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No.190 - 画家が10代で描いた絵 [アート]

No.46「ピカソは天才か」で、バルセロナのピカソ美術館が所蔵するピカソの10代の絵をとりあげ、それを評した作家の堀田善衛氏の言葉を紹介しました。

実は、ピカソの10代の絵は日本にもあって、美術館が所蔵しています。愛知県岡崎市に「おかざき世界こども美術博物館」があり、ここでは子どもたちがアートに親しめる数々のイベントが開催されているとともに、日本を含む世界の有名画家が10代で描いた絵が収集されています。この中にピカソの10代の絵もあるのです。

私は以前からこの美術館に一度行ってみたいと思っていましたが、そのためだけに岡崎市まで行くのも気が進まないし、何か愛知県(東部)を訪問する機会があればその時にと思っていました。

ところがです。今年(2016年)のお盆前後の夏期休暇に京都へ行く機会があったのですが、たまたま京都で「おかざき世界こども美術博物館」の作品展が開催されていることを知りました。会場はJR京都駅の伊勢丹の7階にある「えき」というギャラリーで、展示会のタイトルは「世界の巨匠たちが子どもだった頃」(2016.8.11 ~ 9.11)です。これは絶好の機会だと思って行ってきました。

世界の巨匠たちが子どもだったころ.jpg


ピカソのデッサン


今回の展覧会の "目玉作品" がピカソの14歳ごろの2つの絵で、いずれも鉛筆・木炭で描かれた石膏像のデッサンです。展覧会の図録によると、ピカソの石膏像のデッサンは30点ほどしか残されていないそうで、つまり大変貴重なものです。振り返ると、No.46「ピカソは天才か」ではバルセロナにある別のデッサンと堀田善衛氏の評言を紹介しました。

この2点は、2000年に「おかざき世界こども美術博物館」がスペインの個人収集家から買い取りました。つまり岡崎で世界初公開された絵であり、それを京都で鑑賞できたというわけです。

ピカソ:女性の石膏像.jpg
パブロ・ピカソ(1881-1973)
女性頭部石膏像のデッサン
紙、鉛筆
(1894-95 頃。13-14歳)

ピカソ:男性の石膏像.jpg
パブロ・ピカソ
男性頭部石膏像のデッサン
紙、鉛筆と木炭
(1895。14歳)

この2つのデッサンは、比べて見るところに価値がありそうです。石膏の女性像と男性像ですが、「静」と「動」の対比というのでしょうか。女性像の顔や髪は大変なめらかで、静かな雰囲気が出ています。特に、目尻から頬をつたって口元に至る造形と陰影の美しさは格別です。伏し目で静かにたたずんでいる女性。そういった感じが出ています。

比較して男性像の方は、顔が少しゴツゴツした感じです。髪もボリューム感がずいぶんあって "波打っている" ようです。荒々しいというと言い過ぎでしょうが、それに近い感じを全体から受けます。大きく描かれた影が強烈な光を想像させ、石膏像はその光に "立ち向かっている" というイメージです。

この2枚は、単に石膏像をリアルにデッサンしたという以上に、対象の本質に迫ろうとするピカソ少年の意図を感じます。13-14歳でこのような描き方ができたピカソは、やはり希有な画家だと思いました。



展示されていたピカソ以外の絵は、ヨーロッパの画家でいうと、モネ、ムンク、ロートレック、デュフィ、クレー、ビュッフェ、カシニョール、シーレなどでした。

また、日本人画家の10代の絵も多数展示されていました。日本画と洋画の両方です。以下はその中から何点か紹介します。


水彩画・2点


日本人画家の絵は多数あったので迷うのですが、まず水彩画を2点、岸田劉生と佐分 真さぶり まことの絵を取り上げます。

岸田劉生:秋.jpg
岸田劉生(1891-1929)

紙、水彩
(1907。16歳)

この岸田劉生の水彩の一番のポイントは、まず画面下半分の「道、土手、川」を大きく右に湾曲させた構図でしょう。「道、土手、川」の曲がり具合いが少しずつ違っていて、絵にリズムを生んでいます。画面の上半分に描かれた樹と家屋はどっしりと落ち着いていて、この上半分と下半分の対比が構図のもう一つのポイントです。全体の描き方は細やかで写実的です。

風景画はこういう風に描くのだという、お手本のような絵です。16歳のときの絵ですが、すでに "できあがっている" という感じがします。劉生は38歳という若さで亡くなったのですが、もっと長生きすれば「麗子像」のように強烈なインパクトを与える作品をいろいろと生み出したはずと思いました。16歳にしてこれなのだから。

佐分真:裏庭.jpg
佐分 真(1898-1936)
風景(裏庭)
紙、水彩
(1912。14歳)

佐分真は、岸田劉生と同じく38歳で亡くなった画家です。この絵も劉生と同じく構図がいいと思いました。庭の縁と屋根の線が画面の中心に向かっていて、それによって遠近感を出しています。画面の上に描かれた木の枝と、下の方の木の陰もうまく配置されている。

全体は淡い中間色ですが、各種の色がちりばめられています。のどかな昼下がりの裏庭の感じが、その空気感とともに伝わってきます。画家になってからの佐分真の絵は、明暗を利かせた、重厚で厚塗りの油絵が多いのですが、それとはうって変わった "爽やかな" 絵です。14歳で描いたのだから、あたりまえかも知れません。



その他、日本の洋画家では、坂本繁二郎、青木繁、安井曾太郎、小出楢重、古賀春江、村山隗多、東郷青児、関根正二、山下清などが展示されていました。


日本画


日本画もいろいろありました。鏑木清方、奥村土牛、山口華陽、平山郁夫、田渕俊夫などです。この中からひとつを取り上げると、伊東深水の「髪」と題した作品が次です。

伊東深水:髪.jpg
伊東深水(1898-1972)

絹本着彩
(1913。15歳)

伊東深水:髪(部分).jpg

伊東深水は佐分真と同年の生まれで、この「髪」は佐分の水彩画と同時期に描かれました。伊東深水は美人画で有名ですが、15歳で描いたこの絵をみると、すでに画家として成り立っている感じです。絹本けんぽんを横長に使い、女性の横顔をとらえて髪を表現するという描き方が斬新です。一目みて忘れられない印象を受けました。


高村咲子の日本画


高村咲子さくこは、高村光太郎の6歳上の姉です。この展覧会では、高村咲子が9歳から14歳で描いた5点が展示されていました。今回はじめて、光太郎に "画家" の姉がいたことを知りました。

高村咲子が "画家" として知られていないのは、わずか15歳で亡くなったからです。光太郎が10歳の時です。せめて関根正二のように20歳頃まで生きたとしたら「夭折の画家」と言われたのかもしれませんが、咲子は「夭折の画家」にもなれなかった。

しかし咲子の技量は、子どもにしては卓越しています。下に掲げた「鶴」と「猿」は、今でいうと小学生の高学年の絵ですが、とてもその年頃の子どもが描いたとは思えません。

今回の展覧会のタイトルは「世界の巨匠たちが子どもだった頃」でした。多くの画家の10代の絵が展示されていたのですが、高村咲子だけは「画家が子どもだった頃の絵」ではなく「子どもで人生を終えた "画家" の絵」というのが印象に残りました。

高村咲子:鶴.jpg
高村咲子(1877-1892)

絹本墨彩
(1888。11歳)

高村咲子:猿.jpg
高村咲子
絹本墨彩
(1889。12歳)


絵画の原点


展覧会全体の感想です。有名画家の絵がいろいろあったので、画家として名をなした以降の作品を思い浮かべながらの鑑賞もできました。

芸術家としての画家は個性を追求します。自分にしかない画風というのでしょうか、描くモチーフや描き方について、その人にしかないという独自性を追求するわけです。絵をみて「あの画家の作品だ」とか「見たことのある画風の絵だ」と思わせる "何か" です。

しかしこの展覧会の絵は、そういった画風を確立する以前に描かれたものです。そこに感じるのは、描く対象を見きわめようとする少年・少女の真剣な姿勢です。そこは多くの絵で共通している。絵画の原点がよく分かった展覧会だったと思いました。




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