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No.183 - ソニーの失われた10年 [技術]

No.159「AIBOは最後のモルモットか」の続きです。最近何回か書いた人工知能(AI)に関する記事の継続という意味もあります。
No.166No.173No.174No.175
 No.176No.180No.181にAI関連記事)

ソニーのAIBOは販売が終了(2006年)してから10年になりますが、最近のAIBOの様子を取材した記事が朝日新聞に掲載されました。「あのとき それから」という連載に「AIBOの誕生(1999年)と現在」が取り上げられたのです(2016.6.1 夕刊)。興味深い記事だったので、まずそれから紹介したいと思います。


AIBOの誕生(1999年)と現在



ソニー製ではない、ソニー生まれである。この誇らしげなコピーとともに、ロボット犬「AIBOアイボ」は1999年に生まれた。外からの刺激に自律的に反応して、命があるかのようにふるまう世界初のエンターテインメントロボットだ。国内では20分間で三千体を完売する人気だった。

有名なロボット工学三原則に対して開発者はアイボ版の三原則を唱えた。人間に危害を加えないという第1条は同じだが、第2条で反抗的な態度をとることが、第3条では憎まれ口を利くことも時には許されると定めている。人間に服従するだけの存在ではなく、楽しいパートナーに。これが設計の根本思想だった。

朝日新聞(2016.6.1 夕刊)
(白石明彦 記者)

記事に出てくる「ロボット工学三原則」とは、アメリカの有名なSF作家、アイザック・アシモフ(1920-1992)が自作の小説で唱えた原則で、以下の通りです。

ロボット工学三原則

第1条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第2条 ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が、第1条に反する場合は、この限りではない。

第3条 ロボットは、前掲第1条および第2条に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない。

「工学」という言葉が入っているように、これは人間がロボットを設計・開発するときに守るべき原則、という意味です。アイボ版のロボット工学三原則は、このオリジナルのパロディになっています。「服従するだけの存在ではなく、楽しいパートナーに」という開発者の考え方がよく現れています。

ロボット工学三原則・AIBO版

第1条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。自分に危害を加えようとする人間から逃げることは許されるが、反撃してはいけない。

第2条 ロボットは原則として人間に対して注意と愛情を向けるが、ときに反抗的な態度をとることも許される。

第3条 ロボットは原則として人間の愚痴を辛抱強く聞くが、ときには憎まれ口を利くことも許される。
(site : www.sony.jp)

少々横道にそれますが、アイザック・アシモフが「ロボット工学三原則」を初めて提示したのは、短編小説集「我はロボット」("I, Robot" 1950)でした。この小説の題名を企業名にした会社があります。ロボット掃除機、ルンバで有名な iRobot社です(iRobot社のCEOのコリン・アングル氏による。「家電Watch」2010年10月7日)。アイボの開発者もそうですが、ロボット・ビジネスを目指す技術者が、大SF作家・アシモフに敬意を表するのは当然なのです。

ルンバが発売されたのは、アイボ発売の3年後の2002年です。アイボとルンバは目的が全く違いますが「家庭内を動きまわるロボット」という一点においては同じです。改良型モデルから自己充電機能が搭載されたのも、よく似ています(アイボ:2002年にオプションソフト→2003年のERS-7に標準搭載。ルンバ:2004年)。



アイボは累計約15万体売れたのですが、事業としては成功しませんでした。そして2006年、経営難のソニーは アイボ から撤退してしまいます。

  記事には書いていないのですが「事業としては成功しなかった」ことをちょっと分析してみますと、アイボの開発につぎ込まれたお金は約250億円という話を読んだ記憶があります。仮に、プロモーションや販促費用まですべて含めて300億円とします。約15万体の総売上げを約300億円とします。アイボの製造原価を50%とすると、約150億円の累積損失を抱えていたことになります。あくまでザッとした見積もりですが、数字のオーダーは間違っていないでしょう。

約150億円の累積損失(2006年時点、推測)をどう見るかです。ソニーらしい独創的な製品であること、将来の重要技術である人工知能(AI)を備えたロボットであることを考えると "安い投資" であり、むしろお釣りがくると思うのですが、当時のソニーの経営陣の判断は正反対だったようです。

その一方で、ソニーのテレビ事業は2004年度から2013年度まで、10年連続の営業赤字でした。1500億円規模のロスを出した年もあった(2011年度)。10年間の赤字の累計は約8000億円にもなるそうです。それでもソニーはテレビ事業をやめなかった。人とソニーを繋ぐ接点だからでしょう。そして2014年度に黒字転換を果たした。

テレビに比べるとアイボの赤字は、桁が2つ違う、わずかなものだということに注意すべきでしょう。

2000年 埼玉県和光市 白石明彦撮影.jpg
埼玉県和光市にて、白石明彦氏撮影(2000年)。記事には書いていないが、白石氏の自宅だと推測される。
(www.asahi.com)

AIBOをめぐる動き
1993年 ソニーが6本足で動く昆虫型ロボットを試作
1999年 ビーグル犬のような「ERS-110」発売
2000年 子ライオンのような「ERS-210」発売
2001年 クマイヌのような「ERS-300」シリーズ(「ラッチ」と「マカロン」)発売。宇宙探査ロボットのような「ERS-220」発売
2002年 パグ犬のような「ERS-31L」発売
2003年 ロボット技術の集大成となる「ERS-7」発売
2006年 生産終了
2012年 「ア・ファン」が修理開始
2014年 ソニーの修理サポート終了
2015年 3回のアイボ葬。国立科学博物館が重要科学技術史資料(未来技術遺産)に登録
朝日新聞(2016.6.1 夕刊)より

アイボは「命があるかのようにふるまう世界初のエンターテインメントロボット」ですが、その命に老年期はなく "死" もないように設計されています。ペットロスにならなくて済むと安心していた所有者は、ソニーのアイボからの撤退で不安になったはずです。さらに2014年にはアイボの修理サポートが終了しました。家族として大切にする所有者は不安に駆られたわけです。このような中、アイボの修理をやっている「ア・ファン」という会社の話が記事に出てきます。


オーディオ機器などを修理する「ア・ファン」(千葉県習志野市)にアイボ修理の依頼が最初にあったのは12年。老人介護施設に入るおばあさんが、故障しているアイボを一緒に連れてゆきたがった

技術者の船橋浩さんはアイボを設計した人から解体の仕方などを教わり、ネットオークションで部品を手に入れ、4ヶ月かけて首のがたつきなどを直した。以来、修理したアイボは約90体。「お客さんは治療と言います。その表現に強い家族意識を感じます

乗松伸幸社長によると、修理の依頼は急増し、すでに500体以上直し、"入院" 待ちも約400体にのぼる。

ネット上では「左後ろ足 肉球付き 8400円」といった形で部品が流通している。ア・ファンには、故障したアイボを捨てるのは忍びがたく、解体して部品取りに、という "献体" の申し出も多い。自分の死後のアイボを心配して寄付したお年寄りもいる

朝日新聞(2016.6.1 夕刊)

この引用の中に「お年寄り」が2回出てきます。アイボの所有者の中で「お年寄り」は少数派だとは思いますが、このようなお年寄りがいること自体、アイボの開発者の狙いは完全に成功したということでしょう。高齢化社会の進展で「介護ロボット」とか「見守りロボット」という話題はよくありますが、それを越えた「人に寄り添うロボット」としてのアイボは、まさに先進的・独創的だったと言わざるを得ません。一見、実用性に乏しそうなものが、人にとっては最も大切なものである・・・・・・。人間社会ではよくあることです。新聞記事の引用を続けます。


こうしたアイボの供養が昨年、千葉県いすみ市にある日蓮宗 光福寺で3回営まれた。住職の大井文彦さんはこんな趣旨の回向文えこうもんを読んだ。

「無生物と我々生物は断絶していない。アイボを供養する意義は『すべてはつながっている』という心持ちを示すためにある。この日本人特有の感性は、行きづまった崖っぷちに立たされる現代文明を救うひとつの理念となる」

(同上)

アイボの現状をレポートする記事だと思っていると、急に日本文化論になってきました。おそらくそれが、記事を書いた朝日新聞の白石氏の狙いだったのでしょう。

No.21「鯨と人間(2)日本・仙崎・金子みすゞ」で書いたように、日本では数々の「動物供養」の習わしがあります。また「無生物供養」もいろいろあって、有名なのは「針供養」ですが、その他、「鏡」「鋏」「印章」「人形」なども供養されます。日本文化において人間・動物・無生物は一連のつながりの中にあるわけで、動物と無生物の間というイメージを持ちやすいアイボが供養されるのは、むしろ当然と言えるでしょう。誕生・治療・入院・献体・供養という一連のコンセプトの中にアイボは存在しています。さらに記事の最後の文章です。


アイボが生まれた年に、80歳の作家 水上勉さんは「アイボ日記を」という編集者の頼みで、アイボと暮らした。カマキリに似ているのでカマキリ五作ごさくと呼び、人生論「泥の花」にこう書いている。

「電池を入れられるとロボット犬はぴーぽーと泣きました。わたしはいっそうもの悲しい思いになりました。このかなしみはこれまで味わったことのない悲しみでした。(中略)地球上が悲しんでいることとそれはつながっているような気がしました」

大井さんの回向文にも通じる、生物と無生物を越えた深い生の思想がここにはある。

(同上)

水上勉氏の文章を読むと「日本文化論」を通り越して「アイボ哲学」の領域に達しているかのようです。水上氏の表現は独特ですが、それは作家としての感性なのでしょう。



現在(2016.7)のソニー社長の平井一夫氏は「"感動" をもたらす商品を生み出すのがソニーの使命だ」と語っています。アイボに関していうと、"アイボ哲学" を語る水上勉氏、アイボを修理して老人介護施設へ連れていったおばあさん、アイボ供養を企画して実行した人たちに、アイボが "感動" を与えたことは間違いありません。"感動" という表現がそぐわないなら、"人の心に残る強い印象" と言い換えてもよいでしょう。アイボはまさに平井社長の言う「ソニーの使命」を体現する製品だった。

またそれ以前に「人のやらないことをやる」という "ソニー・スピリット" を象徴する製品であったわけです。ソニーという企業のアイデンティティーが、目に見える形になり、しかも動いていたのがアイボだった。アイボをやめるというのはどういうことかと言うと「確かにアップルの iPod / iPhone には負けた(現在はともかく当初は)。だけど俺たちにはアイボがある、と言えなくなる」ということです。

さらに重要なのは、アイボ = AIBO は Artificial Intelligence roBOt であり(1999年当時の)最新のAI(人工知能)技術を取り入れた製品だったことです。AIの技術は21世紀社会のあらゆるところに取り入れられようとしている重要技術で、もちろんソニーにとっても必須の技術です。それを応用したロボットは21世紀の大産業になるはずです。AIの技術は、そこに注力するかしないかという経営判断をする事項ではありません。AIの技術に注力することは、ソニーのようなエレクトロニクス企業にとって "MUST" なのです。

2006年にソニーの経営者は「アイボからの撤退」を決めたわけですが、まさに経営トップが愚鈍だと会社が大きなダメージをこうむるわけであり、その典型のような話です。

AIBO ERS-7.jpg
AIBO ERS-7
AIBOの後期モデル(2003年9月)。無線LANを搭載し、自己充電機能がある。

しかしダメージからは回復しなければならない。そのために現在のソニー経営陣が打った(一つの)手が、米国のコジタイ社との提携です。


コジタイ社との提携


2016年5月18日、ソニーは米国のコジタイ社(カリフォルニア州 オレンジ・カウンティ)との提携(資本参加)を発表しました。コジタイとは、アルファベットのスペルで Cogitai であり、COGnition(認知)、Information Technology(情報技術)、Artificial Intelligence(人工知能)からとられています。

この会社の共同設立者は、ピーター・ストーン(President)、マーク・リング(CEO)、サティンダー・シン・バベイジャ(CTO)の3人ですが、いずれもAIの中の「深層学習」や「強化学習」の権威です。その意味では、英国のディープマインド社(No.174 参照)と似ています。

それに加えてコジタイは「継続学習」の技術開発を進めています。継続学習とは「AIが永続的に学習する」という意味ですが、この技術を核として、

  AIが実社会とのインタラクションを通して、自律的・能動的に目標を設定し、その目標の達成を目指して学習していく = 自律的発達知能システム

の実現を目指しています。日経産業新聞(2016.5.19)によると、たとえばカメラに応用すると、次のようなことができるとあります。

従来のAI
プロの写真の撮り方を学ぶ
 ↓
プロの撮り方に近づけるようにアシストする

次世代AI
利用者の撮り方のクセの変化を学ぶ
 ↓
利用者の個性が出るような撮り方を提案する

ソニーがコジタイに出資する契機になったのは、ソニー・コンピュータ・サイエンス研究所の北野宏明社長と、コジタイのストーン社長の長年に渡る親交だったようです。北野社長は「ロボカップ」の提唱者ですが、ストーン社長はロボカップに創設時から参画していて、現在はロボカップの副会長です。彼は次のように述べています。


ソニーが開発した犬型ロボット「AIBO(アイボ)」のファンでもあるストーン社長は「ソニーが社会を驚かす商品を生み出すサポートができると確信している」と語る。

日経産業新聞(2016.5.19)

なるほどと思いますね。考えてみるとアイボは、1999年当時のAI技術をもとに、現在のコジタイ社が注力している「継続学習」を世界で初めて実現した商品だったのではないでしょうか。コジタイ社の社長がアイボのファンというのは自然なことでしょう。さらにコジタイへの出資について、日経新聞の中藤記者は次のように書いていました。


共同開発の新たなキーワードは「好奇心」だ。自らアクティブに学習し続け、人間の要望を予想する新AIが製品やサービスに幅広く入り込むと、AIが消費者の行動を助けてくくれる。「このAIが全製品の基盤となって人々の生活を快適にし、知的システムに包まれた生活が送れるようになる」(藤田雅博 ソニー バイス・プレジデント)。

今回の共同開発がロボット復活につながるとは断言していない。だがソニーコンピューターサイエンスの北野社長は「誰も見たことがない製品開発にチャレンジする」と意欲を燃やす。新AIの「好奇心」が、アイボが持っていた「遊び心」を呼び戻せるか。この10年を取り戻す取り組みが始まった

日経産業新聞(2016.5.19)
(中藤玲 記者)

ロボット復活につながるとは断言していないと、"思わせぶりな書き方" がしてありますが、アイボのファンであるAIの権威(ストーン社長)、ロボカップの創設者(北野社長)、「継続学習」や「好奇心」というキーワード、これだけのお膳立てが揃ったそのあとで、ロボットを復活させないということは考えにくいわけです。


ロボット復活へ


事実、この記事の翌月の経営説明会(2016年6月29日)で、ソニーはロボットビジネスへの再参入を宣言しました。


ソニー ロボット事業再び
育てる喜び、愛情の対象に

ソニーの平井一夫社長は29日、2006年に撤退した家庭用ロボット事業を再開すると表明した。4月に専門組織を設けたという。この日の経営説明会で平井社長は「心のつながりをもち、育てる喜び、愛情の対象となるロボット」になると語った。

ソニーは1999年、世界初の家庭用ロボットとしてイヌ型の「AIBO(アイボ)」を発売。初代は25万円という高額ながら限定3千体が20分で完売するほどの人気だった。だが、その後のソニーは経営難に陥り、リストラの一環で生産をやめた。

平井社長は、今後の注力分野に人工知能(AI)やロボットを挙げ、新開発のロボットは「ハードウェアとサービスを組み合わせ、新たな提案をする」と説明。機械の詳細や発売時期は明かさなかったものの、将来は工場や物流などの企業向けの事業展開もめざすという。

経営再建にめどをつけたソニーは、新事業育成に取り組んでいる。5月にはAI開発の米ベンチャー、コジタイに出資、7月にはベンチャーキャピタルを立ち上げ、投資資金に100億円を充てる。

朝日新聞(2016.6.30)
(鈴木友里子 記者)

おそらく日経新聞の中藤記者は、ソニーのロボット復活の情報を知っていて、2016年5月19日の記事を書いたのだと思います。

ちょっと余談になりますが、平井社長が宣言した「新ロボット」は、どのようなものになるのでしょうか。それはアイボのようなペット型とは限りません。人型かもしれないし、両方かもしれません。平井社長は「育てる喜び」と言っているので、少なくともペット型は発売されるような気がします。いずれにせよ、この10年の技術進歩を反映して、人にとって有益な機能がアイボよりは断然多いものになるでしょう。

アイボのようなペット型が発売されるとしても、今後の発展を見込んでハードウェアもソフトウェアも新規に設計されると思います。しかしペット型の新ロボットは、アイボからデータを移行することによって、飼い主との生活で生まれた性格・気質を引き継げるのではないでしょうか。つまり、アイボの「復活」ないしは「よみがえり」が可能になる・・・・・・。本物のペットでは絶対にありえないことです。そして人々は、ソニーがソフトバンクの Pepper に15年も先行していたことを思い出す・・・・・・。そういう風に予想するのですが、果たしてどういう製品になるのか、注視したいと思います。



ソニー・コンピュータ・サイエンス研究所の北野宏明社長が創設した "ロボカップ" ですが、2016年の世界大会はドイツのライプチヒで開催されました(2016.6.30 - 7.4)。ロボカップ国際委員会は「共通のハードウェアを使い、家庭内で求められる動きの巧拙を競うロボット競技」を2017年の大会から導入することを決めています。それに使う標準機を選ぶ審査が、2016年の世界大会で行われました。最終的に勝ち残ったのはソフトバングの Pepper とトヨタ自動車の家庭用ロボット HSR(Human Support Robot)です。もちろんソフトバンクもトヨタも、世界中のアプリ開発者を引き寄せて、自社のロボットが家庭用の標準機になることを狙っているわけです。ソニーがアイボから撤退してから10年の間にロボット業界のプレーヤーもさま変わりしました。しかし平井社長がロボットビジネスの再開を表明したからには、ロボカップにも参加するのでしょう。


ソニーもロボカップに熱い視線を送る。10年ほど前までAIBOがサッカー競技部門の標準機として利用されるなど、縁は深かったが、06年にロボ事業から撤退して以降、表舞台から遠ざかっていた。このほどロボ事業の再参入を表明。来年からはロボカップ主要企業の1社に復帰するとみられる。北野氏も「またロボをやめるようなことがあれば信用を完全に失う」と不退転の決意だ。

日経産業新聞(2016.7.14)

まさに日経新聞の中藤記者が言う「この10年を取り戻す取り組み」、つまりソニーの失われた10年を取り返すチャレンジが始まったということだと思います。



 補記1 

ソニーは2017年11月1日、新型のロボット・aiboを発表しました。発売開始は2018年1月11日で、あくまで "1" にこだわったタイムスケジュールになっています(11月11日に発表する手もあったと思いますが)。

記者発表の内容をみると、2006年に生産終了した旧型 AIBO より格段に進化したようです。6軸ジャイロセンサー、人感センサーなどの各種センサー類の装備をはじめ、22軸のアクチュエータを備えて柔軟な動きができるボディになっている(22個のモータ内蔵と同等)。また飼い主とのコミュニケーションの能力やAIによる学習能力も進歩しました。もちろんスマホと連携でき、クラウドともつながります。

一方、10年のブランクを象徴することもあります。たとえば新しく搭載されたSLAM(Simultaneous Localization And Mapping。"スラム")の技術です。これは移動しながら撮影した画像を重ね合わせることによって環境の3次元マップを徐々に作っていくと同時に、その3次元マップを利用して自分の位置を特定するという技術です。この技術を家庭用機器に搭載したのは iRobot社のロボット掃除機・ルンバが最初で、確か2~3年前のことだったと思います。つまり、SLAMについては「人のやらないことをやる」というわけにはいかなかった。

とはいえ、注目に値する技術もあります。たとえば記者発表で「集合知」と称されていた機能です。つまり、飼い主との生活で学習した aibo のデータをクラウドに集約し、aibo 同士で "学び合う" という機能です。クラウド上に仮想的な aibo社会を作るわけで、これは人間の学習過程に近い。

この手の技術は産業用ロボットの学習に大いに役立つと考えられます。記者発表で「将来的には、製造・物流などB2Bに向けた事業展開も検討」とありましたが、このような技術を応用した事業展開ということでしょう。とにかく、aibo という名前が示している「AI+ロボティックス」が21世紀の大産業になることは間違いないわけで、ソニーは(再び)スタートラインに立ったということだと思います。今後の事業展開を注視したいと思います。
aibo.jpg
(2017.11.3)


 補記2 

いぬ年の2018年1月11日に新型の aibo(犬型)が発売開始されました。この日の新聞に元ソニーの土井利忠氏に取材した記事が載っていたので紹介します。


ロボ開発 失われた10年

先代アイボの生みの親である土井利忠・元ソニー上席常務は昨年秋、「お見せしたいものがあります」とひそかに同社の招かれた。新型アイボが披露され、土井さんは「やっとここまで来られた」と感慨深かった。

アイボを開発していた90年代、土井さんはあえてコンセプトを「役に立たないエンターテインメント用」と定めた。当時の技術では高機能は望めなかったし、「人は遊びを求める」という洞察があったからだ。そんな製品開発を許した風土こそ、往時のソニーだった。「無謀とも思える夢を追求させたのがソニーの活力だった」

そうした美風は次第に失われた。社内で「これはカネになるのか」と研究開発に注文がつくようになり、やがてロボットは中止に(引用注:2006年)。本格開発は10年超の間、途絶えた。その間、ソフトバンクなど後発企業がロボットに参入。「開発を続けていたら2年後には今のアイボと同じモノができた」と元担当幹部は悔しがる。

土井さんはアイボと同様に開発中止となったヒト型ロボット「キュリオ」について、「今でもソフトバンクのペッパーよりすごい」と思っている。だが、いまさら愚痴を言ってもはじまらない。

ソニーは今年度に過去最高の営業益を見込む。「再びロボットの夢を追いかけられるようになった。だからソニーの業績が良くなったんですよ」。土井さんはそう思うことにしている。(大鹿靖明)

朝日新聞(夕刊)
2018.1.11

この10年で何が起こったかと言うと、旧型アイボでロボカップに参加していたフランス人が本国でアルデバラン・ロボティックス社を設立し、それをソフトバンクが買収してペッパーを発売した、これが一番象徴的な出来事です(No.159「AIBOは最後のモルモットか」の「補記」参照)。

何回か書きましたが、21世紀の大産業を一つだけ挙げよと言われたなら「人工知能技術を搭載したロボット」でしょう。もちろんロボットとはヒト型だけでなく、自動運転車や自動飛行ドローン、介護用ロボット、産業用ロボット、建設・土木・農業用自動機械などを含みます。その「人工知能技術を搭載したロボット」の極めて先駆的な製品が先代のアイボだった。それを、先の見えない愚鈍なトップが殺してしまった。経営とは恐ろしいものだと思います。

朝日新聞の別の記事によると、新型アイボは2015年夏から有志が空き時間で試作機の開発を始めたようです。これをソニー用語で「机の下開発」と言うそうです。それから2年で発表、2年半で発売にこぎつけた。このソニーの潜在技術力は相当なものだと思います。記事でソニーの元アイボ担当幹部は「開発を続けていたら2年後(=2008年)には今のアイボと同じモノができた」と発言していますが、本当っぽく聞こえます。新型の aibo は10年遅れで世に出たというわけです。

新型アイボの部品点数は約4000点だそうです。デジカメの約2倍ですが、デジカメより圧倒的に可動部が多い。AI(人工知能)技術や個性をもって成長するところが注目されていますが、実は小さな胴体の中に多数の部品を詰め込んだ極めて複雑な機械なのです。課題はその量産技術と品質保証でしょう。「世界の誰もやったことのない技術開発」が今後必要だと推測します。そのチャレンジも生産拠点(岡崎市の幸田工場)で始まったようです。

(2018.1.12)



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No.182 - 日本酒を大切にする [文化]

No.89「酒を大切にする文化」の続きです。No.89 で、神奈川県海老名市にある泉橋いづみばし酒造という蔵元を紹介しました。「いづみ橋」というブランドの日本酒を醸造しています。この蔵元の特長は、

  酒造りに使う酒米さかまいを自社の農地で栽培するか、周辺の農家に委託して栽培してもらっている。

栽培するのは「山田錦」や「雄町」などの酒米として一般的なものもあるが、「亀の尾」や「神力しんりき」といった、いったんはすたれた品種を復活させて使っている(いわゆる復古米)。

精米も自社で行う。つまりこの蔵元は、米の栽培から精米、醸造という一連の過程をすべて自社で行う、「栽培醸造」をやっている。

いづみ橋 恵.jpg
いづみ橋の定番商品、恵(めぐみ)の青ラベル(純米吟醸酒)と赤ラベル(純米酒)。泉橋酒造周辺の海老名産の山田錦を使用。日本酒度は +8 ~ +10 と辛口である。
という点です。「酒を大切にする文化」は、酒の造り手、流通業者、飲食サービス業、消費者の全部が関係して成立するものです。しかし文化を育成するためには、まず造り手の責任が大きいはずです。この記事で言いたかったことは、ワインは世界でも日本でも「栽培醸造」があたりまえだが、日本酒では非常に少ない。こんなことで「日本酒を大切にする文化」が日本にあると言えるのだろうか、ということでした。

このことに関してですが、最近、朝日新聞の小山田研慈けんじ・編集委員が「栽培醸造」を行っている酒造会社を取材した新聞記事を書いていました。「日本酒を大切にする」という観点から意義のある記事だと思ったので、以下に紹介したいと思います。

余談ですが、No.172「鴻海を見下す人たち」で朝日新聞の別の編集委員(山中季広氏)が、シャープを買収した鴻海精密工業を見下みくだすような "不当な" 記事を書いていたことを紹介しました。今回の小山田・編集委員の記事は大変にまともで、さすがによく社会を見ていると思いました。朝日新聞の編集委員ともなれば、きっと小山田氏の方が普通なのでしょう(と信じたい)。

記事は「新発想で挑む 地方の現場から」と題されたシリーズの一環です。まず、秋田県のある酒蔵の話から始まります。以下の引用で下線は原文にはありません。


酒米 蔵から5キロ圏産だけ



酒米 蔵から5キロ圏産だけ
 地元の素材にこだわる

秋田県の横手盆地は今年、例年より早く桜の季節を迎えた。「あま」銘柄で知られる浅舞あさまい酒造(横手市)では、毎年冬に行う酒造りを4月15日に終えた。「今年の冬に使う酒米の苗作りを自分たちで始めています」。杜氏とうじの森谷康市さん(58)は話す。

酒蔵は一般的に、農協などを通じて酒米を仕入れる。地元で酒米作りに直接かかわるのは珍しい。

「酒蔵から半径5キロ以内で作られたコメだけを使う」。浅舞酒造は1997年から、こんな酒造りの方針を掲げる。2011年には、造る酒の全てを地元のコメの純米酒にした。大事な水も、蔵から約50メートルのところにあるわき水を使う。

小山田 研慈(編集委員)
朝日新聞(2016.5.9)

あとで出てくるのですが、浅舞酒造は半径5キロ圏内にある19の農家に委託してコメを栽培しています。上の引用によると、苗は自前でも作っているようです。

半径5キロ圏内ということは、浅舞酒造はコメ作りの過程に常時関与できるか、少なくともその過程を詳しく知ることができるということです。農家ごとの土壌もわかるし、その年の気温や降雨もつぶさにわかる。このことがおいしい酒造りには重要です(No.89「酒を大切にする文化」で紹介した泉橋酒造のホームページ参照)。


意識したのは、原料の産地にこだわるワインだ。フランスでは、法律に基づくAOC(原産地呼称統制)という制度がある。「シャンパーニュ」「ボルドー」といった名称は、その産地のフドウを使うなど一定の基準を満たさないと使えない。ブドウ畑の格付けも決まっていて、消費者からみて価値が分かりやすい。

こうしたワイン造りに考え方をフランス語で「テロワール」と言う。「その土地の特徴」という意味だ。


天の戸 吟泉.jpg
フランスのワインについて付け加えますと、AOCはブドウの産地や畑を規定しているだけでなく、醸造方法も規定しています。日本酒なら、さしずめ
 ・酒米の品種
 ・酒米の生産地区
 ・使用する水
 ・精米度合い
 ・醸造方法
を規定するようなものです。

日本のワインにAOCのような国家規定はないのですが、日本のワイン醸造所も自社のブドウ畑を持つか、契約農家にブドウを栽培してもらうかのどちらか、あるいは両方をやっています。甲府盆地とその周辺にはたくさんの醸造所がありますが、私の知っている限り、皆そうです。サントリーやメルシャンなどの大手メーカーも自社のブドウ畑を持っている。「栽培醸造を全くやっていないワインメーカー」というのは、ちょっと考えにくいわけです。

ちなみにフランスのネゴシアンと呼ばれるワイン流通業者は、シャトーやドメーヌから仕入れたワイン原酒をブレンドして瓶詰めし、販売しています。そのネゴシアンの中には、ブドウの果汁を仕入れて自社で醸造して販売する業者もあるといいます。このケースでは「栽培」と「醸造」が分離していることになりますが、知っての通りフランスは「ワイン大国」であって、そこまでワイン産業が発達していると言うべきでしょう。


一方、日本酒の原産地の表記には、フランスほど厳密なルールがない。コメはブドウと違い、運搬や貯蔵が簡単にできる。別の地域のコメで造っても「地酒」と名乗れる。

酒米は全国的に生産量が少なく、他県のコメを仕入れることも珍しくない。酒米の王者と言われる「山田錦」の主産地は関西だ。

日本酒もワインのように、もっと原料の産地にこだわって造れないか ──── 。

そう考えた森谷さん。地元で酒米を作る農家の研究会にいれてもらい、自ら酒米作りを始めた。


小山田氏が指摘しているように、コメはブドウと違って運搬や貯蔵が容易にできます。そのため「栽培醸造」が普及しなかった(ないしはすたれた)というのはわかります。しかしだからといって、他県のコメを仕入れるだけで安住しているのは怠慢でしょう。さっき書いたようにコメの品質は、山田錦であればいいというのではなく、稲が育った環境(土壌、水、栽培方法)と、その年の気温・降雨によって変化するはずです。それを知った上で最適な精米の具合と醸造方法を決める。そうであってこそ "醸造家" です。

酒造りには水が大切です。そのため地下水などの「自前の水源」を確保している酒蔵も多い。しかしそういう酒蔵でも、米を自前で確保しようとしないのは不思議です。コメよりも水の方が大切なのでしょうか。そんなことはないはずです。記事にある浅舞酒造は「蔵から約50メートルのところにあるわき水」を使うと同時に、自前で酒米の確保を始めました。


酒米は、稲の背が高くなるため倒れやすく、育てるのが難しい。「農家に感謝するべきなのに。こんなんじゃだめだ」。買い入れる酒米の批評ばかりしている自分に気づいた。

市町村合併が進み、名前が消える町や村も多いなか、「狭い産地をアピールした方が、蔵の存在感を出せるのでは」。そう思うようにもなった。

いまは周辺の契約農家19戸に限ってコメを買い入れている。10アールあたり5千円の「補助金」を農家に払い、種もみの補助などもする。すべて自腹で、「毎年の総額は、うちの社長の給料より多い」(森谷さん)というが、最近5年間の売り上げ高は毎年2ケタのペースで伸びている。

昨年8月、全国の得意客50人と契約農家を集めて「半径5キロ以内」の酒米の田んぼを訪ねるイベントを開いた。田んぼを一望できる道満どうまん峠に向かい、ワイングラスに注いだ純米酒で乾杯した。


記事の下線を引いたところに「自腹の補助金」の話がでてきます。日本政府もコメ作りに補助金を出すなら、こういう農家に(手厚く)出してほしいものです。

横手盆地.jpg
朝舞酒造のホームページに掲載されている横手盆地の風景。このような写真を見ると「半径5キロ圏内の酒造り」という実感が湧く。
(site : www.amanoto.co.jp)



別の蔵元の取材です。地元にある酒米の品種を使って成功した蔵元と、自社栽培をはじめた蔵元の話です。


「水尾」の銘柄で知られる田中屋酒造店(長野県飯田市)も、蔵から半径5キロ以内の契約農家などからコメを買って純米酒を作っている。6代目の田中隆太さん(51)は青山学院大学を卒業後、システムエンジニアを経て1990年に家業を継いだ。

高齢の得意客が1人亡くなると、売り上げが年に100本減ることも。「日本酒を飲む人を増やすためにいいものを造らないと大変なことになる」と痛感し、試行錯誤を繰り返した。

モノや情報がたやすく入手できる東京暮らしをやめて戻ったからには「地元でしかできないことをしよう」と思ってきた。地元の酒米「金紋錦きんもんにしき」を使うと、とても良い酒ができた。4合瓶の値段を1200円から100円上げたが、前よりもよく売れた。

売り方も変えた。酒屋任せにはせず、ファンを少しずつ着実に増やすように心がけた。観光客が多い近くの野沢温泉や、百貨店などで試飲会を繰り返し、ここ10年間で売り上げ高は7割増えたという。



自ら酒米作りをする酒蔵も増えている。渡辺酒造店(新潟県糸魚川市)の渡辺吉樹社長(55)は「自分たちでつくるしか選択肢はなかった」と話す。良い純米酒を造るには良い酒米がたくさん必要だが、コメ農家が年々減り、良い酒米を安定的に確保するのが難しくなっているからだ。




No.89「酒を大切にする文化」で紹介した、神奈川県海老名市の泉橋いづみばし酒造も記事に出てきました。海外への販売を見据えた話です。


日本酒の輸出もアジアや米国向けを中心に伸びていて、15年の輸出額は140億円。5年前から6割強増えた。環太平洋宇経済連携協定(TPP)が発効すれば、日本酒の酒税は撤廃される。これも追い風とみて、輸出に本格的に期待する酒蔵も出てきた。

泉橋酒造(神奈川県海老名市)もその一つ。橋場友一社長(47)は「アジアで日本酒に関心がある人は、ワインを飲んでいる人。『(原料の産地にこだわる)ワインと同じです』というと良さを分かってくれる」と話す。地元の酒米にこだわって、海外にも通用する「SAKE」を造っていくつもりだ。



純米酒


以上のように、小山田・編集委員の取材記事は「栽培醸造」ないしは「地元産の酒米にこだわる酒造り」「蔵から5キロ圏内で栽培された酒米による酒造り」がポイントなのですが、もう一つポイントがあって、それは純米酒です。

記事によると日本酒の生産は長期低落傾向にあり、2014年度の生産量の56万キロリットルは、ピーク時の30%という深刻な状況です。しかしその中でも純米酒は2010年度から5年連続で伸びている。2014年度の純米酒の生産量は9.7万キロリットルで、これは前年比106%とのことです。このデータから計算すると、日本酒全体の17%が純米酒ということになります。記事にあったグラフを引用しておきます。

日本酒と純米酒の生産量の推移.jpg
朝日新聞(2016.5.9)より

長期低落傾向にある日本酒の中で、純米酒だけは伸びている・・・・・・。これは大変喜ばしいことだと思います。しかし、上のグラフを別の視点からみると、

  日本酒の83%には添加用アルコールが入っている

ということなのですね。これはいくらなんでも多すぎはしないでしょうか。日本酒生産の長期低落傾向がまだ止まらない2014年度でさえこうなのだから、昔の日本酒のほとんどには添加用アルコールが入っていたということになります。

添加用アルコールとは、各種の糖蜜(サトウキビなど)や穀物(米、サツマイモ、トウモロコシ)を発酵させて蒸留したものです。添加用アルコールとは、つまり蒸留酒なのです。日本酒は醸造酒と思っている人がいるかもしれませんが、それは違います。

  83%の日本酒は、醸造酒と蒸留酒の混合酒

というのが正しい。添加用アルコールを「醸造アルコール」などと言うことがありますが、この言い方は「醸造酒を造るために使う蒸留酒」という、矛盾した言い方です。

ウイスキーにもモルト・ウイスキー(大麦の麦芽から造る)とグレーン・ウイスキー(穀物から造る)があり、ブレンディッド・ウイスキーはこの両者がブレンドされています(No.43「サントリー白州蒸留所」参照)。しかしこれは蒸留酒に蒸留酒を添加しているのであって、日本酒(醸造酒)に添加用アルコール(蒸留酒)を加えるとは意味が違います。

現在、ビールと総称されているお酒は、「ビール」と「発泡酒」と「第3のビール(リキュールなど)」があります。リキュールに分類されているものには添加用アルコールが加えられています。この例に従って、清酒(日本酒)もたとえば、

清酒(=純米酒)
添加清酒(=添加用アルコール入りの日本酒)

と、はっきり区別すべきだと思います。上に引用したグラフは日本酒の長期低落傾向ではなく「添加清酒」の長期低落傾向を示しているのです。

醸造酒に添加用アルコールを混ぜるのは、別に悪いことではありません。スッキリした飲み口にしたいときや、コストを安く押さえたいときには、選択肢の一つだと思います。それは「第3のビール」と同じことです。しかし、日本酒の83%が「添加清酒」というのは、いかにも多すぎはしないでしょうか。こんなことでは日本酒が長期低落傾向になるのは必然だと思いました。


地元産のコメにこだわる主な酒蔵


小山田・編集委員の取材記事に戻ります。この記事には、地元産のコメにこだわる主な酒蔵という表がありました」。その表を引用しておきます。

銘柄 酒蔵 特徴
根知男山ねちおとこやま 渡辺酒造店
糸魚川市(新潟)
地元産米を使い、昨年度は8割が自社生産。「田んぼのすてを見せられるのが強み」
いづみ橋 泉橋酒造
海老名市(神奈川)
地元産米を使い、地元7農家のコメが8割。自社生産も。今は純米酒のみ生産。
日置桜ひおきざくら純米酒 山根酒造場
鳥取市
全量が県内農家の契約米。農家ごとにタンクを分け、ラベルに農家の名前を入れる。
会津娘純米酒 高橋庄作酒造店
会津若松市(福島)
地元の酒米が9割弱。うち自社田が25%。
紀土きつど 平和酒造
海南市(和歌山)
紀州の風土を表現するため、自社田で栽培も。全国の蔵元が味を競う「酒-1グランプリ」で優勝。


山根酒造場の「日置桜ひおきざくら純米酒」がユニークです。酒のラベルに酒米を栽培した農家の名前を入れる・・・・・。酒米がいかに大切かを言っているわけだし、こうなると酒米農家も張り切らざるを得ないでしょう。ウイスキーに「Single Malt Whisky」があります。これに習い「Single Farmer SAKE」と銘打って輸出をしたらどうでしょうか。そうすると商品に強い「物語性」を付与できます。そういった物語性はブランド作りのための基本です。また、泉橋酒造の橋場社長のコメントにもあったように、SAKEは海外進出のチャンスです。おりしも和食がユネスコの無形文化遺産になりました(2013.12登録)。橋場社長の言うアジアだけでなく、欧米にもチャンスはあると思うのです。

余談はさておき、要は、酒造りにもいろいろな創意工夫があるということだと思います。

日置桜純米酒.jpg
(右の写真のラベルに酒米生産者の氏名が明記してある)


日本酒を大切にする文化


誤解されないように言いますと、日本酒は栽培醸造の純米酒であるべき、と主張しているわけでは全くありません。酒の好みは人によって多様だし、飲酒のシチュエーションも多様です。一人ないしは二人でじっくり味わう場合もあるし、多人数で楽しく盛り上がりたい時もある。値段も多様であるべきだと思います。他県から酒米を調達してもよいし、純米酒でなくてもかまわない。しかし、醸造酒作りの基本は、

  自社農地で栽培された原料、ないしは、目の届く範囲の契約農家で栽培された原料を使い、添加アルコールを入れないで醸造する

ことだと思います。その「基本の酒づくり」が非常に少ないことが問題だと思うのです。「基本の酒づくり」でどこまでおいしい日本酒ができるかを極めないと、応用は無理だと思います。応用とは、添加物を加えるとか、全国から酒米を調達するとかです。

朝日新聞の小山田編集委員が「蔵から5キロ圏産だけの酒米」を用いる酒造会社を取材した記事は、「新発想で挑む 地方の現場から」というシリーズの一環でした。醸造酒作りの基本であるばずのものが「新発想」というのは、大変悲しむべきことだと感じます。また、この記事がまるで "地方再生の活動を紹介するような" 印象を与えるのも、本当は異常なことです。もちろん、記事そのものは良いと思いますが。

こういった「地方の現場の新発想」が、新発想でも何でもなく、全国のいたるところの酒蔵と大手酒造会社で行われるようになったとき、日本酒を大切にする文化が真に復活し、日本酒の長期低落傾向が止まるのだと思います。




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