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No.155 - コートールド・コレクション [アート]

前回の No.154「ドラクロワが描いたパガニーニ」で紹介した絵画『ヴァイオリンを奏でるパガニーニ』があるのは、アメリカのワシントン D.C.にあるフィリップス・コレクションでした。また以前に、No.95 でバーンズ・コレクション(米・フィラデルフィア)のことを書きましたが、これらはいずれも個人のコレクションを美術館として公開したものです。

個人コレクションとしては、日本でも大原美術館(大原孫三郎。倉敷市。1930 ~ )、ブリヂストン美術館(石橋正二郎。東京。1952 ~ )、足立美術館(足立全康。島根県安来市。1970 ~ )などが有名だし、海外でもノートン・サイモン(米・カリフォルニア)、クラーク(米・マサチューセッツ)、フリック(米・ニューヨーク)、クレラー・ミュラー(オランダ)、オスカー・ラインハルト(スイス)など、コレクターの名前を冠した美術館が有名です。

こういった個人コレクションで最も感銘を受けたのが、ロンドンにある「コートールド・コレクション」でした。今回はこのコレクションのことを書きたいと思います。実は以前、知人に新婚旅行でイギリスに行くという人がいて、ロンドンの「おすすめスポット」を尋ねられたことがありましたが、私は「コートールド・コレクション」と答えました。新婚旅行から帰ってから、その方に「よかった」と、たいそう感謝された記憶があります。


サミュエル・コートールド


サミュエル・コートールド(1876-1947)は、イギリスで繊維業を営んだ実業家で、フランスの印象派・後期印象派の絵画を収集しました。彼はロンドン大学付属の「コートールド美術研究所 The Courtauld Institute of Art」を設立し(資金を提供)、その研究所のギャラリー(コートールド・ギャラリー)に自らのコレクションを寄贈しました。これがコートールド・コレクションです。

コートールド・ギャラリーは、ロンドンのコヴェントガーデンに近い「サマセット・ハウス」という公共建築物の中にあります。広い中庭がある大きな建物ですが、その北側の一角の1階から3階までがギャラリーになっています。ナショナル・ギャラリーやテート・ギャラリーと違って独立した建物があるわけではなく、旅行ガイドを頼りに場所を探しても、少々わかりにくい。内部の展示スペースもこじんまりしています。展示室は基本的に2階と3階で、それぞれ数室しかありません。印象派・後期印象派の絵画は、わずか2室程度にあるだけです。しかし収集された絵画の質は素晴らしく、傑作が目白押しに並んでいる部屋の光景は壮観です。

Somerset House.jpg
サマセット・ハウス(北ウィング)
コートールド・ギャラリーへのエントランスは写真の入り口の右手にある。

その絵画の何点かを以下に紹介します。コートールド・ギャラリーにはコートールドが寄贈した絵画以外にも、ルネサンス、バロック、ロココなどの絵画が収集されているのですが、以下の話はコートールドの寄贈作品に絞ります。といっても、すべての絵の紹介はできないので、画家の特質をよく表している傑作(と個人的に思うもの)の一部に絞ります。


セザンヌのサント=ヴィクトワール山


まず、セザンヌ(1839-1906)の『大きな松の木のあるサント=ヴィクトワール山(Montagne Sainte-Victoire with Large Pine)』(1887)です。

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ポール・セザンヌ(1839-1906)
大きな松の木のあるサント=ヴィクトワール山
Montagne Sainte-Victoire with Large Pine(1887)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )

SaintVictoire-Bridgestone.jpg
セザンヌ
「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」
(ブリヂストン美術館)

SaintVictoire-Yokohama.jpg
セザンヌ
「ガルダンヌからみたサント=ヴィクトワール山」
(横浜美術館)
セザンヌは、故郷のエクス=アン=プロヴァンスにあるサント=ヴィクトワール山を描き続けたことで有名です。油絵だけでも40点以上あるといいます。従って「セザンヌのサント=ヴィクトワール山」は各国の美術館が所蔵していて、日本にもあります。たとえばブリヂストン美術館の『サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール』は中景に赤い建物が配置されている作品です。横浜美術館にも『ガルダンヌからみたサント=ヴィクトワール山』という作品があります。

コートールドのこの絵も40数点の中の1枚であり、特に「めずらしい」ものではありません。しかし特にこの絵が印象深いのは、この絵を初めて見たとき、直感的に日本画(浮世絵)を感じたからです。近景に木をクローズアップで(全容を描かずに)描き、中景に田園風景、遠景に山、というこの構図が浮世絵を連想させます。

サント=ヴィクトワール山ではないですが、ゴッホが描いた風景画を以前に紹介したことがありました。No.10「バーバー:ヴァイオリン協奏曲」で引用した『アルルの風景』(ミュンヘンのノイエ・ピナコテーク所蔵)という作品です。この絵も、近景の3本のポプラの木はその全容が描かれていません。構図の視点から、ゼザンヌのコートールドの絵との親和性を感じます。

ゴッホを持ち出さなくても、そもそもコートールドには、似た構図のセザンヌの別の絵があります。フランス・アルプスの山麓の湖を描いた『アヌシー湖 - Le Lac d'Annecy』(1896)という作品です。

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ポール・セザンヌ
アヌシー湖
Lac d'Annecy(1896)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )

サント=ヴィクトワール山の絵に戻りますと、こういった近景に木を配した山の絵はコートールドだけではありません。実は、前回の No.154「ドラクロワが描いたパガニーニ」で紹介したフィリップス・コレクションにも、コートールドの絵とそっくりの作品があります。ただし松の木は2本になっています。セザンヌはいろいろと構図の研究したようです。

Mont Sainte-Victoire.jpg
ポール・セザンヌ
サント=ヴィクトワール山
La Montagne Sainte-Victoire(1886/7)
フィリップス・コレクション
( site : www.phillipscollection.org )

浮世絵を連想させる、ということで次に思い浮かべるのは葛飾北斎(1760-1849)の『富嶽三十六景』(ないしは歌川広重の『富士三十六景』)です。セザンヌのサント=ヴィクトワール山の連作は『富嶽三十六景』に影響されたのではと感じます。

No.30「富士山と世界遺産」にも書いたのですが、そもそも特定の山を主題に絵を描くというのは、ヨーロッパの絵画ではあまり思い当たりません。山岳地帯をもつ国はイタリア、フランス、スイス、オーストリア、スペイン、ドイツ、ノルウェー、スウェーデンなどがありますが、有名画家の "山の絵" はあまり思い当たらない。唯一思い当たるのは、スイスの "国民的画家" のホドラー(1853-1918)で、ユングフラウ、アイガー、メンヒなどのアルプスの山を主題に描いています。セガンティーニ(イタリア人)やフリードリッヒ(ドイツ人)は山岳風景をたくさん描いていますが、特定の山を描いた作品は見たことがありません。

従ってセザンヌは「特定の山を主題に、しかも連作で描いた希な画家」ということになります。もちろんそれは彼の郷土愛であり、幼少期から親しんだ風景への愛着なのだろうけれど、その「山の連作」のヒントになったのは北斎というのは十分考えられると思うのです。



神奈川沖浪裏.jpg
葛飾北斎
「神奈川沖浪裏」


尾州不二見原.jpg
葛飾北斎
「尾州不二見原」
考えてみると『富嶽三十六景』には「現実に画家が見たのではない構図」がいろいろとあります。有名な『神奈川沖浪裏』は、波の装飾的表現は別にして、富士山をバックにした大波の光景は、溺れるのを覚悟で沖に漕ぎ出さない限り見ることはできません。もっと日常的な光景では、たとえば『尾州不二見原』というこれも有名な作品です。桶職人の所作や道具はリアルで、画家は職人が大きな桶を作る姿を観察したに違いありません。しかしこの構図は実際の光景ではなく「創作」ではないでしょうか。もちろん実際に画家が見た光景だとも考えられますが、しかし富士山の "三角"と桶の "円" をピッタリと "幾何学的に配置" したのは北斎の創作だと強く感じます。

二つの作品で言えることは、個々のモチーフである「富士山」「大波」「人の乗った舟」「大樽」「樽職人」はあくまで現実のものだし、デフォルメは別にして、現実をトレースしようとしています。しかしその「組み合わせ方」に画家の創作行為が入っていて、それこそが芸術だということなのです。

そこでコートールドの『サント=ヴィクトワール山』です。ここに描かれた松の木の "枝ぶり" は、ちょうどサント=ヴィクトワールの稜線に沿うように描かれています。これは実際の光景なのでしょうか。そうとも考えられるが、より強い可能性は画家の創作だと思うのですね。まるで松の木を「自然の額縁」かのようにしてサント=ヴィクトワール山を描いたこの絵は、画家が「そうしたい」と思ったからではないかと想像します。これは、前に引用したフィリップス・コレクションの絵でも同じです。松の枝は山の稜線にしっかり沿っているし、松の木を二本配置することで「自然の額縁」の感じがよりはっきりしています。松の木はリアルだし、サント=ヴィクトワール山もリアル、しかしその配置と組み合わせ方が画家の創作行為である ・・・・・・ そいうことではないでしょうか。セザンヌにはそのような絵がいろいろあります。静物画でも、個々の事物はリアルだが、全体としては "絶対に現実にはないような(= 現実には絶対にそうは見えないような)組み合わせである" というような絵です。

葛飾北斎の『富嶽三十六景』は、手を変え品を変えた構図とモチーフの配置で富士山を描いています。セザンヌも同様に手を変え品を変えてサント=ヴィクトワール山を描いた。ブリヂストン美術館の絵は赤い建物が非常に印象的だし、横浜美術館の絵は、サント=ヴィクトワール山を "大きな丘" という感じに見えるアングルから描いています。40枚以上描くのだから、絵描きとしてはヴァリエーションを追求するわけです。その中には創作もある。構図の探求をするなら当然でしょう。このあたりも『富嶽三十六景』との親和性を感じます。別に北斎から学んだわけではないでしょうが・・・・・・。

最近知ったのですが、セザンヌは北斎から影響を受けたと発言している専門家の方がいます。比較文化学が専門の及川茂・日本女子大学教授です。2009年に発行されたあるIT企業(JBCCホールディングス)の社長との対談ですが、その発言を引用しておきます。


セザンヌは北斎の「富嶽三十六景」に取り憑かれていた。セザンヌにとっての「サント・ヴィクトワール山」は、彼にとっての富士山で、サント・ヴィクトワール山三十六景を描きたかったんだろうと思います。

及川茂・日本女子大学教授(当時)
JBグループ 情報誌「Link」vol.198(2009/05)


モネ / スーラ / ゴッホ


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モネ「アンティーブ岬」
(愛媛県美術館)
セザンヌの風景画をとりあげたので、3人の画家の風景画を紹介します。まずクロード・モネの『アンティーブ(Antibes)』(1888)という作品です。アンティーブはコートダジュールに面する町ですが、この絵は「木と風景」という点でセザンヌとの類似性があるので掲げました。セザンヌよりももっと強く浮世絵の影響をうかがわせる構図です。なお全く同じ構図で時刻を変えて描いた絵が愛媛県美術館にあります。

コートールド・ギャラリーはスーラの絵も何点か所蔵しています。下に掲げたのは『クールブヴォアの橋(The bridge at Courbevoie)』(1886/7)という作品。河の水辺の静謐な風景で、点描の特質を大変よく生かした優れた作品だと思います。実はこの絵もまた近景の木が構図上のポイントになっています。

コートールド・コレクションのゴッホの絵で有名なのは『耳に包帯をした自画像』でしょう。ここでは、風景画つながりで『桃の花盛り(Peach Trees in Blossom)』(1889)を掲げます。アルル近郊のラ・クロー平野の絵です。前景の柵と桃の木、中景の畑と家、遠景の山並みがパノラマ的にとらえられています。春先を感じさせるおだやかな色使いが大変美しい絵です。ちなみにアムステルダムのゴッホ美術館には、よく似た構図で描かれた『ラ・クローの収穫』があります。

03 Antibes.jpg
クロード・モネ(1840-1926)
アンティーブ
Antibes(1888)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )


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ジョルジュ・スーラ(1859-1891)
クールブヴォアの橋
Bridge at Courbevoie(1886/7)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )


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フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)
桃の花盛り
Peach Trees in Blossom(1889)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )


コートールドの3つの "富士山"


ゴッホの「桃の花盛り」をよく見ると、右の方の遠景に「冠雪している三角の山」が小さく描かれています。これについて、

  日本にあこがれたゴッホが富士山のつもりで描き込んだのかもしれない」

Fuji.jpg
とした評論を読んだことがあります。なるほど、と思いました。アルルは南フランスの地中海沿岸です。普通、真冬でも気温は零下にはならないはずです。平地に雪が降ることもあるようですが、滅多にないといいます。近郊の山といっても、アルプスやピレネーではないので、せいぜい標高1000メートル台でしょう(サント・ヴィクトワール山は1011メートル)。桃の花が満開ということは、描かれた時期は4月上旬あたりです。もしこれが画家が実際に見た光景だとしたら、南仏の真冬に低い山に雪が積もり、それが4月まで残っていることになる。アルルに居住したことがある人ならすぐに分かるはずですが、推測をすると「この冠雪した山は現実の光景ではない」可能性が大いにあるのではないでしょうか。

だとすると、浮世絵を何点も所有し、その模写までもやったゴッホが「富士山のつもりで描き込んだ」というのはありうると思います。実際に冠雪した山があったとしても、それを富士山に "見立てて" 配置したということもありうるでしょう。

その富士山つながりなのですが、コートールドにあるゴッホ作品としては "桃の花" よりも、同じ年に描かれた『耳に包帯をした自画像』の方が断然有名です。この自画像の背後には画中画としてゴッホが所有していた浮世絵が描かれているのですが、その画題はというと「芸者」と「鶴」と「富士山」です。桃の花の絵に富士山を描き込んだのでは、というのはあくまで憶測ですが、ゴッホは『耳に包帯をした自画像』にはまさしく富士山を描き込んだのです。

ちなみに、ゴッホが画中画として浮世絵を描くということは、そのこと自体に特別な意味があると考えなければなりません。有名な『タンギー爺さん』には6枚もの浮世絵が描き込まれていますが、これはとりも直さず "感謝" の意味でしょう。貧しくて売れない画家である自分を支援してくれた画材店の店主に対する感謝と、画家として多大な啓示を受けた日本の浮世絵に対する感謝です。そして、このコートールドの絵の場合は、耳切り事件を起こしたあとの再出発の決意でしょう。浮世絵を描き込むことでその"決意" を鮮明にしたのだと考えられます。

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フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)
耳に包帯をした自画像
Self-Portrait with Bandaged Ear(1889)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )

以上のゴッホの2枚の絵と、セザンヌのところで引用した及川教授の「サント・ヴィクトワール山はセザンヌにとっての富士山」という指摘を合わせると、

  コートールド・コレクションには、3つの "富士山" がある

ことになります。コートールド・ギャラリーを訪れたならそう思って絵を鑑賞するのも(我々日本人にとっては)楽しいでしょう。私がコートールドを紹介した知人も、夫婦でコートールドを再訪する機会があったら、是非「3つの富士山」の話をパートナーにして "知ったかぶり" をしてほしいと思います。



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フィンセント・ファン・ゴッホ
「雪のある風景」(1888.2)
グッゲンハイム美術館(NY)
(site:www.guggenheim.org)
余談になりますが、ゴッホがパリをたってアルルに到着したのは1888年の2月です。その、1888年の1月、2月のヨーロッパは例年になく雪が多く、南フランスのアルルにも "めったに降らない" 雪が降ったようです。南フランスの明るい太陽にあこがれてやって来たゴッホも、さぞかしびっくりしたのではないでしょうか。そのゴッホも『雪のある風景』(1888.2)という、雪景色のアルルを描いています。コートールド・コレクションの「桃の花盛り」の絵は、その1年後の4月の絵ということになります。


モディリアーニの裸婦



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アメディオ・モディリアーニ(1884-1920)
裸婦
Female Nude(1916)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )

モディリアーニは多数の裸婦像を描いていますが、コートールドにあるこの『裸婦 - Female Nude』(1916)は特別です。普通、モディリアーニの裸婦というと、明らかにプロのモデルを使った絵が多いわけです。というより、モディリアーニに限らず普通の画家はそうです。

Beatrice Hastings.jpg
モディリアーニ
ベアトリス・ヘイスティングス

バーンズ財団(フィラデルフィア)の Room 19 South Wall にある。No.95「バーンズ・コレクション」参照。
ところがこの絵のモデルは「素人しろうとのモデル」だと強く感じさせます。全体から受ける印象がそうです。このモデルは、モディリアーニの恋人だったベアトリス・ヘイスティングスだという説があります。彼女はイギリス人の詩人で、モディリアーニと2年間の同棲生活をおくりました。この説が正しいとすると、まさに素人しろうとということになります。

ベアトリスだという確実な証拠はないようです。しかしモデルが誰かをさし置いたとしても、この絵の女性は「モディリアーニに強く頼まれてモデルを引き受けてしまった」という感じがします。実際にギャラリーで実物をみると、恐ろしく速く描いた、という印象が強い。タッチは素早く大胆だし、絵の下の方などは、まともには絵の具が塗られていません。30分ぐらいで描いたのではないかとさえ思えます(大袈裟ですが)。とにかく「モデルとじっくり向き合い、デッサンを重ねて、時間をかけて描いた絵」では全くないという印象が強いのです。そういうところも、プロのモデルではないという感じを強めます。

ヌード(nude)という美術用語があります。これは単なる「裸」でありません。アートの対象としての「裸体像」であり、ある種の美化や理想化(その一つとしてのデフォルメ)が行われることがよくある。しかしこの絵はちょっと違います。nude ではなく naked(裸)と強く感じさせる絵です。「見てはいけないものを見てしまったような感じ」もする。

線は確かに単純化されてはいますが、モディリアーニの絵によくある "様式化" はそれほどでもありません。線描によるデッサンの天才であったモディリアーニらしく、的確に描かれた線の美しさは格別です。肌色と緑がかった絵の具を波状に、こすり付けるようにして体を描いていて、それが生々しい感じをよく出している。全体として、女性のヴィヴィッドな美しさがよく出た傑作だと思います。


マネが描いた「鏡」


次は「コートールドといえばこの作品」「この作品と言えばコートールド」という感じの絵で、マネの『フォリー・ベルジェールのバー(A bar at the Folies-bergere)』(1881/2)です。

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エドゥアール・マネ(1832-1883)
フォリー・ベルジェールのバー
A Bar at the Folies-Bergere(1881/2)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )

フォリー・ベルジェールは19世紀後半のパリにおいて、時代の先端をいく「カフェ・コンセール」(音楽カフェ)でした(今でもある)。そこでは音楽の演奏や演劇も行われ、ホールがあり、カフェがあり、バー・カウンターがあった。その都会の最先端スポットを描いた風俗画がこの作品です。

ポイントは二つあると思います。一つは「労働者としての女性」を中心に当時の風俗を描いたことです。それも、家政婦、洗濯女、娼婦などの、昔からあった "働く女性" ではなく、産業革命を経て近代的な都市が出現し、多くの人が集まり、富が蓄積し、人々に余裕ができる ・・・・・・ その結果として出現した女性バーテンダーを描いたという点です。当然のことながら、彼女の社会的地位は低いはずですが(豪華に見える服は制服)、そういった新しい女性を描いたのがこの絵の第一のポイントだと思います。

二つ目は「鏡」です。この女性の背後には大きな鏡があって、女性の後ろ姿と、女性と話している(であろう)男性客が描かれています。女性の後ろ姿と男性客の位置関係は変で、実際にこの通りの光景はありえません。しかし鏡を使った絵画において「実際にはありえない光景」というのはよくあります。この絵も画家の創作であって、芸術作品としては十分許されることでしょう。ちなみに男性客と女性バーテンダーの組み合わせは、ドガの絵に出てくる「踊り子とシルクハットの男性」を連想させます。

鏡を使った絵画としては、以前の記事でも何点か紹介しました。まずファン・エイクの『アルノルフィーニ夫妻の肖像』(No.93「生物が主題の絵」)であり、ファン・エイクに影響されたと言われるベラスケスの『ラス・メニーナス』(No.19「ベラスケスの怖い絵」)です。ベラスケスは、有名な『鏡のヴィーナス』という絵を残しています。

これらの絵の鏡は、せいぜい手鏡の程度大きさのものです。大きな鏡を作るには大きな平面の板ガラスを作る必要があるのですが、これが昔は困難だった。溶けたガラスをローラーで延ばし、平面に研磨するという方法だったからです。そこに錫箔を貼って鏡にした。完全な平面でないと鏡にはなりませんが、大きな平面ガラスを作るのが難しいわけです。ベルサイユ宮殿の有名な「鏡の間」も、複数の鏡を連結して作ってあります。

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Mary Cassatt
「The Fitting」
しかし、19世紀も後半になると産業革命とともに平面ガラスを作る技術が発達し、大きな鏡も安価に入手できるようになった。その例が、No.87「メアリー・カサットの少女」で紹介した、メアリー・カサットの版画作品『着付け - The Fitting』です。ここでは大きな「姿見」が登場しています。画家が狙ったのは、鏡を使って「二つの世界を画面に同居させる」ことでしょう。

マネの『フォリー・ベルジェールのバー』も同じです。シルクハットの男性と多数の客を、バーテンダーの女性の背後に配置することによって、不思議な空間を作り出しています。

シャンデリアの向こうのバルコニー席に座っている客は何をしているのでしょうか。うっかりすると見逃してしまうのですが、この絵の左上には小さく「上からぶら下がった二本の足」が描かれています。そのサイズから、男性客と観客の間にある足だと分かる。これは空中ブランコの演技を客が見ている、それが鏡に写っている、そういう絵なのですね。つまり鏡の向こうは、ホールと高い天井、舞台、曲芸師、バルコニー席、大勢の客のおしゃべり、賑やかな音楽、どよめきと歓声と拍手・・・・・・という世界です。バーのカウンターの中の狭いスペースとは違う世界が広がっているのです。



話は飛ぶのですが、イギリスのルイス・キャロルは『不思議の国のアリス』を出版したあと、好評に応えて続編の『鏡の国のアリス』(1871)を書きました。マネの絵が描かれる10年前のことです。この本の原題は「Through the Looking Glass - 鏡を通り抜けて」です。アリスが「鏡の向こうはどんな世界だろう」と空想するところから始まる冒険譚です。原書には、まさにアリスが鏡をすり抜ける瞬間の挿し絵があります。

ThroughTheLookingGlass.jpg
鏡の国のアリス」より
Through the Looking Glass
初版本にジョン・テニエルが描いた挿し絵

鏡は大昔からありました。しかし人の全身より大きいような鏡が出現し、鏡の向こうにも世界があるようにリアルに感じられるようになったからこそ、ルイス・キャロルはインスピレーションを得て『鏡の国のアリス』を書いたのだと思います。そう言えば、ベラスケスに触発されて書かれたオスカー・ワイルドの童話「王女の誕生日」(1891)もまた、全身が映るような鏡がストーリーのキー・アイテムとなっているのでした(No.63 「ベラスケスの衝撃:王女とこびと」参照)。



現代人である我々は、全面が鏡になっている壁を見ても何とも思いません。そういう鏡はよくあるからです。しかし19世紀後半の人々にとって、大きな「鏡」や「姿見」によって、こちら側の世界とあちら側の世界が同居する、という光景は極めて斬新だったのではないでしょうか。昔ならヴェルサイユ宮殿に招かれないと体感できないような光景が、パリのカフェで一般人が味わえる・・・・・・。それは文明がもたらした新たな光景だったのでしょう。

19世紀後半の絵画をみると、産業革命以降の文明によって庶民に身近になった事物がいろいろと描かれています。汽車やその関連設備(駅、鉄道、鉄橋)、汽船、工場、などです。No.115「日曜日の午後に無いもの」で触れた日用品としてのパラソルもその一つでしょう。そういう文明の利器の一つとして、フォリー・ベルジェールのバーに設置された大きな鏡があった。

『フォリー・ベルジェールのバー』という作品は、画家の総決算ともいえる晩年の作であり、まさに「その時代」を描いた作品です。そして制作の発端になったのは、鏡が作り出す世界が画家に与えたある種の "感動" だと感じます。



この絵について付け加えたいのは、マネの静物の描き方ですね。以前の記事で、

  「アスパラガス」(1880)
No.3「ドイツ料理万歳」

  「スモモ」(1880)
No.111「肖像画切り裂き事件」

というマネの静物画を引用しましたが、『フォリー・ベルジェールのバー』のカウンターに置かれた薔薇とみかんの描写も秀逸です。マネの静物は天下一品だと思います。

Folies-Bergere-Orange.jpg


コートールド・コレクションの「顔」


コートールド・コレクションにはこの他にも印象派・後期印象派の画家の代表作があります。"代表作" が言い過ぎなら「画家の最良の特質をストレートに表した絵」です。そんな絵を5点あげておきます。

09 Two Dancers on a Stage.jpg
エドガー・ドガ(1834-1917)
舞台の二人の踊り子
Two Dancers on a Stage(1874)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )

多数あるドガの踊り子の絵では、オルセー美術館の絵が最も有名だが、このコートールドの絵も代表作。オルセーの絵と同じく俯瞰する位置から見た絵で、二人の踊り子を極端に右上の方に配置し、しかも一人の左手を全部は描かないという構図が印象的である。カメラにたとえると、二人の踊り子を追ったが、動きが素早いのでシャッターを切り損ねて手がはみ出したかのようである。そういう意図的な構図が作り出す躍動感がある。


10 La Loge.jpg
オーギュスト・ルノワール(1841-1919)
桟敷席
La Loge(1874)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )

ルノワールが33歳の時の作品で、第1回印象派展に出品された。ルノワールの若い頃の画風を代表する絵である。女性はじっと観劇しているが、同伴の男性は観劇には興味がなく、おそらくオペラグラスで別の桟敷席の女性客を観察しているのだろう。「別の女性客を観察」というのは、メアリー・カサットがまさにそういう絵を描いていて(ボストン美術館)、それからの連想。もっとも、舞台以外で、オペラグラスで観察する価値があるのは女性しかないとも言える。


11 Young Woman powdering Herself.jpg
ジョルジュ・スーラ(1859-1891)
化粧する若い女
Young woman powdering herself(1888/90)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )

スーラが同棲していた女性を描いた作品。この女性の圧倒的に "ふくよかな" 感じが点描で表されている。


12 Nevermore.jpg
ポール・ゴーギャン(1848-1903)
ネバーモア
Nevermore(1897)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )

先にモディリアーニの裸婦をあげたが、こちらの方は正真正銘の素人モデルである。モディリアーニと対比すると、描かれた場所、モデルの人種・民族、文化的背景は全く違うが、まわりの色使いや装飾模様とタヒチアンの女性のヌードがマッチした美しい作品。


13 Toll Gate.jpg
アンリ・ルソー(1844-1910)
税関
Toll Gate(1890)
( site : www.artandarchitecture.org.uk )

パリの税関史だったアンリ・ルソーが自分の「職場」を描いた作品。パリ市の南門の税関を描いたという。しかし、19世紀後半とはいえ、こんな田園風景がパリに広がっていたとは思えない。プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」にも入市税を徴収する税関が出てくるが、そこは当然のことながら交通の要衝であり、人々が行き交い、近くに居酒屋・旅籠があるというシチュエーションである。

この絵には空想の風景が多分にミックスされていると考えられ、「木」や「植物」に対する画家の愛着が感じられる。アンリ・ルソーの絵は空想も含めて「緑」が多く、それはバーンズ・コレクションに多数あるルソー作品をみても一目瞭然である。




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