般化したのが「三角関数の定義」です。角度の単位はラジアンで、その範囲に限定はありません。

三角関数の定義から「加法定理」を導くことができます。下図には加法定理が成り立つ理由の "図形的理解" を書きました。また加法定理からすぐに「和積の公式(和や差を積にする公式)」が導出できます。もちろんこれらは三角関数の定理や公式のごく一部です。

三角関数 図1.jpg
三角関数の微分ですが「sin x の微分が cos x になることを証明しなさい」と言われたらどうするか。下図では「和積の公式」を使って式を変形し、さらに三角関数の定義に立ち帰って sinθ/θ → 1(θ→0)を証明して、sin x の微分が cos x になることの証明に使っています。
三角関数 図2.jpg
あたりまえですが、最初の定義から定理、公式、微分の証明までが、こうだからこうなるというように論理的にすべてつながっています。そのことを思い出すために、あえてここに書きました。



我々は社会のさまざまなシーンにおいて「論理的にものごとを考える」必要性が出てきます。人を説得したり自分の意見を主張するにも、"こうだからこうなる" という筋道が通った説明が重要です。ビジネスのシーンでも、分かりやすいプレゼンテーションをするにはスライドに書かれた主張内容の論理的なつながりが必須です。そして「論理的にものごとを考える」ための絶好の訓練になるのが、学校での数学の勉強です。数学は純粋に人間の考え出した論理だけでできているからです。そこが他の学問・勉強と違うところです。

三角関数を見てもわかるように、出発点となる定義(三角比)は大変にシンプルです。それが一般化され(三角関数)、定理が導かれ(加法定理)、そこから別の定理や公式が派生します(和積の公式)。実際に問題を解くときには(微分の証明の例)適用する定理・公式を選択し、ある時にはそもそもの三角関数の定義に立ち返って論理をつなげていくことになります。こういった定義・定理・公式の体系は、幹があり、そこから枝が伸び、その枝に葉がつくという構造になっている。そのような "ひとまとまりの体系" を学ぶことによって、我々は、

最も大切なことは何か、根幹は何か
そこから導かれる重要なことは何か
重要なことから派生して言えることは何か、それが成り立つための前提条件は何か

というように、段階的かつ論理的に考える訓練を自然にしています。この「原理・原則から始まって枝葉末節まで、階層的に整理された知識体系」は、社会のさまざまなジャンルに出てきます。数学を学ぶということは、そいういう風に頭を働かせる訓練をしていると考えられます。


曖昧に表現された問題を論理的に考える


数学の勉強は「論理的にものごとを考える」絶好の訓練ですが、No.233「AI vs.教科書が読めない子どもたち」で紹介した東ロボくんを振り返ってみたいと思います。

東ロボくんは東大2次試験の数学の模試(理系)で、偏差値 77.2 という驚異的な成績をあげました。これは問題文を数式に直訳し "数式処理" の技術で解くという、全く論理だけの処理でこの好成績をとったわけです。世界史や国語、英語などの教科が大量のデータを集めて統計処理で答えるのとは大きな違いです。No.233 で「正確で限定的な語彙からなる問題文であれば、論理的な自然言語処理と数式処理で解ける」としましたが、つまり、純粋な論理だけだとAIやコンピュータが得意なのです。

しかし現実社会や人生で与えられる "問題文" は「正確で限定的な語彙からなる」ものでは決してありません。そこには曖昧性があるし、解くために必要な情報が欠落しているし、また明示されていない "常識" が前提になっています。こういった現実社会の状況は、東ロボくんが最も苦手とするものです。しかし我々人間は、欠落している情報を補い、不足している条件には仮定を置き、あるいは推測を加えて "問題文" を読み解き、論理的に再構成することができる。それこそ人間の価値です。そのとき必要なのは、言葉をあやつる力に加えて「論理的にものごとを考える」能力です。曖昧性を排除した論理的な "問題文" にしてかつ論理的に答えるためには、それが必須なのです。

論理的思考の訓練のためには、学校における勉強では "論理しかない" 数学が最適でしょう。三角関数はその一つです。また数学における各種のジャンル(方程式、幾何、関数、・・・・・・)は、「論理的に考えることのさまざまな基礎的側面」を表しているのだと思います。


多くの情報を頭に詰め込み、それを自由に引き出せる


数学を離れて他の科目をみると、数学と並んで東ロボくんの得意科目に世界史がありました。No.233「AI vs.教科書が読めない子どもたち」で紹介した東大2次試験の世界史の模試は、次のような論述問題でした。

(東大2次試験:世界史模試)

17世紀の東アジアと東南アジア地域での海上交易の繁栄と停滞の変遷とその要因について、東アジアと東南アジア諸国の交易の方針とヨーロッパ諸勢力のこの地域をめぐる動向に留意しならがら600字で論じなさい。

新井 紀子
「AI vs.教科書が読めない子どもたち」
(東洋経済報社。2018.2)

大変に "難しそうな" 問題ですが、東ロボくんはこのような世界史の論述問題で偏差値 61.8 を獲得しました。

この問題の回答文を書くためには、どの時代の設問が出るわからないという前提で、まず世界史のさまざまな知識が頭の中に入っていなければなりません。かつ、それを各種の「引き出し」から取り出せるように整理した形で入れておく必要があります。「引き出し」とは、時代、地域、国、政治、経済、文化などの区分けです。上の問題でいうと

時代(17世紀)
地域(東アジア、東南アジア)
国(東アジア、東南アジア、ヨーロッパ諸国)
経済(海上貿易)
政治(貿易政策)

といった条件で知識を引っ張り出し、それを取捨選択して一連のストーリーにまとめ上げなければならない。また「論じなさい」となっているので、歴史上の事実を順に語るだけではなく、たとえばそれが次の時代にどう影響したかなどの「意味」を見つける必要があります。つまり答えるためには明らかに言葉を操る能力と論理的思考が必要です。しかし、その前にまず、

  歴史上の事項を暗記し、頭に中に整理したかたちで詰め込むことができる。それを各種の引き出しから自在に引き出せる。

ことが必須なのは明らかです。「頭に中に整理したかたちで」というのは「丸暗記」ではありません。教科書にある歴史記述の意味内容を理解し、それで得た「知識」を記憶することです。この東大の2次の問題はあくまで大学入試であり、また大学入試の中でも高校3年生にとっては非常に難しい問題でしょう。しかし我々が社会で生きていくことを考えると、

  それなりに多くの情報を、比較的短期間で頭の中に知識の形で詰め込み、かつ、それを自在に引き出す必要性

は、さままなシーンで出てきます。今、世界史の話をしましたが、世界史に限らず小中高校の勉強科目には、多かれ少なかれ「暗記」が必要です。子どもたちはさまざまなタイプの「暗記」をすることによって、社会で生きていくための訓練をしていると考えられます。

新井 紀子著「AI vs.教科書が読めない子どもたち」にあったように、東ロボくんは意味を解しません。意味が理解するのが人間であり、そこにこそ人間の価値があります。しかし現実の人間の活動は、東ロボくんのように「意味を関知しない情報処理」で行っていることが多々あります。センター試験で東ロボくんが "結構当たる(世界史では平均的な受験生以上に当たる)" ように、それで問題ないケースも多い。多忙な現代社会においては、いちいち意味を考えている余裕はありません。もちろん重要な問題、大切な問題、意志決定の必要な問題には、論理的思考とともに "意味" を十分に考えるわけです。だけど「意味を関知しない情報処理」もまた多い。その前提として「知識として暗記する力」が必要です。

学校で履修する科目のうち、特定の科目を「暗記科目」だとして "小馬鹿にする" 子どもがいたとしたら、大変可哀想な子だと思います。


提出された問題の意図を推察できる


東ロボくんが受験した東大2次試験の世界史模試をもう一度考えてみます(上の引用)。ここで「論じなさい」という設問を回答にどう盛り込むかです。考えるべきことは「問題の出題者はどういう意図でこの問題を出したのだろう」ということです。問題出題者が受験生に「論じて欲しい」論点があると考えられます。それはもちろん一つではないし、模範回答があるとしたら複数あるはずです。問題出題者は何を期待しているのか。たとえば上に書いたように、東アジア諸国の貿易が国の政策によって停滞に向かい、それがヨーロッパ諸国との関係において18世紀~19世紀に重要な影響を与えた(=次の時代とのかかわり)というのも、論点の一つでしょう。

センター試験の3択・4択問題のように、答が明白に一つに決まる問題は別です。しかし一般的にテストの問題の中には、問題の意図を推察することが大切なものがあります。こういった「意図の推察」はテストだけでなく、教室での先生の質問に答える場合も同じです。そして「質問の意図を推察する」のは社会においては大変に重要です。

質問や与えられた課題の意図はなにか、それを推察して我々は回答しようとします。たとえば企業において上司から「我が部門のこの10年の売上げと損益を分析した資料を作ってほしい」と言われたとき、それが「大変伸びている」という観点にするのか(対外報告資料など)、伸びが鈍化していて危機感を持つべきだという観点にするのか(部門内資料など)で作り方が全く違ってくるでしょう。同じ数字を使っても内容が違う資料になる。そもそもの課題の意図が何かによります。

出題者(質問者)はどういう回答を欲しいのか、それを推察して答えることを我々は始終やっているし、それは社会人としての重要なスキルです。


言葉の多様な側面を使いこなせる


我々は言葉で思考しています。言葉の多様な側面を使いこなせることが生きていく上で大切です。学校の教科の「国語」は言葉(日本語)の基礎の訓練ですが、その他の科目も(英語以外は)日本語で学習します。国語と数学と歴史の教科書に使われている日本語はずいぶん用語の種類が違うし、言葉の使い方や記述のスタイルが違います。我々はそういった勉強を通して日本語(=自然言語)の多様な側面に触れているのだと考えられます。

一方、数学には数式や図形が頻繁に出てきます。また各種のグラフは数学だけでなくいろいろな教科に出てきます。今後はコンピュータのプログラム言語も出てくるでしょう。こういった、数式、図形、グラフ、プログラムなどは、自然言語を拡張した、いわば "人工の言語" です。自然言語では表しにくい(伝えにくい)事項を簡潔に(かつ厳密に)表現するためのものです。このような人工の言語までを含めて「広い意味での言葉」とすると、学校での勉強は広い意味での言葉を使いこなす訓練をしていると考えられます。

具体例をあげると、No.234「教科書が読めない子どもたち」で紹介した「リーディング・スキル・テスト」で「イメージ同定」がありました。文章を読んでその内容を表している図やグラフを答えるものですが、これは東ロボくんが苦手な(というより不可能な)ものでした。「イメージ同定」という基礎的読解力は社会において重要です。それは人にわかりやすく伝えるために的確な図やグラフを作れる能力でもある。図やグラフはさまざまな教科に出てきますが「イメージ同定」も「広い意味での言葉を使いこなす」ことだと思います。

この「イメージ同定」に限らず、リーディング・スキル・テストは日本語を操る能力のうちの「基礎的読解力」をテストするものでした。その基礎的読解力が子どもたちの「伸びしろ」を決めてしまうと、新井紀子著「AI vs.教科書が読めない子どもたち」にありました。ということは「言葉を使いこなす能力が子どもたちの将来を左右する」とも言えるでしょう。


なぜそうすべきか、理由が分からないことに真摯に取り組める


三角関数なんて勉強しても役にたたない、サイン・コサインなんて使い道がない、だから勉強しないという子どもがいたとします。また「入試に出るから仕方なしに勉強している」と思っている子がいたとします。

確かに、高校を卒業して以降は三角関数の使い道は限定的です。大学の工学系の学部であれば出てくるし、ものづくり系の企業の設計部門でも必要でしょう。しかしその必要性は、高校生の全体からすると少ないと考えられます。また必要だとしても、高校で習う三角関数の定理・公式などのすべてが必要な訳ではありません。

三角関数はあくまで例ですが、問題は「この勉強は役に立たない、だから学ばない、ないしは適当にやり過ごす」という考え方です。ないしは「自分にとって利益があるか無いかで勉強を判断する態度」です。

この「学ぶべき理由が理解できるものしか学ばない」という考えが、人生において「何かを修得する」ことを阻害し、結局何も修得できないことになるのですね。

大変に逆説的ですが、人生における学習は学んだあと、あるいは学んでからかなりの時間がたってから学ぶべき理由が分かるというタイプが多いのです。その理由は学習に励んで自分を向上させ、その向上した視点で考えないと学ぶべき理由が分からないからです。あるいは学ぶべき理由が分かるようになることが、学ぶことの大きな目標の一つだからです。

人生において学ぶということはそういうことであり、特に人生で "大切な学習" はそうです。三角関数を例にして学ぶことの大切さ(この場合は "論理的にものごとを考える")を言いましたが、それは大人になった立場だからそう言えるのであって、高校生に真に理解してもらうのは大変でしょう。高校生相手に説明することを考えるとそう思います。



まったく別の例を一つあげますと「素読」という教育方法があります。江戸時代以降、戦前までは「漢文の素読」が教育の重要なものでした。素読とは文章(特に名文とされているの)を声をあげて読むことです。文章の意味はひとまず無視し、ただ単純に読みあげる。

東ロボくんは素読はしませんが、これは現在のAI技術で非常に進んでいる分野です。いわゆる「テキスト読み上げ」であり、テキストだけから極めて自然な、人間と見分けがつかない音声を合成できます。

漢文の素読は今はありませんが、最近の学校や塾では素読を取り入れているところがあるようです。夏目漱石の小説や、滝廉太郎の「荒城の月」のような詩を素読させたりしている。小学生だと意味が分からない単語がいろいろ出てくるでしょう。AI技術で完璧にできる素読を小学生にやらせることにどういう効用があるのか。

それは日本語の文章(名文)のリズムを体に染み込ませることだと思います。村上春樹さんは次のよう言っています(No.135「音楽の意外な効用(2)村上春樹」参照)。

[村上春樹]

(文章で)いちばん何が大事かっていうと、リズムですよね。文章にリズムがないと、そんなもの誰も読まないんです。前に前にと読み手を送っていく内在的な律動感というか ・・・・・・。機械のマニュアルブックって、読むのがわりに苦痛ですよね。あれがリズムのない文章のひとつの典型です。

小沢征爾・村上春樹
『小澤征爾さんと、音楽について話をする』
(新潮社 2011)

リズムとは「言葉の組み合わせ、センテンスの組み合わせ、パラグラフの組み合わせ、均衡と不均衡の組み合わせ、句読点の組み合わせ、トーンの組み合わせ」だと、村上さんは言っています。この発言の主旨は、その大切なリズムを音楽から学んだということですが、それはさておきます。音楽を持ち出す以前に、名文を素読して体に覚え込ませることは、リズムがある読みやすい文章を書くための訓練になるはずです。

別に小説家になるためというのではありません。人生においては「読みやすい文章を書く」ことはその人のスキルとして重要です。村上さんも言っているようにマニュアルブックを書くにも必要だし、そこまでいかなくても文章を書く必要性は社会において多々あります。

小学生を相手に「文章には、前に前にと読み手を送っていく内在的な律動感が重要で、そのために素読をやるのだ」と言ったところで、理解されないでしょう。それは大人になってからしか分からないし、大人になったとしてもそういう意識は全くないかもしれないのです。文章を書くことが身についてしまっている人にとっては ・・・・・・。



なぜそうすべきか、理由が分からないことに真摯に取り組めることは大変重要だと思います。「自分にとって有益だと理解できることを勉強する」のは "あたりまえ" です。「自分にとって有益だと分かっていても勉強しない」のは "怠惰" です。しかし大切なのは「自分にとって有益なことを勉強するのはもちろん、自分にとって有益かどうか分からないことでも勉強する」ことなのです。


社会が要請することに、まじめに取り組める


社会が成り立つためには「社会が要請することに個人がまじめに取り組む」ことが必要です。社会を構成するのは、国から始まって自治体に至る組織、企業、地域のコミュニティー、非営利団体などがありますが、そこには多かれ少なかれ個人に対する要請がある。

もちろん社会が要請しないことに取り組むこともあります。例えば今までに全くなかった仕事を発案し、ベンチャー企業(スタートアップ)やNPO法人を立ち上げるなどがそうです。それは社会の活力を生み、経済を成長させる上でも大変に重要ですが、これも社会の要請にまじめに答えている多数の人たちがバックにいるからこそ成り立つわけです。自分がやりたいことをやるというマインドは大切ですが、全ての人がやりたいことをやったのでは社会が成立しません。

小中高校における勉学は、現代の日本社会が6歳~18歳の子どもたちに要請していることです。なぜ勉強をすべきかはともかく、先生から言われたらまずそれにまじめに取り組む(取り組める)姿勢が大切です。

もちろん社会の要請に従順に従っているだけでは個人の進歩は望めないし、組織も発展しません。しかしまず "従順さ" をもってこなせることが社会の維持と発展には是非とも必要です。



さらに考えてみると小中高校の勉強は、少なくとも日本に生まれた日本国籍の人が "似たような経験をする" ことにこそ意義があるのかもしれません。もちろん学校によって(ないしは、公立か私立かによって)勉強の内容は違う部分があるでしょうが、それらは文科省の学習指導要領に沿っている "似たような勉強" です。また時代によっても勉強内容は変わりますが、何十年と "似たような勉強" をしてきた部分も多いのではないでしょうか。

このことは実は、日本人としてのアイデンティティーを育成するのに役立っていると思います。それは愛国心のあり方などという "高尚な" こと以前の問題です。しょせん現代人は国民国家の枠で生活をしていくのだから、政治信条の違い、地域の違い、年代の違いを超えた、国民としての何かしらの "一体感" が必要です。その一体感は何らかの "認識" や "体験" を共有していることから始まるはずです。小中高校の勉強や学校生活はその "体験" の一つだと思います。

わかりやすい例で言うと、誰もが知っている歌は小学校で習った曲であり、誰もが知っている絵画作品は中学の美術の教科書に出てきた絵、ということがあるのではないか。また多くの人が「京都・奈良へ修学旅行に行った」という共通体験を持っています。これは日本人だけの共通体験なのですね。国語、数学、歴史などの科目も「勉強という共通体験」の意味があると思います。

教育は時代とともに変わることも必要ですが、変わらないこともそれ以上に重要だと思います。50年前と似たような勉強をするということは、祖父母と孫の代が同じ経験をするということです。生活スタイルは50年前とは激変しているにもかわらず、勉強はそう違わない。そこが大変に重要だと思います。そして、こういったことの重要性 = 勉強をすべき理由は、小中高校生の段階では分からなくて当然です。つまり、分からなくても真面目に取り組むべきなのです。


努力を継続できる


もうひとつ、小中高校の勉強で獲得できる(獲得すべき)スキルを言うと、前回(No.234)にも少し書きましたが「努力を継続できる能力」でしょうか。あたりまえですが、テストで良い点を取るためには努力が必要です。やりたいことを我慢し、安易な方向に流れることがないようにし、参考書や問題集に取り組み、それを反復する必要があります。

そういう努力が苦にならないこと、また、努力することの価値や大切さが直感的に理解できることは人生にとって極めて大切でしょう。そういうマインドの醸成に勉強が知らず知らずのうちに役だっている、そう思います。


スターバックスで働くとしたら


唐突ですが「スターバックスで働く」ということと「学校での勉強」の関係を考えてみたいと思います。というのも、今この文章をスターバックスのある店で書いているからです。スターバックスで働きたいと思い、面接に合格し、研修を受け、店舗で働き出すとします。その過程でどういうスキルが必要かを考えてみます。

スターバックスの内情は知らないので(いわゆる "スタバ本" は読んだことがありません)想像で書くと、スターバックスでは接客方法、ドリンクやフードの提供方法、店舗運営などについてのマニュアルがあると想定できます。それはまず重要な心構えから始まって、基本事項から詳細へとブレークダウンされているはずです。接客だけでもシチュエーションはさまざまです。混雑時にどうするか、クレームへの対応、顧客からの要求・要望への対応など、細かいことやスペシャルケースまで、いろいろとあるはずです。どこまで明文化されているかは知りません。明文化されていない各店舗なりのルールがあるのかもしれません。

一つだけ公開されている情報があります。それはスターバックス・ジャパン(正式名:スターバックス コーヒー ジャパン)のホームぺージの「Our Mission and Values」というページです。ここには

  すべてのお客様へ最高のスターバックス体験(感動体験)を提供できるように行動指針を定め、日々体現しています

という前置きがあって、Our Mission と Our Values が書かれています。その Our Values のところには次のようにあります。


Our Values

私たちは、パートナー、コーヒー、お客様を中心とし、Values を日々体現します。

お互いにこころから認め合い、誰もが自分の居場所と感じられるような文化を作ります。

勇気をもって行動し、現状に満足せず、新しい方法を求めます。スターバックスと私たちの成長のために。

誠実に向き合い、威厳と尊敬をもって心を通わせる、その瞬間を大切にします。

一人ひとりが全力を尽くし、最後まで責任を持ちます。

私たちは人間らしさを大切にしながら、成長し続けます。


これはスターバックス・ジャパンがどういう「価値」を大切にしているかを宣言した文章です。ちなみに、ここに出てくる「パートナー」は "スタバ用語" というのでしょうか、正社員かアルバイトかにかかわらず「ともに働く仲間」という意味です(協力企業や仕入先の意味ではない)。こういう文章は初めの方に出てくる言葉ほど重要なのが一般的です。特徴的な言葉をピックアップして、かみ砕いて言うと、

私たちの目的は、お客様へ "スターバックス体験(=感動体験)"を提供することである。

その中心になるのは、パートナー(ともに働く仲間)とコーヒー(商品、ないしはサービス)、お客様である。

誰もが自分の居場所と感じられるような場所を作る。店舗が「自分の居場所」と感じられるような「スターバックス文化」を作る。

などです。ひとつのポイントは初めの方に出てくる "パートナー" でしょうか。また、誰もが(=お客様とパートナーが)自分の居場所と感じられるというところ、いわゆる「第3の場所、サード・プレイス」です。さらに、私たちはこう行動しますという言い方(=行動指針)で大切にしている「価値」を表現しているところもポイントです。

スターバックス・ジャパンが優秀な企業であれば(優秀な企業だと思いますが)、ここで宣言された Our Values がマニュアル(接客・商品提供・店舗運営など)の重要事項と直結しているはずだし、その重要事項にもとづいて細部が展開されているでしょう。スターバックスで働くためのスキルは、まず、そういった一連の情報を知識として短期間に(研修期間中に)修得できるスキルです。そして、店舗においてはマニュアルにそった行動をし、マニュアルは出てこないようなレアな状況に遭遇したときには守るべき心構えに沿って行動し、それでも迷ったら Our Values に立ち返って判断することです。

そういうことができるための基礎的なスキルは、実は、学校における勉強で得られるスキルと非常に似ていると思います。論理的に考えるとか、知識としていつでも引き出せるようにな形で情報を頭に入れるとか、そいういった基礎的なスキルです。Our Values にあるように「現状に満足せず、新しい方法を求める」にしても、まず基礎が必須です。"現状" をきっちりとこなせて初めて "新しい方法" が求められるのだから。

もちろん以上のようなことはスターバックスで働く場合だけでなく、社会のさまざまなシーンに出てくるのは、言うまでもありません。


AIと共存する時代


小中高校での各教科の勉強は、一見、社会で役立たないように見えるものがあるかもしれないけれど、実は我々が社会で一定のポジションをこなしていく上での極めてベーシックなスキルを育成しているのだと思います。そしてここが大切なのですが、小中高校での勉強で得らるものは、東ロボくん(AI)と共存していく必要がある現代人にとって、今まで以上にますます重要になると強く思います。新井紀子著「AI vs.教科書が読めない子どもたち」の最大の教訓は、そのことなのでした。




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No.234 - 教科書が読めない子どもたち [社会]

前回より続く)

前回に引き続き、新井紀子著「AI vs.教科書が読めない子どもたち」(以下「本書」)の紹介と感想です。本書は前半と後半に分かれていて、前半のAIの部分を前回紹介しました。今回は後半の「リーティング・スキル・テスト」の部分です。


リーティング・スキル・テストの衝撃


AI vs 教科書が読めない子どもたち.jpg
新井教授は日本数学会の教育委員長として、東ロボがスタートした2011年に大学新入生を対象とした「大学生数学基本調査」を行いました。その結果、問題が解けないのは問題文の意味を理解できていない(=読解力がない)のではという疑問をもちました。そして本格的に中高生を対象とした読解力調査をすることにしました。

リーティング・スキル・テスト(RST。Reading Skill Test)は新井教授が主導して行った世界で初めての調査です。RSTとはどんなテストか、本書にその問題が例示してあります。問題は「係り受け」「照応解決」「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」の6つのジャンルがあります。それがどういうものか、問題のサンプルを本書から引用します。

 係り受け 


次の文を読みなさい。

天の川銀河の中心には、太陽の400万倍程度の質量をもつブラックホールがあると推定されている。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

天の川銀河の中心にあると推定されているのは(   )である。

天の川 ②銀河 ③ブラックホール ④太陽


「係り受け」とは、主語と述語の関係、修飾語と被修飾語の関係のように、一つの文の中で単語がどの単語に "係る" か、ある単語がどの単語を "受ける" か、を問うものです。係り受けをAIで判定する研究は進んでいて、80%以上が可能と本書にあります。

 照応解決 


次の文を読みなさい。

火星には、生命が存在する可能性がある。かつて大量の水があった証拠が見つかっており、現在も地下には水がある可能性がある。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを1つ選びなさい。

かつて大量の水があった証拠が見つかっているのは(   )である。

火星 ②可能性 ③地下 ④生命

「同上」

文章には「これ」「それ」といった指示代名詞、あるいは人称代名詞が出てきます。その代名詞が何を指しているのかを、文をまたがって判断するのが「照応解決」です。日本語の文章でしばしば見られるように、上の文章には指示代名詞がありませんが「(ここには)かつて大量の水があった証拠が見つかっており」と省略されているとし、「ここ」を答える問題と考えると照応解決になります。照応解決は AI の研究が急速に進んでいる分野です。

 同義文判定 


次の文を読みなさい。

義経は平氏を追いつめ、ついに壇ノ浦でほろぼした。

この文が表す内容と以下の文が表す内容は同じか。「同じである」「異なる」のうちから答えなさい。(引用注:原文は縦書きのため "この文" ではなく "右の文")

平氏は義経に追いつめられ、ついに壇ノ浦でほろぼされた。

同じである ②異なる

「同上」

同義文判定はAIではまだまだ難しい問題です。というのも、上の2つの文でも分かるように同義文の問題においては、同じ意味でも異なる意味でも出現する重要な単語がほぼ同じだからです。

そして以下の「推論」「イメージ同定」「具体例同定」は、現在のAI技術では全く歯が立たない問題です。AIは意味を理解せず、また常識をもっていないからです。この3つは「人間がAIに勝てる可能性のある」ジャンルです。

 推論 


次の文を読みなさい。

エベレストは世界で最も高い山である。

この文に書かれたことが正しいとき、以下の文に書かれたことは正しいか。「正しい」、「まちがっている」、これだけからは「判断できない」のうちから答えなさい。

エルブルス山はエベレストより低い。

正しい ②まちがっている ③判断できない

「同上」

「推論」は文章の構造を理解した上で、生活体験やさまざまな知識を総動員して文の意味を理解する力です。いわば「一を聞いて十を知る」能力であり、現代のAI技術では困難な問題です。「エルブルス山」というのは(ほとんどの)中高生が知らない(であろう)山です。実はエルブルス山は黒海とカスピ海の間にある山で、ロシアの最高峰です。もちろんエベレストより低い。それを知らなくても推論で答えるのがこの問題です。

高校3年ぐらいになると「エルブルス山」が実在の山なのか、それとも架空の山なのかによって答えが違ってくると考えるかもしれません。もし実在の山だと「①正しい」が正解です。しかし架空の山、たとえばファンタジー小説に出てくる山だと問題文だけでは「③判断できない」となる可能性があります。しかしここで「問題を作った側の意図」を推察し、これが1つを選ぶ3択問題だということを考える必要があります。もし「③判断できない」が正解だとすると「引っかけ」問題に近く、基礎的読解力を試す問題ではなくなります。エルブルス山は実在の山だと「推論」でき、「①正しい」が唯一の正解です。

 イメージ同定 


次の文の内容を表す図として適当なものをすべて選びなさい。

四角形の中に黒で塗りつぶされた円がある。

RST - イメージ同定.jpg
「同上」

イメージ同定は文章と図やグラフを見比べて、内容が一致しているかどうかを認識する能力です。現在のAI技術では全くできないものです。

 具体例同定 


次の文を読みなさい。

2で割り切れる数を偶数と言う。そうでない数を奇数と言う。

偶数をすべて選びなさい。

65 ② 8 ③ 0 ④ 110

「同上」

具体例同定は、定義を読んでそれと合致する具体例を認識する能力です。定義には国語辞典的な定義と数学的な定義があり、上は数学的な定義の例です。意味を理解しないAIでは全く歯が立たない問題です。



以上の6つのジャンルは、東ロボくんのプロジェクトにおいてAIに読解力をつけるための研究から生まれたものです。また問題に使った文章は、教科書と新聞(科学面や小中学生向けの記事)から採用されました。それが読解できないと人生において明らかに不利になるからです。

問題は各ジャンルで数百問作成され、受検者はパソコンで回答します。問題は各受検者に対してジャンルごとにランダムに表示され、かつ制限時間の間に順に解いていきます。ある受検者は20問解き、ある受検者は5問といった具合です。

問題が妥当かどうかの検証もされました。つまり多数の受検者のデータを集め、ジャンルごとに個々の受検者の「能力値」を6段階で決めます。「能力値が高いほど正解率が高まる」というシンプルな関係になれば、その問題は妥当ということになります。またヤル気がなくていいかげんに答える受検者を判別するしかけ(作問上の工夫や、受検者の回答パターンや回答時間からの推定)もあります。以下に掲げる正答率は、まじめに答えていないと判断された受検者を除いた値です。

テストを受けた人は総計25,000人にのぼりました。その結果は衝撃的です。その問題の例を以下にいくつか上げます。


宗教問題(係り受け)



次の文を読みなさい。

仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

オセアニアに広がっているのは(   )である。

ヒンドゥー教 ②キリスト教 ③イスラム教 ④仏教

「同上」

正解はもちろん「②キリスト教」ですが、この問題の正答率は以下のとおりでした。

「宗教問題」の正答率


中学1年(197名) 63%
中学2年(223名) 55%
中学3年(203名) 70%
平均(623名) 62%


高校1年(428名) 73%
高校2年(196名) 73%
高校3年(121名) 66%
平均(745名) 72%

この結果の理解について、新井教授は次のように書いています。


中学生の3人に1人以上が、高校生の10人に3人近くが正解できなかったと理解すべきだと私は考えます。この問題に解答した745人の高校生が通っているのは進学率ほぼ100%の進学校です。私が講演に伺ったことのあるいくつかの高校の結果で、90分間AIの話を興味深く静かに聞くことができる高校生が受検者です。他の高校でこの問題の正答率も調査したかったのですが、新聞やTEDなどでこの問題が有名になってしまい、調査に使うことはできなくなってしまいました。因みに、国語が苦手な東ロボくんは、この問題に正解しました

「同上」


Alex問題(係り受け)



次の文を読みなさい。

Alex は男性にも女性にも使われる名前で、女性の名 Alexandra の愛称であるが、男性の名 Alexander の愛称でもある。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

Alexandra の愛称は(   )である。

Alex ②Alexander ③男性 ④女性

「同上」

この問題は中学校の英語の教科書の註からとられたものです。もちろん「①Alex」が正しいのですが、その正答率は次の通りでした。

「Alex問題」の正答率


中学1年(68名) 23%
中学2年(62名) 31%
中学3年(105名) 51%
平均(235名) 38%


高校1年(205名) 65%
高校2年(150名) 68%
高校3年(77名) 57%
平均(432名) 65%

高校生の3分の1は不正解であり、中学生の正答率は半分を切っています。中学1年生の正答率は23%ですが、この問題は4択なので、あてずっぽうで答えても25%の正答率になります。つまりこの成績は「ランダム並み」「サイコロ並み」ということになります。

なぜこうなるのかが分析されています。つまり受検者の能力値で回答の傾向をみると、能力値の低い子は「④女性」を選ぶ傾向にあります。その理由は「愛称」という言葉の意味が分からず、それを飛ばして読んでいるのだと推測できます。つまり「Alexandra は女性である」は正しい文章だから「女性」と答えてしまう。そういう「読み」の習慣がついてしまっている。

思うのですが、文章をちゃんと読む習慣がついていると、たとえ「愛称」の意味が分からなくても正解できます。「愛称」のところを伏せ字にした問題を作ってみると、

次の文を読みなさい。〇〇にはある同じ言葉が入ります。

Alex は男性にも女性にも使われる名前で、女性の名 Alexandra の〇〇であるが、男性の名 Alexander の〇〇でもある。

この文脈において、以下の文中の(   )にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

Alexandra の〇〇は(   )である。

伏せ字で、かつ選択肢がなくても正解は「Alex」しかありません。たとえ一部の単語の意味が分からなくても、文の構造を理解して大意をつかむというのは、人が社会で生きていくための大変に重要なスキルです。しかしそういった「読み」の習慣がついていないのです。逆にいうと、読解力をつけるための処方箋のヒントがここにあると、新井教授は示唆しています。

この問題は「係り受け」の中でも正答率が低い問題です。「係り受け」全体の正答率は中学生が約70%、高校生が80%です。国語が苦手な東ロボくんは、だいたい高校生程度です。ただし東ロボくんは文の意味を理解しているわけではありません。それでも高校生程度には「当たる」のです。

少しは背筋に寒気を覚えていただけましたか ?」と、新井教授は書いています。


ポルトガル人問題(同義文判定)



次の文を読みなさい。

幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。

上の文が示す内容と、以下の文が表す内容は同じか。「同じである」「異なる」のうちから答えなさい。

1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。

「同上」

答えは当然「異なる」ですが、AIにとっては結構難しい問題です。2つの文に出てくる単語がほぼ同じだからです。では人間の方が優秀かというと残念ながらそうではないのです。ポルトガル人問題の正答率は次の通りです。

「ポルトガル人問題」の正答率


中学1年(301名) 56%
中学2年(270名) 61%
中学3年(286名) 55%
平均(857名) 57%


高校1年(627名) 71%
高校2年(360名) 71%
高校3年(152名) 76%
平均(1,139名) 71%

中学生の正答率は 57% しかありません。残りの43%の子どもは「一人で教科書を読んで勉強する」ということが出来ないでしょう。


円の問題(イメージ同定)



次の文の内容を表す図として適当なものを①~④のうちからすべて選びなさい。

原点 O と点 (1, 1) を通る円が x 軸と接している。

RST - 円の問題.jpg
「同上」

正解は①(=①だけ)ですが、このようなイメージ同定は、現在のAI技術では全く歯が立たない問題です。しかし人間には簡単なはずです。何も難しいことは聞いていないからです。数学の試験には絶対に出ないような "簡単な問題" です。しかし大変な結果になりました。

「円の問題」の正答率


中学1年(145名) 10%
中学2年(199名) 22%
中学3年(152名) 25%
平均(496名) 19%


高校1年(181名) 29%
高校2年(54名) 30%
高校3年(42名) 45%
平均(277名) 32%

この「円の問題」の正答率は他の問題とは傾向が違います。能力値で受検者を6段階に分けたとき、他の問題は能力値が高いほど正答率が上がるのですが、「円の問題」に限っては、能力値の中位(4以下)までは正答率が低いままであり、上位(5と6)になってようやく正答率が上がるのです。本書ではこのタイプの問題を「能力上位層をよく識別する問題」と呼んでいます。


AIが不得意な問題は、人間も不得意


RSTの結果をまとめた最新データが本書に載っています。小学6年から高校2年までのデータですが、その正答率を範囲で示してみたのが下の表です。小学6年が一番低く高校2年が一番高いのが普通ですが、一部に逆転現象もあります(ただし、有意な差ではない)。

RST問題 正答率
係り受け 65.1%~81.5%
照応解決 58.2%~82.6%
同義文判定 62.1%~81.0%
推論 57.3%~68.5%
イメージ同定 30.9%~55.3%
具体例同定(辞書) 31.0%~46.9%
具体例同定(数学) 19.6%~45.7%

この表には注意が必要です。RSTは選択式問題ですが、選択肢の数が問題によって違うからです。たとえば同義文判定は「同じ」「異なる」の2択なので、ランダムに答えても50%の正答率になります。本書にはそれを考慮して「ランダム並みよりましとは言えない受検者のパーセンテージ」示して分析してあるのですが、省略します。本書の分析の結論を要約すると以下になるでしょう。

表層的な読解力である「係り受け」「照応解決」成績が比較的良い。しかしこの分野ではAIも好成績がとれる。

AIと差別化しなければならないはずの「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」の成績は、中高生も悪い。

こういった基礎的読解力は高校卒業までに出来上がります。つまり、RSTでみる限り「AIができないタスクやAIが難しいタスクは、人間にとっても難しい」と予想されるのです。


御三家の教育法は参考にならない


基礎的読解力を測定するRSTの問題は、上に掲げた例題でもわかるように "非常に基礎的な" ものです。こんな問題は中学入試にもまず出ません。従って「基礎的読解力がないよりはある方がいいに決まっているが、そんなに大騒ぎするほどのことでもない」と考える人もいます。しかし、その考えは甘いのです。基礎的読解力と高校の偏差値の相関関係を分析した表が本書に載っています。


これは(引用注:本書に載っている表をさす)、RSTを受検した高校の平均能力値と「家庭教師のトライ」と「偏差値net」が公表しているその高校の偏差値との相関を示したものです。RSTのほとんどの分野で 0.75 から 0.8 の相関があります。こんなに高い相関は、「身長と体重」とか「同じ広さのマンションの、駅からの距離と家賃」のようなもの以外では滅多にお目にかかれないほどの高い相関です。

さて、解釈は2つに一つです。「偏差値の高い高校に入ると基礎的読解力が上がる」か「基礎的読解力が高いと偏差値の高い高校に入れる」のどちらかです。前者はあり得ません。なぜなら、高校1年と2年の間に能力値の差が見られないからです。まさか基礎的読解力だけで高校入試を突破できるとは考えにくいので、もっとも正しい解釈は「基礎的読解力が低いと、偏差値の高い高校には入れない」でしょう。当然です。基礎的読解力がなければ、教科書だけでなく、試験問題の問題文も速く正確に読めないからです。

「同上」

さらに分析を進めると、高校の基礎的読解力の平均値とその高校の旧帝大進学率に高い相関があることもわかりました。旧帝大とは、東大・京大・東北大・阪大・名大・北大・九大の7つの国立大学です。


その事実を確認した私は、「御三家」と呼ばれるような超有名私立中高一貫校(引用注:首都圏では開成・麻布・武蔵のこと)の教育方針は、教育改革をする上で何の参考にもならないという結論に達しました。理由がわかりますか? そのような学校では、12歳の段階で、公立進学校の高校3年生程度の読解能力のある生徒を入試でふるいにかけています。実際にそのような中学の入試問題を見ればわかります。まさにRSTで要求するような文を正確に、しかも集中してすらすら読めなければ、スタート地点に立つことさえできないように作られているのです。

そのような入試をパスできるような能力があれば、後の指導は楽です。高校2年まで部活に明け暮れて、赤点ぎりぎりでも、教科書や参考書を「読めばわかる」のですから、1年間受験勉強にいそしめば、旧帝大クラスに入学できてしまうのです。その学校の教育方針のせいで東大に入るのではなく、東大に入れる読解力が12歳の段階で身についているから東大に入れる可能性が他の生徒より圧倒的に高いのです。

「同上」

御三家の中学入試の問題は、新井教授の言う「能力上位層をよく識別する問題」がふんだんに盛り込まれているのでしょう。新井教授は「基礎的読解力が、その子のその後の伸びしろを決める」と書いています。それが人生というレベルでみれば格差を生み、結果として人生を左右するのです。



最近、大学や高校で "アクティブ・ラーニング" の重要性が強調されているそうです。文科省の用語集によると "アクティブ・ラーニング" とは、

  教員による一方的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習などが含まれるが、教室内でのグループディスカッション、ディベート、グループ・ワークなども有効なアクティブ・ラーニングの方法である。

と説明されています。しかし新井教授はこれに疑問を呈しています。教科書を読めない学生・生徒にアクティブ・ラーニングができるはずがない、アクティブ・ラーニングは現場の実態を知らない文部科学省、およびその委託をうけた中央教育審議会の人たちの発案した「絵に描いた餅」だと・・・・・・。


残された課題


新井教授が想定する "暗い未来" は、「仕事はいっぱいあるのに、その仕事をこなせる人間が僅かしかいない」という状況です。本書で繰り返し述べられているように、AIには限界があります。AIでできないことは多い。しかしその「AI ではできない仕事」をできる人間が少なくなっていく。これは労働市場の分断になります。こういった分断は技術革新によってすでに起こっていると思いますが、この傾向をAI技術が強力に加速する。中間層がいなくなると経済原則に従って個人消費が低迷し、"AI不況" に陥ります。

ではどうすればよいのか。どうやったら基礎的読解力はつくのか。新井教授はどのような生活習慣や学習習慣が読解力を育てるのか(逆に損なうのか)、中学の生徒たちに網羅的なアンケート調査をしました。しかし関係ありそうな要因が見つかりません。「読書習慣」「学習時間」「得意科目」「スマホを何時間使うか」「新聞を読むか」「ニュースはどの媒体から知るか」など、どれもが基礎的読解力と相関関係がないのです。小さいころから読書が好きと答えた生徒の読解力が高いわけでもない。

しかし新井教授は "はたと" 思い当たりました。そもそも「宗教問題」や「ポルトガル人問題」に答えられない生徒にアンケート調査をすること自体が無意味だと・・・・・・。

ただ、一つだけ気になる点があります。就学補助をうけている子どもの読解力が低いという、明らかな負の相関があるのです。貧困が読解力にマイナスの影響を与える・・・・・・。これは大きな問題です。

とはいえ、貧困だけが読解力に影響するわけでもないでしょう。何が読解力を決めるのか、それを明らかにするのが今後の課題です。また、たとえ大人になったとしても読解力が向上することを、新井教授は数々の例を引いて説明しています。このあたりの要因と対策が今後の課題です。


「教科書が読めない子どもたち」の感想


以降は新井紀子著「AI vs.教科書が読めない子どもたち」の後半部分、「リーティング・スキル・テスト」の感想です。

新井教授はリーディング・スキル・テスト(RST)を自ら実践するなかで中高校生の読解力不足を指摘したわけですが、これは現場の実態や現場の先生たちの意見と遊離している教育行政のあり方に一石を投じたものと言えるでしょう。本書の「アクティブ・ラーニングは絵に描いた餅」というところでは、いわゆる「ゆとり教育」を思い出しました。

「ゆとり教育」も「アクティブ・ラーニング」も、発想の基本が非常に似ていると思います。つまり「自ら考え、自発的に学ぶことが大切」という考えです。これは一面の真実であることは確かだと思います。間違ってはいない。「発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習」と文科省の資料にありますが、創造性を養う上で大切なことです。

しかし大学生はともかく中高生についていうと「自発的に学ぶ」ためには、それができるだけの基本スキルが身についていることが条件です。そのスキルの重要なポイントが読解力です。教科書、参考書は言うに及ばす、世の中に学ぶための情報、マテリアルが溢れています。読解力さえあれば自発的に学ぶことがいくらでもできる。問題解決学習で議論した結果を自ら検証することもできます。しかし読解力がなければそれが出来ない。まさに「絵に描いた餅」になるのです。

読解力があったとしても、さらに問題があります。「自発的に学ぶための、ゆとりの時間」が与えられたとき、勉強が楽しい一部の子どもは自ら学ぶと思いますが、多くの子どもは "怠ける" のではないでしょうか。怠ける子が悪いというのではなく、人間というのは安易な方向に流れやすいのであって、現実としてそうなっていくと思います。

おそらく日本の教育方針を決めている文科省の官僚や中教審の人たちは、「自発的に学ぶための、ゆとりの時間」が与えられたとしたら、喜々として自分の思うやり方でどんどん勉強するタイプの人たちではないでしょうか。教科書と同じことを繰り返す授業など退屈でしかなく、読めば分かることを授業で聞いても無意味だと思って "内職" に励んだのではないでしょうか。"分かる" からおもしろいし、おもしろいから努力を重ねてテストでよい点数を取ろうとする。

新井教授は「"御三家" と呼ばれるような超有名私立中高一貫校の教育方針は、教育改革をする上で何の参考にもならない」と書いています。「御三家」は、どちらかと言うと "自由放任主義" で知られていますね。かつ学校行事も多いようです。

御三家だけではありません。私の知っている神奈川県の県立高校は県下でもトップクラスの進学校ですが、学校行事が多いことで有名です。縄跳び大会やマラソン大会、合唱コンクールなど、伝統の行事が目白押しで、3年生が仕切る秋の体育祭まで続く。授業を受け、部活をし、そのうえ各種行事の練習までして息つく暇もない。いったいいつ勉強するのかと思うほどですが、それでいて国立難関大学や難関私立大への進学が多いわけです。結局、生徒たちは時間を作り出し、努力を重ねて勉強をし、3年生は体育祭が終わったら一心不乱に猛勉強をする。そういうことが出来る子が集まっているのですね。

日本の教育行政を指導している人たちも、おそらくそういった中高生の時代を過ごしたのではないでしょうか。だから「自発的に勉強できるゆとりの時間を与えると子どもたちは伸びる」と考えるわけです。なぜなら自分がそうだったから。

しかし現実はそういう子ばかりではありません。"ゆとり" を与えられると勉強しない子が少なからずいるだろうし、勉強しようと思っても基礎的読解力がなければ進みません。結局のところ「ゆとり」とか「アクティブ」という考え方は子どもたちを選別し、社会を分断していく方向に働くはずです。本書で公表されている RST の結果は、そのことを明確にしていると思いました。



本書を読んでいて非常に気になったは、RSTで明らかにされた中高生の読解力が「昔からそうだった」のか「近年、低下してきている」のか、ということです。直感的には、こういった極めて基礎的なスキルは「昔からそうだった」のではと思います。

基礎的読解力は何で差がつくのか、また、向上させるのはどうしたらよいのか。本書では「今後の課題」となっているのですが、こういう問題を考えるときにまず考慮すべきは遺伝の影響です。No.191「パーソナリティを決めるもの」で書いたように、行動遺伝学の知見から言うと一般知能(IQ)の遺伝率は10代で 0.6 程度です。つまり一般知能(IQ)の60%程度は「もって生まれたもの」で説明できるわけです。

基礎的読解力が一般知能(IQ)と同様かどうかは分かりません。しかし遺伝の影響があると強く推測できる証拠があります。ディスレクシアという症状の存在です。ディスレクシアは「難読症」「識字障害」とも言われ、本人の知性や聞く・話す能力は全く問題がないのに、読み書きができなかったり、読んで理解するのに大変苦労したりする症状です。俳優のトム・クルーズがディスレクシアだと自ら公表して有名になりました。Wikipedia によると、俳優ではキアヌ・リーブスもディスレクシアだと公表したそうです。また映画つながりで言うと、スティーヴン・スピルバーグ監督もディスレクシアであり、そのため小学校の卒業が2年も遅れ、今でも脚本を読むのに人の2倍の時間がかかるそうです。

ディスレクシアは遺伝性であることが知られています。またディスレクシアといっても重度のものからごく軽いものまでがあるようで、その軽いディスレクシアの子どもが周囲から気付かれることがなく「基礎的読解力がない」と判定されていることが考えられます。新井教授は RST が「読み障害」のある子を発見するツールとなってくれればと言っていますが、そういう子どもを早期に発見し、科学的なケアをすることが望まれると思いました。



もちろん基礎的読解力は遺伝だけで決まるのではなく、それ以外の本人の性格とか環境の影響もあるはずです。本書にも基礎的読解力が大人になっても向上した例が出てきます。では何が基礎的読解力を決めるのか。

それは個人的には「集中力」だと思います。数分でも数10分でも "あること" に集中し、没頭できる。休憩をとりながらであれば数時間でも没頭できる。そういった資質が大切なのではと思います。RSTの問題の一文を読解するのは数秒~10秒前後だと思いますが、集中して "深く" ものごとに当たれる能力が影響するのではと直感的に思います。

もう一つ付け加えると「努力を継続できる力」でしょうか。努力することの価値が直感的にわかる子ども、先生から(ないしは親から)言われれば、まずその実現を目指して素直に努力する子ども、そういった子の基礎的読解力が向上し、伸びていくと感じます。

とにかく新井教授が本書で書いているように、基礎的読解力に差がつく原因や、その改善策は今後の課題です。次の著書ではその処方箋の1つでも2つでも提示したいと、本書にありました。おそらく実証研究に基づく処方箋になるはずです。新井教授の次作に期待したいと思います。



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No.233 - AI vs. 教科書が読めない子どもたち [技術]

今回は No.175「半沢直樹は機械化できる」No.196「東ロボにみるAIの可能性と限界」の続きです。

No.175 で、オックスフォード大学の研究者、カール・フレイとマイケル・オズボーンの両博士が2013年9月に発表した「雇用の未来:私たちの仕事はどこまでコンピュータに奪われるか?(The Future of Employment : How Susceptible are Jobs to Computerization ?)」という論文の内容を紹介しました。この論文は、「現存する職種の47%がAIに奪われる」として日本のメディアでもたびたび紹介されたものです。それに関連して、国立情報学研究所の新井紀子教授が「半沢直樹の仕事は人工知能(AI)で代替できる」と2013年に予想した話を書きました。半沢直樹は銀行のローン・オフィサー(貸付けの妥当性を判断する業務)であり、銀行に蓄積された過去の貸付けデータをもとにAI技術を使って機械的に行うことが可能だというものです。

No.196「東ロボにみるAIの可能性と限界」ではその新井教授が主導した「ロボットは東大に入れるか(略称:東ロボ)」プロジェクトの成果を紹介しました。これは大学入試(具体的にはセンター試験の模試)を題材にAIで何ができて何ができないのかを明らかにした貴重なプロジェクトです。

AI vs 教科書が読めない子どもたち.jpg
その新井教授が最近「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」(東洋経済報社 2018.2)という本を出版されました(以下「本書」)。AIの強力さと弱点を「東ロボ」を例に実証的に説明し、AIが社会に浸透していく中で我々は何をすべきかを示した良い本だと思うので、その内容の一部を紹介したいと思います。

そもそも新井教授が「東ロボ」プロジェクトを始めるきっかけになったのは、人間の仕事がAIに奪われていくという危機感でした。実は、新井教授はオックスフォード大学の論文以前に、人間の仕事の半分がAIやコンピュータに奪われるという予測を発表していました。2010年に出版した「コンピュータが仕事を奪う」(日本経済新聞社。2010)です。ところが日本では誰もこの警告をに受けませんでした。


出版直後、私は東京駅前の大型書店に、この本がどこに置かれているかを見に行きました。ビジネス書の棚をいくら探しても見当たらない。結局どこに置かれていたかというと、SFのコーナーでした。その事実に私は慄然としました。日本人はこのシナリオをSFだと思うのか、と。

実はそれこそが、「ロボットは東大に入れるか」というプロジェクトをスタートさせようと考えた最初の動機でした。これが近い将来に間違いなく起こる事実であることを日本人に1日でも早く伝えたい。そのために一人ひとりに準備をしてほしい。その焦燥感が「ロボットは東大に入れるか」というフレーズに結晶したのだろうと思います。



偏差値 57.1 の成績をとった東ロボくん


ロボットは東大に入れるか.jpg
国立情報学研究所ニュース(NII Today)No.60(2013.6)。特集「ロボットは東大に入れるか」の表紙

東ロボの成果については、No.196「東ロボにみるAIの可能性と限界」に紹介したのですが、復習のために本書から引用します。


初めて "受験" した2013年の代々木ゼミナールの「第1回全国センター模試」では、5教科7科目900点満点の得点は387点。全国平均の459.5点を大きく下回り、偏差値は45でした。

ところが3年後の2016年に受験したセンター模試「2016年度進研模試 総合学力マーク模試・6月」では、5教科8科目950点満点で、平均得点の437.8点を上回る525点を獲得し、偏差値は57.1まで上昇しました。

偏差値57.1が何を意味するのか、合否判定でご説明します。全国には国公立大学が172あります(模試時点での大学コード発番数)が、東ロボくんはそのうち23大学の30学部53学科で合格可能性80%の判定をいただきました。思わず、ガッツポーズがでるレベルです。

私立大学は587校あります。短期大学は含みません。そのうち512大学の1343学部2993学科で合格可能性80%です。学部や学科は内緒ですけれど、中にはMARCH(明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学)や関関同立(関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)といった首都圏や関西の難関私立大学の一部の学科も含まれていました。両拳を突き上げたくなるレベルです。

さらに、将来の2次試験受験にそなえて、数学と世界史の2科目だけ記述式の模擬試験にも挑戦してみました。駿台予備学校の「東大入試実践模試」と代々木ゼミナールの「東大入試プレ」です。どちらも東大合格を目指す全国の優秀な受験生が受験する模試です。「2015/2016第1回東大入試実践模試」の世界史の問題の一つは、西欧とアジアの国家体制の変遷について600字以内の論文を書く難問でした。この問題で、東ロボくんは配点21点中9点を獲得し、受験生平均の4.3を大きく上回り偏差値61.8を獲得しました。東ロボくんに拍手。さらに「2016年度第1回東大入試プレ」の数学〈理系〉の問題では6問のうち4問に完答し、偏差値は76.2。全受験者のトップ1%に入る成績です。東ロボくんに拍手喝采。

「同上」

ちなみに偏差値57.1だった「2016年度進研模試 総合学力マーク模試・6月」において東ロボくんの得意・不得意を偏差値でみると、得意科目は世界史Bの66.3、数学IAの57.8、数学IIBの55.5などです。一方不得意科目は英語(筆記)の50.5、国語の49.7です。

大学入試センター模試(2016)の成績
ベネッセコーポレーション「進研模試」
(カッコ内は2015年の成績)
  得点 全国平均 偏差値
英語(筆記) 95(80) 92.9 50.5(48.4)
英語(リスニング) 14(16) 26.3 36.2(40.5)
国語(現代文+古文) 96(90) 96.8 49.7(45.1)
数学 I A 70(75) 54.4 57.8(64.0)
数学Ⅱ B 59(77) 46.5 55.5(65.8)
世界史 B 77(76) 44.8 66.3(66.5)
日本史 B 52(55) 47.3 52.9(54.8)
物理 62(42) 45.8 59.0(46.5)
合計(950点満点) 525(511) 437.8 57.1(57.8)
朝日新聞(2016.11.15)
No.196「東ロボにみるAIの可能性と限界」
に掲載した表を再掲。

偏差値 57.1が何を意味するかですが、これは全受験生の上位20%に東ロボくんが入ったということです。逆に言うと全受験生の80%は東ロボくんより成績が下だったわけです。

もちろんこの程度では東大には入学はできません。東大の偏差値は77以上であり、入学できるのは全受験生の0.4%以下です。新井教授は、このまま東ロボくんを成長させたとしても「偏差値60は運がよければ達成可能かもしれないが、偏差値65は不可能」と言っています。なぜ不可能なのか、その説明が本書の一つの目的だと言ってもいいでしょう。

とはいえ、東ロボくんがMARCHや関関同立の一部学科に入学可能というのは重大な事実です。AIの技術は急速に進歩していて、生活のあらゆる側面に入り込みつつあります。我々はそういう時代に生きているという認識がまず必要です。



以下、東ロボくんの得意科目(世界史、数学)と不得意科目(英語)について、どうやって問題を解いているのか、その一端を本書から紹介します。


東ロボくん:世界史の攻略法


世界史のセンター入試の7割程度は正誤判定問題、ないしは正誤判定に帰着できる問題です。たとえば次のような出題です。


カロリング朝フランク王国が建国された8世紀に起こった出来事について述べた文として正しいものを、次のうちから一つ選べ。

ピピンはランゴバルド王国を滅ぼした。
カール大帝は、マジャール人を撃退した。
唐の大宗の治世は、開元の治と呼ばれた。
ハールーン・アッラシードの治世が始まった。
「同上」

分析の結果、正誤判定問題においては多くの場合で問題文の条件は無視できることが分かりました。上の問題でいうと「(カロリング朝フランク王国が建国された)8世紀」の部分です。つまりこの問題の場合、選択肢の①②③は条件を無視して正誤判定が可能であり、④だけで「8世紀」という条件が必要になります。そこで東ロボくんはまず、条件を無視して正誤を判定します。どうやっているかが以下です。

たとえば「②カール大帝は、マジャール人を撃退した。」が正しいか誤っているかですが、まずこの文を回答とするような質問文を作り出します。たとえば「②カール大帝は、○○○を撃退した。この○○○は何か」という質問文です。

次にオントロジーを利用します。情報科学で言うオントロジーとは「概念体系」であり、さまざまな概念と概念の関係性を表したものです。たとえば「ハールーン・アッラシードは人名である」「ハールーン・アッラシードはカリフの一人である」「マジャール人は民族である」などです。「死んだ人はそれ以降の事項を起こせない」というのもオントロジーです。

世界史攻略のためのオントロジーが手作りで作成されました。そのオントロジーを用いると先ほどの質問文は「②カール大帝は、この民族を撃退した。この民族とは何か」と書き換えられます。この質問のように、単語で答える質問を "ファクトイド" と言います。実はファクトイド型の質問に答えて一躍有名になった人工知能があります。IBMのワトソンです。



ワトソンは2011年に、アメリカのテレビのクイズ番組「ジェパディ!」で人間のチャンピオンに勝って大きな話題になったコンピュータ・システムです。この「ジェパディ!」で出題される問題がファクトイドなのです。本書にその例があります。


Mozart's last & perhaps most powerful symphony shares its name with this planet.

モーツァルトの最後の、そして最も力強い交響曲には、ある惑星の名前が付けられています。

「同上」

この質問の "this" が何かを答えるのが「ジェパディ!」です。ワトソンでやっているのは基本的には人間がやるのと同じような「情報検索」です。人間ならこの質問に答えるにはどうするか。検索語を慎重に選んで「モーツァルト 最後 交響曲」で Google検索をすると、トップに出るのは Wikipedia の「交響曲第41番(モーツァルト)」の項です(2018.6.1 現在)。その「概要」のところは「本作はローマ神話の最高神ユーピテルにちなんで『ジュピター』(ドイツ語ではユーピター)のニックネームを持つが、・・・・・・」という文章で始まります。これで正解が「ジュピター」だ分かります。もちろん「ジュピター」が惑星の名前でもあることを知っているのが前提です。

もっと一般的には、検索でヒットしたテキストに、検索につかった単語がどのように現れるかを調べます。複数の単語がテキストにどのように現れるかを「共起」といい、共起関係を使って文にあたりをつけ、その文に含まれる「惑星」のカテゴリの単語を調べます。

ワトソンは問題文を単語に分解し、構文解析をし、検索にかけるべき重要な単語を判断します。また「ジュピターは惑星である」というようなオントロジーを備えているので質問に回答できるというわけです。



東ロボくんが「②カール大帝は、この民族を撃退した。この民族とは何か」という質問に答えるのも、基本的にワトソンと同じです。その結果、答として最も高いスコア、3.2 を獲得したのは「アヴァール人」でした。一方、もともとの問題文にあった「マジャール人」のスコアは 1.1 であり、その差は 2.1 です。この結果、東ロボくんは「②カール大帝は、マジャール人を撃退した。」を誤文と判定しました。

この差の 2.1 が正誤判定をするに十分に大きな数値なのかどうか、それは世界史の過去問を機械学習して決めました。つまり過去問のスコアを東ロボくんに計算させ、正解(正か誤のどちらか)と照らし合わせて、どの程度のスコア差が正誤判定になりうるかを学習したわけです。このようなやり方で、東ロボくんの世界史の偏差値は 66.5 までになりました。



以上の「世界史の攻略法」でポイントになっているのは、世界史の模試で出題できる歴史上の事実が限定されていること、つまり高校3年までに学習する範囲に限られることです。従ってオントロジーも手作りで作成できます。しかし、世界史の全知識が対象だったり、「ジェパディ!」のようにさまざまなジャンルの問題が出題される場合には、手作りでは難しい。従って、Wikipedia の全情報から文脈を解析してオントロジーを自動的に作るというような技術が必要になります。

ともかくセンター模試の世界史の結果から分かるのは、限定された情報の範囲の問題に対する回答は、データを蓄積した上での情報検索や統計処理で好成績をあげられることです。


東ロボくん:数学の攻略法


一方、世界史と並んで好成績あげた数学は、世界史とは全く対照的な方法がとられました。それは「数学の問題を自然言語処理で数式に "直訳" し、数式処理で問題を解く」という方法です。具体的な方法は専門的になるので本書には書いてありませんが、統計的・確率的にやるのではなく、論理だけで回答するということです。

数学では東大模試(理系)で6問中4問に完答し、偏差値77.2という驚異的な成績をあげました。大学入試の最難関は東大の理科3類ですが、ここを突破する鍵は数学の成績です。理3を受けるような受験生は、他の科目では大した差がつきません。数学で差がつきます。6問中4問に完答というのは、数学だけでいうと理3突破ラインです。これを数式処理でやったというのは東ロボくんの大きなブレークスルーであり、世界的に誇れる成果でしょう。

要するに、正確で限定的な語彙からなる問題文であれば、現在主流の統計的な自然言語処理ではなく、論理的な自然言語処理と数式処理で解けるということです。従って東ロボくんが「論理」を使って解くのは数学と物理の一部だけです。

ただし数学が理3突破ラインだといっても、東ロボくんが理3に合格できるわけではありません。それは不得意科目があるからです。その代表が英語です。


英語攻略法:150億文を暗記させても・・・・・・


英語の攻略法も、世界史と同じ統計的手法です。つまり大量の英語の例文を暗記させて、その情報検索と統計処理で回答するわけです。2016年の模試の際には、500億単語からなる16億文を暗記させたといいます。英語の文法(=論理)は一切使いません。この統計的やりかたで語順整序問題(問題に示されている数個の単語を正しい順に並べて文の穴を埋める問題)は100%の正解が出るまでになりました。

しかし東ロボくんがつまづいたのは、複文(会話文)の穴埋め問題、会話文完成問題でした。その例が本書にあります。


次の会話の空欄に入れるのに最も適当なものを、①~④の中から1つ選べ。

Nate : We're almost at the bookstore. We just have to walk for another few minutes.
Sunil : Wait.(    )
Nate : Oh, thank you. That always happens.
Sunil : Don't you tie your shoe just five minutes ago ?
Nate : Yes, I did. But I'll tie it more carefully this time.

① : We walked fo a long time.
② : We're almost there.
③ : Your shoes look expensive.
④ : Your shoelace is untied.

(訳)
ネイト:もうすぐ本屋だよ。あと2、3分かな。
スニール:ちょっと。(    )
ネイト:サンキュー。よくあるんだよね。
スニール:5分前に結んでなかったっけ?
ネイト:だね。今度はしっかり結んどくよ。

① : 随分歩いたね
② : もうすぐだね
③ : いい靴だね
④ : 靴の紐ほどけてるよ

「同上」

もちろん正解は④ですが、東ロボくんは②を選んでしまいました。2016年の会話文完成問題の正解率は4割を切ったそうです。

仮にこの問題が日本語の訳文で出題されたら、中学生や小学生(高学年)でも正解できるでしょう。子どもでもできる常識推論の問題だからです。これがセンター模試に出題されるのは "問題文が英語で書かれている" からであり、その英語が正しく理解できているかをテストしているわけです。英語さえ理解できれば、あとは子どもでも可能な推論になる。ところが東ロボくんにとってはその常識推論が難しいのです。

常識をコンピュータに教えればいいのではと思われるかもしれません。靴には紐がある、紐はほどける、紐は結ぶ、といった常識です。しかし中学生レベルの常識でも膨大にあります。新井教授は、


私たちにとっては「中学生が身につけている程度の常識」であっても、それは莫大な量の常識であり、それをAIやロボットに教えることは、とてつもなく難しいことなのです。

「同上」

と書いています。AIの研究でよくぶつかる「常識の壁」です。自然な会話の流れというのは、会話のバックにある常識を前提としています。また、発言によって引き起こされる "常識的な" 人の感情を前提としています。その常識や感情をコンピュータに教え込むのが難しい。だからこそ東ロボくんは、膨大な英語の例文を集めて情報検索と統計処理で問題を解く方針にしたのです。

東ロボくんに教えた例文は、最終的には150億文になったそうです。それでも会話文完成の4択問題の正答率を画期的には上げられなかったと本書にあります。では、もっとたくさんの例文を集めたらどうか。それは新井教授によると「ビッグデータ幻想」だと言います。


「150億なんてとるに足らない。今後、その百倍、万倍のデータが手に入るようになる」と予想した方がいました。けれども、それもまたビッグデータ幻想です。もちろん、ネット上には毎日大量の英文が書き込まれています。ツイッターだけでも物凄い量です。ですが、先にも触れたとおり、人間にとっては同じ英語でも、AIにとっては、特許の文書の英語と新聞の英語、センター試験の英語問題の英語はまったく別物です。

センター英語の正答率を高めるのに必要なのは「間違いのないお手本のような英語」です。ツイッター上のやりとりで、「お手本のような日本語」が使われている割合を考えれば、英語で書かれたツイッターでも、それがいかに少ないかは容易に想像できます。そんなものはいくら増えても何の役にも立ちません。

正しい文章を書ける人が限定的であり、文章を書くのに時間がかかり、そして、画像の教師データを「水増し」するように、手本となる文から自動的に意味を変えずに、一万倍に増やす方法が見つからない限り、150億文を万倍にすることなどできません。

「同上」



東ロボくんがセンター入試をどのように解いているのかの説明はこの程度にして、以下は社会に広まるAIの強力さと限界についてです。


社会に広まるAI


現代社会にはAI技術が広く使われ出しています。その例を本書から紹介しますと、まず顧客と企業の接点となるコールセンターです。上の "ファクトイド" のところで説明した IBM のワトソンもコールセンターに使われています。


コールセンターの役割は、問題を解決することではありません。用意されたFAQ(よく聞かれる質問とその回答集)に沿って応答し、複雑な問題の場合は担当部署に転送するのが業務です。ワトソンの役割は、顧客の問い合わせが、FAQのどれに該当するのかをオペレータに伝えることです。ここで、お得意の検索能力が力を発揮します。

ワトソンの画面には、音声認識機能でテキスト化された顧客とオペレータのやりとりがリアルタイムで表示されているはずです。それとほぼ同時に、FAQのランキングも表示されます。その仕組みはクイズに正解するのと同じです。現在の技術では、問い合わせに対する応答を一つに絞ることは困難ですが、時々刻々と進んでいくやりとりを入力して、適切な応答に近そうな順序にランキングすることはできるのです。

オペレータは表示されたランキングの中から、最も適切と思ったFAQを選んで顧客に説明します。間違っていれば別のFAQを選んで応対するということを繰り返します。そして、ワトソンが提案したFAQが正解だった場合は「正解」のボタンをクリックする。その情報が蓄積されることで、ワトソンが自律的に学習し、さらに賢くなっていくという仕組みになっているはずです。

私は、先ほどから「そうなっているはずです」を連発しました。私は実際にワトソンが導入された現場を見たことがないからです。けれど、現在のAIの実力を考えるとそれ以外のユーザーインタフェースは考えられません。ワトソンを導入した某銀行の方にそう申し上げたら、「まったくそのとおりですよ。寸分違いません」と教えてくださいました。

「同上」

ワトソンに限らす、コールセンターにAI技術を導入する場合は基本的に同じやりかたです。そこで使われている技術は、音声認識(声のテキスト化)、テキストの形態素分析(単語への分解)、構文解析、機械学習を使った情報検索などです。コールセンターは企業にとって顧客との接点となる重要な部門であり、的確な回答をしたり、問い合わせが終わるまでの時間を短縮することが企業にとっての大きな価値となります。

コールセンターにAI技術が有効な理由は、東ロボくんが世界史の模試を得意としているのと同じです。銀行のコールセンターで扱われる情報は「銀行が個人向けに提供している商品・サービスに関する情報」に限られます。それは多岐に渡っていて複雑でしょうが、とにかく枠組みが限定されていて、そこで使われる言葉や概念も限定できる。そこがポイントだと思います。

とは言え、クイズに答えていたワトソンが銀行のコールセンターで使われるということは、AI技術の汎用性を示しています。



AI技術が使われている別の例は、機械学習とディープラーニング(深層学習)を使った画像認識です。画像に写っている物体を検知し、それが何かを判別します。これは自動運転の "眼" に当たる部分や、CT画像からの病気の診断、監視カメラによる不審者検知、工場における不良品検出などに応用が広がっています。なぜ画像の認識がうまくいくのか。本書では2つの要因があげられています。

画像は、部分の単純な和が全体という、コンピュータが処理しやすい性質がある。

たとえば画像にイチゴが写っていたとすると、画像を拡大・縮小・回転・移動させてもイチゴである。この性質を利用して機械学習における教師データを「水増し」できる。

人間が外界から受け取る情報の大部分は眼からといいますが、画像認識は機械が(コンピュータが)眼を持ったことに相当します。No.175「半沢直樹は機械化できる」の「補記2」にアマゾンのレジなし店舗(Amazon GO)の話を書きましたが、レジ係りを不要にしたのは画像認識技術です。まさに "AIが仕事を奪う" そのものです。しかし本書には、画像認識が本質的に抱えている問題点も指摘されています。

ハードウェア(画像センサーとコンピュータなど)が向上し、より精密が画像が扱えるようになったとき、機械学習の教師データを全部作り直す(=全データについて精密な画像を用意する)必要がある。

画像認識の仕組みの細部を理解すると、画像認識ソフトを「だます」画像を作れる。つまり、どんな画像でも画像認識ソフトがイチゴだと判断するように細工できる。この細工は人間の目には分からない。このような悪意による改竄を防ぐのは本質的に難しい。

このような "落とし穴" は、よくあるAIの解説では指摘されないことだと思います。


AIの限界:AIとは数学のことである


社会に急速に浸透しつつあるAIですが、AIにはできないことや限界があります。この限界はコンピュータの性能が足りないからではありません。本書にその象徴的な話が出てきます。


プロジェクトを開始して間もなく、ある機関から「東ロボくんに是非うちのスパコンを使ってほしい」というオファーを頂きました。折角ですから、東ロボプロジェクトの研究者に希望者を募りました。すると、全員が大変困った顔をして、「使い道がない」というのです。中でも数学チームの指摘は興味深いものでした。

そこそこのサーバを使って5分で解けない問題は、スパコンを使っても、地球滅亡の日まで解けない」
「同上」

もの凄い速度のコンピュータが登場したら、あるいは量子コンピュータが登場したら、人間の知性と同等の(あるいはそれを上回る)AIができるということではないのです。AIの限界は計算機のスピードの問題ではありません。なぜ限界があるのか。人間の知性と同等のAIはなぜできないのか。本書の説明を簡潔に一言で言うと、その理由は、

AIとは数学のことだから、または、
AIは徹頭徹尾、数学でできているから

となるでしょう。数学に帰着できる問題はAIで解ける。数学の問題は最終的には計算問題になり、その計算をやるのがコンピュータ(=計算機)です。従って、数学の言葉で表現できない問題はAIでも解けない。

数学の言葉とは「論理」と「確率」と「統計」です。「論理」とは、たとえば「A=B で B=C なら A=C である」という三段論法に始まって、こうだからこうなるという体系のすべてです。方程式、関数、幾何学、行列、微積分など、高校3年までに習う数学の大部分は「論理」の範疇です。

「確率」は、必ずそうなるのではなくランダムに発生する事象、不確実性をもって発生する事象を表現する数学の言葉です。

一方、世の中にみられる事象は、確実に起こるのでもなくと、かといってランダムに起こるのでもないことが多数あります。こういった現実を観測して得られたデータを説明する数学の言葉が「統計」です。

数学の言葉は「論理」と「確率」と「統計」の3つであり、それしかありません。先ほどの東ロボくんのセンター入試でいうと、世界史の正誤問題と英会話の穴埋め問題は「統計」「確率」で解き、数学は「論理」でアプローチしていることになります。

「論理」「確率」「統計」の言葉で表現できないものは数学になじまず、従ってAI技術の適用ができなくなる。その例としてはまず、問題の枠組み(=フレーム)がはっきりしないものがあります。問題を考える範囲やスコープが曖昧なものや、解くときの条件が不明だったりするものです。それが曖昧だったり不明だと、解くために考慮すべきことが膨大に広がってしまい、現実には解けなくなります。いわゆる、AIにおける「フレーム問題」です。

  ちなみに、フレーム(問題の枠組み)が厳格に決まっているのがゲームです。厳格に決まっているという条件があれば、囲碁のような複雑極まりないゲームでもAI技術を使ったコンピュータ囲碁プログラムが人間を凌駕できるのです(No.180-181「アルファ碁の着手決定ロジック」参照)。

東ロボくんが世界史が得意という理由はここにあります。入試の世界史は、基本的には、学習指導要領、指導要領に沿って作られた教科書、教科書の理解を助けるための参考書という情報から作問できるものに限られます。これらの考えうるすべの情報をコンピュータに入れることも可能です。つまり「枠組み」がはっきりしている。従って上で例をあげた正誤判定だけでなく、たとえば次のような東大の2次試験の問題(模試)にも東ロボくんは回答できます。


(東大2次試験:世界史模試)

17世紀の東アジアと東南アジア地域での海上交易の繁栄と停滞の変遷とその要因について、東アジアと東南アジア諸国の交易の方針とヨーロッパ諸勢力のこの地域をめぐる動向に留意しならがら600字で論じなさい。

「同上」

大変に "難しそうな" 問題ですが、東ロボくんは大丈夫です。最初の引用にあったように、このような東大の2次の論述問題で東ロボくんは偏差値61.8を獲得しました。

これと真逆なのが「英語の会話文完成」問題です。会話文完成に必要なのは、自然な会話の流れを判定するために高校3年生であれば誰もがもっているであろう「常識」です。これは範囲が極めて曖昧であり、常識を書き出していくと膨大になります。「英語の会話文完成」がAIにとって難しい理由がここにあります。

数学でできないことはAIでもできないのですが、数学でできないことの一つに「意味」の記述があります。意味が重要になるものは言葉です。発話には意図があり、発話に応じることは意味の理解があるわけです。


言葉には明らかに記号の羅列以上の「意味」があります。ところが「意味」は観測不可能です。

そういうと一部のAI研究者は猛然と反論します。たとえば、「机の上にりんごと鉛筆がある」という文に対して、実際に机の上にりんごと鉛筆がのっている画像を合成できたら、それはAIが文の意味を理解したことになると主張します。

本当にそうでしょうか。では「太郎は花子が好きだ」はどんな画像にするのでしょう。「本当にそうでしょうか」は? さらに言えば、「『太郎は花子が好きだ』はどんな画像にするのだろう」という文は? 「そんなことは不可能だろう」という文は?

「同上」

意味を記述できる数学の言葉はありません。もちろん分野を限定すれば可能でしょう。東ロボくんは東大の2次試験・数学で偏差値 76.2 という驚異的な成績をあげましたが、それは問題文をその意味まで含めて「論理」という数学の言葉で記述できたからでしょう。しかしそのやりかたを一般の言葉にまで広げることはできない。言葉の意味を記述しているが辞書であるように、自然言語の意味は自然言語でしか記述できないのです。

本書にはIBMのワトソンがみずほ銀行のコールセンターに導入され、また東大の医科学研究所にも導入されて病気の診断に使われていることが紹介されています。まったく違った業種に同じコンピュータシステムが導入できるということは、ワトソンは「意味」を関知せずに「統計」と「確率」を駆使した情報検索で動いているからです。

自然言語処理は、自動翻訳システムや質問応答システムを作るときに必須です。しかし、AIに文法などの言葉のルールを教えて論理的な推論で言語を扱う研究は、ことごとく失敗に終わりました。だからこそ「統計」「確率」で自然言語処理を行うのが主流になったのです。

  余談ですが、このブログで以前にマイクロソフトやグーグルの機械翻訳チームの話を紹介しました(No.173「インフルエンザの流行はGoogleが予測する」参照)。

  グーグルの機械翻訳グループでは、メンバーの誰一人として話せない言語の翻訳に取り組んでいる。マイクロソフトの機械翻訳部門の統計専門家らは、「言語学の専門家がチームから去るたびに翻訳の質が上がる」と皮肉る始末だ。── 『ビッグデータの正体』(2013)からの引用

毎年バンクーバーで開催されるTED(Technology Entertainment Design)という会議があります。「広める価値のあるアイデア」を世界中から集めてプレゼンテーションが行われます。5日間ぶっ通しのチケットは150万円ですが、発売と同時に売り切れるそうです。新井教授は 2017年4月のTEDに招かれて講演したのですが、同じセッションに、代表的な質問応答システムである Siri の開発者であるトム・グルーバーがいました。


2017年4月にTEDに招かれて講演したとき、同じセッションにSiriのメインエンジニアであるトム・グルーバーがいました。当然、Siriがいかに言葉を理解するようになったかとういう内容の講演になるはずでした。意図したわけではありませんが、東ロボくんの講演で私が先にAIがどんな風に世界史の問題を解くかのネタバレをしてしまったので、トムはきっと話しづらかっただろうと思います。彼はそっと私に声をかけました。「紀子、君が言っていることは正しい。AIは意味を理解しない」 ───。

「同上」



以上のことからすると「人間の知性と同等ベルのAI = 真の意味でのAI」はまず無理なことがわかります。なぜかというと、まず人間の知能の原理が解明されていないからです。


(人間の知能の原理を数学的に解明して、それを工学的に再現するという方法は)原理的に無理だと、多くの研究者が内心思っています。なぜか。人間の知能を科学的に観測する方法がそもそもないからです。自分の脳がどう動いているか、何を感じていて、何を考えているかは、自分自身もモニターできません。文を読んで意味がわかるということがどういう活動なのかさえ、まったく解明できていないのです。

脳にセンサーを埋め込んでも残念ながらわかりません。センサーでモニタリングできるのは電気信号や血流などの物理的な動きだけです。しかも、それすら、動物実験でさえ厳しく制限されている現代に、健康な人の脳に直接センサーを埋め込むことなど到底許されません。「こういう原理で動いているのではないか?」という仮説を立てても、測定結果と比較して妥当性を検証しなければ話になりません。人間の知的活動をリアルに測定する方法がないのですから、人間の知能の科学的解明というスタートラインにすら立てないのです。

「同上」

AIはいくらそれが複雑になって、現状より遙かに優れたディープラーニングによるソフトウェアが搭載されても、所詮、コンピュータに過ぎません。コンピュータは計算機ですから、できることは計算だけです。計算するということは認識や事象を数式に置き換えるということです。

つまり「真の意味でのAI」が人間と同等の知能を得るには、私たちの脳が、意識無意識を問わず認識していることをすべて計算可能な数式に置き換えることができる、ということを意味します。しかし今のところ、数学で数式に置き換えることができるのは、論理的に言えること、統計的に言えること、確率的に言えることの3つだけです。そして、私たちの認識をすべて論理、統計、確率に還元することはできません。

脳科学が随分前に明らかにしたように、脳のシステムはある種の電気回路であることは間違いなさそうです。電気回路であるということは、on か off か、つまり 0 と 1 だけの世界に還元できることを意味します。基本的な原理は計算機と同じかもしれません。それが、「真の意味でのAI」や「シンギュラリティの到来」を期待させている一面はあると思います。けれども、原理は同じでも、脳がどのような方法で、私たちが認識していることを「0、1」の世界に還元しているのか。それを解明して数式に翻訳することができないかぎり、「真の意味でのAI」が登場したりシンギュラリティが到来したりすることはないのです。

「同上」

科学者は科学の限界に謙虚でなければなりません。それを新井教授は次のように言っています。


科学や技術とは「なんだかよくわからないけれども複雑なこと」を、数学の言葉を使って言語化し、説明していく営みです。それと同時に、言語化できなかったことを、痛みをもって記憶することでもあります。そして、前者以上に後者が大切です。

・・・・・・・・・・

言語化し数値化し測定し数理モデル化するということは、つまり「無理にかたづける」ことなのです。かたづかる腕力を持つのと同時に、そこで豊かさが失われることの痛みを知っている人だけが、一流の科学者や技術者たりうるのだと思います。

・・・・・・・・・・

私が科学者として肝に銘じていることがあります。それは、科学を過信せず、科学の限界に謙虚であることです。

「同上」


AI技術によって人間の仕事がなくなる


AIは以上のように限界があります。しかしその一方でAIは極めて強力な技術であり、東ロボくんはセンター模試で全受験生の80%より上にランクされるほどの実力を持ちました。オックスフォード大学「雇用の未来」では広範囲(約半分)の仕事がAI技術で置き換えられると想定しています(No.175「半沢直樹は機械化できる」参照)。

考えてみると「新しい発明や技術の登場で仕事がなくなる」のは今に始まったことではありません。むしろ人類の歴史はその繰り返しでした。新井教授も指摘しているのですが「便利になる」ということを突き詰めて考えると、それは「労働を置き換える」ということです。そして新技術は人類全体としては恩恵が多く、新技術の登場以前よりも社会がより豊かになってきました。そのことから「AI技術で無くなる仕事があったとしても、人類全体としてはそれを乗り越えてより豊かな世界を築いていけるに違いない」という楽観論があります。

しかし、そうとも言えないのです。その理由は2つあって、1つはAI技術で無くなると想定される仕事が極めて広範囲であることです。従来の新技術は特定の仕事が無くなるタイプでした。たとえば自動車が発明されて御者が無用になるといった ・・・・・・。それと比較してAI技術では全仕事の半数が無くなる(だろう)と予想されているのです。

2番目の理由ですが、AI技術でより豊かな世界になるためには「AIではできない仕事」や「AIで無くなる仕事に代わって新たに発生する仕事」に人が適応できることが必要ですが、そこに疑問があるからです。AIが不得意な仕事とは、コミュニケーション能力や読解力や常識が必要な仕事であり、加えて人間らしい柔軟な判断が必要な仕事です。


AIの弱点は、万個を教えられてようやく一を学ぶこと、応用がきかないこと、柔軟性がないこと、決められた(限定された)フレーム(枠組み)の中でしか計算処理ができないことなどです。繰り返し述べてきたとおり、AIには「意味がわからない」ということです。ですから、その反対の、一を聞いて十を知る能力や応用力、柔軟性、フレームに囚われない発想力などを備えていれば、AI恐るるに足らず、ということになります。

では、現代社会に生きる私たちの多くは、AIには肩代わりできない種類の仕事を不足なくうまくやっていけるだけの読解力や常識、あるいは柔軟性や発想力を十分に備えているでしょうか。常識の欠如した人が増えてきているのは嘆かわしいことですが、大半の人が持ち合わせていなければ、それはもはや常識とは言いませんから、常識や無意識の人間らしい合理的判断は大半の人が持ち合わせていることにしておきます。問題は読解力を基盤とする、コミュニケーション能力や理解力です。

「同上」

その大切な読解力が危機的な状況にあると、新井教授が明らかにしています。新井教授は東ロボくんのプロジェクトと並行して、中高生を対象にしたリーティング・スキル・テストを実施しました。その衝撃的な結果を次回に紹介します。



本書「AI vs.教科書が読めない子どもたち」の前半(AIについて)の感想ですが、No.196「東ロボにみるAIの可能性と限界」にも書いたように、

  大学入試(模試)という極めて具体的なチャレンジを通して判明したAIの強みと限界が実証的に書かれている

ことに好感しました。大学入試という限定した範囲だけれども、入試は人の知的な営みの成果を示す重要なシーンです。それをテーマにして実験をした結果をもとに論が展開されている。世の中には根拠も示さず「AIが人間の脳を越える」などと吹聴する論説がよくありますが、それらとは一線を画した本です。科学の基本的な方法論にのっとって書かれた本、そこに価値があると思いました。


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No.232 - 定住生活という革命 [本]

No.226「血糖と糖質制限」で、夏井 まこと氏の著書である『炭水化物が人類を滅ぼす』(光文社新書 2013)のなかで、西田正規まさき氏(筑波大学名誉教授)の『人類史のなかの定住革命』(講談社学術文庫。2007)に沿った議論が展開してあることを紹介しました。今回はその西田氏の「定住革命」の内容を紹介したいと思います。


定住・土器・農業


まず No.194「げんきな日本論(1)定住と鉄砲」で書いた話からはじめます。No.194 は、2人の社会学者、橋爪大三郎氏と大澤真幸まさち氏の対談を本にした『げんきな日本論』(講談社現代新書 2016)を紹介したものですが、この本の冒頭で橋爪氏は次のような論を展開していました。

農業が始まる前から定住が始まったことが日本の大きな特色である。日本は、定住しても狩猟採集でやっていける環境にあった。世界史的には、農業が始まってから定住が始まるのが普通

定住の結果として生まれたのが土器である。土器は定住していることの結果で、農業の結果ではない。農業は定住するから必ず土器をもっているけども、土器をもっているから農業をしているのではない。
橋爪大三郎氏の論を要約
『げんきな日本論』より

日本の土器は極めて古いことが知られています。世界史的にみてもトップクラスに古い。この土器は農業とワンセットではありません。土器は定住とワンセットであり「定住+狩猟採集」が縄文時代を通じて極めて長期間続いたのが(そして、それが可能な自然環境にあったのが)日本の特色という主旨です。

人類史の中の定住革命.jpg
これはその通りですが、ここで問題は「世界史的には、農業が始まってから定住が始まるのが普通」としているところです。この認識は橋爪氏のみならず一般的なものでしょう。定住と農業はワンセットであり、それが人類史における革命だった、そこから "分業" や "階級" や "文化" や "都市" や "国家" が生まれた、つまり文明が生まれたというのが、我々が世界史で習う話だと思います。

しかし、そうではないというが西田氏の『人類史のなかの定住革命』で展開されている論です。人類史においては定住生活がまずあり、農業は定住に付帯して発達したものである。定住こそが人類史における(最初の)革命だった、というのが西田氏の論です。この論は人類史についてのみならず、人間とは何かについて深く考えさせられるので、以下にその内容を紹介します。以下の「本書」は『人類史のなかの定住革命』のことです。


遊動生活で進化した人類


"定住生活"(ないしは定住)の反対の言葉は "遊動生活"(遊動)です。本書ではまず、遊動生活がヒトの本来の姿だったことが述べられています。第1章の冒頭の文章です。


サルや類人猿などの高等霊長類は、互いに認知している100頭ていど以内の社会集団(単位集団)を形成し、その集団に固有な一定の地域(遊動域)を、毎日のように泊まり場を移りながら生活をしている。そして人類もまた、出現してからの数百万年を、遊動生活者として生きてきた。遊動生活の伝統は、人類が人類となるはるか以前から、実に数千万年の歴史を持っていることになる。

人類は、出現の初期の段階で二足歩行を始めるとともに、ヒト以前からの伝統であった樹上生活を捨てた。人類を特徴づけている道具の使用や狩猟採集経済、大脳の大型化、言語の使用などは、すべて直立二足歩行の出現に伴って派生した一連の進化史的出来事と考えられている。そして人類は、今からおよそ1万年前頃、人類以前からの伝統であった遊動生活を捨てて定住生活を始めた。

西田正規まさき
『人類史のなかの定住革命』
(講談社学術文庫 2007)

遊動生活とは、互いに認知している数十人の集団が、集団に固有な一定の地域(遊動域)を、泊まり場(=キャンプ)と次々と変え、狩猟採集で食料を得るというライフスタイルを言います。集団はその中に小集団を作ることがありますが、小集団の離合集散は自由であり、またメンバーが集団を離れて別の集団に移ることも自由です。

アフリカの大地溝地帯にいた初期人類が二足歩行を始めたのが約500万年だとすると(もっと古いという説もある)、1万年前に定住生活をはじめるまでの500万年の間、ヒトは遊動生活の中で進化してきたわけです。この間、道具の利用、道具を使った狩猟、火の使用、言語の使用、石器の高度化、撚糸よりいとと針と布の発明など、さまざまな進化がありましたが、これらのすべては遊動生活の中で培われたものです。

従来、定住生活を支える経済基盤として食料生産(農業)が重視されてきました。その背景には、遊動生活者が遊動するのは定住生活の維持に十分な経済基盤がなかったからという見方が隠されています。しかし本書は、遊動生活者は "定住したくても定住できなかった" というのは思いこみに過ぎないとしています。


人類は、長く続いた遊動生活のなかで、ヒト以前の遠い祖先からホモ・サピエンスまで進化してきたのである。とすれば、この間に人類が獲得してきた肉体的、心理的、社会的能力や行動様式は遊動生活にこそ適したものであったと予想することもできる。

そのような人類が遊動生活の伝統を捨てて定住することになったのである。とすれば、定住生活は、むしろ遊動生活を維持することが破綻した結果として出現したのだ、という視点が成立する。この視点に立てば、定住化の過程は、人間の肉体的、心理的、社会的能力や行動様式のすべてを定住生活に向けて再編成した、革命的な出来事であったと評価しなければならないだろう。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

ここで引用した部分が『人類史のなかの定住革命』の核心の部分です。ここで述べられている視点に立って人類の歴史を眺めてみると、新たに見えてくるものが多数ある。その "見えてくるもの" を、西田氏の縄文時代の研究と世界の人類学者の調査データを駆使して展開したのが本書です。



そもそもなぜ遊動するのか、遊動の理由は何かと問うことが重要です。世界には現在も遊動生活で狩猟採集を行っている人たちがいます。No.221「なぜ痩せられないのか」でとりあげたアフリカ、北タンザニアのハッザ族がそうでした。男たちはキリンやヒヒを狩り、女たちがイモを掘る。これが彼らの「経済基盤」になっています。アフリカではブッシュマン族やピグミー族もそうで、また東南アジアや南アメリカにも遊動生活者がいます。本書ではこれらの遊動生活者の研究データを総合し、「遊動する理由」を次のようにまとめています。

 遊動することの機能や動機 

 ◆安全性・快適性の維持
風雨や洪水、寒冷、酷暑を避けるため
ゴミや排泄物の蓄積からのがれるため

 ◆経済的側面
食料、水、原材料を得るため
交易をするため
共同狩猟のため

 ◆社会的側面
キャンプ構成員間の不和の解消
他の集団との緊張から逃れるため
儀礼、行事を行うため
情報の交換

 ◆生理的側面
肉体的、心理的能力に適度の負荷をかける。

 ◆観念的側面
死、あるいは死体からの逃避。
災いからの逃避。

普通、遊動生活=狩猟採集と言われるように、食料の確保が遊動の理由と考えれています。狩猟であたりの動物が減ったり、キャンプ周辺のイモを掘り尽くしたら他の地域に移動する。それを順々にやると遊動生活になります。もちろん狩猟採集による食料確保は重要ですが、遊動する理由はそれだけではありません。遊動生活者の研究からわかることは、遊動の理由は極めて多岐に渡っていることです。


こうしてみると、遊動生活において移動することのはたしている機能は、生活のすべてに深く関わっていることが明らかである。そうであるなら、当然のこととして、遊動生活者が定住するとなれば、遊動することがはたしていたこれらの機能を、遊動に頼らないで満たすことができる、新たな手法をもたなくてはならないのである。定住生活が出現するためには、それらの条件がそろっていなくてはならない。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

遊動生活の理由を狩猟採集による食料確保のためと考えてしまうと、定住による食料生産(=農業)ができなかったから遊動したのだ、となります。しかし遊動するのは食料確保のためだけではないのです。この視点が本書のまず大切なポイントです。


定住生活の環境要因


「定住化の過程は、人間の肉体的、心理的、社会的能力や行動様式のすべてを定住生活に向けて再編成した革命的な出来事」とする本書の立場からすると、定住を促した何らかの要因あると予想できます。それは氷河期の終了にともなう中緯度地域の環境変化でした。

最終の氷河期は、約7万年前に始まったヴュルム氷河期です。氷河期における中緯度地域は寒帯ないしは亜寒帯であり、草原が広がり、木々もまばらな疎林の状態でした。しかしヴュルム氷河期も1万5000年前あたりから終わりを告げます。途中に "寒の戻り" がありましたが、1万年前になると地球はすっかり温暖化し、中緯度地域は現在のような温帯になりました。この温暖化に伴って中緯度地域には森林が広がってきて、これが人類の食料確保に大きな影響を与えました。定住の考古学的証拠がみつかるのは温暖化に向かう時期です。


氷河期の中緯度地域には、亜寒帯的な草原や疎林に棲むトナカイ、ウマ、バイソン、マンモス、オオツノジカ、ウシなどが広く分布し、後期旧石器時代の狩猟民は、これら大型有蹄ゆうてい類の狩猟に重点を置いた生計戦略を持っていたと予想されている。

しかし氷河が後退し、草原や疎林に代わって温帯性の森林が拡大してくれば、これらの有蹄類は減少するし、またそれまでの、視界のきく開けた場所で発達してきた狩猟技術は効果を発揮しなくなるだろう。草原であれば、数キロメートルもはなれた獣を発見することもできるが、森の中では100メートル先の獣を見ることさえできない。しかもこの森に棲む獣は、アカシカやイノシシなど、氷河期の大型獣からすればいずれも小さな獣である。発見がむずかしいばかりか、障害物の多い森の中では、それまでの開けた環境では効果的であった槍を投げることもできず、たとえ獲物を倒しても肉は少ないのである。

中緯度地域における温帯森林環境の拡大は、旧石器時代における大型獣の狩猟に重点を置いた生活に大きな打撃を与えたに違いない。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

中緯度地域が森林化することによって狩猟が不調になると、魚類資源や植物性食料への依存度が深まることになります。その内容が以下です。


魚類資源の利用と定住化


まず、野生動物にかわる蛋白源としての魚類が重要になります。以前の旧石器時代でもヤスやモリは使われていましたが、これらは大量のサケが川に遡上するような季節でしか効率的な漁具ではありません。

これに対して新たに出現したのはヤナ(梁)、ウケ(筌)、魚網などの定置漁具、ないしは定置性の強い漁具です。ヤナは、木や竹での子状に編んだ台を川や川の誘導路に設置し、上流から(ないしは下流から)泳いできた魚が簀の子にかかるのを待つ漁具です。ウケは、木や竹で編んだカゴを作り、魚の性質を利用して入り口から入った魚を出られなくして漁をするもので、川や池、湖、浅瀬の海に沈めて使われました。ヤスやモリで魚を突くのは大型の魚にしか向きませんが、定置漁具は小さな魚に対しても有効です。こういった定置漁具の発明が定住化を促進しました。これらの定置漁具の有効性を、本書では次のようにまとめています。

定置漁具の制作には繊維や木材を加工する高度な技術が必要であり、多くの時間と労力が必要である。

魚類資源は、陸上で主な狩猟対象となる動物と比較して単位面積あたりの生産量がはるかに大きく、しかも高緯度地域以外では年間を通じた漁獲が期待できる。

陸上動物の狩りや魚類の刺突漁は、獲物を探し、追跡し、接近して倒し、しかもそれを持ち帰らなくてはならない。こに比べて定置漁具は魚類の行動を利用した自動装置であり、必要な労力がはるかに少ない。多くの場合、その活動は単純な作業の反復で構成され、高度な熟練や体力のない女性や子ども、老人であっても行うことができる。

上の単位面積あたりの生産量のところですが、その例が本書にあります。現在の日本の湖における漁獲量は、琵琶湖で14.3トン/km2/年、中海(島根県)で37トン/km2/年です。一方、シカの生存量は700kg/km2程度と推定され、資源が枯渇しない程度に捕獲できるのは年間に20%程度とされているので、140kg/km2/年となります。縄文時代に狩られたシカ、イノシシ、サル、クマなどを合わせても数100kg/km2/年です。これと比較すると漁業資源は数10倍の量となります。漁撈は、漁具の制作に多くの労力を投下しても十分見合う漁獲が得られるのです。


ナッツ類の利用と定住化


植物性食料への依存度が深まったとき、広く利用されたのが「ナッツ類」です。ここで言うナッツとは食用になる木の実全般を言います。ナッツには、"油性ナッツ" と "デンプン質ナッツ" があります。

油性ナッツは、ハシバミ(実はヘーゼルナッツ)、ピーナッツ、アーモンド、クルミ、ピスタチオ、マツの実などで、カロリー値が高く、加熱調理をしなくてもそのままで食べられます。これらは氷河期から中緯度地域にあったものです。

一方、デンプン質ナッツは温帯森林の広がりに伴って増加したもので、クリ、各種のドングリ類、ヒシの実(水草であるヒシの実)、トチの実などです。食べるには加熱調理するか、ないしは粉にする必要があります。ただし油性ナッツより大量に食べられる。

これらナッツ類の特徴は、中緯度地域においては収穫の時期が限られることです(主に秋)。従って1年を通してナッツ類を食料にしようとすると食料保存の必要性がでてきます。特に冬は食料の採集ができないので越冬食料の保存が必須です。また漁撈も、川を遡上する魚に依存すると、それは季節性があるので穫った魚を保存する必要があります。こういった「季節性のある環境での食料保存」が定住を促した要因になりました。

また、温暖期の遺跡からはデンプン質ナッツの大量調理を示す遺物である土器や石皿(臼として使う)、磨石が出土します。これらの携帯できない道具、あるいは携帯に不便な道具も定住化を促進した要因です。なお、石器による時代区分から言うと、この時期は新石器時代の始まり(約1万年前)と一致します。



以上の、定置漁具の使用、食料保存の必要性、土器などの携帯できない道具の使用が、遊動生活から定住生活に向かった理由になりました。

定住イコール農業ではなく、農業は定住の結果として派生したものというのが本書の立場です。その農業が始まった時期は地域によって違います。西アジアが最も早く、中国やヨーロッパが続きました。日本列島では定住・狩猟採集生活の縄文時代が約8000年続き、弥生時代になって農業が始まりました。以上を概観した図が次です。

中緯度森林定住民の分布.jpg
中緯度森林定住民の分布

図にある後氷期とは、氷河期が終わって現在まで続く期間のことである。農耕が普及して社会が大型化する時期は、地域によって差異がある。農耕はまず西アジアで始まり、中国・ヨーロッパ・インドから日本・シベリア・北米東海岸と進んだ。北海道という記述があるが、北海道で非農耕社会が近代まで続いたことを言っている。
「人類史の中の定住革命」より


定住が文化を産んだ


「定住化の過程は、人間の肉体的、心理的、社会的能力や行動様式のすべてを定住生活に向けて再編成した革命的な出来事」とするのが本書の立場ですが、では具体的にどのような "定住生活に向けた再編成" が必要だったのでしょうか。その再編成では、上に述べた「遊動することの機能や動機」を別の形で実現しなければなりません。本書ではそれが6点にわけて書かれています。

 環境汚染の防止 


遊動生活をしている人類、霊長類は、食べ物の皮や残りカス、排泄物のゆくえについてほとんど注意を払わない。遊動生活の大きな利点は、あらゆる種類の環境汚染をキャンプの移動によって消去できることである。

よく言われるように、移動することは、歩くことのできない病弱者にとっては困難なことであり、生存のチャンスを減少されせることでもあるだろう。しかし、生態学的な視点に立って言えば、病弱個体が存在することは環境汚染の明らかな徴候と見ることもでき、その個体を捨て去ることで、健康で活動的な集団を維持することにもなる。病弱者を見捨てることが、たとえどれほど酷であったとしても、人類もまた生態学的な原理の範囲のなかでしか生存しえないことは認めなければならない。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

定住するとゴミや排泄物をどうするかが問題になります。またノミ、ダニなどの寄生虫や病原菌の増加も避けられず、定住地を清潔に保つことが必須になります。


日常の生活でもっとも大きな問題は、ゴミや排泄物の蓄積による環境汚染である。定住生活者はこれを、清掃したりゴミ捨て場や便所を設置するなどして防がなくてはならないのである。しかし、数千万年の進化史を遊動生活者として生きてきた人類にとって、このような行動を身につけることは決して容易なことではない。我々が幼児に対して、まず排泄のコントロールを、そしてゴミの処理について、数年にもわたってしつこく訓練しなければならないのはそのためである。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

人間だけではありません。清潔と排泄物のコントロールは、定住する動物ずべてが備えていなければならない行動様式です。巣を作る動物はたくさんいますが、常に巣の中を清潔に掃除し、また巣の外の一定の場所で排泄する行動を本能的にしています。イヌやネコに排泄をしつけるのが容易なのも、本来、巣の中で成長する動物だからです。一方、ヒトは「数千万年の進化史を遊動生活者として生きてきた」ので簡単ではないのです。定住によってゴミの処理が変わったことが縄文時代の遺跡に研究から推測できます。


縄文時代の遺跡には、火災によって放棄された住居跡が発掘されることがあるが、そのような住居の床には、それまで使用されていたと見られる土器や石器はあるものの、ゴミが散乱していることはなく、割れた土器や石屑、食料のカスなどは、住居の外にまとめて捨てられているのが普通である。

これに対して、縄文時代以前の旧石器時代の遺跡では、キャンプの場所であったと思われるたき火の周囲に、石屑や獣骨が散乱した状態で出土することが多く、捨てられている石屑の量もそれほど多くない。彼らは、こまめに掃除する人ではなかったし、キャンプ地の環境が悪化すれば、それを処分するのに労力をかけるよりも、むしろ移動してしまう人びとだったと解釈できるのである。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

 住居と木材の加工 


定住するには、年間を通じての気候変化に耐える耐久性のある住居が必要である。遊動生活者の住居は、数時間の作業によって作れる簡単なものであるが、定住者は、少なくとも数日から数十日もの労力をかけて家屋を作る。

耐久性のある屋根材は重く、それを支えるためには太い柱を立てなくてはならない。定住生活者が出現してきた新石器時代を代表する磨製石斧せきふは、こういった木材加工技術の存在を象徴的に示すものである。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

磨製石斧せきふは住居を作るためだけでなく、燃料=薪をつくるため木の伐採に使われました。遊動生活では、あたりの枯れ木を拾い集めれば薪になります。しかし定住生活はそれでは成り立たず、定住地周辺の樹木を伐採する必要があります。磨製石斧はそれを効率的に行えるのでした。

 経済的条件 

住居と環境維持の他に、定住生活では水、食料、エネルギー源(薪)の調達が必要です。


定住生活の維持には、集落の近くに年中使える水場があり、必要な薪が採集でき、そして、そう遠くない範囲のなかで必要な食料のほとんどが調達できなくてはならないのである。その範囲は、資源の密度、獲得の技術、人の運搬能力や移動能力にかかわることである。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

現代のアフリカの狩猟採集民の研究から、彼らの1日の行動範囲はいくら広くてもキャンプから10km以内とされています。定住を始めた人類も、この範囲内ですべての水や食料を調達する必要があったはずです。先にあげた定置漁具による漁撈やナッツ類の利用はそれを可能にするものでした。本書には定住に伴って人間と植物の関係が変化し、植物が定住地周辺で次第に "栽培化" していくことが、縄文時代の遺跡の研究から詳述されているのですが、それは割愛します。

 社会的緊張の解消 

いままでの「環境汚染の防止」「住居と木材加工」「経済的条件」は、定住した人間が生きていくための生理的条件からくる要請でした。しかし以降は、人間のメンタルな面、精神活動における「定住の条件」です。このあたりが本書の主張の大きなポイントでしょう。


定住社会にあっては、集落構成員の間に不和や不満が生じたとしても、当事者は簡単に村を出ることができず、それがさらに蓄積する可能性が強い。したがって、定住社会は、不和が激しい争いになることを防ぐためのいっそう効果的な手法を持たなくてはならない。このような要請は、権利や義務についての規定を発達させるであろうし、また、当事者に和解の条件を提示して納得させる拘束力、すなわち、なんらかの権威の体系を育む培地となるだろう。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

 死者との共存、災いとの共存 


死、あるいは死体が人に恐怖感をもたらすとしても、定住者はそれを村において逃げることもできない。したがって定住者は、死体あるいは死者ととの緊密な地縁的関係を持たざるを得ないのである。多くの定住民が採用しているその一般的な形式は、死者が住む領域として、村の近くに墓地を割り当て、死者と生者が住み分け的に共存を図ることである。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

死者を葬るということは遊動生活でも行われていました。最も古くはネアンデルタール人(約40万年前~2万数千年前)が埋葬をしたことが確認されています。しかし遊動民と定住民では、死者と生者の関係がおのずと違ってきます。


消滅する死体とは別に、死者の霊が死体から離れて他の世界に飛び去るという観念が多くの民族に共有されている。そしてしばしば、死者霊の他界への飛翔を全うさせるために、多大な労力をかけた複雑な儀式がおこなわれる。このような観念的な操作も、そもそも死者から遠く逃れることのできる遊動民の社会にあっては、それを高度に複雑化させる動機を持たないと考えてよいだろう。そして定住民は、そのような観念操作を向ける目標として、墓標を立てたり墓地を囲うなどして、ことさらその場所の特異性を強調するのである。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

死以外にも、病気、怪我、事故など、人間にとっての "災い" は多く、それらは恐れの対象となります。遊動民であれば "災い" が起こった場所には近づかないという生活様式が可能です。しかし定住民の "災い" は定住地で起こるのであり、災いから逃げることができません。従って災いの原因を神や精霊に求め、災いの原因となった邪悪な力を定住地から追放しようとしたり、あるいは神や精霊の怒りをしずめようとします。これによって定住地が "浄化" される。このような手続きも定住化の帰結として発達するのです。本書の冒頭は次のように始まっています。

  不快なものには近寄らない、危険であれば逃げていく、この単純きわまる行動原理こそ、高い移動能力を発達させてきた動物の生きる基本戦略である。

定住生活は「不快なもの」や「危険なもの」との共存が前提です。「高い移動能力を発達させてきた動物の生きる基本戦略」とは異質な生活に入るのが定住の意味です。

 心理的負荷の供給 

この「心理的負荷の供給」という項は「定住革命論」の中でも大変重要なものでしょう。つまり、狩猟採集の遊動民はキャンプを移すたびに見える風景が変化するわけです。新たな地域において食用の植物はどこにあるか、獲物はどこにいるか、薪はあるか、危険な獣はいないかなど、感覚を研ぎ澄まし、探索します。このような条件においては人間の脳の力が最大限に発揮されます。人類は数百万年前から遊動民として生活し、その中で進化し、脳を発達させてきました。しかし定住するとこの条件が一変します。


定住者がいつも見る変わらぬ風景は、感覚を刺激し、探索能力を発揮される力を次第に失わせることになる。定住者は、行き場をなくした彼の探索能力を集中させ、大脳に適度な負荷をもたらす別の場面を求めなくてはならない

そのような欲求が、どんな場面に向けられるのか予見することはきないにしても、定住以後の人類史において、高度な工芸技術や複雑な政治経済システム、込み入った儀礼や複雑な宗教体系、芸能など、過剰な人の心理能力を吸収するさまざまな装置や場面が、それまでの人類の歴史とは異質な速度で拡大してきたことがある。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

定住者は物理空間を移動するのではなく、心理的空間を拡大し、その中を移動することによって感覚や脳を活性化させ、本来持っている情報処理能力を働かせてきました。それが人類史に異質な展開をもたらしました。それは縄文時代にも顕著です。


縄文時代の定住者は、生計を維持するための必要性を超えたさまざまな遺物や遺構を残している。装身具や土偶、土版、石棒、漆を塗った土器や木器、過剰な文様の土器、環状列石など、いくらでもその例を見ることができるであろう。それは石器や石屑、焼け石など、生活に必要なごく実用的な遺物の多い旧石器時代の遺跡のあり方とは、きわだった対照をなしているのである。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

「生計を維持するための必要性を超えたさまざまな遺物」から一つだけ土版どばん取り上げると、土版とは楕円形、ないしは四角の土製の板で、何らかの呪術的目的のものです。秋田県鹿角かづの市の「大湯 環状列石」から出土した土版は、大湯ストーンサークル館に展示してあります。明らかに人体を表し、かつ数字も表現しています。

大湯環状列石から出土した土版.jpg
大湯 環状列石から出土した土版

大湯ストーンサークル館に展示さている土版の表(左)と裏(右)。1個~6個の穴で人体を表している。裏側の左右3つずつ穴は耳だと考えられている。
(site : jomon-japan.jp)



以上が「人間の肉体的、心理的、社会的能力や行動様式のすべてを定住生活に向けて再編成した」内容です。本書では以上を次のようにまとめています。


定住者は、家や集落の清掃に気を配り、丈夫な家を建て、ごく限られた行動圏内で活動し、社会的な規則や権威を発達させ、呪術的世界を拡大させるといった傾向を持つことになる。このように考えてくると、従来、ともすれば農耕社会の特質と見なされてきた多くの事柄が、実は農耕社会というよりも、定住社会の特質としてより深く理解できるのである。

西田正規
『人類史のなかの定住革命』

本書では「狩猟採集・定住社会」であった縄文時代の詳しい分析が展開されています。また定住以外の話題もあって、たとえば動物を「口型」と「手型」に分類し、人間を「手型動物の頂点」ととらえることによって人類の起源が考察されています。さらに言語の起源、家族の起源、分配の起源に関する考察もあります。このあたりは割愛したいと思います。


遊動生活で進化した人類


これ以降は本書の感想です。

現代は定住社会であり(というより1万年前からそうであり)我々はそれを何の疑いもなく受け入れています。遊動生活というのは、ふつう考えられません。"住所不定" は "犯罪者" とほぼ同一の意味で使われているほどです。世界には現代でも遊動生活を送っている人たちがいて、たとえば国境をまたいで転々としている旅芸人の集団や牧畜民がいたりします。そういう人たちは現代社会としては "困った存在" で、政府は定住させようと躍起になっている。

しかし人間は遊動生活で進化してきたという西田氏の指摘は、あたりまえのことながら改めて言われてみると斬新に感じます。人間の知恵の発揮や工夫、探求などの脳の力は遊動生活で培われた。

脳の働きだけではなく、体の構造や機能もそうです。ちょっと余談になりますが、遊動生活で連想したのが空間把握能力です。No.184「脳の中のGPS」では、脳に備わっている「自己位置把握能力」のことを書きました。また No.50「絶対方位言語と里山」ではオーストラリア原住民の "デット・リコニング能力"(=遠く離れても家の位置が分かる能力)のことを書きました。もちろん、こういった空間把握能力は定住生活でも必要ですが、遊動生活においてより必須のものでしょう。

そういう人間が定住してしまった。定住したから逆に「精神世界での遊動、心理的な遊動」を求めるようになったという指摘や、定住したからこそ権威や宗教(呪術)やルールが発達したというのは、なるほどと思いました。特に、定住生活を水・食料・薪・住居といった物理的・経済的側面だけから考えるのではなく、人の精神活動にまで広げてとらえているのが説得的です。

我々は、あくまで漠然とですが "遊動生活" へのあこがれがあるのだと思います。読書、芸術、映画などの文化装置が提供する「精神世界・心理世界での遊動」だけではもの足らず、物理的でリアルな遊動を求める。西田氏が指摘しているように、遊動・狩猟採集生活では常に神経を研ぎ澄ませているわけです。刺激も多い。我々はそういった意味での "脳の活性化" にあこがれる。現代人にとっての「旅行」の意味は(ないしは、旅行が現代の大産業になっている意味は)そこにあるのかと思いました。

ちなみに本書を読んで思い出したのが、動物園のサル山のニホンザル(あるいは自然動物公園のニホンザル)です。野生のニホンザルは遊動生活ですが、サル山のニホンザルは人間が定住生活をいています。そういう定住生活は「不和の当事者に和解の条件を提示して納得させる拘束力、すなわち、なんらかの権威の体系を育む」と、西田氏は書いています。定住ニホンザルの場合、この「なんらかの権威の体系」とは明らかに "ボスザル" ですね。ボスという存在は定住生活のニホンザル特有のものと言われています。まさに西田理論を補強しているようだと思いました。


西欧中心史観から離れる


我々は歴史の教科書で「農耕=定住=文明」のように学ぶのですが、これはやはり西欧中心史観でしょう。本書を読んでそう思いました。どの民族にとってもそうですが「歴史」は何らかのストーリーでもって自分たちのルーツから現在までを構成したものです。西欧からすると自分たちのルーツをメソポタミア文明に置くのが分かりやすい。つまり、中東における農耕(小麦栽培)の開始 → メソポタミア文明の発生 → エジプト → ギリシャ → ローマ → 西欧全体へと文明が伝播したのが歴史のメイン・ストリームであり、その他としてインドも中国もアラビアもあった、みたいな物語です。

しかし本書にあるように、中東(いわゆる肥沃な三日月地帯)は定住と農耕がきわめて近接して発生した地域で、それは世界的にみると必ずしも一般的ではありません。日本列島では「定住・狩猟採集」が縄文時代の約8000年間続いたわけです。その間に豊かな文化が生まれた。西欧中心史観からすると「定住・狩猟採集」は何となく "遅れている" ように(暗黙に)感じてしまうのですが、決してそんなことはないわけです。

"文化" は英語で culture ですが、これは cultivate(耕す)と同じ語根の言葉だということは良く知られています。これを根拠に「農耕が文化」と、我々は刷り込まれてきたわけです。しかし「耕す」という言葉に「文化」の意味を持たせてしまったのはあくまで西欧なのですね。農耕が文化をもたらしたというのは "西欧の受け売り" なのでしょう。

ここでよく考えてみると、英語には habit(習慣)という言葉がありました。habit はラテン語の「保ち続ける」の意味から派生していますが、同じ語根の inhabit は「住む」という意味です。また habitable は「居住可能な」という意味です(No.204「プロキシマb の発見とスターショット計画」参照)。つまり英語は、

  定住 → 習慣
  農業 → 文化

という言葉の構造であり、これは大変に暗示的だと思います。習慣(habit)とは「後天的に身につけた、繰り返される行動様式」のことで、人間のライフスタイルでは文化よりもっと根源的・基本的なものです。「農業」以前の根源的なものとして「定住」がある ・・・・・・。そういう示唆のように思いました。


脳は生産性を追い求める


『人類史のなかの定住革命』で書かれている食料獲得の変遷を巨視的に眺めてみると、人類の歴史は「食料獲得の生産性を追求してきた歴史」だと言えるでしょう。つまり「できるだけ少ない労力とコストで、できるだけ多くの食料やカロリーを得ること = 生産性」を人類は追求してきたわけです。

狩猟採集生活において陸上動物を狩るとすると、それは大型動物の方が効率的です。ウサギやネズミを狩るより、シカ、ウマ、ウシ、マンモスを狩る方が生産性が高い。人類は狩猟道具を工夫し、チームワークで大型動物を狩ってきました。崖にウマの群を追い込んで突き落とし、一挙に狩るようなこともあった。

大型動物が絶滅してしまったり気候変動でいなくなると、漁撈に向かう。本書に書いてあるように魚類の方が動物より生息密度が圧倒的に高いわけです。しかも定置漁具を発明・工夫して生産性をあげる。現代まで産業として続いている狩猟採集は漁業だけですが、なぜ続くかのというと、器具さえあれば現代でも成り立つほど生産性が高いからです。

植物性の食料では、定住生活においてデンプン質ナッツの利用が始まります。そのままでは食べられないドングリやクリの実を大量に集め、土器で加熱し、あるいは石皿・臼ですりつぶして利用する。デンプン質ナッツは油性ナッツと比べると大量に食べられるので(本書の指摘)、コスト(採取の労力)・パフォーマンス(得られるカロリー)が高いのですね。

その次に起こったのが小麦(イネ科穀物)の利用=農業です。小麦はナッツとは違って1年性の草本であり、種を蒔けばその年のうちに収穫できます。本書にも書いてありますが、クリやクルミは他家受粉するので品種を固定するのが困難です。しかし小麦(や稲)は自家受粉です。突然変異体を見つければ、それを選別して育種することで品種改良ができる。現在の小麦や稲は実が熟しても飛び散らないという、植物の本来の姿とはかけ離れたものですが、これは人間が収穫しやすいように選別したからそうなるのですね。

いったん高生産性が実現すると、それが前提の生活や社会になり、後には戻れず、より高い生産性を追求し続けるようになります。この "追求" の影の部分として、自然環境の破壊がありました。氷河時代にいた数々の大型動物は人類の狩りで絶滅しました(No.127「捕食者なき世界(2)」参照)。農業が文明の始まりとされているのですが、紀元前数千年の古くから文明が発達した地域は、現在ほとんどが回復不可能な荒野です。その環境破壊は現代も続いています。人間の脳は飽くことなく生産性を追求してきた。そんな感じがします。



なぜ人類は定住化に向かったのか。それは環境の変化による狩猟の不調という要因があるのでしょうが、より高い生産性を求めたからとも考えられると思いました。それは人類の探求心と工夫のたまものであり、その脳の働きは遊動生活で培われた。そいういう見方ができると思います。




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No.231 - 消えたベラスケス(2) [アート]

前回から続く)

前回に引き続き、ローラ・カミング著『消えたベラスケス』(五十嵐加奈子訳。柏書房 2018)の紹介です。


フランシスコ・レスカーノ


この絵は No.19「ベラスケスの怖い絵」で、スペイン宮廷にいた他の低身長症の人たちの絵とともに引用しました。

Francisco Lezcano.jpg
フランシスコ・レスカーノ
(1636-38:37-39歳)
107cm × 83cm
プラド美術館


岩に腰かけたその小柄な男の絵を見るとき、私たちは視線を上に向けなければならない。絵がその人物を持ち上げている。宮廷という陰鬱な牢獄から遠く離れ、スペインの山岳地帯にいる彼は、ベラスケスの絵の中で太陽の光に包まれている。

彼の名はフランシスコ・レスカーノといい、バルタサール・カルロス王子が4、5歳のときに、遊び相手として宮廷に雇われたと伝えられる。ともに過ごした年月で、小人であるレスカーノと幼い王子の背丈がちょうど同じになった時期があったことだろう。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.105

ボストン美術館にベラスケスが描いた『バルタサール・カルロス王子』の肖像がありますが(No.19「ベラスケスの怖い絵」に画像を掲載)、その左横に描かれているのがフランシスコ・レスカーノです(プラド美術館の公式カタログによる)。王子とほぼ同じの背丈であり、額が出っぱったレスカーノの顔の特徴がよくわかります。


レスカーノは、やさしい性格で誰からも好かれていた。深緑色の服を着た若者が彼だと言われているのは、その絵から、まさしく夢見るようなやさしさが感じられるからだ。しなやかな髪、半開きの口、画家をよく見ようと少し上に向けた顔。カンヴァスからは、心身の温もりとともに、二人の間の共感エンパシーが伝わってくる。小人の表情はやさしく、ベラスケスの筆致もまたやさしい。この肖像画は慈愛に満ちている。

レスカーノの小さな手には、何かを象徴するように、ごく小さな本が握られている。もしかすると、それはひと組のトランプかもしれない。トランプは怠惰のシンボルとされているが、レスカーノは怠けているわけではなく、気持ちのいい野外で岩にもたれ、くつろいでいる。小さな体にはやや危険な体勢かもしれないが、彼は楽々とこなし、一方の足をさりげなく岩にかけて、もう一方の足を私たちのほうに伸ばしている。

彼は自由だ。今日は休みの日で、王子の遊び相手や宮廷を楽しませる仕事から解放されている。深緑色の服やまわりの山々とは対照的に彼の顔は明るく、陽光を浴びてうっすらと微笑むその顔に絵全体の焦点が置かれている。ところが目は、片方はまぶたがかかり、もう片方には影が落ち、微妙に覆い隠されている。穏やかな目はじっと何かを ── ベラススケスを見つめ、ベラスケスもまた、友を静かに見つめ返す。彼のよどみない丁寧な筆運びには、レスカーノに対する最上級の敬意があらわれている。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.105-106

美術史家の中には彼を「知恵遅れ」と考えた人もいたようです。しかし、短い手足、突出した額や鼻は小人症の特徴であり、かつ、低身長症が知性に影響を及ぼすという医学的根拠はありません。ローラ・カミングが強調しているのは、スペインの宮廷にいた小人たちは、知性に欠けていたからではなく、知性に富んでいたからこそ雇われていたということです。No.45「ベラスケスの十字の謎」で紹介した同名の小説(スペインの作家、エリアシル・カッシーノ作)は、『ラス・メニーナス』の右端に登場するニコラス・ペルトゥサト少年を主人公にしていましたが、イタリアのミラノ近郊から連れてこられた彼が極めて知性的に描かれていたのが思い出されます。

上の引用はフランシスコ・レスカーノの絵からカミングが受ける印象を綴っているのですが、いい文章だと思います。彼女は次のように結論づけていますが、これには全く同感です。


数あるベラスケス作品の中でもとりわけ小人の絵から感じ取れるもの、それはじっと注がれる静かな視線 ── 二人のあいだで申し合わせたように交わされる、お互いへの理解だ。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.107


ドン・ディエゴ・デ・アセード


次の絵は、No.19「ベラスケスの怖い絵」No.45「ベラスケスの十字の謎」で引用しました。小説「ベラスケスの十字の謎」ではディエゴ・デ・アセードが重要な役割で登場しました。

Don Diego de Acedo.jpg
ドン・ディエゴ・デ・アセード
(1636-38:37-39歳)
107cm × 82cm
プラド美術館


ドン・ディエゴ・デ・アセードは博学な廷臣で、王家の印章を管理し、王の外交にも随行した。レスカーノと同様、彼の肖像も野外で描かれた。景色は荒涼としている。絵の具が色褪せたせいもあるだろうが、重たい灰色の空の下で雪を戴く山々のシーンでもあり、ディエゴが持つ本もまた、雪が積もっているかのように、白い大きな塊として暗闇の中に浮かび上がる。

大きな本に差し入れた小さな手で、彼はずっしりと重いページを支えている。そのポーズひとつにも、ベラスケスの最大限の敬意が込められている。ディエゴはこの本を支えるように、古参の廷臣として重責を担い、彼の指は仕事をこなすと同時に、その仕事によってうまく隠されている。体が小さいからといって、廷臣として出世できないわけではない。この絵には彼の如才なさがよくあらわれている。

いきな帽子をかぶっているが、知的な顔には苦悩が見られる。内に秘めた思いやにじみ出るわずかな感情をこれほど巧みに伝える画家が、ベラスケスをおいてほかにいただろうか?

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.113-114

「古参の廷臣として重責を担い」とカミングが書いているように、ディエゴは宮廷の重要人物の一人だったようです。そもそも "ドン" というのはスペイン語で男性の貴人につける尊称です。


ベラスケスの絵では、体の大きさに関係なく誰もが平等だ。彼は小さい人を大きく、大きい人を小さく描き、どちらにも肩入れしない。王族の全身像があるように、小人の全身像もあり、ベラスケスはどちらにもびはしない。手足が短く頭が大きい小人の絵も、ぼうっと立つ顎の長いフェリペや王の弟の絵と同様にうやうやしく、うっとりと目を輝かせている。ベラスケスは王と親交が深かったが、小人たちとも友情をはぐくんだようだ。描かれた彼らの顔からは、その結びつきの深さが感じられる。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.115

No.161「プラド美術館の怖い絵」で、ヴァン・ダイクがチャールズ1世の妃であるヘンリエッタ・マリアと小人ジェフリー・ハドソンを描いた絵を引用しました(No.222「ワシントン・ナショナル・ギャラリー」でも引用)。その絵のことが本書に出てきて、ベラスケスと対比されています。


小人は、ものめずらしく衝撃的な見せ物として、同時代のほかの画家の絵にも登場する。ヴァン・ダイクは、ジェフリー・ハドソンという小人を描いた。ハドソンはチャールズ1世妃ヘンリエッタ・マリアの慰み者となり、宮廷晩餐会でパイから飛び出す芸などをさせられていた。

絵の依頼を受けたヴァン・ダイクは、ハドソンの背を高く見せるために小さな犬と並べて描いたが、その後、小柄な王妃の背を高く見せるために、今度はハドソンを犬がわりに使った。

ベラスケスならば、人間をけっしてこんなふうに使いはしない。何かの道具や飾りとして彼の絵に登場する人物はひとりもいない。背が高かろうが低かろうが、彼は人を人として、個性をもつひとりの人間として描く。ベラスケスにとって、異質な人間などひとりもいないのだ。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.115


インノケンティウス10世の肖像


1648年、ベラスケスは助手のファン・デ・パレーハを伴い、2度目のイタリア訪問をしました。その時に描いた傑作が残っています。古今東西の肖像画の最高傑作とも言える作品です。

インノケンティウス10世の肖像.jpg
インノケンティウス10世の肖像
(1650:51歳)
140cm × 120cm
ドーリア・パンフィーリ美術館(ローマ)


インノケンティウスという名は天真爛漫イノセントという意味だが、実際の性格はまったく違ったと伝えられる。この肖像画からまず読み取れるのは、インノケンティウス10世が恐ろしく明敏で、複雑極まりない政治機構の頂点に首尾よくのぼりつめるほどの策略家であり、その地位を維持する才にも長けていたことだ。この絵は力強い絵だが、単なる絵の力ではなく、教皇自身がもつ力強さなのだ。描かれた表情 ─── とりわけその瞳を見れば、それがわかる。

ローマでこの絵の前に立った人はよく、刺すような視線を感じる。ともすると心の中まで見透かされそうだ、と言う。これは、展示室のどこを歩いても視線がついてくる、といった月並みな表現ではない。そのまざなしはドリルで穴を穿うがつように鋭く、執拗で、片時も目を離さず見張っているかのようだ。その鋭い眼光が、瞳以外の部分によって迫力を増す。顔を少しこちらに向けた斜めの目線、眉毛の険しい表情、これから会う人物と関わりのある書簡を持つ手、気の短さをにじませる、苛立たしげに握りかけた指。

ベラスケスは非常に軽いタッチで瞳を描いている。黒目の部分にかすかな白い点を打っただけの、信じられないほどあっさりしたタッチなのだが、その目は尽きることのないバイタリティーを秘め、片時も視線をそらさず、見るものをひたと見据える。その強烈なまなざしは、実生活において、教皇としての威光を保つのに役だったのではないだろうか。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.207-208

ローラ・カミングはインノケンティウス10世について、この引用以外にも微に入り細に渡って語っています。No.19「ベラスケスの怖い絵」で紹介したように、中野京子さんはこの肖像画について次のように書いていました。


眼には力がある。垂れた瞼を押し上げる右の三白眼。ふたつながら狡猾な光を放ち、人間などはなから信用するものかと語っている。常に計算し、値踏みし、疑い、裁く眼だ。そして決してゆるすことない眼。

どの時代のどの国にも必ず存在する、ひとつの典型としての人物が、ベラスケスの天才によって、くっきりと輪郭づけられた。すなわち、ふさわしくない高位へ政治力でのし上がった人間、いっさいの温かみの欠如した人間。

中野京子「怖い絵」
(朝日出版社 2007)

美術評論家(ローラ・カミング)とドイツ文学者(中野京子)に共通しているのは、350年以上前のローマ教皇がどういう人物かについて熱く語っていることです。熱く語らざるを得ないのですね。ベラスケスの絵を見てしまった以上 ・・・・・・。1枚の絵だけを頼りに。

カミングの本には、インノケンティウス10世とスペインの意外なかかわりが書かれています。


インノケンティウス10世は、本名をジョバンニ・パンフィーリといい、1626年から3年間、教皇大使としてマドリッドに滞在していた。その間、数多くの教会に足を運び、王宮にも頻繁に訪れた。彼がスペインとのあいだに築いた強力なコネクションは、コンクラーベで自国の候補者を推すフランスの枢機卿団を不安にさせたほどであり、最終的のそのコンクラーベで、彼は教皇に選出されたのである。このようなわけで、画家とモデルは旧知の間柄だったのだ。

肖像画にモデルの人格があらわれるとすれば、この絵には無尽蔵のカリスマ性がにじみ出ていると言えるだろう。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.209

ローマ教皇は "コンクラーベ" において枢機卿たちの互選で決まります。要するにジョバンニ・パンフィーリ枢機卿は、本国イタリアとスペインの枢機卿たちをがっちりと押さえて教皇になったということでしょう。「複雑極まりない政治機構の頂点に首尾よくのぼりつめるほどの策略家」(カミング)であり、「政治力でのし上がった人間」(中野京子)というのはその通りだと想像されます。

そしてベラスケスと画家とインノケンティウス10世は旧知の間柄だった。そのことがこの絵の迫真性をいっそう強くしているのだと思います。


ファン・デ・パレーハ


2度目のイタリア滞在でベラスケスは、同行させた助手のファン・デ・パレーハの肖像を描いています。

Juan de Pareja.jpg
ファン・デ・パレーハ
(1650:51歳)
81cm × 69cm
メトロポリタン美術館


二度目の旅で、ベラスケスはファン・デ・パレーハの、みごとな肖像画を描いた。パレーハはムーア人の奴隷で、1630年代からベラスケスに仕え、顔料をすりつぶして粉状にしたり、カンヴァスの用意をしたり、複製画を描いたりと、アトリエで助手をつとめていた。パレーハの肖像画に使われた顔料も、おそらく彼が自分で準備したものだったろう。パレーハ自身も才能のある画家であり、ベラスケスの原画だと間違われるほどみごとな複製画を映画いたこともあったようだ。パロミーノの「スペインの著名な画家たちの人生と作品」にも、ベラスケスと同様に優れた画家のひとりとして登場している。

肖像画の中のパレーハは、じつに堂々たる姿を見せている。七つの海、七つの大陸で偉業を果たしたばかりの英雄のような威厳をたたえ、オセローの格好をさせられているのも、なるほどとうなずける。彼は行動の男であり、肖像画のためにじっとしてはいるが、いつでも剣を抜けるとばかりに片手をにかけている。しかし、そう見えるだけで、実際は剣などなく、そこに置いた手も、周囲の布地よりもほんの少し存在感があるにすぎない。申しわけ程度に描かれた指はおおかた省略され、耳にいたっては、ぞんざいに赤い絵の具を置いただけだ。ベラスケスがこうした部分を曖昧にぼかしているのは、視野の周辺部分にあるものは、実際にそんなふうに見えるからだ。この絵の焦点は、顔にある。

パレーハの顔ははっきりして、りりしく、じつに表情豊かだ。そこに弱さを見るものもいるが、それは、無理やり肖像画のモデルをさせられた奴隷、主人に凝視され、あらがう力すらもてずにいる無力な男という発想から来ているのだろう。それとは逆に、冷淡で高慢、かすかに好戦的な気質を見て取る者もいる。多彩なニュアンスをもつこの絵からまず感じ取れるのは、パレーハという男がもつ人間らしい複雑性だ。どこか見覚えのあるようなその顔が、そうした感覚をいっそう深める。遠い昔の人間なのに、現代のニューヨークの街なかで見かけてもおかしくない、私たちのまわりにもいそうな感じがするのだ。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.213-215

カミングはこの絵の表現手法にも感嘆しています。いかにもベルベットらしい毛羽立ちの表現や、生地が擦れて薄くなった部分を絵の具を薄く塗って表現していることなどですが、中でも特に白い襟です。鉛白とグレーが絶妙に配置され、近づいてみると無秩序な筆跡が、これほどまでに襟らしく見えるのはなぜなのか・・・・・・。このような感嘆の言は、本書の随所に出てきます。


フェリペ4世


ベラススケスが描いた肖像画は、フェリペ国王や王の親族、貴族、喜劇役者や道化、小人症の宮廷使用人、奴隷の助手など、身分の上下をを越えて実にさまざまです。ローラ・カミングはこれを "デモクラシー" と表現しています。国王・フェリペ4世の肖像画でさえ、それを感じさせます。

Phillip IV.jpg
フェリペ4世
(1653-56:54-57歳)
69.3cm × 56.5cm
プラド美術館


ベラスケスの絵や思想には、感傷的は部分は少しもない。彼の絵は、悲しみや憐憫の情をかきたてることもなければ、たとえばヴァン・ダイクのように、そのスタイルや華麗され見る者を萎縮させることもない。私たちは、描かれた人物と対等に見つめ合うことができる。これこそが、彼の絵ならではの "デモクラシー" だ。

それは上にも下にも向かう。ベラスケスはときに宮廷内の異端者にもっぱら同情心を示すと言われるが、それが真実でない証拠はいくらでもある。彼にとっては、どんな人間もみな平等なのだ。晩年のフェリペ王の肖像画の、痩せた老ライオンのようなその顔には、王が味わった苦悩のすべてがあらわれている。なんとも言えない悲哀が漂うその顔は、それまでベラスケスが描いたどの絵よりも生気がなく、絵の具も薄くぼやけ、人間ではなく幽霊の顔のようだ。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.337

この絵はフェリペ4世(1605年生)が48-51歳ころの作品ということになりますが、とても50歳前後には見えません。スペイン帝国が落日を迎えていた、それが伝わってくるような絵です。


ベラスケスが力点を置くのは、あらゆる人間の尊厳だ。フェリペ4世時代の記録を見れば、そしてまた、彼の女道楽、浪費、思慮に欠ける軍事行動、スペインの富と権力の愚かな無駄遣い、息子の婚約者との結婚、放蕩ほうとう(多くの庶子がいたが、男子はひとりもいなかったと言われる)、優柔不断さ、臆病さ、説得やおだてに乗りやすく、とりわけオリバーレス(引用注:フェリペ4世の寵臣)の思うままに操られてきたことを知れば、彼を軽蔑するのは難しくないだろう。それでもベラスケスは畏怖も嫌悪感も抱かず、むしろそんなフェリペに好奇心をかきたてられるのだった。

フェリぺの肖像画20点以上あり、まるで絵でできたコマ撮りの伝記のようだ。赤く、濡れたような、垂れ下がるほど前に突き出した下唇が目立つ若いころの顔。舌足らずの話し方をしたに違いなく、ピチャピチャという湿った音が聞こえてきそうだ。

そして君主となった中年期の壮麗さは、おそらくゴリーリャ(引用注:皿の意味。襞をつけずにリンネルを糊で皿状にした襟を指す)によって割り引かれてしまった。倹約を物語るその襟は彼に恩恵をもたらさず、疲れ切った顔が皿に載っているように見える。一国の王となって20年、赤みがかったブロンドの髪とあるかなきかの薄い眉は変わらないが、目は落ち窪み、まぶたは重く垂れ下がり、白い下瞼の内側が露出している。ベラスケスの目に、彼は過ちも死をも免れない生身の人間として映る。

1623年の夏の日に描かれた最初の肖像画と同様、今回もまた王の姿は間近にあるが、今の彼は苦悩に疲れ、みずからの罪も悲哀も知ったうえで、まだ前進しつづけている。あたかも自己の欠点を見出すことで、理解を得たいと願っているかのように。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.338

当然のことながらフェリペ4世については本書に多くの記述があるのですが、その最後に著者は次のような、誰もが納得するであろう一言を書いています。


フェリペ4世がその生涯で成し遂げた最大の偉業は、ベラスケスを雇ったことだ。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.340


ラス・メニーナス


『消えたベラスケス』にある絵の "解説" を紹介する最後は、やはり『ラス・メニーナス』です。実はこの絵のことは『消えたベラスケス』の冒頭に出てきます。20代後半だったローラ・カミングが父親を亡くし、悲しみに沈んでいるなかで訪れたプラド美術館で『ラス・メニーナス』と対面して癒された思いがつづられているのです。その前後から引用します。

Las Meninas.jpg
ラス・メニーナス
(1656:57歳)
318cm × 276cm
プラド美術館


展示室に入り、絵の前に立つ。すると絵の中の人々の目が瞬時に私の姿をとらえ、いっせいに見つめ返してくる。光沢のあるドレスをまとった王女、リボンをつけた二人の侍女、子供のように小柄な小姓、背の高い黒づくめの画家、誰の耳にも届かないつぶきを発する修道女、背後の明るい戸口の浮かび上がる廷臣。全員が私の存在に気づいている。誰がやってくるかわからないサプライズパーティーに招かれた客のように、彼らはその場に集い、わくわくしながら新たな客を待っている。そこへ私があらわれ、部屋へ ─── 現実世界の部屋ではなく彼らの部屋へ ─── 入っていく、なぜかそんな感じがするのだ。場面全体が期待に輝いている。彼らの世界に踏み入った瞬間、自分が彼らにとっての実在となり、彼らもまた自分にとっての実在となる、そんな感覚。プラド美術館で《ラス・メニーナス》の展示室に足を踏み入れた瞬間、真っ先に感じるのがそれなのだ。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.8-9

プラド美術館には一度だけ行ったことがありますが、『ラス・メニーナス』はプラドの "他のどの絵とも違う" という印象を受けました。それどころか、過去に美術館で見たどの絵とも違う感じです。それは一言でいうと "臨場感" です。絵の前に立つと、まさに350年以上前のスペイン宮廷にいるのだという感じになる。おそらく絵の大きさと、等身大に描かれた人物と、奥が深く天井も高い部屋の構図がそう感じさせるのだと思います。上の引用と次の引用は、その "他のどの絵とも違う" 感じが的確に描写されています。


驚いて足を止め、絵に釘付けになり、身じろぎもせずその場に立ち尽くす。するとその瞬間、絵の中でもまた、おとなしい犬を足で軽く突いている小柄な小姓を除く全員が、ぴたりと動きを止める。彼らを囲む空気と、王女のホワイトブロンドの髪に揺れる光以外のすべてが静止するなか、思いやりに満ちたこの絵の中心で、幼い王女が子供らしい純粋な好奇心をみなぎらせ、じっとこちらを見ている。女の小人こびとは胸に手をあてて素直なやさしさを示し、侍女のひとりはひざまずき、もうひとりは膝を折っておじぎをし、ほかの使用人もこちらに視線を注ぎ、黒衣の廷臣までが戸口で足を止め、次の間へ案内しようと待っている。そして、こちらから裏面が見える巨大なカンヴァス、この絵に劣らぬ大作の陰からベラスケス自身も一歩踏みだし、つかのま顔を見せた魔術師のごとく無言で見つめている。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.9

しかしこの絵の真価、そしてベラスケスの真骨頂は次に引用する部分です。"細部と全体が不連続で、それにもかかわらず繋がっている" という不思議さです。


ところが、さらに数歩近づくと、驚くほど真実味にあふれていた絵が揺らぎ出す。王女の艶めく髪は、蜃気楼しんきろうか夏の道路に立ちのぼる陽炎かげろうのように、近づくとふっと消えてしまう。女の小人の顔は判読不可能な筆跡と化し、奥に描かれた人物は至近距離では形をなさず、トレイをもつ侍女の手も、どこまでが手でどこからがトレイなのか、もはや判然としない。絵に近づけば近づくほど本物らしさが消え、どのように像を結んでいたのかさえわからなくなってしまう。それでも、溶解寸前の状態にありながら、すべてがありありと存在感をもち、陽光などは絵の中から展示室まで漂い出てきそうだ。これほど魅惑的なビジョンを生み出す絵がほかにあるだろうか。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.9

見るということは、網膜に映った像を脳で再構成することです。錯視図形を見ればそのことがよくわかる。ベラスケスは、絵を見る人の脳にどういうビジョンが構成されるのか、それを予測して筆をとっているわけです。本書ではないのですが、別の本からマルガリータ王女の部分のクローズアップを引用します。

Las Meninas(部分).jpg
「ラス・メニーナス」の中心にいるマルガリータ王女の拡大画像。王女の顔、ホワイトブロンドの髪、ドレス・飾り、の3つが違うタッチで描き分けられている。ドレスの部分は近づくと本物らしさが消えてしまい、なぐり書きのように見える。
「ベラスケス 生涯と作品」(東京美術 2018)より

この絵には自画像というか、画家・ベラスケスとしての自画像が描かれていますが、それについては次のように語られています。


この自画像を見ても、ベラスケスについて何かがわかるわけではないと言う人がいるとしたら(実際、よくいる)、信じられない話だ。たとえば、パレットに点々を置かれた絵の具を見てほしい。そこには、ずらりと顔を並べた人物のみならず、この絵全体を描くのに必要な色がすべて揃っている。これもまた、すべては彼が生み出したものだという事実を物語っている。

では、ベラスケスは自分の指をどう描いているのだろう。先細の指は、まるで絵筆のようだ。実際の絵筆のほうはどうかと言えば、白い絵の具でさっと引いた一本の線にすぎない。どこから見ても判別不能な傷のようでありながら絵筆以外の何ものでもない。そこにはかすかにジョークの気配さえ感じられる。絵全体に生き生きとした動きを与えた繊細な筆先が、完全に消滅する。

平らな布に筆と絵の具で色をのせ、みごとに三次元を描き出せる不思議。あるいは、静止した絵で動きを、刻々と変化する世界を表現する一方で、その絵自体が流れの中に溶けていく不思議。絵画がもつパラドックスをこれほどはっきりと見せてくれる画家は、あとにも先にもいない。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.35

この絵に魅了されたピカソは、絵の構成要素をひとつひとつ分解しながら50点を越える模写の連作を描きました。その連作はバルセロナのピカソ美術館にあります。その中の1枚である『ピアノ』を No.45「ベラスケスの十字の謎」に引用しました。本書の著者のカミングによると、ピカソはそれだけの模写を描いてもこの絵を理解しきれなかったと述懐したそうです。マネの言葉があります。


ここが終着点だ。これを越えるものはない。プラド美術館でこの絵を見たマネは、そういった。この絵を凌ぐものなど生まれはしないというのに、なぜ人は ── 自分も含め ── この上さらに絵を描こうとするのだろう、と。ベラスケスは油絵の具という比較的新しい画材を使い、それでできることをすべて尽くした。彼によって、油絵は行き着くところまで行ったのだ。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.334

芸術の一つのジャンルが勃興すると、比較的短い期間にそのジャンルの頂点に達してしまい、あとはその変化形が多様に拡散するということがあります。油絵は15世紀のフランドルで確立してからベラスケスまで約200年です。それからすでに350年程度が経過しています。「この絵を凌ぐものなど生まれはしないというのに、なぜ人はこの上さらに絵を描こうとするのだろう」というマネの言葉は、『ラス・メニーナス』と画家・ベラスケスを端的に表していると思いました。


芸術作品が人に与える力の凄さ


以上は著者によるベラスケスの絵の "解説" の一部です。最初に書いたように本書のもう一つの軸は、ジョン・スネアという19世紀の英国人の生涯です。その足跡を著者のローラ・カミングは徹底的に追っています。スネアは店も家族も失い、絵と駆け落ちするかのようにアメリカに渡って貧困のうちに死にました。なぜそのような人物の生涯を追ったのか。それは、ベラスケスの1枚の絵を "愛し過ぎるほど愛した" スネアの生涯を徹底的に調べることで、著者は自らの "ベラスケス愛" を表現しようとしたと思えます。ベラスケスを称える芸術家・美術愛好家は世の中にいっぱいいるので、そうでもしないと自分の特別な "思い" を伝えられないとでもいうように・・・・・・。そんなつもりは無かったのかもしれませんが、結果としてそうなっています。

初めに紹介した中野さんの書評にあるように、この本はいろいろの意味で「芸術作品が人の魂に、ひいては人生に与える力の凄さ」を実感させる本でした。



 補記:グレイティスト・ショーマン 

ジョン・スネアが "ベラスケス作・チャールズ皇太子の肖像" を発見した以降のことは紹介を控えるとしましたが、1点だけ書きたいと思います。スネアはその絵をロンドンのメイフェア地区のオールド・ボンド・ストリートで有料公開しました。そのあたりの本書の記述です。


1847年3月、ジョン・スネアは、オールド・ボンド・ストリート21番地の部屋を借りる。彼はちょうどいい時に、ちょうどいい場所へ、ちょうどいい絵をもたらした。イギリスではまだあまり知られていなかった天才画家による、失われた君主の失われた肖像画だ。当時、ロマンチックなヴィクトリア朝の人々の目に、チャールズ1世は "失われた君主" として映っていたようだ。

スネアの演出は細部まで行き届いていた。客は1シリングの入場料を払っい、絨毯を敷きつめた階段をのぼっていく。そして厚いカーテンをくぐると、彫刻を施した木の衝立ついたてで囲まれた小部屋のようなスペースがあり、そこで名画と対面する。日が暮れてくると、絵はガス灯で照らされた。静かな空間、美しい照明、余計なものはいっさい視界に入れない ── ベラスケスの絵なら、現代のキュレーターもまさにこのような見せ方をするだろう。スネアの狙いが人々を驚嘆させることにあったとすれば、まさしく理想的な演出であり、これに新聞各紙は素早く反応した。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.89

新聞各紙から高い評価を受けて展示会は成功裏に終わるのですが、その要因として「ちょうどいい時に、ちょうどいい場所」で絵を公開したと、著者は書いています。どういうことかと言うと、当時のロンドンのメイフェア地区ではしばしば有名絵画の有料展示会が開催されていたからです。ただし絵画だけでなく、種々の見せ物もあった。たとえば "エジプシャン・ホール" では、テオドール・ジェリコーの『メデューサ号の筏』(現、ルーブル美術館)の展示会が開かれましたが、ナポレオンが使った防弾馬車の展示会も開催されて大人気になったという具合です。


〈エジプシャン・ホール〉は時代の象徴であり、イギリスを代表する風景画家ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーや、権威ある水彩画画家協会も展覧会を開いた。ヴィクトリア時代にそこを訪れたある人物は、ダ・ヴィンチの聖画を間近に見たほか、1844年には、小人ツアーでヨーロッパを巡業中の「親指トム将軍」を、あんぐりと口を開けて眺めたという。興行師 P・T・バーナムがプロデュースした「世にも偉大なる小人」の見せ物は、ダ・ヴィンチ展をはるかに超える大ヒットとなった

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.89

実は「消えたベラスケス」のテーマになっているジョン・スネア(1808年頃生)と同時代人が、上の引用にある P・T・バーナムです(1810年生)。2017年のハリウッド映画「グレイティスト・ショーマン」は、その興行師 P・T・バーナムが主人公でした(日本公開は2018年)。演じたのはヒュー・ジャックマンです。バーナムは「親指トム将軍」をはじめとする "特異な身体的形状の人たち" や軽業の得意な人、その他 "オンリーワンの人" を集め、ニューヨークの "見せ物シアター" で興業しました。映画では、家庭の中に閉じこもって "存在しない" ことになっていた低身長症の男性をバーナムが引っ張り出し、親指トム将軍としてパフォーマンスをさせる姿が描かれていました。バーナムの一座は英国にツアーを行い、ヴィクトリア女王に面会しています。上の引用にあるバーナムのロンドンでの「世にも偉大なる小人の見せ物」は、その時のことを言っています。

The Greatest Showman - Hugh Jackman and Cast.jpg
映画「The Greatest Showman」(2017)のパフォーマーたちと主演のヒュー・ジャックマン。親指トム将軍を演じたのは、ニュージーランド出身のサム・ハンフリー。

そして映画「グレイティスト・ショーマン」では、ニューヨークの "見せ物シアター" が火災で焼け落ちた時、落胆しているバーナムに向かってパフォーマーたちが言うのですね。次のような主旨でした(髭の女性のせりふ)。

  母親は私達を恥じ、私達の存在を隠した。あなたはその暗がりの中から引き出してくれた。たぶん金儲けだけのためだったはず。だけどあなたは本当の家族をくれた。ここが私達の家だ。

バーナムの興業はニューヨークの批評家からはこきろされたのですが、異形の(ないしはユニークでオンリーワンの)パフォーマーたちはバーナムに感謝していた、そういうスタンスで映画が作られていました。

P_T_Barnum and General Tom Thumb(Wikimedia).jpg
P・T・バーナムと親指トム将軍(チャールズ・ストラットン)。Wikimediaより。本書にはこれと同じ写真が掲載されている。
「消えたベラスケス」には、そのバーナムと親指トム将軍の写真がわざわざ掲載されています。本書には多数の絵の図版が掲載されているのですが、唯一の人物写真がこれです。バーナムの件は本書の主旨からするとごく些細なエピソードに過ぎません。なぜ、ローラ・カミングはこの写真を掲載したのでしょうか。それは「17世紀スペイン宮廷(をはじめとする欧州の宮廷)に低身長症の人が集められていたこと」と、「P・T・バーナムが低身長症の人を集めて興業をやったこと」を重ね合わせたからに違いありません。

バーナムはパフォーマーから感謝されていました(=映画のストーリー)。では、17世紀の宮廷の低身長症の人たちはどうだったのか。ディエゴ・デ・アセードのように高位の廷臣もいれば、ジェフリー・ハドソンのように宮廷晩餐会でパイから飛び出す芸をさせられたものもいます(ディエゴ・デ・アセードの絵の解説参照)。本書でも言及しているのですが、裸にされてバッカスの格好をさせられた超肥満の女の子もいました(No.161「プラド美術館の怖い絵」参照)。要するに "いろいろ" です。そういった人たちをスペイン宮廷では「ヘンテス・デ・プラセール(=楽しみを与える人々。慰み者)と呼んでいました(No.161)。

ただ一つ言えると思うのは、そういった "異形の人たち" に宮廷は「ポジション」を与えていたということです。No.45「ベラスケスの十字の謎」で紹介した同名の小説(低身長症の少年が主人公)を読むと、当時のスペイン宮廷の異様な雰囲気が伝わってくるのですが、それはあくまで現代人感覚なのでしょう。うとまれ、通常の仕事にありつくのが難しそうな人たちに、宮廷は「場」や「役割」を与えていた、ちょうど19世紀アメリカの興行師・バーナムがやったように ・・・・・・。そう考えることもできると思いました。

そして、ベラスケスという画家は、国王から "異形の人たち" までの「あらゆる人間の尊厳」を描いた。ローラ・カミングはそう言っているのでした。




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No.230 - 消えたベラスケス(1) [アート]

今まで17世紀スペインの宮廷画家、"王の画家にして画家の王" と呼ばれるベラスケスについて5回書きました。

No.  19 - ベラスケスの「怖い絵」
No.  36 - ベラスケスへのオマージュ
No.  45 - ベラスケスの十字の謎
No.  63 - ベラスケスの衝撃:王女と「こびと」
No.133 - ベラスケスの鹿と庭園

の5つです。今回はその続きで、2018年に発売されたローラ・カミング著『消えたベラスケス』(五十嵐加奈子訳。柏書房 2018)を紹介します。著者は英国の美術評論家で、もとBBCの美術担当プロデューサーです。

消えたベラスケス.jpg
ローラ・カミング
「消えたベラスケス」
五十嵐加奈子訳(柏書房 2018)


消えたベラスケス


この本については中野京子さんが書評を書いていました。まずそれを引用します。日本経済新聞の読書欄からで、下線は原文にはありません。


芸術が魂に与える力を熱く

消えたベラスケス
  ローラ・カミング

著者いわく、本書は巨匠の中の巨匠ベラスケスをたたえる書である。

その言葉どおり熱い本だ。芸術作品というものは各時代の賛美者たちが熱く語り続けることで、次代へつながれてゆく。ベラスケスはスペイン宮廷の奥に隠されていた時代にはゴヤが、公共美術館に展示されてからはマネが、その超絶技巧と魅力を喧伝けんでんしてやまなかった。今またこうして美術評論家のカミングが、17世紀の寡黙な宮廷画家に迫り、すこぶるつきに面白いノンフィクションに仕上げた。

2つの流れが交錯する。1つはヴィクトリア朝時代の書店主スネアの数奇な人生。安価でベラスケスの絵を手に入れた彼が真贋しんがん論争に巻き込まれ、ついには店も家族も失い、絵と駆け落ちするかのようにアメリカに渡って貧困のうちに死ぬ。絵はその後忽然こつぜんと消える。カミングはスネアの足跡を辿り、絵が本物かどうか、今どこにあるのか、調査にのめり込む。

もう1つの流れは、ベラスケスの人生とスペイン・ハプスブルク家の黄昏たそがれだ。もちろんそれは彼の作品に色濃く反映されている。そもそもベラスケスが描き残したからこそ、無能王と呼ばれたフェリペ4世、血族結婚くり返しの果てに生まれたひ弱な王子や王女、宮廷に仕える小人症の慰み者たち、権力を振るう重臣らが、350年前、喜怒哀楽をもって確かに生きて呼吸していたことを我々は深く納得するのである。

カミングはベラスケスの天才性に感嘆し続ける。近くで見るとただの色の染みでしかないものが、遠目には見間違いようのないドレスの金糸になり、ひげになり、水滴になるのははぜか。何より、人物の本質をどうやってえぐりだせたのか。それは日記も手紙も残さず、全く自己を語らなかった画家その人と同じく大きなミステリだ。

これに関して本書唯一の物足りなさは、コンベルソ(改宗ユダヤ人)の家系だった可能性や、傑作『キリスト磔刑たっけい図』に触れていないことだろう。

とはいえ、破産しても貧窮しても絵を手放さなかったスネア、執念で追い続けるカミングを通し、芸術作品が人の魂に、ひいては人生に与える力のすごさには圧倒されずにおれない

美術愛好家、必読。

《評》 ドイツ文学者
中野京子
日本経済新聞(2018.3.10 朝刊)

下線のところにあるように、この本を読んでみると著者 ローラ・カミングのベラスケス作品に寄せる熱い思いが "ひしひしと" 伝わってきます。美術評論家がこれほど1人の画家に "入れ込んで" いいのかと思えるぐらいですが、それだけベラスケスが特別な存在だということでしょう。ベラスケスだから許される。最後の一文である「美術愛好家、必読」というのはその通りです。


ジョン・スネアとチャールズ1世の肖像


「消えたベラスケス」というノンフィクションの1つの軸は、ジョン・スネアという人物の生涯です。スネアは英国バークシャー州レディングで1808年頃に生まれました。レディング(Reading。リーディングとは発音しない)はロンドンの西、約60kmのテムズ河畔の町です。北西約40kmには大学で有名なオックスフォードがあります。

スネアは1838年に、レディングの叔父の書店を引き継ぎました。それ以降、印刷業や雑貨屋も兼ね、レディングの町では一応の名士になりました。

スネアは独学で絵を学び、有名絵画の版画を集めて絵の研究をしました。絵画のオークションにも参加しています。当時は公的美術館が未発達で、著名画家の絵は貴族の館に飾られているものでした。オークションは誰でも参加でき、下見会も何回かあるので本物の絵画に出会える貴重な機会だったのです。

発端は1845年10月、レディングの地元紙「レディング・マーキュリー」の広告です。それは、オックスフォード近郊にある全寮制学校「ベンジャミン・ケント男子アカデミー」のホールでオークションが開催されるという通知でした。この学校は閉鎖されることになり、備品、蔵書、絵画などの総数180点が売りに出されたのです。スネアは以前にケント校長の知人とともに学校を訪れたことがありました。

広告のなかでも "別格" の扱いだったのが「チャールズ1世の半身像、推定ヴァン・ダイク作」でした。ヴァン・ダイクの作らしき肖像画が売りに出され、しかもそれは清教徒革命で処刑されたあのチャールズ1世と知って、スネアは早速オーションの下見会に出かけました。

そこでスネアが見たのは確かにチャールズ1世の肖像でした。しかしそれは若い頃のチャールズで、明らかに皇太子時代のものです。フランドル出身のヴァン・ダイクが英国の宮廷画家として迎えられたのは1632年で、チャールズが王位についてから8年も後です。おかしいと思ったスネアは、これはベラスケスの作品ではないかと直感しました。

1623年に起こった2つの出来事です。この年の3月から、イングランドのチャールズ皇太子はスペインを訪問しました(訪問の目的は本書に詳述されています)。さらにこの1623年の夏、ベラスケスが自作の『セビーリャの水売り』を携え、故郷のセビーリャをたってマドリードにやってきました。前年に引き続き2回目の訪問です。

ベラスケスの絵の師匠はセビーリャのフランシスコ・パチェーコですが(ベラスケスの義父でもある)、パチェーコの知り合いに聖職者のファン・デ・フォンセカという人物がいて、彼は国王・フェリペ4世の礼拝堂付の司祭でした。ベラスケスはそのフォンセカに『セビーリャの水売り』を見せたのです。その出来映えに驚いたフォンセカは、すぐにその絵を買い取りました。そして自らの肖像画をベラスケスに描かせるとともに、スペイン宮廷の有力者に絵とベラスケスを紹介しました。

そのころ、スペイン国王フェリペ4世はチャールズ皇太子の対応に忙しかったのですが、宮廷で評判になったベラスケスに肖像画を描かせることにしました。そして1623年8月30日、当時18歳のフェリペがモデルとして初めてベラスケス(当時24歳)の前に立ちました。そして、その年のうちにベラスケスは宮廷画家にとり立てられることになります。

問題はこの間の歴史資料です。ベラスケスの生涯を記述した数少ない書物の一つに、後輩の宮廷画家、アントニオ・パロミーノの「スペインの著名な画家たちの人生と作品」があります。この本に、

  フェリペ4世の肖像画を制作中であったベラスケスが、そのかたわらイングランドの皇太子も描いた

との主旨の記述があるのです。さらにチャールズ皇太子のスペイン旅行の際の英国王室の経費報告書を調べると、

  皇太子は肖像画代として1100レアルを払った(1623年9月8日付)

とあります。この金額はフェリペ4世が自身の肖像画代として払った金額を遙かに超えるものです。つまり "ちゃんとした肖像画" だったことが分かります。当然、チャールズ皇太子はその絵を携えてイングランドに戻ったと考えられるのです。

オークションで "ヴァン・ダイク作「チャールズ1世像」" を安値で手に入れたスネアは、その絵の来歴を徹底的に調べ始めました・・・・・・。



それ以降のジョン・スネアの数奇な生涯について、本書はミステリのような書き方になっているので、ここで紹介するのは控えたいと思います。一言だけ付け加えると、中野京子さんが書いている "真贋論争" 以外にも "盗品疑惑" が持ちあがります。そしてその疑惑について本書の最後のところで意外な真実が明かされています。


ベラスケスの画家像に作品から迫る


Laura Cumming.jpg
Laura Cumming
(Twitterより)
本書の1つの軸がジョン・スネアの生涯なら、それと交互に語られるもう1つの軸がベラスケスの生涯と彼の作品です。ベラスケスの宮廷画家としての職業人生については公式記録があり、同時代の人が書いた伝記もあって、かなり判明しています。しかし本人の日記や書簡の類は一切残されていないため、その画家像については不明の部分が多い。ベラスケスは自己をいっさい語っていません。絵の主題を決めたのが依頼主なのか画家なのかが不明なものも多く、作品の制作意図や背景を知ることは困難です。ローラ・カミングはベラスケスが残した作品を凝視することで、画家としての姿に迫ろうとします。

たとえば、ベラスケスの絵の特徴です。ベラスケスはスケッチを残していません。習作もほとんど描かないし、カンヴァスに下書きもしない。頭に浮かべたものをそのままカンヴァスに描いています。これだけでも驚きですが、さらにその細部が "神秘的" です。中野京子さんの書評にもありますが、本書の記述を次に引用します。


ベラスケスの絵には、神秘的な部分が多々ある。どこに点を打ち、筆を走らせ、絵の具をはじき、あるいは飛散させれば、悲しげなまなざしや、シルクのドレスに照り映える日の光を表現できるのかを、彼はどうやって知ったのだろう。冷たい水が入ったコップが結露する瞬間をどうやってとらえたのだろう。彼の筆跡はときに、ひとつひとつ指で数えられるくらいまばらで、筆の動きが手にとるようにわかる。

おもわず、点字を読みとるように筆跡を指でなぞり、これほどまでに説得力をもつ "絵の言葉" を彼がいかにして生み出したのかを読み解きたくなる。ごく小さな点を取り除くと、そこに "書かれた" 内容ががらりと変わる。そんな絵が描ける画家はほかにいない。点を一つ取り去っただけで金色のブロケード(引用注:金糸・銀糸などで浮き織りをした絹織物)は輝きを失い、睫毛まつげを1本消しただけで、モデルの表情が一変する。ピンの先で置いたようなわずかな絵の具がものを言うのだ。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.52-53
(五十嵐加奈子訳。柏書房 2018)

ベラスケスの筆遣いには、彼独特のさまざまな "筆遣いの言葉" があり、その言葉を積み重ねた "物語" がベラスケスの絵です。離れて見るとその言葉は分からないが、近づくにつれて明瞭になってくる。本書でカミングはこれに類することを何度も書いています。



これ以降は、本書で紹介されているベラスケスの代表作から何点かを年代順にとりあげ、ローラ・カミングの "解説" を引用したいと思います。美術評論家がベラスケスに迫るべく "熱く語った" 言葉は重要だと思うからです。

以下の絵の制作年は本書のものを採用しました。またベラスケスの年齢は制作年からベラスケスの生年(1599年)を単純引き算したものです。但し本書に制作した年齢が明記してあるものはそれを採用しました。下線は原文にはありません。また、原文にはない段落を追加したところがあります。


卵を料理する老婆と少年


本書によるとこの絵は、著者のローラ・カミングが8歳のときに両親に連れられて行ったエディンバラのスコットランド・ナショナル・ギャラリーで見た絵です。カミングの「初ベラスケス体験」というわけです。ふつう『卵を料理する老女』と呼ばれています。

An Old Woman Cooking Eggs.jpg
卵を料理する老婆と少年
(1618:18歳)
100.5cm × 119.5cm
スコットランド・ナショナル・ギャラリー


描かれた場面は、薄暗い居酒屋。その場にあふれる物のひとつひとつにスポットライトが当てられている。赤タマネギ、卵、白い鉢と、そこに危ういバランスで置かれた銀のナイフ、光を反射する真鍮しんちゅうの容器。どれもみな非凡で、まるで祭壇にでも並んでいるかのように、神聖かつ神秘的に見える。ベラスケスはありふれたものに最上級の敬意を払い、ひとつひとつが、まばゆいばかりに美しく描写されている。左側の少年が抱えるひもで縛ったメロンまでが、この世に与えられた新たな賜物たまもののように神々しい光を放つ。

卵を料理する老女と少年は、聖書に出てくる人物でもなければ、ただのモデルでもなく、まだ18歳だったベラスケスがこの傑作を描いた地、セビーリャの庶民だ。イングマール・ベルイマン(スウェーデンの映画監督)の映画に出てくる常連役者のように、二人は別の絵にも登場する。初期に描かれたこの絵では、人物どうしの交流や対話はなく、最低限の演出しかない。老女と少年がじっと物思いにふけっているポーズをとっているのは、描いている若き天才画家と同じ役割を二人が担っているからだ。目的は物を目立たせること ─── つまり、卵やメロン、反射するガラス瓶などを光にかざし、そこに人の注目を集めることなのだ。

この絵全体が人を魅了するために描かれたのは明らかで、目的は達成されている。真っ先に目を奪うのは、驚くべき精緻さだ。きらりと光る鍋の中で、透明な流体と不透明な白い流体が混じり合う卵。液体が一瞬にして個体に変わり、目に見える形を得る。それはちょうど、絵というものが見せる不思議な幻影に似ている。これぞまさに、ベラスケスの象徴と言える絵かもしれない。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.37-38

An Old Woman Cooking Eggs(Part).jpg
ローラ・カミングの父親は画家です。画家が娘に真っ先に見せたかったのがこの絵だったのでしょう。驚くべき精緻さで描かれた物たちのなかでも、ひときわ目立つのが上の引用の下線の部分、鍋の中の卵です。液体から半液体、半固体、固体へと変化する様子がとらえられている。本書ではわざわざ、この "目玉焼き" を作っている鍋の部分図が掲げられています。カミングはこの絵を子どもの時から数え切れないくらい見たはずで、見るたびに "目玉焼き" に感心してきたのだと想像できます。


セビーリャの水売り


Waterseller of Seville.jpg
セビーリャの水売り
(1618:19歳)
106.7cm × 81cm
ウェリントン・コレクション
(Aspley House, London)

この絵は10代のベラスケスが故郷のセビーリャで描き、それを携えてマドリードに上京し、王宮の人々を驚嘆させました。ベラスケスの師匠の知人の聖職者、フォンセカがすぐに買い取った絵です。


そこに描かれるのは、働きづめの人生を送ってきた男の姿だ。顔には深いしわが刻まれ、大きな穴のあいた衣服をまとい貧しいなりをしているが、うれいを帯びた気高さがある。横にいる少年(彼はほかの絵にも登場する)は目を伏せ、うやうやしく水を受け取る。水売りが来なければ、少年は喉がからからに乾いていただろう。水なしで生きられるものはいない。触れあう二人の手が、安価だが計り知れない価値をもつものを支えている。ベラスケスは、いたって平凡な商売の場面に寓話的ぐうわてきな意味を与えた。

ひときわ透明なガラスのコップに、水に香りをつけるためのものだろうか、イチジクの実が浮いている。それらしく描くのは至難のわざだ。大きな陶器の壷は、でこぼこや焼きむらがあり、雫が垂れた跡が変色し質感も変わっている。このシーンを描いたとき、ベラスケスはまだ10代だった。

老い、つましさ、またはキリスト教的博愛の象徴として描かれた絵であろうとか、悪漢ピカレスク小説の一場面で、老人は道化者の物乞いであるとか、巨大な陶器の壷の中で寝たと言われるギリシャの哲学者ディオゲネスの肖像であるなどと、この絵には多くの解釈がなされてきたが、10代の若き画家が、格段に難しい対象を描き上げる能力を見せつけるために選んだテーマであることは確かだろう。ガラスのコップは、加熱されている卵と同じだ。卓越した技術と、この絵がもつ謎めいた陰鬱な雰囲気とがあいまって、見るものを眩惑げんわくさせると同時に当惑させる。

水売りの男はいかにも真面目そうで、威厳があり、画家からも少年からも一目置かれている。この男を貧しい道化者の物乞いと解釈した人は、本当にこの絵を見たのだろうか。

フォンセカが1627年に亡くなると、ベラスケスは彼の所有する絵の目録を作成し、《セビーリャの水売り》に最高値をつけてすぐに買い戻したという。フォンセカの未亡人にはありがたかったに違いないが、ベラスケスにとっても得るものが大きかった。若い時分に描いたかけがえのない大切な絵 ─── 彼はそれを二度と手放さず、死ぬまで手元に置いていたと伝えられる。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.48-49

カミングが「横にいる少年ほかの絵にも登場する」と書いているのは、たとえば先の『卵を料理する老婆と少年』です。明らかに同じ少年を描いています。なお、訳文では水を入れた壷を "陶器" としていますが、明らかに釉薬を塗らずに焼いた陶器、つまり "素焼きの壷" なので、日本語感覚ではそう訳す方が良かったと思います(ただし、全体としてこの本の訳は優れています)。

ちなみに、2018年3月24日に放映されたTV東京の「美の巨人たち」の "今日の一枚" は『セビーリャの水売り』でしたが、この絵を所有しているロンドン、アスプリー・ハウスの主任学芸員の方が「描かれているのは高価なヴェネチアン・グラスのようで、貧しい水売りが普段使うようなものではない」と解説していました。確かに、グラスの下の方には装飾が施されています。どこにでもありそうなグラスではない。

なぜヴェネチアン・グラスを登場させたのか。それはベラスケスが水売りを気高い人物として描きたかったからだ、という解説でした。宗教的な意味(たとえば洗礼)を見いだすことも可能だと・・・・・・。

カミングが言うように威厳があり、また気高さをも感じさせる人物造形にはヴェネチアン・グラスが似合うのでしょう。ただ、もう一つの理由として高価で透明度が高いヴェネチアン・グラスになみなみと水をいだ時の質感表現に挑戦したのではと思いました(しかも無花果イチジクまで入れる)。当時の上流階級の、見る人が見ればヴェネチアン・グラスとすぐ分かったのではないでしょうか。


ヴィラ・メディチの庭園


1629年、当時の大画家ルーベンスがスペインの宮廷を訪れて滞在し、30枚もの絵画を制作しました。そのルーベンスはベラスケスに「ローマに行き芸術の都をその目で確かめてくるように」とアドバイスしました。

ベラスケスは生涯に2度、ローマを訪れて滞在していますが、第1回目はルーベンスがスペインを去った1ヶ月後、1629年の6月末からです。帰国したのは1631年1月で、およそ1年半の滞在でした。ベラスケスはローマで "ヴィラ・メディチ" に2ヶ月滞在し、その庭園を描きました。No.133「ベラスケスの鹿と庭園」で紹介したように、絵は「昼」と「夕暮れ」の2枚あります。次はその「夕暮れ」の方です。

View of the Garden of the Villa Medici.jpg
ヴィラ・メディチの庭園
(1630:31歳)
48.5cm × 43cm
プラド美術館


描かれたのは、イトスギにかこまれたのどかな一角だ。古代ギリシャ風のアーチ門は薄板でふさがれ、その上のバルコニーの縁には白い布が掛けられている。建築者だろうか、庭師だろうか、二人の人物が立ち話をしており、ひとりは薄板からぶらさがるロープの端をぼんやりと持ち、クモの糸ほどに細い銀色の線が、絵の表面を斜めに走っている。

特別な場面を描いたのでもないのに、なぜか心を奪われる ─── その矛盾が、この作品を神秘的なものにしている。生け垣の上にそびえるギリシャ神ヘルメスの像は、二人の会話に聞き耳をたてているように見え、アルコープ(引用注:壁面の一部を奥に後退させて作った空間のこと)に映る影は、なかば生きているかのようだ。巨大なイトスギはその暗い木陰に太陽の熱を包み込み、衝立ついたてのようにそそり立って外の世界を遮断する。そのあいだから、紅に染まりはじめた空がわずかに見える。この場面の中央にある薄板の間がわずかに開いていて、見ているうちにふと、その瞬間から忍び出て扉の向こうを見てみたい、絵の中に入って生きたいという気持ちになる。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.201

この絵は "大作の名画" がオンパレードのプラド美術館の中にあっては見逃してしまいそうな小さな絵です(48.5cm×43cm)。また一見 "地味な" な絵なので、本当に見逃す危険性は高い。その見逃しそうな小さな絵の前に立って眺め入っている著者の姿が目に浮かぶような描写です。しかし、この絵の "解説" のポイントは、漆喰しっくいの壁の描き方を書いた次の文章です。つまり壁に塗る漆喰とカンヴァスに塗る絵の具の類似性がこの絵の "見どころ" だという指摘です。


ある部分には絵の具がたっぷりとなめらかに塗られ、別の部分では薄く塗られ、ときにはカンヴァスの布目が透けて見えるほど絵の具をこすり取り、その細かい格子模様を、漆喰から透けて見えるレンガ壁に見立てている。つまり、描かれている対象をそっくりそのまま真似ているのだ。

この絵は、かなり小ぶりだ。こちらに背を向けて立つ人たちはごく小さく、バルコニーに布をかけている使用人などは、かろうじて見える程度だ。じつにリアルなシーンであるにもかかわらず、なぜか夢のようにおぼろげに見える。小さなカンヴァスは、もちろん外へ持ち出すのに便利だ。だがベラスケスがこのサイズを選んだのには、別の理由があったのかもしれない。離れて見ると、カンヴァスの布目がレンガの模様を再現するのにぴったりの大きさなのだ。

ここにもまた、私たちの想像が及ばないベラスケスの緻密な計算が働いている。はたして彼は、はじめからわかっていたのだろうか。それとも描いているうちに思いついたのだろうか。これは、彼の作品につねにつきまとう重大な疑問点のひとつだ。どの作品がどのようにして生まれたのか、それはゆっくりと手間をかけて描かれたのか、手早く描かれたのか。また、偶然の結果なのか、意図的に生み出されたものなのか。カンヴァスの横糸と縦糸が織りなす細かい格子模様を生かしてレンガの輪郭をかたちづくるといった点は、どこか精密工学のようだ。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.201-202

下線をつけたところですが、この絵をそのように見ることができるのかと、本書を読んで思いました。美術評論家らしい着眼点です。さらにカミングは、この絵が "小さな革命" だったと続けています。


この作品は、絵画に小さな革命を起こした。単に、並外れた手法で描かれたというだけではない。描かれた理由も、物語性も、焦点も何もなさそうなのが新しいのだ。なんとなく眺めていて目に入った断片的な光景、その一瞬をとらえたこの絵はきわめて斬新で、当時の買い手がほしがった、ニンフや神殿で埋めつくされた古代ローマの風景画などとは、大きく異なっていたのである。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.202

全くの偶然ですが、ベラスケスがローマに滞在していたころ、フランスの2人の高名な風景画家、クロード・ロランとニコラ・プッサンもローマにいました。彼らは「理想的な架空の風景」を描く画家です。アントニオ・パロミーノの「スペインの著名な画家たちの人生と作品」によると、ベラスケスはロラン、プッサンと面識があり、プッサンとは共通の知人もいました。もちろん2人の風景画を知っていた。しかしベラスケスの描いた風景画は彼らのものとは全く違っていました。


メディチ家の別荘の庭園を描いたこの小さな作品について特筆すべきは、ベラスケスが実際にこの静かな庭園に出て描いたことだ。その場所、空気、ぬくもり、ローマの夏の柔らかな陽射しにいたるまで、目に入るものすべてを痛いほどの感受性でとらえ、絵の具を含ませた絵筆で記録していく。目で見たものがすぐさま手を介して絵筆に伝えられ、彼が受けた印象そのままに描かれる。この絵は、ベラスケスの作品の中でも最も印象主義的な ─── 実際の印象派が生まれるのは、まだ2世紀も先なのだが ─── 作品と言えるだろう。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.203

2作品ある「ヴィラ・メディチの庭園」のうち、もう一つの「昼」の方は No.133「ベラスケスの鹿と庭園」で紹介しました。明るい光の下での庭園風景という題材や筆触分割的な筆の使い方は、まさに印象派だと言っていいものです。

View of the Garden of the Villa Medici(Large- Part).jpg
「ヴィラ・メディチの庭園」の中央のアーチ門の両側を拡大した部分図。「カンヴァスの布目が透けて見えるほど絵の具をこすり取り、その細かい格子模様を、漆喰から透けて見えるレンガ壁に見立てている」とローラ・カミングが説明している部分。


パブロ・デ・バリャドリード


次の作品は No.36「ベラスケスへのオマージュ」でとりあげたものです。マネは1865年に『オランピア』でサロンに入選しますが、娼婦を描いたということで評論家から罵声を浴びます。傷心のマネはマドリードに旅をし、プラド美術館でベラスケスの作品に出会います。

Pablo de Valladolid.jpg
パブロ・デ・バリャドリード
(1635:36歳)
209cm × 123cm
プラド美術館


1865年のある夏の日の夕方、エドゥアール・マネは、新たに運行が始まったパリとマドリッドを結ぶ直通列車に乗った。不快な旅は1日半も続いた。マドリッドではグラン・オテル・ドゥ・パリに泊まるが、名物だというフランス料理はとても食べられたものではなく、どの皿にも手をつけずにそのまま返した。マネが闘牛場で牛の角に突かれて死んだ闘牛士を目撃した話や、エル・グレコの絵を見るためにトレドまで足を伸ばした話は有名だ。だが、コレラが大流行するさなか、辛い長旅に耐え、言葉もまったくわからないスペインへわざわざやってきたのは、何よりもベラスケスの絵を見るためだった。

プラド美術館の細長い展示室で、マネは「悲惨な旅でくたくたになっても見にくる価値がある」"画家の中の画家" の作品と出会う。だが、それだけではなかった。彼にとって "すべての絵画を越える絵" となる作品との出会いも待っていた。その絵とは、ベラスケスが描いた宮廷の喜劇役者パブロ・デ・バリャドリードの肖像画である。

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.136

この絵は「道化役者」とういタイトルで呼ばれるのですが(現プラド美術館)、本書によるとマネがプラド美術館を訪れた当時、この絵には「フェリペ4世時代の有名な役者の肖像」というタイトルが付けられていました。この方が実態と合っているので、カミングは "喜劇役者" で通しています。


パブロはどこからともなく、圧倒的な姿をあらわす。光を放つ絵の表面に黒づくめの姿が不意に出現し、何もない空間に黒いシルエットがくっきりと浮かび上がる。彼をそこにつなぎとめているのは影だけだ。床はなく、みずからの確固たる存在感だけで、このひとり芝居の舞台に立っている。さっと姿をあらわすところは、まるで登場の場面のようだ。

役者は開いた両足を地につけ、持てるエネルギーを残さず体内に封じ込めようとするかのように、片手を胸のあたりに当てている。その姿を、ベラスケスが与える輪郭がしっかりと絵にとどめる。彼は不動だが、代わりに仕草が何かを物語る。ケープをつかむ手が、もう一方の手に合図を送る。するとその手は、その先に別の時と場所があるかのうように斜め下方を指す。じつに雄弁なジェスチャーだ。この絵はベラスケスの作品の中で唯一、動きが表現された肖像画でもある。饒舌じょうぜつな両手は、左手から右手へ、さらにその先の何もない空間にある思考をさす指先へと連鎖反応をもたらしながら、一緒になって掛け合い芝居を演じている。

舞台はなく、書割かきわりも、衣装も、小道具も、彼を特定の役柄や演技の枠にはめるものは何もない。パブロは自由に、ありのままの自分でいられる。この絵は彼をどんな役柄にも当てはめず、同様にどんな場所にも閉じこめていない。背後に壁はなく、建物も、設定も場面も何もなく、壁と床の境界すら消滅している。パブロが立つ空間はすでに彼の一部であり、その漠とした空間の中に、堂々たる役者の姿が浮かび上がる。右足はいつのまにか影を引きずり、その影は水面を漂う煙のごとく消えていく。パブロは一枚の絵の中で ── いや、絵の中に ── 立っている。

この絵を見たとき、マネは目を疑った。彼はマドリッドから画家仲間のアンリ・ファンタン = ラトゥールに次のように書き送った。「この絵は、これまでに描かれた絵の中で最も驚くべき作品だ。背景は消滅している。人物を包みこんでいるのは空気だ」

ローラ・カミング
「消えたベラスケス」p.136-137

No.36「ベラスケスへのオマージュ」で書いたように、マネは帰国後『パブロ・デ・バリャドリード』の影響のもとに、ハムレットに扮する知人の俳優を描いた『悲劇役者』を制作しました(No.222「ワシントン・ナショナル・ギャラリー」にも掲載)。マネはパブロを "役者" と認識していたことが分かります。そして、マネ独自の発展形が有名な『笛を吹く少年』(オルセー美術館)なのでした。



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No.229 - 糖尿病の発症をウイルスが抑止する [科学]

今回は、No.225「手を洗いすぎてはいけない」と同じく、No.119-120「"不在" という伝染病」の続きです。No.119-120 をごく簡単に一言で要約すると、

  人類が昔から共存してきた微生物(細菌や寄生虫)が少なくなると、免疫関連疾患(アレルギーや自己免疫疾患)のリスクが増大する

ということでした。「衛生仮説」と呼ばれているものです。その No.119 の中に糖尿病のことがありました。今回はその糖尿病の話です。

糖尿病には「1型糖尿病」と「2型糖尿病」があります。我々がふつう糖尿病と呼ぶのは「2型糖尿病」のことで、肥満や過食といった生活習慣から発症するものです。もちろん、生活習慣から発症するといっても2型糖尿病になりやすい遺伝的体質があります。No.226「血糖と糖質制限」で書いた糖質制限は、もともと2型糖尿病を治療するためのものでした。

一方、「1型糖尿病」は遺伝で決まる自己免疫疾患です。幼少期から20歳以下の年齢で発症するので、小児糖尿病とか若年性糖尿病とも言われます。これは、膵臓すいぞうにある膵島すいとう(ランゲルハンス島)を攻撃する自己免疫細胞が体内で作られ、膵島のβ細胞で生成されるインスリンが作られにくくなり(あるいは作られなくなり)、血糖値が上昇したままになって糖尿病になるというタイプです。No.119 で、この「1型糖尿病」について次の意味のことを書きました。

「1型糖尿病」は20世紀後半に激増した。

「1型糖尿病」の発症をそのままにしておくと生殖年齢まで生きられない。

唯一の治療法はインスリンの投与だが、インスリンは1920年代になってから医薬品としての使用が始まった。

なぜ遺伝子変異による致死性の自己免疫疾患が人類に伝わってきたのか。これは、1型糖尿病の発症を押さえる要因が以前はあったが、現代になってその要因がなくなったことを示唆している

この「1型糖尿病の発症を押さえる要因」とは何か、最近になってそれが解明されつつあります。それは No.119-120「"不在" という伝染病」のテーマであった「微生物と免疫関連疾患」に関係しています。そのことを「日経サイエンス」の記事から紹介します。


衛生仮説と1型糖尿病


日経サイエンスの2018年4月号に「1型糖尿病ワクチン - 衛生仮説が示す可能性」という解説記事が掲載されました。著者はアメリカのクレイトン大学(ネブラスカ州)のドレッシャー教授と、ネブラスカ大学のトレイシー教授です。この記事はまず、副題にある「衛生仮説」からはじまります。


30年近く前、英国の疫学者ストラッチャン(David P. Strachan)は花粉症や湿疹、喘息が20世紀になってから増えた理由を説明するため、直感には反するが明快な仮説を提唱した。彼は英国におけるこれらのアレルギー疾患の上昇率と、産業革命以降の生活水準の向上、特に幼児期に感染症にかかる例が激減したこととを関連づけた。生後1年以内に細菌やウイルスに曝露して生き延びることが、後の人生でこうしたアレルギー症状が表れるのをなぜか防ぐのだと彼は推測した。

現在「衛生仮説」として知られるこの仮説は本来アレルギー疾患に関するものだが、研究者たちはその後、この仮説の基本的な考え方を他の様々な疾患の歴史的増加を説明するのに用いてきた。ポリオや多発性硬化症、1型糖尿病の増加だ。多くの疫学調査によって、工業化がヨーロッパから北米その他に広がるにつれてこれらの疾患が増えたことが明らかになっている。

ドレッシャー、トレイシー
「1型糖尿病ワクチン」
(日経サイエンス 2018年4月号)

引用に出てくるポリオ(いわゆる小児麻痺)はポリオウイルスによって引き起こされますが、19世紀後半以降に大流行しました。多発性硬化症は神経細胞の保護膜(=ミエリンしょうNo.169「10代の脳」参照)を免疫系が攻撃する自己免疫疾患で、20世紀後半に世界のいくつかの地域で倍増しました。ドレッシャー、トレイシー両教授の研究テーマである1型糖尿病(=自己免疫疾患)も同様で、20世紀前半に増え始め、1950年代に激増しました。


激増する1型糖尿病



私たちの研究はストラッチャンが抱いたのと同様の根本的な疑問から始まった。以前は非常にまれだった1型糖尿病が1950年代には流行病となったのか ?

古代のギリシャやアラブ、インド、中国の医師はみな、あるまれな病状を記録に残している。急速な体重減と異常は喉の渇き、甘い尿などを特徴とするもので、これが1型糖尿病を指しているのはほぼ確実だ。

個々の病院のデータから推定して、20世紀初めには15歳未満の子供10万人につき1~2人が1型糖尿病に罹患していたとみられる。これに対し現在の数字は米国の一部では10万人あたり約20人、フィンランドでは同60人を超え、気がかりなことになおも増え続けている。

ただし増加のペースは一定でなかった。いくつかの国では長年じわじわと増えた後、20世紀半ばになって急増しはじめた。その後の1型糖尿病の増加は世界平均で年率3~5%と計算されている。2010年の1型糖尿病の罹患率は1998年に比べて40%も高まっている。

(同上)

日経サイエンス 2018-4.jpg
2型糖尿病と違って1型糖尿病は肥満や過食などの生活習慣が原因ではありません。遺伝性の自己免疫疾患で、発症リスクを高める遺伝子がいくつかあることが分かっています。しかし20世紀後半の1型糖尿病の急増の原因が遺伝子の変化ではありえません。DNAはこのような短期間では変化しないからです。急増は何らかの環境要因によるものと考えられます。

興味深いことに「赤道から遠く離れるほど発症例が多くなる」という研究が複数あります。ということは、日光を浴びると体内で作られるビタミンDが欠乏すると発症例が多くなるのかと疑われますが、そうでもないのです。フィンランドなどのいくつかの北国で「日照時間の短い地域よりも長い地域で1型糖尿病の有病率が高い」ことが疫学調査で分かったからです。

さまざまな環境要因が検討されるなかで、ある種のウイルスが1型糖尿病の発症に深くかかわっている疑いが出てきました。


エンテロウイルスと1型糖尿病


エンテロウイルスと総称されるウイルス群があります。エンテロとは古代ギリシャ語で "腸" を意味し、その名のとおり腸で増殖するウイルスの総称です。小児麻痺を引き起こすポリオウイルスはエンテロウイルスの仲間です。また手足口病もエンテロウイルスで引き起こされます。このエンテロウイルスが1型糖尿病の発症と進行にかかわっているという報告が相次ぐようになりました。


これまでに約40本の論文が1型糖尿病の発症と様々なエンテロウイルスの存在を強く関係づけている。死亡患者の膵臓組織からウイルスもしくはその遺伝物質が単離されているのだ。また、ある種のエンテロウイルス感染が1型糖尿病の進行に長期的な役割を果たしている可能性を示した研究もある。

(同上)

エンテロウイルスは100種以上のウイルスの総称で、その中のいくつかが1型糖尿病と関わっているようです。「コクサッキーB群」と呼ばれる6種のエンテロウイルスも関係が疑われるものです。

一般的にあるウイルスが病気の原因であることを証明するためには、患部からウイルスを単離する必要があります。しかし人間の膵臓から組織を安全に採取するのは外科的に極めて困難です。そこで著者たちはマウスを使って実験をはじめました。

「NODマウス」という系統のマウスがあります。NOD とは Non-Obese Diabetic の略で、直訳すると "非肥満性糖尿病の" です。糖尿病だが肥満ではない、つまり "1型糖尿病の" という意味です。その名のとおり NODマウスは何もしなくても1型糖尿病を発症します。さらに NODマウスはコクサッキーB群ウイルスによく感染することが分かりました。そこで著者たちは、NODマウスとコクサッキーB群ウイルスを使って実験を始めました。


私たちは2002年、無菌環境下に保たれたごく若い NODマウスに人為的にコクサッキーB群ウイルスを感染させた。これらのマウスは感染させなかった対照群と比べ、後に1型糖尿病を発症する率が大幅に低くなった。早期に病原体に曝露することが1型糖尿病の発症を防ぐ効果があるとする仮説を支持する結果だ。

興味深いことに、この効果はどのコクサッキーB群ウイルスによっても生じた。ただし保護効果の程度はウイルスのタイプによって違うようだった。フィンランドのタンベレ大学のウイルス学者フィオテらの実験も同様の結果を示した。

(同上)

若いNODマウスにコクサッキーB型ウイルスが感染すると1型糖尿病の発症リスクが大幅に減るという実験結果が得られました。では、コクサッキーB群ウイルスが1型糖尿病の発症を防ぐメカニズムはどうなっているのでしょうか。それを調べるため、著者たちはさまざまな年齢のNODマウスで実験をしました。


私たちは異なる年齢のマウスにコクサッキーB群ウイルスを感染させ、30週間以上にわたって観察した。何年も実験を重ねた結果、高齢の NODマウスに感染させた場合には、1型糖尿病の発症が減るのではなく、むしろ増えることがわかった。若い NODマウスで観察された先の結果とは対照的だ。

私たちはエンテロウイルスが高齢 NODマウスの膵島細胞に感染して増殖し1型糖尿病の発症をもたらすには、膵臓がすでに炎症を起こしている必要があると結論づけた。つまり、インスリンを作る膵島細胞が自己免疫T細胞によってすでに攻撃されている状態だ。

(同上)

両教授の結論は、1型糖尿病はまだ発症していない段階だが、膵島細胞が自己免疫T細胞によってすでに攻撃されて炎症を起こしている段階でコクサッキーB群ウイルスに感染するとウイルスが1型糖尿病の発症を早める、ということです。コクサッキーB群ウイルスは、若い NODマウスに感染するときと、成熟した NODマウスに感染するときでは働きが違うわけです。

ウイルスの感染によって病気が発症したり症状が悪化するという話は比較的わかりやすいものです。ではなぜ、若いNODマウスにコクサッキーB群ウイルスが感染すると1型糖尿病の発症が抑えられるのでしょうか。その理由は別の研究者が解明しました。


ラホヤ・アレルギー免疫学研究所(カリフォルニア州)のフォン・ヘラート(Matthias von Herrath)らの研究から、生後早期(自己免疫攻撃が始まる前)にエンテロウイルスに感染すると制御性T細胞の生成が刺激され、その細胞が成人期まで存続することが示された。

制御性T細胞は自己免疫性T細胞の生成を抑えることで1型糖尿病を防ぐ。だが膵臓が自己免疫性T細胞ですでに炎症を起こしていると(高齢の NODマウスでは自然にそうなる)、ウイルスは膵島細胞で増殖することが可能になり、この細胞を傷つけて糖尿病を加速する。

言い換えると、エンテロウイルスは NODマウスの1型糖尿病を防ぐことも促進することも可能で、どちらになるかは感染時の年齢による。

(同上)

ここでまた出てきたのは、大阪大学の坂口教授が発見した「制御性T細胞 = 免疫の発動を抑制する免疫細胞」です。"また" というのは、このブログで制御性T細胞について過去に2回書いたからです。

腸内細菌であるフラジリス菌がもつPSAという物質が、未分化のT細胞を制御性T細胞に分化させる。── No.70「自己と非自己の科学(2)」

腸内細菌であるクロストリジウム属を抗生物質で徐々に減らすと、ある時点で制御性T細胞が急減し、クローン病(炎症性腸疾患)を発症する。── No.120「"不在" という伝染病(2)」

人間の体内に入り込んだ微生物は、人間の免疫系の攻撃を避けるために免疫を抑制する制御性T細胞の生成を促すことがあります。微生物が人間の自己免疫病の発現を抑制する一つの原理がこれです。


ウイルスが1型糖尿病の発症と進行を左右する


以上の「エンテロウイルスと1型糖尿病の関係」をまとめた分かりやすい図が解説記事に載っていました。その図を下に引用します。この図は A、B、C、D の4つのケースで示してあります。それぞれのケースは以下のようです。

 A:遺伝的に1型糖尿病のリスクがないマウス 

1型糖尿病のリスクがないマウスの膵臓にエンテロウイルスが感染しても免疫系がそれを撃退する。

 B:1型糖尿病のリスクがある高齢マウス 

1型糖尿病のリスクがある高齢マウスの膵島は、すでに自己免疫性T細胞によって損傷している。そこにエンテロウイルスが感染すると1型糖尿病が発症する(発症が早まる)。

 C:1型糖尿病のリスクがある若いマウス 

1型糖尿病のリスクがある若いマウスにエンテロウイルスが感染すると、制御性T細胞が生成され、エンテロウイルスは撃退される。制御性T細胞はその後長期間に渡って膵臓にとどまり、膵臓は自己免疫反応に対する抵抗性を獲得する。

 D:Cのマウスが高齢になったとき 

Cのマウスが高齢になったとしても、制御性T細胞の存在によって自己免疫性T細胞の生成が抑制され、膵島は損傷しない。またエンテロウイルスが感染しても撃退される。1型糖尿病は発症しない。

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エンテロウイルス感染と1型糖尿病
日経サイエンス(2018年4月号)より


1型糖尿病予防ワクチン


NODマウスでの観察と同様のことが1型糖尿病遺伝子をもつ人間でも起こるとしたら(起こっているとしたら)、病気の発症を防ぐ手段がありうることになります。つまり、幼少期に人為的にエンテロウイルスに感染させれば、1型糖尿病の発症を抑止できる可能性があるわけです。こういった「人為的感染」は医学における長い歴史があります。それはジェンナーの種痘以来、病気の予防に多大な貢献をしてきた「ワクチン」です。

ワクチンには何種類かのタイプがありますが、まず「弱毒化生ワクチン」です。これはウイルスの発病能力を弱めたもので、ウイルスが体内で増殖するため効果が持続します。ただし病原性のウイルスに変異するリスクがあります。これに対して「不活性化ワクチン」はウイルスを増殖しないように "殺した" もので、リスクはありませんが、いずれ体内から消えてしまうので一般には再接種が必要になります。

実は、エンテロウイルスに対するワクチンで病気の撲滅に至った歴史があります。ポリオ(小児麻痺)です。ポリオウイルスもエンテロウイルスの一種です。ポリオは19世紀後半から流行が始まり、20世紀には数万人が死亡し、数百万人が身体障害者になりました。しかしワクチンが開発され(不活性化ワクチンと弱毒化生ワクチンの両方)その接種が徹底されたため、現在、ポリオの流行は世界でわずか3カ国だけになりました。

ポリオワクチンを接種すると体の中にポリオウイルスを攻撃する抗体ができ、それが記憶されるので、ポリオに罹患しなくなります。いわゆる "免疫記憶" であり、このメカニズムは No.69-70「自己と非自己の科学」に詳述しました。ポリオワクチンの特徴は、安全で効果抜群であることです。それでポリオはほとんど根絶されるに至った。だとしたら、同じエンテロウイルスの仲間である「1型糖尿病の発症を抑止するウイルス」のワクチンを作ればよいはずです。ウイルスに罹患しないことと自己免疫疾患を発症しないことは原理が違いますが、同様のワクチンで可能なはずです。

上の引用に出てきたフィンランドのウイルス学者、フィオテは、フィンランドのバイオ医薬企業、ワクテク社の会長です。ワクテク社はコクサッキーB群ウイルスのある一種に対する「不活性化ワクチン」を開発し、マウスで実験を始めました。2018年のうちには人(成人)でも実験を開始する予定です。今までの数多くの観察結果から、1型糖尿病の発症にかかわっているエンテロウイルスは1種類ではないことが分かっています。著者は「このワクチンが発症を有意に低下することを祈るばかりだ」と書いています。

しかし発症を有意に低下させることが分かったとしても、やるべきことはたくさんあります。1型糖尿病の発症に関わっているエンテロウイルス数種類の「混合ワクチン」を作ることや、「不活化ワクチン」と「弱毒化生ワクチン」の使い分け方の確立、そして何よりも小児に対する安全性の確認が重要です。著者は「1型糖尿病の予防を小児で試験するには10年以上かかるだろう」としています。


微生物と人間


1型糖尿病とエンテロウイルスの関係でも分かることは、人はウイルスをはじめとする微生物と深く関わりながら生きてきたことです。もちろん微生物には病気を引き起こすものがあります。自己免疫疾患でいうと、多発性硬化症はウイルスによって引き起こされるという説が有力です。その一方で、エンテロウイルスのように自己免疫疾患の発症を抑止するものがある。また、No.225「手を洗いすぎてはいけない」で書いたように、多くの常在菌は人間と "共生" していて、人間の役に立っています。

人間の微生物環境は、この100年程度で大きく変わりました。清潔な都市環境での生活は昔からあったものではありません。著者も次のように書いています。


つい忘れがちだが、現代の先進国の人々が享受している生活利便性の多くはまだ100年ほどの歴史しかない。ヨーロッパと北米で都市水道が普及するまで、人々は井戸や池、公共の泉から水を汲み、それを飲用から入浴、衣服の選択などあらゆる用途に使っていた。そうした飲料水が人間や動物の糞で少なからず汚染されていたのは驚くにあたらない。流水と石鹸の不足によって、現代とは違ってトイレの後に手を清潔に保つこともできなかった。したがって、食事の用意や握手といった単純な行動を通じて病原体が広範囲に拡散した。

(同上)

最後の一文に「病原体が広範囲に拡散」とあるのは、この文章がポリオ・ウイルスについて書かれたものだからです。しかし上の引用はもちろんエンテロウイルス全体にいえるし、また広く微生物全体と人間の関わりでもあるでしょう。

100年というのはヒトの進化の歴史からみるとごく短いものです。すべての現世人類の祖先は約10万年前にアフリカを出たヒトに由来するというのが最新の研究ですが、100年は10万年の1000分の1にすぎません。もっと遡って初期人類が二足歩行を始めたのが500万年前とすると、100年はその5万分の1です。進化の歴史からいうと無いに等しい時間のあいだに、ヒトの生活環境は激変してしまった。

何かを得れば、何かを失います。我々が現代の生活利便性を得ると同時に失ったものも、また大きいわけです。もう昔には戻れない以上、我々のできることは「失ったことの認識」を持つことであり、人間とそれをとりまく生態系のありようを「知ること」でしょう。そこからすべてが始まると思います。




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No.228 - 中島みゆきの詩(15)ピアニシモ [音楽]

前回の No.227「中島みゆきの詩(14)世情」を書いていて思い出した詩があるので、引き続き中島作品について書きます。《世情》という詩の重要なキーワードは "シュプレヒコール" でした。実はこの "シュプレヒコール" という言葉を使った中島さんの詩がもう一つだけあります。《世情》の34年後に発表されたアルバム『常夜灯』(2012)の第2曲である《ピアニシモ》です。

《世情》のほかに "シュプレヒコール" を使ったのは《ピアニシモ》だけというのは絶対の確信があるわけではありません。ただ CD として発売された曲は全部聴いているつもりなので、これしかないと思います。中島さんは詩に使う言葉を "厳選する" のが普通です。あまり歌詩には使わないような言葉ならなおさらです。34年後に "シュプレヒコール" を再び使ったのは、そこに何らかの意味があると考えられます。その意味も含めて詩の感想を書きます。


ピアニシモ


アルバム『常夜灯』の第2曲である《ピアニシモ》は、次のような詩です。


ピアニシモ

あらん限りの大声を張りあげて
赤ん坊の私はわめいていた
大きな声を張りあげることで
大人のあいだに入れると思った

大人の人たちの声よりも
男の人たちの声よりも
機械たちや車の音よりも
ずっと大きな声を出そうとした

だって歴史たちが示している
シュプレヒコールもアジテイションもみんな
わめかなければ届くものじゃない
がならなければ振り向きもされない
なのに あの人が私にリクエスト

ピアニシモで歌ってください
ピアニシモで歌ってください
大きな声と同じ力で
ピアニシモで歌ってください

それしか言わない あの人は言わない
戸惑った私は あの人を憎んだ
屈辱のようで腹を立てていた
仕返しのように小さく歌った

言わんことじゃない ほらあんじょう
通行人は誰も振り向きもしない
けれどその代りに私には
それから初めて聴こえたものがある
今すれ違った 気弱な挨拶

ピアニシモで歌ってください
ピアニシモで歌ってください
大きな声と同じ力で
ピアニシモで歌ってください

あの人に会えるなら伝えたい
あの人はもう この町にいないから
私はピアニシモで歌っていますと
でも たまにはフォルテシモでも歌いますと

ピアニシモで歌ってください
ピアニシモで歌ってください
大きな声と同じ力で
ピアニシモで歌ってください

A2012『常夜灯

常夜灯-1.jpg

常夜灯-2.jpg
①常夜灯 ②ピアニシモ ③恩知らず ④リラの花咲く頃 ⑤倒木の敗者復活戦 ⑥あなた恋していないでしょ ⑦ベッドルーム ⑧スクランブル交差点の渡り方 ⑨オリエンタル・ヴォイス ⑩ランナーズ・ハイ ⑪風の笛 ⑫月はそこにいる

この詩は《世情》に比べると平易な言葉使いで、そのまま読んでも表現されていることがスッと分かる詩です。ただし、その中に何らかの意味が込められているようです。もちろんキーワードは "ピアニシモ" であり、その反対の言葉である "フォルテシモ" です。これは何を意味しているのか、そこがポイントです。


ピアニシモ(pp)とフォルテシモ(ff


「ピアニシモで歌う」「フォルテシモで歌う」とはどういうことでしょうか。これは音楽用語なので「非常に弱く歌う」と「非常に強く歌う」というのが第1義です。もちろんそれだけでは意味がとれません。クラシック音楽ならともかく、ポップ・ミュージックで「ピアニシモで歌う」のは、コンサートホールでも街角でも CD でも滅多にないからです。従って「ピアニシモで歌う」について、言葉通りではない何らかの解釈が必要です。「フォルテシモで歌う」の方が考えやすいので、まずその意味を考えてみると次のようになるでしょう。あくまで個人の見解です。


フォルテシモで歌う

自分の思いや考え、訴えたいことをストレートに表した詩を書き、歌う際には、その思いや訴えが聴衆の誰もに同じように伝わるように、はっきりと、強く表現する。


作者の思いや訴えがフォルテシモのように強く聞こえる歌、ないしは歌い方ということです。このように考えると「ピアニシモで歌う」はその逆になります。


ピアニシモで歌う

人の心や、人と人の関わり、人生、ないしは社会における人の生き方などを作者なりの視点や切り口で詩にし、その詩に最もふさわしい歌い方で歌う。その中から作者の「思い」や「訴え」が滲み出るようにする。従って聴き手により「思い」の伝わり方は違うし、どう受け取るかは聴き手による。しかし、それこそが「歌の力」を示すことになる。


のように解釈できます。つまり「ピアニシモ・フォルテシモ」は、歌で何かを表現するときの表現の仕方の問題だという見方です。「強い」が一本調子と、「弱い」が幅広い人の心に染み入る、の違いと言ったらいいのでしょうか。もちろん他にも意味の取り方があると思います。


"気弱な挨拶" を求めて


この詩は「あの人」に言われて「ピアニシモで歌う」ようになったというストーリーです。「あの人」とは誰でしょうか。普通に考えれば歌の先生筋にあたる人か、あるいは歌い手が尊敬する人でしょう。歌手としての人生に大きな影響を与えた人です。今は近くにはいないようですが、具体的にどういう人かの手がかりが詩にはありません。それは受け取る人の想像に任せられています。

そして、この詩のハイライトは次の部分です。「ピアニシモで歌う」ことで初めて、歌い手が得たものがあるわけです。


それから初めて聴こえたものがある
今すれ違った 気弱な挨拶


この部分が詩として光っています。「今すれ違った 気弱な挨拶」という一行です。もっと限定すると「気弱な挨拶」という表現です。「気弱」と「挨拶」という二つの言葉の、ちょっと意外な組み合わせに詩人・中島みゆきの感性が現れている。非常に "雰囲気のある" 表現です。ちなみにGoogleで「気弱な挨拶」を「語順も含め完全一致」で検索すると20件しかヒットしませんが(2018.3.30 現在)、そのうち17件は《ピアニシモ》の歌詞を掲載したサイトであり、1件は《ピアニシモ》の歌詞から引用したものです。普通はまず使わない言葉ということでしょう。

すれ違いに聞こえてくる「気弱な挨拶」こそが、ピアニシモで歌う(ただし大きな声と同じ力で歌う)歌手が求めてきたものなのでした。


シュプレヒコールとアジテーション


この詩のハイライトの2つめは

  大きな声と同じ力でピアニシモで歌うが
たまにはフォルテシモでも歌う

としているところです。そして「フォルテシモでも歌う」ことの比喩としてあげられているのが、"シュプレヒコール" と "アジテーション" です。冒頭に書いたように、前回(No.227)取り上げた《世情》には "シュプレヒコール" が出てきます。中島さんは《世情》を思い出しながら《ピアニシモ》の詩を書いたに違いないのですが、ここではさらに "アジテーション" が付け加えられています。

アジテーションも政治的ニュアンスの言葉で、「人々をある行動に駆り立てようとする、強い調子の演説や文章」という意味です。ネガティブな意味では「煽動」ですが、ニュートラルな意味でも使える。前回(No.227)の《世情》で連想した学生運動で言いますと、アジテーションは「アジ」と略され、「アジ演説」「アジビラ」のように使われました。

この、シュプレヒコールとアジテーションを「歌」に置き換えて考えてみると、「強いメッセージ性をもった詩と、それを全面的に押し出した歌い方」というようになるでしょう。「たまにはフォルテシモでも歌います」という宣言はそのことを言っていると解釈できます。


歌うことについての詩


さらにこの詩の重要なポイントは、歌手ないしは歌い手が主人公というか、「歌うこと」について書かれた詩だということです。中島作品の中で、こういう詩は極めて珍しいと思います。No.68「中島みゆきの詩(5)人生・歌手・時代」でも取り上げたのですが、「歌い手」ないしは「歌手」をテーマにした作品は、覚えている限りでは次の3つです。なお、「ミュージシャン」という詩(A1988「中島みゆき」の第5曲)がありますが、このミュージシャンは歌手とは限らないし、歌うことについての詩でもないので除外します。


歌をあなたに

何んにも言わないで この手を握ってよ
声にならない歌声が 伝わってゆくでしょう
どんなに悲しくて 涙 流れる日も
この手の中の歌声を 受け取ってほしいのよ

それが私の心 それが私の涙
なにもできない替わり 今 贈る

歌おう 謳おう 心の限り
愛をこめて あなたのために

・・・・・・
A1976『私の声が聞こえますか

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A1976『私の声が
聞こえますか』
A1981 臨月.jpg
A1981『臨月』

夜曲

街に流れる歌を聴いたら
気づいて 私の声に気づいて
夜にさざめく灯りの中で
遙かにみつめつづける瞳に気づいて

あなたにあてて 私はいつも
歌っているのよ いつまでも
悲しい歌も 愛しい歌も
みんなあなたのことを歌っているのよ

街に流れる歌を聴いたら
どこかで少しだけ私を思い出して

・・・・・・
A1981『臨月

歌姫

淋しいなんて 口に出したら
誰もみんな うとましく逃げ出してゆく
淋しくなんかないと笑えば
淋しい荷物 肩の上でなお重くなる

せめておまえの歌を 安酒で飲みほせば
遠ざかる船のデッキに立つ自分が見える

歌姫 スカートの裾を
歌姫 潮風になげて
夢も哀しみも欲望も 歌い流してくれ

・・・・・・
A1982『寒水魚
A2004『いまのきもち

A1982 寒水魚.jpg
A1982『寒水魚』
このうち《歌をあなたに》(1976)は単に "歌うことがの好きな人" かも知れないのですが、《夜曲》(1981)と《歌姫》(1982)は明らかにプロの歌手、ないしはプロに準ずる歌い手がテーマになっています。また《歌をあなたに》と《夜曲》は一種のラブソング、ないしはラブソングをよそおった曲で("あなた" が恋人とは限らないから)、"わたし" と "あなた" の関係性を歌うことに託して語っています。一方、《歌姫》は純粋に「歌うことについての詩」になっています。

この3つの詩は1976年から1982年にかけて、中島さんが24歳から30歳のときの作品です。そして《歌姫》(1982)から30年後に作られた「歌うことについての詩」が《ピアニシモ》(2012)なのです。

No.68「中島みゆきの詩(5)人生・歌手・時代」にも書きましたが、一般的に言って、中島さんの作品に「自分のことを表現している詩」はないと思います。しかし《歌をあなたに》《夜曲》《歌姫》そして《ピアニシモ》については、歌手としての自分を語っているのではと思うのですね。特に《歌姫》と《ピアニシモ》です。この2つは純粋に「歌うことについての詩」であり「歌うことについての歌」になっている。シンガー・ソングライターが「歌うことについての詩」を作るとき、それは自己表現、あるいは、ありたい姿の表現と考えるのが自然だと思います。


フォルテシモでも歌う


その視点で《ピアニシモ》を振り返ってみると、この詩で表現されている歌い手の基本的なスタンスは「ピアニシモで歌う」ことです。すぐに連想するのはアルバムのタイトルであり、アルバムの第1曲でもある "常夜灯" という言葉です。夜道を照らし、時折りそこを行く人の道しるべになり、人に大きな安心感を与える。ただし光そのものは闇の中にひっそりと存在する。第1曲『常夜灯』は、そのようなイメージから発想を膨らませた詩になっています。またアルバムのタイトルにするということは "常夜灯" がアルバムの基調テーマということでしょう。《ピアニシモ》にある「フォルテシモと同じ力でピアニシモで歌う」という表現は、"常夜灯" に我々が抱くイメージと強く重なります。

問題は、詩の中で「たまにはフォルテシモでも歌います」と宣言しているところです。ここで思い浮かぶのが、アルバム『常夜灯』の第5曲である《倒木の敗者復活戦》です。この詩は No.213「中島みゆきの詩(13)鶺鴒セキレイと倒木」で取り上げましたが、「東北の復活戦」では詩にならないので「倒木の敗者復活戦」としたのではないでしょうか。これは中島さんがフォルテシモで歌った曲、中島さんなりの "歌によるシュプレヒコール" であり "歌による(悪い意味ではない)アジテーション" だと思います。アジテーションとは上にも書いたように「人々をある行動に駆り立てようとする、強い調子の演説や文章」であり、人々の感情に訴えようとするものです。

そういう詩を書き、そういう歌い方をする。それは歌い手としてのあるべき姿からはずれるかもしれないが、そいうことがたまにはあってもよい。詩や歌は大変幅広く、多様なのだから ・・・・・・。《ピアニシモ》という詩は(そして歌は)そう言っているように思いました。




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No.227 - 中島みゆきの詩(14)世情 [音楽]

今年の正月のテレビ番組を思い出したので書きます。No.32 でも書いたテレビ朝日系列の「芸能人格付けチェック」(2018年1月1日 放映)のことで、今年久しぶりに見ました。No.32 で書いたのは、この番組の本質です。それは、

  問題出題者は、高級品・高級食材に人々が抱いている暗黙の思いこみを利用して回答者を "引っかけ" ようとする。回答者は思いこみを排し、問題にどんな "罠" が仕掛けられているのかを推測して正解にたどり着こうとする。

としました。もちろんここで言う回答者とは「番組の本質が分かっている回答者」であり、そういう回答者ばかりでないのは見ていて良く分かります。そして、久しぶりに見て改めて感じたのは、番組の "フォーマット" の良さです。つまり、

  回答者を順に Aの部屋とBの部屋に入れ、互いをモニターできるようにし、かつ視聴者は2つの部屋をモニターでき、最後は司会者が正解の部屋の扉を開けることによって正解者が驚喜するという、このテレビ番組のフォーマットが素晴らしい

のです。このフォーマットがなければ全くつまらない番組になるでしょう。これを発明した人はすごいと思います。日本のテレビ番組のフォーマットは海外に輸出した実績がありますが(料理の鉄人など)、この番組も売れるのではないでしょうか。

今年の「芸能人格付けチェック」はGACKTチームとしてYOSHIKIさんが出演していました。GACKTさんは例によって全問正解で連勝記録を伸ばしていましたが、YOSHIKIさんも全問正解でした。問題の一つのワインのテイスティングでは、YOSHIKIさんが自分の名前の入ったワインを作っていることを初めて知りました。相当なワイン通のようです。GACKTさんが5年越しで説得して番組に出演してもらったそうですが、かなりの "目利き" だと分かっていたからでしょう。単に親しいミュージシャンだからという理由でこの番組への出演を説得するはずがありません。



番組の最後には「ミニ格付けチェック」というコーナーがあって、司会の浜田雅功さんと伊東四朗さんと女性アシスタントが問題に挑戦します。ここで浜田さんが2年連続の「写す価値なし」となってしまいました。そしてこのとき流れた BGM が、中島みゆき《世情》でした。《世情》の "時の流れを止めて" というフレーズが聞こえてきたので、「これ以上 "写す価値なし" にならないで」という意味を重ねたのでしょう。

中島ファンとしては、こんなところで《世情》という名曲を使わないで欲しいと思うのですが(そして単に "言葉尻" をとらえた使い方をして欲しくないと思うのですが)、この曲はかつてTBSのドラマ「3年B組金八先生」で用いられたことがあるので(1981年)、テレビとは縁があるのでしょう。また「芸能人格付けチェック」の制作スタッフの中に中島みゆきの楽曲を熟知している人がいる感じもして、それはそれで良しとしましょう。

今回はその、中島みゆき《世情》についてです。この詩は No.67「中島みゆきの詩(4)社会と人間」でも取り上げたのですが、詩の一部だけだったので、改めてこの詩だけにフォーカスして書くことにします。

なお、中島みゆきさんの詩についての記事の一覧が、No.35「中島みゆき:時代」の「補記2」にあります。


中島みゆき 《世情》


《世情》は1978年(中島みゆき 26歳)に発売されたアルバム『愛していると云ってくれの最後の収録された曲で、次のような詩です。


世情

世の中はいつも 変わっているから
頑固者だけが 悲しい思いをする

変わらないものを 何かにたとえて
そのたび 崩れちゃ そいつのせいにする

シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため

世の中はとても 臆病な猫だから
他愛のない嘘を いつも ついている

包帯のような 嘘を 見破ることで
学者は 世間を 見たような気になる

シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため

シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため

シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため

A1978『愛していると云ってくれ


愛していると云ってくれ.jpg
①「元気ですか」 ②怜子 ③わかれうた ④海鳴り ⑤化粧 ⑥ミルク32 ⑦あほう鳥 ⑧おまえの家 ⑨世情

曲はギターだけで始まり、小さく合唱が出てきて、それがだんだん大きくなったところで中島さんが歌い出します。上の詩が終わったあとのエンディングでは再び合唱が出てきて、「シュプレヒコール ~ 戦うため」の部分がさらに4回繰り返されるうちにフェイドアウトして楽曲が(=アルバムが)終わります。

この詩のキーワードは、4回出てくる "シュプレヒコール" です。誰が聴いてもそう思うはずです。最初と最後に出てくる合唱は、シュプレヒコールをあげながら行進するデモ隊が近づいてきて、通り過ぎていく情景が浮かびます。そして、このキーワードが学生運動を連想させます。詩の中の "学者" という言葉が大学を暗示している。シュプレヒコールは一般にデモ隊が発するものなので限定して考える必要はないのですが、ここでは学生運動を想定することにします。

このアルバムが発売されたのは1978年です。今では「学生運動」は死語に近くなっていますが、1978年当時はその10年前ほどから全国に広がった学生運動のリアルな記憶ある頃でした。そこで、アルバム発売のちょうど10年まえ、1968年に戻ってみます。


1968年からの数年間


1968年の1月です。従来から医者のインターン制度(無給の研修医制度)の改革を要求していた東京大学医学部の学生は、新制度に反対してストライキに突入しました。この中で、医学部教授が長時間拘束されるという事態になりました。3月、医学部は学生17人を退学や停学の処分にします(この中には拘束の現場にいなかった学生もいた)。これが学生たちの怒りに火をつけ、闘争が始まりました。6月、学生たちは東大のシンボルである安田講堂を占拠し立てこもります。そして東大闘争全学共闘会議(全共闘)が組織され、医学部のみならず全学の自治会がストに突入しました。

その後の経緯は紆余曲折があるのですが、結局大学側は翌年の1969年1月に機動隊の出動を要請し、安田講堂の封鎖は解除され、多数の逮捕者を出しました。その安田講堂の "攻防戦" はテレビで全国に大々的に生中継されました。この一連の紛争の結果、東京大学の入学試験が中止されるという前代未聞の事態になりました。1969年4月に東大に入学した人はゼロです。そして1969年から1970年にかけて、大学の改革を要求する学生たちの運動は全国的に波及しました。また1970年は1960年に締結された日米安全保障条約の改定の年であり、いわゆる「70年安保闘争」にもつながっていきました。

  余談ですが、No.130「中島みゆきの詩(6)メディアと黙示録」に書いたように、評論家・思想家の内田 たつる氏は1950年9月生まれなので、順当なら大学入学は1969年4月です。しかし内田さんは1970年4月に東大に入学しています。おそらく東大入試が中止されたので、あえて一浪したのでしょう。入試中止というのは現役で東大を目指していた人にはショックだったでしょうが、一浪して目指していた人にとってはもっとショックだったはずです。

1968年というと、日本大学の不正会計に端を発した日大闘争が起きた年です。また、この年には欧米でも学生運動が多発しました。フランスでベトナム戦争反対、大学運営の民主化を要求して大規模なデモとストライキが起こったのも1968年です(5月革命、ないしは5月危機)。またアメリカの学生運動で有名なコロンビア大学闘争も1968年です。ちなみに1968年にはチェコスロバキア(当時)で自由化・民主化を求める「プラハの春」が起きました(ソ連が武力介入して弾圧)。またアメリカの公民権運動の指導者だったキング牧師が暗殺されたのもこの年でした。

そもそも1960年代後半は、アメリカがベトナムに介入したベトナム戦争に反対する市民運動やデモが、アメリカのみならず日本やヨーロッパでも多発していました。もちろん学生たち(あるいは高校生たち)もそこに参加していました。

以上のような1960年代後半の学生運動を描いた映画も作られました。有名なのが、No.35「中島みゆき:時代」で書いた『いちご白書』です。この映画はまさに1968年のコロンビア大学闘争が題材となっていました。『いちご白書』の日本公開は1970年の秋です。



以上の経緯に中島みゆきさんの経歴を重ねるとどうなるでしょうか。中島さんは1952年2月23日生まれです。高校・大学の経歴を各年の4月の時点でみると、

1968年4月・16歳
高校2年(帯広柏葉はくよう高校)
1969年4月・17歳
高校3年
1970年4月・18歳
大学1年(ふじ女子大学・札幌)

ということになります。つまり高校1年の3学期に東大闘争がはじまり、高校2年のときに闘争がピークを迎えて安田講堂攻防戦のテレビ生中継があり、高校3年では学生運動が全国に波及し、東大入試がなかった1969年4月の1年後に大学に進学したことになります。『いちご白書』の日本公開は大学1年の秋です(中島さんの『時代』は『いちご白書』の主題歌に影響されたところがあるのでは、という推測を No.35「中島みゆき:時代」に書きました)。

高校生というと、社会への関心が芽生える頃です。中島さんの作品から判断すると、彼女は社会への関心が極めて強いと考えられます(No.67「中島みゆきの詩(4)社会と人間」)。極端には "この国は危うい" という詩も書いている(「4.2.3.」という詩。1998年のアルバム「わたしの子供になりなさい」に収録)。そういう社会への関心、社会との関係性で人間を考えるというスタンスは、普通、高校生時代に芽生えるものです。彼女も帯広の高校で学生運動の報道を見聞きしながら、そういった思いを膨らませていったと推測します。

『世情』という詩は、歌手デビュー(1975年)してから3年後(1978年)に、1968年~1970年ごろを振り返って作った作品だと考えられます。


シュプレヒコールの波


しかし作品はあくまで独立したものなので、それを作者の個人史をもとに解釈するのは本来の姿ではありません。そういう解釈は中島さんが嫌う態度でしょう。学生運動のイメージに頼りすぎずに『世情』を詩として解釈するとどうなるかです。解釈のポイントは4回繰り返される、


シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため


という部分でしょう。これは詩であって、論理的な文章ではありません。省略されている言葉があるし、また中島さんの詩には二重の意味にとれる言葉が多々あります(言葉の多義性を利用した詩)。上の引用の「変わらない夢」も二重の意味にとれると思います。まず、

以前からずっと抱いていて、今後も抱くであろう "夢"(=こういう風になりたい、ありたい、との願い)

という理解があります。これが普通の受け止め方だと想います。ただ、この詩の場合は、

今の状況のままでありたい、変わらないで欲しいという夢や願い

ともとれるでしょう。つまり夢の内容が「変わらないこと」であるという解釈です。こういうニュアンスもあって、シュプレヒコールからの4行をどのように解釈するかは人によって差異が生じて当然です。その差異があるという前提で解釈を書くとすると、

「シュプレヒコールをあげる人たち」が、「別の誰か」と戦っている。

その「別の誰か」とは、時の流れが止まってほしい、このままであって欲しいという「変わらぬ夢」を見ている人たちである。

その反対に、シュプレヒコールをあげる人たちの「変わらぬ夢」とは、時の流れを進め、流れに乗って、現状とは違う新しい世界を願う人たちである。

ということでしょう。政治的なニュアンスで表現したとしたら「改革派」と「現状維持派」ということになるのでしょうが、こういう対立は何も政治に限りません。人間社会におけるさまざまな組織やグループにみられるものです。一人の個人の中にもこの二つの思いがあったりする。これはどちらが良いとか悪いとかではなく、普遍的な二項対立です。

これと関連して「変わらない」ということばが出てくる次の部分も重要だと思います。


変わらないものを 何かにたとえて
そのたび 崩れちゃ そいつのせいにする


これをさきほどの「改革派」と「現状維持派」という言葉をあえて使って解釈すると、

  改革派は現状維持派を何かにたとえて自らの主張の正当性を言い、その主張が崩れると現状維持派のせいにする

という感じでしょうか。ただしこの様に "固定的に" 考えるのはあまりよくないのかも知れません。中島さんの作品には、聴く人のその時の心情によって違うイメージを重ねてもいいような言葉使いがいろいろとあるからです。

ただ、この詩は「シュプレヒコール」に加えて「変わらない」という言葉がキーワードになっていることは確かでしょう。冒頭の1行から「変わっている」という「変わらない」の反対語が出てきます。その直後の「頑固者」は「変わらないもの」と類似の意味の言葉です。さらに、変わることの象徴である「時の流れ」、あるいは省略して「流れ」もこの詩のキーワードになっています。

そして4回繰り返される「シュプレヒコール ~ 戦うため」は、やはり「時の流れを止めようとするもの」との "戦い" へのシンパシーを表現したものだと思います。アルバムを聴くと、中島さんは一番最後の「戦うため」という言葉だけを強く、長く伸ばして歌っているのですが、その歌い方に詩を書いた意図が表されていると思います。


"世情" というタイトル


さらにこの詩には、世の中に関する次のような認識が盛り込まれています。

世の中はいつも変化している
頑固者が悲しい思いをする
世の中はとても臆病
世の中には他愛のない嘘があふれている
他愛のない嘘を指摘して思い上がる人たちがいる(= "学者" と表現されている)

「シュプレヒコール」「変わらない夢」「変わらないもの」「時の流れ」に加えて、これらすべてが "世情" という言葉でくくられています。この "世情" というタイトルに注目すべきだと思います。"世情" とは「世の中のありさま」とか「世の中の状況」とか「世間一般の人の考えや人情」といった意味です。"世情" は、何らかの価値判断をしている言葉ではなく、いわば無色透明な言葉です。26歳の新進気鋭のシンガー・ソングライターなら、ふつう曲の題名にはしないような、もっと言うとポップ・ミュージックの題名にはそぐわないような言葉です。ちょうど『時代』というタイトルの付け方に似ています。

このタイトルが示しているのは、世の中はこういうもの、という認識でしょう。これはいつの世にもありうる状況を切り取った詩だと思います。はじめに学生運動を想起させると書きましたが、そういう固定的な解釈はそぐわない。「時の流れの中に夢をみるもの」と「時の流れを止める夢を見るもの」の対立は普遍的にあるものだからです。学生運動の記憶がこの詩のきっかけだったかもしれないが(それとて本当かどうか不明です)、この詩が見据えている本質ではありません。

《世情》を他の歌手の方が歌っているのをテレビで視聴したことがあります。その方は強い感情を込め、思い入れたっぷりに、まるで「戦いに破れて挫折した人たちに対する哀悼やエール」のような歌い方をしていました。何だか違和感がありましたね。そういう歌い方をすべき詩なのだろうかと思ったわけです。もちろん "思い入れ" があってもいいのですが、全体としては "世情" についての詩、"世の中の状況" についての詩です。感情をあからさまにせず、どちらかいうと淡々と歌った方がいい。その中から "思い入れ" が滲み出てくるような歌い方 ・・・・・・。アルバムでの中島さんがまさにそうです。

『世情』のような内容の曲を他の歌手がカバーするのは危険だと思います。歌手としてのよほどの力量がないと、本来の姿からねじ曲がってしまう。

やはりポイントは、いつの時代にもいえる普遍性を表現した詩だということです。それが "世情" だと思います。


作曲家:中島みゆき


詩の内容ではないのですが、作曲の面から付け加えたいと思います。4回繰り返される(最後の合唱まで含めると8回繰り返される)、


シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため


の部分ですが、ここのメロディーが詩の内容に良くマッチしています。上昇し下降する旋律が、同じリズム(似たリズム)で8回繰り返されるのですが、これが「シュプレヒコールの波」という詩の「波」という言葉と良く合っている。波が幾度となく押し寄せるように、シュプレヒコールが何度も近づき、遠ざかっていく様子が、メロディー・ラインでうまく表現されています。また、モノローグのように始まる最初の部分との対比もよく利いています。

前にも書きましたが、中島作品の評価やコメントにおいて「作曲家・中島みゆき」が語られることは、「歌手」や「詩人」と比較すると少ないと思います。だけど彼女は、歌手、詩人と同程度に、作曲家として優れていると思います。その3つが非常に高いレベルにあり、かつ融合している。この文章を書くために久しぶりに《世情》を聴いてみて、改めてそう思いました。

続く


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No.226 - 血糖と糖質制限 [科学]

No.221「なぜ痩せられないのか」の続きです。No.221 で米国・タフツ大学の研究を紹介しました。食物のグリセミック指数(Glycemic Index。GI値)と肥満の関係です。GI値とは、その食物を摂取したときにどの程度血糖値(血液中のブドウ糖の濃度)が上昇するかという値で、直接ブドウ糖を摂取したときを 100 として指数化したものです。タフツ大学の研究結果は、

高GI値の食物を摂取すると、その後に脳が空腹感を感じやすく、このことが原因となって過食になりやすい。

被験者を集めて実験した結果、低GI値の食事メニューを半年間食べ続けると体重が平均8kg減り、脳が低GI値の食物により強く反応する(= 脳がほっする)ようになった

というものでした。この研究は、肥満(ないしはダイエット)と脳の働きの関係に注目しているのがポイントです。空腹感は人を生き延びさせる大切な脳の働きであり、ダイエットをするために空腹感と戦ってはダメです。そもそも空腹感が起きにくい(かつ健康的な)食事をすべきだということでした。

No.221 にも書いたのですが、「低GI値の食物 = 血糖値の上昇が少ない食物を食べてダイエットをする」というのは、いわゆる糖質制限と基本的には同じです。そこで今回は、血糖値と肥満の関係、糖質制限がなぜダイエットになるのかという基本的なところを振り返ってみたいと思います。こういった人間の体の微妙なメカニズムを理解することが、健康に生きるために大切なことだと思うからです。

理解のためのキーワードは「糖」であり、「糖質」と「血糖」です。人体のメカニズムに入るまえにまず、糖質とはなにか、血糖とは何かを整理しておきます。


糖質と血糖


 糖・糖類 

"糖" はアミノ酸や脂肪酸と並んで人体の構成要素やエネルギー源になっている最も基本的な物質です。「単糖類」が基本であり、「二糖類」「オリゴ糖」「多糖類」があります。

単糖類は、消化酵素でそれ以上は分解できない糖で、

ブドウ糖(グルコース)
果糖(フルコース)
ガラクトース

が代表的なものです。いずれも甘味があります。単糖類がそれだけで食品になっているのがハチミツで、成分はブドウ糖と果糖です。果糖は果物に多く含まれていて、天然に存在する物質としては最も甘いものです(砂糖より甘い)。ガラクトースは乳汁に含まれています。

二糖類は単糖類2つからなる糖で

蔗糖(スクロース)
 ブドウ糖+果糖
麦芽糖(マルトース)
 ブドウ糖+ブドウ糖
乳糖(ラクトース)
 ブドウ糖+ガラクトース

が代表的です。いずれも人の消化酵素によって単糖類に分解され、またそれ自身が甘味を持っています。最も甘いのは蔗糖しょとう(=砂糖の成分)です。麦芽糖は発芽した麦類に多く含まれ、乳糖は乳汁に多く含まれます。

オリゴ糖は 3~10個の単糖類が結合した糖類です。人間にはオリゴ糖を消化できる酵素がなく、腸内細菌であるビフィズス菌や乳酸菌で分解されます。ちなみに母乳には乳糖のほかにオリゴ糖が含まれていて、人は生まれた時から腸内細菌の存在を前提としていることが分かります。オリゴ糖を少糖類と言うことがあり、また二糖類まで含めて少糖類とすることもあります。

多糖類は10を越える単糖類が結合したもので、デンプンとグリコーゲンが代表的なものです。デンプンはブドウ糖が多数結合したもので、穀物や根菜類(イモなど)に多く含まれます。アミラーゼという酵素で麦芽糖に分解され、さらにブドウ糖へと分解されます。もちろん穀物や根菜類だけでなく、多くの豆類もデンプンを含んでいます。

グリコーゲンも多数のブドウ糖の結合体です。人体ではブドウ糖からグリコーゲンが合成され、再びブドウ糖に分解されることでエネルギー源になります。つまり、ブドウ糖の貯蔵物質としての役割をもっています。

多糖類は人間が消化できないものが多いのですが、その代表がセルロースです。セルロースは植物の細胞壁を構成する物質で、地球上にある糖類は量からするとセルロースが最も多くなります。人の腸内細菌はこれを脂肪酸などに変換し、これがエネルギー源となります。草食動物(たとえば牛)は胃にセルロースを分解できる細菌がいて、そこで栄養素が生み出されます。

栄養素としてよく話題になる食物繊維は、難消化性の多糖類の総称で、セルロースがその代表的なものです。食物繊維が多い代表的な食品は、前回の No.225「手を洗いすぎてはいけない」にあげました。

 炭水化物・糖質 

炭水化物は糖類とほぼ同義です。分子式で書くと C(炭素)と H と O(水分子の構成原子)になるので "[炭][水]化物" ですが、化学的な見方だといえます。難消化性の炭水化物が食物繊維で、それ以外の消化性のものが糖質です。つまり、

 炭水化物 = 糖質 + 食物繊維

が普通の言葉の使い方です。

 血糖・血糖値 

血糖とは血液中のブドウ糖のことで、脳の主要なエネルギー源になります。厳密にはケトン体も脳のエネルギー源ですが、話をシンプルにするために、以降は「脳のエネルギー源 = ブドウ糖」とします。血糖値とは血液中に含まれるブドウ糖の濃度で、人間では 100mg/dl 程度が平均的な値です。dl(デシリットル)とは小学校で習う単位ですが、デシは 1/10 の意味で、1dl = 0.1リットルです。100mg/dl は 1g/L ということになります。

血糖値は食事によって変化します。健康診断の結果表を見ると、血糖値の基準値が「食後1時間の値」「食後2時間の値」「空腹時の値」にわけて書いてあります。全体では70~160程度の値(あるいは80~140程度)になっていて、これをざっくり平均すると 100mg/dl 程度になるということです。

血糖値を上げる唯一の物質は糖質で、消化酵素によってブドウ糖が生成されることにより血糖値が上昇します。なかでも特にデンプンと砂糖です。食物繊維は腸内細菌によって分解されますが、生成されるのは主に脂肪酸であり、血糖値が上昇することはありません。もちろん脂質やタンパク質そのものは血糖値を上げません。

食物には「純粋な糖質」とか「純粋な食物繊維」はなく、タンパク質が豊富な大豆にもデンプン(糖質)や食物繊維が含まれています。No.221「なぜ痩せられないのか」に、食品のグリセミック指数(GI値)書きました。GI値の低い食物は血糖値の上昇が少なく、GI値の高い食物(70以上)は血糖値を上げやすい。再掲すると以下です。

GI値の低い食物(55以下)
  タンパク質が豊富な食物(魚貝類、肉類、肉加工品、豆類、納豆、豆腐、豆類加工品、卵、牛乳、乳製品、ヨーグルト、など)。また、食物繊維が豊富な食物(ほとんどの野菜、海草、果物、全粒穀物、小麦ブラン、ナッツ類、など)。

GI値が中程度の食物(55-70)
  そうめん、そば、ライ麦パン、玄米、五穀米、パスタ、サツマイモ、など

GI値の高い食物(70以上)
  食パン、白米、うどん、もち、もち米、ビーフン、コーンフレーク、シリアル、ジャガイモ、カボチャ、ヤマイモ、チョコレート、ドーナツ、ショートケーキ、など

GI値の高い食物の共通項は、穀物か根菜か砂糖であり、穀物と根菜の共通項はデンプンです。


糖質食で太る理由、糖質制限で痩せる理由


以上をふまえて、糖質が多い食物を摂取し過ぎるとなぜ太るのか、また糖質制限でなぜ痩せるのかをまとめます。実は、私が一番納得のいった(そして分かりやすい)説明は、夏井 まこと氏の著書である『炭水化物が人類を滅ぼす』(光文社新書 2013)にあった説明でした。それを以下に引用します。夏井氏は医者(形成外科医)です。題名の「人類を滅ぼす」とは随分 "過激な" タイトルですが、本の全体の内容は後で書くことにします。


健常人の血液には、1リットルあたり1グラム(100mg/dl)のブドウ糖が含まれている。体重60キロの男性の全血液量は4.2リットル前後だから、トータルで4.2グラムのブドウ糖が含まれていることになり、これは大きめの角砂糖1個分に相当する。

夏井 睦
「炭水化物が人類を滅ぼす」
(光文社新書 2013)

「大きめの角砂糖1個分」との記述がありますが、これは「4.2グラムは、大きめの角砂糖1個分の重さ」ということです。角砂糖の成分はほぼ100%の蔗糖(砂糖)で、二糖類の説明に書いたように蔗糖はブドウ糖と果糖の結合体です。ということは、あくまで概算ですが「体重60キロの男性の血液中のブドウ糖は、大きめの角砂糖2個に含まれるブドウ糖と同程度」ということになります。たとえば紅茶に角砂糖を1個入れて2杯飲むと、そのブドウ糖は全身の血糖量に "相当する"、ということは覚えておいた方がいいと思います。


一方、人体のなかで、ブドウ糖の最大の消費地は脳である。他の組織や器官では、おもに脂肪酸をエネルギーとして使っているが、脳や網膜などでは、ブドウ糖とケトン体が唯一のエネルギー源である。脳は四六時中働いているから、血管のなかにはつねに、最低必要量のブドウ糖が流れていなければならない。その量が 100mg/dl 前後なのだろう。

夏井 睦「同上」

血液によってブドウ糖が供給されないと脳は正常に働きません。血糖値が 50mg/dl 以下になると精神症状が出始め、もっと低くなると意識障害を引き起こします。もちろん普通の人はそうなる前に血糖値を正常に戻す機能が働きます。実は、ブドウ糖を主なエネルギー源として使っている脳のような組織は、人体では例外的です。


人体のさまざまな組織や細胞のなかで、ブドウ糖を主に使っているのは、脳、目の網膜、赤血球などであり、手足の筋肉や心臓の筋肉は、安静時や軽度の運動時は、脂肪酸をエネルギー源とし、激しい運動の時に限って、ブドウ糖を取り込んでいる。いすれにしても、人体の多くの組織のエネルギー源は脂肪酸であり、ブドウ糖は例外的な組織でのみ使っているわけだ。

夏井 睦「同上」

少々本筋からはずれますが、夏井氏の本にはエネルギーを取り出す効率は脂肪酸の方がブドウ糖より断然高いと書かれています。では、脳はなぜ脂肪酸を使わないのか。夏井氏は2つの仮説を紹介しています。

神経細胞網による情報伝達が目的の脳にとって、脂溶性である脂肪酸は細胞膜を通過してしまい、都合が悪い。ブドウ糖は水溶性であり、細胞膜を自由には通過できないので制御しやすい。

生命の発生と進化の歴史においては、ブドウ糖からのエネルギー生成が古く、中枢神経系(脳など)が進化したときにすでにあった。一方、脂肪酸からのエネルギー生成は新しく、比較的新しく進化した筋肉組織はブドウ糖と脂肪酸の両方を利用するハイブリッド型になった。

話を本筋に戻します。脳へのブドウ糖供給はどうやって維持されるのかという点です。


脳が何らかの原因で、大量のブドウ糖を消費した場合を考えてみよう。この時、体はただちにブドウ糖を補充して、100mg/dl のブドウ糖濃度を維持しようとするはずだ。それができなければ脳が停止してしまい、生命は維持できなくなるからだ。つまり、人間の体は、この「ブドウ糖濃度(血糖値)維持システム」を備えていなければ生きていけないことになる。

そして、この「血糖値維持システム」が使用しているブドウ糖は、食物に含まれるブドウ糖ではないことは明らかだ。脳がブドウ糖を大量消費した時に、手元につねに糖質を含む食べ物があるとは限らないからだ。ましてや、夜寝ている時にも血糖は消費されるが、この時には食事由来のブドウ糖はまったくあてにできないのだ。

つまり、人間に備わっている「血糖値維持システム」は、食事によらないシステムである、と推察できる。

これは糖質をいっさい食べない肉食動物のことを考えればわかる。肉食動物の脳も、われわれ同様、ブドウ糖(とケトン体)しか使っていないからだ。つまり、肉食獣はすべて、「食事によらない血糖値維持システム」を備えているはずだ。

夏井 睦「同上」

この引用の最後に「糖質をいっさい食べない肉食動物」のことが出てきますが、「糖質をいっさい食べない草食動物」でも同じことです。たとえば反芻動物の牛です。現代の家畜としての牛は糖質たっぷりの飼料を "食べさせられて" いますが、牧場で放し飼いの牛の食料は草です。草の炭水化物はほとんどが食物繊維で、セルロースが大量に含まれています。牛は胃に共生しているセルロース分解菌の助けで、セルロースを栄養にしてい生きています。しかしセルロース分解菌がつくり出すのはアミノ酸と脂肪酸であり、糖質ではありません。肉食動物だけでなく、牛の血糖も食物由来でないことが明白です。

話を人間に戻しますと、人間の血糖値の維持はどうやって行われるのか、それが "糖新生とうしんせい" という人体の機能です。これは動物にも共通しています。


血糖値維持に必要なブドウ糖がどこから供給されるかというと、「タンパク質からの糖新生とうしんせい」である(糖新生には別ルートもあるが、説明の都合上、単純化する)。

人体を例にとると、血糖値が低下すると、ただちにタンパク質の分解が始まり、ブドウ糖が作られる。これが糖新生だ。もちろん、タンパク質は人体を構成する重要な物質でもあるが、すべてのタンパク質が生命維持に必要というわけではなく、不要不急のタンパク質が、糖新生で消費される。

人体のブドウ糖源としては、もう一つ、肝臓や筋肉のグリコーゲンがあり、これを分解するとブドウ糖が得られるが、グリコーゲンの場合は備蓄量が少ないので、「四六時中血糖値を一定に保つ」には不向きだ。グリコーゲンはあくまでも緊急用備蓄である。

夏井 睦「同上」

この説明で糖新生はタンパク質からと単純化されていますが、夏井氏の本の別のところには、現在判明している糖新生の5つのルートが書かれています。

  糖源性アミノ酸ブドウ糖
  ピルビン酸ブドウ糖
  プロピオン酸ブドウ糖
  グリセロール酸ブドウ糖
  乳酸ブドウ糖

糖源性アミノ酸とは「糖新生の原料になるアミノ酸」のことで、タンパク質からの糖新生とはこのルートを言っています。タンパク質を分解してアミノ酸にし、そこからブドウ糖を作る。この糖新生において血糖値の低下を感知して糖新生のトリガーを引くホルモンは、グルカゴン、アドレナリン、コチゾール、成長ホルモンなど、複数種類あることが書かれています。


さらに、物質を分解するにはエネルギー(ATP)が必要だ。タンパク質を分解してブドウ糖を作るにはそれ相応のATPを調達しなければいけない。それが通常、脂肪細胞から遊離した脂肪酸でまかなわれている。脂肪酸がβ酸化されて細胞に入り、ミトコンドリアでエネルギー(ATP)が生成され、とのATPを使って糖新生システムを動かしているのだ。

つまり、今までの流れをまとめると、「血糖値を維持するために、備蓄脂肪を分解してエネルギーを作り、そのエネルギーで備蓄タンパク質からブドウ糖を作る」ということになる。

夏井 睦「同上」

ちなみに ATP とは、高校の生物に出てきたと思いますが、アデノシン三リン酸(Adenosine TriPhosphate)の略です。ATP は細菌から人間まで、エネルギーの貯蔵・放出の役割を担っている物質で、生体のエネルギー通貨と呼ばれています。

上の引用の下線のところが、糖質制限で痩せる理由になっています。つまり糖質を制限すると、血糖値の低下を補うためタンパク質と脂肪が分解されるというわけです。


逆に、糖質食をたっぷり摂取すると、必要以上のブドウ糖が体内に入ることになり、血糖値は 100mg/dl という適正値を越えてしまい、糖新生は起こらない。さらに、血液中のブドウ糖が多くなると、血管にさまざまな傷害が起こる。血液中のブドウ糖は生存に欠かせないものだが、多すぎると逆に毒になるわけだ(これを糖毒性とうどくせいという)。

だから、血糖値を速やかに正常値に戻さなければいけない。そのために、人体が選んだのは「余ったブドウ糖を中性脂肪に変えて、脂肪細胞にストックする」という方式である。だから糖質を食べると脂肪細胞中の脂肪が増加し、その結果として体重が増え、ウエスト回りが肥大化してくるわけだ。これが糖質食で太るメカニズムである。

夏井 睦「同上」

上の文章に何点か補足しますと、血糖値が高い状態が続くと血管や神経が損傷します。我々は糖尿病がひどくなるとどうなるを知っています。網膜の血管がやられて失明に至り、足が壊疽して切断に至り、あるいは糖尿病性の腎不全になったりする。腎不全になると脳にダメージがくるので生命にかかわります。

また、余ったブドウ糖は中性脂肪に変えられるだけでなく、グリコーゲンに変えられて肝臓などにストックされます。こういった余剰なブドウ糖をストックするトリガーを引いているのが、膵臓で作られるホルモン、インスリンです。血糖値を低下させるホルモンはインスリンしかなく、血糖値を上昇させるホルモンが数種類あるのとは対照的です。夏井氏は「血糖値低下にはセーフティーネットがない」と書いていますが、その通りです。もしインスリンの分泌が悪いとか、インスリンが分泌されても体がそれに反応しにくいとかだと、まずいことになるわけです。なぜ血糖値低下のためのセーフティーネットがないのか、人体の不思議なところです。

さらに糖質と肥満の関係ですが、単糖類の果糖(フルクトース)は中性脂肪に変えられて脂肪細胞にストックされます。果糖は果物に多く含まれているので、肥満を避けるためには要注意でしょう。もちろん程度問題です。



以上の説明を「糖質食で太る理由、糖質制限で痩せる理由」という観点でまとめると次のようになります。

脳は24時間働いていて、ブドウ糖を主要なエネルギー源としている。

脳にブドウ糖を補給するために、血液中のブドウ糖(血糖)は一定の濃度(血糖値)を保つ必要がある。血糖値は 100mg/dl 前後である。血糖値は高すぎても低すぎても体に危害を及ぼす。

血糖には、食事(=糖質が含まれる食事。糖質食)由来の血糖と、体のタンパク質などから作り出された血糖の2種類がある。血糖を作り出す体の仕組みが "糖新生" で、これが基本の血糖値維持システムである。

糖質食によって血糖値が高くなりすぎると、血糖は中性脂肪に変換されて脂肪細胞にストックされる。糖質食の過食で太る原因がこれである。

糖質制限で血糖値が低くなりすぎると、糖新生の機能が働いて血糖値を正常に戻す。このとき、体のタンパク質と脂肪が消費される。糖質制限で痩せる理由がこれである。


糖質制限


糖質制限で痩せる理由を振り返ると、ブドウ糖以外のものからブドウ糖を作り出す "糖新生" という体のメカニズムが鍵となっています。夏井氏の本には「必須アミノ酸と必須脂肪酸はあるが、必須炭水化物はない」と書かれていました。なるほど。生存に必須だが人体が作り出せず、食べ物から摂取するしかないアミノ酸と脂肪酸があります。しかし必須炭水化物や必須糖質はないのですね。

糖質制限は特に近年広まってきました。糖質ゼロや低糖質をうたった食品や飲料が売られているし、外食産業でも低糖質のメニューを用意するようになっています。RIZAPなどのビジネスとしての成功も影響しているでしょう。

しかし考えてみると、糖質制限はかなり昔からありました。つまり「太らないために甘いものを食べ過ぎないようにしましょう」と基本的に同じです。砂糖は消化されてブドウ糖になる典型的な糖質です。そのため、甘さ控えめのケーキや菓子が作られてきたし、コーヒーや紅茶に砂糖を入れない人も多い。甘いものに拒否反応を示す人も大勢います。また商品としての飲料に甘みをつけるときには人工甘味料を使うわけです。

その砂糖とおなじく糖質のカテゴリーなのが、穀類やイモ類に多く含まれるデンプンです。しかしデンプンは甘くないのが落とし穴なのですね。食品のグリセミック指数(GI値)を並べたリストを書きましたが(前出)、詳しく言うと精白米のGI値は80程度、食パンのGI値は90程度です。この値はブドウ糖を直接摂取するのと比較したものなので、血糖値をあげるという観点からみると、精白米も食パンも砂糖(蔗糖)と同じようなものということになります。人体においてはグリコーゲンが "ブドウ糖備蓄物質" でしたが、植物においてはデンプンが "ブドウ糖備蓄物質" であり、我々はそれを食べているという認識が必要です。

もちろん糖質制限には注意も必要です。糖質制限で痩せる原理から分かるように、糖質制限をするなら栄養を補給するために脂質やタンパク質を十分にとる必要があるでしょう。しかし、だからと言って脂質・タンパク質の過食に陥ると、糖質だけを制限していても肥満になるのは当然です。また、糖質がたっぷりある食品で食物繊維も多いものがあります(玄米など)。糖質制限の結果として食物繊維も制限してしまうと話がおかしくなります。

要はバランスと程度問題です。我々としては体のメカニズムを知り、肥満に陥らずに(もちろん糖尿病にならずに)健康に過ごすべきだというこです。


「炭水化物が人類を滅ぼす」


炭水化物が人類を滅ぼす.jpg
夏井 まこと氏の『炭水化物が人類を滅ぼす - 糖質制限からみた生命の科学 - 』(光文社新書 2013)という本のことを書きます。この題名は誰がつけたのか知りませんが、随分と "過激な" 題名です。前回の No.225 で紹介した藤田紘一郎こういちろう氏の『手を洗いすぎてはいけない』(光文社新書 2017)の副題は「超清潔志向が人類を滅ぼす」でしたが、"人類を滅ぼすシリーズ" としては夏井氏の本が先輩です。どうも光文社の編集部はこの題名が好きなようで、次はどんなものが人類を滅ぼすのか楽しみにしていましょう。

それはともかく、題名を一見すると "キワモノ本" か "トンデモ本" かと思ってしまいますが、内容はそうでもありません。つまり「炭水化物が」というのが言い過ぎであって「穀物食が」か「デンプン食が」が適切です。また「人類を滅ぼす」というのも大げさで「行き過ぎたデンプン食が人類を不幸にする」ぐらいが正しい。ただし、こんなインパクトのない題名では本は売れないのでしょう。

夏井氏は外科医(形成外科医)ですが、自身の肥満と高血圧と高脂質症(医者の不養生!)を改善するために糖質制限を始めました。きっかけは2011年に、糖質制限の提唱者である江部康二先生(京都・高雄病院)のネット記事を読んだからです。その結果、半年で11kg痩せたそうです。高血圧症や高脂質症(中性脂肪過多とLDLコレステロール=悪玉コレステロール過多)もすっかり改善しました。

夏井氏の "師" にあたる江部先生の糖質制限は、もともと糖尿病患者の治療のためのものです。その糖質制限でまず思うのは、

  血糖値をあげる唯一の食物は糖質であり、糖尿病患者が糖質制限をするのはあたりまえのはずなのに、その糖質制限を京都の病院の医師である江部先生がわざわざ提唱しないといけないのはなぜだろう

という疑問です。実は数年前に印象的な出来事がありました。私の間接的な知人である Aさんのことです。Aさんは糖尿病になったのですが、病院で治療せず、医者とも相談せず、自分で本と文献を読みあさり、食事制限だけで糖尿病を完治させました。何でも、主食は "おから" にしたそうです。その Aさんの言は「今の糖尿病治療は医者と製薬会社の陰謀だ」というものでした。この Aさんの言と全く同じ主旨が夏井氏の本に書かれています。Aさんのことがあったので、夏井氏の本も(その過激なタイトルにもかかわらず)意義があると思ったのです。

江部先生は糖質制限を次の3つに分けています。

プチ糖質制限
夕食のみ主食抜き
スタンダード糖質制限
朝食と夕食のみ主食抜き
スーパー糖質制限
三食とも主食抜き

夏井氏によると、プチ糖質制限はこれから糖質制限を始めようという初心者向け、スタンダード糖質制限が標準、スーパー糖質制限は医者にかからずに糖尿病を直したい人、ないしはスタンダード糖質制限では物足りないストイックな人向けだそうです。おそらく先ほどの Aさんは「スーパー糖質制限」だったのでしょう。ごはんの代わりに "おから"(=極めて低糖質)は良い選択だと思います。ちなみに私は随分前から夕食にごはんは食べませんが、妻の手作りピザを食べることもあるので「プチ糖質制限」ぐらいでしょう。夏井氏は「スタンダード以上、スーパー未満」だそうです。


人類史と糖質


夏井氏の本は「糖質制限からみた生命の科学」という副題がつけられているように、糖質制限のことだけを書いているのではありません。生物の仕組みや生命の誕生と進化、人類の歴史などを糖質と結びつけて論じているところに特色があります。「動物の血糖値」「生命の起源とブドウ糖」「哺乳類の起源と糖質」「定住の起源」「農耕の起源と小麦栽培」「食事を楽しみにしたのは糖質=穀物と砂糖」「1日が3食になった理由」などのテーマです。ちなみに「定住の起源」については、西田正規氏(筑波大学名誉教授)の「定住が先で農業がその後。定住こそが革命的な出来事」という論を紹介したものです

「動物の血糖値」のところですが、さまざまな動物の血糖値は 50 ~ 150mg/dl 程度で、人間の 100mg/dl 前後と良く似ています(ほとんど動かないナマケモノは 20 程度)。しかし鳥類だけは200台後半~300台後半と極めて高いのですね。300mg/dl というのは人間の3倍です。これだけ高血糖でも鳥類の血管は哺乳類と構造が違うので損傷しないようです。飛翔という運動は脳の高度な働きが必要なことを想像させます。また鳥は恐竜から進化したものですが(No.210「鳥は "奇妙な恐竜"」参照)、夏井氏は恐竜の血糖値も高かったのではと想像しています。恐竜の中には運動能力に優れたものがあって、それは高血糖に支えられていたのではという推測です。

人類の最初の農業になった小麦栽培の話が念入りに書かれているのですが、米作の起源についての記述もありました。


少なくとも、コムギの栽培がなければ、コメを栽培することは絶対になかったことは確かである。コメの原種は東南アジアなどに自生しているが、前にも述べたように、湿潤多雨な東南アジアでは、コメは他の圧倒的に繁茂する草本に紛れるように生えている、ごく目立たない「その他大勢」的な草であり、コムギの原種が見せていたような「見渡すかぎりコムギの草原」的な、目立つ生え方はしていなかったからだ。

つまりコメは、「コムギに似た草をみつけよう」という意志を持って見ないかぎり、絶対に目にとまらない、地味で特徴のない雑草の一つでしかなかったのだ。

夏井 睦「同上」

以上のほとんどが夏井氏の、ないしは夏井氏が本で勉強した先人の仮説ですが、仮説を展開することは別に悪いことではありません。それらの中でも、本の題名に関係する「人類史と糖質の関係」を俯瞰した部分が最も重要です。夏井氏の主旨をまとめると以下のようになります。

人類の歴史は数100万年であり、食性としては雑食(ないしは肉食+雑食)であった。

この期間、人類は血糖値過多・糖質過多にはなり得ない状況だった。その証拠に、血糖値を上げるホルモンは数種類あるのに、血糖値を下げるホルモンは1種(インスリン)しかない。人体は高血糖の状況を想定していない。

この状況の中で(わずか)1万2千年前の中東で小麦の栽培が始まった。そして河の周辺の乾燥地帯で小麦を栽培する灌漑農業へと発展した。小麦の栽培(とその類似技術。たとえば米の栽培)は短期間で世界の各地に広まった。

小麦の灌漑農業は驚異的に生産性が高く、蒔いた種の200~300倍を収穫できる。また小麦は貯蔵可能である。これが社会を生み、文明を生んだ。小麦と類似の性質をもつイネ科穀物(米やトウモロコシ)も同様の役割を果たした。

しかしデンプンが主体である穀物食は、肥満や高血圧症、高脂質症、糖尿病のリスクを人類にもたらした。穀物は「神」であると同時に「いつわりの神」でもあった。

農業が始まって以来、農業生産量の拡大は基本的に農地面積の拡大で行われた。しかし1960年代からの「緑の革命」は状況を一変させた。化学肥料(窒素肥料)と農薬の大量使用、品種改良、灌漑技術の進歩により、耕地面積が増えないにもかかわらず、穀物生産を飛躍的に増大させた。

しかしその反面、地下水の枯渇(淡水の枯渇)、土地への塩分集積などの環境破壊が起こった。それは大穀倉地帯であるアメリカ中西部で顕著である。

環境破壊型の穀物増産には限界がある。穀物の過食による病気のリスクを考えると、我々は今こそ穀物に頼らない食料システムを真剣に考えるべきである。

少々マイルドに(というか、かなりマイルドに)まとめると以上のようになるでしょう。

しかし、穀物に頼らないのは簡単ではありません。穀物には、当然のことながら飼料用穀物があります。日本の上質の和牛はたっぷりと脂身(サシ)が入っていますが、それは主としてアメリカの穀物生産(トウモロコシと飼料用の麦)に依存しています。肉食も穀物があるからこそなのです。このあたり、夏井氏も明確な解決策を書いているわけではないのですが、一つの警鐘として受け止めればいいと思います。


糖質とのつきあい方


本書を読んで思ったのですが、そもそも人間は糖質を好むようにできていると考えられます。それは「甘みを好ましいと思う感覚」が人間に備わっていて、かつ、甘いと感じる天然由来のものは、ほとんどが糖質だからです。アミノ酸にも甘いと感じるものがありますが(グリシン、アラニンなど)、甘いものの大多数は糖質です。

No.177「自己と非自己の科学:苦味受容体」で書いたように、苦みは(本来は)危険のサインです。舌や鼻にある苦味受容体は苦み物質を排除するように働きます。苦みは「食べてはいけないサイン」であり、その反対に、甘みは「食べるべきだというサイン」だと思います。それは人類の誕生(数100万年前)から人類を生き延びさせてきた大切なセンサーでしょう。

甘みに関して、夏井氏自身がおもしろいことを書いています。小麦栽培の始まりについての仮説です。農耕=小麦栽培がはじまった中東の「肥沃な三日月地帯」において野生の小麦の原種が自生している姿を初めてみた人類は、小麦が食用になると認識したはずがないというのが夏井氏の考えです。木の実であれば数十~数百粒集めれば食べられます。しかし小麦はそうはいかない。小麦は粒が小さいうえ、そのままでは食べられません。硬い外皮(今でいう小麦ブラン)と実を分離する必要があります。


コムギは、食べられるものだとわかったとしても、じっさいに食べるまでにはいくつもの手順を経なければ食物になってくれない厄介なシロモノだ。

こんな物をいったい誰が「育ててみよう」と考えるだろうか。

もちろん、現代の私たちは「コムギは200倍、300倍に増える効率がよい作物だ」とか、「一年草で自家受粉するので、粒が大きく脱粒しない品種に改良するのは簡単だ」とか、「年間500mm程度の降水量でも栽培可能」とか、さまざまな知識をもっているから栽培しているが、それはあくまで現代人の後知恵であり、最初に栽培した人にとっては、この草がその後に奇跡的な作物として大化けするなんて、まったくあずかり知らぬことである。

夏井 睦「同上」

作物の栽培は、半年後の収穫のために水やりとか雑草取りの努力することであり、栽培している時点では何の利益もありません。狩猟採集とは大違いです。半年後の利益が保証されているわけでもない。夏井氏は、小麦には食用になるということ以外の、栽培をはじめる強力なインセンティブがあったはずだと書いています。


最初の栽培者は「コムギの甘さ」に驚き、それをもっと味わいたくて栽培を始めた、というのが私の考えたシナリオだ。

私たちは、身近に砂糖は甘い果物があるので甘さに慣れっこになっているが、当時の肥沃な三日月地帯の植生から考えると、彼らが甘いものを口にする機会はほとんどない。

そういうなかで、コムギの麦芽は例外的に「甘い食物」であり、最初の栽培者は、おそらく生まれて初めて口にする「甘さ」に驚愕きょうがくしたはずだ。穀物は、発芽すると自然に甘くなる性質をもっているからだ。

前述のように、穀物の胚乳はデンプンを主成分としているが、発芽する際に、胚乳自身がアミラーゼを作ってデンプンを分解し、ブドウ糖に変え、それからエネルギー(ATP)を作るのだ。

夏井 睦「同上」

補足しますと、アミラーゼ(ジアスターゼとも云う)と総称される一連の酵素群は、デンプンを二糖類の麦芽糖に分解したり、さらにそれからブドウ糖を生成したりします。これは小麦、大麦、米などで共通です。唾液にはアミラーゼが含まれているので、ごはんをよく噛んでいると甘く感じます。

人間は発芽した小麦の「甘さ」驚き、それをもっと味わいたくて栽培を始めた、という夏井氏の推測、ないしは仮説が正しいかどうかは分かりません。実証することは(ないしは反証することは)出来ないでしょう。ただし興味深い推測です。

しかし、このストーリーで大切なことは、人間は甘さに対する(強い)欲求があり、それは穀物栽培を始める以前から人体にビルト・インされていたものだということです。そして自然界において甘いものが、すなわち糖質です。人間は糖質を好むように進化してきた。

No.221「なぜ痩せられないのか」に、タンザニアの北部で今でも完全な狩猟採集生活を送っている(=農業をしない)ハッザ族の話を書きました。彼らの主食は、女たちが地中から掘り出したイモです。男たちはヒヒやキリンなどの野生動物を毒矢で狩ります(ただし狩りの成果は不安定)。またノドグロミツオシエという鳥の誘導で蜂の巣をとり、蜂蜜を食べたりもする。ここで出てきたイモ(デンプンたっぷり)と蜂蜜(ほぼ純粋なブドウ糖と果糖)は、現代の糖尿病患者が最も食べてはいけないものです。しかし狩猟採集で生きてきた人類にとって、こういった糖質への欲求と志向こそが生存の鍵だったのではと思います。

我々は糖質とうまくつき合えばいいのだと思います。無理に糖質食を否定することは何もなく、体重過多の時には糖質制限をし、普段から甘いものやデンプン食を食べすぎないようにする。食事や間食は「バランス」と「適度」が大切である。そういうことだと思いました。




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No.225 - 手を洗いすぎてはいけない [科学]

No.119-120「"不在" という伝染病」の続きです。No.119-120 ではモイゼス・ベラスケス = マノフ著「寄生虫なきやまい」(原題を直訳すると「不在という伝染病」)の内容を紹介しました。ごく簡単に一言で要約すると、

  人類が昔から共存してきた微生物(細菌や寄生虫)が少なくなると、免疫関連疾患(アレルギーや自己免疫病)のリスクが増大する

ということでした。No.119 にも書いたのですが、実は上の主張を早くから公表し、警鐘を鳴らしていたのが藤田紘一郎こういちろう博士(東京医科歯科大学名誉教授)です。今回は、その藤田博士に敬意を表して、博士が最近出版された本を紹介したいと思います。「手を洗いすぎてはいけない - 超清潔志向が人類を滅ぼす - 」(光文社新書 2017。以下「本書」)です。以降、本書の内容の "さわり" を、感想とともに書きます。本書を一言で要約すると、

  人は微生物が豊富な環境(体内と体外の環境)でこそ健康に生きられる

となるでしょう。


人は常在菌と共生している


人体(腸や皮膚など)に住みつき、病原性を示さない細菌を「常在菌」と総称します。常在菌は食物の消化を助けたり、ビタミンを合成したり、免疫を活性化したり、病原菌の排除したり、皮膚を守ったりといった重要な働きをしています。つまり常在菌は人体と共生しています。本書では「人の90%は細菌」という試算が書かれています。どういうことかと言うと、

常在菌の数は、腸だけでも100兆以上になる(1平方センチあたり数千万個。種類は200種)。そのすべてが遺伝子を持っている。

人体の細胞の数は約37兆ある(以前は60兆と言われていたが、最新の研究では37兆)。このうち26兆は遺伝子をもたない赤血球であり、遺伝子をもつ細胞は約11兆である。

ということであり、遺伝子をもつ細胞の数を比較すると、常在菌は人体の細胞の10倍というわけです。ちなみに赤血球はその発生の過程で DNA を失い、ヘモグロビンによって酸素を運搬する機能に特化した細胞になります。

手を洗いすぎてはいけない.jpg

数の比較を「遺伝子の数」で行うと、人の遺伝子の数は約2万です。一方、腸内細菌(腸に住みついている常在菌)がもつ遺伝子の総数は全部で60万~100万もあり、人体の30倍以上ということになります。

本書には書かれていませんが、この「遺伝子の数」だけをとってみても常在菌と共生するのが人にとって有利ということが分かります。常在菌の世代交代は2~3年で1万世代に達します(この項は本書)。これは人間に比べて約10万倍のスピードであり、しかも遺伝情報は人の数10倍もある。ということは、環境変化(たとえ食環境の変化)に追従して変化できる速さが人とは比べものにならないわけです。

常在菌の数(数としてはほとんどが腸内細菌)についてはさまざまな推定があります。本書には約100兆とありますが、No.70「自己と非自己の科学(2)」では "1000兆" という数字をあげました(東大の服部教授の雑誌記事 2012年)。数百兆と書かれている本もあります。各種の情報からすると100兆~1000兆ほどの幅がありますが、これは個人差や、年齢、性別、居住地域などでの差があるからでしょう。また、正確な推定が難しいという理由もあると思います。技術の進歩によってより正確な推定ができることもあるでしょう。

本書に戻って、常在菌のうちの大腸菌の働きが書かれています。


実際に大腸菌は腸の中でどのように働いているのでしょうか。

第一に大腸菌には、O157などの病原性大腸菌が進入してくると、まっ先に倒しにかかる働きがあります。大腸菌から派生した菌だといっても、腸に病気を起こすO157は、大腸菌にとってももはや敵なのです。このように、病原体にいちはやく闘いを挑む「番兵」の役割を担っているのが、大腸菌です。

また、人間は野菜類に含まれる食物繊維を分解する酵素を持っていません。ここで再び大腸菌の出番です。大腸菌はそれを分解しつつ、ビタミン類などの栄養素をとり出す働きがあります。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」
(光文社新書 2017)

人体はデンプンやグリコーゲンなどを除き、ほとんどの多糖類を消化できません。消化酵素がないからです。代表的なのが食物繊維で、セルロースが大半を占めています。健康のためには食物繊維の摂取が大切とやかましく言われるのですが、食物繊維は大腸菌を含む腸内細菌のエサであり、人は腸内細菌の "おこぼれ" にあずかっているわけです。



常在菌の重要な機能として「人体の免疫機構が過度に働かないようにする」ことがあります。本書では腸内寄生虫を例にしてそのことが書かれています。共生微生物(細菌・寄生虫)は人体で生息するために、人体の免疫機構が共生微生物を排除しないように働きかけます。これが免疫機構の過剰な働きを抑制することになります。この抑制が無くなるとアレルギー(= 人体には無害なはずのアレルゲンに対して炎症反応が起こる)のリスクが高まります。

このブログで過去に書いたことを振り返ってみますと、20世紀末から21世紀にかけての免疫学上の大発見は、大阪大学の坂口志文しもん教授の「制御性T細胞 = 免疫の発動を抑制する免疫細胞」の発見でした。坂口教授は毎年ノーベル生理・医学賞の候補にとりざたされるほどです。ブログではその制御性T細胞と腸内細菌との関係を2回書きました。

腸内細菌であるフラジリス菌がもつPSAという物質が、未分化のT細胞を制御性T細胞に分化させる。── No.70「自己と非自己の科学(2)」

腸内細菌であるクロストリジウム属を抗生物質で徐々に減らすと、ある時点で制御性T細胞が急減し、クローン病(炎症性腸疾患)を発症する。── No.120「"不在" という伝染病(2)」

「人 = 人体 + 常在菌」であって、人体は常在菌の存在を前提として機能するようになっています。常在菌は生息環境を維持するために、人体が健康になるように働くわけです。宿主=人体が不健康になったり、極端には死んでしまうと常在菌も存在できなくなるからです。そのかわりに "エサ" にありつく。まさに人体と共生関係を結んでいるのです。


常在菌は人が外界から取り込こむ


このように重要な常在菌は、そのすべてが外界から取り込まれたものです。その取り込みは赤ちゃんが生まれる際、産道を通るときから始まります。


母親の胎内は、一つの細菌もおらず、完全な無菌状態が保たれています。赤ちゃんが最初に菌と触れあうのは、出産のとき。お母さんの産道を通る際です。産道には、デーデルライン桿菌かんきんなどの細菌が無数にいます。この菌は、善玉菌である乳酸菌の一種です。そうした産道にいる菌を、赤ちゃんはまず吸い込みます。次に出産時、お母さんが大きくいきんだ際に、一緒に出てきた大便にいる腸内細菌と接します。

そのため、誕生のしかたが、自然分娩か帝王切開かによって、得られる腸内細菌の種類は違ってきます。ただし、それ以上に重要なのは、誕生後の生育環境です。

とくに大事なのは、両親や周囲の人たちと行うスキンシップです。赤ちゃっは、抱っこをしてくれた人の手を握りしめて、自分の口にもっていこうとします。これは自らの腸内フローラ(引用注:腸内細菌の総体を指す言葉)を豊かにはぐくもうとする、赤ちゃんの本能でもあります。人の皮膚にいる常在菌には、種類に個人差があります。たくさんの人の指をなめることで、赤ちゃんは多種多用な菌を腸にとり込もうとしているのです。ですから、「バッチイからダメ」などと言わず、おおいになめさせてあげることです。

最近では、「虫歯になるからキスをしてはいけない」と指導する歯科医もいるようですが、腸の研究者から言わせると、こんなにおろかなことはありません。口内にも唾液にもたくさんの細菌がいます。赤ちゃんは周囲の人とキスをすることで、それらの菌を口内や腸にとり込むことができるのです。その中には虫歯をつくる菌もいるでしょう。しかし、多種多様な菌がいる場所では、一種類の菌だけが異常繁殖することはできないものです。また、虫歯菌のエサとなる糖質の摂取を抑えることと歯磨きによって、虫歯は十分に防げます。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

スキンシップのさいたるものは授乳でしょう。本書には書かれていませんが、No.119「"不在" という伝染病(1)」に、赤ちゃんはお母さんの乳頭からビフィズス菌を取り込むという話を書きました。ビフィズス菌は母乳に含まれるオリゴ糖(結合数3~10の糖類)を消化するのに必須です。母乳に細菌でしか消化できない糖が含まれるというのも、人体は細菌との共生を前提としていることを如実に示しています。

本書に戻り、赤ちゃんは人の指だけでなく、おもちゃとかスリッパとか、あらゆるものをなめようとしますが、これが常在菌を取り込む手段になっています。また大きくなってからは、子供に泥んこ遊びをさせるのも常在菌を豊かにします。落ちたものをすぐに拾って食べるのも有益です。


自宅のテーブルや床に落ちたものを拾って食べるのは、腸内細菌の活性化のために最良の方法です。反対に、テーブルや床を殺菌剤などでせっせと消毒している家庭では、腸内フローラを育てられず、腸の「空き家」を増やしてしまいます。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

腸にびっしりと腸内細菌が生息していると、病原菌が進入する余地がありません。その反対が、本書が言う「空き家」がある状態です。

床に落ちたものを拾って食べることに関して「直ぐに拾って食べれば大丈夫」ということを、本書では「3秒ルール」と言っています。アメリカでは「ファイブ・セカンド・ルール」と言うそうで、このような認識は世界共通だそうです。研究した人によると、3秒以内に拾ろうと有害な病原菌は付着しないとのことです。しかし一番大事なのは秒数ではなく、落ちた場所です。つまり有害な菌がいる可能性がある台所や風呂場の床は避けるべきです。



乳酸菌などの細菌が含まれる食物をとることも、常在菌を増やすために大切です。代表的なのが各種の発酵食品ですが、本書では腸内環境を整える「最強の」細菌として、土壌菌(土の中にいる細菌)に着目しています。


日本には土壌菌からつくられる最良の発酵食品があります。それは納豆です。

大豆を発酵させる納豆菌は枯草菌こそうきんといって土壌菌の仲間です。枯草菌は細胞の膜が硬く、生きて腸まで届く菌です。腸の届くと、仲間の菌たちの働きを活性化し、数を増やすことに役だってくれます。また、土壌菌を育てた納豆の大豆は、腸にいる土壌菌の仲間たちにとっても、とてもよいエサになってくれます。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

ヨーグルトにいる乳酸菌やビフィズス菌は9割が胃酸で死滅してしまいますが、枯草菌は腸まで届くところがポイントです。

腸内細菌の数や種類は変動します。腸内細菌のバランスが崩れると、特定の菌が異常繁殖し病原性を示すようになります(悪玉菌に変化する)。腸内細菌のバランスを維持する根本は食事であり、特に腸内細菌のエサになる食物繊維をとることが重要です。


食物繊維には、水溶性のものと不溶性のものとがあります。腸内細菌のいちばんのエサとなるのは、水溶性の食物繊維です。文字通り水に溶けるタイプの食物繊維で、水を含むとドロドロのゲル状になります。そのゲル状になった食物繊維を腸内細菌は発酵させることでエサとし、宿主の健康に必要な成分をさまざまにつくりだし、腸に吸収させていきます。

水溶性の食物繊維は、納豆や山芋、メカブ、オクラ、モロヘイヤなど、ネバネバしている食品に豊富です。(中略) ワカメや昆布などの海藻類にも豊富です。しかも、大半の日本人の腸には、海藻類からもエネルギーや栄養素を取り出してくれる細菌がいます。これは、欧米人などにはいない特別な細菌です。この細菌を増やすためにも、海藻類は毎日食べたいものです。(中略)

一方、不溶性の食物繊維は、水に溶けないタイプのもので、水を含むと膨張します。そして腸内細菌たちのほどよいエサとなる一方で、腸の不要物をからめとりながら大きな大便を作る働きをしています。不溶性の食物繊維は、腸の掃除屋なのです。つまり、これをいっぱい食べると、腸のなかがきれいに保たれるようになります。

不溶性の食物繊維は、豆類、イモ類、キノコ類に豊富です。また、玄米などの全粒穀物ぜんりゅうこくもつにもたくさん含まれます。主食をたべるなら、食物繊維をそぎ落としてしまった白米や白い小麦粉食品ではなく、玄米や五穀米ごこくまい十割じゅうわりそばなどを選ぶことが、腸内細菌を育てることに役立ちます。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」


"チョイ悪菌" との戦いが免疫力をつける


以上のように、人体は常在菌を外界から取り込んで「人 = 人体 + 常在菌」になるわけですが、当然のことながら外界には有害な病原菌もいます。しかし人体には有害な菌を選別するしくみが備わっています。


赤ちゃんはふれあったすべての菌を腸にすまわせるわけではありません。腸壁には「IgA」という抗体が存在しています。最近の研究では、IgA抗体が最近の選別をしていることがわかっています。

抗体とは、免疫システムの中心となるものの一つです。病原体などの異物を倒すための「武器」というとわかりやすいえでしょう。免疫システムは、異物が体内に入ってくると、その異物にある目印(抗原)と特異的に結合して破壊する抗体を作りだします。免疫システムは、どんな異物にもピッタリ合う抗体をつくり出すことができます。

抗体には「IgG」「IgE」「IgA」「IgM」などのいろいろな種類があります。このうち、腸壁に分泌される粘液に大量に存在しているのがIgA抗体です。

生後一年以内の赤ちゃんの腸は、ふれあった最近をどんどんとり込んでいきます。その際、どの細菌は腸にすまわせ、どれは受け入れないのか、それを決めているのがIgA抗体です。抗体は免疫システムの武器としてのみ働いているのではありません。腸では、IgA抗体がくっついた細菌だけが腸内の粘液に済むことを許され、そうでないものは定着できないシステムになっています。

つまり、腸は無分別に菌を住まわせているわけではない、ということです。人の腸内細菌としてふさわしくないものは、排除されます。ですから、お母さんが「バッチイからダメよ」と制する必要はなく、腸の選択にまかせておけばよいのです。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

No.120「"不在" という伝染病(2)」の「補記」に「IgA抗体が人体と共存させる細菌を選別している」という、理化学研究所のシドニア・ファガラサン氏の研究を紹介しました(「NHKスペシャル」での放映内容)。ここに再掲しておきます。


No.120「"不在" という伝染病(2)」の「補記」

免疫システムのキーである「抗体」の一種、免疫グロブリンA(IgA)が、人体との共存を許す細菌だけに選択的に取り付き、腸の壁を覆っている粘液層に細菌が入りやすくしています。IgAが「取り付く」ことで粘液層に入るときの抵抗が少なくなるようです。これを研究している日本の理化学研究所のシドニア・ファガラサン氏がインタビューに答えていました。

IgA抗体は攻撃するためでなく、腸内細菌を助けるために働いています。IgA抗体は私たち人間に必要な菌だけを選んで腸に住み着かせているのです。

私たちは細菌とともに長い進化の歴史を過ごしてきました。その過程で互いに助け合う仕組みを発達させたのです。腸内細菌と共に生きていることの本当の意味を知るべきです。私たちは腸内細菌と一緒になって初めて一つの生命体なのです。

シドニア・ファガラサン(理化学研究所)
NHKスペシャル(2015.2.22)
「腸内フローラ ~ 解明!驚異の細菌パワー ~」より


人間の免疫システムは、取り込む菌と排除する菌を区別するようにできています。No.69-70「自己と非自己の科学」で書いたように、この免疫システムは複数種類の免疫細胞の協調作業で行われます。この協調作業を行う免疫細胞群を本書では "チーム免疫" と呼んでいます。微生物の多い環境にいると "チーム免疫" が鍛えられる。これが大切です。


私たちの体内には、空気や食べ物に混ざって、日々たえまなく細菌やウイルスが侵入してきています。それらのほとんどは、感染してもたいした症状を起こさない「チョイ悪菌」たちです。そんなチョイ悪菌たちが "チーム免疫" の好敵手となり、組織力育成の役に立っているのです。

でも、ときには "チーム免疫" より強い敵が体内に侵入してくることもあります。その際、免疫と病原体の闘いはヒートアップし、つらい症状が表に出てきます。しかし、治癒ちゆしたのちは、"チーム免疫" が連携力を高めるすばらしい経験となります。

つまり「免疫力が強い」というのは、"チーム免疫" の組織力も個人力も高まっていて、一枚上手の外敵がやってきたとしても、それを倒す力を備えている状態のこと。反対に「免疫力が弱い」というのは、免疫細胞たちの経験不足がわざわいして、チーム力が低下している状態のことを指すのです。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

本当に怖い病原菌が侵入してきたとき、それと真っ先に戦うのは医療でも薬でもなく、"チーム免疫" です。その力を高めるには「チョイ悪菌」と仲良くし、練習試合をたくさんやって鍛えるしかありません。

要するに「人体の機能は、使わなければ衰える」のが根本原理です。これはたとえば筋肉と同じと考えていいでしょう。手や足を骨折して筋肉を動かせない状態を続けると筋肉が固まってきます。その回復のためにリハビリの期間がかなり必要だったりする。それと同じです。我々には "チーム免疫" を使う機会が常時あることが必要なのです。


超清潔指向が人間を滅ぼす


以上ような人の成り立ちを考えると、

  微生物の少ない環境(体内・体外環境)は人の健康を阻害する

ことになります。現在の日本では「殺菌」「抗菌」「除菌」「薬用」というようなキーワードがついた衣類用洗剤、掃除用洗剤、ハンドローション、うがい薬、家電製品、日用品があふれています。また「泥んこ遊びをさせない」などの、子どもを微生物環境から遮断するような育児を行う人もいます。さらに日本の水道水への塩素注入量は世界でみても極端に高いと本書にあります。水道水中の微生物の基準がWHO(世界保健機構)の基準に比べても厳しすぎるからです。

このような「行きすぎた清潔指向」「超清潔指向」が人間を滅ぼすことになる、というのが本書の警告です。超清潔指向は「常在菌の減少や不在」を招き、「免疫関連疾患のリスク」を高め、また「免疫力の低下」をもたらします。

 常在菌の減少や不在を招く 

常在菌は数から言うと腸内細菌がほとんどで、上に書いたように人の健康維持に密接に関係しているのでした。腸内細菌の「空き家」は病原菌の進入を許すことになります。

しかし常在菌は皮膚にも生息していて、我々の皮膚を守っています。従って、過度に手を洗うと "皮膚常在菌" の不在を招き、感染症にかかりやすくなります。手洗いは流水で10秒間流すことで十分というのが本書の強い推奨です。このあたりの事情は本書の題名、「手を洗いすぎてはいけない」にもなっているので、少々長めに引用してみましょう。


人間の皮膚には、表皮ブドウ球菌をはじめとする約10種類以上の「皮膚常在菌ひふじょうざいきん」という細菌がいて、私たちの皮膚を守ってくれています。

彼らは私たちの健康において、非常に重要な役割を担っています。皮膚常在菌は皮膚から出る脂肪をエサにして、脂肪酸の皮脂膜ひしまくをつくり出してくれているのです。この皮脂膜は、弱酸性です。病原体のほとんどは、酸性の場所で生きることができません。つまり、常在菌がつくり出す弱酸性の脂肪酸は、病原体が付着するのを防ぐバリアとして働いているのです。

皮膚を覆おう弱酸性のバリアは、感染症から体を守る第一のとりでです。これがしっかり築かれていれば、病原体が手指に付着することを、それだけで防げるのです。

では石けんで手洗いをするとどうなるのでしょうか。

石けんを使うと、一回の手洗いで、皮膚常在菌の約90パーセントが洗い流されると報告されています。ただし、1割ほどの常在菌が残っていれば、彼らが再び増殖し、12時間後にはもとの状態に戻ることもわかっています。したがって、1日1回、お風呂に入って体をふつうに洗う、という程度であれば、弱酸性のバリアを失わずにすみます。

しかし、昔ながらの固形石けんでさえ、常在菌の約9割を洗い流してしまう力があるのです。薬用石けんやハンドソープ、ボディソープなどに宣伝されているほどの殺菌効果が本当にあるのだとしたら、そうしたもので前述の手洗い法のように(引用注:感染症予防で推奨されている12ステップの手洗い。最後はアルコール消毒)細部まで2回も洗い、アルコール消毒などしてしまえば、さらに多くの常在菌が排除されることになります。

しかもそれを数時間ごとに行ってしまうと、どうなるかわかりますか。わずかながら残されている常在菌が復活する時間さえ奪ってしまうことになるのです。

皮膚常在菌の数がいちじるしく減ってしまうと、皮膚は中性になります。脂肪酸のバリアがつくれないからです。脂肪酸のバリアがない皮膚は、要塞ようさいを失ったお城のようなものです。外敵がわんさと襲ってきても、守るすべを失えば、城は炎上します。

脂肪酸を失って中性になった皮膚には、外からの病原体が手に付着しやすくなります。こうなると、手指から口に病原体が運ばれやすくなります。

洗いすぎると皮膚は感染症を引き起こしやすい、「キタナイ」状態になってしまう、というのはこういうことだったのです。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

手を洗いすぎると皮膚の角質層を壊すことにもなります。皮膚は常に新陳代謝をおこなっていて、古い皮膚はいずれ垢となって剥がれ落ちるのですが、垢になる一歩手前が角質です。角質層はアレルゲンや病原体が皮膚に入り込むのを防ぎます。


角質層は脂肪酸の皮脂膜で覆われていることで正常な状態を保つことができます。角質層がバラバラにならないよう、皮脂膜が細胞同士をつなぎとめているからです。

ところが皮膚を洗いすぎると皮脂膜がはがれ落ちます。すると、角質層にすき間が生じ、皮膚を組織している細胞がバラバラになっていきます。こうなると、皮膚に潤いを与えている水分の多くが蒸発して、カサカサしてきます。この状態が乾燥肌です。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

本書は、肌の乾燥の原因は「季節」や「加齢」ではないと断言しています。常在菌が作ってくれた皮脂膜 = 天然の保湿剤を洗い流し、高価な保湿クリームを塗るなどは愚の骨頂というわけです。

洗いすぎてはいけないのは手だけではありません。温水洗浄トイレ(商品名:ウォシュレットなど)は確かに快適で便利だし、多くの痔の患者さんを救ってきたのは事実ですが、使い過ぎるのもよくありません。


日本の男性に、大便のあとに温水洗浄トイレを使いすぎて「お尻が痛くなる」人たちが増えています。使いすぎると、肛門周囲の皮膚常在菌が少なくなり、ただれたり、かぶれたり、血が出たりして、肛門専門の医療機関を受診する人も多いと聞きます。(中略)

温水洗浄トイレの普及で、オシッコの時でも便座に座る男性が増えてきているのも事実です。排尿のあとでも、肛門にシャーシャーと温水をかけているのです。そのたびに肛門周囲の常在菌は流されて皮膚が中性になり、角質がバラバラになって、肌荒れを起こすようになります。すると、大腸のなかにいる腸内細菌が肛門付近の皮膚にくっつきます。腸のなかにいればよい働きをしてくれる細菌も、自分の居場所から離れると本来の仕事を忘れ、悪さをはじめます。その腸内細菌が炎症を起こし、肛門が痛くなったり、かゆくなったりするのです。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

人の皮膚は洗いすぎると汚くなるのです。洗いすぎて中性からアルカリ性に傾いた皮膚は、病原菌の格好の住処になります。本書には男性だけでなく女性の話も出てきます。


日本の女性は、歴史上、膣をビデで洗う経験はありませんでした。「洗えばきれいになる」と、オシッコのたびに膣を洗うようになったのは、ウォシュレットが販売された1980年以降のことです。

しかし、膣も「洗いすぎれば汚くなる」のは同じことです。女性の膣にはデーデルライン桿菌かんきんという乳酸菌がいて、膣をきれいに保っています。この菌は、膣のグリコーゲンをエサにして膣内を酸性に整えます。つまり、正常な膣は酸性なのです。

酸性の場所では、雑菌は増殖できません。原始時代、ろくに体を洗っていない男性と雑菌だらけの環境で交わっても、女性は膣炎になどなりませんでした。デーデルライン桿菌が膣を酸性に保ってくれていたからです。

ところが、現代の女性は膣炎になります。「洗えばきれいになる」とばかりに、オシッコのたびにビデで洗っているからです。そのたびにデーデルライン桿菌は洗い流され、膣は中性にかたよっていきます。そうなると、雑菌が膣内で増殖し、おりものが出てきて、膣炎となってしまうのです。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

 免疫関連疾患のリスクを高める 

微生物の少ない環境は、免疫関連疾患であるアレルギーの発症リスクを高めます。そもそも藤田博士は「寄生虫の不在とアレルギーの発症の因果関係」で、このことを早くから主張されていたのでした。アレルギーに関しては、No.119「 "不在" という伝染病(1)」に「兄弟効果」「保育園効果」「農場効果」を書きました。つまり、

兄弟効果
兄弟で比較すると、後に生まれた子の方がアレルギーが少ない
保育園効果
保育園に通った子どもの方が、そうでない子どもよりアレルギーが少ない
農場効果
農場で育った子どもにはアレルギーが少ない

というものです。本書にはこのうち「兄弟効果」と「保育園効果」が説明されています。下の図は第1子(一人っ子を除く)に着目し、第1子と第2子以降のアレルギーの発症率を調査したものです。明らかに差が見てとれます。

兄弟効果.jpg
本書にある、第1子(一人っ子を除く)と第2子以降のアレルギーの発症率を対比したグラフ。この調査は、子を持つ親:10118人に対し、第1子の数:3639人、第2子以降の数:6479人であり、調査した子の数=親の数となっている。つまり同じ親からは子が一人だけ選択されている。これは親の育て方以外で兄弟が似る要因(遺伝や居住地など)の影響を排除するためと考えられる。どの子を選ぶかはランダムに決めたはずである。No.223「因果関係を見極める」のRCT(ランダム化比較試験)の項参照。

このグラフを見て思うのは、そもそも「子どもの約30~40%がアレルギー体質」というのが多すぎるということである。
「手を洗いすぎてはいけない」より。


一人っ子と同じく、お母さんは第1子にはとかく目が向かいがちなものです。ときには、神経質なまでに手をかけてしまうこともあるでしょう。それが第2子、第3子になると、「このくらいならば大丈夫」と加減がわかるようになり、いい意味で手が抜けるようになるのだと思います。

私の知人の女性は、3人の子持ちです。最初の子のときには、初めてのことばかりで不安が大きく、哺乳瓶はもちろん、離乳食で与える野菜まで野菜洗い用の洗剤で洗っていたそうです。赤ちゃんがハイハイするときには、それ専用のカーペットをわざわざ床に敷き、そこを夫が歩こうものなら悲鳴をあげて阻止したともいいます。それが第3子になると赤ちゃんがバッチイことをするのも気にならず、公園の土の上を転げ回り、アリをつまんで口に入れてしまっても、笑って見ていられるようになりました。

彼女の子どもも、第1子はひどいアレルギー性鼻炎で、第2子、第3子は健康優良児だとのことです。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

知人女性の第1子の「アレルギー性鼻炎と育て方の因果関係」を立証することはできないと思いますが(何らかの遺伝的要因かもしれない)、いかにもありそうな話です。結果としてですが、その知人女性は第1子に対しては "最悪の育て方" をしたわけです。

また本書にも「保育園に早くからあずけられた子どもの方がアトピーになりにくい、というデータがある」と、"保育園効果" のことが書かれています。大勢の子どもがいて皆で遊ぶ環境が微生物と接する機会を増やすからです。

 免疫力が低下する 

超清潔指向は私たちの外部環境からも細菌を追い出すことになります。これは人の免疫力を低下させ、感染症にかかりやすくなることにつながります。ノロウイルスの流行やエルトール型コレラの集団発生もその現れだと、本書では危惧しています。( )内は引用注です。


最近では(ノロウイルスの)新型のウイルスも発見されていますが、ノロウイルスはもともと感染力の弱い、あまり問題視されないウイルスだったのです。人に感染するウイルスの多くは、人類の進化とともに生き抜いてきたものたちです。昔から私たちとともにあった病原体ともいえるでしょう。それが最近になって大流行を起こすようになったのは、ウイルスの病原性が増していること以上に、ヤワな病原体にやられてしまうほど、宿主=人間の抵抗力が弱っていることを示しています。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

1995年のことになります。インドネシアのバリ島帰りの日本人が次々とコレラを発症し、患者数が300人近くにもなった事件がありました。コレラは江戸時代からの恐ろしい伝染病です。伝染力が強く、致死率も高い。明治から昭和の初めまで、日本の国家的な衛生システムはコレラの防疫で生まれたと言われるほどです。ここで言うコレラは「アジア型」と言われるタイプのものです。一方、1995年に発生したコレラは違いました。


1995年に大発生したのは、エルトール型です。このコレラは1900年代後半に出現した新しいタイプです。菌の毒性が低く、軽症あるいは無症状に終わるケースが70~80パーセントを占めています。とても病原性の低い菌といえるでしょう。

このときコレラを発症したのは、日本人だけでした。現地の人や他国の観光客はなんともなかったのに、日本人だけが集団発症したのです。これがどいうことか、おわかりになるでしょうか。日本人の免疫力は、ヤワな菌に集団発症してしまうほど、世界の人々に比べて低くなっているのです。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

バリ島は有名な観光地です。現地のバリ島の人たちがエルトール型コレラを発症しないのはともかく、世界からバリ島にやってきた観光客のなかで日本人だけが発症したという事態は、確かに日本人の免疫力の低下を疑わせます。最近よくあるインフルエンザの季節はずれの流行も、日本人の免疫力の低下ではないかと、本書で危惧されています。



超清潔指向が総合的に作用して社会問題となったのが(なっているのが)病原性大腸菌、O157です。1990年、O157の感染で日本で初めて死者が出ました。埼玉県浦和市(現、さいたま市)の幼稚園で、井戸水の引用によって2人が亡くなったのです。また、日本中を震撼させたのが1996年の堺市の事件です。同じ給食を食べた児童・職員の9492人が罹患し、3人の児童が亡くなりました。

O157は人の腸の中に入ると、血管壁を壊して出血を起こすベロ毒素(志賀毒素)を出すことがあります。この毒素が血液中に入るとさまざまな症状を起こします。毒素が腎臓に入り込むと急性腎不全となり尿毒症が起こる。こうなると脳に影響を与えて意識障害や痙攣けいれんを引き起こし、ときに死亡することもあります。

O157は大腸菌の変異菌です。大腸菌は本書にも書かれているように、人の腸のなかに生息し、O157を含む病原菌を排除したり、食物繊維を分解したりといった働きをしています。O157はその変異菌であり、157番目に見つかった変異なのでO157と命名されました。1982年のアメリカでのことです。そしてO157の流行は先進国にかたよっていて、いわゆる発展途上国では起こっていません。

このような変異菌がなぜ生まれてきたのか。それは殺菌剤や抗菌剤の多用だというのが本書の見立てです。抗生物質の多用が変異菌を生みだし、その中から抗生物質が利かない耐性菌が生まれるのと同じ原理というわけです。

  ちなみにO157が出すベロ毒素(=志賀毒素)の "志賀" とは、赤痢菌を発見した志賀潔博士のことです。O157は、赤痢菌と同じ毒素を出すように変異した大腸菌です。

実は、O157は生命力の弱い菌です。毒素の生成に多くのエネルギーを使ってしまうからです。O157は不潔な場所では生きられません。雑菌が多いところでは淘汰されてしまいます。反対に、雑菌の少ない清潔な場所に入り込むと一気に増殖を始めます。従って衛生に細心の注意を払う場所ほどO157の格好の住処となります。学校の給食室、スーパーの総菜売場、水耕栽培をする野菜工場などです。人が殺菌剤をふりまいて雑菌を殺しておいてくれるからです。さらに、そのO157に感染して重症化する人には特徴があると言います。


東京医科大の中村明子兼任教授は1996年、O157が集団発生した埼玉と岡山両県の小学校を調査しています。その際、感染者の「清潔度」のチェックもあわせて行いました。このとき、重大な事実がわかりました。

重症化した子どもはすべて、「超」がつくほどの清潔志向の家庭で育てられていたのです。また、一戸建てに住むような裕福な育ちでした。おそらく、泥んこになったり、虫とふれあったりして遊ぶことを「バッチイからダメ」と制され、帰宅時には薬用石けんやハンドソープでていねいに手を洗うようにしつけられ、家庭内ではさまざまな洗剤や抗菌スプレーが常用されていたのでしょう。

反対にO157に感染していながらまったく症状の出ていない子どもたちもいました。無症状の子はみんな親がほどよく放任で、毎日真っ黒になって外を駆け回り、「バッチイ遊び」をたくさんしているような子どもたちだったのです。

外遊びをたくさんする子は、空気中を舞う土壌菌を自然と吸い込んでいますから、腸内フローラが豊かにはぐくまれています。O157はヤワな菌なので、腸内細菌が多種多様にすんでいる腸のなかでは増殖できません。抗菌薬の乱用など超清潔志向によって作られた「空き家」の多くなった腸でのみ、増殖できるのです。

藤田紘一郎
「手を洗いすぎてはいけない」

何回か発生したO157の集団感染は、マスメディアによって大々的に報道され、これがまた日本人の清潔指向を倍加させました。以上の O157 に関するストーリーを「清潔」をキーワードにまとめると、

抗菌剤や殺菌剤の多用が大腸菌の変異菌(O157)の出現を招いた(のだろう)。

そのO157は清潔な場所でないと増殖できない。

超清潔志向の家庭で育った子どもがO157感染症を発症し、重症化した。

O157による重症患者の発生は、日本人の清潔志向を倍加させた。

ということになります。これはいわゆる悪循環というヤツです。この悪循環をどこかで断ち切る必要があります。それはひとえに「清潔」という意味をよく理解し、正しい知識をつけることでしょう。


ヒトと微生物の共生


本書の内容をまとめると、次のようになると思います。

人は微生物である常在菌と共生している。人=人体+常在菌であり、人体は常在菌との共生を前提に正しく機能するようになっている。

人の機能は、その機能を常時働かせることにより強化され、維持される。免疫力も外界の微生物と常時接することで高まり、維持される。

超清潔志向は常在菌の減少や不在を招き、また外界の微生物との接触を少なくする。その結果として人は "やまい" に陥る(機能不全、感染症、アレルギーなど)。

以上のことは、どちらかというと常識的であり、本書に何か新しい知見が書かれているわけではありません。ただ、専門用語を極力排し、多くの事例を引用してわかりやすく解説し、警鐘を鳴らした本として価値があると思いました。




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No.224 - 残念な「北斎とジャポニズム」展 [アート]

No.156「世界で2番目に有名な絵」で、葛飾北斎の「富嶽三十六景」の中の『神奈川沖浪裏』が "世界で2番目に有名な絵" であるとし、この絵が直接的に西洋に与えた影響の一例を掲げました。No.156 で書いたのは、

ドビュッシーの交響詩「海」。スコアの表紙に『神奈川沖浪裏』が使われているし、そもそも作曲のきっかけが北斎だと考えられる。
ドビュッシーの家の室内写真。ストラヴィンスキーとのツー・ショット写真だが、壁に『神奈川沖浪裏』が飾られている。
カミーユ・クローデルの彫刻作品『波』。
『神奈川沖浪裏』を立体作品にした、ドレスデン街角のオブジェ。
『神奈川沖浪裏』を童話に仕立てたスペインの絵本。
サーフィン用ウェアの世界的ブランドである Quiksilver のロゴマーク。『神奈川沖浪裏』が単純化されてデザインされている。

でした。もちろん『神奈川沖浪裏』を含む「富嶽三十六景」や「北斎漫画」など、北斎の多数の作品が19世紀以降の西欧アートに影響を与えたし、北斎だけでなく日本の浮世絵や工芸品がヨーロッパに輸出されて、いわゆる "ジャポニズム" の流れを生んだわけです。

No.187「メアリー・カサット展」で書いたのですが、カサットは1890年にパリで開催された「日本版画展」に感激し、自らも版画の制作を始めました。No.187 では 喜多川歌麿の『青楼十二時せいろうじゅうにときの刻』とカサットの『The Fitting(仮縫い)』の対比、同じく歌麿の『行水』とカサットの『湯浴み』の対比を掲げました。カサットはこの歌麿の作品そのものではないにしろ、類似の浮世絵からインスピレーションを得て作品のテーマと構図を決めたのは間違いないと思います。

そういったジャポニズムを紹介する展示会が最近、国立西洋美術館で開かれました。「北斎とジャポニズム」展です(2017.10.21 - 2018.1.28)。この展示会は国立西洋美術館の馬渕明子館長が監修したものです。馬渕館長はジャポニズム研究の専門家なので、いわば "渾身の展覧会" でしょう。なぜ北斎なのかというと、ジャポニズムの中でも北斎の影響がダントツに大きいからです(馬渕館長の言)。つまりこの展示会は「北斎が西洋美術・工芸に与えた影響」を中心テーマとしつつ、「北斎を代表格とする日本の美術が西洋に与えた影響」も俯瞰するものと言っていいでしょう。

北斎とジャポニズム展.jpg

展示会の内容は北斎の画業全般に渡っていて、"森羅万象を描き尽くそうとした" 北斎の制作態度がよく分かるようになっていました。またそれに対する西洋のジャポニズムの方も、日本紹介の書物から絵画、工芸、版画まで多様でした。全体として大変理解がしやすい良い展覧会だと思いました。



以下は、この展示会を見て "残念" と思ったことをいくつか書きます。展示会そのものが "残念" というわけでは全くありません。もっとこういう作品を展示してほしかったという意味の "残念" です。あたりまえですが、展示会のために作品を所蔵美術館(ないしは個人)から借りるのは相手がある話なので思い通りに行くとは限りません。それは十分承知した上での "無いものねだり" を以下にあげたいと思います。


雨を線で表現する


浮世絵には雨を線で表現したものが多々あります。すぐに思い浮かぶのは広重の「東海道五十三次」の『土山宿』や『庄野宿』、ゴッホも模写した「名所江戸百景」の『大はしあたけの夕立』などです。この浮世絵の影響を受けてヨーロッパでも雨を線で表現した絵が描かれるようになりました。「北斎とジャポニズム」展で対比されていたのは、北斎の『北斎画式』からの一枚と、ゴッホの『雨中の畑で種を蒔く人』という素描です。もちろん広重の "雨" の方が有名ですが、この展覧会は北斎とジャポニズムを対比するのが主旨なので、これはこれでよしとしましょう。

北斎画式.jpg
葛飾北斎
北斎画式」(1819)

雨中の畑で種を蒔く人.jpg
フィンセント・ファン・ゴッホ
雨中の畑で種を蒔く人」(1890)
フォルクヴァンク美術館(独:エッセン)

"問題" はゴッホの方で、ここでゴッホを持ち出すのならフィラデルフィア美術館にある『雨』という油絵作品を展示して欲しかったと思います。No.97「続・フィラデルフィア美術館」で引用した絵です。

PMA - Gogh.jpg
フィンセント・ファン・ゴッホ
」(1889)
フィラデルフィア美術館

ゴッホのサン・レミ時代の絵です。小麦畑に雨が降っているという、ただそれだけの絵ですが、この雨の線の "乱れよう" は画家の心情を表しているようです。北斎の版画もゴッホの素描も「雨を線で描いた作品」です。それに対してこのゴッホは「雨を線で描くことによって何かを表現しようとした絵」で、そこが違います。この絵は、巨大美術館であるフィラデルフィア美術館でも大変印象に残る絵です。それは日本人だからでしょう。

そのゴッホが浮世絵と出会う20年以上前から浮世絵を研究し、その構図やテーマを作品に取り入れていたのがドガです。今回の「北斎とジャポニズム」展でもドガの作品が数点展示されていました。そしてドガも雨を線で表現した絵を描いています。『雨の中の騎手』というパステル画です。この絵も No.97「続・フィラデルフィア美術館」で引用しました。

Jockeys in the Rain.jpg
エドガー・ドガ
雨の中の騎手」(1880/91)
ケルヴィングローブ美術館
(英:グラスゴー)

ドガは馬が登場する絵(郊外での競馬が多い)を多数残しています。また絵画制作のためだと思いますが、小型の馬の彫像(いわゆるマケット)も残しています。ちょうど「踊り子」でやった絵画制作を「馬」でやった。今回の展示会でも、北斎漫画の馬の絵とドガの「競馬場にて」(1866/68。オルセー美術館)を対比させた展示がありました。

上に引用した絵はその「馬」と「線で描かれた雨」がミックスされています。さらに右端の馬をカットアウトした構図も浮世絵の影響を感じさせます。このドガの絵も展示して欲しかった絵なのでした。


並木越しの風景


葛飾北斎の「富嶽三十六景 東海道程ヶ谷」は、松並木の向こうに富士が見えるという構図で、富嶽三十六景の中でも比較的良く知られた作品です。この絵とモネの2つの絵を対比して展示してありました。

富嶽三十六景「保土ヶ谷」.jpg
葛飾北斎
富嶽三十六景 東海道程ヶ谷」(1830-33)


ヴァランジュヴィルの風景.jpg
クロード・モネ
ヴァランジュヴィルの風景」(1882)
ポーラ美術館

陽を浴びるポプラ並木.jpg
クロード・モネ
陽を浴びるポプラ並木」(1891)
国立西洋美術館

モネの最初の絵の舞台であるヴァランジュヴィルとは、ノルマンディーの海岸に面した地方です。No.202「ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館」で「ヴァランジュヴィルの漁師小屋」という作品を引用しました。たまたま見つけたポプラの木という感じで、これは並木ではありません。

一方、次の『陽を浴びるポプラ並木』は北斎も描いた "並木" で、しかもクローズアップで描いています。これはジヴェルニー付近の川沿いのポプラ並木で、モネによくある連作の中の1枚です。この絵は確かに「富嶽三十六景 東海道程ヶ谷」からインスピレーションを得て描かれたと思えるものです。

しかしモネの絵よりさらに北斎に近いと思えるのは、ミュンヘンのノイエ・ピナコテークにあるゴッホの『アルルの風景』です。この絵は No.10「バーバー:ヴァイオリン協奏曲」で引用しました。

アルルの風景.jpg
フィンセント・ファン・ゴッホ
アルルの風景」(1889)
ノイエ・ピナコテーク(ミュンヘン)

モネの『陽を浴びるポプラ並木』は、「ポプラ並木の向こうに見えるのはポプラ並木」ですが、ゴッホ作品では「ポプラ並木越しに見えるアルルの田園風景」です。そこが「並木越しに見える富士」により近いと感じます。北斎もゴッホも「もし並木がなかったとしても成立する絵」です。主題はあくまで富士であり、アルルの田園風景です。にもかかわらず、あえて松並木・ポプラ並木で主題を "ぶった切って"(部分的に)隠している。構図の発想が大変よく似ているのですね。浮世絵が大好きだったゴッホもまた、「富嶽三十六景 東海道程ヶ谷」からインスピレーションを受けたのだと思います。





橋は浮世絵にたびたび現れる画題です。「北斎とジャポニズム」展で対比してあったのは、北斎の『富嶽三十六景 深川万年橋下』とヴァルター・クレムの『橋』でした。ヴァルター・クレムとはあまり聞かない名前ですが、ドイツの画家・イラストレーターで、ウィーン分離派で活躍した人です。

富嶽三十六景「深川万年橋下」.jpg
葛飾北斎
富嶽三十六景 深川万年橋下」(1830-33)

Walther Klemm - Bridge.jpg
ヴァルター・クレム(1883-1957)
」(1909より前)
オーストリア応用美術館

確かによく似ています。19世紀末から20世紀にかけてのウィーンはジャポニズムの一つの拠点で、その代表格がクリムトです(No.165「黄金のアデーレ」にクリムトの作品を引用)。そのことを考えると、このヴァルター・クレムの作品も納得できます。

ただし "橋" がテーマの作品としては、ジャポニズムの作品を多く手がけたホイッスラーも是非展示してほしいところでした。『ノクターン:青と金色 - オールド・バターシー・ブリッジ』です。

Whistler - Nocturne.jpg
ジェイムズ・マクニール・ホイッスラー
ノクターン:青と金色 -
オールド・バターシー・ブリッジ
」(1872-75)
テート・ブリテン

普通、このホイッスラーの絵は広重の『名所江戸百景 京橋竹がし』の影響だと言われるのですが、今回は「北斎とジャポニズム」展です。北斎の橋の絵とホイッスラーを対比するのは全くOKのはずです。ちょうど "雨を線で描いた絵" で、広重でなく北斎とゴッホを対比させたように・・・・・・。実際にロンドンにあったオールド・バターシー・ブリッジは、こんなに橋桁が高くなかったようです(ホイッスラーが描いた橋の素描が残っている)。デフォルメとクローズアップを用い、それに加えてまるで水墨画のように描いたこの絵は、まさにジャポニズムに影響を受けた作品でしょう。

名所江戸百景「京橋竹がし」.jpg
歌川広重
名所江戸百景 京橋竹がし


春画


浮世絵の半数以上(6割?)は春画だと言われています。西欧の著名画家も春画を保有していたようで、木々康子氏の『春画と印象派』(筑摩書房)によるとロートレックは春画の大コレクターだったとあります。「北斎とジャポニズム」展にあったのは、北斎の『万福和合神』とクリムトの『横たわる恋人たち』でした。ほかにロダンの素描もありました。

万福和合神・上編.jpg
葛飾北斎
万福和合神上編(1821)


横たわる恋人たち.jpg
グスタフ・クリムト(1862-1918)
横たわる恋人たち」(1904/05)
ウィーン・ミュージアム

しかしここでは是非ともピカソを持ち出して欲しかったと思いました。たとえばバルセロナのピカソ美術館が所蔵している次の作品です。男女の性の場面を描いたものとしてナマナマしい感じで、クリムトよりも北斎の絵の "精神" を受けついでいると思います。

ピカソ「恋人たち」.jpg
パブロ・ピカソ恋人たち
バルセロナ・ピカソ美術館

「万福和合神」のような春画はたくさんあるので、ピカソがこれを見たかどうはは分かりません。しかしピカソにはダイレクトに北斎を踏まえたと考えられる作品があります。北斎の春画集「喜能会之故真通きのえのこまつ」に『蛸と海女』という有名な絵がありますが、これから発想を得たと考えられる『女と烏賊』です。この絵は No.163「ピカソは天才か(続)」で引用しました。ピカソも北斎のイマジネーションに驚いたのではないでしょうか。

蛸と海女.jpg
葛飾北斎蛸と海女


ピカソ「女とイカ」.jpg
パブロ・ピカソ女と烏賊
バルセロナ・ピカソ美術館

そもそもピカソは北斎を強く意識していたようです。No.163「ピカソは天才か(続)」 で引用した瀬木慎一氏(美術評論家)と浦上満氏(浦上蒼穹堂・主人)のコメントを再度掲げます。


ピカソは日本の画家の中では北斎を尊敬していました。北斎は年とってから自分のことを「画狂老人」と言っていた、あれを非常に気に入って「俺はヨーロッパの画狂老人だ」と言ったくらいです。

瀬木慎一
NHK 日曜美術館(2010.5.23)
「ピカソを捨てた花の女」より

北斎はとにかく変化へんげの画家なんです。こういう画家は西洋に一人しかいません。それはピカソ。ピカソは明らかに北斎を意識していますよ。自分で北斎の雅号にならった『西洋画狂人』と名乗っていたといわれます。近年わかったことですが、ピカソは春画も集めていて、彼のキュビズムは春画からきているという説もあるんです。

浦上満
雑誌『東京人』
(No.378 2016.12)

ほかでもない「北斎とジャポニズム」という企画展だからこそ、"ヨーロッパの画狂老人" を自認していたピカソを展示して欲しかったと思いました。


カサット


冒頭に書いたように、メアリー・カサット浮世絵に感動して自ら版画を制作しました。その例として No.187「メアリー・カサット展」で対比させた喜多川歌麿とカサットの作品をここに再掲します。

歌麿・青楼十二時 子の国.jpg
喜多川歌麿
青楼十二時せいろうじゅうにときの刻
川崎・砂子の里資料館
(大浮世絵展・2014 図録より)

The fitting.jpg
メアリー・カサット
仮縫い」(1890/91)
アメリカ議会図書館
(site : www.loc.gov)

歌麿・行水.jpg
喜多川歌麿行水
メトロポリタン美術館

The bath(The tub).jpg
メアリー・カサット
湯浴み(たらい)」(1890/91)
アメリカ議会図書館

歌麿の『青楼十二時せいろうじゅうにときの刻』で立っている女性のポーズは、女性を美しく描くための浮世絵の "定番" と言ってよいでしょう。また『行水』にみられるような「母と子、ないしは母と赤ん坊」というテーマも浮世絵でよく描かれました。カサットはこの歌麿作品そのものではないにしろ、類似の浮世絵からインスピレーションを得て作品のテーマと構図を決めたのは間違いないと思います。

しかし今回は「北斎とジャポニズム」展なので北斎と対比させる必要があります。出展されていたカサット作品は『青い肘掛け椅子の少女』でした(これ以外にもカサットの絵が2点ほどありました)。この絵は No.87「メアリー・カサットの "少女"」No.125「カサットの "少女" 再び」に詳しく書きました。No.125では絵を所有しているワシントン・ナショナル・ギャラリーの分析に従って、背景の一部にドガの手が入っていることにも触れました。そしてこの絵と対比されていたのが『北斎漫画』の中の "布袋" の絵でしたが、これはちょっとやりすぎというか、こじつけではないでしょうか。

Mary Cassatt - Little Girl in a Blue Armchair (Renewal).jpg
メアリー・カサット
青い肘掛け椅子の少女」(1878)
ワシントン・ナショナル・ギャラリー

北斎漫画・初編より(部分).jpg
「北斎漫画」より
普通、モデルを使った絵はモデルにそれなりのポーズをとらせますが、このカサットの絵は違います。育ちのよい少女(ドガの友人の娘です)であれば "普段はしない格好" というか、親に見つかると厳しく叱責されるに違いない姿です。つまり、

  少女が見せるある瞬間の姿態や表情、それをカンヴァスに定着させた

と感じさせるのがこの作品です。「少女」を「踊り子」に変えたとしたら、これはまさにドガの作品の特徴です。そして北斎漫画やその他の北斎作品にも「モデルのある瞬間の姿態や表情を定着」した絵が多数あり、そこが共通している部分です。カサットは画家としてドガと親しい関係にあったので、北斎 → ドガ → カサットという影響が推測できます。またカサットが『北斎漫画』を直接見たことも考えられる。こうした「ある瞬間の定着」が「北斎とジャポニズム」展で『青い肘掛け椅子の少女』を展示した主旨のはずですが、そこに "布袋" の絵を持ち出したので何となく嘘っぽくなってしまった、そこが残念なところでした。

余談ですが『青い肘掛け椅子の少女』の特色は少女の姿態だけはなく、肘掛け椅子の配置を含む部屋の描き方にあります。床と壁の境を極端に上にとり、少し上の方から俯瞰したアングルで、椅子を不規則に配置し、しかもすべての椅子をカンヴァスからはみ出して描く。この絵の所有しているワシントン・ナショナル・ギャラリーの公式ガイドに「少女がいなければほとんど抽象画」とありましたが(No.222「ワシントン・ナショナル・ギャラリー」参照)、そう言いたくなるほど斬新な構図でです。


ドガ


この項は「残念」ではなく、私とっての新発見です。当然のことながら「北斎とジャポニズム」展にはドガの作品が数点出展されていましたが、"発見" はドガの次の版画に関してです。

ルーブルのメアリー・カサット.jpg
エドガー・ドガ
ルーヴル美術館絵画室の
メアリー・カサット
」(1879-80)
フィラデルフィア美術館

この版画はルーブル美術館でのメアリー・カサットの姿を描いたものです。立っているのがメアリー、座っているのは姉のリディアです。No.86「ドガとメアリー・カサット」を書いたときにいろいろ調べていて、この版画に出会いました。ドガは他に「ルーブルの考古学室のメアリー・カサット」も制作しています。この「絵画室のメアリー」の後ろから見た立ち姿、美術館の中でパラソルを持っている姿は "何だか不思議な感じだな" と思っていたのですが、今回の展覧会で対比されていたのが『北斎漫画』の中の一品でした。なるほど、北斎を踏まえて制作されたのだとすると納得できました。

北斎漫画・九編より.jpg
葛飾北斎
北斎漫画」九編より


マティス


前々から気になっていたのですが、マティスと北斎の関係はどうなのでしょうか。「北斎とジャポニズム」展でマティスに関する展示はありませんでした。しかし気になる点があって、その一つはマティスが画家のアルベール・マルケを「我らが北斎」と呼んだと伝えられることです。アルベール・マルケはマティスと同じ "フォービスム" の画家仲間(後輩)で、フォービスムにしてはどちらかと言うと"穏やかな色使い" で、風景画を得意とした人です。森羅万象を描き尽くそうとした北斎とは制作態度がかなり違います。従ってマルケの絵だけを見ても、マティスの言う北斎との関連性は分からないのですが、たとえばマルケのデッサンの力量を北斎に比したのかも知れません。

気になる二つ目は、マティスは明らかに日本美術の影響と思われる作品を描いていることです。それはフィラデルフィアのバーンズ・コレクションにある『三姉妹』という3連作です(No.95「バーンズ・コレクション」参照。Room 19 West Wall にある作品)。

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バーンズ・コレクションの Room 19 West Wall の画像。マティスの「三姉妹」の三連作が壁一面に展示されている。

この「3人の女性を描いた3つの連作」というスタイルは「大判錦絵三枚綴り」に発想を得たものでしょう。たとえば歌麿の次の作品です。

喜多川歌麿「両国橋上下(上)」.jpg
喜多川歌麿両国橋上下(上)

バーンズ・コレクションにある『三姉妹』は「西洋絵画史上、これしかないと思える作品」です。こういう作品を制作するぐらいなら、ほかにも日本美術からインスピレーションを得た作品があるのではと思うのですね。特に北斎をヒントにした作品が ・・・・・・。

画家が他人の絵からインスピレーションを受ける場合、その内容は大変微妙です。No.36「ベラスケスへのオマージュ」で、画家のサージェントがベラスケスの『ラス・メニーナス』へのオマージュとして描いた『ボイト家の娘たち』という作品を紹介しましたが、一見すると一体どこが『ラス・メニーナス』なのか分からないのです。マティスにも実はそういった作品があるのではないだろうか ・・・・・・。このあたりを「北斎とジャポニズム」展で展示して欲しかったし、展示しないまでも情報発信して欲しかったと思いました。一度、ジャポニズムの専門家である馬渕館長に聞いてみたいところです。


アートとインスピレーション


馬渕館長も各種メディアで強調していたことですが、ジャポニズムは決してコピーではありません。西洋のアーティストは、北斎をはじめとする日本の美術品の中に従来西洋になかった美を発見し、ヒントを感じ、インスピレーションを得て、それを自家薬籠中のものにして作品を作った、そういうものがほとんどでした。それがまた近代日本のアートに影響を与えたわけです。それ以前に、北斎をはじめとする江戸期の画家も西洋絵画の影響を受けています。たとえば冒頭に出した『神奈川沖浪裏』にも西洋画の影響を感じるし、北斎の遠近法画法も今回の展示会にありました。

そういったダイナミックな "影響のしあい" がこの展覧会で理解できたのでした。




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No.223 - 因果関係を見極める [科学]

No.83-84「社会調査のウソ」の続きです。No.83-84では主に谷岡一郎氏の著書『社会調査のウソ』(文春新書 2000)に従って、世の中で行われている "社会調査" に含まれる「嘘」を紹介しました。たとえばアンケートに関して言うと、回答率の低いアンケート(例:10%の回答率)は全く信用できないとか、アンケート実施者が誘導質問で特定の回答を引き出すこともあるといった具合です。そして、数ある「嘘」にまどわされないための大変重要なポイントとして、

  相関関係があるからといって、因果関係があるとは限らない

ということがありました。一般にXが増えるとYが増える(ないしは減る)という観測結果が得られたとき、Xが増えたから(=原因)Yが増えた・減った(=結果)と即断してはいけません。原因と結果の関係(=因果関係)の可能性は4つあります。

Xが増えたからYが増えた(因果関係)
Yが増えたからXが増えた(逆の因果関係)
X,YではないVが原因となってXもYも増えた(隠れた変数)
Xが増えるとYが増えたのは単なる偶然(疑似相関)

相関関係.jpg
相関関係がある場合の可能性
XとYのデータの動きに関連性がある場合の可能性。①XがYに影響する、②YがXに影響する、③VがXとYの両方に影響する。これ以外に、④単なる偶然、がある。図は伊藤公一朗「データ分析の力 因果関係に迫る思考法」より引用。

『社会調査のウソ』で谷岡一郎氏があげている何点かの例を振り返ってみますと(No.84参照)、まず「広い家ほど子供の数が多い」という 1994年4月に公開された厚生白書がありました。この白書によると「公共住宅などの円滑な提供が必要」とのことです。しかしこれは「③隠れた変数」の例であり、

◆地方の文化的・社会的環境
  ├─⇒ 子たくさんの家庭
  └─⇒ 広い家

と解釈するのが妥当です。また「②逆因果関係」に従って、

◆子供の数が増えた
  └─⇒ 広い家に引っ越した

とも解釈できます。次に「ジャンクフード(カップ麺やスナック菓子、ハンバーガーなどのファストフード)を食べる頻度が多い子供は非行の率が高い」という調査がありました。子供の栄養バランスの崩壊を憂う気持ちは分かりますが、まともに考えると、

◆親の子育ての手抜き
  ├─⇒ ジャンクフード
  └─⇒ 非行

でしょう。非行については「TVで暴力シーンをみることが多い子供ほど非行に走りやすい」という調査もありました。TVの暴力シーンを規制すべきという意見ですが、これも、

◆子供の暴力的な性格
  ├─⇒ 暴力的なTVをよく見る
  └─⇒ 非行

というのが真っ当な解釈です。その他、No.84にいろいろな例をあげました。戦後の子供の「体格の向上」と「非行の増加」の "相関" は、全くの偶然=④疑似相関の例です。



では、正しく因果関係を見極めるにはどうすればよいのか。それを最新の手法を踏まえて事例とともに紹介した本が2017年に出版されました。伊藤公一朗著『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』(光文社新書 2017)です。伊藤氏はシカゴ大学助教授で、環境エネルギー経済学、応用計量経済学が専門です。この本(以下、本書)の "さわり" だけを以下に紹介します。


世の中は怪しいデータ分析で溢れている


伊藤公一朗氏の本ではまず、因果関係を推定する難しさが指摘されています。ある新聞記事の例です。

  海外留学に力を入れているある大学の調査では、留学を経験した学生が、留学を経験しなかった学生よりも就職率が高いことがわかった。このデータ分析の結果から、留学経験経験は就職率を向上させるものであると大学は報告している。

この大学の調査結果から「留学経験→就職率の向上」という「①因果関係」は推定できるのでしょうか。この場合「②逆因果関係」はありえないので、問題は「③隠れた変数」です。伊藤氏は次のような「隠れた変数」の可能性を指摘しています。

留学の奨学金を受けられるほど、もともと成績が良かった。
留学したいという強い意志や好奇心があった。

データ分析の力.jpg
このような隠れた変数が就職率の向上に役だったかもしれないのです。もちろん「留学経験→就職率の向上」という可能性もあります。伊藤氏の本には書いていないのですが、留学を経験した学生は「外国人とのコミュニケーション能力」に優れていると考えられます。新卒学生を採用するときに「外国人とのコミュニケーション能力」を特に重視する企業はかなり明確に特定できるでしょう。ということは、留学経験者と企業との "就職マッチング" の成功率は一般の学生より高いと考えられるのです。

要は、多角的に分析しないと一概なことは言えないということです。特に難しいのは「隠れた変数」がいくらでも想定できることです。またその中には観測しにくいものも多い。留学の例でいうと、成績のデータは集められても、意志や好奇心のデータは集めにくいのです。

実はこういった分析なしに、あるいは誤った分析をもとに因果関係を喧伝する情報がメディアにあふれています。伊藤氏は次のように書いています。


ニュースや新聞を見てみると相関関係と因果関係を混同させた怪しい分析結果は世の中にあふれています。さらに問題なのは、怪しい分析結果に基づく単なる相関関係が「あたかも因果関係のように」主張され、気をつけないと読者も頭の中で因果関係だと理解してしまっていることが多いという点です。

・・・・・・・

残念ながら、新聞やテレビで主張されていることの多くは、相関関係を誤って解釈して因果関係のごとく示されているものなのです。

伊藤公一朗
「データ分析の力 因果関係に迫る思考法」
(光文社新書 2017)

この「あたかも因果関係のようにメディアで主張された」例を伊藤氏はあげています。夜に電気をつけて寝る子供に近視が多いという相関関係です。


ペンシルベニア大学の研究者が1999年に Nature という権威ある学術誌に発表した論文(Quinn et al.,1999)です。

研究者たちは2才以下の子供に対して、①寝ているときに電気をつけているか、②近視になっているか、というデータを集めました。その結果、寝ている時に電気をつけている子供ほど近視になっていることがわかりました。

論文を読んでみると、実は当の研究者たちは「この結果は電気をつけて寝ていることと子供の近視の相関関係を示しているだけで、私たちは因果関係を主張しているわけではない」と丁寧に述べているのですが、この論文を取り上げたメディアが「電気をつけたまま寝かせると子供が近視になる!」と大々的に取り上げてしまいました。その結果、多くの親たちが子育てに際してこの因果関係を信じることになりました。

ところが、その後にオハイオ大学の研究者が行った研究によって、これは単なる相関関係であることがわかりました。

彼らの研究によると、①近視を持つ親ほど寝るときに電気をつけていることが多く、②近視の親を持つ子供ほど「遺伝的に近視になりやすい」ということでした。

伊藤公一朗
「データ分析の力 因果関係に迫る思考法」

どういう背景の調査なのかが書かれていないのですが、2歳以下の子供の近視というと親が見つけにくいものです。おそらく幼児近視の研究者が子供の近視を医学的に調査し、その生活環境も合わせて調査して相関関係を見つけたのだと想像します。この例に見られるように、相関関係に過ぎないものを誤って(あるいは確信犯的に)因果関係だと報道する事例がメディアには溢れているのです。



伊藤氏の本からちょっと離れて、このブログで取り上げた例を振り返りますと、No.84「社会調査のウソ(2)」で書いた「カロリーオフ炭酸飲料と糖尿病の発症」がありました。つまり、

  カロリーオフ炭酸飲料を飲む人は、めったに飲まない人にくらべて糖尿病の発症率が1.7倍高い

という研究者の調査をとりあげた新聞報道です。見出しだけ読むと「カロリーオフ炭酸飲料が糖尿病のリスクを増やす(=因果関係)」と誤解する人が出てきそうですが、よく考えるとそんなことはありえないわけです。記事では「カロリーオフ炭酸飲料を飲む → 慢心して食べ過ぎる → 糖尿病のリスク増大」という "因果関係の推定" が書かれていましたが、本当にそうなのか。最も妥当な考え方は、シンプルに、

◆糖尿病のリスクを自覚している人
 ├─⇒ カロリーオフ炭酸飲料をよく飲む
 └─⇒ 糖尿病を発症する率が高い

でしょう。糖尿病のリスクを自覚している人とは、医者からそう言われた人や、毎年の健康診断で血糖値が正常範囲に収まらない人、あるいは親が糖尿病の人などです。

新聞は企業が作る "商品" です。そこには「大切な新情報」が載るのですが「商品価値の高い情報」だともっとよい。"News" つまり新情報を選択するときにも、それがセンセーショナルで、ちょっと驚くような内容なら一段と商品価値が高まるわけです。



伊藤氏の本に戻ります。因果関係を正しく見極めるのが重要なのは、個人であれ企業や自治体であれ、ものごとを決めるときに重要なのは、ほどんどの場合は因果関係だからです。データの分析が間違っているために出てきた間違った推定を「バイアス」と呼ぶそうですが、では、バイアスを排して因果関係を正しく見極めるにはどうすればよいか。伊藤氏がその手法を紹介しています。このうちから何個かを紹介します。


電力料金の値上げは節電に結びつくか


まず、電力料金の値上げは節電に結びつくかどうか、結びつくとしたらどの程度の節電かという問題です。これは電気の価格政策を検討する際の重要な情報です。これを伊藤氏らは実験で確かめました。ここで用いられた手法は RCT(ランダム化比較試験。Randomized Controlled Trial)呼ばれるものです。これは試験の対象となる人々をグループ分けするときに必ずランダムに行う方法で、因果関係を証明するのには最適な方法です。

伊藤氏ら研究者は経済産業省、企業、自治体の協力を得て、北九州市で「電力価格フィールド実験」を行いました。「フィールド実験」というのは企業活動や消費活動などの実際の現場(=フィールド)で行う実験を言い、実験室で行う「ラボ実験」と対比させた言葉です。

2012年夏の北九州市の実験では、実験に参加した世帯に30分ごとの電力消費量を記録できるスマート・メータが配られました。このメータにはディスプレイ画面がついていて、家庭の電気の使用経緯がわかります。そして参加世帯をランダムに「介入グループ」と「比較グループ」に分けました。「介入グループ」は時間帯によって電気料金の値上げをするグループ、「比較グループ」は値上げをしないグループです。

まず実験開始前の6月に、参加世帯の電力使用量や電化製品の使用状況(たとえばエアコンの所有数)、年収などを調べました。その結果「介入グループ」と「比較グループ」で平均値やバラツキ度合いがほぼ同じだと確認できました。これがランダムにグループ分けした効果であり、「隠れた変数」の影響を排除できます

実験時の北九州市の電気料金は 1kWhあたり23円(従量料金の部分)でした。全国的に電力が逼迫するのは夏の平日の午後です。そこで実験では、電力が逼迫すると予想されると「介入グループ」に対してだけ、

今日の13時から17時の電力料金は50円に上昇します」

というメッセージをスマート・メータに表示しました。値上げの幅は電力の逼迫度合いに応じて100円、150円ともしました。このフィールド実験の結果が以下です。

電力価格RCT実験.jpg
北九州市での電力価格RCT実験
介入グループ(△)と比較グループ(●)の30分ごとの平均電力使用量(縦軸)。縦軸は対数値で、0.1の相違がおよそ10%の違いに相当する。グラフは上から順に、値上げをしない場合(23円/1kWh)、50円/1kWh、100円/1kWh、150円/1kWhの場合。値上げをしたのは介入グループ(△)だけである。伊藤公一朗「データ分析の力 因果関係に迫る思考法」より引用。

この結果を統計解析した結果、「比較グループ」に対して「介入グループ」の電気使用量(価格変化を行った時間帯)は

  50円の場合、 9%の電力消費量減
 150円の場合、15%の電力消費量減

になることが分かったとのことです。100円の場合は伊藤氏の本に書いてないのですが、12-13%といったところでしょう。これれら電気の価格政策を決める場合の極めて重要な情報であり、また国レベルのエネルギー政策にも影響するでしょう。



但し、伊藤氏の本に書かれていないことがあります。この「電力価格フィールド実験」に参加したのは「実験に参加したいと申し出た人」です。従って実験に参加しなかった人の電力消費が同じ結果になるとは限らないわけで、このあたりの分析が本に書かれていません。

実験に参加した人は「電気に関心のある人」だと想定できます。たとえば夏場の電気代を節約したいと考えている人とか、電力の逼迫という社会問題に関心のある人です。そうではなくて「電気の使用量に関心などない、使いたい時に電気を使うだけだ、少々電気代がかさんでもどうってことない」と(暗黙に)思っている人は、実験への参加など申し出ないでしょう。つまり、もし仮に北九州市民全員にスマート・メータをつけたとしたら電力消費量の削減率はもっと小さくなると考えられるのです。著者の伊藤氏も本の最終章で、


実験への参加を申し出た世帯は、電力価格に強い関心があった可能性もあります。その場合、参加を申し出た住民から得られた実験結果は、他の住民の価格反応度とは異なる可能性がでてきます。

伊藤公一朗
「データ分析の力 因果関係に迫る思考法」

と述べていますが、これ以上の言及はありません。北九州市の「電力価格フィールド実験」は "自由参加型のRCT" です。"強制参加型のRCT" が現代の日本では困難なことは分かります。しかし、実測データにもとづく分析は難しいまでも「実験に参加した住民の価格反応度が他の住民の価格反応度と異なる可能性」について(あるいは他の住民と同じだと推定できる理由について)、研究者としての見解を本で示すべきだったと思いました。



電力価格フィールド実験でも分かるように、RCTですべての因果関係を推定することはできません。最初に引用した「留学経験と就職率」でいうと、留学を経験した学生という「介入グループ」と、留学を経験しなかった学生という「比較グループ」を "ランダムに振り分ける" ことはできません。

さらに、フィールド実験はお金がかかることも分かります。おいそれとできるものではない。しかし国や自治体の重要な政策、意志決定にかかわるような因果関係は、RCTによるフィールド実験が(可能なら)検討に値する・・・・・・、そいういうことだと思いました。


オバマ大統領の選挙資金獲得策


2つ目のRCT(ランダム化比較試験)の例です。さきほどフィールド実験はお金がかかると書きましたが、低コストでRCTフィールド実験が可能なケースがあります。その一つが「Webサイトの作り方と、サイトを訪問する人のアクセス・パターンの関係」です。これはサイトのサーバ・プログラムを一時的に書き換えることだけで実験できます。まず伊藤氏の本に載っているのはオバマ大統領の選挙資金獲得策です。

アメリカの大統領選挙の選挙資金集めでは支持者の支援金が重要です。候補者は自分のホームページを開設し、そこで訪問者のメールアドレスを登録してもらおうとします。登録されたアドレスに支援金の依頼メールを送るわけです。できるだけ多くのメールアドレスを登録してもらうことが多くの支援金の獲得につながります。問題は、ホームページの画面やそのレイアウトをどうするかです。どのようにすればメールアドレスの登録率が高くなるのか。

2008年の大統領選挙でオバマ陣営は Google のダン・シローカー氏を引き抜き、支援金集めの戦略を任せました。シローカー氏は Google でRCTを用いたデータ分析の経験を積んだ人物です。オバマ陣営はウェブサイトのトップページに表示する画面を6通り考えていました。そのうちの4種が伊藤氏の著書に掲載されています。

オバマ候補が支援者に囲まれている写真(A)
オバマ候補の家族写真(B)
真剣なまざなしのオバマ候補の顔写真(C)
オバマ候補が行った有名な演説の動画(D)

の4通りで、これ以外に2通りの動画が用意されました。さらにオバマ陣営はトップページに表示するボタン(=それをクリックするとメールアドレス登録ページに移るボタン)に表示する文字を4種類考えました。

Sign Up(登録しよう)
Sign Up Now(今すぐ登録しよう)
Learn More(もっと知ってみよう)
Join Us Now(今すぐ参加しよう)

つまり6通りのトップ・ページ案と4通りのボタン案があり、この組み合わせは24通りあることになります。この24通りの中でベストは何か。オバマ陣営の検討チームは議論の末、A(オバマ候補が支援者に囲まれている写真)+ Sign Up(登録しよう)がベストだと結論しました。しかし、Google でWebサイトのデザインのプロフェッショナルであったシローサー氏は「RCTで検証してみよう」と提案したのです。

この提案によって、検証期間中にトップページを訪れた31万人に24種類の画面のどれかがランダムに表示されました。この "ランダムに" がポイントです。つまり31万人をランダムに24のグループ(各グループは約1万3000人)に分けたことになります。そしてグループごとのメールアドレス登録率を計算したところ、登録率の1位は B(オバマ候補の家族写真)+ Learn More(もっと知ってみよう)だったのです(登録率は 11.6%)。従って検証期間以降の画面にはこれが使われました。検討チームが当初ベストと判断した画面は登録率が8.26%でした。この結果、当初の画面に比較して実際の画面は支援金が約6000万ドル(72億円)増加したと見積もられています。


青の色をどの青にするか


メリッサ・マイヤー氏は Google の副社長 からヤフーの CEO に転じた人です。彼女が Google 時代に行った Google 検索サイトのデザインで行ったRCTが伊藤氏の本に紹介されています。


検索エンジンを提供する会社は、検索結果ページに出てくる広告料で収益をあげています。そのため、収入の鍵となるのはどれだけ多くの人が検索ページを訪れてくれるかと、訪れた人がどれだけの確率で広告をクリックしてくれるか、という点です。

ウェブ広告におけるビジネス戦略を考えるため、マイヤー氏はRCTを用いて最適なウェブサイトのデザインを検討しました。その実験で検討した内容は、文字のレイアウトから始まり、表示する検索結果の件数など多岐にわたります。

中でも有名なRCTは、検索結果として表示されるリンクの「青の色をどの青にするか」という実験です。著者のようなデザインの素人から考えると、青は青しかないような気がしてしまうのですが、ウェブサイトで上で表示できる青の種類は実はたくさんあるのです。彼女はウェブデザイナーを説得して、41種類の青をRCTによって試しました。

RCTのやりかたは(- 中略 -)オバマ前大統領の実験と似ています。グーグルの検索エンジンを利用した人に対して、41種類からランダムに選んだ青を見せ、どの青が一番多くのクリックを生むかを突き止めたわけです。

伊藤公一朗
「データ分析の力 因果関係に迫る思考法」

Google に代表される "Webサイトが命" である企業は、上の引用のようなRCTを繰り返しているのだと思います。画面のレイアウト、配色、フォント、文字の大きさと色など、Google の検索画面のデザインのすべてに意味があると考えるべきでしょう。


医療費の自己負担率と外来患者数の関係


いままで紹介したRCT(ランダム化比較試験。Randomized Controlled Trial)は、企業活動や消費活動の実際の現場で実験を行う「フィールド実験」でした。しかし、このような実験で因果関係を検証できるケースは限られるし、また可能であっても実験のコストがかかるので実質的に無理ということもあるでしょう。

そこで「まるで実験が起こったような状況をうまく利用する」手法が研究・開発されてきました。これを「自然実験」と呼びます。自然実験にもいろいろな手法がありますが、ここで述べるのは RDデザイン(Regression Discontinuity Design。回帰不連続設計法)と呼ばれるものです。RDデザインのキー概念は「不連続」ないしは「境界線」です。社会における不連続点や境界線に着目する手法で、その例として本書であげられている「医療費の自己負担率と外来患者数の関係」を紹介します。

高齢化社会を迎え、医療費の抑制が国としての大きなテーマになっています。もちろん第一に大切なことは健康に過ごせる習慣を身につけることであり、地方自治体はこのための各種の取り組みをやっています。一方、国民皆保険制度が進んでいる日本では、健康保険制度の健全運営のために医療費の自己負担率をどうするかもテーマになります。医療費の自己負担率と外来患者数の関係がどうなるかは、公的健康保険の制度設計において大変に重要な情報です。

人は病気の自覚症状を覚えたり怪我をしたとき、病院に行くか行かないかを自己判断します。常識的に誰でも病院に行く症状もあれば、行かずに市販薬で対応したり自然治癒を待つこともある。しかし「行く・行かない」の間にはグレーゾーンがあり、その時々によって人の判断は分かれます。この病院に行く・行かない判断に医療サービスの価格(=医療費の自己負担率)も関わっていると考えられます。では、自己負担率を変えると外来患者数はどう変わるのか。そこにどんな因果関係はあるのか。これはRCTで検証するのが無理な問題です。

そこで着目されたのが日本の健康保険制度です。つまり医療費の自己負担率は年齢によって不連続に変化し、69歳までが30%、70~75歳が20%、76歳以上が10%です。2014年3月以前は70歳以上が一律10%でした。カナダのサイモンフレイザー大学の重岡仁助教授は、この日本の健康保険制度に着目し、1984年から2008年まで(=70歳以上の自己負担率が一律10%の時代)の外来患者数を年齢(=月年齢)別に調査しました。その結果が次のグラフで、横軸が外来患者の月年齢、縦軸が外来患者数です。

外来患者数.jpg
月年齢別の外来患者数
縦軸は対数値(0.1の違いがおおよそ10%の違いに相当)。伊藤公一朗「データ分析の力 因果関係に迫る思考法」より引用。

このグラフを見ると明らかなのですが、69歳12ヶ月と70歳0ヶ月の間に「境界線」があり、この境界線を境に外来患者数が不連続にジャンプしています。このデータを解析した重岡仁助教授は、

  医療費の自己負担率が30%から10%に減少することで、外来患者数は約10%上昇した

と結論づけています。これが「RDデザイン」という分析手法の例なのですが、この結論には重要な仮定があります。つまり、

  もしも境界線で自己負担率が変化しない場合、医療サービスの利用者数(外来患者数)の平均値が境界線でジャンプすることはない

という仮定です。本書に掲げられている図を引用します。

RDデザインの仮定.jpg
RDデザインの仮定
実線は実際のデータ。点線は「70歳で自己負担率が変化しないとしたらこうなったはず」という仮定(=実際には起こらなかった潜在的結果についての仮定)である。伊藤公一朗「データ分析の力 因果関係に迫る思考法」より引用。

この仮定が崩れると「RDデザイン」は成立しません。しかしこの仮定を実証することは不可能です。なぜなら境界線で自己負担率が変化しない場合のデータがないからです。従って分析者は「この仮定は正しいはずだ」という議論を展開することになります。つまり仮定が崩れる場合はどういう場合か、それを想定し、それが起こらないという議論です。本書では仮定が崩れる2つのケースが言及されています。

一つは、70歳を境に自己負担率以外の何らかの要素が不連続的にジャンプし、それによって外来患者数がジャンプする可能性です。外来患者数に影響が考えられるのは就業率、収入、労働時間、年金支給額などですが、これらは年齢に伴って連続的に低下していくので、ジャンプするということはありません。重岡仁助教授は月齢ごとの就業率が連続的に低下していくことをデータで示しています。また70歳の誕生日を境に不連続的に変わる日本の政策は医療費の自己負担率しかないことも論文で示しています。

仮定が崩れる2つ目のケースは、データの対象となっている主体(この場合は医療サービスを受ける人)がグラフの横軸(=年齢)を操作できる場合です。つまり60歳台にもかかわらず70歳だと偽って医療サービスを受けることが可能な場合です。これも、日本の健康保険制度では年齢を偽ることは難しいため(健康保険証を偽造する ??!!)、仮定が崩れることはありません。



RDデザインで注意すべき点は、そこで出た結果は境界線の前後でしか当てはまらないと考えるべきことです。つまり「医療費の自己負担率が30%から10%に減少すると、外来患者数は約10%上昇する」のは70歳前後の人たちに言えることであって、40歳台、50歳台でそうなるかどうかは分かりません。本書には伊藤氏のコメントとして、最近の経済学研究では医療価格に対する反応度は年齢によって違うことが書いてあります。


自己負担率と外来患者数の分析への疑問


以降は本書の「自己負担率」のくだりを読んだ感想です。この項を読みならずっと疑問がつきまとっていました。「RDデザインの仮定」のグラフについての疑問です。つまり、もし仮に70歳を契機に自己負担率が下がらないとしたら、外来患者数は伊藤氏のグラフ(上図の点線)ではなく、下図の点線ように変化すると思うのです。70歳を境にジャンプすることがないのは上図と同じです。しかし自己負担率が下がらないのなら、70歳に近い60歳台の外来患者が増えると思うのですね。

RDデザインの仮定(修正案).jpg
RDデザインの仮定(修正案)
実線は実際のデータ。点線は「70歳で自己負担率が変化しないとしたらこうなったはず」という仮定の修正案。70歳以降に先送りされた治療が、60歳台後半に前倒しされると考えられる。

どうしてかと言うと、

  70歳を境に医療費の自己負担率が下がる場合、年齢とともに徐々に顕在化する体の機能低下や不具合の治療が70歳以降に集中するはず

だからです。つまり緊急を要しない治療は、不便を我慢しても70歳まで待つと思われるのです。「駆け込み需要」という言葉は消費税が上がる前に高額商品を買うような行為を言いますが、これとちょうど正反対の、言わば「先送り需要」が現実に医療サービスで起こっているのではないでしょうか。70歳を境に医療費の自己負担率が下がるのが公知の事実なのだから・・・・・・。

すぐに思いつくのが白内障の手術です。白内障は水晶体が徐々に濁ってきて視力が低下する "病気" で、加齢によって誰にでも起こりうるものです。白内障の手術は水晶体を人工レンズに入れ替えますが、現在の日帰り手術費用は、3割負担の場合で片眼で約6万円程度です(手術のみの費用で前後の診察を含まない)。両眼だと約12万円です。これが1割負担だと約4万円になるわけで、この差の8万円は大きいと思います(2割負担だと差は4万円)。たとえば68歳で医者から白内障と診断されて手術を勧められた人の何割かは、不便を我慢して70歳まで手術を先送りするのではないでしょうか。今まで我慢してきたのだから ・・・・・・。

ほかにも医療サービスにおける「先送り需要」はいろいろと考えられます。関節の変形による膝の痛み(変形性膝関節症)は加齢により進行しますが、運動や薬の投与で治癒しない場合は手術ということになります。70歳まで待って手術ということにならないでしょうか。

最も一般的な加齢現象は高血圧(加齢性)です。血圧が高いと良いことがないので、医者は運動を勧め塩分を控えるように指導しますが、病院・医院を定期的に訪れて血圧降下剤の処方箋をもらう人も多いはずです。これも「70歳を契機に」とはならないか。保険の対象となる入れ歯(義歯)もそうです。"大がかりな" 義歯は1割負担になってからという心理が働かないでしょうか。

ここで想定した先送り需要は、もし70歳を境に医療費の自己負担率が下がることがないとすると60歳台後半に前倒しされると思います。全部とは言わないまでも、眼が見えにくい、膝が痛む、モノが食べにくいといった "生活に支障を感じる症状" はそうだと思うのです。だとすると「医療費の自己負担率が30%から10%に減少することで、外来患者数は約10%上昇した」という結論の、10%のところが怪しくなります。

本書はこのことの検討が欠落しています。少なくとも先送り需要について言及し、その影響は外来患者全体からみると無視できる程度に小さいという説明が必要だと思いました。「無視できる程度に少ない」ことをデータで実証するのは難しいでしょうが、70歳で病院を訪れた患者にインタビュー、ないしはアンケートをすれば大体の様子は推測できると思います。「医療費の自己負担率と外来患者の因果関係」を発表した重岡助教授も、その論文を本書で紹介した伊藤助教授もアメリカ在住の経済学者です。公的データの分析を越えた現場調査には限界があったのかもしれません。


因果関係を見極める重要性


本書には以上に紹介した手法以外に、自然実験の手法である「集積分析」や「パネルデータ分析」が紹介されていますが、割愛したいと思います。また本書には各手法の長所・短所が明記されていて、データ分析の限界もちゃんと書かれています。このあたりはバランスがとれた良い本だと思いました。

因果関係を見極めることは、特に国や自治体の政策決定や企業の方針決定にとっては重要です。思い返すとその昔、地域振興券というがありました(1999年)。バブル崩壊後の消費を活性化するために公明党の主張によって(自民党がそれに乗って)導入されたものですが、その後の内閣府の調査では消費を押し上げる効果はほとんど無かったとされています。地域振興券による消費分が貯蓄に回ったわけで、国民はバカではないのです。結局のところこれは公明党の人気取り政策であり、天下の愚策(=当時の内閣官房長官の野中広務氏)だった。その結果として国の財政負担を増やし、その分だけ国債の発行額=財政赤字を増やしました。

こういった「バラマキ政策」と「消費拡大」の因果関係は、経済学者が研究してちゃんと発言すべきものでしょう。本書に紹介されている例に2008年のアメリカの景気刺激策があります。つまり「燃費の悪いクルマから良いクルマに買い換えたら40万円の補助金を出す」という政策です。「燃費」というのは "飾り" であって、要するにクルマを買い換えたら40万円出すということです。アメリカのプリンストン大学のチームは、この政策は駆け込み需要を増やしたけれども、その後の需要が落ち込み、全体として景気刺激効果はなかったと分析しています。

要するに、国や政府レベルでも「怪しい因果関係論」があるわけです。我々としては「因果関係」の主張に対してまず、本当なのか、実証されているのかと疑ってみるべきでしょう。




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No.222 - ワシントン・ナショナル・ギャラリー [アート]

バーンズ・コレクションからはじまって、個人コレクションを発端とする美術館について書きました。

No. 95バーンズ・コレクションフィラデルフィア
No.155コートールド・コレクションロンドン
No.157ノートン・サイモン美術館カリフォルニア
No.158クレラー・ミュラー美術館オッテルロー(蘭)
No.167ティッセン・ボルネミッサ美術館マドリード
No.192グルベンキアン美術館リスボン
No.202ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館ロッテルダム(蘭)
No.216フィリップス・コレクションワシントンDC
No.217ポルディ・ペッツォーリ美術館ミラノ

の9つの美術館です。今回はその方向を少し転換して、アメリカのワシントン・ナショナル・ギャラリーについて書きます(正式名称:National Gallery of Art。略称:NGA。以下 NGA とすることがあります)。

  なお上記の "個人コレクション美術館" 以外にも、バーンズ・コレクションから歩いて行けるフィラデルフィア美術館(No.96No.97)について書きました。またプラド美術館の数点の絵画についても書いています(No.133No.160No.161)。

なぜワシントン・ナショナル・ギャラリーかと言うと、過去にこのブログでこの美術館の絵をかなり紹介したからです。意図的にそうしたのではなく、話の成り行き上、そうなりました。そこで、過去に取り上げた絵を振り返りつつ、取り上げなかった絵も含めてこの美術館の絵画作品を紹介しようというのが今回の主旨です。

それに、ワシントン・ナショナル・ギャラリーは "個人コレクション美術館" が発端です。つまりこの美術館は、銀行家・実業家で財務長官まで勤めたアンドリュー・メロン(1855-1937)が建設・運営基金と個人コレクションを国家に寄贈し、それにもとに設立された美術館です(1941年開館)。アメリカ富裕層の財力のものすごさを感じます。ちなみにここは創立以来、入場料が無料です。「アメリカを文化国家に」という主旨で設立されたからですが、現在、国を代表するような美術館・博物館で入場無料というのは大英博物館、ロンドン・ナショナル・ギャラリーとここぐらいのものではないでしょうか。

いうまでもなくアメリカ随一の「国立美術館」であり、その規模や作品数は膨大です。「国立」なのでアートの年代も13世紀から20世紀まで多岐に渡っている。その意味で、フィラデルフィア美術館と同じく "巨大美術館を紹介するのは難しい" わけですが、今回は、

  一人または複数の人物を描いた絵。人物がテーマの中心になっている絵画作品

に絞ります。また、さきほど書いたように過去にこのブログでとりあげた絵を再掲するとともに、必見と思われる絵を追加する形をとります。さらにアメリカ人画家をなるべく掲載することとします。以下は画家の生誕年順で、同一画家の作品は制作年順です。

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ワシントン・ナショナル・ギャラリー
(National Gallery of Art. NGA)
西館の南側正面(ワシントン D.C.)


ボッティチェリ(1446-1510)


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サンドロ・ボッティチェリ
青年の肖像」(1482/1485)
(44cm×46cm)

No.160「モナ・リザと騎士の肖像」で引用した作品です。青年が右手を胸に置いて人指し指と中指を広げていますが、同じポーズの絵がプラド美術館にあります。それはエル・グレコの『胸に手を置く騎士』で、プラド美術館の代表作の一つとされている作品です。

マリア・ディ・コジモ1世・デ・メディチの肖像.jpg
ブロンズィーノ
マリア・ディ・コジモ1世・デ・メディチの肖像」(1551)
(ウフィツィ美術館)
このような手の形はルネサンス期のイタリア絵画で女性の姿によくあります。ブロンズィーノの『マリア・ディ・コジモ1世・デ・メディチの肖像』がその典型です。ボッティチェリ自身の『ビーナスの誕生』(ウフィツィ美術館)もそうで、これらは手を美しく見せるためと言われています。しかし男性の肖像画ではあまり見たことがなく、エル・グレコからこのNGAのボッティチェリを思い出したわけです。

この絵は現地で初めて知ったのですが、巨大美術館であるワシントン・ナショナル・ギャラリーの中でも印象的で、すぐに写真を撮ったのを覚えています。なぜ印象的だったかは分かりませんが、ひょっとしたらそれは「指を広げて胸に置いた右手」だったのかも知れません。


ダ・ヴィンチ(1452-1519)


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レオナルド・ダ・ヴィンチ
ジネヴラ・デ・ベンチ」(1474頃)
(38cm×37cm)

ヨーロッパ以外にある唯一のダ・ヴィンチ作品がこの絵です。もちろんアメリカではここだけです。モデルはフィレンツェの銀行家の娘で、彼女が16歳の時の作品です。レオナルドはこの絵を22歳から描き始めました。NGAのサイトには「4分の3正面視の肖像の初期の作品の一つ」で「肖像画で風景を背景としたのはレオナルドの新しい試み」とあります。この2つともフランドル絵画では既に行われていたわけで、レオナルドは新しい画法を取り入れるのに積極的だったようです。

レオナルド・ダ・ヴィンチの女性肖像画は『モナ・リザ』『貴婦人の肖像』(ルーブル美術館)『テンを抱く貴婦人』(ポーランドのクラコフのチャルトリスキ美術館)と本作の4点しかありません。「モナ・リザ」を別格として、他の3作品に共通するのはモデルを冷静に眺めて現実を描くというか、「モデルとは距離をおいた観察と描写」を感じる絵であることです。モデルがかしこそうに見える点も共通しています。このジネヴラ・デ・ベンチの肖像もそうです。白い肌や金髪の巻き毛が精緻に描かれていて、知的で、芯が強そうで、何となく神経質で、しかし病弱そうなモデルの雰囲気がよく出ています。

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貴婦人の肖像
(ルーブル美術館)
白貂を抱く貴婦人
(チャルトリスキ美術館)


エル・グレコ(1541-1614)


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エル・グレコ
ラオコーン」(1610/14)
(138cm×173cm)

この作品はエル・グレコの絶筆とされている作品で、かつ画家が生涯で描いた唯一の神話画です。中野京子さんの文章を引用します。


グレコは73歳まで生きたが、晩年には早くも人気が下降しはじめている。強烈な恍惚の画面が、次第に時勢と合わなくなったせいもあるし、個性的すぎることが、逆に飽きられたのかもしれない。

それを感じて、新たな試みに挑戦したのだろうか、宗教画家から神話画家への転換を図ろうとしたのだろうか? それともひょっとして、ギリシャ人たる自分が一枚もギリシャ神話を描かないのはどうなのかと、はたと思いついただけなのか?

グレコ絶筆と考えられているのが、最初で最後の神話画『ラオコーン』だ。これはトロイア戦争の有名な一挿話「トロイアの木馬」を主題にしている(画面中央後景に小さく木馬が見える)。ギシリャ側の奸計かんけいを見破ったトロイアの神官ラオコーンが、城内へ木馬を入れないようにと進言し、それに怒った女神アテナ(=ミネルヴァ)が海蛇を放って、ラオコーンとその二人の息子を殺すというシーンだ。

グレコは背景をトレドの町に置き換えた。そして相変わらず引き伸ばされた蒼白い人体、画面をおおう不可思議感。主題を神話に変えてもグレコのグレコらしさは、あっぱれ、微塵みじんも揺らがないのだった。

グレコは死後徐々に忘れられたいった。二世紀を経た1819年、マドリッドのプラド美術館が開館したとき、グレコは一枚も飾られなかった(現在からは想像もつかない)。

グレコ再発見者は、驚くなかれ、20世紀の表現主義の画家たちだ。ピカソも、自分の「青の時代」の人物描写がグレコの影響であることを認めている。「あのギリシャ人」の感性がいかに新しかったか、いや、新しすぎたかのあかしだ。


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「ラオコーン像」
(バチカン美術館)
直感的に連想するのは、バチカン美術館にある有名な『ラオコーンの大理石像』です。この有名な像は1506年にローマで発掘されましたが、ギリシャ出身のエル・グレコはスペインに来る前にイタリアに滞在し、ローマにも行っています(1570年)。つまりローマでラオコーンの大理石像を見た記憶で描かれたという可能性があるわけです。

とは言うものの、バチカンの像と違って不思議な絵です。ラオコーンと2人の息子、海ヘビ、トロイアに擬したトレドの街、木馬(=トロイアにとっては破滅の木馬)までは分かりますが、右端の3人の人物はいったい何でしょうか。まるで空中を浮揚しているようです。この解釈には議論がいろいろとあるようで、NGAの公式サイトには「たぶん、海ヘビを放ったギリシャの神々」という解釈が書いてあります

しかしこの3人はトロイア市民ということも考えられるでしょう。破滅の瀬戸際にある国家、国家を救おうとして死にゆく親子、それとは無関係に浮揚している市民、の3つを対比させることで時代の終焉を表したのかもと思います。


ヴァン・ダイク(1599-1641)


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アンソニー・ヴァン・ダイク
マルケッサ・エレナ・グリマルディ・カッタネオ」(1623)
(243cm×139cm)

イギリス、チャールズ1世の宮廷画家だったヴァン・ダイクの作品で、No.115「日曜日の午後に無いもの」で引用した絵です。

フランドル出身のヴァン・ダイクは1620年に英国に渡りますが、1621年から1627年まではイタリアに滞在し、ジェノヴァを拠点に絵の勉強と制作に励みました。この絵はジェノヴァのカッタネオ伯爵の夫人、マルケッサ・エレナ・グリマルディを描いたものです。ずいぶん "いかつい" 感じで "勝ち気な" 雰囲気の女性ですが、それは本人をよく表しているのでしょう。

目を引くのは "パラソル" です。17世紀のパラソルは木製の大がかりなもので、女性が自分で持てるような代物ではとてもなく、このように召使いがかざして歩くものでした。

もう一つのポイントはパラソルを持っている召使いで、これはアフリカから連れてこられた奴隷だと推定できます。当時のイタリアの海岸都市、ヴェネチア、ジェノヴァ、ピサ、アマルフィなどは地中海交易で繁栄し、その重要な交易品の一つが奴隷でした。またイタリアの貴族や裕福な家庭では奴隷を使っていました。No.23「クラバートと奴隷(2)ヴェネチア」で紹介しましたが、塩野七生著「海の都の物語」には「イタリアの都市ではエキゾチックな黒人奴隷がもてはやされ、回教国では白人奴隷が好まれた」という意味の記述がありました。この絵の伯爵夫人は、エキゾチックな黒人奴隷の従者にパラソルを持たせることで権力と富を誇示している感じがします。

ちなみにワシントン・ナショナル・ギャラリーにはパラソルがテーマになっているもう一枚の絵があります。それは "超有名絵画" であるモネの『パラソルの女』です(後で引用)。この二つを対比して見るとおもしろいでしょう。

ヘンリエッタ・マリアと小人ジェフリー・ハドソン.jpg
アンソニー・ヴァン・ダイク
ヘンリエッタ・マリアと小人ジェフリー・ハドソン」(1633)
(219cm×135cm)

No.161「プラド美術館の怖い絵」で引用した絵で、英国国王チャールズ1世のきさきであるヘンリエッタを描いたものです。このブログでは17世紀のスペイン宮廷で「特異な身体的形状をもった人」を雇う(ないしは住まわせる)習慣があったことを書きました(No.19「ベラスケスの怖い絵」No.45「ベラスケスの十字の謎」No.161「プラド美術館の怖い絵」)。しかしその "習慣" は何もスペインだけではなく、ヨーロッパの宮廷に広くあった。その一例として引用したのがこの絵でした。


フェルメール(1632-1675)


寡作で有名なフェルメールの絵がそもそも何点現存しているかですが、フェルメールについての数々の著作がある朽木くちきゆり子氏の本によると(「フェルメール全点踏破の旅」集英社新書 2006)、次の通りです(以下の "ランク・・・" は今回便宜上つけたものです)。

◆ランクA : 32点
専門家にフェルメールの真作であると認めてられている作品。
このうちの1点、『合奏』は、1990年にボストンのイザベラ・ステュアート・ガードナー美術館から盗まれて、現在も行方不明。

◆ランクB : 2点
真作だとする専門家が多いが、そうではないとする専門家もいる作品。
赤い帽子の女』(NGA)と『ダイアナとニンフたち』(デン・ハーグのマウリッツハイス美術館)

◆ランクC : 2点
多くの専門家は真作ではないとするが、真作だと主張する専門家もいる作品。
フルートを持つ女』(NGA)と『聖女プラクセデス』(米国プリンストンのバーバラ・ピアセッカ・ジョンソン財団)。

◆新発見作 : 1点
新発見の『ヴァージナルの前に座る女
それまで贋作の疑いがあるとされていたが、10年がかりの鑑定の結果、2003年になって真作と鑑定され、サザビースのオークション(2004年)で32億円で落札された。落札者は不明。ロンドンのナショナル・ギャラリーにある同名の作品とは別作品。
しかし専門家全員が真作と納得しているわけではない( = ランクB)。

一般的には美術界の多数意見に従って(A + B + 新発見)の合計35点をフェルメール作品としています。このうち美術館所蔵の作品は34点(盗難中を除くと33点)ですが、2点以上を所蔵している美術館をあげると次の通りです。

 ■5点:(米)メトロポリタン美術館
 ■4点:(蘭)アムステルダム国立美術館
 ■3点:(蘭)マウリッツハイス美術館
 ■3点:(米)フリック・コレクション
 ■3点:(米)ワシントン・ナショナル・ギャラリー
 ■2点:(英)ロンドン・ナショナル・ギャラリー
 ■2点:(仏)ルーブル美術館
 ■2点:(独)ベルリン絵画館
 ■2点:(独)ドレスデン絵画館

別にフェルメールをたくさん持っていることが美術館の価値を決めるわけではないのですが、アメリカの3つの美術館だけで11点、全作品の約3分の1を保有しています(盗まれた1点を加えると12点)。ダ・ヴィンチがアメリカに1点しかないのとは大違いで、フェルメールが19世紀後半以降に "再発見" されたことを如実に物語っています。これらのうち、ワシントン・ナショナル・ギャラリー(NGA)にある3点は、

  『手紙を書く女』 (A)
  『天秤を持つ女』 (A)
  『赤い帽子の女』 (B)

であり、さらに NGA にはもう一枚、

  『フルートを持つ女』 (C)

があります。つまりNGAはランクA,B,Cが全部揃っているという珍しい美術館です。NGAは『フルートを持つ女』については「Attributed to Johanness Vermeer」として展示しています。「伝・フェルメール」という感じでしょうか。もちろん『赤い帽子の女』についてNGAは断固真作だと主張しています。以下はランクAの2点です。

A Lady Writing.jpg
ヨハネス・フェルメール
手紙を書く女」(1665頃)
(45cm×40cm)

この絵のような「白テンの毛皮のついたレモン色のガウン」の女性をフェルメールは6点描いていますが、その中の1枚です。少し微笑んだ女性を、自然体で大変おだやかな雰囲気に描いています。机の上の小物の描き方も光っています。ちなみに「白テンの毛皮のついたレモン色のガウン」の他の5枚は、メトロポリタン、フリック・コレクション、アムステルダム、ベルリン、ロンドンのケンウッド・ハウスにあります。

Woman Holding a Balance.jpg
ヨハネス・フェルメール
天秤を持つ女」(1664頃)
(40cm×36cm)

各種の解説にありますが、この絵の画中画は「最後の審判」です。このブログでは、フランスのボーヌにあるファン・デル・ウェイデンの『最後の審判』を引用しました(No.116「ブルゴーニュ訪問記」参照)。その絵でも分かるのですが一般的に「最後の審判」の描き方は、上の方に再臨したキリスト、その下に秤をもった大天使ミカエル、その横(ないしは下)にミカエルによって天国と地獄に振り分けられた人間という構図です。

この絵はその大天使が女性によって隠されていて、その代わりに女性が天秤を持っている。天秤の皿の上には何も乗っていない(=何も描かれていない)ことが判明していて、女性が天秤のバランスをとっている(?)姿になります。机の上の真珠や金貨も意味ありげです。数々の解釈がなされてきたようですが、決定版はないようです。素人目には「女性が何か重大な決断をしようとしている、ないしは決断をすべきか迷っている」と見えますが、そうとも限らない。結局、絵を見る人にゆだねられているといっていいでしょう。


フラゴナール(1732-1806)


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ジャン・オノレ・フラゴナール
読書する娘」(1769頃)
(81cm×65cm)

この絵もワシントン・ナショナル・ギャラリーの有名絵画です。フラゴナールというと "ロココ" の画家であり、宮廷や貴族の恋愛模様を描いた、いわゆる "ロココ趣味" の絵で有名です。しかしこの絵はそれとは違って家庭内での "知的な" 情景であり、享楽的な恋愛模様とは対極にある画題です。