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No.203 - ローマ人の "究極の娯楽" [歴史]

今まで古代ローマに関する記事をいくつか書きました。リストすると次の通りです。

  No. 24ローマ人の物語(1)寛容と非寛容
  No. 25ローマ人の物語(2)宗教の破壊
  No. 26ローマ人の物語(3)宗教と古代ローマ
  No. 27ローマ人の物語(4)帝国の末路
  No.112ローマ人のコンクリート(1)技術
  No.113ローマ人のコンクリート(2)光と影
  No.123ローマ帝国の盛衰とインフラ
  No.162奴隷のしつけ方

発端は、No.24-No.27 で塩野七生氏の大作『ローマ人の物語』の感想を書いたことでした。ローマ人の宗教だけに絞った感想です。また、No.112、113、123 はインフラストラクチャ(のうちの建造物)の話で、その建設に活躍した古代ローマのコンクリートの技術のことも書きました。No.162 は奴隷制度の実態です。

今回はこの継続で、古代ローマの円形闘技場で繰り広げられた闘技会のことを書きたいと思います。「宗教 = ローマ固有の多神教・キリスト教」や「巨大建造物・コンクリート技術」は、古代ローマそのままではないにしろ現代にも相当物があり、私たちが想像しやすいものです。奴隷制度は現代では(原則的に)ありませんが、奴隷的労働はあるので、それも想像しやすい。

しかし大観衆が見守る円形闘技場での "剣闘士の殺し合い" は現代人の想像を越えていて、そこが非常に興味を引くところです。ボクシングの試合で相手を倒すのとは訳が違う。その想像を越えたところに古代ローマの(一つの)特徴があると思うし、歴史から学ぶポイントもあるかもしれないと思うのです。

ローマ人の物語04.jpg
今までのブログで円形闘技場での闘技会について触れたことがありました。No.123「ローマ帝国の盛衰とインフラ」で書いたユリウス・カエサルの話です。カエサルは財務官に当選したとき(BC.65 カエサル35歳)、ローマで一番の資産家であったクラッススから2500万セステルティウスを借金し、当選祝いに320組の剣闘士を借り切った闘技会を開催しました。のべ25万人のローマ市民を集めたこの闘技会で、カエサルは借金を全部使い切りました。2500万セステルティウスという金額は、現在の貨幣価値にして約30億円程度です。この記述は、本村凌二『はじめて読む人のローマ史 1200年』祥伝社(2014)によったのですが、塩野七生氏も『ローマ人の物語』でこの闘技会のことを書いていました。


320組となれば、640人になる剣闘士を(カエサルは)借り切ったことになる。しかも剣闘士たちには、右腕を守るために着ける腕鎧うでよろいを、すべて銀で制作して着用させた。試合場に出たときに、陽光を浴びて光り輝く効果を狙ったのである。


これは、当時のローマの貴族階級の財力がものすごかったという例として引用したのですが、では、その剣闘士の闘技会とはどいうものだったか、それが以降です。


差し下ろされた親指


古代ローマの剣闘士(=グラディエーター)を描いた絵画として、ジャン = レオン・ジェロームの傑作『差し下ろされた親指』(1872)があります。まず例によって中野京子さんの解説で、この絵を見ていきたいと思います。引用にあたっては漢数字を算用数字に置き換えました。一部段落を増やしたところがあります。

Pollice Verso (Gerome).jpg
ジャン=レオン・ジェローム(1824-1904)
差し下ろされた親指」(1872)
(フェニックス美術館。米:アリゾナ州)


周囲 524メートル、4層のアリーナに5万人を収容できるコロセウムは、びっしり人で埋まっている。建物に屋根はなく、日よけのカンバス地が掛けられていたが、画面に布自体は描かれていない。その代り隙間すきまから強い日差しが落ちていることを、幾筋もの光線が物語る。


画家は歴史考証を踏まえて描いています。画面に描かれた数本の白っぽい筋は何かと思ってしまいますが、これはコロセウムの上を覆う天幕の間から漏れてくる光線なのですね。実際にこのように見えるかどうかはともかく、歴史を踏まえて描いていることを示していて、画家の芸の細かいところです。


砂の敷きつめられたグラウンドでは、戦闘はすでに終わっている。勝ち残った金兜きんかぶとの剣闘士が、瀕死ひんしの敵の喉首を片足で踏みつけ、顔をあげたところだ。最前列に座る白いストーラ姿の女性全員と、すぐ後ろの席の男たちのほとんどが、親指を下に向ける激しい身振り(サムズダウン thumbs down)とともに「殺せ、殺せ」を大合唱している。胸を刺されて倒れた敗者にもその声は届き、慈悲じひうように最後の力を振りしぼって右腕を伸ばすのだが、砂地を赤く染める血に興奮した彼らはヒートアップする一方だ。

(同上)

Pollice Verso-1.jpg

中野さんが指摘しているのですが、画家はサムズダウンをしている右手の観客たちの表情を意図的に醜く描いています。そして上段の男性観客ですが、中には沈痛な表情の老人も混じっている(上の部分図の左上の男など)。敗者を応援していたのでしょうか。それに呼応するかように左手のアリーナ観客は、ヒートアップしている右手の観客とは様子が違うのです。


勝者はとどめを刺すのか?

まだわからない。なぜなら左側のアリーナにいる観客の誰ひとり、サムズダウンをしていない。それどころか身を乗り出して、右側前列の異様なたかぶりに非難の、あるいはいぶかしげな視線を送っている。敗者は立派に戦った。殺すまでもない、と考えていたのかもしれない。

決定は皇帝がくだす。

画面やや左に突き出たボックス席がある。その左半分は4本の円柱で囲まれている。手前の太い円柱は、翼を拡げたわしの装飾をいただく。手すりにも鷲が太陽といっしょに刺繍ししゅうされた深紅の垂れ幕が下がる。鷲は皇帝のシンボルなので、ここが皇帝の定席だ。金ぴかの大きな椅子に座り、これまた金でまれた月桂冠をかぶった皇帝は、右手を上げかけてはいるものの、親指はまだ見えない。サムズダウンで殺せと命じるつもりか、サムズアップ(thumbs up)で慈悲を示すのか。

(同上)

Pollice Verso-2.jpg
まさに劇的瞬間というのでしょうか。「殺せ、殺せ」と叫ぶ右側のアリーナの観客、それには同調していない左のアリーナの観客、そして描かれていない皇帝の親指・・・・・・。補足しますと、中野さんが「決定は皇帝がくだす」と書いているのは、詳しく言うと、

  決定は闘技会の "主催者"(=エーディトル)が下す。この絵の場合、主催者は皇帝

ということであり、それが正しい理解の仕方です。カエサルが主催者の闘技会だと、敗者の生死を決めるのは費用を負担したカエサルです。


皇帝にしても、必ずしも自分の気分だけで親指を上げ下げできたわけではない。観客が皆サムズダウンしているのにアップするなら、またその逆なら、それ相応の納得させる理由がないと大衆人気を失う。失うと政敵に付け入られ、引きずり下ろされたり、コンモドス(引用注:映画「グラディエーター」に登場するローマ皇帝。2世紀末)のように暗殺されるかもしれない。

本作の皇帝はいったいどんな結論を出すのだろう?

今のところごく一部の者がサムズダウンしているだけだが、逆にサムズアップしている者もいないので、血を求める激しい渇望かつぼうが次第に場内に感染してゆくと、爆発的な「殺せ」コールに変わらないとも限らない。慈悲を求める声というのは、アドレナリンの噴出している相手に対していつだってか細すぎるものなのだ。

(同上)

中野さんによると、画家・ジェロームはこの絵で敗者を美形に描いているといいます。思想家・セネカの「もっとも価値のある剣闘士は美形の者だ」という言葉が思い出されると・・・・・・。しかし画家が敗者を美形に描いたのには、さらに理由があります。それはこの敗者が「投網とあみ闘士」だからです。


ジェロームは万全の歴史考証を踏まえて作品を制作する画家だった。

勝者の金兜に魚の装飾がほどこされているのがわかる。よく見ると右腕を守るそで防具はうろこ状だし、弱い腹を守る帯にも魚の文様が付いている。これは彼が「魚兜闘士」だからだ。剣闘士は武装の種類によって、「長槍闘士」だの「騎馬闘士」だのに分けられていた。

魚兜闘士は一番人気で、武器はローマ軍歩兵と同じ剣とたて。画中の勝者が右手に握る真っ直ぐな両刃もろはの短剣はグラディウスと呼ばれ、グラディエーターの語はここからきた。日本の細身の刀と違い、もっぱら突いて使う。盾も必須だ。この絵は円盾の内側が描かれており、使用法がよくわかる。手首と腕の二ヵ所をベルトで固定し、いわば鋼鉄化したひじで守りと攻めを同時にできる。

一方の敗者は「投網とあみ闘士」。名のとおり漁師の持つ投げ網と、海神ポセイドンのアトリビュート(その人を特定する持ち物)たる三叉鉾さんさほこで戦う。それらの武器は今や彼同様無力化され投げ出され、半ば砂に埋もれている。この「投網闘士」は盾の代わりに青銅製の防具を肩にかけ、兜もかぶらなかった。そのため戦闘中にも観衆から顔が見え、どうせ見るならばと、興業主はハンサムな若者を選んだという。先述したセネカの言葉どおりであり、ジェロームが美形に描いた理由もこれだ。

(同上)

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魚兜闘士の肘防具にも注目したいと思います。カエサルは財務官就任記念に開催した「大闘技会」で、640人の剣闘士全員に銀製の腕鎧(肘防具)を新調して着用させたと『ローマ人の物語』で塩野七生氏が書いていました(最初の引用)。この絵を見るとその意味がよく分かります。陽光にきらめく銀の効果です。

もう一つこの絵で気づかされるのは、魚兜闘士と投網闘士が戦っていることです。つまり魚と漁師が戦っている。これは興業的なおもしろさを狙ったと考えられますが、単に「魚と漁師」のおもしろさだけではないでしょう。武器が違います。武器にはそれぞれ長所・短所があります。つまりこの絵の試合は、現代でいうと異種格闘技の試合のようなものだと思います。空手とプロレスのどっちが強いか、みたいな・・・・・・。あるいは時代劇に出てくる日本刀(ヒーロー)と鎖鎌(悪役)の戦いです。異種の武器での戦いは観衆の興味を大いに引いたと考えられます。

我々は剣闘士の試合というと、奴隷同士が戦ったというイメージが強いのですが(スタンリー・キューブリック監督の「スパルタカス」という映画がありました)、ローマも帝政の時代になると変質していったようです。


現代のプロスポーツ選手のように、いや、それをはるかに上回る大衆の支持が、強い剣闘士に集中した。強ければ強いほど、さらに美しければ美しいほど、人々は熱狂した。当然ながら剣闘士という職業にも人気が出る。

ローマ時代の共和制期には奴隷や罪人、下層階級出身者ばかりで、「剣奴けんど」の訳がふさわしかったが、帝政期になるとさま変わりしていた。自由市民の中から自らの意志で剣闘士になる者まで出てきたのだ。時には皇帝自ら出場して剣をふるい、矢を射た。コンモドス帝もヘラクレスに扮して何度も戦っている(いかなる場合でも自分が勝ように算段してあったが)。

人気剣闘士は結婚もできた。皇帝から木剣ぼつけんを授与されて自由を与えられた例も少なくない。彼らはたいてい剣闘士を養成する学校を作ったり訓練師になったり、あるいは自身の剣闘士団を持って巡業した。そうした興業こうぎょう形態が確立すると、時間と費用をかけて育てあげた剣闘士を軽々けいけいに殺されたくないのは理の当然だ。傭兵ようへい同士の戦争と同じで、常に徹底的な殺し合いを行うのは双方にとって損失が大きすぎる。

殺戮さつりくを見たい観衆に投げるえさとしての犠牲者はいくらでもいた。なにしろローマ帝国は領土拡大によって大量の戦争捕虜を手に入れていたので、異民族の若く屈強な男を奴隷剣闘士にして殺せば反乱も防げて一石二鳥なのだ。スター・グラディエーターはローマ人でまかなう。そのあたりは観客と興業主の駆け引きがあった。

(同上)

このジェロームの絵は、映画『グラディエーター』の制作に一役買ったようです。20世紀末、ハリウッド映画で "古代ローマもの" を復活させようと熱意をもった映画人が集まり、おおまかな脚本を書き上げました。紀元180年代末の皇帝コンモドスを悪役に、架空の将軍をヒーローにした物語です。将軍は嫉妬深いコンモドス帝の罠にはまり、奴隷の身分に落とされ、剣闘士(グラディエーター)にされてしまう。そして彼は剣闘士として人気を博し、ついにはローマのコロセウムで、しかもコンモドス帝の面前で命を賭けた戦いをすることになる。果たして結末は・・・・・・。


制作サイドは監督にリドリー・スコットを望んだ。『エイリアン』『ブレードランナー』『ブラック・レイン』『白い嵐』など、芸術性とエンターテインメント性を合体させたヒット作を連打していたスコットなら、古代ローマものを再創造してくれるに違いない、と。

だがスコットは最初はあまり乗り気ではなかったらしい。そこで制作総指揮者は彼に『差し下された親指』を見せた。フランスのジェロームが百年以上も昔に発表した歴史画である。後にスコット曰く、「ローマ帝国の栄光と邪悪じゃあくを物語るこの絵を目にした途端、わたしはこの時代のとりこになった」(映画パンフレットより)。

こうして完成された『グラディエーター』(2000年公開)は、アカデミー賞作品賞、主演男優賞(ラッセル・クロウ)、衣装デザイン賞などいくつも獲得し、全世界で大ヒットを記録した。剣闘士同士の息もつかせぬ戦闘シーンとリアルな迫力に、一枚の絵が運命的な役割を果たしたということになる。

(同上)

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2000年前に5万人を収容できるアリーナを建設できる圧倒的な技術力と高度な文明、そのアリーナで繰り広げられる "人間同士の殺し合いショー" と、瀕死の敗者を殺せと連呼する観衆・・・・・・。リドリー・スコット監督は「栄光と邪悪」と言っていますが、この絵が表しているものはまさにそうだし、現代人が古代ローマの歴史に惹かれる理由もそこなのでしょう。

ちなみに cinemareview.com の記事によると『グラディエーター』の制作会社であるドリームワークスのプロデューサは、スコット監督に脚本を見せる以前に監督のオフィスを訪問して『差し下された親指』の複製を見せたそうです。そもそもプロデューサが『グラディエーター』の着想を得たのもこの絵がきっかけ(の一つ)だと言います。この絵にはハリウッドの映画人をホットにさせる魔力があるのでしょう。


皇帝に敬意を捧げる剣闘士たち


画家のジェロームは『差し下ろされた親指』(1872)より以前にも剣闘士をテーマとした作品を描いています。『皇帝に敬意を捧げる剣闘士たち』という作品です。

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ジャン=レオン・ジェローム(1824-1904)
皇帝に敬意を捧げる剣闘士たち」(1859)
(イェール大学アート・ギャラリー。米:コネチカット州)

この絵を所有しているイェール大学アート・ギャラリーの公式サイトにもあるのですが、ジェロームは歴史考証を踏まえてこの絵を描いています。その考証の一つですが、この絵にはコロセウムを覆う天幕が描かれていて、その構造がよくわかります。中心部を円形にあけ、その周りにアリーナの最高部まで部分的に布が張られる。布の下の観客席は日陰になり、闘技舞台には日光が差し込むというわけです。『差し下ろされた親指』もそういう絵になっていました。ユリウス・カエサルの闘技会のように剣闘士が銀製の腕鎧をつけたとしたら、陽光が銀に反射して日陰の観客席にきらめき、その効果は抜群だったと想像できます。

この絵の原題は「Ave Caesar, Morituri te Slutant」というラテン語で、「皇帝万歳! 我ら死にゆく者が敬意を捧げます」というような意味です。スエトニウスの「ローマ皇帝伝」にある語句です(第5巻 クラウディウス帝)。その「皇帝万歳」と叫ぶ剣闘士たちは、描かれた盾と三叉鉾の数から4人の魚兜闘士と4人の投網闘士でしょう。皇帝に敬意を表してから試合に臨むようです。

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画面の左手前には、試合が終わった投網闘士と網をかぶせられた魚兜闘士の2人が倒れています。相討ちになったのでしょうか。そのうしろ方のハイライトの部分では、奴隷が剣闘士の死体を引きずってアリーナから出そうとしています。

Ave Caesar-2.jpg

『皇帝に敬意を捧げる剣闘士たち』は、13年後に描かれた『差し下ろされた親指』と似ています。ともに剣闘士と皇帝を低い位置からとらえた構図であり、あえて試合中の剣闘士を描かず、魚兜闘士と投網闘士の武器や防具、そしてアリーナの構造が歴史考証をもとに描かれています。しかし明らかに試合の決着がついた直後、生か死かという瞬間を描いた『差し下ろされた親指』の方が劇的です。殺せと叫ぶ観衆を間近に描いたのもインパクトがある。アリーナの巨大さを実感できる空や天幕を描くのをあきらめざるを得なかったが、その代わりに天幕から漏れてくる光の筋を描き込んだ。2つの絵を比べると『差し下ろされた親指』を制作した画家の意欲が分かるのでした。



補足ですが、古代ローマの剣闘士については Wikipedia日本版に詳しい情報があります。また画家のジェロームについては、以前の記事で次の3つの作品をとりあげました。
  『奴隷市場』No.23「クラバートと奴隷(2)ヴェネチア」
  『虎と子虎』No.94「貴婦人・虎・うさぎ」
  『仮面舞踏会後の決闘』No.114「道化とピエロ」


野獣狩り


最初に引用した塩野七生氏の「ローマ人の物語」の他に、このブログで古代ローマの闘技会について引用したことがあります。ウィリアム・ソウルゼンバーグの「捕食者なき世界」にあった、"人間が大型捕食動物を根絶してきた歴史" です(No.127「捕食者なき世界 2」)。人間が大型動物を狩る第一の理由は食料を確保するためでしたが、歴史を振り返ると理由はそれだけではありません。


大型捕食動物を根絶しようとする強い動機が、少なくとももう一つあった。猛獣を殺すのは、最高に楽しい娯楽だったのだ。都市化が進み、平凡な仕事が多くなると、人々は刺激のない生活に退屈するようになった。

ローマ人は巨大な円形闘技場コロセッウムを建設し、はるばるメソポタミアやアフリカから何千頭ものゾウやカバやライオンを連れてきて、大がかりな見せ物として殺すようになった。ローマのコロッセウムでは、1日にクマ100頭、ヒョウ400頭、ライオン500頭が虐殺されることもあった。ライオン500頭というのが、現在アジアに生息するライオンを一掃する以上の数であることを思うと、その数の多さが実感できる。


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ソウルゼンバーグが書いているのは、円形闘技場で行われた「野獣狩り」のことです。それは「最高に楽しい娯楽」でした。このあたりの歴史を別の本から引用してみたいと思います。

アルベルト・アンジェラ著『古代ローマ人の24時間』(関口英子訳。河出書房新社 2010)は最新の歴史研究を踏まえて、紀元115年のトラヤヌス帝の時代のローマの一日を民衆の視点からの「実況中継風の記述」とその「解説」で綴った本です。以前の No.26「ローマ人の物語(3)宗教と古代ローマ」では "ウェスタの巫女" に出会う部分を引用したのですが、この本には円形闘技場の描写も出てきます。以下にその記述を引用します。


まだ午前中だというのに、喚声をあげて応援しながら見守る何千人もの観衆の視線が、その一挙手一投足に注がれる・・・・・・。

コロッセウムでの闘技がはじまったのだ。一日の最初の見せ物は野獣狩り(ウェナティオ)である。剣闘士と剣闘士の闘いではなく、人間と野獣の闘いだ。コロッセウムだけでなく、帝国のどこの円形闘技場でも見せ物の順番は同じだ。最初に野獣狩り、続いて犯罪人の公開処刑、そして午後になるとようやく、待ちに待った剣闘士どうしの闘いがはじまる


円形闘技場での剣闘士の闘技会の前には、実は "前座" があったわけです。前座の最初は「野獣狩り」です。


コロッセウムをはじめ、帝国の各所に点在していた円形闘技場では、膨大な数の動物が殺された。ときには、弓矢をもった闘獣士が鹿やガゼルを倒す光景もみられた。また、ダチョウなどの外来の動物が殺されることもあった(中略)。場合によっては、両者がほとんど互角の闘いも繰り広げられた。剣闘士の服装をした数人の男が、かぶと、盾、剣で武装して、ライオンやヒョウや熊の攻撃をかわし、相手を倒さなければならなかったのだ。

「古代ローマ人の24時間」第35章

野獣狩りは闘獣士が野獣を "狩る" というショーですが、中には闘獣士と野獣の "互角の闘い" もあった。その互角の闘いをする猛獣の例として、当時有名だったウィクトルという名前のヒョウの話が出てきます。


一般的に考えられているのとはことなり、ウィクトルは空腹だから相手を攻撃しているのではない。コロッセウムで闘っている野獣はすべてそうだが、幼時の時に捕まえられ、特別な飼育を受け、闘犬と同じようにひたすら相手を攻撃するように調教されてきたのだ。相手のどこをどのように襲うべきなのかを教えこまれている。それでなくてもヒョウは、人間を襲うときにいきなり喉を狙うという恐ろしい習性がある。喉に牙を突き刺し、力強い両足の爪で胸部を掻きむしり、引き裂くのだ。

このような被害は現代でも見られる。以前、古生物関係の発掘調査のため、アフリカに滞在していた時に出会った医師から聞いたことがある。ライオンに襲われた人が病院に運ばれてきた場合は助かる可能性もおあるが(ライオンは咬みついてふりまわすだけの場合が多い)、ヒョウに襲われた場合、病院に運ばれてきた時にはすでに死んでいるそうだ。

ヒョウに罪があるわけではない。たまたま肉食動物に生まれつき、自然の摂理にしたがっているだけだ。だがコロッセウムでは、ヒョウの生まれつきの攻撃性が調教師によって大きく歪められ、見せ物のために利用される。まさに「殺戮機械」に改造されてしまった動物なのだ。ウィクトルは闘いで多くの闘獣士を死に至らしめただけでなく、調教する際の「標的」役をさせられた奴隷を何人も殺してきた。

「古代ローマ人の24時間」第35章

単に闘獣士が動物を殺すだけの "野獣狩り" よりも、闘獣士と猛獣のどちらが勝つかわからない「互角」の闘いの方がショーとしての価値があるわけです。「古代ローマ人の24時間」にはスピッタラという名前の闘獣士とヒョウのウィクトルが闘う場面がでてくるのですが、闘獣士は鎧も兜も剣も無しにすね当てだけをつけ、1本の槍でヒョウと闘います。これもショーをおもしろくする工夫でしょう。完全武装ではつまらない。


帝国内のおもな円形闘技場で、トラに代表される外来動物を頻繁に用いたことで、ヨーロッパ、北アフリカ、中東の野生動物は次第に減少し、絶滅した種も少なくなかった。捕獲された各種の動物(クロコダイルやサイを含む)のうち、荷車に乗せられたり、船倉に詰めこまれたりして長旅を続けたあげく、生きて目的地に到着できたのはほんの一部でしかなかったことも要因になっていた。

「古代ローマ人の24時間」第35章

ローマ帝国の特別のイベントでは、多数の剣闘士が殺されると同時に、夥しい数の野獣も殺されたようです。


紀元80年には、ウェスパヌシアス帝の息子で後継者のティトス帝によってコロッセウムの落成式が行われ、100日間でじつに5000頭もの猛獣が殺されたことがあった。

そのほか、私たちが探索している時代に関連する出来事としては、トラヤヌス帝のダキアに対する勝利の祝賀会がある。この時、コロッセウムは120日間も連続して使用され、その間、12,000頭もの野獣と1万人もの剣闘士が殺された。

「古代ローマ人の24時間」第43章

ソウルゼンバーグは「1日にクマ100頭、ヒョウ400頭、ライオン500頭が虐殺されることもあった」と書いていましたが(=1日に1000頭を殺害)、いかにありそうです。

Gladiator-12.jpg
闘獣士のモザイク画
(ローマ:ボルゲーゼ美術館)


公開処刑


前座の第2弾は犯罪人の公開処刑です。『古代ローマ人の24時間』には、後ろ手に縛られた罪人を2人の死刑執行人がコロッセウムの闘技場に連れ出す場面が描写されています。コロッセウムでは数万人の観衆がざわめいています。罪人が受けた判決は「猛獣による食い殺しの刑」です。


罪人は自分の最期が近づいてくるのを見た。大きくて迫力に満ちたライオンの頭・・・・・・。なかでも恐ろしいのは、爛々らんらんと輝くハシバミ色の目だ。その目には慈悲のかけらもない。

あらんかぎりの声で叫ぶ罪人。一歩も進むまいと両足を踏ん張り、身体を強張らせている。だが、死刑執行人二人の力にはかなわない。一人は慣れた手つきで罪人の縮れた髪の毛をつかみ、餌を差し出すかのように野獣に向かって突き出す。もう一人はまるで蹴破られまいと必死でドアを押さえているように、罪人の背後で身を隠している。その体勢で罪人を猛獣のほうへ押し出しているのだ。罪人の両手をしっかりを押さえ、頭巾をかぶった頭を低くして、がぶりと咬みつく瞬間を待っている。

獲物に飛びかかる直前、ライオンは歩みを速め、まったく音を立てずに動く。目を閉じ、顔をそむける罪人。ライオンの足が地面から離れ、飛びかかる瞬間、息をのむ観衆。断末魔の叫び・・・・・・。

すべてが一瞬の出来事だった。つかんでいた手を放し、身をかわす死刑執行人。ライオンの白い牙が見える。顔面に生ぬるい息を感じたと思った瞬間、罪人は野獣の下敷きになっていた。

観衆のどよめきのなか、身の毛もよだつショーが展開する(以下、省略)。

「古代ローマ人の24時間」第40章

コロッセウムにおける公開処刑は、上に引用したような "単純な" もの以外に、見せ物・ショーとしての "演出" がされることもありました。


観衆は、しばしば「思いがけない演出」が処刑に隠されているのを知っていて、それを大いに期待していた。そのため、主催者はときに奇抜な舞台装置を準備し、神話や歴史的な筋書きに添った処刑を実施することもあった。(中略)

こうして、たとえばイカロスが飛ぼうとする場面が再現されることになる。失敗終わるイカロスの飛翔を真似た罪人が、まっさかさまに落ちていき、地面に激突し、列席している皇帝の上にまで血しぶきが飛び散る。これはスエトニウスの記述によるものだ。(中略)

マルティアリスはコロッセウムの落成式でオルフェウスの神話が再現されたと記している。神話では、エウリュディケの死に失望したオルフェウスが、その歌声で猛獣をてなずけたとされている。それを模して、アレーナ(闘技舞台)の床下から徐々にせりあがってくる岩山や木々のある舞台装置(数ある特殊効果のひとつだった)の中に、多くの野獣と一緒に罪人が放置された。だが残念になことに、罪人は熊を手なずけることができなかった。観衆の狂喜のなか、「歌い手は、恩知らずな熊にずたずたに引き裂かれた」とマルティアリスは記している。

「古代ローマ人の24時間」第40章

こういう記述を読むと、古代ローマの文明のレベルの高さが直感できます。まず観衆はギリシャ神話を知っているわけです。知っているからこそ演出としての価値が出てくる。さらに引用にあるコロッセウムの有名な「せり上がり舞台」の仕組みも、それが2000年前だと考えるとすごいものだと思います。

  蛇足ですが、現代の "アリーナ" は「舞台」の部分とそのまわりを取り囲む観客席の部分の両方を言いますが、語源となった "アレーナ" は「舞台」だけを指すようです。

この記述から、よく言われるローマ帝国における「キリスト教徒迫害」を思い出しました。キリスト教徒は捕らえられ、闘技場に引き出され、猛獣の餌食になったと・・・・・・。決まって引き合いに出される悪役は皇帝ネロです。しかし注意すべきは、古代ローマにおける猛獣刑は "死刑と決まった罪人" を処刑する方法の一つだったことです。キリスト教徒だけが猛獣刑にあったわけではありません。ちなみに弾圧された宗教もキリスト教だけでもありません。紀元前186年のディオニュソス教徒の弾圧では7000人が処刑されたと、古代ローマの歴史家が書いています(No.24「ローマ人の物語(1)寛容と非寛容」)。



歴史をひもとくと、公開処刑は古代ローマだけでなく日本を含む世界各国で行われてきました。現代でも東アジアの某国や中東のある種の国では行われています。むしろ「見せしめ」や「戒め」のために、罪人の処刑は公開が原則だったと言えるでしょう。

しかし古代ローマの公開処刑の特徴は、それが見せ物、ショー、エンターテインメントとして実施されたことです。しかも最大数万人の観衆の注視の中でのショーであり、演出上の工夫があり、猛獣刑の場合は食いちぎられた人体のパーツがアレーナに散乱する陰惨な光景で終わる見せ物です。こういった例は世界史でも希有でしょう。


剣闘士の戦い


「野獣狩り」と「公開処刑」という前座が終わると、いよいよ待ちに待った剣闘士の闘いが始まります。

ジェロームが『差し下ろされた親指』で描いたのは、魚兜闘士と投網闘士の戦いでした。『古代ローマ人の24時間』では「魚剣闘士」(=ムルミッロ)と「投網剣闘士」(=レティアリウス)と訳されています。そして魚剣闘士と投網剣闘士の戦いの様子が、剣闘士の視点で描写されています。魚剣闘士の名前はアステュアナクス、投網剣闘士の名前はカレンディオです。魚剣闘士の装備は兜、盾、腕当て、両刃の短剣(グラディウス)であり、投網剣闘士は投網と三叉鉾、肩防具、短剣(とどめを刺すために使用)で、兜は無しです。

戦いが始まるとすぐ、投網剣闘士は魚剣闘士の周りをぐるぐる走り回ります。


以下の戦いの様子は実話であり、名前も実在した剣闘士のものだ。

突然投網剣闘士カレンディオの動きが止まり、向きを変えるかのように身を屈めた。だが、これは策略であり、網を投げる準備をしているのだ。実際、相手の隙をついてカレンディオの身体が伸び、稲妻のような速さで網を投げつける。すべてが一瞬の出来事だった。

魚剣闘士のアステュアナクスは、背中に何か重いものがのしかかってくるのを感じた。まるで何かが上から落ちてきて、押さえつけているかのような感覚だ。兜の格子の向こうに、目の粗い網が見えた。漁で用いられる網とは異なり、わざと重みをかけて剣闘士を動けなくするように工夫された特殊な網だ。なにかの生き物に捕まえられ、死の抱擁を受けているようだ。

「古代ローマ人の24時間」第44章

投網剣闘士のカレンディオは、すぐには攻撃しません。相手が網から逃れようともがくうちに、ますます網に絡まるか、あるいはつまづく。それを待っているのです。


投網剣闘士カレンディオの最初の一撃は、高い位置に飛んできた。肩と喉のあいだを狙ったようだ。網の重みのせいで、盾が下がりぎみになっているのを見越してのことだろう。アステュアナクスの肩に痛みが走った。鋭い三叉の先端が、まるで稲妻のように網の目をすり抜け、肩をかすめたのだ。しかし教官に教わった「低い構え」のおかげて致命傷にはならずにすんだ。身につけている腕当ても突きを弱めてくれた。腕あての金属製の小札こざねから血が流れているものの、試合が中断されるほどの深手ではない。

観客は流れでる血に気づき、熱狂する。

「古代ローマ人の24時間」第44章

「教官」と出てきますが、これは剣闘士養成所の教官という意味です。剣闘士は養成所での厳しい訓練を経てきているのです。二人は投網剣闘士が有利のうちに一進一退を繰り返すのですが、途中で状況が変わります。


ここで、観客をあっといわせるハプニングが起こった。アステュアナクスはおかしなことに気づく。カレンディオが前へ後ろへと、繰り返し三叉を動かしているのだ。一瞬、自分が攻撃され、カレンディオに肉をずたずたに突き刺されているのに、緊張のあまり痛みを感じていないのかもしれないという恐怖にかられる・・・・・・。

だが、そうではなかった。網があちこりに引っ張られるのを感じ、アステュアナクスは何が起こったのかを理解した。完璧な一撃を狙うあまり、カレンディオは三叉で網目の中心を突き、抜けなくなってしまったのだ。自分自身の網に捕らわれた恰好になり、なんとかして三叉を網から外そうと必死になっている。だが、外れないばかりか、動けば動くほど状況がひどくなる。漁師が自分の網にかかってしまったわけだ。

アステュアナクスは、またとない挽回のチャンスだと見てとった。焦るあまり、長い三叉を網から外すことしか頭にないカレンディオを引きずったまま、勢いよく三歩か四歩後ろに下がる。そして、胸いっぱいに息を吸いこむと、カレンディオに襲いかかる。盾がカレンディオの身体に触れた瞬間、アステュアナクスは思い切り短剣を突き立てた。ほとんど反射的な動きだったにもかかわらず、盾にぶつかった衝撃から相手のいる位置を読んだのだ。何年もの訓練が正しい判断を導いてくれた。

まるで銀色に光る猛獣の爪のように、短剣が網の下から飛び出してきた。観衆の目に、銀色にきらめく短剣がほんの一瞬映ったかと思うと、すぐに消えた。次に見えたのは、地面にくずれ落ちたカレンディオの姿だ。KOをくらったボクサーのように目を見開いている。それでもなお、両手をついて立ち上がろうとするが、無駄だった。右の大腿の内側に深い傷を負い、大量の血が流れ出している。アレーナがどす黒い血に染まっていく。

「古代ローマ人の24時間」第44章

審判が大声を張りあげ試合の中断を命じたのも、あやうく聞き逃すところだった。アステュアナクスは動きをとめ、荒い息をしている。まるで周囲の空気に噛みつかんばかりの荒々しさだ。やがて乱れた呼吸が整いはじめると、アステュアナクスは地面に倒れている敵を見やった。敵も彼の目をじっと見ている。その陰鬱な目を、彼は一生忘れないだろう。その視線には、ほとんど命令に近い懇願の色が浮かんでいた。カレンディオが短剣を差し出す。命乞いに一縷いちるの望みをかけてのことだろう。

だが、決めるのはアステュアナクスではない。審判たちにも決められないため、腕をのばし、親指を上に向けててのひらを開いたジェスチャーで、主催者の指示を仰ぐ。

判決は「死」だった。魚剣闘士アステュアナクスが歩み寄る。その時ようやく、投網剣闘士カレンディオはすべて終わったと観念し、顎を上にあげた。まるでこの世で最後の愛撫のように、そよ風が彼の髪を撫でる。次の瞬間、カレンディオの身体に激痛が走り、やがてすべてが闇となった・・・・・・。

この戦いの模様を忠実に再現したモザイク画が、アッピア街道で発掘されており、現在はマドリードの国立考古学博物館に所蔵されている。

「古代ローマ人の24時間」第44章

もちろん以上の記述は著者の想像です。ただし最後に書いてあるように、著者はこの戦いの経過を描いた当時のモザイク画をもとに文章を書いています。細部の描写はともかく、古代ローマの剣闘士の試合がどんなものだったかが理解できます。最後の方の「そよ風が彼(=投網剣闘士)の髪を撫でる」というところは、投網剣闘士だけは兜を被らなかったという歴史的事実を反映しています。

追撃闘士と網闘士.jpg
追撃剣闘士(セクトル)のアステュアナクスと投網剣闘士(レティアリイ)のカレンディオの戦いを描いたローマ時代のモザイク画。時間の経過は下から上である。上の絵でカレンディオは傷つき、短剣を差し出している。カレンディオの名前の後にある丸と棒の記号は "NULL" を示していて、主催者(エーディトル)の決定は「死」であったことを示す。投網剣闘士は追撃剣闘士と組まされることが多かった。追撃剣闘士の装備は魚剣闘士と似ているが、兜に突起物はなく、投網剣闘士の網から逃れやすかったという。「古代ローマ人の24時間」の記述はこのモザイク画をもとにしているはずである。
(スペイン国立考古学博物館:マドリード)

最初のジェロームの絵『差し下ろされた親指』に戻ります。ここにはまさに魚剣闘士と投網剣闘士との戦いが終わったばかりの場面が描かれています。そして右の観客席の観衆は「殺せ」とコールしている。

ここで想像すると、全員とまでは言わないまでも「殺せ」と叫んでいる観衆は、午前中の「猛獣狩り」で動物が死ぬ場面を見物し、その次には公開処刑を見学し、そして剣闘士の試合と流れる血に興奮して「殺せ」と叫んでいるわけです。「死」と「血」が充満した円形闘技場に長時間いた人間が「殺せ、殺せ」と連呼するのは、当然そうなるだろうという気がします。

Pollice Verso (Gerome).jpg
ジャン=レオン・ジェローム「差し下ろされた親指」


究極の娯楽


今まで書いた「死を見せ物にする」古代ローマの歴史を、我々はどう受けとめればいいのでしょうか。"歴史から学ぶ" とすると、何か学ぶものはあるのでしょうか。このことについて2つのことを考えました。

確実に言えるのは、この見せ物=娯楽は「これほど刺激の強いものはない、究極の娯楽」だということです。長いローマの歴史の中でより強い刺激を求めてエスカレートした結果なのでしょうが、もうこれ以上エスカレートのしようがないわけです。ものごとは究極に達すると後は下降しかありません。「パンとサーカス」と言われるように、闘技会(=サーカス)は、民衆が皇帝に要求する権利だったわけですが、そのローマ市民が要求するものを皇帝がいずれ与えられなくなることは目に見えています。人間は誰しも死にたくはないので、死を前提にした見せ物はエスカレートすればするほど、どこかで無理がきます。

ローマの高度なインフラを思い出します。No.112-3「ローマ人のコンクリート」No.123「ローマ帝国の盛衰とインフラ」で書いたように、2000年前の高度文明で作られた水道網、道路、橋、テルマエ(公衆浴場)などは、メインテナンス・コストとエネルギー資源の問題で "持続可能" ではなくなり、次第に劣化・縮小していったわけですね。究極に達すると下降しかない。これが第一に思ったことです。

2つ目に思ったのは「人や動物が殺される様子を娯楽として楽しむ」のは "人間性" とどういう関係があるかです。それは古代ローマ人だけの特殊なものだとも考えられます。しかし動物を殺して楽しむというのは、現代のスペインやポルトガル(および文化を受け継いだ中南米の国)の闘牛がそうだし、大型動物を狩るレジャー・ハンティングがそうです。現代のテロリストの中には殺人を楽しんでいるとしか思えないものもいる。人間にはそういった性向がないとは言えないでしょう。では「ローマ人の究極の娯楽」はどう考えればよいのか。

最も妥当な解釈は「人間は本能が崩れた動物だ」ということだと思いました。これは岸田秀氏(和光大学名誉教授)の言い方ですが、人間の行動は本能によるのではないということです。つまり、生存のために必須の行動を除き、人間の行動は生得のものではない。人間の行動は "文化"(広い意味での文化)によって決まります。文化が人間の行動規範になり、文化が人間を行動に駆り立てる。岸田流に言うと「文化は本能の代替物」ということになります。

その "文化" は人間が作りあげてきたものなので、生物学的条件からくる根拠がありません。従って極めて多様であり、社会によって千変万化します。二人が戦う格闘技を観客が見て楽しむという競技は世界中にありますが、「剣闘士=殺し合い」から「相撲=倒れたら負け」までのバリエーションがある。

全くの想像ですがローマの闘技会も、もとはと言えば戦争捕虜同士を戦わせて楽しむ程度のものではなかったのでしょうか。それが剣を使うようになり、次には殺してもよいことになり、さらには敗者が殺されるようになり、猛獣とも戦うようになりと、そういう風に文化が "発展" してきた。生物学的な歯止めがない人間はどこまでもエスカレートしていく(ことがある)。その文化の中で生まれてからずっと生活していると、別に何とも思わない。世界中のほとんとの地域はそういう "発展" はしなかったが、古代ローマは(たまたま)そういう経緯をたどったのではないでしょうか。

古代ローマ史の闘技会で思うのは、人間社会は「何でもアリ」だということです。だからこそ「何でもアリではない社会」を構成するための "文化的装置" を作る努力が必要なのでしょう。「人間は生まれながらにして基本的人権をもつ」という近代国家ではあたりまえのコンセプトも、実は、生まれながらに持っているものや行動規範が無いからこそ「人権」というものを仮想し、それをベースに社会の体系を作ろうとする(作ってきた)人間社会の努力だと考えられます。そして、その努力は大切なものだということを思いました。




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