So-net無料ブログ作成

No.252 - Yes・Noと、はい・いいえ [文化]


言葉で認識し、言葉で思考する


このブログで今まで日本語と英語(ないしは外国語)の対比について何回か書いてきました。今回もそのテーマなのですが、本題に入る前に以前に書いたことを振り返ってみたいと思います。なぜ日本語と英語を対比させるのかです。

人間は言葉で外界を認識し、言葉で考え、言葉で感情や意見を述べています。我々にとってその言葉は日本語なので、日本語の特徴とか特質によって外界の認識が影響を受け、思考の方法にも影響が及ぶことが容易に想像できます。

それは単に影響するというレベルに留まらず、日本語によって外界の認識が制限され、思考方法も暗黙の制約を受けると思います。どんな言語でもそうだと思うので仕方がないのですが、我々としては言葉による束縛からのがれて、なるべく制限や制約なしに認識し、思い込みを排して自由に考えたいし、発想したい。

それには暗黙に我々を "支配" している日本語の特徴とか特質や "くせ" を知っておく必要があります。知るためには日本語だけを考えていてはだめで、日本語以外のもの = 外国語と対比する必要があります。日本人にとって(私にとって)一番身近な外国語は英語なので、必然的に英語と対比することになります。

英語(ないしは外国語)との対比ということで過去のブログを振り返ってみますと、まず語彙レベルの話がありました。

 蝶と蛾 

No.49「蝶と蛾は別の昆虫か」で書いたのですが、日本語(と英語)では蝶と蛾を区別しますが、ドイツ語では区別をせずに "シュメッタリンク"(=鱗翅類)と呼びます。フランス語でも "パピヨン"(=鱗翅類)です。そして「日本で蝶は好きだけれど蛾は嫌いという人が多いのは、蝶と蛾を言葉で区別するからではないか」と書きました。同じことをドイツ語で言うと「シュメッタリンクは好きだけれど、シュメッタリンクは嫌い」になり、それは非文(言葉として意味を成さない文)になります。人は、言葉として意味をなさない内容を考えることは難しいのです。

 食感を表す語彙 

No.108「UMAMIのちから」で書いたのは、料理や食材の「味」や「香り」を表現する日本語は少ないが「食感(触感)」を表す語彙は非常に発達していることでした。そのほとんどは擬態語です。たとえば「ほくほく」は「熱を加えることで柔らかくなった食材が口の中で崩れる感じ」であり、特定の食材(根菜類など)にしか使いません。さらに「ほかほか」という言い方もあって、それは「ほくほく」とは僅かに違った意味合いに使われる。こういったスペシャル・ユースの語彙がたくさんあります。我々は料理や食材を味わった感じを表現するときに、知らず知らずのうちに食感(歯ごたえ、舌触り、喉ごし ・・・・・・)に偏った表現になっています。

 雪国実験 

No.139「"雪国" が描いた風景」では、言語学者・池上嘉彦よしひこ氏の秀逸な実験がテーマでした。川端康成の『雪国』の冒頭の文章を、日本語話者には日本語で、英語話者には英語で読んでもらいます。

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。[川端康成]

The train came out of the long tunnel into the snow country. [サイデンステッカー訳]

そして、どういう情景をイメージしたか、それを絵に描いてもらいます。すると日本語話者は(図1)のような情景を描き、英語話者は(図2)のような情景を描きました。

雪国 - 図1.jpg
(図1)日本語話者が描いた情景

雪国 - 図2.jpg
(図2)英語話者が描いた情景

これはかなりショッキングな事実です。同じ意味と思われる文章を読んでも頭に描くイメージが違う。日本語話者は誰から指示されたわけもでもないのに(図1)のように受けとってしまうのですね。それが世界共通ではないことを知って愕然とする。

サイデンステッカー訳には川端康成の文章にはない train という subject(主語)が現れています(英語ではそう訳すしかない)。だから(図2)のような絵になるのだろうと思う人がいるかもしれません。しかしそれは違うのではないか。たとえば、日本語話者にサイデンステッカー訳を直訳した次の文章を読んでもらい、絵を描いてもらったらどうか。

列車は長いトンネルを抜けて雪国へと入った。

日本語話者の多数は、なおかつ(図1)を描くのではないでしょうか。この "雪国実験" が示しているのは視点の違いです。つまり(図1)は「地上の視点」であり(図2)は「俯瞰する視点」です。どちらが正しいということはありません。しかし言葉が暗黙に視点を規定することは、自由な発想をするためには考えておいた方がよいと思います。

 他動詞構文と自動詞構文 

No.50「絶対方位言語と里山」で書いたのはスタンフォード大学のボロディツキー助教授(認知心理学)の「英語・スペイン語・日本語の対比実験」でした。

英語は他動詞構文を好む言語です。偶発的事故でも、たとえば「ジョンが花瓶を壊した」というような表現を好みます。一方、日本語では偶発的事故の場合は「花瓶が壊れた」となり、スペイン語では直訳すると「花瓶がそれ自体を壊した(=いわゆる再帰構文)」となって、行為者を明示することがありません。

そこで、次の6種のビデオ映像を用意します。映像に写っているのはそれぞれ、男Aか男Bのどちらかが、

故意に
 ①風船を割る
 ②卵を割る
 ③飲み物をこぼす

偶発的事故で
 ④風船を割る
 ⑤卵を割る
 ⑥飲み物をこぼす

のどれかです。英語話者、スペイン語話者、日本語話者の被験者に、実験の意図は示さずにビデオを見てもらいます。ビデオを見たあと、被験者に男Aと男Bの写真を見せ、6種の行為を行ったのはどの男かを答えてもらいます。そうすると、意図的行為(故意)については3つの話者とも正しく答えられました。しかし偶発的事故に関しては、スペイン語話者と日本語話者は英語話者に比べて正答率が低かったのです。言葉によって認知するのだから、記憶は言葉に影響されるわけです。

 自動詞と他動詞 

No.140-141「自動詞と他動詞」で書いたのは、日本語には基本的な動詞において「意味として対になる自動詞と他動詞のペア」が極めて豊富に揃っていることです(たとえば "変える" と "変わる")。自動詞は「自然の成り行きとしてそうなった」と状況をとらえ、他動詞は「人為的行為の結果でそうなった」と把握します。同じ状況を「自然」と考えるのか「人為」ととらえるのかは「見方の違い」「視点の違い」です。日本語話者はこの動詞のペアを使い分けてニュアンスの違いを作っています。その例を No.141 でたくさんあげました。2つだけ再掲すると、

(自)木々の葉は、すっかり落ちていた。
(他)木々は、すっかり葉を落としていた。

(自)の方は「自然現象(=季節の移り変わり)として葉が落ちた」という感じであり、(他)の方では「木々が冬支度のために意図的に葉を落とした」というニュアンスが生まれます。

スーパー・マーケットが近隣の農家からその日の朝に穫れた野菜を仕入れて販売することがあります。

(自)今朝、穫れた野菜
(他)今朝、穫った野菜

(自)で強調されるのは「極めて新鮮な大地の恵み」であり、(他)になると「新鮮な野菜を消費者に届けようとする農家の努力」というニュアンスが入ってきます。

このように「自然」と「人為」を行き来できることで日本語の表現は豊かになっているのですが、その一方で問題点もありそうです。「会議で決めた」ことについては会議参加者に責任が発生するはずですが、同じことを「会議で決まった」と表現することによって、何となく自分には責任がないような気分になってしまう。そういうことがあると思うのです。我々としては言葉に引きずられないように注意すべきだと思います。

ちなみに英語について言うと、たとえば "change" を "変わる" と "変える" の両方の意味に使う言葉の "ありよう" に、今だに(かすかな)違和感を覚えてしまいます。それだけ日本語が "染み付いて" いるということでしょう。


「Yes・No」と「はい・いいえ」


ここまでは前置き(振り返り)で、以降が本題です。タイトルに書いた「Yes・No」と「はい・いいえ」がテーマです。

さっき書いた「英語に対する違和感」は、多かれ少なかれ誰にでもあると思うのですが、英語を学びたての生徒がまず感じる違和感は、否定疑問文に対する答え方ではないでしょうか。前回の No.251「マリー・テレーズ」でピカソの作品をとりあげたので、美術館での会話を想定した例文を作ってみます。

「Don't you like Picasso ?」
「Yes. I like blue Picasso very much.」

「ピカソは好きではないのですか?」
「いいえ。青の時代は大好きです。」

英語の初学者にとって、それまで「Yes = はい」「No = いいえ」だと何の疑いもなく学んできたはずが、ここに至って覆されてしまうわけです。中学校の先生は「英語では、否定疑問文に対する答え方が日本語とは逆になります」と説明し、教科書や参考書にもそう書いてあります。生徒としては、試験で×をつけられないためのテクニックとして「否定疑問の答えは日本語と逆」と覚え、その通りにしてテストでは間違えないわけです。何となく割り切れない気持ちをいだきつつ ・・・・・・。

しかし学校のテストはともかく、現実社会で英語を使わざるを得ないシチュエーションで否定疑問文に正しく答えられる日本人は少ないのではないでしょうか。英語国に在住している人や、日常的に英語を使っている人ならともかく ・・・・・・。否定疑問文はそんなに出てくるものではないので "助かっている" のが現実だと思います。

そして次のような、ちょっと "ひねった" 設定にすると、もうこれは絶対に無理という感じがします。たとえば、日本人のあなた(男性)が、日本でアメリカ人の女性と親しい仲になったとします。彼女は日本語がほんのカタコトなので、2人の会話は英語でやっていたとします。さて、経緯があってある状況になり、彼女があなたに、

 「もう私を好きじゃないんでしょう?」

と言ったとします。あなたはちょっとびっくりして、「いや、好きだよ!」と即座に言いたい。その英語の会話はこうです。

 「You don't love me anymore, do you ?」
 「Yes !」

ここで "Yes" と言える人は、果たしているでしょうか。ほぼいないのではと思います。少なくとも私には無理です(= 無理だと想像されます)。女性から「もう私を好きじゃないんでしょう?」などと言われてしまう状況は、ある種の "切迫感" に満ちているはずで、そんな時に学校の教科書や英語の先生の注意は思い出せるはずがないのです。

さらにこういう状況を考えてみます。出張ないしは観光でアメリカに旅行し、レンタカーを運転する時の話です。最大の注意点は(あたりまえですが)右側通行だということです。そこで最初は「右側、右側、右側、・・・・・・」と頭の中で反復しながら慎重に運転することになります。特に交差点での左折が問題で、左側車線に入ってしまって正面衝突した日本人がいるとアメリカ人の知人におどされたあなたは、「右側車線、右側車線、・・・・・・」と反復しながら左折することになります。アメリカの道路は片側4車線などはザラなので、うっかりしやすいのです。

右側通行は誰でもわかりますが、もう少しマイナーな交通規則で日本との違いもあります。交差点で「赤信号であっても、左からのクルマに注意しつつ、右折してよい」のも違いの一つです。アメリカ全土でどうかは知りませんが、少なくともカリフォルニアではそうです。右車線の一番右側で、右折のウィンカーを点滅させて赤信号で止まったままだと、後ろにつけたクルマから "プップッ" とクラクションを鳴らされることとなります。

さて、あなたにアメリカ人の友人がいるとします。その友人がアメリカの交通規則に関して、あなたのアメリカ出張(旅行)を前にテストしてくれることになったとします。友人は次のような意味の質問を英語でします。

 「はい・いいえで答えてください。
   "赤信号で右折してはいけません"
  答えは .... ?」

この質問に英語で正しく "いいえ" と答えられるでしょうか。

 「Answer at "Yes" or "No", please.
   "You must not turn right at red light"
  The answer is .... ?」
 「Yes.」

さきほどの「もう私を好きじゃないんでしょう?」と彼女に言われるような切迫した状況ではないにせよ、ここで Yes とは答えられないのではと思います。いくらアメリカの交通規則の知識があったとしても、日本人としては厳しいのではないでしょうか。そして、アメリカ人の友人はあなたがアメリカの交通規則を知っていることがわかっていて、あなたの英語力を試す質問をしたのだと、後になって悟るわけです。


「Yes・No」は「はい・いいえ」ではない


我々が学校で「英語では、否定疑問文に対する答え方が日本語とは逆になる」と覚えたのは、テストで×にならないためにはそれでよいのかも知れないけれど、言葉の本質とは無縁です。本質的で大切なことは、

  英語の「Yes・No」は、日本語の「はい・いいえ」と意味が違う言葉である

という点でしょう。通常の疑問文に対する「Yes・No」の日本語訳は「はい・いいえ」でよいのですが、それは "たまたま" そうなるだけなのです。そう考えるしかない。この、日本語と「意味が違う」ことを「Yes・No 問題」と呼ぶことにします。

日本語では「会話相手の陳述」や「その場に提示された叙述」について、それが正しい場合(= true)は「はい」、違っている場合(= false)は「いいえ」となります。つまり、相手の陳述や叙述全体を肯定するか否定するかで「はい・いいえ」が決まります。英語なら「That's right.」や「That's wrong.」が意味的に相当するでしょう(ほかに It's true. / It's not true. など)。

Yes・No はそうではありません。Yes は、「会話相手の陳述」や「その場に提示された叙述」の全体像ではなく、その中の "動詞" に反応し、その動詞を肯定します。No は逆に否定します。

ここで、動詞の「肯定・否定」と言ってしまうと、陳述全体の「肯定・否定」と紛らわしくなるので、別の言い方をすると、

  動詞(ないしは動詞+補語)で示された状態が
  存在する場合は Yes
  存在しない場合は No

という風に理解すると、be動詞の疑問文や否定疑問文まで含めてわかりやすいと思っています。

 「So, I don't have to go ?」 (疑問調で)
 「No.」

 「では、行く必要ない?」
 「はい」 (=行く必要ないよ)

行く必要性(have to go)が存在しないから No です。上の方で掲げた例文だと、ピカソが好きということが存在するから Yes、彼女への愛が存在するから Yes、赤信号で右折することが存在するから Yes です。「存在する・存在しない」というのは変な言い方ですが、そう受け取るのが一番しっくりすると思っています。上の方に掲げた「ピカソは好きじゃないの?」という例文を「存在する・存在しない」を使って解釈すると、次のようになります。

 「Don't you like Picasso ?」
 「Yes.」

 「"ピカソが好き" は存在しませんか?」
 「存在します」

ちなみに「So, I don't have to go ?」の例で、質問したのが私でアメリカ人の相手が Yes と答えたら「行く必要ないんだ」と判断してしまいそうです。実はこのようなことを、それとは気づかずに過去にやってしまったのではと、内心疑っています。ひょっとしたらビジネスのシーンでこういうことがあったのではないか。日本人との会話の経験が多い英米人なら、それなりに気をまわしてくれそうですが ・・・・・・。


視点が違う


「Yes・No」と「はい・いいえ」の違いは、会話における視点の違いだと言えそうです。最初の「ピカソは好きではありませんか?」という否定疑問文で考えると、もし「ピカソが好きか嫌いかわからないから聞いてみよう」と思うなら「ピカソは好きですか?」と質問するはずです。「嫌いなのでは?」という気持ちがあるから「ピカソは好きではありませんか?」という否定疑問文になる。

ピカソが好きだとすると、2種類の問いかけに対する日本語の答えは「はい、好きです」か「いいえ、好きです」のどちらかになります。つまり日本語では、会話相手の思惑とか、提示された質問内容によって答え方が違ってきます。会話相手との関係性によって答え方を変化させている。

それに対して英語では、ピカソが好きなら疑問文でも否定疑問文でも「Yes, I like Picasso.」です。会話相手との関係性ではなく、自分の意志や考えだけで答え方が決まります。

このことは、このブログの最初の振り返りのところで書いた "雪国実験" と関連すると思います。雪国実験であぶり出されたのは、日本語話者の「地上の視点」と英語話者の「俯瞰する視点」でした。つまり、会話相手との2者関係で答が決まる「はい・いいえ」は「地上の視点」であり、2者関係を脱して "存在する・存在しない" を答える「Yes・No」は「俯瞰する視点」だと言えるでしょう。言い換えると「主観的」と「客観的」の違いに近いかもしれません。

「雪国実験」や「Yes・No 問題」を踏まえると、日本語で考える以上、「地上の視点」や「主観的視点」の方に、モノの考え方のバイアスがかかるのではと思います。一方、英語は英語なりのバイアスがかかります。我々はものごとを考える上で、新たな発想を得るためにも、できるだけ多様なモノの見方をしてみたいわけです。そこはよく考えておくべきだと思います。



ところで「Yes・No 問題」についてですが、鮮明に記憶している映画の1シーンがあります。次にそれを書きます。


ヒューゴの不思議な発明


『ヒューゴの不思議な発明』はマーティン・スコセッシ監督のアメリカ映画で、2011年に公開されました。日本での公開は2012年です(原題は "Hugo")。

HOGO 2011.jpg
舞台は1931年のパリで、主人公はヒューゴ・カブレという12歳の少年です。彼は孤児で、モンパルナス駅の駅舎を住処すみかとしています。というのも、駅の大時計の守をしている叔父と一緒に暮らしているからで、叔父の仕事を手伝ったりしています。

ヒューゴの心の支えは亡き父が遺した壊れた自動人形(=機械人形、オートマタ。日本で言う "からくり人形")と、その修復の手がかりになる手帳でした。父との思い出の自動人形の修理がヒューゴの目標なのです。彼はあるとき、駅の片隅にあるおもちゃ屋で人形の修復に使う部品をくすねようとし、主人のジョルジュに捕まってしまいます。そして重要な手帳を取り上げられてしまいました。ヒューゴは店じまいした後でジョルジュを尾行し、彼をアパルトマンにたどりつきます。そこにはジョルジュ夫妻とともに養女のイザベルが住んでいて、ヒューゴはイザベルと知り合いになります。彼女は本が大好きな女の子でした ・・・・・・。



ストーリーの紹介はこの程度でやめておきます。ポイントはジョルジュが "ジョルジュ・メリエス" という人物であることです。メリエスは、20世紀初頭の映画の黎明期における映画制作者で、数々の映画技術(ストップモーション、多重露光、低速度撮影、SFX ・・・・・・)を開発した人です。いわば、映画というものを作り上げた人物(の一人)なのです。

  ちなみに、メリエスが映画を製作したのは1896年から第1次世界大戦の始まる前(1913年)までですが、この映画の黎明期にサン・サーンスが世界初の映画音楽を作曲しています(1908年。No.91「サン・サーンスの室内楽」参照)。

映画は「ヒューゴ少年の発明・冒険物語」を予感させるように始まりますが(実際そうなのですが)、次第に映画の話になってきます。メリエス時代の本物の映画がいろいろと出てくる。修復された自動人形がどう動くかもメリエスが作った映画と関係しています。メリエスは映画制作者と同時に自動人形収集家ですが、映画と自動人形は共通点があります。それは興行師の手腕が発揮される「見せ物」という共通点です。もちろん、映画は「見せ物」として始まったわけです。

要するに『ヒューゴの不思議な発明』は "映画へのオマージュ" であり、スコセッシ監督の映画愛に溢れた "映画賛歌" なのです。さらに "映画についての映画" とも言えるでしょう。部分的に3Dが使われているのですが(駅のホームのシーンなど)、わざわざ3Dを使ったのは「観客に驚きを与える」という映画の本来の姿をしのんでのことでしょう。"映画についての映画" の傑作は、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年、イタリア)ですが、スコセッシ監督はそれを強く意識したと考えられます。



この映画で、私が一つだけ覚えている英語の台詞せりふがあります。それは映画のストーリーで重要なものでは全くなく、また名言でもありません。強く覚えているのは "アレッ" と思ったからです。

上に書いたように、ヒューゴはイザベルと知り合いますが、初めて名乗りあったのはジョルジュのアパルトマンの書斎でした。イザベルは "本の虫" ともいえる少女ですが、ヒューゴはそうは見えません。イザベルはヒューゴに質問します。


Isabelle :
  Don't you like books ?
Hugo :
  No... No,I do. My father and I used to read Jules Verne together.

「Hugo」(2012)

【試訳】
イザベル
  本は好きでないの?
ヒューゴ
  いや、好きだよ。お父さんと一緒によくジュール・ヴェルヌを読んだ。


アレッ、と思ったのは、ヒューゴが言う "No" です。ここは "Yes" でないといけないはずです。そういう風に言うべきだし、我々も中学の英語の授業以来 "Yes" だと教えられてきたわけです。"No,I do" というような言い方は、英語としてはおかしい。否定疑問に対する答えなのに「No = 日本語の "いいえ"」になってしまっています。

Hugo0.jpg
(Isabelle) By the way, my name is Isabelle.

このあとイザベルはヒューゴに「本を借りてあげよう」と言うが、ヒューゴが否定的なので次の会話になる。

Hugo1.jpg
(Isabelle) Don't you like books ?

Hugo2.jpg
(Hugo) No... No,I do. My father and I used to read Jules Verne together.

なぜ映画の脚本で "No" としたのでしょうか。推測するに、これは「子供らしい、言い間違い」ではと思います。ヒューゴは12歳です。12歳の子供なら言い間違ってもおかしくはないので、脚本がそうなった。これも推測ですが、子供は家庭内での会話で親から、"Noではないですよ。Yes です。そう言いなさい" と言葉のしつけをされて、「Don't you like books ?」に「Yes,I do.」と正しく答えられるようになるのではと思います。

思いあたるのはヒューゴが孤児だということです。父親は事故で死んでしまいました。父親と一緒に暮らしているときも母親不在状態だったはずです。でないと孤児にはなりません。そういう家庭環境も考えた脚本なのではと想像しました。



言葉の意味は、その言葉を使う文化の中で規定されます。子供は生まれてから成人するまでのあいだ、家庭や社会で成長していく中で言葉が何を意味するのかを体得していきます。ヒューゴの "No, I do." はそのことを示していると思います。

疑問文と否定疑問文に対する答え方で言うと「同じ答え方をするのが英語、違う答え方をするのが日本語」でした。これは "言葉のありよう" の2つの面です。どっちもありうるし、どちらでも一貫した言葉の体系として成立します。しかし子供は育った文化の中でどちらかの意味合いを体得していき、それが "モノの見方" を規定することになる ・・・・・・。

そのように考えてみると『ヒューゴの不思議な発明』での会話は、言葉の重要性が理解できるシーンなのでした。



 補記:IE 11 

否定疑問文について軽く思い出したことがあるので書いておきます。Windows7/10で Internet Explorer 11 を使ってページを開いたとき、次のメッセージが出ることがあります。


このページの ActiveX コントロールは、安全でない可能性があり、ページのほかの部分に影響する可能性があります。ほかの部分に影響しても問題ありませんか ?

「はい」    「いいえ」

(Internet Explorer 11 のメッセージ)

ネット上のちゃんとしたページにアクセスしてこのメッセージが出た経験はありませんが、たとえば個人の PC の中に作った HTML文書の中に Javascript があったりすると、その内容によっては上記メッセージが出ることなります。もちろん自分で作った文書だと問題ないので「はい」をクリックするわけです。

しかし、考えてみるとこのメッセージは意味的に否定疑問です。これを英語に直訳して次のようなメッセージにしたらどうでしょうか。


【直訳】

An ActiveX Control on this page might be unsafe to interact with other parts of this page. Isn't there any problem with this interation ?

「YES」    「NO」


このメッセージだと、問題ないのなら「NO」をクリックすることになります。本文中に書いた、YES = 存在、NO = 非存在、という言い方からすると、問題が存在しないから「NO」です。・・・・・・ ということから類推すると、日本の企業に勤務している英米人で、まだ日本語経験が少なく、かつ、仕事で日本語版 Windowsを使わざるをえない人は、上記の Internet Explorer 11 の日本語メッセージに戸惑うこともあるのではないでしょうか(想像ですが)。

ちなみに、英語版Windows の実際のメッセージを調べてみると、「直訳」のようなメッセージではなく、


【英語版 Windows】

An ActiveX Control on this page might be unsafe to interact with other parts of this page. Do you want to allow this interation ?

「YES」    「NO」


でした。第1センテンスは「英語版の直訳が日本語版」ですが、第2センテンスは違います。英語版は否定疑問文ではなく、allow という語が使ってあって明快です。これなら米国勤務の日本人が使っても間違えようがありません。

では、日本語版 Windows で、なぜ英語版を直訳して「この影響を容認しますか ?」としなかったのでしょうか。マイクロソフトの開発担当者に聞いてみないとわかりませんが、何となく「英語と日本語の感性の違い」が現れたように思いました。


つまり「他動詞構文を好む英語」と、この手のメッセージにおいては「他動詞構文に違和感を感じる日本語」の違いです。マイクロソフトは Windows を多数の言語で世界中に展開しています。それぞれの言語にとって自然な表現にすることに注力しているのだと考えられます。

ただし「それぞれの言語にとって自然な表現」はよいとして、メッセージが「コンピュータのことを(Windowsのことを)よく知らない人にとって自然な表現ではない」のが困ったものです。ActiveX といっても何のことか分からない人が大多数ではないでしょうか(このメッセージに限ったことではありません)。Windowsが「一般消費財」になる日は遠いと思います。




nice!(1) 

No.207 - 大陸を渡った農作物 [文化]

前回のNo.206「大陸を渡ったジャガイモ」の続きです。アンデス高地が原産のジャガイモは16世紀以降、世界に広まりました。もちろん日本でもジャガイモ料理は親しまれていて、肉じゃがやポテトサラダ、ポテトコロッケなどがすぐに浮かびます。ジャガイモはドイツの「国民食」であり、ジャガイモのないドイツ料理など想像もできないわけですが、ドイツだけでなく世界中の食卓にあがっています。

フライド・ポテト(アメリカでフレンチ・フライ、英国でチップス)とその仲間も世界中で食べられています。ベルギーに初めて旅行したとき、食事のときにもベルギー・ビールのつまみにも、現地の人はフライド・ポテト(ベルギーで言う "フリッツ")にマヨネーズをつけて食べていました。極めて一般的な食べ物のようで、それもそのはず、フライド・ポテトはベルギーが発祥のようです。

ムール貝とフリッツ.jpg
ムール貝の白ワイン蒸しとフリッツ。これを食べないとベルギーに行ったことにならない(?)、代表的なベルギー料理(Wikipedia)。

ジャガイモと同じようにアメリカ大陸が原産地で、16世紀以降に世界に広まった農作物や食品はたくさんあります。No.206「大陸を渡ったジャガイモ」で、世界で作付け面積が多い農作物は、小麦、トウモロコシ、稲、ジャガイモだと書きましたが、そのトウモロコシもアメリカ原産で、その栽培種は中央アメリカのマヤ文明・アステカ文明で作り出されたものです。


トウモロコシ


トウモロコシは食用にしますが、それよりも重要なのは飼料用穀物としてのトウモロコシです。日本の畜産業で使われる飼料は、そのほとんどがアメリカなどからの輸入で、その飼料の重要な穀物はトウモロコシです。日本はヨーロッパや南北アメリカ、オーストラリアなどと違って、家畜を放牧する広大な草地が少ないわけです。マクロ的に言うと(輸入)トウモロコシが日本の畜産を成り立たせています。

司馬遼太郎氏は小説家であると同時に、日本や世界の文明についての思索を巡らせ、数々のエッセイや旅行記、対談集を発表されました。その対談集の中に次のような文章があります。


遊牧という地球規模のスペースを必要とした生産が消えていった原因の一つは、15世紀末にコロンブスが新大陸で発見したトウモロコシでした。トウモロコシの原種というのはつまらないものだったらしいですけど、ああいうふうにふっくらさせたのはアメリカ人だそうで、それができて、濃縮飼料というか、濃密飼料というか、濃密の食べ物ですから、動物が移動しなくてもよくなった。だから、スペインなどでも、大きな牧場を必要とせずに、トウモロコシ畑を作っておけばたくさんの家畜を飼うことができる。

司馬遼太郎
対談集「日本人への遺言」
(朝日文庫 1999)

司馬氏はモンゴルや遊牧文化に造詣が深く、遊牧の視点からの発言です。トウモロコシが遊牧、ないしは牧畜の "ありよう" を変えてしまったという主旨です。

ヨーロッパ大陸を列車やバスで旅行するとします。日本と違って都市部を離れると一面の田園地帯になることが多いわけです。フランスなどは国土の70%が農地だと言います。車窓から何が植えられているかを見ていると、しばしばトウモロコシを見かけるのですね。牧草も見かけるがトウモロコシ畑も多い。トウモロコシが牧畜を変えたことを実感できます。

Field of maize in Liechtenstein - Wikipedia.jpg
オーストリアとスイスの間にある小国、リヒテンシュタインのトウモロコシ畑(Wikipedia)

トウモロコシは牧畜を変えただけでなく、肉質も変えたと言えるのではないでしょうか。オーストラリア産の牛肉は "赤み肉" が多いわけです。放牧で草を食べて育った牛は脂身が少なく赤み肉が多くなるからです。それが牛の自然な姿です。一方、牛舎で飼料だけで育てると脂身が多くなる。オーストラリアは日本への輸出のために牛舎での肥育も取り入れてきていると言います。

和牛は輸入飼料(トウモロコシ、大豆、大麦が主)があって成立するものです。その頂点として、世界に名をとどろかせている "神戸ビーフ"(No.98「大統領の料理人」参照)をはじめとする日本各地の "ブランド牛" がある。日本では「脂身が多い牛肉を前提とした食文化」が出来上がったのですが、その陰には飼料としてのトウモロコシがあることも覚えておくべきでしょう。


サツマイモとカボチャ


サツマイモとカボチャもアメリカ大陸原産です。サツマイモの原産地は南米のペルー付近と言われています。痩せた土地でもよく育ち、ジャガイモと同じで初心者でも育てやすい。日本では江戸時代以降、飢饉対策として広く栽培されました(教科書で習った記憶があります)。食糧難に陥ったときにそれを救う意味で栽培される食物を「救荒食物」と呼びますが、その代表的なものです。太平洋戦争中、戦後の食料難の時代にも栽培が広がりました。国会議事堂の前を耕地にしてサツマイモを作っている写真を見たことがあります。

カボチャも、トウモロコシと同じく中央アメリカ原産の野菜です。野菜の中でも生命力が強く、栽培が比較的容易です。江戸時代以降は救荒食物としても重要でした。

Japanese_diet_outside_Kokkaigijido-1946(Wikimedia).jpg
国会議事堂の前が耕地になり、サツマイモが栽培された。1946年の画像(Wikimedia)


トマト


トマトは南米のアンデス高地が原産で、中央アメリカのアステカ文明で栽培種が作られました。トマトはサラダなどで生食すると同時に、トマトソースなどにして料理に使います。特にイタリア料理です。ジャガイモがないドイツ料理が想像できないように、トマトがないイタリア料理も考えられないわけです(まずピザが成り立たない)。またトルコ料理もトマトを使うことで有名です。生食するとともに、煮込み料理にトマトを多用します。これらは17-18世紀かそれ以降に本格的に広まったことに注意すべきでしょう。

少々意外なことに、トマトは世界の野菜で最も収穫量の多い野菜(重量ベース)のようです。これはトマトケチャップなども含む調味用食材としての利用が多いからです。その理由ですが、トマトはズバ抜けてグルタミン酸の含有量が多い野菜です。No.108「UMAMIのちから」で書いたように、グルタミン酸は「第5の味覚」である "UMAMI" の主要成分です。だからトマトなのでしょう。それに加えて爽やかな酸味がある。

以前、テレビの紀行番組で見たのですが、南イタリアでは今でも自家製のトマトの瓶詰めを作る家庭があるようです。収穫されたイタリアン・トマトを少々熟成し、煮込んだあと潰して瓶に詰める。それを大量に作る。北イタリアに別居している息子夫婦も帰省して手伝う、それがマンマの味を支えている・・・・・・みたいな。

サンマルツァーノ.jpg
調理用イタリアン・トマトの代表的な品種、サンマルツァーノ
(site : natural-harvest.ocnk.net)

日本人は昆布からグルタミン酸を抽出したダシを料理に使うわけですが、イタリア人は類似のことをトマトでやったという見方ができると思います。もちろん日本でも料理にトマトは使うわけで、和製洋食ともいえるオムライスやナポリタンはトマト(ケチャップ)の味付けが必須です。カゴメ株式会社はトマトで成り立っています。


トウガラシ


トウガラシ(唐辛子)も中央アメリカ原産の野菜です。日本へは16世紀末から17世紀初頭に伝えられました。その日本を経由して朝鮮半島に伝わったというのが定説です。朝鮮半島では以降、200年かけてトウガラシが広まりました。つまり日本の江戸時代に広まったわけです。それまでのキムチは辛くなかった(と考えるしかない)。

鷹の爪.jpg
日本で栽培されているトウガラシの品種の一つ「鷹の爪」。熊本県人吉市のホームページより
(site : www.city.hitoyoshi.lg.jp)

今となってはトウガラシを使わない韓国料理は想像できないわけです。キムチは言うに及ばず、鍋にトウガラシ、スープにトウガラシ、刺身にもトウガラシです(!!)。少々古いですが1975年の統計で、韓国人一人あたりの平均一日のトウガラシの使用量は5~6グラム、それに対して日本の使用量は一人年間1グラムだそうです(丸谷才一「猫だって夢を見る」より。元ネタはハウス食品が発行した『唐辛子遍路』という本)。韓国料理だけでなく中国の四川料理や(麻婆豆腐、豆板醤・・・・・・)、タイ料理でもトウガラシを多用します。トウガラシの辛みに魅了される、ないしは "やみつき" になるのは何となく分かる気がします。

ハンガリー産パプリカ.jpg
ハンガリー産のパプリカ。ハンガリー食品・雑貨輸入販売店「コツカマチカ」のホームページより
(site : www.kockamacska.com)

ピーマンとパプリカは、辛み成分(=カプサイシン)が少ないトウガラシの栽培品種です。ハンガリーに行くと、やたらとパプリカが目につきます。そもそもハンガリーで作り出されたもので、パプリカはハンガリー語(マジャール語)です。パプリカのないハンガリー料理も考えられない。これらはいずれも日本でいうと江戸時代以降に広まったことに注意すべきでしょう。


カカオ


カカオは中南米原産の植物です。カカオの果実の中の種子(カカオ豆)がココアやチョコレートの原料になります。

カカオ-4.jpg
カカオの実とカカオ豆(Wikipedia)

チョコレートは菓子の中でも独特のポジションにあります。つまり菓子職人の中でもチョコレート(ショコラ)職人はショコラティエと呼ばれていて、その地位が確立しています。このブログの記事では No.117「ディジョン滞在記」で、フランスのディジョンにあるファブリス・ジロットの本店のことを書きました。

アメリカのギラデリ社は、世界のチョコレート・メーカーの中でも最も古い会社の一つです。その創業は1850年頃で、日本で言うと江戸時代です。160年以上続く会社というのは世界でもそう多くはないわけで、チョコレート文化の強さを感じます。ギラデリ社はサンフランシスコが発祥で、その歴史的な工場跡やショップ群は "ギラデリ・スクウェア" と呼ばれていて、観光スポットになっています。かつての工場跡などを見学するとチョコレート産業の歴史を感じます。

Ghirardelli Square.jpg
ギラデリ・スクウェア(サンフランシスコ)
(site : www.destination360.com)

チョコレートは人間が食べると何ともないが、動物が食べると中毒を起こすそうです。コロンブス到達するはるか以前からのアメリカ大陸の住人が人類に与えてくれた「贈り物」だと言えるでしょう。


落花生


落花生も南米、ペルーが原産地です。落花生は「地中で実を結ぶ」という特異な豆です。花をつけたあと、花の根元から "つる" が伸び、それが地中に潜り込んで、地中に鞘ができ、その中に実ができる。よくよく考えると奇想天外な植物です。

落花生の成長.jpg
落花生のできかた。千葉県八街市のホームページより引用。
(www.city.yachimata.lg.jp)

栄養価が高く、ピーナッツ油をとったりもできます。すりつぶしてピーナッツバターにしても独特のうま味がある。

Peanuts a Golden Celebration 2.jpg
Peanutsの50年の歴史をたどった、作者・シュルツ氏の本


スヌーピーやチャーリー・ブラウンが登場する、シュルツ作の漫画のタイトルは「ピーナッツ」です。「ピーナッツでも食べながら気楽に読める漫画」という意味だと言われていますが、Wikipedia によると、この題名は作者のシュルツが決めたものではなく出版エージェントが決めたもののようです。英語の peanuts には「つまらないもの、とるに足らないもの」という意味があり、シュルツはこのタイトルが不満だったと・・・・・・。

しかし「ピーナッツでも食べながら」とか「とるに足らない」と言われるということは、裏を返せば、それだけ広まっていて愛されている証拠です。あたりまえ過ぎて、愛されていること自体があまり意識されていないということでしょう。シュルツさんはこのタイトルに誇りを持ってもよかったと思います。


タバコ


タバコもアンデス地方原産の植物ですが、世界中に広まってタバコ文化を形成してしまいました。紙巻きタバコ、キセル、パイプと、喫煙方法も多彩です。

宮崎市のタバコ畑.jpg
葉たばこの栽培。宮崎市のホームページより
(site : www.city.miyazaki.miyazaki.jp)

この数十年、タバコを吸うことによる肺ガンの発症や、受動喫煙による健康被害に関する知識が広まり、喫煙人口は減少してきました。受動喫煙だけをとってみても、日本国内で受動喫煙が原因で年間約15,000人が亡くなっており(国立がん研究センターの推計)、受動喫煙による医療費の増加は年間3200億円にのぼるそうです(厚生労働省研究班の推計)。

この状況に対応するためタバコ会社は "電子タバコ" に力を入れています。液体ないしはペースト状の "専用タバコ" を加熱して蒸気を発生させる電子機器ですが、日本ではフィリップ・モリス社のアイコス(iQOS)がブレイクしていて、現在は入手困難らしい。

そこまでして "タバコもどき" を吸う必要があるのかと思いますが、中毒性のある文化を変えるのでは容易ではないということでしょう。アメリカでは30年ほど前から「建物の中は全部禁煙」というケースがよくありました。禁煙文化が最も進んでいるのはアメリカではないかと思います。肥満と同じで「禁煙できないのは意志薄弱な証拠」のように見なされている感じもあります。

とにかく、アメリカ大陸原産で世界に広まり、歴史に影響を与え、その程度が大だった農作物としては、タバコが一番かもしれません。


ヒマワリ


ヒマワリ(向日葵)原産は北アメリカの西部です。日本では農作物というイメージは薄いと思いますが、世界的にみると種子を食用にしたり、またヒマワリ油をとったりと、重要な農作物です。

ヒマワリの大産地はロシアとウクライナで、この2国の国花はヒマワリです。このことを如実に示したのが、1970年公開のイタリア・フランス・ソ連(当時)合作映画『ひまわり』でした。とにかく、あたり一面、見渡す限りのヒマワリ畑は極めて強い印象を残しました。ヒマワリは農作物ということを実感できます。

girasoli-hd-movie-title.jpg
映画「ひまわり」のタイトルバック。文字はイタリア語のヒマワリ。

前回の No.206「大陸を渡ったジャガイモ」で、ジャガイモを描いた名画としてミレーの『晩鐘』とゴッホの『ジャガイモを食べる人々』を引用しました。そのゴッホはヒマワリを連作で描いたことで有名です。(No.156「世界で2番目に有名な絵」参照)。しかしゴッホとともにヒマワリを描いた有名な絵は、アンソニー・ヴァン・ダイクの『ひまわりのある自画像』でしょう。

Anthony-van-Dyck-Autoritratto-con-Girasole.jpg
アンソニー・ヴァン・ダイク(1599-1641)
ひまわりのある自画像」(1633)

強い印象を残す不思議な自画像です。シュール・レアリズムの絵の感じがないでもない。まるでダリが描いたような・・・・・・。いわゆる "ヴァンダイク髭" を蓄えた姿が、髭の画家・ダリを連想させるのでしょう。

ヴァン・ダイクはイングランドの宮廷画家で、主人はチャールズ1世です。絵に描かれた金の鎖はチャールズ1世から贈られたものです。そして画家が指さしているヒマワリは、チャールズ1世ないしはイングランド王室を象徴していると言われています。だとすると、左手に持った金の鎖は国王にもらったのだと誇示しているような・・・・・・。ヴァン・ダイクは若い時に「いかにもナルシスト」という感じの自画像を描いていますが(=エルミタージュ美術館にある自画像)、この絵もその系統にあたると思います。振り向いた姿を描いていることも。

注目すべきは、ここにヒマワリがあることです。この絵はコロンブスのアメリカ大陸発見から140年後に描かれました。スペイン人が本国に種を持ち帰ってから100年間は、ヒマワリはスペイン本国外には出なかったといいます。ということは、ヒマワリがヨーロッパに普及しはじめて20~30年後にこの絵が描かれたということになります。

その時すでにイングランド宮廷ではヒマワリが栽培されていて、画家はその大柄でインパクトの強い花を見て、ある種の象徴性を感じたものと想像されます。また、イングランド王室の伝統とは無縁な "新参者の植物" を持ち出したところに意味があるのかもしれません。つまり、ヴァン・ダイクはフランドル人であり、外国人である自分がイングランド宮廷で成功したことをひまわりに重ね合わせたとも考えられます。



以上のほかにも、アメリカ大陸原産で世界に広まった農作物はいろいろあります。パイナップル、インゲンマメ、アボガド、パパイヤ、ゴム、バニラ(香料)などがそうです。


食文化は変化する


ジャガイモ、サツマイモ、カボチャ、トウモロコシ、トマト、トウガラシ、チョコレート(原料のカカオ)、ピーナッツ、喫煙の習慣などは、16世紀にアメリカ大陸からもたらされ、17-18世紀に広まったものです。それぞれの国で時期は違うものの、長くても200年~300年の歴史のものです。国によっては100年程度の歴史しかない作物もある。

「ジャガイモとドイツ料理」「トウガラシと韓国料理・ハンガリー料理」「トマトとイタリア料理・トルコ料理」は切っても切れないものであり、それが昔からの伝統だと暗黙に思われています。しかしそんなに古いものではない。一般的に言って食習慣は想像以上に迅速に変化します。「昔からの伝統的な ・・・・・・ 料理」といっても、その「昔」とはせいぜい数十年のこともあります。

そして「大陸を渡った農作物」をながめて見ると、食文化は日本の江戸時代の頃からずっと「グローバル化」の影響を受けてきた、そのこともまた理解できるのでした。




nice!(0)  トラックバック(0) 

No.206 - 大陸を渡ったジャガイモ [文化]

前回の No.205「ミレーの蕎麦とジャガイモ」で、ミレーの『晩鐘』に描かれた作物がジャガイモであることを書きました。小麦が穫れないような寒冷で痩せた土地でもジャガイモは収穫できるので、貧しい農民の食料や換金作物だったという話です。今回はそのジャガイモの歴史を振り返ってみたいと思います。

ジャガイモは、小麦、トウモロコシ、稲、に次いで世界4位の作付面積がある農作物です。1位~3位の「小麦・トウモロコシ・稲」は穀類で、保存が比較的容易です。一方、ジャガイモは "イモ" であり、そのままでは長期保存ができません。それにもかかわらず世界4位の作付面積というのは、寒冷な気候でも育つという特質にあります。これは、ジャガイモの原産地が南米・アンデス山脈の高地だからです。

そのアンデス高地でジャガイモはどのように作られているのでしょうか。以下、山本紀夫氏の著作「ジャガイモとインカ帝国」(東京大学出版会。2004)からたどってみたいと思います。

  山本紀夫氏は国立民族学博物館(大阪府・吹田市)の教授を勤められた方です。植物学と文化人類学の両方が専門で、ペルーのマルカパタという村に住み込んで農耕文化の調査をされました。また家族帯同でペルーに3年間滞在し、ペルーの首都・リマの郊外にある国際ポテトセンター(ジャガイモの研究機関)で研究されました。ジャガイモを語るには最適の人物です。


ジャガイモとインカ帝国.jpg


インカ文明を支えたジャガイモ


ジャガイモ文化をはぐくんだのは南米のインカ文明です。最盛期のインカ帝国の時代、その人口は1000万人以上と見積もられていますが、半分以上は3000メートル以上の高地に住んでいました。帝国の首都のクスコの標高は3400メートルです。3000メートル以上の高地で発達した高度文明は、世界史でも他に例がありません

文明の基盤となる産業は、近代以前はもちろん農業です。その農作物では、南北アメリカ原産のトウモロコシが有名です。トウモロコシは南北アメリカ大陸の広い範囲で見られる作物で、もちろんアンデス地方でも栽培されています。しかし、トウモロコシは温暖な気候に適した作物です。寒冷な高地では栽培できません。現在のアンデス地方でもトウモロコシは主に山麓や海岸地帯で栽培されています。

一方、ジャガイモは寒冷な気候に強く、3000メートル以上の高地でも栽培が可能です。ジャガイモは南米・アンデス高地を原産地とし、アンデスの民が育ててきた作物なのです。アンデス高地が原産地である証拠に、現在でもジャガイモの野生種が自生しています。野生種の "イモ" は小指ほどの大きさしかなく、ソラニンという毒が含まれるため食用には向きません。

この野生種から栽培種を作り出したのがアンデスの人々です。栽培種は、芽の部分にはソラニンがありますが、基本的に煮るだけで食べられます。ジャガイモの栽培種は植物学的には(= 学名がついた種は)7種ありますが、現在のアンデス地方にはこれら全部が揃っていて、その品種は数千種あると言われています。現在、アンデス以外の世界中で栽培されているのは7種のうちの1種(トゥベローサム種)だけであり、この1種からさまざまな品種("男爵" とか "メイクイーン" とか)が作り出されました。

野生種が存在し、かつ、現在知られている栽培種がすべて揃っていることは、ジャガイモを食料として育ててきたのがアンデスの民であることを物語っています。



そのジャガイモを、現在のアンデスの人々はどのように利用しているのでしょうか。特に、インディオと呼ばれる、伝統農業を守っている人々のジャガイモ作りです。山本紀夫氏がペルーのマルカパタという村で現地調査した結果を以下に紹介します。マルカパタ村はかつてのインカ帝国の首都であるクスコから東に100kmほどにあり、人口は約6000人、村の中心地(=プエブロ・マルカパタ。ヤクタとも言う)の標高は 3100メートルです。


高度差利用農業


次の図はマルカパタ村の「断面図」で、高度による農業の違いを示しています。まず、標高4500メートル程度の高地では農業ができないので、リャマ、アルパカ、ヒツジなどの放牧が行われます。こういった家畜の糞は肥料としてジャガイモ栽培に活用されます。

アンデスの高度差利用農業.jpg
マルカパタ村の高度差利用農業。上から順に、牧畜、ジャガイモ、トウモロコシ、熱帯植物の農業が営まれる。村の中心部(プエブロ、ないしはヤクタ)は、ジャガイモ地区とトウモロコシ地区の間にある。「ジャガイモとインカ帝国」より

その下がジャガイモを栽培する地区で、高度によって「ルキ」「プナ」「チャウピ・マワイ」「ワマイ」という耕地名で呼ばれます。インディオたちの家は「プナ」にありますが、「出作り小屋」や「家畜番小屋」があり、これらを利用して放牧や農業が行われています。インディオの言葉は昔からのケチュア語です。

高度3000メートルから2000メートルはトウモロコシの栽培地区です。マルカパタの中心部(プエブロ、ないしはヤクタ)は、ジャガイモ地区とトウモロコシ地区の間にあり、ミスティ(=スペイン人との混血の人たち。スペイン語を話す)たちの家があります。2000メートルより下は熱帯作物の栽培地区です。

ジャガイモに着目すると、高度差1000メートルの中に4つの耕地ありますが、インディオの1家族は、この4つの耕地それぞれでジャガイモを栽培します。つまり1000メートルもの大きな高度差に分散してジャガイモの栽培をしているわけです。このため、植え付けの時期を変えることによって、年4回収穫することができます。つまり、新鮮なジャガイモが長く食べられるわけですが、分散には他にも理由があります。


もうひとつの理由がある。それは収穫の危険を分散するためである。もともとジャガイモは寒冷な気候に適した作物であるが、そのような高地は作物を栽培するうえでは厳しい環境、すなわち収穫の危険性が大きい環境である。そして、この危険性は高度の増加とともに大きくなる。高地ほど気温が低く、雨量も少なくなるからである。とくに乏しい降雨はジャガイモ栽培に深刻な影響を与える。アンデスではジャガイモは伝統的に自然の降水のみに頼って栽培しているからである。

それでは、このような危険性を回避したり、減少させるためにはどうすればよいのか。その方法の一つが、大きな高度差のなかで生じる気温や雨量の違いを利用して、少しずつ時期をずらして植え付けることである。具体的には、標高の低いところほど早く植え付け、高地にいくほど植え付け時期を遅らせるのである。実際に、マワイの耕地での植え付けは8月であるのに対して、もっとも高いところにあるルキの耕地での植え付けは10月末ごろと、そのあいだには2~3ヶ月のズレがある。

山本紀夫「ジャガイモとインカ帝国」
(東京大学出版会。2004)


休耕システム


ジャガイモの耕地は垂直方向に分散すると同時に、水平方向にも分散しています。つまり4つの耕地のそれぞれを5つの耕区に分け、そのうちの一つだけを使い、残りは休耕しています。こういった休耕は地力を回復するためと考えるのが普通ですが、しかし山本さんが現地で調査したところ、4年間休耕しても土壌養分はほとんど変わらないことが分かりました。4年間休耕してもその土壌養分だけでジャガイモの栽培はできず、リャマ、アルパカ、ヒツジなどの家畜の糞を肥料として与える必要があるのです。


それでは、ジャガイモ耕地は何のために休閑しているのであろうか。その最大の目的は病虫害の防除にあるとわたしはみている。じつは、ジャガイモは病虫害に弱い作物であり、特に連作すると病虫害の発生率は高くなる。その病虫害で最大のものがアンデスではセンチュウによるものであり、その有効な駆除策として知られるのが休閑なのである。しかも、「センチュウの生息密度が高いときにジャガイモの収量を確実にするためには5年間に一度だけ栽培するようなローテーションが必要である」とされるのである [Hooker 1981]。

このような事実は、いずれも休閑の最大の目的が地力の回復よりも、ジャガイモの病虫害の防除にあることを強く示唆するであろう。もちろん、このような方法では、毎年使われる耕地が全体の数分の一でしかないため、生産性という点ではきわめて低いレベルにとどまらざるを得ない。しかし、このことはまた、アンデスの農民が生産性よりも安定的な収穫を最大の目的にしていることを物語る。

山本紀夫
「ジャガイモとインカ帝国」


ジャガイモの品種は100種類


マルカパタ村のジャガイモ栽培で驚かされるのは、きわめて多くの品種があることです。マルカパタ村全体では約100種類のジャガイモの品種があり、村人はそれぞれに品種名をつけています。その一部の例が下図です。

アンデスのジャガイモの品種の例.jpg
マルパカタ村で栽培されているジャガイモの品種の例。村全体では100種ほどあり、すべてに名前がついている。「ジャガイモとインカ帝国」より

しかもマルカパタの人々は、一つの畑に20~30種類もの品種を混ぜて栽培します。いったい何のためなのでしょうか。


その理由のひとつとして考えられるのが、多様な品種の栽培による危険の分散である。さきにマルカパタのジャガイモは形態や色などが異なっていることを指摘したが、これらの品種は形態が異なっているだけでなく、病虫害や気候、さらに環境などに対する適応性も異なっていると判断される。実際に、マルパカタの村びとは、イモの形態の違いだけでなく、それぞれの品種による栽培特性の違いにつていもよく知っている。この点の調査は十分ではないが、少なくとも耐寒性や耐病性、そして雨の多少などに対する適性について熟知している品種が少なくなかった。

したがって、一枚のジャガイモ畑に多様な品種を栽培するのは、やはり収穫の危険性を回避するためであると考えてよさそうである。耐寒性や耐病性などの点で様々に異なる品種を混植することで、天候の異変や病虫害の発生に対して収穫の減少を少しでも防ぐ工夫と考えられるのである。

山本紀夫
「ジャガイモとインカ帝国」

ペルーのジャガイモ.jpg
アンデスのジャガイモ
現代のアンデス山脈で栽培されているジャガイモ。色は多様で、形は不規則である。伊藤章治「ジャガイモの世界史」より。



以上、マルカパタ村のジャガイモ栽培は、まとめると次の3つの特徴をもっています。

高度差利用栽培
1000メートルの高度差を4つの耕地にわけ、時期をずらせてジャガイモを植え付ける。

休耕
一つの耕地をさらに5つの耕区にわけ、5年に一度のローテーションでジャガイモを栽培する。

数10品種のジャガイモを混植
一つの畑に20~30品種のジャガイモを混植する。マルパカタ村全体では約100品種のジャガイモがある。

マルパカタの村人に聞いても「昔からそうやっているから」との答えしか返ってきません。従って栽培方法の「理由」については山本さんの推測が入っていますが、それはやむをえないと思います。

とにかく、アンデスのジャガイモ栽培は、寒冷な土地で食料を確保するための知恵と工夫の積み重ねの上に成り立っていることは間違いないでしょう。もちろん、食料にできない野生種から栽培種を作りだしたのがアンデスの民の「知恵と工夫」の第1歩だったわけです。


世界への伝搬


アンデスの民が育てたジャガイモは16世紀にスペイン人がヨーロッパに持ち帰り、徐々に世界中に広まっていきました。その本格的な普及は18世紀あたりからのようです。アンデス高地が原産ということで何よりも寒冷な気候に強く、また地下茎にイモをつけるので鳥に食べられる心配がありません。特に、飢饉や戦争での荒廃を契機にジャガイモ栽培が広まることが多かったようです。

ジャガイモの普及に関しては数々のエピソードがありますす。たとえば第二次世界大戦後の日本人捕虜のシベリア抑留(=強制労働)では、ジャガイモに助けられたという声が多々あります(助かった人は、という前提ですが)。伊藤章治「ジャガイモの世界史」(中公文庫 2008)にはそのあたりの事情が書かれています。また20世紀になるとネパールのシェルパ族にもジャガイモ栽培が広まり、人口が急増しました(山本紀夫「ジャガイモのきた道」岩波新書 2008)。

ジャガイモを題材にした絵画作品で最も有名なのは、ゴッホがオランダ時代に描いた『ジャガイモを食べる人たち』でしょう。この絵を見ると、食卓にはジャガイモしかないのですね。そこがポイントです。従って絵の題名は「ジャガイモだけを食べる人たち」が正確です。ジャガイモは炭水化物のほかにビタミンCなどの栄養素も多い食物です。ジャガイモが当時のヨーロッパの貧しい農民たちの "命綱" だったことがよく分かります。

ジャガイモを食べる人たち.jpg
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)
ジャガイモを食べる人たち」(1885)
(アムステルダム・ゴッホ美術館)

ジャガイモに関する数々のエピソードで非常に有名なのが、アイルランドの「ジャガイモ飢饉」です。それを伊藤章治・著「ジャガイモの世界史」と山本紀夫・著「ジャガイモのきた道」からたどってみます。


アイルランドのジャガイモ飢饉


イギリス英語でfamine(飢饉)に定冠詞をつけてThe Great Famine(=大飢饉)というと、19世紀半ば、1845年から起こったアイルランドのジャガイモ飢饉のことを指します。


16世紀末、アイルランドにもたらされたとされるジャガイモは、岩盤だらけのアイルランドの土地でも「貧者のパン」としての役割を十二分に果たす。ほとんど手入れなしでも1ヘクタールの畑で17トンものイモが生産されるため、ときにはジャガイモ畑は「怠け者のベッド」と呼ばれたほどだ。

ジャガイモからのビタミンと数頭の牛からのミルクやバターで農民の生活が保証されたため、この国の人口は1760年の150万人から、1841年には約800万人に膨れ上がった。そこに襲いかかったのが「1348年の黒死病以降でヨーロッパ最悪の惨事」と呼ばれるジャガイモ飢饉(アイルランド語 An Gorta Mor。英語 The Great Famine)である。

伊藤章治「ジャガイモの世界史」
(中公文庫 2008)

ジャガイモの世界史.jpg
上の引用にあるように、アイルランドにジャガイモが本格的に普及したのは、18世紀半ばから約100年かけてのことでした。そこに「大飢饉」が襲った。

ジャガイモ飢饉の原因は1845年に始まった「ジャガイモ疫病」の発生で、英語で "Potato Blight" と呼ばれているものです(Blightは "枯れる" という意味)。この病気の原因は、フィトフトラ・インフェスタンスという真菌類です。アメリカ起源といわれているこの病気は、1845年の6月にイギリス南部のワイト島に発生し、イギリス本土、ベルギー、フランス、ドイツなどに広がり、そして8月末にアイルランドに上陸しました。この真菌の胞子はものすごいスピードで広がり、ジャガイモの葉や茎で発芽すると葉は斑点ができて黒く変化し、イモは腐って悪臭を放つようになります。


1845年、ジャガイモ疫病によるアイルランドの損害は平均で約40パーセントに達した。この年夏の湿気の多い天候と変わりやすい風が、ジャガイモ疫病の胞子を各地の畑に飛散させたのだ。

翌1846年は、ジャガイモの植え付け面積が三分の一ほど縮小する。人々が種イモまで食べつくしたからだ。その年もジャガイモ疫病は8月のはじめには姿を現し、卓越風に乗って瞬く間に広がった。さらに収穫期には豪雨が降り、霧が出た。ロンドンの『タイムズ』紙が、「ジャガイモ全滅」と報じたのがこの年である。

1847年は見事な収穫に恵まれたものの種イモの不足で通常の五分の一しか植えられず、飢饉は続く。1848年は2月に大雪が降ったが、5月、6月の天候は順調で、人々に期待を持たせた。しかし7月には雨ばかりの天候となり、またもジャガイモ疫病は一気に拡散した。結果は1846年と並ぶほどの凶作だった。収穫が皆無となるなか、働き手はこぞって米国などに海外移民、残された者たちはペットを食べ、雑草を食べ、さらには人肉までも口にしたという話が伝わるほどの地獄絵図が現出した。

伊藤章治
「ジャガイモの世界史」

ジャガイモ疫病.jpg
ジャガイモ疫病
ジャガイモ疫病にかかると、まず葉に病斑ができ、たちまち葉全体に広がって、地中のジャガイモは腐る。ビル・プライス「世界を変えた50の食物」(原書房 2015)より引用。

ダブリンの飢饉追悼碑.jpg
アイルランド、ダブリン市内にある「飢饉追悼碑」(Wikipedia)

ジャガイモのきた道.jpg
人口調査によると、アイルランドの人口は1841年には817万人でしたが、1851年には655万人にまで減少してしまいました。飢饉がないと1851年には900万人程度になったはずという見積りがあります。つまり250万人の人口が失われたことになり、そのうち約100万人が海外へ移住、残りは死んだといわれています。死因には栄養失調や餓死もありますが、それより多かったのが栄養不足で病気にかかることによる病死でした。

この大飢饉のダメージは大きく、アイルランドの人口はその後も減り続け、現在でも人口は450万人程度です。一方、"アイルランド系"の人口はアメリカで4300万人、全世界では7000万人と言われています。有名な話ですが、この「アイルランド系アメリカ人」から、大統領が2人出ています。ケネディ大統領とレーガン大統領です。どちらも大飢饉の時代にアメリカに移民したアイルランド人の子孫です。


飢饉をもたらしたもの


1845年のジャガイモ疫病はアイルランドだけではなく、ヨーロッパ各国で発生しました。しかし大飢饉はアイルランドだけで起こった。それはなぜでしょうか。


なぜ、アイルランドだけでジャガイモ疫病が大飢饉を引きおこしたのだろうか。それは、一口にいえばアイルランド人が「ジャガイモ好き」だったからである。つまり、あまりにもジャガイモに依存しすぎたせいで、飢饉のような非常時に代替作物がなかったからである。

さらに、この状態に拍車をかけたのが、単一品種ばかりを栽培したことである。ジャガイモには数多くの品種があるが、アリルランドでは19世紀の初め頃からもっぱらランパーとよばれる品種のみを栽培するようになっていた。この品種は、栄養価では他の品種にくらべて劣っているが、少ない肥料と貧弱な土壌でも栽培ができたため、アイルランド全土に普及していたのである。しかし、ジャガイモは塊茎で増える、いわゆるクローンであるため、単一品種の栽培は遺伝的多様性を失わせることになる。したがって、ある病気が発生すれば、それに抵抗性をもたない品種はすべての個体が同じ被害を受けることになる。アイルランドの大飢饉は、まさしくこうして生じたのであった。

山本紀夫「ジャガイモのきた道」
(岩波新書 2008)

しかし、ここでよく考えてみる必要があります。ヨーロッパ各国に比べてなぜアイルランドだけが「ジャガイモに依存しすぎた」のでしょうか。その背景にはアイルランドと英国の長い抗争の歴史がありました。


英国が作り出した大飢饉


12世紀から始まった英国のアイルランド支配は、プロテスタント(英国)によるカトリック(アイルランド)の弾圧の歴史でした。


その抗争の歴史に「苛斂誅求かれんちゅうきゅう」というほかない苛酷な支配を持ち込んだのが、熱烈な清教徒で、わずかな年数で宗教改革を成し遂げ、英国国王チャールズ一世を処刑して共和制を築いたオリヴァー・クロムウェル(1599-1658)である。

1641年、英国支配に対するアイルランド側の反乱、「カトリック一揆」が起こる。英国本土には、混乱のなかで2000人以上の新教徒入植者が殺されたと誇張して伝えられたといわれる。その「新教徒虐殺」への報復、見せしめとして、二万人の精鋭を率いて攻め入ったクロムウェルは、カトリック教徒であるアイルランド人を大虐殺した。カトリック教会組織は手当たり次第に破壊され、教徒の資産は没収された。農地もまたそのほとんどが没収され、アイルランド人は英国人地主の小作人に転落する。17世紀初頭には59パーセントだったカトリック教徒の所有地は、18世紀初頭にはわずか」14パーセントとなった。そしてアイルランド人は岩盤と石ころだらけの西部の土地へと追いやられたのだった。

「アイルランド人は地獄かコノートに行け」とクロムウェルは、公言したといわれる。アイルランドの西部に位置するコノートは、アイルランドのなかでも最も生活条件の厳しい土地だ。

・・・・・・・・・・

小作人となったアイルランド農民は、農地の三分の二に小麦を植え、その収穫のほぼすべてを英国人地主に納めた。ではどうやって彼らは生き延びることができたのか。彼らは残りの三分の一の劣悪な条件の土地にジャガイモを植え、主食としたのである。

・・・・・・・・・・

アイルランドのジャガイモ飢饉は、ジャガイモ単作(モノカルチャー)のゆえに起こったのだといわれる。しかし、英国による土地と作物の厳しい収奪のもと、残された石と岩盤だらけの狭隘きょうあいな土地でアイルランド国民が生き残るには、ジャガイモ単作という選択しかなかったのだ。

ヨーロッパの他の国々でもジャガイモは全滅したが、他の作物で補い、飢饉を回避している。さらに、飢饉がもっとも深刻なときでさえ、穀物を満載したアイルランドの船が英国に向かっていた

伊藤章治
「ジャガイモの世界史」

伊藤氏は「社会構造が生んだ飢饉」「英国によってつくられた飢饉」と呼ぶしかないと書いていますが、その通りでしょう。

農作物の発育不全を引き起こすのは天候不順(冷害、干魃など)や病害虫です。しかしそれを飢饉にまでしてしまうのは、一言でいうと "政治" です。それは現代でも同じですで、「国民の20%が飢餓状態なのに、80%は何ともない」というような例があります。国連が食料の緊急援助に乗り出したりしますが、要するに国全体としては食料は足りているわけです。また国民のすべてに最低限の所得があると(所得が保証されると)、食料を買うことができます。

アイルランドの悲劇がなぜ起こったかをまとめると、アイルランドは、

英国に植民地的支配を受けており、
英国=支配者から「アイルランド人は死んでもよい」と思われていて、
食料をジャガイモに頼っており、
そのジャガイモを壊滅させる病気が蔓延した

ということでしょう。③④の条件に当てはまるヨーロッパの地域はほかにもあったはずです。しかしそれと同時に①②の条件にも当てはまるのがアイルランドだけだった。そういうことだと思います。②に関して言うと、ジャガイモ飢饉は、カトリック教徒絶滅を狙った「不作為によるジェノサイド」という見方もアイルランドにはあるようです。当時、アイルランドは英国の一部であったわけであり、そういう見方が出てくるのも当然でしょう。

  飢饉が "政治" で起こるというのは、江戸時代に何回か起こった "大飢饉" をみてもそう思います。過度の稲作の奨励はいったん冷害になると恐ろしいし(稲は本来、亜熱帯の作物です)、米の代用になる食物も日本古来の稗や粟からはじまって、サツマイモなどの "外来食物" も(江戸後期では)あったはずです。経済的に破綻している藩では何ら有効な手が打てないこともあった。餓死者が続出した藩もあれば、一人の餓死者も出さなかった藩もある、というのが実態でした。


現代のジャガイモ


ジャガイモは寒冷地で痩せた土地でも育ち、また栽培に手間がかからないというメリットがあります。これらの特質があるからこそ、アンデスの民が作り出したジャガイモが全世界に広まったわけです。しかしアイルランドの例にみられるように、ジャガイモの弱点は病気に弱いことです。この弱点をカバーするため、現代日本では種イモが厳重に管理されています。


ジャガイモの弱点は病気に弱いことだ。ウイルスによる葉巻病やYモザイク病、菌類や細菌が原因のジャガイモ疫病、軟腐病、さらには虫が引き起こすジャガイモシストセンチュウなどが難敵だ。アイルランドのジャガイモ飢饉を引き起こしたのがジャガイモ疫病、人間の病気にたとえれば「コレラより恐ろしい」といわれるのがジャガイモシストセンチュウである。

ジャガイモの栽培は、種イモを地中に植え付けることから始まる。万一、種イモがウイルスや病害虫に侵されていれば、収穫されるジャガイモは全滅となる。このためわが国では指定種苗制度により、種イモの生産と流通は独立行政法人種苗管理センターによって、厳重に管理されている。

種イモの元になるのが原原種。「元ダネ」と呼ばれるこの原原種がジャガイモ生産の出発点だから、管理は厳格をきわめる。人里離れた、種苗管理センターの八つの農場でだけ隔離栽培される。それが特定の原種農家で増殖され、採種農家におろされるほか、余裕のあるときは種イモとして一般農家にも出荷される。採種農家で増殖されたものはすべて種イモとして一般農家に出荷される仕組みだ。

原種農家、採種農家が増殖した種イモも、植物防疫官の厳しい検査を受ける。合格したイモだけが、「種馬鈴しょ検査合格証」が添付され、種イモとして販売できることになるのだ。

合格した種イモで一般農家はジャガイモ栽培を行うのだが、そこでできたイモを次のシーズンの種イモにすることは「同一県内で自家栽培に利用する」場合のみ、検査なしで許される。他県向けなどのケースでは植物防疫官による厳しい検査を受けなくてはならない。

伊藤章治
「ジャガイモの世界史」

現代の我々が容易にジャガイモを入手できるのには、このような厳密な管理体制があるわけです。そして、その前史としてアイルランド大飢饉のような悲惨な経験があったことを忘れてはならないでしょう。

北海道更別村のジャガイモ畑.jpg

北あかり.jpg
北海道十勝平野の更別村のジャガイモ畑。下のジャガイモは "北あかり"。


モノカルチャーの怖さ


もう一度、アンデス高地のインディオの人々の農業を振り返ってみると、

アンデス高地のジャガイモ栽培は、
高度差を変えた3つの耕地で栽培
5つの耕区をローテーションで休耕
20~30種類の品種を混植
という特徴をもつ。
主要作物はジャガイモとトウモロコシ

とまとめられるでしょう。山本氏の著書には主要作物以外にも、各種の農作物の記述が出てきます。そのほとんどは、我々になじみがないものです。一言でいうと「多様性を維持した農業」だと言えます。

このような農業形態は、生産性の観点からはマイナスです。山本氏の本には「アンデス高地のジャガイモの生産性は、現代アメリカのジャガイモ生産の 1/10」という意味の記述が出てきます(休耕はカウントせずに、です)。その生産性の低さと引き替えに、食料の安定生産が維持され、悪天候や病害虫による被害リスクが回避されている。

対照的な風景が、19世紀半ばのアイルランドのジャガイモ畑です。そこは遺伝的に均一な単一品種の畑が広がっていました。ジャガイモは種イモから増殖させるので(いわゆる "クローン")、これを続ける限り遺伝子が全く同じになります。19世紀のアイルランドでは「見渡す限りの畑のジャガイモのDNAが全く同じ」という状況があったと想像できます。多様性とは真逆の人工的な世界であり、これは極めて危険な状況です。

もちろん現代日本のジャガイモ生産の8割を占める北海道のジャガイモ畑も、似たような状況です。それが危険だからこそ、国の機関による種イモの厳重な管理がされているわけです。それによって高い生産性が維持されている。

この話の教訓は、生命体は多様性が "命" だということでしょう。振り返ってみると、No.56「強い者は生き残れない」で書いた生命の進化のメカニズムの根幹は「多様性」でした。多様性の中から新しい環境に即した生命が生き残って進化していく。

No.69-70「自己と非自己の科学」で書いた人間の免疫システムも、多様性が根幹にありました。病原菌に対する防御反応は人それぞれに違っている。だからこそ人類は生き延びてきました。アイルランドのジャガイモ飢饉は「1348年の黒死病以降でヨーロッパ最悪の惨事」だそうです(伊藤章治「ジャガイモの世界史」)。その14世紀の黒死病(ペスト)の惨禍では人口の1/3が死んだ地域がヨーロッパのあちこちにあったといいます。考えられないほどの膨大な死者の数です。しかしペスト患者に接しても何ともなかった人も、また多かった。当時はペスト菌が原因という知識は全く無いわけです。だけど死なない(人も多かった)。



モノカルチャーは "単一文化" という意味ですが、もともとカルチャーとは耕作の意味です。"単一作物耕作" という意味でもある。そしてモノカルチャーは本質的にまずいし、危険なのですね。それは生命体だけでなく文化もそうでしょう。

アンデス高地のジャガイモ耕作のスタイルを、現代の農業が踏襲することはできません。膨れ上がった地球の人口を養うために、農業の生産性は非常に大切だからです。しかしアンデス高地の人々が何千年という期間で作り出してきたジャガイモとその耕作スタイルには学ぶものが多いと思いました。

続く


nice!(0)  トラックバック(0) 

No.182 - 日本酒を大切にする [文化]

No.89「酒を大切にする文化」の続きです。No.89 で、神奈川県海老名市にある泉橋いづみばし酒造という蔵元を紹介しました。「いづみ橋」というブランドの日本酒を醸造しています。この蔵元の特長は、

  酒造りに使う酒米さかまいを自社の農地で栽培するか、周辺の農家に委託して栽培してもらっている。

栽培するのは「山田錦」や「雄町」などの酒米として一般的なものもあるが、「亀の尾」や「神力しんりき」といった、いったんはすたれた品種を復活させて使っている(いわゆる復古米)。

精米も自社で行う。つまりこの蔵元は、米の栽培から精米、醸造という一連の過程をすべて自社で行う、「栽培醸造」をやっている。

いづみ橋 恵.jpg
いづみ橋の定番商品、恵(めぐみ)の青ラベル(純米吟醸酒)と赤ラベル(純米酒)。泉橋酒造周辺の海老名産の山田錦を使用。日本酒度は +8 ~ +10 と辛口である。
という点です。「酒を大切にする文化」は、酒の造り手、流通業者、飲食サービス業、消費者の全部が関係して成立するものです。しかし文化を育成するためには、まず造り手の責任が大きいはずです。この記事で言いたかったことは、ワインは世界でも日本でも「栽培醸造」があたりまえだが、日本酒では非常に少ない。こんなことで「日本酒を大切にする文化」が日本にあると言えるのだろうか、ということでした。

このことに関してですが、最近、朝日新聞の小山田研慈けんじ・編集委員が「栽培醸造」を行っている酒造会社を取材した新聞記事を書いていました。「日本酒を大切にする」という観点から意義のある記事だと思ったので、以下に紹介したいと思います。

余談ですが、No.172「鴻海を見下す人たち」で朝日新聞の別の編集委員(山中季広氏)が、シャープを買収した鴻海精密工業を見下みくだすような "不当な" 記事を書いていたことを紹介しました。今回の小山田・編集委員の記事は大変にまともで、さすがによく社会を見ていると思いました。朝日新聞の編集委員ともなれば、きっと小山田氏の方が普通なのでしょう(と信じたい)。

記事は「新発想で挑む 地方の現場から」と題されたシリーズの一環です。まず、秋田県のある酒蔵の話から始まります。以下の引用で下線は原文にはありません。


酒米 蔵から5キロ圏産だけ



酒米 蔵から5キロ圏産だけ
 地元の素材にこだわる

秋田県の横手盆地は今年、例年より早く桜の季節を迎えた。「あま」銘柄で知られる浅舞あさまい酒造(横手市)では、毎年冬に行う酒造りを4月15日に終えた。「今年の冬に使う酒米の苗作りを自分たちで始めています」。杜氏とうじの森谷康市さん(58)は話す。

酒蔵は一般的に、農協などを通じて酒米を仕入れる。地元で酒米作りに直接かかわるのは珍しい。

「酒蔵から半径5キロ以内で作られたコメだけを使う」。浅舞酒造は1997年から、こんな酒造りの方針を掲げる。2011年には、造る酒の全てを地元のコメの純米酒にした。大事な水も、蔵から約50メートルのところにあるわき水を使う。

小山田 研慈(編集委員)
朝日新聞(2016.5.9)

あとで出てくるのですが、浅舞酒造は半径5キロ圏内にある19の農家に委託してコメを栽培しています。上の引用によると、苗は自前でも作っているようです。

半径5キロ圏内ということは、浅舞酒造はコメ作りの過程に常時関与できるか、少なくともその過程を詳しく知ることができるということです。農家ごとの土壌もわかるし、その年の気温や降雨もつぶさにわかる。このことがおいしい酒造りには重要です(No.89「酒を大切にする文化」で紹介した泉橋酒造のホームページ参照)。


意識したのは、原料の産地にこだわるワインだ。フランスでは、法律に基づくAOC(原産地呼称統制)という制度がある。「シャンパーニュ」「ボルドー」といった名称は、その産地のフドウを使うなど一定の基準を満たさないと使えない。ブドウ畑の格付けも決まっていて、消費者からみて価値が分かりやすい。

こうしたワイン造りに考え方をフランス語で「テロワール」と言う。「その土地の特徴」という意味だ。


天の戸 吟泉.jpg
フランスのワインについて付け加えますと、AOCはブドウの産地や畑を規定しているだけでなく、醸造方法も規定しています。日本酒なら、さしずめ
 ・酒米の品種
 ・酒米の生産地区
 ・使用する水
 ・精米度合い
 ・醸造方法
を規定するようなものです。

日本のワインにAOCのような国家規定はないのですが、日本のワイン醸造所も自社のブドウ畑を持つか、契約農家にブドウを栽培してもらうかのどちらか、あるいは両方をやっています。甲府盆地とその周辺にはたくさんの醸造所がありますが、私の知っている限り、皆そうです。サントリーやメルシャンなどの大手メーカーも自社のブドウ畑を持っている。「栽培醸造を全くやっていないワインメーカー」というのは、ちょっと考えにくいわけです。

ちなみにフランスのネゴシアンと呼ばれるワイン流通業者は、シャトーやドメーヌから仕入れたワイン原酒をブレンドして瓶詰めし、販売しています。そのネゴシアンの中には、ブドウの果汁を仕入れて自社で醸造して販売する業者もあるといいます。このケースでは「栽培」と「醸造」が分離していることになりますが、知っての通りフランスは「ワイン大国」であって、そこまでワイン産業が発達していると言うべきでしょう。


一方、日本酒の原産地の表記には、フランスほど厳密なルールがない。コメはブドウと違い、運搬や貯蔵が簡単にできる。別の地域のコメで造っても「地酒」と名乗れる。

酒米は全国的に生産量が少なく、他県のコメを仕入れることも珍しくない。酒米の王者と言われる「山田錦」の主産地は関西だ。

日本酒もワインのように、もっと原料の産地にこだわって造れないか ──── 。

そう考えた森谷さん。地元で酒米を作る農家の研究会にいれてもらい、自ら酒米作りを始めた。


小山田氏が指摘しているように、コメはブドウと違って運搬や貯蔵が容易にできます。そのため「栽培醸造」が普及しなかった(ないしはすたれた)というのはわかります。しかしだからといって、他県のコメを仕入れるだけで安住しているのは怠慢でしょう。さっき書いたようにコメの品質は、山田錦であればいいというのではなく、稲が育った環境(土壌、水、栽培方法)と、その年の気温・降雨によって変化するはずです。それを知った上で最適な精米の具合と醸造方法を決める。そうであってこそ "醸造家" です。

酒造りには水が大切です。そのため地下水などの「自前の水源」を確保している酒蔵も多い。しかしそういう酒蔵でも、米を自前で確保しようとしないのは不思議です。コメよりも水の方が大切なのでしょうか。そんなことはないはずです。記事にある浅舞酒造は「蔵から約50メートルのところにあるわき水」を使うと同時に、自前で酒米の確保を始めました。


酒米は、稲の背が高くなるため倒れやすく、育てるのが難しい。「農家に感謝するべきなのに。こんなんじゃだめだ」。買い入れる酒米の批評ばかりしている自分に気づいた。

市町村合併が進み、名前が消える町や村も多いなか、「狭い産地をアピールした方が、蔵の存在感を出せるのでは」。そう思うようにもなった。

いまは周辺の契約農家19戸に限ってコメを買い入れている。10アールあたり5千円の「補助金」を農家に払い、種もみの補助などもする。すべて自腹で、「毎年の総額は、うちの社長の給料より多い」(森谷さん)というが、最近5年間の売り上げ高は毎年2ケタのペースで伸びている。

昨年8月、全国の得意客50人と契約農家を集めて「半径5キロ以内」の酒米の田んぼを訪ねるイベントを開いた。田んぼを一望できる道満どうまん峠に向かい、ワイングラスに注いだ純米酒で乾杯した。


記事の下線を引いたところに「自腹の補助金」の話がでてきます。日本政府もコメ作りに補助金を出すなら、こういう農家に(手厚く)出してほしいものです。

横手盆地.jpg
朝舞酒造のホームページに掲載されている横手盆地の風景。このような写真を見ると「半径5キロ圏内の酒造り」という実感が湧く。
(site : www.amanoto.co.jp)



別の蔵元の取材です。地元にある酒米の品種を使って成功した蔵元と、自社栽培をはじめた蔵元の話です。


「水尾」の銘柄で知られる田中屋酒造店(長野県飯田市)も、蔵から半径5キロ以内の契約農家などからコメを買って純米酒を作っている。6代目の田中隆太さん(51)は青山学院大学を卒業後、システムエンジニアを経て1990年に家業を継いだ。

高齢の得意客が1人亡くなると、売り上げが年に100本減ることも。「日本酒を飲む人を増やすためにいいものを造らないと大変なことになる」と痛感し、試行錯誤を繰り返した。

モノや情報がたやすく入手できる東京暮らしをやめて戻ったからには「地元でしかできないことをしよう」と思ってきた。地元の酒米「金紋錦きんもんにしき」を使うと、とても良い酒ができた。4合瓶の値段を1200円から100円上げたが、前よりもよく売れた。

売り方も変えた。酒屋任せにはせず、ファンを少しずつ着実に増やすように心がけた。観光客が多い近くの野沢温泉や、百貨店などで試飲会を繰り返し、ここ10年間で売り上げ高は7割増えたという。



自ら酒米作りをする酒蔵も増えている。渡辺酒造店(新潟県糸魚川市)の渡辺吉樹社長(55)は「自分たちでつくるしか選択肢はなかった」と話す。良い純米酒を造るには良い酒米がたくさん必要だが、コメ農家が年々減り、良い酒米を安定的に確保するのが難しくなっているからだ。




No.89「酒を大切にする文化」で紹介した、神奈川県海老名市の泉橋いづみばし酒造も記事に出てきました。海外への販売を見据えた話です。


日本酒の輸出もアジアや米国向けを中心に伸びていて、15年の輸出額は140億円。5年前から6割強増えた。環太平洋宇経済連携協定(TPP)が発効すれば、日本酒の酒税は撤廃される。これも追い風とみて、輸出に本格的に期待する酒蔵も出てきた。

泉橋酒造(神奈川県海老名市)もその一つ。橋場友一社長(47)は「アジアで日本酒に関心がある人は、ワインを飲んでいる人。『(原料の産地にこだわる)ワインと同じです』というと良さを分かってくれる」と話す。地元の酒米にこだわって、海外にも通用する「SAKE」を造っていくつもりだ。



純米酒


以上のように、小山田・編集委員の取材記事は「栽培醸造」ないしは「地元産の酒米にこだわる酒造り」「蔵から5キロ圏内で栽培された酒米による酒造り」がポイントなのですが、もう一つポイントがあって、それは純米酒です。

記事によると日本酒の生産は長期低落傾向にあり、2014年度の生産量の56万キロリットルは、ピーク時の30%という深刻な状況です。しかしその中でも純米酒は2010年度から5年連続で伸びている。2014年度の純米酒の生産量は9.7万キロリットルで、これは前年比106%とのことです。このデータから計算すると、日本酒全体の17%が純米酒ということになります。記事にあったグラフを引用しておきます。

日本酒と純米酒の生産量の推移.jpg
朝日新聞(2016.5.9)より

長期低落傾向にある日本酒の中で、純米酒だけは伸びている・・・・・・。これは大変喜ばしいことだと思います。しかし、上のグラフを別の視点からみると、

  日本酒の83%には添加用アルコールが入っている

ということなのですね。これはいくらなんでも多すぎはしないでしょうか。日本酒生産の長期低落傾向がまだ止まらない2014年度でさえこうなのだから、昔の日本酒のほとんどには添加用アルコールが入っていたということになります。

添加用アルコールとは、各種の糖蜜(サトウキビなど)や穀物(米、サツマイモ、トウモロコシ)を発酵させて蒸留したものです。添加用アルコールとは、つまり蒸留酒なのです。日本酒は醸造酒と思っている人がいるかもしれませんが、それは違います。

  83%の日本酒は、醸造酒と蒸留酒の混合酒

というのが正しい。添加用アルコールを「醸造アルコール」などと言うことがありますが、この言い方は「醸造酒を造るために使う蒸留酒」という、矛盾した言い方です。

ウイスキーにもモルト・ウイスキー(大麦の麦芽から造る)とグレーン・ウイスキー(穀物から造る)があり、ブレンディッド・ウイスキーはこの両者がブレンドされています(No.43「サントリー白州蒸留所」参照)。しかしこれは蒸留酒に蒸留酒を添加しているのであって、日本酒(醸造酒)に添加用アルコール(蒸留酒)を加えるとは意味が違います。

現在、ビールと総称されているお酒は、「ビール」と「発泡酒」と「第3のビール(リキュールなど)」があります。リキュールに分類されているものには添加用アルコールが加えられています。この例に従って、清酒(日本酒)もたとえば、

清酒(=純米酒)
添加清酒(=添加用アルコール入りの日本酒)

と、はっきり区別すべきだと思います。上に引用したグラフは日本酒の長期低落傾向ではなく「添加清酒」の長期低落傾向を示しているのです。

醸造酒に添加用アルコールを混ぜるのは、別に悪いことではありません。スッキリした飲み口にしたいときや、コストを安く押さえたいときには、選択肢の一つだと思います。それは「第3のビール」と同じことです。しかし、日本酒の83%が「添加清酒」というのは、いかにも多すぎはしないでしょうか。こんなことでは日本酒が長期低落傾向になるのは必然だと思いました。


地元産のコメにこだわる主な酒蔵


小山田・編集委員の取材記事に戻ります。この記事には、地元産のコメにこだわる主な酒蔵という表がありました」。その表を引用しておきます。

銘柄 酒蔵 特徴
根知男山ねちおとこやま 渡辺酒造店
糸魚川市(新潟)
地元産米を使い、昨年度は8割が自社生産。「田んぼのすてを見せられるのが強み」
いづみ橋 泉橋酒造
海老名市(神奈川)
地元産米を使い、地元7農家のコメが8割。自社生産も。今は純米酒のみ生産。
日置桜ひおきざくら純米酒 山根酒造場
鳥取市
全量が県内農家の契約米。農家ごとにタンクを分け、ラベルに農家の名前を入れる。
会津娘純米酒 高橋庄作酒造店
会津若松市(福島)
地元の酒米が9割弱。うち自社田が25%。
紀土きつど 平和酒造
海南市(和歌山)
紀州の風土を表現するため、自社田で栽培も。全国の蔵元が味を競う「酒-1グランプリ」で優勝。


山根酒造場の「日置桜ひおきざくら純米酒」がユニークです。酒のラベルに酒米を栽培した農家の名前を入れる・・・・・。酒米がいかに大切かを言っているわけだし、こうなると酒米農家も張り切らざるを得ないでしょう。ウイスキーに「Single Malt Whisky」があります。これに習い「Single Farmer SAKE」と銘打って輸出をしたらどうでしょうか。そうすると商品に強い「物語性」を付与できます。そういった物語性はブランド作りのための基本です。また、泉橋酒造の橋場社長のコメントにもあったように、SAKEは海外進出のチャンスです。おりしも和食がユネスコの無形文化遺産になりました(2013.12登録)。橋場社長の言うアジアだけでなく、欧米にもチャンスはあると思うのです。

余談はさておき、要は、酒造りにもいろいろな創意工夫があるということだと思います。

日置桜純米酒.jpg
(右の写真のラベルに酒米生産者の氏名が明記してある)


日本酒を大切にする文化


誤解されないように言いますと、日本酒は栽培醸造の純米酒であるべき、と主張しているわけでは全くありません。酒の好みは人によって多様だし、飲酒のシチュエーションも多様です。一人ないしは二人でじっくり味わう場合もあるし、多人数で楽しく盛り上がりたい時もある。値段も多様であるべきだと思います。他県から酒米を調達してもよいし、純米酒でなくてもかまわない。しかし、醸造酒作りの基本は、

  自社農地で栽培された原料、ないしは、目の届く範囲の契約農家で栽培された原料を使い、添加アルコールを入れないで醸造する

ことだと思います。その「基本の酒づくり」が非常に少ないことが問題だと思うのです。「基本の酒づくり」でどこまでおいしい日本酒ができるかを極めないと、応用は無理だと思います。応用とは、添加物を加えるとか、全国から酒米を調達するとかです。

朝日新聞の小山田編集委員が「蔵から5キロ圏産だけの酒米」を用いる酒造会社を取材した記事は、「新発想で挑む 地方の現場から」というシリーズの一環でした。醸造酒作りの基本であるばずのものが「新発想」というのは、大変悲しむべきことだと感じます。また、この記事がまるで "地方再生の活動を紹介するような" 印象を与えるのも、本当は異常なことです。もちろん、記事そのものは良いと思いますが。

こういった「地方の現場の新発想」が、新発想でも何でもなく、全国のいたるところの酒蔵と大手酒造会社で行われるようになったとき、日本酒を大切にする文化が真に復活し、日本酒の長期低落傾向が止まるのだと思います。




nice!(0)  トラックバック(0) 

No.171 - 日本人向けの英語教育 [文化]

前回の No.170「赤ちゃんはRとLを聞き分ける」を書いていて強く思ったことがあります。

  赤ちゃんは誰でもRとLを聞き分ける能力があるが(6月齢~8月齢)、日本人の赤ちゃんは10月齢になるとその能力が低下する(もちろんアメリカ人の赤ちゃんは上昇する)

と聞くと、なるほど日本人にとって英語の習得は難しいはずと再認識しました。その "象徴的な例" だと感じたのです。と同時に、だからこそ「日本人向けの英語の教育法」が大切だとも思いました。今回はその話です。


日本人は英語が苦手


学校で英語が必修になっているにもかかわらず、日本人で英語が苦手な人は多いわけです。中学から高校と、少なくとも6年間は英語を学んだはずなのに簡単な会話すらできない、これは英語教育に問題があると、昔からよく言われています。

これはその通りですが、英会話ができないのは当然の帰結でしょう。基礎的な会話ができることを目指すなら、会話が必要なシチュエーションをいろいろとあげ(たとえば自己紹介)、そこでの会話に必要な文型と単語を覚えていくべきですが、そういう教育や教科書、特にテストはあまりない感じがします。また、ホームルームの一部を英語でやるとか、ないしは一部の英語以外の授業を英語でやるといったことも必要だと思いますが、それもない。そもそも学校英語は(一部の私立を除いて)基礎的な会話ができるようになることを目指していないのだと思います。

では、学校英語に意味がないのかというと、そうでもない。No.142-143「日本語による科学」で書いたように、ノーベル賞を受賞した物理学者の益川教授は「英語は "読む" の一芸しかできない」と言っています。益川先生はノーベル賞の受賞記念講演も日本語でやった。それでも世界のトップレベルの科学者です。そういう例もあるわけです。その「英文を読む」ための基礎は学校教育だったはずで、学校英語にも意味はあります。

しかし英語による会話について言うと「学校英語は基礎的な会話ができることを目指していない」というより以前に、もっと根本的なところで英語教育の不備があると思うのです。その一つの象徴的な例が、この文章の最初に書いた「RとLの聞き取り」だと思います。なぜそう思うのかを順に書きます。


RとLの聞き取り


日本語における「ら・り・る・れ・ろ」は、使用頻度が少なく、特に単語の先頭は少ない。従って「尻取り遊び」をするときには、相手が「ら・り・る・れ・ろ」で始まるように誘導するわけです。それが「尻取り遊び」に勝つ一つの作戦です。しかし英語のRとLは違います。英語は、

RとLを使った単語が多い。
しかも、基礎的な単語にRとLがよく出てくる。
さらに、RとLの相違で意味がガラッと変わることがある。

という特性がある言語です。ちょっと考えてみても、

raw - law
read - lead
right - light
river - liver(肝臓)
road - load
rock - lock
crowd - cloud
fright - flight
free - flea(蚤の市の"蚤")
pray - play

など、いろいろあります。rice(米) - lice(しらみ)という "古典的な" 例もありました。

上に掲げた例の一つですが、日本人の中にはデッドロックを「暗礁」のことだと誤解している人がいるようです。デッドロックとは「にっちもさっちもいかない」状況を言いますが、日本語にも「暗礁に乗り上げる」という表現があって、その連想かもしれません。しかし誤解の一番の理由は、デッドロックを dead rock と誤解してしまうことでしょう。もちろん正しくは dead lock であり、錆び付いて開かない鍵のことです。rock と lock を耳で同一視してしまう、ここに誤解の理由があるのだと思います。flea market(蚤の市)を free market(自由市場?)と誤解している人も多数いるようです。

また、上にあげた例に関する有名な話ですが、日本人のキャビン・アテンダントが機内で、

We hope you have a nice fright.
(素敵な恐怖を味わってくださいますように)

とアナウンスした、というのがあります。これはもちろんflight(飛行、空の旅)の L の発音ができなかったわけですが、あまりに良くできた話なので、作られたジョークでしょう。ひょっとしたら、日本の航空会社がキャビン・アテンダントの英語教育用に作ったジョークかもしれません。もし新人キャビン・アテンダントがこのジョークを聞かされたとしたら強く印象に残るでしょうから。

もっと "古典的な" ジョークでは、日本人男性がアメリカ人女性に、

I rub you.
(君をこするよ)

と告白したというのがありました。L に加えて V の発音もできなかったというわけですが、これこそ完全なジョークでしょうね。しかし我々日本人としては、こういった「英米人が(ないしは英語に達者な日本人が)作ったと思われる "日本人ジョーク"」を気にすることはありません。外国語の発音が難しいのはどこにでもあるわけで、英語基準で考えると、たとえば韓国人(および中国人)には P と B をごっちゃにする人がいるし(この区別は日本人にとっては簡単です)、ドイツ人にとっては W と V の区別が難しいわけです。



R と L の話に戻ります。前回の No.170「赤ちゃんはRとLを聞き分ける」を思い出すと、R と L を聞き分ける能力は、生後1年以内にできているわけです。つまりそれだけ脳に "染み付いて" いる。従って学校教育でその聞き分け能力をつけるには、それなりのハードルがあるはずです。いま、

英語の R と L は別の音素だと認識する非英語文化
英語の R と L は同じ音素だと認識する非英語文化

があったとします。はたとえばヨーロッパの多くの国であり、はたとえば日本です。そうすると、こので英語の教育法は(少なくとも R と L の聞き取り・発音については)違ってしかるべきです。つまり日本人に対する英語教育としては

R と Lの発音の違いを示す。
R と Lの違いが英語では重要あること(基本語に多く、頻度が高いこと)を認識させる。
日本語の「ラ行」の発音との違いを示す。

の「3点セット」があるべきでしょう。これはのタイプの国ではあまり必要がないはずです。しかしのタイプの国では必須です。はたして日本の英語教育はそうなっているでしょうか。

音の違いが聞き取れないと、違った音として発音ができません。同じ音と認識しているものは、同じ音で発音してしまう。これは当然です。No.170 にあるように、人の言葉を覚える最初は「音の違いの認識」です。幼児を見ていると、言葉を発しない段階から親の言うことをかなり理解していることが分かります。言葉をしゃべりはじめた頃は、言いたいことがあるのに言えずにイラついたりする。言葉が出るようになっても、たとえば "か" と "さ" と "た" が全部 "た" になったりします。貝(かい)が鯛(たい)になったりする。その "たどたどしい" ところが可愛いわけですが、子どもは貝と鯛の違いを頭では完全に理解しています。発音が追いついていないけれど、脳は違う音だと認識していて、意味も分かっているのです。

言葉を覚えるのは、まず聞き取り(リスニング)が最初でしょう。その一つの象徴的な例が「R と Lの違い」なのです。


二重母音 ou


英語の発音の聞き取りの話のついでに付け加えると、日本人にとってハードルが高い英語の発音に、二重母音の ou があると思います。そもそも二重母音は日本語にはありません。"owe" という英単語は、"おう"(負う、追う)と同じではない。日本語の "おう" はあくまで "o" と "u" の「二つの母音」です。そこがまず難しいのですが、加えて、

  学校 がっこう

とは書くものの、その発音の実態は、

  ガッコー、ないしは、ガッコゥー

であり、ウとは発音されないか、発音されたとしてもごく弱いわけです。つまり日本人としては無意識に、「オウとオーを同一視する」傾向にあります。この日本語感覚でたとえば、

  go という英単語の発音を "gou" というように覚えていると、実際の発音は "ゴー" になってしまう

わけです。さらに英語の日本語カタカナ表記では

  ゴール(goal)×ゴウル
  ゴー(go)×ゴウ
  オー(oh)×オウ
  オープン(open)×オウプン

のように、長母音で書かれるのが普通です(ボウリングのような例もありますが)。つまり、あれやこれやで、

  二重母音 ou を、長母音 o: と同じように聞き取ってしまい、従って二重母音 ou を、長母音 o: と同じように発音する日本人が多い

わけです。しかし英語では二重母音 ou と長母音 o: で意味が違う単語が多々あります。

bowl - ball
boat - bought(buyの過去・過去分詞形)
cold - called(callの過去・過去分詞形)
coat - caught(catchの過去・過去分詞形)
coal - call
load - lord
loan - lawn
row - raw
so - saw(seeの過去形。または鋸)

などです。この発音の言い分けも、日本人としては意識して勉強しないと難しいでしょう。

野球で「コールド・ゲーム」というのがありますね。悪天候や日没、逆転できないような大差で、審判が「試合終了」を宣告するものです。大差による宣告は高校野球の予選などにあります。日本人で、これを暗黙に cold game と誤解している人がいるようです。凍結した(cold)試合だからそう呼ぶのだと・・・・・・。これはもちろん called game であり「宣告試合」のことです。cold(冷たい)は "コウルド" であり、called(呼ばれた・宣告された) は「コールド」です(アバウトですが)。この違いが日本人の耳には分かりにくいことが誤解の原因だと思います。ちょうどデッドロックを dead rock と誤解するようなものです。この二重母音の件でもまた、

日本人には二重母音が難しい
日本語の発音はこうだが、英語はこうだ

と明白に指摘した教育が大切だと思います。


英語の名詞の難しさ


発音を離れて英語の単語を考えてみると、英語の「名詞」の使い方は日本人にとって難しいと思います。ここでいう名詞は、英語にはあるが日本語にはない概念とか、またはその逆といった "高度な" 話ではありません。英語にも日本語にも(そしてどの言語にも)ある基本的は単語の話です。たとえば

  school   学校

という単語があったとき、「school=学校」と理解するのは全くかまわないと思います。細かいことを言うと使い方や意味内容の微細な違いがあると思うのですが、まず最初の学習としては全くかまわない。

しかし日本人にとって英語の名詞が難しいのは、その次の段階です。つまり、英語では一つの名詞が6種類に変化することで、このようなことは日本語にはありません。

まず、一つの単語に可算用法(Countable)と不可算用法(Uncountable)があります。Countableとしてしか使わない(またはUncountableとしてしか使わない)名詞は「可算名詞(不可算名詞)」というわけですが、基本的な単語にそういうのは少ないので、一つの単語の「可算用法・不可算用法」ということで統一します。

次に、可算用法には単数と複数の区別があり、一般には語形が変化します。

さらに、定冠詞(the)をつけない用法、つまり無冠詞か不定冠詞の a/an をつける「不定用法(Indefinite)」と、定冠詞をつける「限定用法(Definite)」があります。なお、可算・限定用法では the の代わりに所有格(my など)でもよいわけです。

chicken(鶏)という単語を例にとって「6つの変化」を図示すると次のようになるでしょう。

可算:鶏
Countable
形がある
数えられる
像を結べる
絵に描ける
非可算:鶏肉
Uncountable
不定形
数えられない
像を結べない
絵に描けない
不定
Indefinite
話者だけが
情報を認知
している
a chicken chickens chicken
限定
Definite
情報が共有
され特定で
きる
the chicken
 (my)
the chickens
 (my)
the chicken

単数
Single
複数
Plural

chicken という一つの単語をとってみたとき、実際に会話の中で使うとか文章に書くときには、これら6つの(形態としては5つの)どれかにしなければならないわけです。従って、たとえばレストランで「水を一杯ください」という時には、

× Give me water,
Give me a water.
(= Give me a cup of water)

なのですね。つまり water という単語を「可算・単数・不定」の用法で使うわけです。一つの例ですが。

もちろんすべての単語に6つの使い方があるわけではありません。可算用法でしか使わない名詞もあるし、その逆もあります。一方で chicken のような語もある。英語の名詞はこういう「枠組み」であることは確かです。

これを英文法に従って、名詞、冠詞(定冠詞・不定冠詞)、単数・複数、可算・不可算と順番に説明していくのは、英文法には沿っているかもしれなが、日本人向きではない。それは「枠組み」を既に理解している人向けの詳細説明です。日本語に慣れた親しんだ人には、「日本語では1つの単語を、英語では6つの形で使うという風に統一的に説明する」のが、英語の名詞を理解する道でしょう。

  蛇足になりますが、英語の名詞のこういった変化は、ヨーロッパの言語の中では非常に簡単な方ですね。他の言語では、名詞に男性名詞・女性名詞(さらには中性名詞)の区別があったり、名詞が格によって変化したり、それとともに冠詞も変化したりと、(日本人からすると)やけに複雑なことになっています。英語の "簡単さ" が、実質的な国際標準語になりえた一つの理由なのだと思います(もちろん一番の理由は19世紀から20世紀にかけての英国・米国の世界覇権)。しかしこの "簡単な英語" も、こと名詞については日本人からすると難しいのです。


英文法書は「翻訳書」


そもそも、日本の学校における英語教育の大きな問題点は、英文法書が「翻訳書」だということです。英米人が書いた英語の英文法書が「ネタ」になっている。説明のしかたや、説明の組立て、構造がそうなっています。しかし、英米人の学者が書いた英文法は英語の研究のためのものであって、日本人に英語を教える目的ではないわけです。また日本の英文学者や英語学者が日本人向けの英文法教科書を書くのも変です。英文学者や英語学者は、英語や英文学の研究をする人であって、日本人に英語を教育する人ではないからです。

ある言語の文法は、その言語のネイティブ・スピーカーが言葉を使う上では不要です。我々は現代日本語の文法を知らなくてもしゃべれるし、読み書きができます。我々が学校で現代日本語の文法をどれだけ習ったかというと、あまりないわけです。五段活用とか一段活用とか、それぐらいしか印象にない。我々が学校で日本語の文法をしつこく勉強したとしたら、それは古典文法(古文)です。そこでは「係り結び」などの文法を知らないと文の意味が理解できないわけです。しかし現代日本語については、動詞の活用を知らなくても日本語はしゃべれるし読み書きができます。もちろん正しい言葉づかいを習得するのは大切だし、学校でも教えます。家庭でもしつけられる。しかし体系的な「文法」の知識は必要ではない。

一方、日本にやってきた英米人(ないしは英語を母語とする人)に日本語を教えるとすると、文法(言葉の構成規則)は必須です。そして英米人に日本語を教える時の「日本語文法」は、日本の学校で日本人が学ぶ「日本語文法」とは違ったものになるはずです。

たとえば、No.140-141「自動詞と他動詞」に書いたように日本語では「自動詞と他動詞のペア」が動詞の基本的は構造になっています。「変える」と「変わる」のように・・・・・・。英語ではこういうことは(一部の単語を除いては)ありません。英語では一つの言葉(たとえば change)が、日本語では二つの形(変える・変わる)をとる。これは、名詞のところで書いた「日本語では一つの言葉が英語では6つの形をとる」のと正反対の状況です。この「自動詞と他動詞のペア」を言い分けないと「変な日本語」なります。

あそこの角を左に曲がると駅です。
× あそこの角を左に曲げると駅です。

というようにです。この例文では×の意味は通じますが・・・・・・。

英語が母語の人が日本語を学ぶとき、この「自動詞と他動詞のペア」は、意識して学習しないと難しいと思います。英語にはない言語システムだし、さらに自動詞と他動詞のペアは、一見したところ規則性が無いように見えるからです。No.140「自動詞と他動詞(1)」に、その規則性を図にしたものをあげました(下図)。

自動詞と他動詞.jpg
自動詞と他動詞のペアの構成規則」(ローマ字は連用形の語尾)

この図はよく見るとちょっと複雑です。その "複雑さ" は、

五段動詞=自動詞、一段動詞=他動詞、のペア
五段動詞=他動詞、一段動詞=自動詞、のペア

の両方があり、五段動詞が自動詞になるのか他動詞になるのかが、動詞の形だけでは不明なことです。No.140「自動詞と他動詞(1)」で書いたその規則は、

五段動詞が自動詞か他動詞かは、つぎの原則で決まる。

自動詞
内部からの成長や変化など、自然にそうなるのが普通の状態だと見なせる動詞

他動詞
外部に影響を与える動詞。または人為が普通の状態だとみなせる動詞。

ということでした。確かにその通りですが、「自然にそうなるのが普通の状態」なのか「人為的にそうなるのが普通の状態」なのか、それは文化によって相違するはずです。結局、この「自動詞と他動詞のペア」の使い分けは、そういう言語体系を持たない人にとっては、意識して念入りに習得する必要があるはずです。

日本語を母語とする人にとっては、こういったルールを全く知らなくても動詞の使い分けが自然とできます。もちろん No.146「お粥なら食べれる」で書いたように、現代日本語にも文法的に "揺れ動いている" 言葉があって「見れる」と「見られる」が混在しています。しかし「自動詞と他動詞のペア」については非常に安定していて、たとえば「そこの角を曲げると駅です」という人には会ったことがありません。

従って上図に掲げたような「文法」の知識は全く不要であり、「日本人向け」にこのような「文法」が語られることはまずないのです。しかし外国人が日本語を習得する時には必須になる。ここが重要なところです。



日本人が英語を習得しようとするときには、これと全く正反対の状況が出現します。その一つの例が、前に掲げた「日本語では一つである名詞が、英語では6つの形をとる」ということであり、また発音で言うと、RとLの聞き分け、言い分けなのです。英米人にとってはあたりまえだが、日本語には全くない状況なので、意識して習得しないと難しい。漫然と勉強していたのでは、いつまでたっても身に付かないのです。


日本人のための英語教育


No.143「日本語による科学(2)」に「日本語・英語の自動同時通訳が将来あたりまえになるだろう」と書きました。この「自動同時通訳」ついて補足すると、スペイン語と英語の自動同時通訳はすでに実現されているのですね。マイクロソフトが Skype でこのサービスを提供してます。2014年末に始まった「Skype Translator」です。使ったことがないので「使いものになる程度」は分からないのですが、とにかくそういうサービスを天下のマイクロソフトが提供している。これは「スペイン語と英語の関係は、現在の技術で自動同時通訳ができるほど近い関係にある」ことを示しています。

しかし「日本語と英語の自動同時通訳」は、現在の技術ではできません。言葉の構造が全く違うからです。これからも分かることは、スペイン語の話者が英語を習得するより、日本語の話者が英語を習得する方が格段に難しいということです。だからこそ、その障壁をできるだけ小さくする教育方法が大切です。

たとえ将来「日本語と英語の自動同時通訳」ができたとししても、外国の方と言葉で直接コミュニケーションをとることの重要性はなくなりません。日本人のための(=日本人に特化した)英語教育の大切さは続くでしょう。そのためには、まず中学・高校の英語教育から、

日本人にとって英語習得の難しさしさはどこにあるのかを検討し
その日本人の難しいところの(英語における)重要度を判断し
重要なところから、日本人が克服するための最適な教え方を確立する

ことが必要だと思います。




nice!(0)  トラックバック(0) 

No.147 - 超、気持ちいい [文化]

No.144 / 145 / 146 に続き、日本語の話題を取り上げます。No.144「全然OK」で、朝日新聞(2015年4月7日)に掲載された「"全然OK" は言葉の乱れ」との主旨の投書を取り上げましたが、再び朝日新聞の投書欄からです。


"めっちゃ" と "超(ちょう)"


2015年5月17日の朝日新聞の投書欄に、以下のような投書が掲載されました。


日本語と方言の豊かさ知って
東京都・無職・76歳(男性)

若者を中心に「めっちゃ」「超」という言葉が使われています。同じ意味の言葉は、ほかにもこんなにあります。

とても。非常に。大変。大層。甚だ。すこぶる。うんと。大いに。それはそれは。何とも。めっぽう。とびきり。べらぼうに。無上の。えも言われぬ。4月1日の本誌朝刊「折々のことば」にも「はてない」という、すてきな言葉がありました。日本語は何と豊かなことか。

方言も宝物です。昔聞いた、みそ会社のコマーシャルも忘れられません。亡くなった歌手の淡谷のり子さんが「たいすたたまげた!」と言っていました。みそ汁の香りまで連想させます。

中学生、高校生のみなさん、使う言葉の幅を広げ、方言も仲間に加えてみてはいかがですか。

朝日新聞(2015.5.17)

実はこの投書の横には別の投書があって「"半端じゃない" を "ぱない" と言う若者言葉は略しすぎで、言葉の乱れ」という主旨の、14歳の少女(福岡県・中学生)の投書が載っていました。言葉遣いに関心がある人は年齢を問わずに多いようで(私もそうですが)、たて続けに(定期的に)このような投書を採用する朝日の編集部にも、ずいぶん日本語に関心がある人がいるようです。新聞社ならあたりまえかもしれませんが。

東京都・76歳氏の投書に話を戻して、この投書に列挙されている16個の言葉が、話ことば(口頭語)として「めっちゃ」や「超」の替わりになるかどうかは大いに疑問です。この種の言葉は「役割語」としての性格を帯びていて、若者・老人・サラリーマン・男・女などの、社会における「役割」に応じて使う言葉に特色があることが多いからです。使う言葉によって「役割」を再確認し合っている。意味が同じだからといって代替できるとは限りません。

その、列挙されている「豊かな日本語」の筆頭は「とても」(= 肯定的に使う "とても")です。No.145「とても嬉しい」で書いたように、明治時代から(おそらく)昭和10年代まで、"とても" は「とても出来ない」というように否定語と組み合わせて使うべき、という言葉の規範意識がありました。実際、作家の丸谷まるや才一氏(1925。大正14年生まれ)は "とても" を「なるべく否定のときに使うようにしている」言っています。評論家の山崎正和氏(昭和9年生まれ)の祖母は、山崎氏が子供のころ「とても嬉しい」というような言い方をすると厳しく叱ったといいます(以上、No.145)。

東京都・76歳氏が小学校から10歳台を過ごしたのは昭和20年代から昭和30年代はじめ(1945-1958年あたり)なので、この頃にはすでに肯定的に使う "とても" は一般的だったということでしょう。もし内心、少しでも違和感があるのなら「豊かな日本語」の筆頭とはしないはずです。肯定的に使う "とても" は「使ってはいけない言葉」から「豊かな日本語」へと大変身したわけです。



それはさておき、この投書は「言葉遣いの乱れを指摘する投書の一般的なパターン」ではないことが特徴です。つまり No.144「全然OK」で指摘したように、一般的なパターンとは、

最近(ないしは、最近の若者に)「・・・・・・」という言い方が目立つ。
これは言葉遣いの乱れである。
正しい言葉を使おう

という論旨展開を言っています。一見、論理的なようなのですが、No.144「全然OK」でみたように の前提が違っていることがあり、たとえば「全然いい」のような「肯定的に使う全然」は、最近言われ出したどころか明治時代からあったりするのでした。

さきほど触れた福岡県・14歳嬢の投書はこの「一般的なパターン」に沿っているのですが、東京都・76歳氏の投書は違います。その特徴は2点あって、

「めっちゃ」と「超」を話題にしているが、それを「言葉遣いの乱れ」とか「日本語の乱れ」だとはしていない。ほかにもっと言葉がありますよ、と若者をさとしている。

「方言は宝物」だと主張している。方言にも( "めっちゃ" や "超" に相当する)多様な言葉があると言っている。

の二点です。②の「方言は宝物」という発言に関してですが、日本近代史を振り返ると「方言撲滅運動」や「方言矯正運動」がいろいろありました。沖縄の「方言札」が有名です。学校で方言を言うと首に札をぶらさげるという・・・・・・・。関東地方でも「ねさよ運動」がありました。そういう歴史からすると、方言は貴重という意識は日本の文化の成熟を感じます。

しかし、ここで問題にしたのは です。 は「若者の単調な言葉遣い」、きつく言うと「若者のボキャブラリーの貧困」を指摘しているのですが、想像するに東京都・76歳氏は「めっちゃ・超」という言葉そのものに違和感を感じるのだろうと思います。それは「はてない」という、まず普通の日本人は話し言葉で使わないだろうし、文章語としても(プロの文筆家は別にして)まず使わない言葉を引き合いに出していることに現れていると思います。「めっちゃ・超」とは全くの対極にある言葉を持ち出すことで「めっちゃ・超」に対する違和感をにじませている。

しかし思うのですが、「めっちゃ」「超」は日本語の伝統に沿った、大変に "まともな" 言葉だと思います。そしてこういう言葉の存在こそ「日本語の豊かさ」を実証していると思うのです。その理由を以下に書きます。


めっちゃ、楽しい


"めっちゃ" ないしは "めちゃ" が滅茶苦茶(目茶苦茶、メチャクチャ)から来ているとは誰しも認めると思います。

  滅茶苦茶(めちゃくちゃ)、楽しい

という使い方がオリジナルでしょう。この言葉は日本語大辞典(小学館)では、次のように解説されています。


めちゃ-くちゃ 【滅茶苦茶・目茶苦茶】

「くちゃ」は語調を整えるために添えたもの。「滅茶苦茶」「目茶苦茶」はあて字)

①全く筋道のたたないこと。非常に度はずれていること。また、そのさま。めちゃめちゃ。めちゃ。むちゃくちゃ。(田山花袋、夏目漱石からの引用 - 省略)

②どうにもならないほどこわれること。まったく悪い状態になること。また、そのさま。めちゃめちゃ。めちゃ。むちゃくちゃ。(有島武郎などからの引用 - 省略)

日本語大辞典 第10巻
(小学館 1976)

「くちゃ」は語調を整えるために添えたもの、とありますが、添えられる前の言葉である「滅茶・目茶」の解説もあります。


めちゃ 【滅茶・目茶】

「むちゃ」の変化したものか。「滅茶」「目茶」はあて字)

①「めちゃくちゃ(滅茶苦茶)①」に同じ。

②「めちゃくちゃ(滅茶苦茶)②」に同じ。(樋口一葉などからの引用 - 省略)

日本語大辞典 第10巻
(小学館 1976)

この語義解説をまとめると「めちゃ(滅茶)」も「めちゃくちゃ(滅茶苦茶)」も同じ意味であり、明治時代からある言葉であって、書き言葉としては著名作家が使っているということになります。また「めちゃ」の語源と推測されている「むちゃ」は江戸時代からある言葉です(日本語大辞典)。むちゃ(無茶)→ めちゃ(滅茶)→ めちゃくちゃ(滅茶苦茶)という、言葉の形成過程が推測できます。

最新の『広辞苑 第6版』(2008)には、もちろん「めちゃ」も「めちゃくちゃ」もあります。ただし「程度が非常に大きいさま」という語義は「めちゃくちゃ」にしかありません。従って「めちゃ、楽しい」は "俗な言い方" ということになりそうです(あくまで "広辞苑基準" ですが)。

言葉の使われ方には栄枯盛衰があり、ある言葉がメジャーになったりマイナーになったりします。推測ですが、おそらく口頭語としての「めちゃ」は明治時代以来、綿々と使われていていて、それが現代で「目立つ」ようになった。特に「程度が非常に大きいさま」にも使われるようになった。だから「目立たない」時代に幼少期を過ごした人は違和感を感じる。そういうことではないでしょうか。

めちゃ(滅茶)のような "由緒ある" 言葉を、現代の若者が「めっちゃ、楽しい」と、副詞としてリユースするのは全く問題がないと思います。問題がないどころか、日本語を豊かにする "さきがけ" となっていると思います。


超 (ちょう)


「滅茶(目茶、めちゃ、めっちゃ)」と違って、副詞としての「超(ちょう)」は昔からある言い方ではありません。Wikipediaの記事によると、1950年代から使われ出して、1968年の東映映画には実例があるということなので、まだ60年ほどの歴史しかありません。

近年(と言っても、10年以上前ですが)「超(ちょう)」を有名にしたのは、水泳の北島康介選手です。2004年のアテネオリンピックで北島選手は100メートル平泳ぎと200メートル平泳ぎで金メダルをとりましたが、その100メートル平泳ぎで優勝した直後の発言です。


北島 悲願の金 「ちょー気持ちいい」

<アテネ五輪競泳:男子100メートル平泳ぎ>◇15日

勝った。泣いた。叫んだ。北島が悲願の金メダルを獲得した。競泳男子100メートル平泳ぎで、日本のエース北島康介(21=日体大)が1分0秒08のタイムで優勝。世界記録保持者ブレンダン・ハンセン(23=米国)を退け、表彰台の中央に立った。ケガや体調不良に苦しみ、大会直前には世界記録も更新されたが、大舞台で逆転。競泳では92年バルセロナ大会の岩崎恭子以来、男子では88年ソウル大会の鈴木大地以来の栄冠を日本にもたらした。

最後はやはりハンセンとの争いだった。猛追してくるライバルから、必死に逃げる。持ち前の大きな泳ぎは崩れない。最後のタッチは流れたものの、0秒17差勝った。金メダルを確認すると、水面を右こぶしで思い切り叩く。激しい水しぶきの中に最高の笑顔。体を震わせて、何度も雄叫びを上げる。日の丸が激しく揺れるスタンドに手を挙げ、ど派手なガッツポーズ。追い求めてきた夢をかなえ、体中から喜びがあふれた。

「ちょー、気持ちいい。やる前からハンセンとの勝負と思っていた。気持ちで絶対に勝つと思い、スタート台に立った。どこで勝ったかは覚えていない」と一気に話した。「(金メダルは)鳥肌ものですね。気持ちいい~」。緊張感から完全に開放されると、ひと目も気にせずに号泣した。感動的な男泣きだった。

2004/8/16/09:35
nikkansports.com(紙面から)

北島選手・アテネ五輪.jpg
(nikkansports.com より)
試合後のインタビューは繰り返しテレビで放映されたので、多数の(大多数の)の日本人が見たはずです。「ちょー、気持ちいい」は、2004年の「新語・流行語大賞」の「年間大賞」になりました。「超(ちょう)」が完全に "市民権" を得たということでしょう。北島選手のこの発言は、オリンピックでの金メダルというスポーツ選手の最高峰に立った喜びを爆発させた発言として、多くの日本人が感動したのではと思います。中には(おそらく東京都・76歳氏のように)違和感を感じた人がいたかもしれないけれど。


「超」の使い方の拡大


「超」の基本の使い方は、名詞の接頭語(接頭辞)として既存の名詞の前に付加し「その名詞が表す通常の概念を越えた存在」であることを示す新たな名詞を作る、というものです。これには、

  超特急、超大国、超高層(ビル)、超自然(現象)、超人、超能力、超新星、超音波、超伝導

など多数あります。英語の super- や ultra- の訳としても使われます。superconductivity の訳は超伝導、のたぐいです。上にリストした単語は明らかに「一語の名詞」として発音されています。

しかし「超」は既存の言葉だけではなく、新たな言葉を作り出す接頭語としても使われてきました。1980年代ですが、小説家、シドニー・シェルダンの「ゲームの達人」(1987)を翻訳出版したアカデミー出版は、この日本語訳を「超訳」と称しました。これは「日本語としての読みやすさ・分かりやすさを最優先させるため、徹底した意訳を行い、省略や構成の組み替えも辞さない訳」だそうです。この翻訳方針が妥当かどうかは別にして、「超」を使って新語(=広告のためのキャッチ・コピー)と作った例です。

また1990年代ですが、一橋大学の野口悠紀雄教授(当時)は『「超」整理法』(1993)を出版しました。これは内容による分類を全く捨て去り、書類や文書にアクセスした日時によって時系列に整理するという手法です。題名としては『新整理法』でもいいはずですが、「従来の整理の概念を根本から変える」という意味を込めて「超」をつけたのだと思います。この本の題名は「超」を括弧にいれることで、整理を修飾する独立した形容詞のイメージにしています。

もちろん野口教授は言葉遣いの怪しい若者ではなく、実績のあるれっきとした経済学者です。これは、社会的地位が高い(と考えられている)人物が「超」を独立句として使った(使わされた?) "画期的な" 本だと思います。

このような伝統からか、現在においても『超訳 日本国憲法』(池上彰。新潮新書。2015)や『超・知的生産法』(角川新書。2015)などがあり、「超」は出版界に定着したようです。



ここまでの「超」は「名詞の前につける語」でした。しかし「超」が「程度を表す名詞」の前つくと微妙になってきます。「超」が形容詞(形容動詞)を修飾する副詞的になってくるのです。

「超満員」という言葉があります。これは一見「超特急」と同じようですが、少し違います。実際の使われ方は、

新幹線の自由席は「超満員」だった。
新幹線の自由席は「超」「満員」だった。

の2種あります。 は「超満員」という一語であり、アクセントを「超」だけにつけます。「超音波」「超伝導」と同じ発音です。一方 は「超」でいったん語を区切る言い方です(発音のピッチを下げ、満で再び上げる)。おそらくNHKのアナウンサーは必ず でしょうが、普通の会話では もよく聞きます。そうだとすると が許されるという前提で、

新幹線の自由席は「超」混んでいた。

と言いたくなるのは不思議ではありません。

さらに「超一流」というような言葉になると、もっと微妙になります。これは「超満員」とはまた違って、

彼のシェフとしての腕前は「超」一流だ。

というように「超」を独立語として発音するのが普通です。「超」で発音のピッチをいったん下げ、「一流」でピッチを上げる。ということは、

彼が出すフレンチは「超」旨い。

という言い方があってもおかしくはない。

さらに現代社会では、家電量販店のチラシ、ディスカウント・ストアやスーパーの店頭のPOP広告、CMのキャッチ・コピー、ネットショッピングのサイトなどに「超」のつく言葉が溢れています。超安値、超新鮮、超快適、超人気、超レア、などです。これらの言葉を日常会話で使うとすると、

このテレビは超安値で買った
このテレビは「超」安かった

となります。

の言い方と、北島選手の「超、気持ちいい」はごく近いわけです。北島選手の発言は、確かに日本語の昔からある用法ではないかも知れないけれど(高々、使われ出してから60年です)、言葉の使用法の拡大としては、自然な流れの中にあると言えるでしょう。


「極」「即」という前例


「超、気持ちいい」という言い方は、「漢字一字を音読みにして副詞として使う」ものです。実は、日本語にはこの前例があります。今しがた使った「極(ごく)、近い」という表現です。

「極」は熟語として、極上、極悪、極悪人、極意、極秘、極道、極彩色、極薄、などと使います。また名詞に付加する接頭語として、専門用語になりますが「極紫外線」というようにも使う。しかし「極(ごく)」は、

極、親しい間柄
極、まれに起こる
極、わずかしかない

というように、独立した副詞としても使うのですね。

さらに「即」という前例もあります。熟語としは、即断、即決、即興、即答、即席、などですが、

即、電話して!

のようにも使います。



まとめると「超、気持ちいい」という言い方は、超特急 → 超満員 → 超一流 → 超安い → 超気持ちいい、という使用法の拡大の流れの中にあり、かつ「極」「即」という前例にも沿っています。これは「とても嬉しい」と同じように、日本語の語彙をより豊かにする変化だと思います。


強調表現の宿命


北島康介選手のインタビューに戻ります。北島選手はなぜ「ちょー」と言ったかを推測すると、オリンピックでの金メダルという、スポーツ選手としての「究極の目標」を達成し、しかも「宿敵」のハンセン選手に僅差で勝ったという状況の中で、他に適当な言葉が見つからないということではないでしょうか。もし北島選手が、

とても気持ちいい
大変、嬉しい

とか言うと、おそらくテレビを見ている人は「おやっ。喜びも "ほどほど" なのか」と暗黙に受け取ってしまうでしょう。つまり、このようなシチュエーションでの「普通の言葉」や「正しい日本語」は、かえってそぐわない。

  その意味で、水泳つながりですが、1992年のバルセロナ・オリンピックの女子200メートル平泳ぎで金メダルをとった岩崎恭子さん(当時14歳になったばかり)の「今まで生きてきた中で一番幸せです」という発言は名言と言えるでしょう。「今まで生きてきた中で」という表現は、黒柳徹子さんが言うのならともかく、14歳の女の子の発言としては聞く方がドキッとします。まるで不治の病と戦う少女が病院のベッドで言うような言葉だからです。このギャップ感が名言たるゆえんです。ただし、こういう言い方は誰でも咄嗟に出るわけではないでしょう。

本題に戻って、「普通の言葉はそぐわない」というのは、程度を強調する "強調表現" の宿命を象徴しているように思えます。あまりに一般化してしまった強調表現は、強調の度合いが少ないように感じられてしまうわけです。振り返ってみると、No.144「全然OK」の "全然"も No.145「とても嬉しい」の "とても" も、否定とペアで使うのが(一時期)メジャーだった言葉を、強調のための副詞として使うものでした。

副詞以外の強調表現もそうです。冒頭で触れた「半端じゃない」という言い方も、わざわざ「半端」を持ち出して「ない」で否定している。あえて「ない」を使う方がより強調を表すように人は感じるからだと思います。言語学・文化人類学者の西江雅之氏の著書に、次のような一節があります。


「ものすごい」などというのも、かつては恐ろしいものに対してしか使わなかったのが、今やまったく普通に「ものすごい美人を見た」と言いますよね。昔だったら、それではもう怪獣かお化けみたいになってしまいますけど。形容詞などにはそういう例が多いんです。

西江雅之
『「ことば」の課外授業』
(洋泉社。2003)

青空文庫の用例で「ものすごい(物凄い)」を検索すると、夏目漱石、正岡子規、寺田寅彦、島崎藤村、宮沢賢治、梶井基次郎、太宰治、などの著名作家の文章が続々と出てきますが、確かに「恐ろしいもの」にしか使っていませんね。青空文庫は著作権が切れた(死後、50年以上たった)作家の作品しかありません。「ものすごい美人」という表現は、この50年の間に広まったことは間違いないでしょう。

そういう、日本語の語彙変化の中で「めっちゃ」も「超」も考えるべきだと思います。


「超」に続くのは?


"強調表現の宿命" を考えると、「超」が完全に一般化したあかつきには、別の漢字一字の音読み(字音)で「程度が強い」ことを表す言葉が出現すると予想しています。

最近マスコミで、中国人観光客を中心とした「爆買い」が話題になっていますが、この「爆」はどうでしょうか。

もともと「爆」は、爆弾、爆発、爆撃、空爆、など、何かが破裂するイメージです。ところが「爆笑」という言葉があります。破裂のイメージを大笑いに拡張したものだと考えられます。ここまではよいのですが「爆睡」となると怪しくなってくる。これは長時間、死んだように眠ることなので、破裂のイメージほとんどなく「睡」を強調する語としての使い方です。これが「爆買い」となると、短時間にお金をつぎ込んでたくさん買う意味であり、「爆」には強調の意味しかないことが明白です。もともとの言葉のイメージが完全に変化しています。

しかし「爆」は、現段階では形容詞的な言葉にはつながらないと思います(爆安?)。独立した副詞とするには、まだ不十分でしょう。



やはり「超」に続く最有力候補は「激」ではないかと思います。この語は、激化、激務、激減、激増、激震、激賞、激痛、激怒、激動、激突、激変、激流、激励、激論、などと使い、また二字熟語の後ろとしては、過激、刺激、感激、急激、などで使われます。

ところが「激」は新語を作る接頭語としても使われるのですね。その代表は、写真家・篠山紀信氏の、女性をモデルにした写真集につけられた「激写」(1975~)です(その最初は、山口百恵さんのグラビア写真)。ちなみに「激写」は小学館が商標登録しているそうです。つまり「激写」と銘打った写真集は小学館しか出せません。

この「激写」が引き金になったのだと思いますが、「激走」「激太り」「激せ」などと言われ出しました。さらにここが重要ですが、形容詞的な語とも結合して、激安、激から、激うま、激、激レア、などと使われます。このうち「激辛」は1986年の新語・流行語大賞の新語部門で銀賞をとった言葉で、つまり1986年から広まった言葉です。しか今や「激辛」はトウガラシ、スパイスなどの香辛料の刺激味を表現する言葉として完全に定着してしまった感があります。そういう前提で次の3つの文、

あの店の麻婆豆腐は激辛だ。
あの店の麻婆豆腐は「激」辛い。
あの店の麻婆豆腐は「激」うまい。

を考えてみると、 が許されるなら があってもよい感じがするし、それなら将来 が出てくるように思えるのです。



いずれ死語になってしまうような新語・流行語・省略語は別にして、"正しい" とされる言葉も徐々に変化し、使い方が拡大していきます。あれっ、と思うような言葉でも、日本語の変化の大きな流れとして理解できることが多い。また前回の No.146「お粥なら食べれる」で書いたように、言葉の基本的な部分はそう易々やすやすとは(100年程度では)変わらないものです。言葉遣いの問題は、少し長期の視野から見て議論するべきだと思います。



 補記 

ゴルコンダ.jpg
ルネ・マグリット
「コルコンダ」
(美術展の公式サイトより)
2015年3月25日から6月29日まで、東京・六本木の国立新美術館でルネ・マグリット展が開催されています(その後、京都市美術館に巡回)。この展覧会を見ると、マグリットの作風はさまざまに変化してきたことが分かるのですが、有名なのは、いわゆる「シュールレアリスム」の作品群でしょう。

朝日新聞・2015年6月14日の紙面で「はじめてのシュールレアリスム」という見出しで、フランスの詩人、アンドレ・ブルトンが1920年代のパリで開始したシュールレアリスムの文化運動が解説されていました。マグリットの「ゴルコンダ」が、シュールレアリスムの代表的な作品として紹介されています。その記事の最後で、日本語との関連があったので引用します。


シュールレアリスムの日本語訳は「超現実主義」。仏文学者の巌谷いわや國士くにおさんは「超現実の『超』は『超かわいい』という時に近い」という。フランス語で言う「シュルレアリスム」の「シュル」は「強度の」という意味。「超現実」は「真の現実」なのだ。

朝日新聞(2015年6月14日)

確かに仏和辞典をみると、接頭語としてのシュル(sur)の意味は「・・・の上に、・・・を超えて、極度の、過度の」とあります。シュールレアリスム運動が始まったのは、日本で言うと昭和の時代の初め頃です。従って「超現実主義」という日本語訳は "現実ではない" というニュアンスになってしまい、フランス語本来の意味をとらえていないものだった。しかし「超かわいい」という言い方が日本でも1950年代から使われ出して、現代ではかなりメジャーになった。となると、意外にも「超現実主義」という日本語訳が本来のフランス語の意味とマッチするようになった・・・・・・。

シュールレアリスムは、日本の若者言葉風に「ちょー現実主義」と受けとるべきなのですね。それが文化・芸術運動としての本来の意味です。フランス語の「シュル」と日本語の「超」の意外な関係が理解できました。




nice!(0)  トラックバック(0) 

No.146 - お粥なら食べれる [文化]

前回の No.145「とても嬉しい」で、丸谷才一・山崎正和の両氏の対談本『日本語の21世紀のために』から「とても」と「全然」の使い方を取り上げました。この本では "有名な"「見れる」「来れる」という言葉遣いについても話題にしています。「とても」「全然」は個々の単語の問題ですが、「見れる」「来れる」に代表される、いわゆる "ラ抜き言葉" は、動詞の可能形をどう表現するかという日本語の根幹に関わっているので重要です。

日本語の21世紀のために.jpg
丸谷才一・山崎正和
「日本語の21世紀のために」
(文春新書)
「・・・・・・ することが出来る」という "可能" の意味で、

来られる
見られる
食べられる

と言わずに、

来れる
見れる
食べれる

とするのが、俗に言う "ラ抜き言葉" です。文法用語で言うと「来る」はカ行変格活用動詞、「見る」は上一段活用動詞、「食べる」は下一段活用動詞ということになります。 "ラ抜き言葉" が日本語の乱れか、そうでないのか、今でもまだ議論があると思います。これについて丸谷才一氏は次のように語っています。


丸谷才一
僕は「来れる」は使いませんね。「来られる」「来られない」でやっています。「見れる」も使わない。ただしこれは「見られる」とは言わずに「見ることができる」「──できない」と言っている気がします。

僕はしかし、自分では使わないけれども、「見れる」「来れる」を使うからといって、それを咎めたり、非難したりする気はないんですよ。いや、昔は非難したかな ?

丸谷才一・山崎正和
『日本語の21世紀のために』
(文春新書 2002)

自分では使わないが、使っている人を非難はしない、いや昔は非難したかもれない、とのあたりに、言葉の規範意識の変化が現れていると思います。言葉を職業にしている小説家でさえそうなのだから、普通の人の規範意識はもっと変化すると考えられます。

丸谷才一氏は、いわゆる "ラ抜き言葉" と文学の関係についても言及しています。それは川端康成が自分の作品に「見れる」を使っていることで、『日本国語大辞典』(小学館)にちゃんと例文が載っているという指摘です。さらに川端康成と "ラ抜き言葉" について、丸谷氏自身のおもしろい経験談が披露されています(原文に段落はありません)。


丸谷才一
伊藤整さんが、あるとき「川端さんはひどいですよ」と、僕に言うんです。何がひどいのかと思ったら、サイデンステッカーさんが伊藤整さんに向かって、「伊藤さん、あなたの日本語はおかしいですよ」と言ったんですって。あの人らしいよね。「あなたの作品の中に『見れる』とありました。あれは北海道の言葉です」。

そのとき横に川端康成がいたんだけど、黙っていて、ちっとも伊藤さんをかばってくれない。「ところが川端さんは『見れる』を使ってるんです」と伊藤さんは言ったんです。で、「川端さんというのはそういう人ですよ」(笑)。

山崎正和
なんだかありそうな感じがしますね。

丸谷才一・山崎正和
『日本語の21世紀のために』

サイデンステッカーは「見れる」を誤用(方言)だと確信しているし、伊藤整と川端康成は「見れる」を自分の作品に使っていて、そのことを自覚しているという構図です。黙っていた川端康成を "弁護" するなら、アメリカ人に日本語の誤用を指摘された文学者をかばうのは気が進まないでしょうね。自分も文学者であるだけに。


川端康成『二十歳』


『日本国語大辞典』があげている「見れる」の例文は、川端康成の短編小説『二十歳』からのものです。この小説は角川文庫の短編集『伊豆の踊子』に収録されています。

伊豆の踊子.jpg
川端康成「伊豆の踊子」
(角川文庫)
この文庫は短編小説集であり「二十歳」が収められている。
『二十歳』は、静岡県清水の歯医者の息子である "銀作" の20年という短い生涯の話です。銀作の母は "お霜" といい、清水の博徒の娘です。お霜は、銀作の弟の芳二が赤ん坊のころに離婚し(離縁され)、銀作の父親は清水の芸妓の "梅子" を後妻として迎え入れます。

その後お霜は測量技師と結婚し、夫とともに「出稼ぎ」に台湾に渡って、宿屋兼女郎部屋を経営しました。お霜は一時帰国したときに清水に立ち寄り、銀作を自分の元へと連れて帰ります。お霜の父親の里である大阪に立ち寄って売春婦を買い出し、船で台湾へと向かいました。

しかしお霜と銀作の台湾での生活は半年で幕を閉じます。結核にかかったお霜は先が長くないことを悟り、銀作に清水へ帰るように、また自分や自分の父と違ってまっとうな道を選ぶようにと強く遺言したからでした。

清水に戻った銀作はほどなく、帰国したお霜が危篤だという電報を大阪から受け取ります。銀作が面会に行ったそのすぐ後で、お霜は亡くなります。その次の文章です。


産みの母の死は銀作に、継母の家を出る決心をかためさせた。実の母の遺言は強く響き、台湾で激しく働くということを見て来たので、商売で身を立てようと、大胆な野心に燃えてもいたが、彼も出稼人でかせぎにんの根性に染まって帰ったのであった。お霜と暮らした半年は、梅子を継母と実にはっきり感じさせた。産みの母の死を悲しむことを知らず、梅子を継母ということもしかとは分らぬ、弟の芳二をふびんと思えるほどに、銀作は一家を離れて見れるようになっていた。船の中で売られていく女達と継母の話をし、それを繰り返して台湾へ着く頃には、梅子が鬼のような女にされていたことなどを思いだしても、今度はもう弟にうちあけなかった。

川端康成『二十歳』(1933 昭和8)
『伊豆の踊子』(角川文庫。1951初版)所載。

ここまでで『二十歳』という小説の約3分の1です。この小説は主人公の短いが波瀾万丈の生涯を短編の中に詰め込んでいて、会話文は一切ありません。引用部分の後も次から次へと色々なことが起こり、行く末が全く見通せない。いわゆる「ジェットコースター小説」の "はしり" のような作品です。しかし、最後の最後でテーマが浮かび上がるという仕掛けになっています。

余談ですが、母親だけでなく主人公の銀作も結核を発症するという設定です。銀作の場合は回復しますが、当時の結核の「国民病」ぶりがうかがえます(No.121「結核はなぜ大流行したのか」参照)。



話は「見れる」という日本語の使い方についてでした。引用した『二十歳』における川端康成の「見れる」の使い方は「見ることができる」という意味に間違いはないので、いわゆる "ラ抜き言葉" です。この部分が(サイデンステッカー氏に批判されつつ)『日本国語大辞典』に取り上げられてしまったのは、大作家であることの有名税のようなものかも知れません。

ところで、いわゆる "ラ抜き言葉" について非常に的確に解説しているのが、井上史雄ふみお・東京外国語大学教授(当時)の『日本語ウォッチング』(岩波新書 1998)です。この本に沿って "ラ抜き言葉" の歴史をまとめてみたいと思います。


「可能動詞」の歴史


日本語ウォッチング.jpg
井上史雄
「日本語ウォッチング」
(岩波新書)
日本語では動詞の「可能」を表現するのに「れる・られる」(古文では「る・らる」)を使うのが奈良時代以来の伝統です。その「れる・られる」は学校で習ったように、自発・受け身・尊敬・可能の4つの意味を持っています。しかし「可能」については「れる・られる」以外に、専用の形である「可能動詞」が発達してきました。

まず室町時代以降、「読む」などの五段活用動詞(以下、五段動詞。古文では四段活用)の一部で「読める」という言い方が出始めました。この動きは江戸時代に他の五段動詞、「走れる」「書ける」「動ける」などに広がり、明治時代を経て大正時代までには、多くの五段動詞において可能動詞が定着しました(もちろん可能動詞が不要な動詞もあるわけで、五段動詞全部というわけではありません)。

次に、カ行変格活用の動詞「来る」にこの動きが及び、可能動詞「来れる」が定着しました。

さらに昭和初期から「見る」「食べる」などの一段活用動詞(以下、一段動詞)に広まり、「見れる」「食べれる」という表現が出てきました。現代は一段動詞における可能動詞の形成の途中(初期)にあたる、というわけです。もちろん現在でも「見られる・食べられる」が正しい日本語とされ、「見れる・食べれる」は俗用とされています。

井上史雄・著『日本語ウォッチング』には、次のような図が載っています。
ラ抜きことばの拡大過程.jpg
可能動詞の拡大過程
井上史雄「日本語ウォッチング」より。可能動詞の成立は数百年にわたる日本語の変化のプロセスであり、現在は一段動詞の初期段階にあたる。この図は、動詞によって成立時期が違うことも表している。

この図の横軸は2100年より先までになっています。井上教授は「五段動詞での数百年単位のゆっくりした拡大ペースを考えると、一段動詞のすべてに "ラ抜き言葉 "が普及するには、かなり長い年数が必要だろう」と述べています。

補足になりますが、川端康成の『二十歳』における「見れる」の使用例は昭和8年(1933年)なので、「見れる」が広まり始めた頃ということになります。つまり当時の"最先端の" 言葉遣いだったはずです。『二十歳』の事例はあくまで文章語としての(少ない)例ですが、口頭語(話ことば)としては、当時からそれなりに広まっていたと考えられます。


「可能動詞」の広まりかた


『日本語ウォッチング』には可能動詞が広まったプロセスについての興味深いエピソードが何点かあります。以下、一段動詞の可能動詞を「見れる・食べれる」で代表させることにします。

 行ける 

五段動詞である「行く」の可能動詞は「行ける」ですが、東京では今でも「今度の集まりには行かれなくなりました」という人がいます。普通の言い方は「行けなくなりました」です。なぜでしょうか。

実は、五段動詞でも「行ける」の成立は遅れたそうです。というのも「イケル」が、一足早く「酒が飲める」の意味になり、またその否定形の「イケナイ」が「だめだ、悪い」という意味で使われるようになったからです。しかし「行かれる」と同じ発音の「イカレル」が、頭がおかしくなるという意味で使われるに至って、可能動詞としての「行ける」が一般化したとのことです。この成立の遅れが、現代でも「行かれなくなりました」と言う人がいる理由なのです。

 来れる 

カ行変格活用の「来る」の可能動詞「来れる」の成立は五段動詞よりも遅れた、というのも重要な事実です。可能性を問う言い方として、

今度の集まりに来れますか ?
今度の集まりに来られますか ?

のどちらが多いかというと、現代では だと思います。 は可能性ではなく尊敬表現ととるのが普通でしょう(状況によりますが)。

しかし最初に引用したように、丸谷才一氏は「来れる」は使わないと言っています。丸谷氏は1925年(大正14年)生まれですが、同世代の人には に違和感を抱く人がいるのでしょう。これも「来れる」の成立が遅れたことに原因があるようです。

 見れる・食べれる、は方言から 

一段動詞の可能動詞、見れる・食べれる は方言から始まったというのも興味深い事実です。この言い方は近畿地方を取り囲む地域(特に中部地方と中国地方)、および北海道で広まりました。その後、近畿と首都圏に波及し、全国に広がって現代に至っています。

最初に引用したように、サイデンステッカー氏が「見れるは北海道の言葉です」と言ったのも一理あるわけです。流行語は都会からと考えがちですが、見れる・食べれる は違います。

 一段動詞の中にも温度差 

いわゆる "ラ抜き言葉" が、一段動詞の中でも音節数が少ない語から始まったというのも、なるほどと思います。「見る」「着る」「出る」「寝る」などから普及したというわけです。そう言えば、5音節の「整える」「考える」「位置づける」「確かめる」や、6音節の「積み重ねる」などは、整えられる、考えられる、位置づけられる、確かめられる、積み重ねられる、がメジャーなような気がします。

そんなこと、とても考えられないよ
そんなこと、とても考えれないよ

を比較すると、確かに口頭語としても前者の方が多いような気がする。もっとも『日本語ウォッチング』によると、北海道、中部地方などの "ラ抜き言葉先進地域" では、すべての一段動詞が "ラ抜き言葉" になっていて、「考えれる」「位置づけれる」と言うようです。



『日本語ウォッチング』には書いてないのですが、「漢字 + じる」という一段動詞はどうでしょうか。「案じる」「演じる」「応じる」「感じる」「きょうじる」「禁じる」「減じる」「講じる」「仕損じる」「準じる」「しょうじる」「じょうじる」「信じる」「転じる」「動じる」「念じる」「封じる」「報じる」「命じる」「免じる」「論じる」などです。このうちのあるものは可能動詞としても使いたいわけですが、

秋の気配が感じられた
秋の気配が感じれた

そんなこと、信じられない
そんなこと、信じれない

どんな役でも演じられる
どんな役でも演じれる

の2つの言い方を比較すると、(個人的には)それぞれ前者が普通のように "感じられます"。若い人の仲間うちでの言い方で、「しんじらーれなーい !」という風に、むしろ「ラ」を強調して言うこともありますね。 "ラ抜き" ならぬ "ラ強調" というわけです。

「漢字 + じる」は相対的に "ラ抜き言葉" になりにくいのではと思います。もっとも「すべての一段動詞が "ラ抜き言葉" になっている(本書)」北海道や中部地方では「感じれる・信じれる・演じれる」なのでしょう。



要するに、言葉によって "ラ抜き言葉" が広まったものとそうでないものがあると言えそうです。「見れる」を使う人でも、また "ラ抜き言葉" を正式に認めるべきだと主張する人でも「考えれる」「感じれる」「演じれる」を使うとは(現段階では)限らない。そういうことだと思います。

 「する」の可能動詞は ? 

サ行変格活用の動詞「する」は、日本語における最も基本的な動詞の一つです。しかし「する」には、来れる・見れる・食べれる に相当する可能動詞がありません。「する」の可能形は、別系統の言葉の「できる」です。

一方、「する」は他の語と結びついて新たな語を作る造語機能をもっています。4音節の言葉だけでも「愛する」「察する」「制する」などがあるし、もっと長い音節では「利用する」「同情する」など多数あります。これらの言葉の可能動詞を作りたいときには「利用できる」「同情できる」とするのが一般的です。「・・・できる」と言えないものは「察せられる」というように「れる・られる形」で可能を表現するしかない。

ところが『日本語ウォッチング』で指摘してあるのは、「愛する」だけは「愛せる」という可能動詞があることです。逆に「愛できる」とは言えません。ということは、この動きが将来広まり「せる」が「する」の可能動詞に絶対にならないとは言えない。「利用できる」という意味で「利用せる」、「同情できる」という意味で「同情せる」という風にです。しかし、それにはあと何百年後かかるか分からないと『日本語ウォッチング』の井上教授は言っています。

しかしながら「同情せる」という "先端的表現" を東北地方の一部では可能表現として使っているとも本書に書いてあるのですね。日本語の変化にとって方言は要注意なのです。

 単純化と明晰化 

よく言われることですが『日本語ウォッチング』でも指摘してあるのは、「れる・られる」の4つの意味である「自発・受身・尊敬・可能」のうちの "可能" を "ラ抜き言葉" として分離することによって、言葉がより単純化し、明晰化する効果があることです。

4つうちの "自発" は主として "感情" や "感覚" や "思い" を表す動詞で使われ、あたかもその行為が自然に起こったかのごとく表現するものです。「見る」でいうと「あの新人は当選確実だと見られる」というような使い方です。その他、「・・・・・・ と思われる」「・・・・・・ と感じられる」などがよく使われます。"自発" を使う動詞は比較的少数であり、"自発" 以外の他の使い方と混同することは少ないと "考えられます"。

従って「見れる・食べれる」という可能動詞を作ると、「見られる・食べられる」を "尊敬" と "受け身" にほぼ限定する効果があることになります。つまり、尊敬と可能、受け身と可能を混同することがなくなるわけです。このうち "受け身" ついては「畑のトマトを鳥に食べられた」のように主格と目的格とが逆転するので、そもそも文脈から "可能" とは区別しやすいはずです。

実生活の上でまずいのは "尊敬" と "可能" の混同です。『日本語ウォッチング』には載っていないのですが「食べる」で例文を作ってみると、

先生は納豆を食べられますか?

という質問を「先生は納豆を食べますか ? の敬語表現」だと受け取ると、それは食習慣についての質問だから、いたって普通の質問になります。

しかし「先生は納豆を食べることが出来ますか」という質問だと受け取ってしまうと、先生としては「失礼だ」と感じるでしょう。外国人に対してならともかく、日本人対する質問としてはそう感じる。たとえ食習慣として納豆を食べないとしても、どうしても納豆を食べることが出来ないとは、普通の日本人なら考えにくいからです(そいういう人もいるでしょうが)。「俺は日本人だぞ!」「子供じゃないんだぞ!」と言いたくなる。ということは、

食べられる(尊敬、受け身)
食べれる(可能)

を分離してしまうと、こういった混同は無くなるわけです。例としてあげた「先生は納豆を食べられますか ?」なら敬語と受け取るのが普通でしょう。しかし、もっと混同の恐れの高いケースがあるのだと思います。我々は(おそらく)無意識に混同のリスクを感じ取っていて、それが可能動詞の成立へと誘導するわけです。

ちなみに、日本語における敬語の中の尊敬表現( = 上位者の行為についての敬語)は、「食べる」を例にとると、

お食べになる
(お + 動詞 + になる、の形)
召し上がる
(尊敬表現専用の動詞を使う)
食べられる
(れる・られる形)

の3種類が伝統的にありますが、"ラ抜き言葉"を先に使いはじめた地域と、尊敬表現に「れる・られる形」を多く使う地域は分布が重なっていることが『日本語ウォッチング』で指摘されています。これは尊敬と可能の混同を避けるために「見れる・食べれる」が発達したという傍証になっています。

 調査と実態の違い 

井上教授の『日本語ウォッチング』は、各種の言語調査をもとに "ラ抜き言葉" が広まってきた経緯が解説されています。これらの調査はアンケートか聞き取り調査によるものです。しかし、それが言語の実態を正しく反映しているとは必ずしも言えない。特に日本語の誤用だという規範意識がある言葉についての調査は微妙です。自分で使っているにもかかわらず「使わない」と答える傾向にあるからです。

それは著者の井上教授自身がそうだと告白しているのです。この率直な告白が本書で一番おもしろいところでした。そこを引用します(原文に段落はありません)。


筆者はラ抜きことばを使っていないつもりだった。相手につられて「見れる」と言いそうになっても、mir- のあたりでなんとか切り替えて areru を付けてごまかしていた。

ところが、同僚が研究データとして録画した自分の講義のビデオテープをあとで見たら、なんと自分でも使っていた。講義のときは次に何をどう話すかを考えながらしゃべるので、自分の使っていることばのモニターが十分でなくなるらしい。「見れる」とはっきり言っていて、すっかり自信をなくした。

そういえば、方言や俗語についての意識調査で、自分で使っているのに、「使いますか」と問いただされると「使わない」と答える人がいる。方言調査で「のう」と言うかどうか聞かれて「「のう」なんて言わんのう」と答えるたぐいである。自分も同類とは思ってもみなかった。

井上史雄『日本語ウォッチング』
(岩波新書 1998)

こういった調査の落とし穴は No.83-84「社会調査のウソ」で詳述した通りです。「あなたはこの前の選挙で投票に行きましたか?」という質問に対して 60% の人が「選挙に行きました」と答える。しかし実際の投票率は 40% だったりする。それと同じです。日本語の誤用だという規範意識がある言葉については、自分で使っているにもかかわらず「使わない」と答える傾向があることは覚えておいた方が良いと思います。各種メディアが「言語調査」をすることがありますが、要注意でしょう。

それと、井上教授の「告白」で思ったことは、言語学者・国語学者も職業上のストレスにさらされているということでした。



いわゆる "ラ抜き言葉"、もっと広くは "可能動詞" について『日本語ウォッチング』はよくまとまった本だと思いました。以下はこの本の感想です。


「ラ抜き」が「乱れ」になる


本書で井上教授は一貫して "ラ抜きことば" と書いているのですが、この俗称が「日本語の乱れ」という感じを倍加させたのではと思いました。つまり「抜く」には「本来発音すべき音を "怠けて" 抜いた言い方」というマイナス・イメージが付きまとっていて、「良くないことば」と無意識に思ってしまうのではと思います。ひょっとしたらこの俗称は「見れる・食べれる」を苦々しく思っている人のネーミングなのかもしれません。

ところが『日本語ウォッチング』にも書いてあるのですが、五段動詞の可能動詞、たとえば「読める」は「読み・得る」が縮まったものという説が有力です。つまり「読める」は「読まれる」という「れる・られる形」から派生したのではなく、可能動詞として独立に発達したと考えられているのです。

ということは「食べれる」も「食べ・得る tabe-eru」であり、母音の重複を避けるために間に r を入れて tabereru となった、と考えてもよいはずです。カナだけをみても「食べる」に「れ」を入れたのが「食べれる」です。必ずしも「食べられる」から「ら」を抜いたものと考えなくてもよい。事実、「食べれる」は「食べられる」の代用とはなり得えません。あくまで "可能" に限定した動詞です。

もし "ラ抜き言葉" でなく "レ付き言葉"、あるいはもっとポジティブに "可能言葉" というネーミングなら、日本語の乱れだという反発は少ないのではないでしょうか。


「する」の "可能動詞"は「せる」?


「見れる・食べれる」の問題とは直接の関係はありませんが、本書で大変興味深く読んだ部分です。

本書にもあるように、サ行変格活用(サ変)の動詞「する」には、直接的な可能動詞がありません。「できる」を代用として使っています。一方、造語要素としての「する」は、漢語や外来語と共に「複合・サ変動詞」を作る強いパワーをもっていて、これが日本語を豊かにしています。

「漢字1字 + する」をあげてみても、「愛する」「解する」「期する」「ぐうする」「くみする」「決する」「察する」「資する」「制する」「接する」「託する」「達する」「徹する」「涙する」「反する」「ふんする」「発する」「ほっする」など、多数あります。

「漢字2字 + する」は、日常使うものだけでも極めて数が多く、「結婚する」「質問する」「消費する」「処理する」「整理する」「同情する」「繁盛する」「理解する」「利用する」など、あげていったらキリがありません。

さらに外来語とも結びついて「オープンする」「ゴールする」「スカウトする」「ストップする」「プレーする」「ミスする」などと言います。これもキリがありません。擬声語と結びついた「チンする」というような言い方もあるし、さらに進んで、広告のキャッチ・コピーに「セコムする」などと使われる。

これだけ広く使われると、必要に応じて「複合・サ変動詞の可能動詞」を作りたくなるのが "人情" というものでしょう。『日本語ウォッチング』で指摘してあったのは「愛せる」がその第1号だということでした。

しかし「愛せる」に近いポジションと思われる語句はあります。たとえば「託する ⇒ 託せる」です。「託することができる」という意味で「託せる」と言ったとしても、ほとんどの日本人は違和感がないのではと思います。「このプロジェクトは彼に託せると判断します」という具合です。ちょっと堅い言い方ですが。

「愛する・託する」の可能動詞がなぜ違和感がない(少ない)かと言うと、「愛する・託する」を五段動詞化した「愛す・託す」が一般的に使われるからですね。そうすると「愛せる・託せる」は "正式の" 可能動詞ということになります。これを現象的には「愛する・託する」が可能動詞化して「愛せる・託せる」になったと考えてもよいわけです。

さらに "微妙な" 言葉に「解する(かいする)」があります。「あの人は風流をかいする人だ」というように使いますが、この可能動詞として「せる」があるのですね。主に否定形を伴って「あの人の行動はどうもせない」というように使います。これを「かいせる」と読むこともできるわけで(現時点では誤用だと思いますが)、そうすると「解する ⇒ 解せる」の可能動詞化が、発音も含めて完成することになります。

もっと言うと、これも現時点では誤用だと思いますが、「達する」「察する」「徹する」を可能動詞化して「達せる」「察せる」「徹せる」という人がいます。ネットで検索すると、それなりの数がヒットします。「徹する」の例文を作ってみると、

選手として成功したいのなら、まず基本に徹することだ
彼の選手としての成功は、基本に徹せるかどうかにかかっている

の、後者のような言い方です。このような語は、ほかにもあると思います。「利用する」なら「利用できる」が可能動詞として使えます。しかし「徹できる」とは言えない以上、可能表現は「徹せられる」しかない。しかしそれではちょっと長いし、可能の意味だけでは無くなる。「徹することができる」では長すぎる。この状況は「徹せる」に誘導されていく動機になると思います。



さらに、以上のことに加えて『日本語ウォッチング』では「同情せる」という使い方、つまり「せる」を「する」の可能動詞として使う言い方が、東北地方の一部地域で(方言として)あることが指摘してあるのでした。これらをまとめると

(普通に使われる) 愛せる、(託せる)
(一部で使うが誤用) 達せる、察せる、徹せる
(特定地域の方言) 同情せる、などの全て

となるわけですが、これはよくよく考えると、一段動詞の可能動詞「見れる・食べれる」が出現し始めた昭和初期とよく似た状況だと思うのです。

五段動詞 → カ変(来る)→ 一段動詞 という流れで可能動詞が形成されてきたことを考えると、サ行変格活用「する」の可能動詞が作られていくのは必然と思えました。「する」は「来る」よりも活躍の範囲が広い言葉だからです。


「見られる」の意味


"本題" の一段動詞の可能動詞についてです。「見れる・食べれる」は明晰化と単純化という、500年以上前から進行してきた可能動詞の成立プロセスの一環です。この流れはもう止まらないでしょう。

この明晰化・単純化の流れの原点に立ち返って考えてみると、そもそも「れる・られる」が「自発・受身・尊敬・可能」の、4つもの意味になぜ使われるのかという問題があるわけです。「見られる」で例文を作ってみると、

自発 今度出た新人は当選確実と見られる
受身 この姿を誰かに見られるのは嫌だ。
尊敬 先生はオペラを見られるのですか。
可能 水族館ではウミガメの泳ぐ姿が見られる

という具合です。4つもの意味に使うから文脈によっては曖昧になるわけで、明晰化・単純化に向かうというのも分からないではありません。ただし一般論ですが、曖昧で複雑なのが文化だとも言えます。一概に明晰で単純がいいとは限らない。

言葉の原則の一つは「たとえ違った意味に使うのでも、同じ言葉なら共通の(潜在的な)意味がある」というものです。上の4つの例文は、全く同じ「見られる」という語を使っています。その潜在的な共通の意味は何でしょうか。それは「ある行為が人のコントロールを越えたところでなされる」という意味だと、日本語学では指摘されています。ここでは同様の意味で「意志・意図の不在」としたいと思います。

まず "自発" ですが、「私は、今度出た新人を当選確実だと見ます」なら、自己の意見・意思を明確に述べています。それを「見られる」とすることによって、あたかもその意見が「自然と起こったように」表現している。あえて意図や意志を消し去り、主体性を後退させた表現になっています。

"受身" の「誰かに見られる」という場合、見られるのは自分の意図や意志とは無関係なことは言うまでもありません。もちろん自己のコントロールを越えています。また、「見る」のような他動詞だけではなく、自動詞でも同じです。No.140「自動詞と他動詞(1)」で、いわゆる "自動詞の受け身" の例をあげました。

彼女は遊ばれている」
昨日のハイキングは雨に降られた」
親に死なれた」
先に行かれてしまった」
彼に上がられた」(ゲームで)
こんな場所で寝られては困るよ」
釣った魚に逃げられた」

ですが、すべてに共通している意味は「コントロールを越えている」、ないしは「意志や意図からではない」ということです。その派生として「受け身」があるからこそ "自動詞の受け身" が成立するわけです。

さらに "尊敬" ですが、「オペラを見る」というのは個人の趣味なので「意志的行動」です。その行動から意志を除外してしまい、あたかも自然とそうするかのように言うことによって、上位者への尊敬を表しているのですね。

では「見れる」という表現が広まってきた "可能" はどうでしょうか。例文にあげた「ウミガメの泳ぐ姿が見られる」は、周囲の条件や環境に起因する「可能」であって、典型的な「状況可能」です。これは、見る人の意図や意志とは無関係です。しかし「可能」はこれだけではなく、人の能力を問題にする「能力可能」があります。それはまさに最初に引用した川端康成の『二十歳』の中の文章、

  銀作は一家を離れて見れるようになっていた。

がそうです。これが「意志・意図」とどう関係しているでしょうか。

分かりやすいように「英語がしゃべれる」という文章で言うと、しゃべれるようになるまでには本人の勉強や努力が続いたのでしょう。つまり意思や意図にもとづいて「英語がしゃべれるようなった」のです。しかし今の状態はどうかというと「自然と英語がしゃべれる能力」を持っているのですね。自分の意思、ないしはコントロールで、しゃべれたりじゃべれなかったりするのではない。

川端康成の文章も同じです。それは「家族を客観的に見ることができる」という意味であり、銀作は昔はそうではなかったが、産みの母と台湾で暮らすという経験を経て、家族を「自然と」客観視できるようになったわけです。



以上のように「れる・られる」のベーシックな意味は、「ある行為が人のコントロールを越えたところでなされる」、ないしは「意志・意図の不在」であることが分かります。


「見られる」と「見れる」は同じ意味か


以上を踏まえて「見られる」の可能用法と「見れる」は同じ意味かどうかを考えてみたいと思います。

  たとえ違った意味に使うのでも、同じ言葉なら共通の(潜在的な)意味がある

のなら、その逆である、

  言葉が違うのなら、完全に同じ意味というわけではない

も正しいことになります。可能動詞の「見れる」は、「見られる(可能用法)」と何らかの違いがあるでしょうか。そのヒントが『日本語ウォッチング』にあります。本書の中で井上教授は、各地に「状況可能」と「能力可能」を言い分ける方言があると書いています。つまり、

状況可能
  この服は小さくなったけどまだ着られる
能力可能
  この子は幼いけど一人で着れる

の二つを言い分けるのです。そして「見れる」が発達した一つの理由として、能力可能を言い分ける目的があると示唆されています。なるほどと思います。この文章のタイトルした「お粥なら食べれる」を例にとり、病気がまだ完全には直っていない人の言葉として、

お粥なら食べられる。
お粥なら食べれる。

を考えてみると、これは典型的な能力可能です。一方、山菜採りの達人の言葉として、

  このきのこは食べられる
  このきのこは食べれる

を考えると、これは「毒キノコではない」と主張する文なので、状況可能です。では、「お粥文」と「キノコ文」ではどちらが「食べれる」の使用率が多いでしょうか。もちろん人によって、年齢によって、また地域によって違うでしょうが、ひょっとしたら「お粥文」の方が「食べれる」の率が多く「キノコ文」の方は「食べられる」が多いのではと思うのです(個人的印象ですが)。

「言葉が違うのなら、完全に同じ意味というわけではない」という原則からすると、「見られる・食べられる(可能用法)」と「見れる・食べれる」は、我々はほとんど意識しないのだけれど微妙に意味が違うと考えた方がよいと思います。つまり「見られる・食べられる」は「意志や意図にかかわらず自然にという意味の、本来の可能」であり、「見れる・食べれる」は「意思的行為に関連した可能、ないしは能力可能」のニュアンスがより強いのではないでしょうか。少なくとも個人的にはそう感じます。


言葉は人々のモノの見方を規定する


これが正しいとすると、可能を表す「見られる」が将来完全に無くなるということは、「・・・・・・することができる」という "可能" のとらえ方、日本語話者が暗黙に感じている "可能" の意味が(微妙に)変化することだと思います。もちろんこの変化は個々の言葉ごとに進行していきます。

ここで考えるべきは、可能動詞の形成は、五段動詞において最初に始まってから500年近くが経過しているのに、いまだに動詞全部に広がっていないことだと思います。井上教授の想定でも、一段動詞の可能動詞の完成までには、あと100年、200年とかかります。ということは、言葉使いの根元的なところは、そう易々やすやすとは変わらないということなのでしょう。

文化は継承であり、継承をベースに新しいものが加わります。文化の最大のものである言葉もそうです。その言葉は、人々のモノのとらえかた、世界の見方を暗黙に規定しています。「見れる・食べれる」が誤用だとか、認めてよいという論議は、言葉の乱れや変化を表すようですが、実はそういった議論がまだ続いていること自体、日本語話者の「モノのとらえかた」がそう簡単には(100年程度では)変わらないことを示しているのだと思います。

次回に続く)


nice!(0)  トラックバック(0) 

No.145 - とても嬉しい [文化]

前回の No.144「全然OK」を書いていて、ある本の一節を思い出しました。丸谷才一氏と山崎正和氏の対談本です。


日本語の21世紀のために


作家・評論家の丸谷まるや才一氏(1925-2012。大正14-平成24年)と評論家・劇作家の山崎正和氏(1934- 。昭和9年-)が、日本語をテーマに対談した本があります。『日本語の21世紀のために』(文春新書 2002)です。この本に「全然」と関係した一節がありました。引用してみます。


山崎正和
私の父方の祖母は、落合直文などと一緒に若い頃短歌をつくっていたという、いささか文学少女だった年寄りでした。私が子供のころ「とても」を肯定的に使ったら、それはいけないって非常に叱られた。なるほどと感心しました。しかし、もういま「とても」を肯定的に使う人を私は批判できませんよ。それほど圧倒的になっているでしょう。

丸谷才一
そうですね

山崎正和
そうするとね、たとえば「全然」はどうでしょう。若い人で「全然いい」とか、「全然平気」というふうに使う人がいますね。これには私は抵抗があります。抵抗はあるけど、それじゃお前は「とても」を肯定的に使っているではないかと言われると、たしかにたじろぎますね。

丸谷才一
ぼくは「とても」はなるべく否定のときに使うようにしてるけれども、「とても」を肯定的に使うと具合がいいときがあるんですよ。「非常に」ではうまくいかないときがやっぱりありますね。

丸谷才一・山崎正和
『日本語の21世紀のために』
(文春新書 2002)

山崎・丸谷両氏の言語感覚をまとめると、

  山崎正和
小さいころは(祖母の躾もあって)「とても」を否定的に使っていた。しかし今は肯定的に使っている。
「全然いい」という使い方には抵抗がある(自分は使わない)。

丸谷才一
「とても」は、なるべく否定的に使うようにしている。
しかし「とても」を肯定的に使うこともある。「とても」でしか表現できないニュアンスがあるから。

日本語の21世紀のために.jpg
丸谷才一・山崎正和
「日本語の21世紀のために」
(文春新書 2002)
ということでしょう。この一節を読んで(私には)意外だったのは、

「とても」は、「とても出来ない」というように否定的に使うのものであり、

「とても嬉しい」というような肯定的な使い方は誤用である

という言葉の規範意識が、山崎正和氏の祖母の時代(おそらく明治の後半から昭和20年代頃まで)には強くあった、ということなのです。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

『日本語の21世紀のために』は2002年に出版された本です。しかし調べてみると、すでに1964年(昭和39年)の段階で山崎氏とほぼ同じ主旨を書いている新聞記事があるのです。

  以下、否定表現に使われる「とても」を、文章としては「とても出来ない」で代表させ、肯定表現で使われる「とても」を「とても嬉しい」で代表させることにします。


昭和39年の新聞記事


1964年(昭和39年)10月6日の朝日新聞に、次のようなコラムが掲載されました。ちなみにこの日付は、東海道新幹線の開業(1964.10.1)と東京オリンピックの開幕(1964.10.10)の間にあたります。


全然

このごろの若い人たちは「あの映画は全然いいんだ」とか「あそこの食事は全然うまいよ」とかいう。この場合の「全然」は「非常に」「大変」という意味である。

しかし、「全然」は、本来は「全然出来ない」「全然感心しない」のように、否定の言い方を伴う副詞で、意味は「まるっきり」である。それを「全然いい」「全然うまい」と肯定表現に使うものだから、年寄りたちからは、とんでもない使い方だと非難される。

ただし、このような使い方は、前例がないわけではない。今、東京では「とてもきれいだ」「とてもうまい」のように、「非常に」「たいへん」の意味で「とても」を使う。しかし、本来は「とても出来ない」「とても動けない」のように、「とても」は「どうしても」の意味であり、否定表現を伴う言い方なのだ。それが、明治四十年代ごろから、学生たちの間に愛用されて、今では、東京の口頭語としては普通の使い方となってしまっている。

朝日新聞「言葉のしおり」
(1964年10月6日。朝刊。9面)

このコラムは、

  「全然いい」が批判されるが、「とてもいい」が広まったという "前例" がある。かつて「とても」は否定表現を伴う言い方だった

という点で、40年近くあとの山崎正和氏の発言とそっくりです。この記事には2つのポイントがあると思います。前回の No.144「全然OK」で、

  最近「全然いい」という言い方を聞くようになったが、これは日本語の誤用である

という主旨の投書(新潟県・会社員・49歳)が2015年4月7日の朝日新聞に掲載されたことを書きましたが、「その種の意見は少なくとも30年以上前からあったと推定できる」としました(辞書の記述からの推定)。しかし上の朝日新聞のコラムから明らかなことは、その種の意見は少なくとも50年以上前からあったということです。つまり新潟県・会社員氏が生まれる前からあり、それが綿々と今まで続いているわけです。

もう一つのポイントは、昭和39年の段階では全く普通になっていた「とても嬉しい」という表現が「明治四十年代ごろから広まった」としていることです。その根拠は書いていないのですが、朝日新聞の校閲部門の人が書いたと思われるコラムなので、何らかの研究ないしは調査をもとにしたと想像できます。

この「とても嬉しい」が広まった時期については、芥川龍之介のエッセイにもでてきます。


芥川龍之介 『澄江堂ちょうこうどう雑記』


芥川龍之介の短文エッセイ集『澄江堂ちょうこうどう雑記』(1923 大正13)に「とても嬉しい」が広まった時期が出てきます。ちなみに「澄江堂」とは芥川龍之介自身の号です。


二十三 「とても」

「とても安い」とか「とても寒い」と云ふ「とても」の東京の言葉になり出したのは数年以前のことである。勿論「とても」と云ふ言葉は東京にも全然なかつたわけではない。が従来の用法は「とてもかなはない」とか「とてもまとまらない」とか云ふやうに必ず否定を伴つてゐる。

肯定に伴ふ新流行の「とても」は三河みかはの国あたりの方言であらう。現に三河の国の人のこの「とても」を用ゐた例は元禄げんろく四年に上梓じやうしされた「猿蓑さるみの」の中に残つてゐる。

  秋風あきかぜやとてもすすきはうごくはず  三河みかは子尹しゐん

すると「とても」は三河の国から江戸へ移住するあひだに二百年余りかかつた訳である。「とても手間取つた」と云ふ外はない。

芥川龍之介『澄江堂雑記』
「芥川龍之介全集第四巻」(筑摩書房 1971)
「青空文庫」より引用

このエッセイで芥川龍之介は、肯定の「とても」が数年以前から東京で言われ出したと書いています。ということは大正時代かそれ以前からということであり、これは朝日新聞の明治40年代からとの記述とほぼイコールということになります。

芥川龍之介は、江戸時代の芭蕉一門の句集『猿蓑』におさめられた三河出身の俳人の句に "肯定の「とても」" が出てくることを引き合いに出して、それが「三河ことば」であり、東京で使われるまでに二百年かかったと書いているのですが、もちろんその根拠はないはずです。これは「とても手間取つた」という "オチ" につなげるための、一種のジョークでしょう。

芥川龍之介は1892年(明治25年)に東京に生まれた人です。当然、小さい時から慣れた親しんだ言い方は「とても出来ない」であり、それが正しいと思っていたと想像できます。それは「とても嬉しい」が三河地方の方言、つまり「田舎ことば」だという書き方に暗示されていると思います。



しかし私は、三河方言だろうという芥川龍之介の説に "とても" 関心があります。というのは、個人的な経験ですが、私の知っているAさんを思い出してしまうからです。

Aさんは関西出身ですが、名古屋の大学を出て三河地方の企業に就職し、豊田市に自宅をかまえました。そして20年後に転職し、家と家族を豊田市に残したまま首都圏に単身赴任しました。その単身赴任のときの約6年間、Aさんと付き合ったのですが、彼の口癖が「とっても」だったのです。「それは、とっても難しいですね」というような言い方を、Aさんはよくしていました。

ひょっとしたら三河地方の人は、今でも口頭語としての「とても(とっても)」を、平均的な日本人より多く使うのではないでしょうか。違うかもしれない。あくまでAさんの個人的な口癖のような気もします。しかし「芥川龍之介説」がちょっと気になります。現在、三河地方出身の知人がいないので確かめられませんが、今度新たに付き合う機会があったら観察してみたいと思います。


「全然」の前例としての「とても」


芥川龍之介のエッセイによって分かるのは「とても嬉しい」が明治末期、ないしは大正時代から東京で広まったことです。しかし実は、肯定的「とても」が遙か昔においては一般的だったのです。梅光学院大学・准教授の播磨桂子氏の論文に、『「とても」「全然」などにみられる副詞の用法変遷の一類型』(九州大学付属図書館)があり、そこに「とても」の歴史が調査研究されていました(実は引用した朝日新聞のコラムの存在も、この論文で知りました)。この論文によると「とても」の歴史は以下のように要約できます。

「とても」は「とてもかくても」から生じたと考えられている。「とても」は平安時代から使われていて「どうしてもこうしても、どうせ、結局」という意味をもち、肯定表現にも否定表現にも用いられた。『平家物語』『太平記』『御伽草子』『好色一代女』などでの使用例がある。

しかし江戸時代になると否定語と呼応する使い方が増え、明治時代になると、もっぱら否定語と呼応するようになった。

さらに大正時代になると、肯定表現で程度を強調する使い方(=とても嬉しい)が広まり、否定語と呼応する使い方と共存するようになった。

この播磨論文を踏まえて芥川龍之介のエッセイが書かれた背景を振り返ると、次のようになるでしょう。

芥川龍之介は「とても」を否定的に使うものと思っており、大正時代から東京で言われだした「とても嬉しい」のような表現に違和感をもっていた。

彼は江戸時代の発句に「肯定的とても」があることを発見し、方言だろうと推測した。その方言が東京にまで波及したと考え、それをエッセイにした。

ところが、実は「肯定的とても」は江戸時代以前から伝統的にある言い方であり、江戸時代に「否定的とても」が広まったとはいえ、まだ残っていた。

「否定」にも「肯定」にも使われる言葉だったが、ある時期から「否定」が優勢になり、その後「肯定」が復活する・・・・・・。この状況は、江戸時代に "輸入" された漢語である「全然」の歴史と大変によく似ています。さらに播磨論文は、このような「3段階」の歴史をもつ日本語の副詞は他にもあり、「断然」と「なかなか」がそうだと指摘しています。なお、以上のことは主に(特に①②は)「文章語」の調査であることに注意すべきだと思います。



"「とても」は否定語と呼応すべきだ" という規範意識は江戸末期から明治初期に確立し、朝日新聞のコラムが書かれた昭和30年代には完全に無くなっていた、と考えられます。この規範意識が「生きていた」期間を、仮に明治元年(1868年)から昭和35年(1960年)とすると、それは約90年間ということになります。

一方、「とても」の "後継" である「全然」を考えてみると、"「全然」は否定語と呼応すべきだ" という規範意識が生まれたのは昭和20年代後半でした(前回の、No.144「全然OK」参照)。仮にそれが昭和25年(1950年)だとし、規範意識が存続する期間が「とても」と同じだと仮定すると、2040年には規範意識が完全になくなるということになります(あと25年かかる)。メディアの発達度合いが違うので一概には言えませんが・・・・・・。

このように考えると、2015年の段階で "「全然いい」は誤用" という投書が新聞に載る(前回)のは当然なのかもしれません。誤用という規範意識ができてからまだ60数年した経っていないのだから。


「とても」と「全然」の次にくるのは ?


「とても」と「全然」の使われ方の歴史を振り返ってみて気がつくことがあります。「とてもは否定で使うべき」という規範意識が世の中から完全に無くなった時期(昭和20年代と推定できる)とほぼ同じくして「全然は否定で使うべき」という規範意識が生まれたことです。これは全くの偶然でしょうか。

偶然でないとしたら「打消しと呼応して完全否定を表す副詞」を日本語は必要としている、ということかもしれません。英語の not at all に相当する語ということです(前回の、No.144「全然OK」参照)。現代語では「まるっきり」がそうだと思いますが、ちょっと会話調過ぎる言い方です。「からっきし」もあるが、あまり使いません。ひょっとしたら将来、「全然OK」「全然いい」という表現に違和感を持つ人が全くいなくなったとき(2040年頃 ?)、「もっぱら打消しと呼応する、文章語としても使える新たな副詞」が出現してくるのかもしれまんせん。

次回に続く)


nice!(0)  トラックバック(0) 

No.144 - 全然OK [文化]

No.139-143 の5回連続で「言葉(日本語)」をテーマに書いたのですが、今回もそれを続けます。今までに書いたのは「言葉が人間の思考と行動に影響を与える」という観点でしたが(No.49, 50, 139, 140, 141, 142, 143)、今回は視点を変えて「言葉の使い方が時とともに変化する」という視点です。その例として、最近の新聞の投書欄に載った「全然」という言葉の使い方を取り上げます。


「全然OK」の表現はOK?


約1ヶ月前の、2015年4月7日の朝日新聞の投書欄に、以下のような投書が掲載されました。


「全然OK」の表現はOKなの?
会社員(新潟県 49歳 男性)

このごろ気になる言葉がある。「全然」である。この全然という言葉の使い方が、多様化しているのだ。

本来なら、全然のあとには否定する言葉が続くはずだ。「全然おもしろくない」「全然おいしくない」などだ。

ところが、「全然、大丈夫」「全然、平気」などと、肯定する使い方をしている人がいる。「あの映画、全然おもしろかった」「この料理、全然おいしい」などと、何のためらいもない。極めつきは「全然OK」だろう。

言葉は、時代によって変化するものだということは分かる。しかし、「全然、良い」などと言われると、条件反射のように「おやっ、変だな」と思ってしまう。私の感覚は、現代では通用しないのだろうか。「言葉遣いの乱れは文化の乱れ」などと言ったところで、意味はないのだろうか。

朝日新聞(2015.4.7)

この投書で気になったのは「言葉遣いの乱れ」という一言です。確かに辞書には「全然 + 肯定」を "俗な言い方" と書いてあります(たとえば『広辞苑』第6版)。しかし辞書の "俗な言い方" を「言葉遣いの乱れ」だと言ってしまうと、現代の日本は「言葉が乱れきっている」ことになってしまいます。

「言葉の乱れ」を問題にするときに注意すべきは "文章語"(書き言葉)と "口頭語"(口語。話し言葉)の違いです。口頭語としてはよく使うが、文章語としては使わない言葉(またはその逆の言葉)はたくさんあります。文章語としては使わない口頭語を「言葉の乱れ」とは即断できません。

私は「肯定する使い方の "全然"」に(少なくとも口頭語としては)違和感はないのですが、新潟県・会社員氏は話し言葉としても「変だ」と感じるようです。そして思ったのは、新聞社に投書するほど「肯定する使い方の "全然"」に強い違和感を抱く人がいるという事実です。そして「なぜ朝日新聞がこの投書をわざわざ取り上げたのか」にも興味を抱きました。そのことはあとで分析するとして、まず投書の内容を吟味したいと思います。

新潟県・会社員氏の意見をもう一度まとめると、

(A) "全然" の本来の使い方は「全然・・・・・・ない」という使い方である。

(B) 「全然・・・・・・ない」という形ではなく、かつ "全然" のあとに肯定的なニュアンスの言葉、たとえば大丈夫、平気、おもしろい、おいしい、OK、良い、などを続けるのは "全然" の本来の使い方ではなく、違和感を感じる。これは日本語の乱れの一つである。

ということでしょう。言葉を使う感覚は個人によって違うので、これは一人の意見としては "全くOK" だと思います(全然OKとは、あえて書かないようにします)。

しかし思うのですが、(A)(B)だけでは "全然" の使い方のすべてを尽くしてはいません。たとえば、

(C) 「全然・・・・・・ない」という形ではなく、かつ "全然" のあとに否定的なニュアンスの言葉、たとえば「駄目(だめ)」とか「悪い」などを続ける使い方

はどうでしょう。話し言葉を想定して例文を作ってみると、

そんなバットの構え方ではボールにかすりもしない。全然だめだ。
そりゃあ、彼の方が全然悪いと思うよ。

という感じです。こういう使い方について、新潟県・会社員氏は「条件反射のように、おやっ、変だな」と思うか、それとも思わないか、どちらでしょうか。さらに、

(D) 「全然・・・・・・ない」という形ではなく、"全然" のあとに肯定的とも否定的とも言えない "相違" を表す言葉、たとえば「違う」や「別」を続ける使い方

はどうでしょう。これも例文を作ってみると、

彼が趣味の陶芸にうち込んでいる時の表情は真剣そのもので、目つきも普段とは全然違った
彼はいわゆる「プロの経営者」であり、全然別の業種の社長を4回も経験している。

という感じです。実はこのブログでも過去にこのタイプの「全然」を何回か使っています。


確かに「ゲルニカ」と「大坂夏の陣図屏風・左隻」には共通点があります。それは「戦争に一般市民が巻き込まれ、多数の死傷者が出た状況を念頭に描かれた絵」という共通点です。しかし、共通点はこの1点でしかありません。あとの点は全然違っている


というようにです。

もし新潟県・会社員氏が(B)だけに違和感を感じるなら「肯定的表現に使う "全然" はおかしい」と考えているのであり、そうではなくて(B)(C)(D)のすべてに違和感を感じるなら(A)の「全然・・・・・・ない」という使い方だけが正しい、と考えているわけです。投書からそのどちらかは分かりませんが、人の言葉の感覚は微妙なので、違和感の境目はもっと違うのかもしれません。

しかし歴史的にみると "全然" という言葉は「ない」が続く場合も続かない場合もあったし、また肯定的意味と否定的な意味の両方で使われてきました。つまり(A)(B)(C)(D)の "全てで" 使われてきたわけです。このことを、日本語史が専門の学者の方の本で紹介します。


"全然" の用法


日本語はどんな言語か.jpg
小池清治
「日本語はどんな言語か」
(ちくま新書 1994)
宇都宮大学教授(当時)の小池清治せいじ氏の書いた『日本語はどんな言語か』(ちくま新書 1994)に、明治時代からの "全然"(副詞)の使い方が、文学作品からの例を引いて説明されています。ここであげられている例を紹介したいと思います。この中で「情態副詞」「程度副詞」「呼応副詞」という "難しい" 文法用語が出てきますが、言っていることは比較的単純なので、そのまま紹介します。

  以下の引用で下線は原文にはありません。また引用のうちの2点は「青空文庫」から引用しました。「青空文庫」に結集されている方々に感謝します。

 情態副詞としての "全然" 

動作・行為を表す語を修飾し「完全に」「すっかり」「まったく」という意味を与える "全然" の使い方です。

小説の神様と言われた志賀直哉の代表作の一つに『暗夜行路』(1921-1937。大正10-昭和12年)があります。主人公の時任ときとう謙作けんさくは、幼なじみの愛子に結婚を申し込みますが、なかなか返事をもらえません。そこで謙作は、大阪に赴任している愛子の長兄の慶太郎が東京に帰省している時に電話をかけ、会う約束をとりつけます。愛子の父はすでに亡くなっているので、慶太郎に結婚の返事を聞こうとしたのです(今と違って家同士の結婚です)。ところが行ってみると2人の先客がいました。その時の慶太郎の発言です。


実は昼間両君と会うはずだったが、急に用事ができて会えなかったもので、晩に来てもらった。しかし僕ももう二三日で全然暇になるから、そうしたら、僕のほうから出よう。

志賀直哉『暗夜行路』
(岩波文庫。1962)

そして後日、慶太郎から断りの手紙がきます。愛子の結婚については先約があると言うのです。その手紙の要約に以下のくだりがあります。


もともと結婚の問題は全然僕に任せるという愛子の言葉をそのままに僕が実行して、よく相談もせずに、だいたいの約束を決めてしまったのが悪かったが、こうなっては僕としてはやはり君の話をお断りして先約を守るよりしかたありません。

志賀直哉『暗夜行路』



森鷗外に『半日』(1909。明治42年)という短編小説があります。大学教授(文科の博士)とその妻、7才の娘(玉ちゃん)、教授の母親という一家の、ある日の午前中を描いた小説です。奥さんと母親(姑)の折り合いが悪いというのが話のポイントになっていて、食事は教授・娘・母親でとり、奥さんは後で食事をするという状況にまでなっています。要するに、森鷗外の実生活での愚痴を小説化したような作品です。その中の一節です(ルビを付け加えました)。


奧さんの望どほりに行けば、夫婦と娘とで食事をして、母君を茶の間に出さない樣にしたいのであるが、それは博士が承知しない。妻を迎へて一家團樂の樂を得ようとして、全然失敗した博士も、このだけは落されまいといふので、どうしても母君と一しよに食事をする。玉ちやんは子供で、食事を待つてはゐないから、おとうさんとおばあさんと食べるとき、一しよに出て食べる。そこで奧さんが一人跡へ殘ることになつてゐるのである。

「鴎外全集 第四卷」
(岩波書店 1972)
「青空文庫」より引用



夏目漱石の『三四郎』(1908。明治41年)の例もあります。次の引用中の「二人」とは、主人公の小川三四郎、および佐々木与次郎のことです。


二人は玄関をのぼって、教室へ這入はいって、机についた。やがて先生が来る。二人とも筆記を始めた。三四郎は「偉大なる暗闇」が気にかかるので、帳面ノートわきに『文芸時評』をけたまま、筆記の相間あいま々々に先生に知られないように読み出した。先生は幸い近眼である。のみならず自己の講義のうちに全然埋没している。三四郎の不心得にはまるで関係しない。

夏目漱石『三四郎』
漱石文学作品集 7
(岩波書店。1990)



次の例は、夏目漱石の弟子である芥川龍之介の『羅生門』(1915。大正4年)からの引用で、この小説のいわばクライマックスのところです。


下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀の鞘を払つて、白いはがねの色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は黙つている。両手をわなわなふるはせて、肩で息を切りながら、眼を、眼球めだままぶたの外へ出さうになる程、見開いて、唖のように執拗しうねく黙つてゐる。これを見ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されてゐると云ふ事を意識した。さうしてこの意識は、今までけはしく燃えてゐた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまつた。あとに残つたのは、唯、或仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。

芥川龍之介『羅生門』
(岩波書店「芥川龍之介全集 第一巻」1995)

 程度副詞としての "全然" 

形容詞や形容動詞を修飾し、修飾される言葉が表している「程度がはなはだしい」ことを意味します。夏目漱石は『坊っちゃん』(1906。明治39年)で、以下の引用のように使っています。生徒が悪ふざけで坊っちゃんの宿直の寝床にバッタを入れるという「バッタ事件」を起こすのですが、その生徒の処分についての先生たちの会議の場面です。


おれは野だの云う意味は分らないけれども、何だか非常に腹が立ったから、腹案も出来ないうちにち上がってしまった。「私は徹頭徹尾反対です……」といったがあとが急に出て来ない。「……そんな頓珍漢とんちんかんな、処分は大嫌です」とつけたら、職員が一同笑い出した。「一体生徒が全然悪るいです。どうしてもあやまらせなくっちゃあ、癖になります。退校さしても構いません。……何だ失敬な、新しく来た教師だと思って……」と云って着席した。

夏目漱石『坊っちゃん』
漱石文学全集 3(岩波書店。1990)

ここでの「全然悪い」は、地の文ではなく会話の中に出てきます。つまり最低限言えることは、「全然悪い」を東京人(坊っちゃん)が口頭語(口語)として使うのは自然だと、漱石が思っていたということです。

 呼応副詞としての "全然" 

「全然・・・・・・ない」というように、打消しを表す「ない」と "呼応" する("ない" という陳述部を予告する)使い方です。

芥川龍之介の『戯作三昧』(1917。大正6年)は、江戸時代の天保年間の滝沢馬琴を主人公としています。下の引用は銭湯での会話ですが、彼とは馬琴、近江屋平吉とは発句が趣味の小間物屋、「性に合はない」とは「発句が性に合はない」という意味です。


彼が「性に合はない」と云ふことばに力を入れたうしろには、かう云ふ軽蔑が潜んでゐた。が、不幸にして近江屋平吉には、全然さう云ふ意味が通じなかつたものらしい。

芥川龍之介『戯作三昧』
「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」
(筑摩書房。1968)
「青空文庫」より引用



以上のような「全然」の使い方を、小池教授は次のように総括しています。


「全然」にはこのように、三つの用法がある。明治・大正期では、呼応副詞(引用注:全然・・・・・・ない)の「全然」は少数派であり、時代が現在に近づくにつれて多数派を形成する。多数派であるが、「絶対的正しさ」を獲得しているわけではない。「情態副詞→程度副詞→呼応副詞」、このように「全然」は用法を拡大してきたのである。

引用注: 原文には「呼応副詞・陳述副詞」と書いてありますが、「呼応副詞または陳述副詞」の意味なので「陳述副詞」を省略しました。

小池清治『日本語はどんな言語か』
(ちくま新書 1994)


なぜ「誤用」という人がいるのか


そこで疑問が生じます。

全然伝わらない(呼応副詞)
全然悪い
全然失敗した

というような「全然」の使い方の中で、

  「全然」は呼応副詞(例:全然伝わらない)というように使うのが一般的ではあるが、形容詞の程度を強めたり(全然悪い)、"完全に"という意味(例:全然失敗した)でも使われる

とは考えずに

  「全然」は呼応副詞(例:全然伝わらない)として使うのが正しい日本語であり、その他の用法は誤用である

と考える人がいるのはなぜか

という疑問です。最初に紹介した投書を書いた人はもちろんですが、投書を採用した朝日新聞の編集部も「誤用」と考えているからこそ、日本語を正しく使おうという「問題提起」のために掲載したわけです(おそらく)。この疑問に答える記事を書いているのが(投書を掲載した朝日新聞ではなく)日本経済新聞です。その内容を次に紹介します。


「全然いい」は誤用、という迷信


日本経済新聞・電子版(PC版)に「ことばオンライン」とい連載記事があります(トップページライフ くらしことばオンライン)。この中の記事で「全然いい」は誤用、という説が広まった経緯が報告されています。

なぜ広まった?「『全然いい』は誤用」という迷信(2011.12.13)
「『全然いい』は誤用」という迷信 辞書が広めた?(2012.6.26)

の二つの記事です。これを読むと、まず、2011年12月13日の記事の先頭に、

  「全然は本来否定をともなうべき副詞である」というのは国語史上の迷信であることが、研究者の間では常識

とあります。なるほど。上で紹介した小池清治教授(日本語史)の『日本語はどんな言語か』にも、あたりまえのように否定を伴う場合・伴わない場合の事例が書かれていたのですが、これは「国語研究者の常識」なのですね。朝日新聞編集部では "非・常識" のようですが。

記事によると、国立国語研究所の新野・准教授を中心とする研究班は、この「迷信」がいつ頃に広まったのかを研究し、2011年10月22日の日本語学会で発表しました。研究班は、昭和10年代(1935-1944)における日本の代表的な国語学・国語教育の研究誌、3誌に研究者が書いた論文・記事を網羅的に調べ、「全然」がどういう使い方をされているのかを調査しました。その結果が次の表です。

昭和10年代の代表的な国語学誌・国語教育誌、
3誌における "全然" の使い方
否定語を
伴う
形容詞「ない」64 232
助動詞「ない」「ず(ん)」161
動詞「なくなる」「なくす」7
肯定を
伴う
①否定の意味の接頭語として使われる漢字を含む語51 354
②二つ以上の事物の差異を表す語134
③否定的意味・マイナス評価の語84
④否定的意味・マイナス評価でない語85
判別が難しい4
合計590
日本経済新聞・電子版「ことばオンライン」(2011.12.13)より引用(一部簡略化)。
調査対象は「コトバ」「綴り方学校」「日本語」の3つの国語研究誌。

ちなみに「肯定を伴う」のところの、①~④の例文を作ってみると、

全然不愉快だ。
全然違う。
全然駄目だ。
全然いい。

となるでしょう。この表で一目瞭然なのは、

全体の6割(590例のうち354例)は否定語を伴わず、
そのうちの約4分の1(354例のうちの85例)は「否定的意味やマイナス評価でない語」を伴う

ということです。この調査のポイントは「国語学者が、専門誌上で、本来の用法からはずれた言葉の使い方をするはずがない」ということですね。それはそうでしょう。「あいつは国語学者のくせに言葉の使い方を知らない」と "後ろ指" を指されたくないでしょうから・・・・・・。従ってこの表にみられる「全然」の使い方は、昭和10年代に「標準語として正しい」と考えられていたものと推測できます。

このうち、④の「肯定的な全然」については、高名な国語学者も使っているようです。記事(2011.12.13)には、


「前者は無限の個別性から成り、後者は全然普遍性からなる」

金田一京助
雑誌「日本語」(日本語教育振興会)より

という「全然」の使用例があげられていました。ちなみに、このブログで「全然違っている」という使い方をしたと上の方に書きましたが、これは②に相当し、昭和10年代から続く伝統的な日本語の使い方であったわけです。

一方、昭和28年~昭和29年(1953-1954)に学術誌「言語生活」(筑摩書房)に「最近 "全然" が正しく使われていない、"全然"は本来否定を伴う」といった趣旨の記事が集中的にみられます。このことから研究班は、

  "全然"は本来否定を伴うべきだという、言葉の使用実態とはかけ離れた「規範意識」が、昭和20年代後半に急速に広まった

と結論づけています。研究班は、規範意識が急速に広まった理由については「今後の研究」としたのですが、この理由を探るべく各年代の国語辞書の記述を調査した方がいます。日本経済新聞 電子版「ことばオンライン」(2012.6.26)から紹介します。


「全然」についての辞書の記述


日本近代語研究会・会長の飛田良文氏(元、国立国語研究所)は、明治から現代までの代表的な辞書における「全然」の使い方を調べました。それが次の表です。

「全然」に関する主な辞書(初版本)の語義記述

刊年書名(発行元)語義
の数
打消との
呼応
"全然いい"
への判断
1907明治40辞林(三省堂書店)1
1908明治41ことばの泉補遺(大倉書店)1
1911明治44辞林44年版(三省堂書店)1
1912明治45大辞典(嵩山堂)1
1912大正1新式辞典(大倉書店)1
1915大正4ローマ字で引く国語辞典(冨山房)1
1916大正5発音横引国語辞典(京華堂)1
1916大正5袖珍国語辞典(有朋堂)1
1917大正6ABCびき日本辞典(三省堂)1
1917大正6大日本国語辞典(金港堂/冨山房)1
1934昭和9大言海(冨山房)1
1935昭和10大辞典(平凡社)1
1935昭和10辞苑(博文館)1
1938昭和13言苑(博文館)1
1943昭和18明解国語辞典(三省堂)1
1952昭和27ローマ字で引く国語新辞典(研究社)2(注3)
1952昭和27辞海(三省堂)1(必ず)
1955昭和30広辞苑(岩波書店)1(注4)
1956昭和31例解国語辞典(中教出版)2俗語
1956昭和31角川国語辞典(角川書店)1(必ず)
1958昭和33旺文社版学生国語辞典(旺文社)1(正しくは)
1959昭和34新選国語辞典(小学館)1
1960昭和35三省堂国語辞典(三省堂)2[俗]
1963昭和38岩波国語辞典(岩波書店)1くずれた用法
1965昭和40新潮国語辞典(新潮社)1
1966昭和41講談社国語辞典(講談社)1
1972昭和47新明解国語辞典(三省堂)1俗に
1973昭和48角川国語中辞典(角川書店)2[俗に]
1972~昭和49~日本国語大辞典12巻(小学館)3(口頭語で)
1978昭和53学研国語大辞典(学習研究社)3[俗]
1981昭和56角川新国語辞典(角川書店)2[俗]
1984昭和59例解新国語辞典(三省堂)1新しい使い方
1985昭和60新潮現代国語辞典(新潮社)2
1985昭和60現代国語例解辞典(小学館)1俗に
1986昭和61言泉(小学館)1俗語的
1988昭和63大辞林(三省堂)3俗な言い方
1988昭和63三省堂現代国語辞典(三省堂)3[俗]
1989平成1福武国語辞典(福武書店)2
1993平成5集英社国語辞典(集英社)1俗に
1995平成7角川必携国語辞典(角川書店)1俗な言い方
1995平成7大辞泉(小学館)3俗な言い方
2002平成14明鏡国語辞典(大修館書店)3[俗]
2005平成17小学館日本語新辞典(小学館)2俗に

(注1) 飛田良文氏の調査を基に日経新聞電子版が作成した表(2012.6.26)を引用した。色付けや(注)は引用者。
(注2) 濃い色は「必ず(正しくは)打消しと対応」か「全然いいは俗用」としている辞書。
(注3) 語義で「下に打消しを伴わない」のを「くずれた用法」と記述している。
(注4) 最新版の「広辞苑 第6版」では、肯定的に使う全然を「俗な用法」としている。

「全然」と打消しとの呼応について、この調査の結果を要約すると次のようになります。

明治時代から昭和10年代までに発行された代表的な辞書においては、そもそも「全然・・・・・・ない」といった "打消しとの呼応" について触れているものが全くない。1907年(明治40年)から1943年(昭和18年)に発行された15種の辞書すべてがそうである。

1952年(昭和27年)刊行の『辞海』(三省堂。金田一京助編)において初めて「下必ずに打消を伴う」と記述された。これ以降、「必ず打消しを伴う」とする辞書や、必ずとはしないまでも「全然+肯定」を「俗用」や「崩れた用法」とした辞書が増えていく。

1952年(昭和27年)から2005年(平成17年)までに発行された28種の辞書では、26種が "打消しとの呼応" について触れており、このうち3種は "必ず(正しくは)打消しと呼応" とし、19種は「全然いい」を "俗な言い方"、"崩れた言い方"、"口頭語" などとしている。

『例解新国語辞典』(三省堂 1984 昭和59)に至っては「全然いい」を「新しい使い方」としている。

この調査は「昭和20年代の後半に "全然" は打消しを伴うとの規範意識が、世の中に急速に広まった」とする国立国語研究所の推定と一致してます。

ちなみに「全然いい」は新しい使い方、という「例解新国語辞典(1984)」の記述から強く推測できることは、「全然+肯定」という使い方が「最近」広まってきたが、これは本来の使い方ではないという意見が30年以上前から(1984年以前から)あっただろう、ということですね。

流行語や外来語は別にして、一般に "日本語の乱れ" を指摘する言説には、一定のパターンがあります

最近(または、このごろ)「・・・・・・」との言い方が目立つ。
これは日本語本来の使い方ではない。
正しい日本語を使おう。

というパターンです。「② 本来の使い方ではない」と言いたいがために「① 最近、目立つ」を持ち出すわけです。「昔から使われているが、正しい日本語ではない」では論理的に破綻します。「言葉の実態がずっとそうであったのなら、それは "正しい言葉" だろう」となるからです。ところが実は「・・・・・・」は昔から綿々とある言い方だったり、明治時代から使われていたりすることがある。「全然」ががまさにそのケースです。

ちなみに "①最近「・・・・・・」との言い方が目立つ" のところは "①若い人に「・・・・・・」との言い方が目立つ" になることが多々あり、これも典型的な「日本語の乱れ批判パターン」となっています。



この文章の冒頭から順に「文芸作品での使用例」「昭和10年代の国語雑誌の調査」「明治以来の国語辞書の調査」の3つを取り上げました。これらをまとめると、

「全然+肯定」は明治時代から綿々と、途切れることがなく使われてきた。もちろん、時代によってメジャーな使い方は変化した。

ところが(理由は明らかではないが)昭和20年代後半から「全然+肯定」は誤用だという規範意識が広まった。

しかしその規範意識は言語の実態を無視したものであった。従って「規範意識」が「言語の実態」を駆逐することはなかった。

その状況が長く続き「全然+肯定」は誤用という意見が折りに触れて言われるようになった。それが今でも(朝日新聞の投書欄のように)続いている。

ということだと思います。そして飛田良文氏は「全然+肯定」は誤用だという "規範意識" を広めたのは辞書だという「仮説」を述べています。


学校教育、特に辞典が日本語に対する規範意識に影響を与えるのは当然です。例えば、小学生用の国語辞典に「下に必ず打ち消しを伴う」とあれば、自然にそのような意識が根付くでしょう。今後、小学生用の国語辞典の記述を戦前から戦後までくまなく調べたり、英和辞典や和英辞典を調べたりするなどの研究を進めれば、決定的な事実、意外な事実が見えてくるかもしれません。

日経電子版「ことばオンライン」
(2012.6.26)


『ローマ字で引く国語新辞典』


さらに、日本経済新聞 電子版の記事では、ちょっと意外な事実が明らかにされています。最初に「必ず打消しを伴う」とした 1952年(昭和27年)の『辞海』の1ヶ月前に『ローマ字で引く国語新辞典』(研究社。1952)が刊行されたのですが、そこでは「全然」について、

1. 全く、まるで(普通、下に打消を伴う) [(not) at all]
(例)全然見当がつかない。

2. すっかり、全く(前者のくずれた用法で、下に打消を伴わない) [wholly]
(例)全然間違っている。

と説明されているのです。「必ず打消しを伴う」とした『辞海』ほど強い規則ではないのですが、この辞書が、日本の辞書で初めて "打消しとの呼応" に触れ、かつ語義を2つに分類し、「全然+肯定」を "崩れた用法" としたのです。この辞書の編纂には英文学者の福原麟太郎が参加しており、日本語の語義に英語を対応させています。辞書を調査した飛田良文氏は次のように言っています。


「ローマ字で引く国語新辞典」が、「全然」は「普通、下に否定を伴う」とした決まりの契機になっているのは英語です。福原麟太郎が「全然」を英語「not at all」と「wholly」に対訳したわけです。

日経電子版「ことばオンライン」
(2012.6.26)

飛田良文氏は、福原麟太郎が「全然」を英語「not at all」と「wholly」に対訳した、とだけ言っているのですが、これはどういう理由からでしょうか。なぜ、打消しを伴う場合とそうでない場合の2つに語義を分けたのでしょうか。

『ローマ字で引く国語新辞典』の編集方針はかなりユニークです。まず見出し語をヘボン式のローマ字表記にしたことです。これについては『ローマ字で引く国語新辞典』の初版のカバーに次のように解説されています。


日本語の発音を正確にあらわす方法は、ローマ字を用いることである。本辞典はローマ字によって見出し語を並べやすく引きやすくした。

『ローマ字で引く国語新辞典』復刻版
を紹介する研究社のホームページより

ローマ字で引く国語新辞典(復刻版).jpg
「ローマ字で引く国語新辞典」
(研究社 1952。復刻版)
今では想像しにくいのですが、当時は旧仮名遣いと新仮名遣いの問題がありました。つまり、現代の「言う」の発音は iu ですが、当時の文字表記は「言う」と「言ふ」(旧仮名遣い)の両方がありうるわけで、それを平仮名にすると「いう」と「いふ」になり、あいうえお順では離れた位置に配置されることになります。もし、新仮名遣いで配列された辞書で iu と発音する単語を旧仮名遣いの「いふ」で引こうとすると混乱します。ローマ字で見出しを配列するということは「発音で見出しを配列する」ということで、これはこれで意味があるわけです。ちなみに、ローマ字見出しの国語辞書はそれ以前にもありました。

この辞書が真にユニークなのは、国文学者(山岸徳平)だけでなく、英文学者の福原麟太郎が辞典の編纂に加わり、日本語の語義解説のあとに相当する英語を記述したことです。全然についていうと (not) at all と wholly です。この理由については、初版のカバーに、


日本語を正確に理解するために、外国語に訳してみるという対照的方法を用いた。本辞典は各語句の分析された各項目ごとに一つずつ最近似の英語句を与えてある。

(研究社のホームページ)

とあります。これはかなりユニークな辞書の編纂方針ですが、この方針は果たして妥当なのでしょうか。簡単な和英辞典として使えるために、というのなら分からないでもないのですが、「日本語を正確に理解するために英語に訳す」というのは明らかに話が逆です。その「話が逆」が顕著になったのが「全然」の語義解説だと思うのです。

必ず英語を付加するという制約のもとに、日本語の副詞である「全然」の語義解説を書こうとしたらどうなるでしょうか。「まったく」「すっかり」「完全に」という意味の英語の副詞を考えてみると、

  at all, wholly, completely

などが浮かびます。このうち at all は否定と相性のいい言葉です。

  She was not satisfied at all.
(彼女は全然満足しなかった)

というようにです。at all を肯定に使う場合もあるようですが、それこそ崩れた用法です(辞書にはない)。辞書にある否定文以外の使い方は、疑問文や if 節ですが、たとえば疑問文では、

  Is there any truth at all ?
(そこに少しでも真実があるのか?)

のように、日本語の「全然」とは違った意味になります。at all が日本語の「全然」に相当するのは否定文で使われるときだけなのです。

一方、wholly / completely は肯定文に使います。

  She was wholly satisfied.
(彼女は完全に満足した)

というようにです。ところが at all と違って、wholly / completely を否定文に使うと、今度は日本語の「全然」と同じ意味にはならないのです。

  She was not completely satisfied.

を、学校の英語のテストで「彼女は全然満足しなかった」と訳したら、先生はここぞとばかりに × にするでしょう。これは英文法でいう「部分否定」であって「彼女は完全には満足しなかった」という意味です。満足した部分もあったが、完全に満足したわけではなかった。学校英文法では、この「部分否定」がかなり丁寧に説明してあったと記憶しています。

このような背景から「最近似の英語句」をつけるという前提で「全然」の語義を一つで説明しようとすると困ったことになります。つまり、

  zenzen(全然)
まったく、すっかり、完全に、の意味 [at all]

とすると「全然+肯定」のケースが at all には当てはまらなくなります。しかし、だからと言って、

  zenzen(全然)
まったく、すっかり、完全に、の意味 [wholly]

とすると、今度は「打消しと呼応する全然」が wholly では表せなくなります。not wholly は部分否定であって「全然・・・・・・ない」(=完全否定)ではないからです。つまり「最近似の英語句を対応させた」とは言えなくなる。

従って英語と対応させるという前提である限り、全然の語義を「打消しが伴う場合」と「肯定が続く場合」の2つに分けざるを得なくなります。英語を熟知した人ほどそう思うでしょう。もちろん辞典の編纂者の一人である福原麟太郎は、日本の英文学学会の会長までつとめた、英語に精通した学者です。

英語には「否定文に使うと "全然" と同じ意味になる言葉」(at all)と、「肯定文に使うと "全然" と同じ意味になる言葉」(wholly / completely など)がある・・・・・・。『ローマ字で引く国語新辞典』は日本で初めて「全然」を2つの語義に分けた辞書ですが、その「分けた」理由は英語にあったのです。「全然」という言葉の語義のルーツ(の一つ)をたどっていくと、英語の「完全否定」と「部分否定」の違いが関係してくる・・・・・・。これはまったく意外な話なのですが、太平洋戦争の敗戦直後である昭和20年代という時代の気分が背景にあるのでしょう。



しかし『ローマ字で引く国語新辞典』は語義を2つに分けただけでなく「打消しを伴う全然」が「普通」としています。また、1ヶ月後に刊行された『辞海』は「必ず打消しを伴う」としています。この規範意識がなぜ生まれたのか、それはまだ解明されていません。

その研究手段として、飛田良文氏は前に引用したところで「英和辞典や和英辞典を調べたりするなどの研究を進めれば」と言っています。ここで暗に匂わされているのは、英和辞典ないしは和英辞典に影響された可能性です。そうなのかもしれません。英語に影響されて「全然」を「(not) at all」と同一視したということも考えられると思います。


言葉は進化する


「全然」という言葉が使われてきた歴史から言えることは、

言葉の使い方が「正しい」「正しくない」という「規範意識」は時代とともに変わる。しかも10-20年というレベルで、かなり急に変わることがある。

しかし言葉が使われている実態は、そう急には変化しない。言葉の使用実態は「積み重なって」進化する。

ということだと思います。もちろん、はやり言葉、流行語、外来語などを除いた「基本語としての言葉」についてです。

「言葉」は「文化」を構成する最大の要素だと思いますが、新規性や革新を取り入れると同時に「積み重ねで進化する」のが文化であり、言葉だと思います。

次回に続く)


 補記 

この記事の本文で

  最近、全然+肯定という使い方が広まってきたが、これは本来の使い方ではない」という意見が30年以上前からあったと推定できる

との主旨を書きました。しかし30年以上前どころか少なくとも50年以上前からあったようです。そのことが分かる新聞記事を引用します。この記事は No.145「とても嬉しい」で引用したものですが「全然+肯定」に言及しているので、その部分を再掲します。朝日新聞社の記者(ないしは校閲関係の人)が書いたと推測されるコラム記事です。原文に下線はありません。


全然

このごろの若い人たちは「あの映画は全然いいんだ」とか「あそこの食事は全然うまいよ」とかいう。この場合の「全然」は「非常に」「大変」という意味である。

しかし、「全然」は本来は「全然出来ない」「全然感心しない」のように、否定の言い方を伴う副詞で、意味は「まるっきり」である。それを「全然いい」「全然うまい」と肯定表現に使うものだから、年寄りたちからは、とんでもない使い方だと非難されている

「言葉のしおり」
朝日新聞(1964年10月6日。朝刊。9面)

ちなみにこのコラム記事が掲載された日付は、東海道新幹線の開業(1964.10.1)と東京オリンピックの開幕(1964.10.10)の間にあたります。

ブログの記事本文に書いたように「全然+肯定は誤用という迷信」が広まったのは昭和20年代後半(1950年~1954年)と推定されるのでした。上記の朝日新聞の記事はそれから10年程度たっていて、そのときすでに「全然+肯定はとんでもない使い方だ」と非難する "年寄りたち" がいたことになります。しかしその "年寄りたち" が10代~50代の頃は「全然+肯定」が正しい言葉として使われていた(使っていた)わけです。

以上をまとめると、

  「全然+肯定」に関して
最近「全然+肯定」をよく聞く("最近" が誤り)
これは誤用である("誤用" は迷信)
正しい日本語を使おう
という言説が1964年以前から現在まで50年以上にわたってずっとあり、今また2015年4月7日の朝日新聞の投書欄に出現した

わけです。朝日新聞に投書された方は49歳なので、その方が生まれる前から延々と続いているということになります。まさに世代を越えて受け継がれているわけです。今後もまだ続くのでしょう。




nice!(0)  トラックバック(0) 

No.143 - 日本語による科学(2) [文化]

前回より続く)

分類学は分類の科学である(ドーキンス)


英語の "高級語彙" は普通の人には分かりにくい(前回参照)という事情から、英米の科学者が一般向けに書いた本の日本語訳を読んでいると、ときどき「あれっ」と思う表現に出会うことがあります。

リチャード・ドーキンス(1941 - )は英国の進化生物学者・動物行動学者で、世界的に大変著名な方です。特に、著書である『利己的な遺伝子』(1976)はベストセラーになりました。これは巧みな比喩を駆使して現代の進化学を概説した本です。その続編の一つが『ブラインド・ウォッチメーカー』(1986)ですが、この本の中に次のような一節が出てきます。


分類学タクソノミーは分類の科学である。ある人々にとっては、分類学はどうにもならぬくらい退屈だという評判であったり、ほこりっぽい博物館や保存液の匂いを思わず連想させたりするものであり、ほとんど剥製術タクシダーミーと混同されているかのようだ。だが、実際には、決して退屈どころではない。

リチャード・ドーキンス
中嶋康裕・他訳
『ブラインド・ウォッチメーカー』第10章
(早川書房 1993)

「分類学は分類の科学である」とは、分かりきったことを言う奇妙な文章です。しかし原文に当たってみるとその理由が分かります。


Taxonomy is the science of classification.

Richard Dawkins
"The Blind Watchmaker"(1986)

盲目の時計職人.jpg
リチャード・ドーキンス
「ブラインド・ウォッチメーカー」
(早川書房 1993初版)
ドーキンスは taxonomy が、英語を母語する一般人にとって難しい言葉だと認識していて、それを説明する文章を書いているわけですね。classify(分類する)は分かるし、classification(分類)も分かる。しかし taxonomy は難しい。一方、日本語訳の「分類学」は、そういう学問があることを全く知らなかった人にとっても何をするものかが一目瞭然です。

この文章のあとの方に出てくる "タクシダーミー(taxidermy, 剥製術)" は、日本語の意味は明快ですが、英語としては taxonomy に輪をかけて難しい言葉です。この言葉を知っている普通の日本人はいないだろうし、英米人も非常に少ないはずです。普通、博物館にある「剥製」は stuffed animals とか stuffed birds と言うからです。そういう日常語と taxidermy は全く結びつかない。ではなぜドーキンスは「taxonomy が taxidermy と混同されている」と書いているのでしょうか。そんなことありえないはずなのに。

これはドーキンス流のウィットだと思われます。辞書を引くと taxonomy の taxo- も taxidermy の taxi- もギリシャ語の taxis に由来していて、「配列」「順序」「整理」という意味だとあります。まさに前回にもあった「ギリシャ語由来の造語要素」なのです。博覧強記のドーキンスはそれを理解していて「混同」という "ありえないこと" を書いたのでしょう(たぶん)。



余談になりますが、ドーキンスという人は科学(彼の場合は進化学)のキモのところを適切な自然言語(英語)に置き換えてイメージ膨らませる技に長けています。The Selfish Gene(利己的な遺伝子)という題も、遺伝子を擬人化した selfish(利己的)という言葉を使って、現代進化論の基礎をうまく言い表しています。

盲目の時計職人(新版).jpg
リチャード・ドーキンス
「盲目の時計職人」
(早川書房 2004新版)
The Blind Watchmaker もそうです。我々は「盲目のピアニスト」や「盲目のヴァイオリニスト」がいることを知っています。しかし「盲目の時計職人」は知らない(いない)。えっ!と思わせる題で、現代進化論が結論づける「進化の機構」を言い表している。

この本の日本語訳を「ブラインド・ウォッチメーカー」とするのは、全くいただけません。"ブラインド" も "ウォッチメーカー" も一般的なカタカナ英語ではないし、"ブラインド"は別の意味の言葉として一般的です。「盲目の時計職人」の方がよほといい。この本の訳者は、言葉(自然言語)が持つ「イメージの喚起力」が理解できていなかったようです。著者のドーキンスは科学における言葉の重要性を十分に理解して題をつけているというのに ・・・・・・。

なお、このことを反省したのか、2004年に「盲目の時計職人」と改題され、新装版で発売されました。本の表紙を見ただけで、なじみのある日本語(漢字)が持つイメージの喚起力が明白です。それは前回に紹介したように、鈴木・慶応大学名誉教授が強調していることでした。


漢字による造語のデメリット


今まで造語要素としての漢字の意義を書いてきたのですが、漢字による造語と引き替えに同音異義語が多数発生したことは確かです。特に「同じジャンルやカテゴリーの同音意義語」が混乱のもとになる。典型的なのは「しりつ(市立いちりつ)」と「しりつ(私立わたくしりつ)」ですね。学校の経営主体を表す用語が同音だと、言い分けをせざるを得なくなります。

何か売り買いするという「売」と「買」が同じ音であるのも、同じカテゴリーなので混乱のもとです。従って「ばいしゅん(売春)」と「ばいしゅん(買春かいしゅん)」というように区別せざえるを得なくなります。そもそも「日本語による科学」というテーマの、その「かがく(科学)」と「かがく(化学ばけがく)」が同じカテゴリーの同音意義語なのです。

しかし考えてみると、日本語の音節の数は100程度であり、これは世界の言語の中でも極めて数が少ない方です。英語は数千から(数え方によっては)1万以上と言われています。日本語で同音意義語が発生するのはやむをえないとも言えるでしょう。さらに、同音意義語と言えども「同じジャンルでない同音意義語は意外と問題にならない」とも言えます。

また漢字の問題点として、アルファベットに比べると数が多いため(文科省の常用漢字だけで約2136字)、印刷物の作成が大変だ(素人にはむずかしい)ということがありました。しかしこれは、コンピュータ技術の発展で劇的に変わりました。いわゆる「日本語ワープロ」の発達と、その後のパソコンの「ワープロ・ソフト」の普及です。今やワープロという言葉は死語になっていて、パソコンやスマホを使う人は各種アプリの入力画面で、ごく自然に日本語入力をしています。

  ちなみに、松尾義之氏の『日本語の科学が世界を変える』(以下『前掲書』)に指摘してあるのですが、韓国はハングル優先で漢字を棄てました。これは韓国の将来にとって良いことなのか悪いことなのか。100年・200年というレンジで考えたときに禍根を残すことになるやしれません。漢字が広まった東アジア文化圏ではベトナムも漢字を捨てました。本家本元の中国(および台湾)と日本だけが漢字に固執している。

つまり日本は「中国語とは全く違う言語体系でありながら、なおかつ漢字=表意文字を使っている国」です。漢字はもともと中国からの輸入品ですが、完全に日本化しています。これこそが日本文化の独自性の最大のものの一つだと思います。これを生かさない手はないのです。

さらに補足すると、漢字は「偏」や「つくり」という「文字を構成する部品」が意味をもっていることが多いわけです。正確に言うと、漢字は「表意部品文字」です。


日本語で科学する


科学における日本語環境(もっと広くは、学問、政治、経済、社会全般の日本語)を作る上で漢字が果たした役割の話が長くなりました。それを含めて「日本語と科学」について、前回(No.142 - 日本語による科学(1))から今までの議論を振り返ってまとめると、以下のようになります。

科学の領域では、日本語で思考することがマイナス要因にはならない
  ノーベル賞(サイエンス分野)で言うと、21世紀になってから現在まで(2001~2014)に日本人受賞者は13人います(功績をあげた時点で日本国籍だった南部博士、中村教授を含む)。平均すると毎年1人の割合で受賞者を出しているわけで、これは欧米以外では日本だけです。この中で最も "日本語べったり" なのが「外国に行ったことがなく、英語が全くしゃべれない」益川博士でした(前回参照)。

日本語で論理的思考が十分に可能である
  日本語のネイティブ・スピーカーである日本の科学者は、日本語で思考をしています。科学は論理的思考が必要な人間活動の最たるものです。日本語で論理的思考が十分に可能であるからこそ、ノーベル賞受賞者を輩出するまでになるのです。

日本語で最先端の研究ができるまでになれる「日本語環境」が揃っている
  日本語で最先端の研究をするためには、そこまでに至る勉強、知識の修得、思考の訓練が必要です。日本にはそのために必要な言葉(専門用語)と日本語テキストがそろっています。

音読みと訓読みの二重構造をもつ日本の漢字が、科学における日本語環境(学術用語・科学用語)を作り上げる上で多大な貢献をした

この最後の点に関して、前回(No.142 - 日本語による科学(1))で何度か引用した鈴木・慶應義塾大学名誉教授は、次のように言っています。


たしかに漢字の学習には時間がかかるかもしれない。しかしひとたび学習された漢字は、日本人の日常卑近な生活のレベルに必要な安定したことばと、抽象度の高い高級な概念とを連結する真に貴重な言語媒体としての機能があったことを、改めて認識する必要があるのではないだろうか。

鈴木孝夫『閉ざされた言語・日本語の世界』
(新潮選書。1975)

この鈴木教授( = 言語学者)のコメントと類似性を感じるのが、物理学者のハイゼンベルクの考えです。ハイゼンベルク(1901-1976)は、現代物理学の基礎となっている量子力学を作りあげた一人で、20世紀の理論物理学の巨人です。彼は『現代物理学の思想』で、言葉( = 自然言語)と物理学の探求の関係を次のように言っています。


現代物理学の発展と分析のもっとも重要な特徴の一つは、自然言語の概念は漠然と定義されているが、知識を発展させる際には、制限された現象の群からの理想化として作られた科学言語の明確な言葉よりも、いっそう安定しているように思われるという経験である。これは事実、驚くに当たらない。というのは自然言語の概念はリアリティと直接結びついて形成されているからで、これらはリアリティを表している。

ハイゼンベルク著 河野・富山訳
『現代物理学の思想』
第11章「人間の思考における現代物理学の役割」
(みすず書房。1989。1967初版)
(原書の出版は1958年)

関係代名詞をそのまま訳したような、分かりにくい日本語訳ですが、要約すると、

  自然言語は知識を発展させる土台となる安定した言語である。それはリアリティと直結しているからこそ安定している。

ということです。自然言語に対比されるのが「科学言語」で、それは数式や化学式、論理式のたぐいです(特に物理学においては数式)。さらにハイゼンベルクは次のように述べています。


我々が既知のものから未知のものへと進むとき、いつでも我々は理解したいと望むであろうが、しかし同時に「理解」という語の新たな意味を学ばなければならない。いかなる理解も結局は自然言語に基づかなければならないことを我々は知っている。

ハイゼンベルク『同上』

現代物理学の思想.jpg
ハイゼンベルク
「現代物理学の思想」(新版)
(みすず書房。1967初版)
ハイゼンベルクの前に引用したの鈴木教授の言う「抽象度の高い高級な概念」とは、前に挙げた語句のリストでも分かるように、主として学術用語です。鈴木先生は「日常卑近な、生活のレベルに必要な、安定したことば」と学術用語の関係を述べているわけです。一方のハイゼンベルクは、物理学の探求における言葉(自然言語)の果たす役割を考えている。言語学と物理学という全くジャンルが違う学者ですが、二人の言っていることには非常に共通するものがあるように見えます。それは、

  日常使う、リアルなイメージをもった言葉による「理解」の重要性

です。引用した二人の文章に共通しているのは「安定」というキーワードですね。安定した言葉による知的活動の重要性を、二人は言いたかったのだと思います。

ハイゼンベルクの言葉には、さらに二つのキーワードがあります。一つは「リアリティ」です。これは外界の事物、社会概念、身体感覚、感情などのすべて指していると思います。もう一つは、自然言語が「漠然と定義されている」ということです。かみ砕いて言うと、自然言語のもつ「曖昧性」と「多義性」だと思います。言葉の意味は境界線が厳密に引かれているわけではないし、一つの言葉は多様な意味に使われる。実は「リアリティ」にもとづくからこそ、自然言語には曖昧性・多義性があるのです。「リアリティ」は変化するし、人によってとらえ方が違う。「リアリティ」にもとづかない、たとえば数学用語などはいくらでも厳密に、一意に定義できます(そうでないとまずい)。さらに、曖昧性や多義性があるからこそ、自然言語は安定していると言えます。言葉のコアの意味を保持しつつ、「リアリティ」の変化や解釈の相違に柔軟に追従していける。最も安定した建造物とは、大地の揺れに最も "しなやかに" 追従できる建物(例:五重の塔)、という事実に似ています。

「リアリティ」に根拠をもち、曖昧性・多義性があり、かつ安定している自然言語を用いるからこそ、人間は深く考えられるし、新たな発想を生み出せる・・・・・・。ハイゼンベルクの言葉はそう解釈できると思います。そしてこのような性質を強くもった自然言語とは「母語」であることは言うまでもないでしょう。外国語として習得した言語では(外国で生活しているのでない限り)限界がある。それが「母語で考える」ことの意味だと思います。



ところで、ハイゼンベルクは言葉と科学の関係について、さらに次のように述べています。


この前の大戦以来(引用注:第二次世界大戦)、日本からもたらされた理論物理学への大きな科学的貢献は、極東の伝統における哲学的思想と量子論の哲学的実体の間に、なんらかの関係があることを示しているのではあるまいか。今世紀(引用注:20世紀)の始め頃にヨーロッパでまだ広く行われていた素朴な唯物的な思考法を通ってこなかった人たちの方が、量子論的なリアリティの概念に適応することがかえって容易であるかもしれない。

ハイゼンベルク『同上書』

極東( = 日本)の文化的伝統があったからこそ、日本の学者は理論物理学に大きな貢献ができたのではないか」という主旨の推測(ないしは仮説、予想)ですが、次にこのことを考えてみたいと思います。


「日本語による科学」は有利か


「日本語による科学」が「マイナス要因にはならない」ということを通り越して「積極的に有利だ」ということがあるのでしょうか。

これは非常に難しい質問です。というのは、仮に日本語が有利だ(有利な面がある)としても、それを証拠とともに証明することは困難だと考えられるからです。益川博士がもしアメリカで生まれて英語環境で育っていたらノーベル賞をとれたか、というような質問には答えられません。

また仮に「日本語による科学」が他言語(たとえば英語)より有利な面があるとしたら、「英語による科学」も日本語より有利なことがあると想定できます。人間の思考の道具となっている言語の違いが発想の違いを生むはずだからです。

以上を踏まえつつ「日本語による科学は有利か」ということを考えてみると、一つは鈴木名誉教授が指摘する、漢字の造語要素としての優秀性でしょう。つまり「日常卑近な、生活のレベルに必要な安定したことばと、抽象度の高い高級な概念とを連結する、真に貴重な言語媒体としての漢字」(著書より再度引用)です。

これ以外に「有利」と想定できる要素が日本語にあるでしょうか。それを示唆する話が、松尾義之・著『日本語の科学が世界を変える』にあります。それは、「日本語には英語で表現しきれない科学の概念がある」という指摘で、その一つが「物性」という言葉です。


(日本語では普通に使われているのに、英語には翻訳できない科学用語の)例の一つが「物性」という言葉である。東京大学には物性研究所という素晴らしい研究機関があるし、日本の物理学の中には物性論という明確なジャンルも存在している。「物質の性質を原子論的立場から研究する科学」である。ところが「外国語にはこれに相当する適切な言葉はない」と『理化学辞典』(岩波書店)にも書いてあるのだ。アメリカでは近い言葉に condenced matter physics があるが、これはほぼ100%、凝縮系物理学と翻訳されており、物性という言葉にはなりえない。

一時期、固体物理学(solid state physics)というジャンルが物性物理学に近いことがあった。エレクトロニクスなどを支えた学問分野である。材料科学(material science)もかなり物性論に近い言葉だ。それでも、超伝導などは物性論以外には入れにくい。まさにハイゼンベルク博士の言う自然言語としての「物性」は、このように間口の広い言葉なのだ。それは決して悪いことではない。

松尾義之『前掲書』

日本における物理学の領域を研究対象のスケールに応じて大まかに分けると「素粒子」「物性」「地球物理」「宇宙物理」というのが一般的でしょう。特に「物性」の研究者が多い。この「物性」が日本語独自の概念だというのは、ちょっと意外です。

さらに別の科学概念の話を、松尾氏は編集者としての経験から書いています。


日本の生物物理学を作り上げた大沢文夫おおさわふみお博士(1922~、名古屋大学・大阪大学名誉教授)とは『瓢々楽学』という単行本を作ったが、その時も、「英語では表現しきれない概念があるのですよ」という話が出てきた。その一例が「生き物らしさ」だという。これは「生物のような」という意味ではなく、「生物の生物たる根本の欠くことのできない必須条件でありながら、ある種のしなやかな漠然とした一面も含んだ特徴」とでもいうようなことだ。大沢博士は、「生き物らしさという日本語表現は、英語では決して表現できない。それを追い求めるのが真の生物物理学だ」とおっしゃっていた。

松尾義之『前掲書』

「生き物らしさ」が英語では表現できない、とは重要な指摘だと思います。もし、ある日本の研究者がいて「私のライフワークは生き物らしさの追求だ、すべての研究はそこにつながるようにしよう」と思ったとしたら、そういう研究者は日本以外にはいないことになるからです。その研究者を突き動かしているのは、実は「言葉」なのではないでしょうか。

  ちなみに「生物の必須条件でありながら、しなやかな漠然とした一面も含んだ特徴」という「生き物らしさ」の "定義" で直感的に連想するのが、No.69-70「自己と非自己の科学」で述べた人間の免疫(獲得免疫)のシステムですね。免疫は生物に必須の精緻なシステムですが、同時に柔軟で、冗長で、かつ曖昧なものでした。

さきほどの「物性」もそうです。私の専門は「物性」だと意識している研究者は、もちろん個々の研究は物性の中の極く一部なのだろうけれども、折に触れて「物性という間口の広い視野」で思索にふけるでしょう。東京大学の物性研究所に集結している科学者たちは、一人一人の研究分野は狭いはずですが、研究所仲間の内部情報に自然に接しているはずです。その内部情報は、物性という、英語化できない日本語によってひとくくりにされた情報なのです。

言葉は人間の思考と行動に影響を与えます。そのことを軽く考えてはならいと思います。


日本語こそ武器


以上のことから推測できることがあります。英語では表現し難い日本語の科学概念があるということは、英語にも日本語にしにくい科学概念があるだろう、ということです。そう考えるのが自然です。

そして、ここまでくると気づくのは、日本の科学者は日本語と英語の科学概念の両方に接している、という事実です。前回(No.142 - 日本語による科学(1))の冒頭の益川博士のインタビューにあったように、日本の科学者は英語論文を読まないと研究ができません。もちろん英語と日本語の科学概念は、同一意味内容のものが大多数でしょう。科学なのだから、そうでないとまずいわけです。しかし「生き物らしさ」にみられるように「日常語に近い概念や思考方法を表すことば」や「まだ世界的にも定まっていない新しい概念」は、言語による微妙な相違が多いのではないでしょうか。

日本の科学者は、科学の探求において日本語と英語の両方に接している・・・・・・。これとは全く対照的なのがアメリカ生まれのアメリカ人科学者です。アメリカの科学者は最も自国内に「引きこもる」率が高いと言われています。日本人科学者はよくアメリカに留学するが、アメリカ人科学者はあまり外国に留学したりしない。なぜなら、自国で世界最先端の研究に接することが十分にできるからです。しかも生まれてから研究生活までずっと英語です。すべてが英語でこと足りるのです。

以上のような考察からすると、日本人科学者にとって英語は必要条件だが十分条件ではないと言えるでしょう。英語をいくら頑張ってみても「よくできたとして英米人なみ」なのです。著書を引用した科学ジャーナリストの松尾義之氏は、次のように表現しています。


再認識すべきは、少なくとも日本の創造的な科学者にとって、英語は必要ではあっても十分な武器ではない、ということだ。最大の武器、それは日本語による思考なのだ。

松尾義之『前掲書』

これは「そこにしかないもの、その人しかできないことがまずあり、それをいかに強みに転化できるかが勝負である」という、世の中の通例と同じだと思います。それは国の経済発展から地方再生まで、さらには個人の社会に対する貢献までを貫いている原理です。


日本語の将来:ハンディキャップの克服


前にワープロの発明が日本語のハンディキャップを劇的に解消した、その証拠にワープロという言葉自体が死語になってしまった、と言いました。このように、技術で日本語のハンディキャップを解消する努力は今後も続くはずです。この面で将来あたりまえになるだろうと確信できるのが「日本語・英語の自動同時通訳」です。自動同時通訳に必要な要素技術は、

音声認識
自然言語認識(文脈解析)
自動翻訳
音声合成
以上を超高速に処理する技術

などですが、すでにGoogleなどでは無料の自動翻訳ができます。Googleの翻訳が使いものになるかどうかは議論があると思いますが、ビジネス・ユースの有料の翻訳ソフトはもっと精度が高い。専門用語の辞書も各種揃っています。また、スマホに向かってしゃべれば答えを返してくれるところまできている。

は、いわゆる人工知能(AI)の研究の一分野ですが、人工知能研究は最近急激に進歩しています。IBMの「ワトソン」というコンピュータはクイズ番組で人間に勝ったことで有名ですが、日本の大手銀行ではコールセンターの質問回答業務に「ワトソン」の導入が始まりました。

日本でも国立情報学研究所の新井紀子教授が主導する「ロボットは東大に入れるか?」プロジェクト(略称:東ロボ)が有名です。ロボットに東大入試問題を解かせようとするプロジェクトですが、これが20年前なら新井教授は「正気ではない」と見なされたでしょう。ちなみに、東ロボ君が完成するということは「東大入試レベルの英文和訳と和文英訳が、合格点をとれる程度に、機械で可能になる」ということです。東ロボ君が英語を「捨てて」いるのなら別ですが。

最近の人工知能研究の発展は、大量のサンプル・データを集め、それを "機械学習" でコンピュータに学習させる手法の進歩に負うところが大きい。「日本語・英語の自動同時通訳」でも、今後「プロによる同時通訳のデータ蓄積」がものすごく貴重になると思います。日本の文部科学省も「科学技術立国・日本」を標榜するなら、小学校での英語教育だけでなく「日本語・英語 自動同時通訳」の研究開発を主導してもらいたいと思います。これは日本しかできない(日本しか絶対にやらない)研究です。

実用性の高い「日本語・英語の自動同時通訳」が将来できることは確実だと思います。そうなったとき、日本人は改めて "何が本当に貴重なのか" に気づくと思います。


日本語論の必要性


現在までに多くの「日本語論」が書かれてきましたが、そのほとんどは文科系の学者や評論家、作家などによるものであり、対象とする日本語は「普段使いの日本語」か、文芸作品(小説、評論、詩歌など)がほとんどでした。これはこれでよいのですが、問題は、学問を探求する言葉としての日本語、特に科学技術を探求する言葉としての日本語を論じた日本語論がほとんどないことです。この視点からの日本語論は「科学技術立国・日本」としては、十分、論ずるに値すると思います。

今の日本には「カタカナ英語」や「カタカナの英語もどき」が氾濫しています。ジャーナリズム、官庁の文書、スポーツ、ファッション、サービス業、ブランド名などに蔓延している。これらの中には十分日本語で表現可能なものが多々あります。

マスメディアは今だに「ぜ書き」をしていますね。「腹くう鏡手術」を「腹くう鏡手術」( = NHK)とあえて書く意味は何かあるのでしょうか(2010-2014年に群馬大学病院で肝臓切除手術を受けた8人が死亡した事件などの報道)。漢字にルビを振ることなど、今の技術では簡単です。「ふくくうきょう」でカナ漢字変換すれば一発で「腹腔鏡」と出てくる時代です(たった今その操作をしました)。マスメディアが時代錯誤なことを続けていると「腔」という字がもつ「体に関係したことで何らかの空洞を示す」というイメージが失われていくでしょう。漢字は "偏" や "つくり" に意味があることが多く、つまり「表意部品文字」でもあるのです。「腔」を学校で教えなくても、また書けなくてもかまいません。見たときに音と意味が分かればいいのです。これは「腔」という字の問題でなく「一事が万事」ということです。

こういったジャーナリズムはさておき、せめて科学技術の世界だけは、英語を英語として尊重にすると同時に、日本の科学技術の武器としての日本語を大切にして欲しいと思います。新しい科学の概念が出てきたら、漢字の造語機能を生かして新しい語を創り出し、日本語で深く考える環境を維持して欲しいと思うわけです。

「科学する言葉としての日本語論」に、今後期待したいと思います。




nice!(0)  トラックバック(0) 

No.142 - 日本語による科学(1) [文化]

いままでに、言語が人の思考方法や思考の内容に影響を与えるというテーマで何回か書きました。

No. 49 - 蝶と蛾は別の昆虫か
No. 50 - 絶対方位言語と里山
No.139 - 「雪国」が描いた情景
No.140 - 自動詞と他動詞(1)
No.141 - 自動詞と他動詞(2)

の5つです。今回もその継続で、科学の研究と日本語の関係がテーマです。なお以下の文章は、

  松尾義之『日本語の科学が世界を変える』
筑摩書房(筑摩選書)2015

を参考にした部分があり、この本からの引用もあります。著者の松尾氏は『日経サイエンス』副編集長、日本経済新聞出版局編集委員、『ネイチャー・ダイジェスト』編集長などを勤めた科学ジャーナリストです。以下で『前掲書』とは、この松尾氏の本のことです。


益川敏英 博士


益川敏英.jpg
益川敏英
2008年12月7日、スウェーデン王立科学アカデミーにて
(Wikipedia)
科学ということで、ノーベル物理学賞の話から始めます。ノーベル物理学賞と言えば、2014年に日本の赤崎勇・天野浩・中村修二の3氏が青色LEDの開発で受賞したことが記憶に新しいところです。しかしその6年前にも日本の3氏が受賞しました。2008年に素粒子研究で受賞した南部陽一郎・小林誠・益川敏英の3氏です。これも日本人の記憶にまだ残っているのではないでしょうか(中村、南部の両氏の受賞時の国籍はアメリカ)。

この2008年のノーベル物理学賞で大変に驚いたことがあります。それは益川敏英としひで博士に関することです。先生は世界最高クラスの物理学者でありながら、

今まで外国に行ったことがなく
受賞が決まったときにはパスポートを持っていなかった

というのです(朝日新聞デジタル版 2008.10.8 など)。

世界レベルの学者なら、学会で海外に行き、発表・講演を(英語で)行い、海外の学者と議論をし・・・・・・というのが普通でしょう。しかし益川博士はこういった「外まわり」のことは共同研究者の小林博士にまかせ、ご自分は日本に「引きこもって」おられたようです。ノーベル賞の受賞式では受賞者が英語でスピーチをするのが恒例ですが、益川博士は日本語で行いました。朝日新聞の2014年11月26日の紙面に益川博士のインタビュー記事が載っているのですが、「僕は語学が大嫌い」と語ったあとで、次のようにおっしゃっています。


ちなみにノーベル賞受賞記念のスピーチも、恒例の英語ではなく日本語で済ませました。英語の字幕付きで。英語でやれと言われたら、行く気はなかったですよ。

益川敏英としひで
朝日新聞(2014.11.26)
17面(オピニオン面)

確か、ノーベル文学賞を受賞した川端康成氏(No.139「雪国が描いた情景」参照)は日本語でスピーチをされたはずで、それは日本文学の作家としてありうると思います(ただし大江健三郎氏は英語だったはず)。しかしサイエンス分野のノーベル賞での日本語スピーチというのは益川博士が初めてです。

英語でスピーチをやれと言われたのなら受賞式には行かなかった、と言う益川博士の「語学嫌い」は若い時からのようです。


僕は語学が大嫌いです。学生時代もまったく勉強しませんでした。物理の本を読んでいるほうが、はるかに楽しかった。

こんな生き方も、かつてはギリギリ許されました。大学院の入試で僕が苦手のドイツ語を白紙で出して問題にされたときも、「語学は入ってからやればいい。後から何とでもなる」といって通してくれた先生がいた。電子顕微鏡の世界的権威の先生でした。

朝日新聞(2014.11.26)

もちろん益川博士は英語の論文を読みます。そうしないと世界の最先端の研究動向、研究成果を知ることはできないからです。


こんな僕でも、実は英語は読めます。「読む」の1技能です。だって興味のある論文は、自分で読むより仕方がない。いちいち誰かに訳してもらえませんから。

ただし、いんちきをします。漢字がわかる日本人なら漢文が読めるのと同じです。物理の世界だったら基本的な英単語は知っています。あとは文法を調整すればわかる。行間まで読めます。小説だとチンプンカンプンですが。

朝日新聞(2014.11.26)

学者としての研究成果を発表するときには、世界共通語である英語で論文を書く必要があります。益川博士の英語論文を書く力はどうなのでしょうか。推測できることは、全く英文を書けないということはないにしても、書くのは大の苦手ということです。なぜかと言うと、インタビューの中で "「読む」の1技能" と語っているからです。「1技能」とは「話す・聞く・読む・書く」の4技能のうちの1技能ということですね。つまり基本的に英語を「読む」以外はできない、と言っている。

しかしたとえ英文を書くのが大の苦手でも、日本語で論文を書いて専門家に英訳してもらうことは出来るし、"ブロークンな" 英文をネイティブ・スピーカーにチェックしてもらうこともできる。益川博士は名古屋大学や京都大学に在籍されてきたので、そういった環境は十分あると推測できます。



ところで、益川博士のノーベル物理学賞受賞で明確に分かったことは、

  英語がまったくしゃべれないのに、世界の第1級の科学研究をした日本人がいる

という事実です。「そんなこと別に不思議でも何でもない」と、多くの日本人は考えると思います。つまり、益川博士は天賦の才に恵まれ、ものごとを深く考える力があり、発想も豊かで、勉強家で、努力家だったのでノーベル物理学賞に値する仕事をした、英語ができなくても不思議ではないという風に(無意識に)思うのではないでしょうか。

しかし日本以外からの目でみると大変に不思議なことかもしれないのです。特に中国や韓国の科学者からみると「驚くべきこと」である可能性が大です。それはインタビューの中に出てきます。「大学院入試のドイツ語答案を白紙で出した」という、益川博士の "華麗な" 経歴が目に付くインタビューですが、核心は以下のところです。


ノーベル物理学賞をもらった後、招かれて旅した中国と韓国で発見がありました。彼らは「どうやったらノーベル賞が取れるか」を真剣に考えていた。国力にそう違いがないはずの日本が次々に取るのはなぜか、と。その答えが、日本語で最先端のところまで勉強できるからではないか、というのです。自国語で深く考えることができるのはすごいことだ、と。

彼らは英語のテキストに頼らざるを得ない。なまじ英語ができるから、国を出ていく研究者も後を絶たない。日本語で十分に間に合うこの国はアジアでは珍しい存在なんだ、と知ったのです。

朝日新聞(2014.11.26)

益川博士の発言の「自国語」は、母語( = Mother Tongue. ないしは、ネイティブ・ランゲージ)と言った方が、より意味がはっきりすると思います。生まれて初めて覚えた言葉、社会に出るまでに自然と習得し、毎日の日常生活に使い、ものごとを考えるときに無意識に使っている言葉、それが母語です。日本人は「母語で最先端の科学的内容までを深く考えられる」わけです。それは世界でみると必ずしも一般的ではなく、むしろ少ないのです。特に東アジアでは・・・・・・。


日本人学者は日本語で科学する


一般に、日本で生まれ日本に在住している日本人科学者の「研究と言葉の関係」を整理すると次のようになると思います。

英語の論文を読む。
日本語で考え、仲間と日本語で議論する。
研究成果を英語の論文で発表する。
学会で英語のスピーチをし、議論する。

もちろんは日本語の論文もあるだろうし、の英語で話すについては、流暢な人からカタコトの人まで、さまざまだと思います。しかし大多数の科学者はからまでをやっているわけです。益川博士は特別で、を全くやってこなかったということになります。

とは言うものの、科学の研究でもっとも重要なのは新しい発見や発想、独創性であり、その一番大切なところはの「考える」であることは言うまでもないでしょう。我々は通常気にも留めないのですが、益川博士に代表される日本人科学者の活躍から言えることは、

日本語で科学的思考ができる
日本語で科学の問題について深く考えることができる

ということです。さらに、日本語で科学的思考ができる学者になるためには、中学・高校・大学と、成長の過程において日本語で学習できる環境がなければなりません。

日本語で最先端の研究ができるまでになれる「日本語環境」がそろっている

からこそノーベル賞にまで到達できるわけです。科学を自由自在に理解するための用語・概念・知識・思考法が日本語で十二分に用意されている。それは、欧米以外の国では珍しいことなのです。『前掲書』で著者の松尾氏は次のように言っています。


世界を見渡しても、欧米の言語と全く異質な母国語を使って科学をしている国など、聞いたことがない。

松尾義之『前掲書』

ちなみに、サイエンス系のノーベル賞(物理学賞、化学賞、医学・生理学賞)において、母語が非欧米言語というのは日本人がほとんどです。中国出身者(益川先生とおなじ素粒子論です)がいますが、大学時代にアメリカに移住しアメリカで研究成果をあげた、いわゆる中国系アメリカ人です。

以上のことから論理的に導かれる結論があります。

科学の領域では、日本語がマイナス要因にはならない
日本語で論理的思考が十分に可能である

の2つです。少なくともこの2つは確実です。後者に関して言うと、人間のあらゆる活動の中で、科学は「論理的思考」が必要な最たるものです。日本語での論理的思考ができるからこそノーベル賞にまで到達できるのです。


科学の日本語環境を作った先人


振り返ってみると、日本語で学問の研究ができる環境をまず作ったのは、江戸後期の先人たちの努力でした。江戸後期の蘭学では大量の書物が日本語に訳されました。杉田玄白に代表される「医学」は、日本人なら誰でも知っているところです。「神経」「軟骨」「動脈」などの、現代日本人になじみの深い医学用語は、杉田らが作り出したものです。

これを引継ぎ、組織的・大々的にやったのが江戸幕府と明治政府です。そして、学問に関する数々の日本語を作り出したことで有名なのが西にしあまねです。西周は津和野藩の出身で、森鷗外の親戚です。彼は江戸幕府が設置した蛮書調所ばんしょしらべしょの教授手伝(今でいう準教授)に任命され、西欧の学問を日本に吸収するセンターとしての存在になりました。蛮書調所は明治時代になって開成学校となり、やがて東京帝国大学へとつながっていきます。

西にしあまね(1829-1897。文政12年-明治30年)は現在も使われている多くの学術用語、政治・法律・経済・社会用語を作り出しました。その学術用語のごく一部をランダムにあげると、数学哲学天文学心理技術芸術命題規則関係権利定義真理存在分数積分微分物質分子重力圧力摩擦子音母音、などがあります(小泉 たかし・慶應大学名誉教授の研究による)。そもそも「科学」という言葉も西周の創造だと強く推定されています。また西周だけでなく、同時代に活躍した数々の人たちが近代日本の発展をささえる日本語を作り出していきました。これらの言葉の多くは中国・朝鮮に「逆輸出」されました。



ところで、上に述べた学術用語は漢字を用いて構成されています。漢字の存在が、科学のための日本語環境を作り出す上で極めて重要な役割を果たしたのです。


漢字の効果


No.17-6 日本語と外国語.jpg
鈴木孝夫
「日本語と外国語」
(岩波新書 1990)
日本語の漢字は「音」と「訓」があり、「訓」は漢字の意味を表す読み方です。日本語は音節数が極めて少ないので、漢字の「音」だけでは同音異義語が多数発生します。日本人は耳から言葉を聞いたとき、それがどういう漢字に相当するかを想像して(=文字表記を思い浮かべて)意味を把握するという頭の活動を、無意識に、瞬間的にやっています。この脳の働きは、日本人なら小学校から訓練されているわけです。この「音と訓の二重性」という漢字の特性が、日本語における学術用語・科学用語を作り出す上で多大な貢献をしました。

これを現代の「世界共通語」である英語と比較してみると、英語の学術用語において日本語の漢字に相当するのがギリシャ語・ラテン語に由来する造語要素です。このあたりの事情を、慶應義塾大学名誉教授の鈴木孝夫氏が『日本語と外国語』(岩波新書 1990)で解説されていました。『日本語と外国語』という本は過去に2回引用しましたが、そこでとりあげた鈴木名誉教授の指摘は、

"虹の色を何色と数えるかは国によって違う。必ずしも7色ではない" ── No.17「ニーベルングの指環(見る音楽)」
"フランスとドイツでは、蝶と我を同じ言葉であらわす" ── No.49「蝶と蛾は別の昆虫か」

の2つでした。今回で3回目ということになりますが「日本語による科学」を考える上で重要なことなので、以下に引用します。


英語を少しでも深く学んだ人ならば、誰でも経験することの一つに、いくら覚えても切りがないほど、難しい単語が次から次へと出てくるということがある。

たとえば読書中に osmotic pressure という表現に出会って、辞書を引くと《浸(滲)透圧》のことだと書いてある。次に exudation とあって、これも調べてみると《浸(滲)出(液)》という訳語がついている。このような難しい単語は、物理化学や医学が専門の人ならば、専門用語として頻繁ひんぱんに使うから、いつしか頭に入ってしまうものだが、普通の人にはなかなか覚えにくいものである。

その理由は、一般にこの種の英語は辞書によってその意味を知ったあとで、改めて字面じづらを見直してみても、なるほどそうかと思う手がかりが、どこにもないからである。自分がそれまで知っている普通の英語の、たとえば ooze、soak、pierce(引用注:それぞれ "しみ出る" "ひたす" "穴をあける" の意)などのどれとも、ことばの上で関係づけることが出来ないから、ただ全体をそのまま丸暗記するほかはない。だからすぐ意味を忘れてしまい、次に出てきたとき、再び辞書を引き直す羽目になるのである。困ったことに英語ではこのような《難しい》単語が何百、何千とある。

ところが日本語の場合だと、たとえ浸透圧とか浸出液などという、あまり日常的でない用語を初めて見ても、文章の前後関係などから、大体の意味の見当がつくことが多いと思う。仮に辞書を引く必要があった人でも、説明を読んでしまえば、なるほどそうかと、今更のように意味の理解が字面と対応する場合がしばしばある。

なぜこのような違いが日本語と英語の間にみられるかと言えば、それは日本語では、日常的でない難しいことばや専門語の多くが、少なくともこれまでは、それ自体としては日常普通に用いられている基本的な漢字の組み合わせで造られているのに、英語では高級な語彙ごいのほとんとすべてが、古典語であるラテン語あるいはギリシャ語に由来する造語要素から成り立っているからなのである。

鈴木孝夫『日本語と外国語』
(岩波新書 1990)

鈴木教授は「古典語であるラテン語あるいはギリシャ語に由来する造語要素」という部分の注釈で、英語における

  It's all Greek to me.

という表現が「チンプンカンプン」という意味だと書いています。そういえばこの表現は昔、学校で習った気がします。そして『日本語と外国語』では、英語における "It's all Greek to me 的な単語" のサンプル・リストが掲げられています。これを引用してみましょう。

1.claustrophobia 24.orthopedics
2.podiatrist 25.brachycephaly
3.otorhinology 26.gymnosperm
4.cephalothorax 27.apivorous
5.graminivorous 28.chlorophyll
6.heliotropism 29.pachyderm
7.seismograph 30.palindrome
8.centrifugal 31.ornithology
9.concatenation 32.ophthalmology
10.kleptomania 33.limnology
11.anthropophagy 34.photophobia
12.acrophobia 35.obstetrics
13.pediatrics 36.cephalopod
14.hydrocephalus 37.oesophagus
15.pithecanthrope 38.catalyst
16.piscivorous 39.labiodental
17.selenotropism 40.centripetal
18.gingival 41.procrastination
19.palingenesis 42.ichthyology
20.decapod 43.dolichocephaly
21.leukemia 44.hygrometer
22.prognostication 45.lactobacillus
23.hydrophobia   

おそらく普通の(専門家でない)日本人は、これらの単語の大多数が分からないと思います。中学から大学まで英語を学んだとしても分からない。私もそうです。かろうじて 23.hydrophobia と 28.chlorophyll だけは意味が分かります。28.はカタカナ英語としてもありうるからですが、23.はたまたま知っていたとしか言いようがありません(なぜ知っているのだろう?)。

しかし、分からないのは我々が日本人だからということではなく、鈴木教授によると普通の英米人にとってもこのリストの単語の意味は理解しづらい( = It's all Greek to me.)ということが後に出てきます。

この、普通の日本人にとって「ほとんどチンプンカンプンのリスト」も、日本語訳のリストにすると劇的に理解できるようになります。

1.閉所恐怖症 24.整形術
2.足病医 25.短頭
3.耳鼻科 26.裸子(植物)
4.頭胸部 27.蜂食性
5.草食性 28.葉緑素
6.向日性 29.厚皮獣
7.地震計 30.回文
8.遠心性 31.鳥類学
9.連鎖 32.眼科
10.盗癖 33.湖沼学
11.食人 34.羞明
12.高所恐怖症 35.産科
13.小児科 36.頭足類
14.水頭症 37.食道
15.猿人 38.触媒
16.魚食性 39.唇歯音
17.向月性 40.求心性
18.歯茎音 41.遅延
19.再生 42.魚類学
20.十足類 43.長頭
21.白血病 44.湿度計
22.予知 45.乳酸(菌)
23.狂水病   

なぜ日本人はこのリストの語句の意味が分かる(ないしは意味が推定できる)のか。その理由は「日本語だから」というのでは答えになっていません。真の理由は、

  日常使う漢字で表現された日本語だから

です。その証拠に、

  このリストには、今まで全く聞いたことも読んだこともない語句があるけれど、それにもかかわらず意味が推定できる

のです。たとえば 2.podiatrist(足病医)ですが、そんな医者がいるとは(私は)全く知りませんでした。日本にはないからです。しかし英国・米国では podiatrist がいて国家資格まであるそうです。では、そういった国家資格がない国の英語のネイティブ・スピーカーは podiatrist の意味が分かるでしょうか。分からないのではと思います。ところが日本語では「足の疾病を専門に扱う医者」だという推定ができるのですね。

28.蜂食性(apivorous)も、そんな言葉があるとは全く知らなかったけれど「蜂を食べる習性」だと推測できます。従ってもし本に「蜂食性の鳥」とあれば、その意味は明快です。しかし「apivorous birds」の意味が分かる一般の英米人はまずいない。生物学者だけが理解できる言葉だからです。鈴木先生も解説しています。


この日本語に対応する英語の apivorous とは、ラテン語の apis(蜂)と《食べる性質の》を表す vorus の組み合わせなのであって、その意味はまさに蜂食性なのである。この語はしかし、英語では生物学者にしか分からない専門語である。

つまり英語の高級語彙では、このようにほとんどの造語要素がギリシャ語かラテン語であるために、自分がそれまで知らなかった語の大体の意味を、ただ見ただけ聴いただけで察することは、古典語の素養のない一般の人にとっては非常に難しい。

しかし日本語のそれは造語要素のほとんどが、日常的な漢字であるために、たとえ初見の語でも、およその検討がつくのである。

鈴木孝夫『日本語と外国語』

鈴木先生は「造語要素」と書いています。それに習ってこの文章にも「造語要素」を使いました。この4文字熟語は今までに読んだ記憶がないし、まして使ったことは絶対にないと思います。それでも意味はパッと分かるし、また、誰もが理解できるだろうと思うからこそ使うわけです。漢字の威力の例です。あまりにあたりまえ過ぎて、それが「威力」だとは誰も意識しないだろうけれど。

英米人にとっては難しい単語(しかし日本人は理解できる単語)の解説を続けると、6.heliotropism、 17.selenotropism の例です。


植物の、太陽に向かって伸びていく性質が向日性で、月光を求めて成長する傾向が向月性だといわれても、日本人はあまり驚かない。ところが英語では、前者が heliotropism 、後者が selenotropism となる。ギリシャ語で「太陽」が helio(s) で、「月」が selen(e)、「動く」が tropein ということを知らなければ、自分で作ることはおろか、見ても分からないのである。

鈴木孝夫『日本語と外国語』

引用に出てくる「自分で作る」とは、たとえば「月光を求めて成長する傾向」という意味の単語を新たに "自分で作る" という意味です。日本語なら普通の人がそういう単語を作ることもできる、しかし英語では「作ることはおろか、見ても分からない」という文脈です。

今までに出てきた単語に使われていた漢字を列挙すると「足」「病」「医」「蜂」「食」「性」「向」「日」「月」です。これらは日常的に使う(見る)漢字です。専門用語と言えども、日常使う漢字で表現された日本語だから理解できることが明白です。

このことは裏を返すと、

  日常的に使わない漢字を使った語は、意味が推定しにくい

ということになります。鈴木先生のリストで言うと羞明しゅうめいがそれに当たるでしょう。「羞」という漢字はあまり使わないため、意味がとりにくい。辞書をみると「強い光によって眼に痛みや不快感が生じること」とあり、森鷗外の『青年』から「鈍い頭痛がして目に羞明を感じる」という文が例示してあります。「羞」は「恥じる」意味です。おそらくそのことを示すために、わざわざこの語句が入っているのではないでしょうか。



日本人は理解できるが、英米人にとっては難しい単語の例を、鈴木先生はご自身の体験をあげて説明しています。リストの 15. pithecanthrope にまつわる話です。


実を言うと、英語のこの難しさは、何も外国人である日本人にとってだけでなく、英語を母語とする人々にとっても厄介なのだ。私は米国のある著名な大学で、日本語の漢字のしくみについての講演を行った際に、黒板に pithecanthrope と大書きしてその意味を聴衆に尋ねたところ、誰一人として答えられなかった。これは日本語の猿人に当たる語で、pithec- の部分はギリシャ語の猿を意味する πίθηκος に由来し、-anthrope は人間を指す άνθρωπος である。

鈴木孝夫『日本語と外国語』

これがもし日本の大学だとすると、たとえ文系学科の学生を対象にした講演であれ「猿人」意味を知らない大学生がいるとは想像できません( ・・・・・・ と考えるのがノーマルなはずですが、最近の大学生は学力が低下したということなので、いるかもしれない !?)。"anthrope は人間を指す" ということに関係しているのですが、鈴木先生の別の体験談もありました。


私は先日ある小説の中で、若い女のタイピストが、anthropology(人類学)という言葉に出会って、はてこれなんのことだろうと考えるところに出会った。この女だけ教養がないためなのか、それとも一般のタイピストはこの程度の言葉も知らないのかを私は知りたいと思い、イギリス人の学者で、森鷗外の研究をしているケンブリッジ大学出身の知人に尋ねたところ、大学を出ていないタイピストならば、このような言葉を知らないのは当然だと教えてくれた。

ところが日本語ならばどうであろうか。「人類学」が、正確には何を研究する学問か分からなくても、「人類」が「ひとのたぐい」、「すべてのひと」を意味する言葉だということは、それこそ中学生でも知っているだろう。

しかし英語で anthropo- または -anthrope が、ギリシャ語の「人」を意味する言葉だということは、必ずしも普通人の知識ではないのである。

鈴木孝夫
『閉ざされた言語・日本語の世界』
(新潮選書。1975)

次回に続く)


nice!(0)  トラックバック(0) 

No.141 - 自動詞と他動詞(2) [文化]

前回から続く)

前回の No.140「自動詞と他動詞(1)」において、次の主旨を書きました。

日本語は同じ語幹を有する自動詞・他動詞のペア(対・つい)が極めて豊富に揃っていて、日常よく使う動詞を広範囲に網羅している。

日本語のネイティブ・スピーカーはこの動詞のペアをごく自然に、無意識に使い分けていて、表現したい意味内容を変え、また言葉に微妙なニュアンスを与えている。

このことが日本語の話者の思考方法や思考内容にまで影響している

前回は だけで終わり、言葉の使い分けや思考方法への影響まで話が進まなかったので、今回はそれを中心に書きます。いわば本題です。


ついになる自動詞と他動詞の使い分け


前回の「対になる自動詞と他動詞の分類」に従って、その使い分けを見たいと思います。前回、自動詞は「自然の流れとしてそうなる・そうなった」という意味合いであり、他動詞は「人為的に、意志的にそうなった」という意味だとしました。この「自然」と「人為」の使い分けがテーマです。

もちろん日本語のネイティブ・スピーカーなら誰でも使い分けができるので、言わば「分かりきった」ことなのですが、日頃は無意識に言葉を使っていることも多いので改めて振り返ってみる意味があると思います。ただしこの種の言葉の使い分けは人それぞれの言語感覚によって差異がでてくることは当然です。以下はあくまで典型的と思われる例です。前回に引き続いて、以下のローマ字は動詞の連用形の語尾です。

決まる (自動詞・五段 -ARI)
決める (他動詞・一段 -E)

-ARI の語尾をもつ自動詞(五段動詞)に対応する他動詞は一段動詞であることが多いのですが、その例です。

会議で決まった(自)
会議で決めた(他)

そもそも会議は人間の行為なので「決める」が適切なはずです。出席者の総意で決めるケースや、また多数決で決めたり、リーダーの裁定で決めることもあるでしょう。いずれにせよ、人為=他動詞的であることは間違いありません。しかしわれわれは「会議で決まった」とよく表現します。自動詞(自然)で表現すると、さまざまなニュアンスが生まれる感じがします。たとえば、

会議で決まったけれど自分は反対だ」
いまさら言うなよ。皆で決めたことじゃないか」

という会話が成立するように、自分はその決定に納得していない時には自動詞表現になります。従って「会議で決めたけれど自分は反対だ」という表現はちょっと変です。また、その場の流れで決まったとか、その場の空気でそう決まったというケースでは「決まる」しか使えないわけです。

閉まる (自動詞・五段 -ARI)
閉める (他動詞・一段 -E)

ドアが閉まります(自)
ドアを閉めます(他)

駅のアナウンスですが、このどちらが多いでしょうか。私が通勤に使っている4駅(首都圏。JRおよび私鉄)では「閉まります」が圧倒的に多い。ホームの駅員さんがワイヤレスマイクでアナウンスするときに「閉めます」ということが時々ある程度です。

電車のドアは、車掌さんが "乗客に最大限の注意を払って閉める" わけで、人為的行為の最たるものです。自然に「閉まる」のでは怪我人が出ます。従って「ドアを閉めます」(他動詞)でいいようですが、実際のアナウンスは「ドアが閉まります」(自動詞)の方が多い。これについて、少々古いですが興味深い新聞記事がありました。以下に引用します。


閉まります 閉めます!に
JRホーム 駆け込み乗車防げ
関西・首都圏 駅員の工夫ひろがる

「ドアを閉めます!」──。最近、JRなどの駅のホームで、これまでの「閉まります」との表現より、語気が若干強めのアナウンスが流れるようになった。背景にあるのは一向に減らない駆け込み乗車。関西の一駅長の試みをきっかけに駅員レベルで輪が広がり、首都圏でも実施する駅が出てきた。ささやかな「一言」がどれだけ効果を上げるか注目を集めそうだ。

「閉めます」との表現は、JR西日本福知山線の宝塚駅(兵庫県宝塚市)で2001年8月から始まった。発案者は当時の駅長とされる。同社はこれまでも安全や運行の妨げとなる駆け込み乗車の対策を実施。京阪神地区を中心に毎年ポスターを約四千枚作るなどしてきたが効果は乏しく、駅員レベルで「口調を強めて防止を図る」というユニークな対応を始めた。

結果は上々、無理な乗車が減り、乗降がスムーズになったという。管内では現在、宝塚駅のケースを参考に大阪、鶴橋、京橋、天王寺駅など数駅で同様のアナウンスが流れている。

首都圏でも一部の現場駅員から、こうした動きが広がりつつある。JR東日本の品川駅では一部駅員らが同様の放送を行っている。「無理な駆け込みがあった場合などに、語気を強め『閉めます!』ということがある」(同駅駅員)という。発車間際に「ドアは閉まっております」などとも放送し、駆け込み防止に努めているという。

アナウンスは社内で統一されているわけではない。JR西日本は「一部駅の『閉めます』とのアナウンスは把握しているが、会社としての指導ではない」と静観の構え。JR東日本も「テープ音声は『閉まります』。口頭でも基本はあくまでソフトな語感に」と話す。

首都圏では京浜急行が1973年から「閉めます」とのアナウンスを続ける。ただ、同社はこの年からワイヤレスマイクを導入、ドアの開閉を担当する車掌自らがアナウンスするようになったためで、JRの自主的な対応とは異なるという。

抜本的対策がない駆け込み乗車に、静かな試みが徐々に効果を上げるかもしれない。

日本経済新聞(2003-5-17)夕刊

この記事を自動詞と他動詞の関係で要約すると、

他動詞である「閉めます」は人為的・意図的行為を示すから、自動詞の「閉まります」よりは "強く" 響く。

ドアを閉める車掌自らがアナウンスをする京浜急行では、言葉の使い方として他動詞の「閉めます」になる。むしろそう言うしかない。

ということでしょう。JR西日本管内では「結果は上々、無理な乗車が減り、乗降がスムーズになった」とあります。人は「他動詞の人為性」を感じて駆け込むのを思い止まるようになったということでしょう。自動詞と他動詞の相違は、人の一瞬の判断と行動に微妙な影響を与えるようです。

またがる (自動詞・五段 -ARI)
またぐ (他動詞・五段 -I)

数は少ないですが -ARI の語尾をもつ自動詞に、五段動詞の他動詞が対応するケースがあります。またがる・またぐ、つながる・つなぐ、さる・す、などです。

隅田川にまたがる橋(自)
隅田川をまたぐ橋(他)

この二つはどう違うのでしょうか。仮に写真を撮ったとして、そこに遠景として橋が写っているときには「隅田川にまたがる橋」がより適切な感じがします。自然に溶け込んだ橋、風景の一部としての橋、という感じです。

しかし橋のたもとに立って、向こう岸までを見渡す構図で橋を撮ったとすると「隅田川をまたぐ橋」と言いたい感じがします。その方がよりダイナミックな表現であり、軽い擬人化とも言える。また、その橋の工事が難工事で、建設会社の方々の苦労をしのぶような文脈では「3年の歳月をかけて隅田川をまたぐ橋をかけた」となるでしょう。より静的で自然としてある感じの自動詞と、より動的で人為的な他動詞のニュアンスの違いだと思います。

たつ (自動詞・五段 -I)
たてる (他動詞・一段 -E)

前回の No.140「自動詞と他動詞(1)」で分類したように、連用形の語尾が -ARI でも -SI でもない五段動詞は、内部からの成長や変化など「自然にそうなる」が通常の意味の場合に自動詞になります。

腹がたつ(自)
腹をたてる(他)

の使い分けを考えてみると、「彼のあのモノの言い方には本当に腹がたつ」というように、普通の人であればおのずとその状態になることを示す場合は自動詞(=自然)の「たつ」が普通です。しかし「その発言を聞いて、彼は非常に腹をたてた」というように、立腹するのがその人の特別の事情であったり、その人だけであったり、また理不尽な立腹であったりという時には他動詞(=人為)の「たてる」を使った表現になるでしょう。もちろんこの二つの境目は厳密には決められません。人によって使い方にも差異があるでしょう。

浮かぶ (自動詞・五段 -I)
浮かべる (他動詞・一段 -E)

彼の目に涙が浮かんだ(自)
彼は目に涙を浮かべた(他)

3つのカナが違う2つの表現の違いです。「その状況なら誰しも涙を浮かべるだろう」と想定できるときは自動詞が適切でしょう。一方「彼は映画を見てすぐに涙を浮かべる」というように、個別の事情やその人の個性なら他動詞が適当です。もちろんこの二つの間にはさまざまシチュエーションがあるので厳密に分かれるわけではありませんが、使い分けの傾向としてはそうでしょう。

とれる (自動詞・一段 -E)
とる (他動詞・五段 -I)

五段動詞が他動詞になり一段動詞と対応するケースです。外部に影響を与える動詞や、人の行為が普通の状態と見なせる動詞は他動詞になります。

   れたてのビデオ(自)
   りたてのビデオ(他)

以前にNHKの朝の情報番組で「とれたてマイビデオ」というコーナーがありました。視聴者が撮って投稿したビデオ映像を紹介するコーナーです。今なら「とれたてマイ動画」になるのでしょうか。

ユニークな映像を撮影してテレビ局に投稿するのは極めて人為的な行為です。わざわざ投稿する視聴者は「狙って」しかるべき場所に行き、「狙って」撮っているのでしょう。コーナーの名前としては「とりたてマイビデオ」が適当なはずです。

しかしNHKとしては、視聴者が「たまたま」ユニークな事象の発生現場に居あわせ、「たまたま」ビデオを持っていたので「急いで」撮影したというような含意や "ものがたり" を前提に投稿ビデオを紹介したいのだと思います。だから「とれたてマイビデオ」というタイトルになる。つまり「人為」を排したものとして紹介したい。あくまでアマチュア・カメラマンなのだから・・・・・・。これがもしNHKのプロのカメラマンが今しがた送ってきた映像を紹介するのなら「撮りたてのビデオ」となるはずです。それが人為的・意図的な行為であることは放送する側も視聴者も了解しているからです。

   れたての野菜(自)
   りたての野菜(他)

同じ「とれる・とる」ですが、二つの表現の違いです。よくスーパー・マーケットが近隣の農家と契約し、その日の朝に収穫した野菜を販売したりします。その状況で考えると、どちらも野菜の新鮮さを強調する表現であることは同じです。

野菜を収穫するのはあくまで人間の行為です。しかし自動詞の「とれたて」を使うと、その人間の行為というよりも「大自然の恵み」「野菜そのものの生命力」というようなニュアンスを強く感じます。対する他動詞文は本来の「とる」行為であり、農家の方が新鮮な野菜を消費者に届けるために夜明け前から収穫し、日の出と同時に出荷してスーパーの開店に間に合わせた、というような「農家の方の努力」を暗黙に感じます。「朝どりの野菜」という場合もその例です。

とける (自動詞・一段 -E)
とく (他動詞・五段 -I)

あの数学の問題、解けたよ(自)
あの数学の問題、解いたよ(他)

難しい数学の問題を解くのは人の行為であり、他動詞である「解く」を使うのが妥当です。しかし上の他動詞文には自慢するようなニュアンスがあり、場合によっては「自分には難しい問題を解く能力が備わっているから、あの問題も解けた」という含意も出てくるでしょう。それはそれでかまわないし、努力した結果なら「解いた」と言って問題ありません。

一方、自動詞文の方は個人の能力というより「あれこれ考えて試行錯誤していたが、あるときフッとひらめいて問題が解けた」というような感じです。数学の問題を解くのは人間の考える力なのですが、それを越えた「啓示」があって解けたという感じもある(大袈裟に言うと)。努力したことには違いないが、同じ事象を表現するにしてもポイントの置き方が違ってきます。

冷える (自動詞・一段 -E)
冷やす (他動詞・五段 -SI)

五段動詞の連用形が -SI の語尾を持っていて、それが他動詞のサインになるケースです。

ビールが冷えてるわよ(自)
ビールが冷やしてあるわよ(他)

こういう時に他動詞文を使うのは、暗に「自分はよく気が付く人間だ」ということを匂わしている雰囲気があります。家庭内ならいいのですが、一般には自動詞文の方が相手を尊重し、自分の気遣いをほのめかすことなく、押しつけがましさがないという意味で適当でしょう。

こわれる (自動詞・一段 -E)
こわす (他動詞・五段 -SI)

おもちゃが壊れた(自)
おもちゃを壊した(他)

子供は親に「僕が壊したんじゃない、壊れたんだよ」と抗弁するでしょう。「壊れた」と「壊した」の境目は、

そのモノにとっては通常で自然な状態での出来事 = 自動詞
何かしらの通常ではなく自然とは言えない状態での出来事 = 他動詞

です。もし、おもちゃをボールのように投げ合っていたのであれれば「壊した」のでしょう。日本語においては「通常・自然」= 自動詞、「非通常・非自然」= 他動詞という例がいろいろあります。子供は、おもちゃが壊れたときにその言い訳をしながら、日本語の自動詞と他動詞の使い分けを学ぶというわけです。

落ちる (自動詞・一段 -I)
落とす (他動詞・五段 -SI)

-SIの語尾をもつ五段動詞(他動詞)に上一段動詞(-I)が対応するケースがあります。落とす・落ちる、伸ばす・伸びる、起こす・起きる、などです。

木立の葉は、すっかり落ちていた(自)
木立は葉をすっかり落としていた(他)

木は自然物なので、その描写は自動詞文が普通です。しかし木立を軽く擬人化し、冬支度のために自ら葉を落とすかのように表現することは可能です。

財布が落ちましたよ(自)
財布を落としましたよ(他)

自分が財布を紛失したことを他人に言うときには、他動詞文の「財布を落とした」です。財布を紛失しないようにすることは、財布を持つ者としての当然の注意義務です。自分に関して「財布が落ちた」とはまず言いません。

しかし他人に注意してあげるときは自動詞文(落ちましたよ)を使うことも多い。それは財布が落ちた事実を "ありのままに" 表現しています。人に対する「気遣い」と言えるでしょう。注意するときに他動詞文(落としましたよ)を使うと「本来やるべき注意を怠ったために落ちた」というようなかすかなニュアンスが出てきます。「落とす」のは意図的行為ではありませんが「注意を怠る」という人為です。

散らかる (自動詞・一段 -I)
散らかす (他動詞・五段 -SI)

-ARI の場合と同じように、五段動詞(他動詞 -SI)と五段動詞(自動詞)の対応もあります。

この部屋、ずいぶん散らかってるね(自)
この部屋、ずいぶん散らかしてるね(他)

これも、さっきの「財布が落ちる・財布を落とす」と似ています。1文字の違いですが、他動詞文(散らかしてるね)には「整理しないあなたが悪い」という非難のニュアンスがあります。しかし自動詞文は事実をそのまま言っていて、たとえ整理しないことを問題にするにせよ、それがマイルドになっている感じがします。



以上に書いたような「自動詞・他動詞の使い分け」が、日本語の話者にどういう影響を与えているのかを考えてみたいのですが、まずその前に、No.50「絶対方位言語と里山」で紹介したスタンフォード大学の実験を振り返りたいと思います。


言葉の構文が認知能力(記憶)に影響する


スタンフォード大学の実験とは、英語話者とスペイン語・日本語話者の認知プロセスの違いを示した実験です。一般に英語の話者は「誰かが何かをする」という形で物事を表現する傾向があります。たとえ偶発的事象であっても「男が花瓶を壊した」といった他動的構文を好みます。

それに対して日本語やスペイン語の話者は、偶発的事象を述べる際には行為の主体に言及することはあまりありません。「花瓶が壊れた」というように表現します。スペイン語では、直訳すると「花瓶がそれ自体を壊した」という、いわゆる「再帰動詞」の表現になりますが、行為の主体に言及しないことは同じです。

スタンフォード大学のグループは、次のような非常に巧妙な実験で言語の違いが記憶に与える影響を見い出しました。まず英語、スペイン語、日本語の話者に、男が故意または偶然のいずれかで風船を割り、卵を割り、飲み物をこぼすビデオを見せます。ビデオに登場する男は故意と偶然で違います。ビデオを見る目的はあらかじめ告知されていません。

ビデオを見せたあと、予告なしの記憶テストをします。つまり目撃したそれぞれの出来事について、警察での面通しのように2枚の顔写真のうちどちらの男が実行したかを指定させます。また、ビデオの出来事を自分の言葉で述べてもらいます。

この結果、予想どおりのことが判明しました。まず故意の出来事については、3つの言語の話者は皆「男が風船を割った」のように行為の主体を明示する形で述べ、誰がその意図的行為をしたかをよく覚えていました。

しかし偶発的事象に関しては、スペイン語と日本語の話者は英語を話す人に比べ、行為の主体を明示して述べることが少なく、これに対応して誰がそれをしたかに関する記憶が英語の話者に比べて弱いものでした。記憶力が悪いためではありません。意図的行為の主体については英語の話者と同様によく覚えていたからです。

この実験が示しているのは、記憶はその人の言語に影響されるということです。行為の主体を明示した構文を使う傾向が強い言語(英語)と、明示する構文・しない構文を使い分ける言語(日本語とスペイン語)では、認知力(記憶)の相違が生まれるのです。



以上のことも踏まえて、日本語の「自動詞・他動詞の使い分け」が日本語の話者にどういう影響を与えているのかを考えてみたいと思います。この記事であげた数少ない使い分けの例だけから一般論を言うことは出来ないのですが、もうちょっと広く、自分自身の振り返りや経験も含めての考えです。


日本語の「自動詞バイアス」


自動詞(自然)と他動詞(人為)のついは、コトを記述する「見方の違い」です。従って、

  木はすっかり葉を落として冬に備えていた。

というように、明らかに「自然」の範疇(落ちる)であるものを擬人化し、他動詞を使って表現することができます。

しかし言葉は人間社会についてのものが圧倒的に多いわけです。そこには「自然にそうなった」ものもあるが「人の意志・行為」に属することが大部分だと言えるでしょう。その「人為」を、日本語の話者は他動詞と自動詞の二つに言い分けています。人為を他動詞で表すのは普通です。しかし人為を自動詞(自然)で表す場合は、そうする暗黙の意図があると考えられます。そして、われわれ日本語の話者は人為を自動詞(自然)で表すことが実に多く、それが思考方法や思考の内容に影響していると思うのです。英語において「その考えが彼を鼓舞した」式の表現が多用されるのとは極めて対照的です。

ちょっと余談になりますが、「人為」を「自然の流れ」として表すことで象徴的なのは「する」と「なる」の使い分けです。少し改まった言い方で、

  《A》このたび下記住所に引っ越すことになりました。
  《B》このたび下記住所に引っ越すことにしました。

という表現を考えると、圧倒的に《A》が多いのではないでしょうか。引っ越しは、転勤のように自分の意志ではないこともありますが、新居の購入や、子供が大きくなったから広い住居に移るなど、自分の意志による転居も多いわけです。しかし、たとえ自分の意志にしろ《A》が普通でしょう。《B》のように言うと「引っ越しについての、何かしらの特別な理由」が裏にあるのではと感じてしまいます。たとえば「隣の家とのトラブルで」とか「交通機関が不便なので」とか「騒音などで住環境がよくないので」とかです。普通に持ち家を買ったとか、職場の近くへとか、広い住居に移るとかであれば《A》が無難です。

  《A》私たちは結婚することになりました。
  《B》私たちは結婚することにしました。

も同じです。両家の親が決めた人と結婚するというのは現代日本では皆無でしょうから、結婚は 100% 本人同士の意志の問題です。しかし《B》のように言うと「通常の結婚を越えた、何かしらの含意」をかすかに感じる。「親の反対を乗り越えて」とか「赤ちゃんができたから」とかです。従って、できちゃった婚と誤解されないためには(?)、《A》の「結婚することになりました」が無難です。

本題に戻ります。「人為」を自動詞(自然)で表すことは「ついになる自動詞と他動詞の使い分け」であげた例をみても、ある種の効果をもつことが分かります。自分の行為であれば、あえて動作主を消すことによって「押しつけがましさ」を排除し、相手を気遣い、尊重することになります。相手や第三者の行為であれば、状況を「無色透明」に言うことによってマイルドな表現になり、非難の口調を和らげたりもできる。

しかしそのことは同時に「責任や主体性の稀薄化や、曖昧な理由による意志決定」をもたらすことにもなると思います。その典型的な表現が、最初にあげた、

  《A》会議で決まった。
  《B》会議で決めた。

という例だと感じます。明らかに《B》の「決めた」ことなのに《A》のように表現することによって、無意識に「責任」や「主体性」が曖昧になるのではないでしょうか。意識せずにそういった曖昧性が忍び込むのではないでしょうか。ヒトは言葉で考えるのだから・・・・・・。

日本語では動詞の連用形をそのままの形で名詞として使います。「決まり事」「決め事」というようにです。しかし「決まり」はそれ単独で名詞として通用しますが、「決め」という形では名詞として使いません。こんな所にも日本語の「自動詞好き」の象徴のように思います。

  《A》ルールが変わった。
  《B》ルールを変えた。

も同じです。それなりの理由があって、総会(議会、理事会、委員会、・・・・・・)の決議で、あるいはリーダーの意志決定でルールを「変えた」のです《B》。または「ルールが変えられた」わけです。それを《A》のように言うことによって、または《A》という言葉で認識することによって「変えた主体」の希薄化が始まり、我々の思考を微妙に束縛していくのではないでしょうか。

ちょっと飛躍するようですが、ある本を連想しました。山本七平・著「空気の研究」(文藝春秋。1977)です。これは、日本でものごとを決めるのは「空気」であることを暴いた日本文化論です。この本の最初に、驚くべき日本現代史のエピソードが書かれています(原文にルビはありません)。


驚いたことに、「文藝春秋」昭和50年8月号の『戦艦大和』(吉田満監修構成)でも、「全般の空気よりして、当時も今日も(大和の)特攻出撃は当然と思う」(軍令部次長・小沢治三郎中将)という発言が出てくる。この文章を読んでみると、大和の出撃を無謀ととする人びとにはすべて、それを無謀と断ずるに至る細かいデータ、すなわち明確な根拠がある。だが一方、当然とする方の主張はそういったデータ乃至ないし根拠は全くなく、その正当性の根拠はもっぱら「空気」なのである。

山本七平『「空気」の研究』
(文春文庫。1983)

これを遠い昔の話とか、戦争中だけの話と思うのはまずいでしょう。現在でも「空気が読めない = KY」という嫌な言葉があるように、当然のごとくに「空気で決まる」という状況が綿々と続いています。

このような日本文化のありよう(のひとつ)は、歴史的な蓄積や教育やメディアなどの重層的な影響で培われ維持されていると思うですが、それをになっているものの一つに「日本語」があると思います。つまり「会議で決まった」「ルールが変わった」という言い方を容易に選べる日本語システムです。これが日本語の話者の思考パターンや思考の内容に「暗黙に」「微妙に」「話者が意識することなく」「知らず知らずのうちに」影響していると思うのです。

これは、いいとか悪いとかの話ではありません。ただ、日本語は「語幹を共有する自動詞と他動詞のつい」が豊富に揃っていることによって「人為(他動詞)を自然(自動詞)で容易に表現できる言語」であり、もっと言うと「人為を自然の成り行きと考えるバイアス」がかかる言語だと思います。日本語でものごとを考えるということは、そういった無意識のバイアスがかかりやすい。そのことを認識しておくことが重要だし、その認識は明らかに日本語で考える人たちのメリットになると思います。


補足 : 対になる自動詞と他動詞のリスト


以下に「対になる自動詞と他動詞のリスト」を掲げます。このリストを一瞥すると、日本語における「動詞の対のシステム」が網羅的かつ規則性をもってできていることが分かります。ここには約600の動詞を掲げましたが、おそらく(複合動詞を除いて)動詞の半分ぐらいをカバーしているのではないでしょうか。

青色は五段動詞 、茶色は一段動詞(下一段動詞上一段動詞)です。
ローマ字は動詞の連用形です。「 - 」は自動詞と他動詞で同じ部分を示します。
漢字表記は一例です。送り仮名は最小限にしました。
複合動詞は一部だけを掲げました(◆の動詞)。
もちろん、このリストがすべてではありません。日常使いそうなものをあげました。

自動詞他動詞






くるまる(包まる) -ARIくるむ(包む) -I
ささる(刺さる) -ARIさす(刺す) -I
つかまる(掴まる) -ARIつかむ(掴む) -I
つながる(繋がる) -ARIつなぐ(繋ぐ) -I
はさまる(挟まる) -ARIはさむ(挟む) -I
ふさがる(塞がる) -ARIふさぐ(塞ぐ) -I
またがる(跨る) -ARIまたぐ(跨ぐ) -I






おそわる(教わる)-owARIおしえる(教える) -iE
うわる(植わる) -wARIうえる(植える) -E
おわる(終わる) -wARIおえる(終える) -E
かわる(変わる) -wARIかえる(変える) -E
くわわる(加わる) -wARIくわえる(加える) -E
すわる(据わる) -wARIすえる(据える) -E
そなわる(備わる) -wARIそなえる(備える) -E
たずさわる(携わる) -wARIたずさえる(携える) -E
つたわる(伝わる) -wARIつたえる(伝える) -E
まじわる(交わる) -wARIまじえる(交える) -E
よこたわる(横たわる) -wARIよこたえる(横たえる) -E
あがる(上がる) -ARIあげる(上げる) -E
あずかる(預かる) -ARIあずける(預ける) -E
あたたまる(暖まる) -ARIあたためる(暖める) -E
あたる(当たる) -ARIあてる(当てる) -E
あつまる(集まる) -ARIあつめる(集める) -E
あらたまる(改まる) -ARIあらためる(改める) -E
あわさる(合わさる) -ARIあわせる(合わせる) -E
うかる(受かる) -ARIうける(受ける) -E
うすまる(薄まる) -ARIうすめる(薄める) -E
うずまる(埋まる) -ARIうずめる(埋める) -E
うまる(埋まる) -ARIうめる(埋める) -E
おさまる(納まる) -ARIおさめる(納める) -E
かかる(掛かる) -ARIかける(掛ける) -E
かさなる(重なる) -ARIかさねる(重ねる) -E
かたまる(固まる) -ARIかためる(固める) -E
かぶさる(被さる) -ARIかぶせる(被せる) -E
からまる(絡まる) -ARIからめる(絡める) -E
きまる(決まる) -ARIきめる(決める) -E
きわまる(極まる) -ARIきわめる(極める) -E
くるまる(包まる) -ARIくるめる(包める) -E
ことづかる(言付かる) -ARIことづける(言付ける) -E
さがる(下がる) -ARIさげる(下げる) -E
さずかる(授かる) -ARIさずける(授ける) -E
さだまる(定まる) -ARIさだめる(定める) -E
しかかる(仕掛かる) -ARIしかける(仕掛ける) -E ◆
じずまる(静まる) -ARIしずめる(静める) -E
しまる(閉まる) -ARIしめる(閉める) -E
すたる(廃る) -ARIすてる(棄てる) -E
せばまる(狭まる) -ARIせばめる(狭める) -E
そまる(染まる) -ARIそめる(染める) -E
たかまる(高まる) -ARIたかめる(高める) -E
たすかる(助かる) -ARIたすける(助ける) -E
たまる(貯まる) -ARIためる(貯める) -E
ちぢまる(縮まる) -ARIちぢめる(縮める) -E
つかる(漬かる) -ARIつける(漬ける) -E
つとまる(勤まる) -ARIつとめる(勤める) -E
つながる(繋がる) -ARIつなげる(繋げる) -E
つまる(詰まる) -ARIつめる(詰める) -E
つよまる(強まる) -ARIつよめる(強める) -E
つらなる(連なる) -ARIつらねる(連ねる) -E
とおざかる(遠ざかる) -ARIとおざける(遠ざける) -E
とどまる(留まる) -ARIとどめる(留める) -E
とまる(止まる) -ARIとめる(止める) -E
ぬくまる(温まる) -ARIぬくめる(温める) -E
のっかる(乗っかる) -ARIのっける(乗っける) -E
はじまる(始まる) -ARIはじめる(始める) -E
はまる(嵌まる) -ARIはめる(嵌める) -E
はやまる(早まる) -ARIはやめる(早める) -E
ひろがる(広がる) -ARIひろげる(広げる) -E
ひろまる(広まる) -ARIひろめる(広める) -E
ふかまる(深まる) -ARIふかめる(深める) -E
ぶつかる -ARIぶつける -E
へだたる(隔たる) -ARIへだてる(隔てる) -E
まがる(曲がる) -ARIまげる(曲げる) -E
まざる(混ざる) -ARIまぜる(混ぜる) -E
まとまる(纏まる) -ARIまとめる(纏める) -E
まるまる(丸まる) -ARIまるめる(丸める) -E
みつかる(見つかる) -ARIみつける(見つける) -E ◆
もうかる(儲かる) -ARIもうける(儲ける) -E
もとまる(求まる) -ARIもとめる(求める) -E
やすまる(休まる) -ARIやすめる(休める) -E
ゆだる(茹だる) -ARIゆでる(茹でる) -E
ゆるまる(緩まる) -ARIゆるめる(緩める) -E
よわまる(弱まる) -ARIよわめる(弱める) -E
わかる(分かる) -ARIわける(分ける) -E
こもる(篭もる) -orIこめる(篭める) -E
ぬくもる(温もる) -orIぬくめる(温める) -E
つかまる(捕まる) -rIつかまえる(捕まえる) -E
まじる(交じる) -rIまじえる(交じえる) -E
のる(乗る) -rIのせる(乗せる) -sE
よる(寄る) -rIよせる(寄せる) -sE
ほそる(細る) -rIほそめる(細める) -mE
よわる(弱る) -rIよわめる(弱める) -mE
あく(開く) -Iあける(開ける) -E
いたむ(痛む) -Iいためる(痛める) -E
いる(入る) -Iいれる(入れる) -E ☆
うかぶ(浮ぶ) -Iうかべる(浮べる) -E
うつむく(俯く) -Iうつむける(俯ける) -E
かがむ(屈む) -Iかがめる(屈める) -E
かたづく(片付く) -Iかたづける(片付ける) -E ◆
かたむく(傾く) -Iかたむける(傾ける) -E
かなう(叶う) -Iかなえる(叶える) -E
からむ(絡む) -Iからめる(絡める) -E
きずつく(傷つく) -Iきずつける(傷つける) -E ◆
くっつく -Iくっつける -E ◆
くるしむ(苦しむ) -Iくるしめる(苦しめる) -E
しずむ(沈む) -Iしずめる(沈める) -E
したがう(従う) -Iしたがえる(従える) -E
しりぞく(退く) -Iしりぞける(退ける) -E
すくむ(竦む) -Iすくめる(竦める) -E
すすむ(進む) -Iすすめる(進める) -E
すぼむ(窄む) -Iすぼめる(窄める) -E
そう(添う) -Iそえる(添える) -E
そだつ(育つ) -Iそだてる(育てる) -E
そむく(背く) -Iそむける(背ける) -E
そろう(揃う) -Iそろえる(揃える) -E
たつ(立つ) -Iたてる(立てる) -E
たるむ(弛む) -Iたるめる(弛める) -E
たわむ(撓む) -Iたわめる(撓める) -E
ちがう(違う) -Iちがえる(違える) -E
ちかづく(近づく) -Iちかづける(近づける) -E ◆
ちぢむ(縮む) -Iちぢめる(縮める) -E
つく(付く) -Iつける(付ける) -E
つづく(続く) -Iつづける(続ける) -E
とおのく(遠のく) -Iとおのける(遠のける) -E ◆
どく(退く) -Iどける(退ける) -E
とどく(届く) -Iとどける(届ける) -E
ととのう(整う) -Iととのえる(整える) -E
ならぶ(並ぶ) -Iならべる(並べる) -E
ぬるむ(温む) -Iぬるめる(温める) -E
のく(退く) -Iのける(退ける) -E
ひそむ(潜む) -Iひそめる(潜める) -E
ひっこむ(引込む) -Iひっこめる(引込める) -E
まちがう(間違う) -Iまちがえる(間違える) -E ◆
むく(向く) -Iむける(向ける) -E
やすむ(休む) -Iやすめる(休める) -E
やむ(止む) -Iやめる(止める) -E
やわらぐ(和らぐ) -Iやわらげる(和らげる) -E
ゆがむ(歪む) -Iゆがめる(歪める) -E
ゆるむ(弛む) -Iゆるめる(弛める) -E






うれる(売れる) -Eうる(売る) -I
えぐれる(抉れる) -Eえぐる(抉る) -I
おもえる(思える) -Eおもう(思う) -I
おれる(折れる) -Eおる(折る) -I
かける(欠ける) -Eかく(欠く) -I
きれる(切れる) -Eきる(切る) -I
くじける(挫ける) -Eくじく(挫く) -I
くだける(砕ける) -Eくだく(砕く) -I
こすれる(擦れる) -Eこする(擦る) -I
さける(裂ける) -Eさく(裂く) -I
さばける(捌ける) -Eさばく(捌く) -I
しれる(知れる) -Eしる(知る) -I
すれる(擦れる) -Eする(擦る) -I
そげる(削げる) -Eそぐ(削ぐ) -I
たける(炊ける) -Eたく(炊く) -I
つれる(釣れる) -Eつる(釣る) -I
ちぎれる(千切れる) -Eちぎる(千切る) -I ◆
とける(解ける) -Eとく(解く) -I
とれる(取れる) -Eとる(取る) -I
ぬける(抜ける) -Eぬく(抜く) -I
ぬげる(脱げる) -Eぬぐ(脱く) -I
ねじれる(捩れる) -Eねじる(捩る) -I
はける(捌ける) -Eはく(捌く) -I
はげる(剥げる) -Eはぐ(剥く) -I
はじける(弾ける) -Eはじく(弾く) -I
ひらける(開ける) -Eひらく(開く) -I
ふれる(振れる) -Eふる(振る) -I
ほどける(解ける) -Eほどく(解く) -I
まくれる(捲れる) -Eまくる(捲る) -I
むける(剥ける) -Eむく(剥く) -I
めくれる(捲れる) -Eめくる(捲る) -I
もげる -Eもぐ -I
やける(焼ける) -Eやく(焼く) -I
やぶける(破ける) -Eやぶく(破く) -I
やぶれる(破れる) -Eやぶる(破る) -I
よじれる(捩れる) -Eよじる(捩る) -I
よれる(撚れる) -Eよる(撚る) -I
われる(割れる) -Eわる(割る) -I
きこえる(聞こえる) -oEきく(聞く) -I
うまれる(生まれる) -arEうむ(生む) -I ★
めぐまれる(恵まれる) -arEめぐむ(恵む) -I ★
いえる(癒える) -Eいやす(癒やす) -yaSI
こえる(肥える) -Eこやす(肥やす) -yaSI
たえる(絶える) -Eたやす(絶やす) -yaSI
はえる(生える) -Eはやす(生やす) -yaSI
ひえる(冷える) -Eひやす(冷やす) -yaSI
ふえる(増える) -Eふやす(増やす) -yaSI
もえる(燃える) -Eもやす(燃やす) -yaSI
あける(明ける) -Eあかす(明かす) -aSI
あれる(荒れる) -Eあらす(荒らす) -aSI
おくれる(遅れる) -Eおくらす(遅らす) -aSI
かける(欠ける) -Eかかす(欠かす) -aSI
かれる(枯れる) -Eからす(枯らす) -aSI
こげる(焦げる) -Eこがす(焦がす) -aSI
こじれる(拗れる) -Eこじらす(拗らす) -aSI
さめる(冷める) -Eさます(冷ます) -aSI
じれる(焦れる) -Eじらす(焦らす) -aSI
すける(透ける) -Eすかす(透かす) -aSI
ずれる -Eずらす -aSI
それる(逸れる) -Eそらす(逸らす) -aSI
たれる(垂れる) -Eたらす(垂らす) -aSI
でる(出る) -Eだす(出す) -aSI
とける(溶ける) -Eとかす(溶かす) -aSI
にげる(逃げる) -Eにがす(逃がす) -aSI
なれる(慣れる) -Eならす(慣らす) -aSI
ぬける(抜ける) -Eぬかす(抜かす) -aSI
ぬれる(濡れる) -Eぬらす(濡らす) -aSI
ばける(化ける) -Eばかす(化かす) -aSI
はてる(果てる) -Eはたす(果たす) -aSI
はれる(晴れる) -Eはらす(晴らす) -aSI
ばれる -Eばらす -aSI
はてる(果てる) -Eはたす(果たす) -aSI
ふくれる(膨れる) -Eふくらす(膨らす) -aSI
ふける(更ける) -Eふかす(更かす) -aSI
ぼける(暈ける) -Eぼかす(暈かす) -aSI
ぼやける -Eぼやかす -aSI
まぎれる(紛れる) -Eまぎらす(紛らす) -aSI
まける(負ける) -Eまかす(負かす) -aSI
むれる(蒸れる) -Eむらす(蒸らす) -aSI
もれる(漏れる) -Eもらす(漏らす) -aSI
ゆれる(揺れる) -Eゆらす(揺らす) -aSI
こえる(越える) -Eこす(越す) -SI
きえる(消える) -iEけす(消す) -eSI
あらわれる(現れる) -rEあらわす(現す) -SI
かくれる(隠れる) -rEかくす(隠す) -SI
くずれる(崩れる) -rEくずす(崩す) -SI
けがれる(穢れる) -rEけがす(穢す) -SI
こがれる(焦がれる) -rEこがす(焦がす) -SI
こなれる -rEこなす -SI
こぼれる(零れる) -rEこぼす(零す) -SI
こわれる(壊れる) -rEこわす(壊す) -SI
たおれる(倒れる) -rEたおす(倒す) -SI
つぶれる(潰れる) -rEつぶす(潰す) -SI
ながれる(流れる) -rEながす(流す) -SI
はがれる(剥れる) -rEはがす(剥す) -SI
はずれる(外れる) -rEはずす(外す) -SI
はなれる(離れる) -rEはなす(離す) -SI
ほぐれる(解れる) -rEほぐす(解す) -SI
みだれる(乱れる) -rEみだす(乱す) -SI
よごれる(汚れる) -rEよごす(汚す) -SI
いきる(生きる) -Iいかす(生かす) -aSI
こりる(懲りる) -Iこらす(懲らす) -aSI
とじる(閉じる) -Iとざす(閉ざす) -aSI
みちる(満ちる) -Iみたす(満たす) -aSI
のびる(伸びる) -Iのばす(伸ばす) -aSI
つきる(尽きる) -Iつくす(尽くす) -uSI
おきる(起きる) -Iおこす(起こす) -oSI
おちる(落ちる) -Iおとす(落とす) -oSI
おりる(降りる) -Iおろす(降ろす) -oSI
すぎる(過ぎる) -Iすごす(過ごす) -oSI
ほろびる(滅びる) -Iほろぼす(滅ぼす) -oSI






うごく(動く) -Iうごかす(動かす) -aSI
かわく(乾く) -Iかわかす(乾かす) -aSI
こる(凝る) -Iこらす(凝らす) -aSI
ちる(散る) -Iちらす(散らす) -aSI
てる(照る) -Iてらす(照らす) -aSI
なやむ(悩む) -Iなやます(悩ます) -aSI
なる(鳴る) -Iならす(鳴らす) -aSI
はげむ(励む) -Iはげます(励ます) -aSI
ふく(吹く) -Iふかす(吹かす) -aSI
へる(減る) -Iへらす(減らす) -aSI
もる(漏る) -Iもらす(漏らす) -aSI
ゆらぐ(揺らぐ) -Iゆるがす(揺がす) -aSI
わく(沸く) -Iわかす(沸かす) -aSI
およぶ(及ぶ) -Iおよぼす(及ぼす) -oSI
ほろぶ(滅ぶ) -Iほろぼす(滅ぼす) -oSI
うるおう(潤う) -Iうるおす(潤おす) -SI
あまる(余る) -rIあます(余す) -SI
うつる(移る) -rIうつす(移す) -SI
うつる(映る) -rIうつす(映す) -SI
おこる(起こる) -rIおこす(起こす) -SI
かえる(帰る) -rIかえす(帰す) -SI
くさる(腐る) -rIくさす(腐す) -SI
くだる(下る) -rIくだす(下す) -SI
くつがえる(覆える) -rIくつがえす(覆えす) -SI
ころがる(転がる) -rIころがす(転がす) -SI
さとる(悟る) -rIさとす(悟す) -SI
たる(足る) -rIたす(足す) -SI
ちらかる(散かる) -rIちらかす(散かす) -SI
とおる(通る) -rIとおす(通す) -SI
ともる(灯る) -rIともす(灯す) -SI
なおる(直る) -rIなおす(直す) -SI
なる(成る) -rIなす(成す) -SI
にごる(濁る) -rIにごす(濁す) -SI
のこる(残る) -rIのこす(残す) -SI
ひたる(浸る) -rIひたす(浸す) -SI
ひるがえる(翻える) -rIひるがえす(翻えす) -SI
まわる(回る) -rIまわす(回す) -SI
もどる(戻る) -rIもどす(戻す) -SI
やどる(宿る) -rIやどす(宿す) -SI
わたる(渡る) -rIわたす(渡す) -SI






みえる(見える) -Eみる(見る) -I
にえる(煮える) -Eにる(煮る) -I

「生まれる」「恵まれる」は「生む」「恵む」の「れる・られる」形であるが、独立した自動詞として使われる。
「入る」(自)は「悦に入る」などの慣用句、「寝入る」などの複合動詞で使う。
複合動詞。


以上をまとめたのが、No.140に掲載した下図である。ただしこの図では一段動詞の間でペアになるケース(上表の末尾)は省略した。

自動詞と他動詞.jpg



nice!(0)  トラックバック(0) 

No.140 - 自動詞と他動詞(1) [文化]

前回の No.139「雪国が描いた情景」に続いて、言葉がヒトの思考に与えている影響の話です。前回、英語を比較対照の「鏡」として日本語を考えましたが、今回も英語にまつわる経験から始めます。


聞き取れなかった車内アナウンス


いつだったか忘れたのですが、東京を中心とするJRの車内アナウンスで英語での案内が始まりました。次の駅をアナウンスすると同時に、乗り換えが案内されます。たとえば次の駅で山手線に乗り換えてくださいというケースだと、

  Please change here for Yamanote line.

というアナウンスです。

実はこのアナウンスが始まったとき、here という単語が聞き取れませんでした。中学校で習うような基本的な英単語です。二・三回アナウンスを聞いてから、そうだ here だ、と分かったのですが、自分の英語のリスニング能力に疑問符がついたようで、軽いショックを受けたものです。それで記憶に残っています。

なぜ極めてベーシックな単語が(当初)分からなかったのか、それを考えてみると「電車を乗り換える」という英語表現を

  Please change trains for Yamanote line.

 ないしは

Please change trains here for Yamanote line.

という形で記憶していて、changeのあとには trains もしくはそれ相当の目的語が続くものだというアタマになっていた。それで here が聞き取れなかったと自己分析しています。英語は「誰が・何を・どうする」という文型(いわゆるSVO文型)が非常に強い言語です。電車を乗り換えるという場合の change を他動詞として記憶していたので、目的語がない(いわゆるSV文型の)アナウンスが当初は聞き取れなかったのだと思います。さらに、日本語でも「乗り換える」と他動詞表現を使うので、英語も当然そうだという暗黙の意識があったのかもしれません。ちなみに、乗り換えてくださいというアナウンスでは transfer を使う鉄道会社もあります。"Please transfer for Yamanote line." というようにです。

この件で一つ明らかなことは、英語においては change という同じ単語で同一の意味内容( = 電車を乗り換える)を表す時でも、目的語があったりなかったりするということです。もちろん実用上メジャーな言い方はどちらかなのでしょう(なお、Please change trains here for ・・・・・・ というアナウンスも使われています。たとえば東海道新幹線)。



中学校から英語を学び始めてからずいぶん時間がたつのですが、日本語のネイティブ・スピーカーとして英語に抱いている "暗黙" の違和感は、change のように、英語では目的語をとらない自動詞と目的語をとる他動詞を同じ単語で表す(のが非常い多い)ことです。たとえば「破る」「こわす」「くだく」などの意味で使う break は極めて他動詞性が強い言葉だと思うのですが、それでも The cup broke.と言えば「コップが砕けた」という意味の自動詞として使っているのですね。

日本語はそうではありません。変わる・換わる(自動詞)と変える・換える(他動詞)、くだける(自動詞)とくだく(他動詞)というように、同じ語幹を有する別の単語を使って自動詞・他動詞を言い分けます。実は、日本語の大きな特徴は、

  同じ語幹を有する自動詞・他動詞のペアが極めて豊富に揃っていること

だと思っています。この動詞のペアは日常よく使う動詞を広範囲に網羅しています。われわれ日本語のネイティブ・スピーカーはこの自動詞・他動詞のペアをごく自然に、無意識に使い分けていて、表現したい意味内容を変え、また言葉に微妙なニュアンスを与えている。これは日本語の話者に染み付いていて、人の思考方法や思考内容にまで影響していると思うのです。今回はそのことについて書きたいと思います。


自動詞と他動詞


まず「自動詞・他動詞のペア」を考える前提として、自動詞と他動詞の「復習」をしておきたいと思います。

 他動詞 

学校で習った英語文法では、

目的語をもたない動詞が自動詞
目的語をもつ動詞が他動詞。受身表現になれる。

でした。一応それに習って、日本語で格助詞「を」を使った目的語をとれる動詞を "他動詞" とすると、次のような動詞があります。

  ・あたえる(与える)
  ・うしなう(失う)
  ・おぎなう(補う)
  ・かく(書く)
  ・くばる(配る)
  ・ける(蹴る)
  ・ことわる(断る)
  ・さける(避ける)
  ・しめす(示す)
  ・たずねる(尋ねる)
  ・つくる(作る)
  ・ひろう(拾う)
  ・ふむ(踏む)
  ・まつ(待つ)
  ・まなぶ(学ぶ)
  ・ゆずる(譲る)
  ・よぶ(呼ぶ)
  ・わすれる(忘れる)

ここにあげた他動詞は「変える→変わる」のようにペアになる自動詞がありません。「れる・られる」という助動詞を使い「あたえられる(与えられる)」という受身形を作って自動詞のように使うことはできますが(いわゆる "自発" の表現)、それはまた別問題です。「れる・られる」を使った「受身・可能・自発・尊敬」表現は、以下では話題の枠外です。

 自動詞 

他動詞に対して、「を格」の目的語を(普通は)とらない動詞を自動詞とすると、

  ・あそぶ(遊ぶ)
  ・あふれる(溢れる)
  ・いく(行く)
  ・おとろえる(衰える)
  ・くる(来る)
  ・こたえる(答える。応える)
  ・しげる(茂る)
  ・すむ(住む。澄む。済む)
  ・にぎわう(賑う)
  ・にじむ(滲む)
  ・ひびく(響く)
  ・ふとる(太る)
  ・むかう(向かう)
  ・やせる(痩せる)

などがあります。ここにあげた動詞もペアとなる他動詞がありません。他動詞化するには「せる・させる」という助動詞を使って「遊ばせる」「答えさせる」というように使役形にする必要があります。「せる・させる」を使った使役形も以下の話題の範疇外です。

 自動詞・他動詞のペア 

しかし日本語では初めに言ったように、自動詞・他動詞が同じ語幹を有するペアになっているものが非常に多いわけです。

◆変わる(自)変える(他)
◆破れる(自)破る(他)
まわる(自)  まわす(他)

などがほんの一例です。この「同じ語幹を有する自動詞・他動詞がペア」が今回のテーマです。


「人為」と「自然」


ここで注意すべきことは、

  他動詞は
格助詞「を」を使える(目的語をとれる)
受身(受動態)になれる
動詞であり、そうでないものが自動詞である、とは必ずしも言えない

ことです。たとえば「変える(他)」とペアになる「変わる(自)」について言うと、

最近、彼は変わったね。
最近、彼は会社を変わったよ。

の両方の表現が可能です。最初に、英語では change が「変わる」と「変える」の両方の意味になることを言いましたが、日本語では「変わる」が「・・・を」と言ったり言わなかったりする、というわけです。このように自動詞が「を格」の目的語をとるケースは、

   やっと子供をさずかった。 ── 授かる(自)・授ける(他)
そこの角を曲がったら、駅はすぐです。 ── 曲がる(自)・曲げる(他)
就職して家を出た。 ── 出る(自)・出す(他)

など、相当数をあげることができます。

またよく言われることですが、日本語では自動詞も「れる・られる」を使った受身(受動態)になります。「他動詞のペアがない自動詞」の最初にあげた「遊ぶ」を例にとると

涼子は噂の彼と付き合っているそうね。」
彼女、遊ばれているだけよ。」

という表現はまったく可能です。もちろん他動詞として使われる複合語「もて遊ぶ」は受身表現が可能で、

彼女はもて遊ばれた。」

となりますが、そうすると通常の男女の交際の範囲を越えた事態のニュアンスになり、場合によっては犯罪の臭いさえ感じる表現になります。

日本語の自動詞の "受身" は、

昨日のハイキングは雨に降られた」
親に死なれた」
先に行かれてしまった」
彼にあがられた」(ゲーム)
こんな場所で寝られては困るよ」
釣った魚に逃げられた」

など多様です。他動詞の受身は人に対する「直接的で重い影響」を暗示しますが、自動詞の "受身" は「間接的で軽い影響」を表すようです。考えてみると、日本語では、

南側に家を建てられた」
こんな所にクルマを止められたんじゃ困るよ」
彼に賞をとられてしまった」

といように、他動詞(建てる・止める・取る)の「れる・られる」形(建てられる・止められる・取られる)が "目的語" を伴うのはいくらでも可能であり、自動詞の "受身" と称される現象もこれとパラレルな言い方です。英語の受身とは意味が違います。しょせん、英語の文法概念を日本語に当てはめるのは無理があるのです。

  余談になりますが、英語にないものが日本語にあるからといって、それが日本語にしかないとか、ましてや日本文化の特質だということにはなりません。自動詞の "受身" で言うと、金田一春彦著『日本語・新版(下)』(岩波新書。1988)には、「自動詞の受動態は、東アジアの言語の緒言語によくみられる」とあります。たとえば中国語にもあるし、インドネシア語にいたっては「途中で太陽に沈まれた」という言い方が可能なようです。

ちなみに、以降のテーマである「自動詞と他動詞のペア」は朝鮮語にもあるそうなので、日本語だけの特質だとか、そういうつもりはありません。

日本語における自動詞・他動詞の違いは、他動詞についての "目的語" と "受身" という「英語基準」では不都合です。日本語に沿った自動詞・他動詞の違いは「意味的な違い」であり、同一の行為や現象を記述する「見方の違い」ないしは「とらえ方の違い」です。それは「人為」と「自然」というキーワードで表されるでしょう。

他動詞=人為
  動作主を明示し、ないしは動作主を意識し、人為的で意志的・意図的な行為としてものごとを記述する。"みずから" "外界に働きかける" ニュアンスであり、能動的意味合いが多い。「する」がその象徴。
自動詞=自然
  動作主を明示せず、ないしは動作主を隠し、自然の流れでそうなった・そうであるという見方でものごと記述する。"おのずから" "成り行きとして" "自発的に" というニュアンスであり、受動的意味合いが多い。「ある」「なる」がその象徴。

「同じ語幹を有する自動詞・他動詞のペア」では、この「人為」と「自然」の違いが本質的であり、これを利用して日本語のネイティブ・スピーカーは微妙なニュアンスを言い分けています。

なお、さずける・さずかる、のように、人と人の間での「モノ」や「行為」「情報」「サービス」のやりとり・授受を表す動詞は、

他動詞= 送り手側からみた行為を表す(能動側)
自動詞= 受け手側からみた行為を表す(受動側)

と定義することにします。これは自動詞が「を格」の目的語をとるもの、そうでないものに共通です。

さずける(他)  さずかる(自)
◆預ける(他)預かる(自)
◆教える(他)教わる(自)
◆言付ける(他)言付かる(自)
◆助ける(他)助かる(自)
◆伝える(他)伝わる(自)
◆届ける(他)届く(自)
◆わたす(他)わたる(自)
◆うつす(他)うつる(自)

などです。最後の例の「うつす・うつる」ものは、伝染病や匂いや権利です。


自動詞と他動詞がペアになる「日本語システム」


日本語における「自動詞と他動詞の対」は、極めてシステマティックにできています。それを概観したいのですが、以降にどうしても文法用語が出てくるので、学校で習ったことを復習しておきたいと思います。

まず、五段に活用をする動詞を「五段動詞」と呼びます。たとえば「書く」を活用すると、

  kak-A(書か・ない)
  kak-I(書き・ます)
  kak-U(書く・とき)
  kak-E(書け・ば)
  kak-O(書こ・う)

のように活用語尾の母音が5種類現れます。これが五段動詞です。以降「- ローマ字大文字」で活用語尾を表します(ヘボン式でない教科書式のローマ字)。一方、一段活用をする動詞を「一段動詞」と呼びます。たとえば「食べる」「起きる」は、

  tab-E(食べ・ない)
  tab-E(食べ・ます)
  tab-E(食べ・るとき)
  tab-E(食べ・れば)
  tab-E(食べ・ろ)

  ok-I (起き・ない)
  ok-I (起き・ます)
  ok-I (起き・るとき)
  ok-I (起き・れば)
  ok-I (起き・ろ)

のように、活用語尾の母音は1種類しか現れません。学校文法では -E の活用語尾を「下一段動詞」、-I の活用語尾を「上一段動詞」と呼んでいます。

これ以降、動詞の活用語尾を記述するときには「連用形」の活用語尾を記述します。その方が自動詞・他動詞の対応をシステマティックに説明できるからです。上の例で言うと連用形は、

  kak-I(書き・ます)
  tab-E(食べ・ます)
  ok-I(起き・ます)

であり、連用形の語尾の母音は -I(五段、一段) か -E(一段)です。



以上を踏まえて、日本語における「自動詞と他動詞がペアになる仕組み」がどういうルールに基づいているかを整理するのですが、以降の記述では、前回の No.139「雪国が描いた情景」で引用した金谷博士の論を参考にしました。

原則1

五段動詞と一段動詞が自他で対になる。これには、
五段動詞(自動詞)と一段動詞(他動詞)の対
五段動詞(他動詞)と一段動詞(自動詞)の対
の2種類ある。


のが原則です。ただし、後で書きますが一部の動詞では五段動詞と五段動詞で自動詞・他動詞が対応するケースがあります。

原則2

「自他の対応」において、五段動詞の連用形の語尾が -ARI のものは自動詞であり、それと対になる他動詞は -E の語尾の一段動詞(下一段動詞)である。


です。-ARIは「ある」の連用形「あり」と同じであり、自動詞の象徴です。この第2の原則に相当する単語の一例は、

  曲がる(五段・自。mag-ARI)
   曲げる(一段・他。mag-E)
    
  決まる(五段・自。kim-ARI)
   決める(一段・他。kim-E)
    
  暖まる(五段・自。atatam-ARI)
   暖める(一段・他。atatam-E)

などです。なお一部の五段動詞(-ARI。自動詞)では、対になる他動詞が五段動詞というケースがあります(数は少ないですが)。

  またがる(五段・自。matag-ARI)
   またぐ (五段・他。matag-I)

などです。

原則3

「自他の対応」において、五段動詞の連用形の語尾が -SI のものは他動詞であり、それと対になる自動詞は一段動詞(下一段動詞 -E、または上一段動詞 -I)である。


-SI(連用形語尾)は、他動詞の象徴である「する」の連用形「し」と同じであり、この原則はちょうど第2の原則の裏返しになっています。この原則に相当する単語は、

  壊す (五段・他。kowa-SI)
   壊れる(一段・自。kowa-rE)
    
  落とす(五段・他。ot-oSI)
   落ちる(一段・自。ot-I)

などです。なお数は少ないですが、対応する自動詞が五段動詞という例もあります。

  移す(五段・他。utu-SI)
   移る(五段・自。utu-rI)

などです。

原則4

連用形の語尾が -ARI でも -SI でもない五段動詞(語尾 -I)は自動詞と他動詞があるが、いずれの場合にも対になる動詞は一段動詞(下一段動詞。-E)である。つまり、
五段動詞(自動詞。-I)と一段動詞(他動詞。-E)
五段動詞(他動詞。-I)と一段動詞(自動詞。-E)
が対になる。

五段動詞が自動詞か他動詞かは、つぎの原則で決まる。
自動詞
内部からの成長や変化など、自然にそうなるのが普通の状態だと見なせる動詞
他動詞
外部に影響を与える動詞。または人為が普通の状態だとみなせる動詞。


この例をあげると

  立つ  (五段・自。tat-I)
   立てる (一段・他。tat-E)
    
  浮かぶ (五段・自。ukab-I)
   浮かべる(一段・他。ukab-E)
    
  取る  (五段・他。tor-I)
   取れる (一段・自。tor-E)
    
  焼く  (五段・他。yak-I)
   焼ける (一段・自。yak-E)

などです。



以上を総括して、連用形の語尾だけの対応を考えると、

-I と -E が自・他で、または他・自で対応する。これが原則。

一部で、-ARI(自)と -I(他)の対応、-SI(他)と -I(自)の対応がある。

となります。


補足すると・・・


何点か補足します。まず、上に述べた原則に当てはまらないケースも、ごく僅かですがあります。それは一段動詞の間で意味的なペアになる場合で、私の知っているのは、

  見る (一段・他。m- I)
   見える(一段・自。m-iE)
  煮る (一段・他。n- I)
   煮える(一段・自。n-iE)

の2つです。他にもあるのではと思います。上の二つとも語尾の -I と -E が対応していることは変わりません。

また、五段動詞で「あ段の1文字 + る」の形の動詞の連用形は必ず -ARI となりますが、このタイプの動詞は自動詞とは限りません。「割る」の連用形を語幹と語尾にわけると w-ARI ではなく、war-Iと考えるべきです。このタイプの動詞には、

  ◆刈る  (五段・他。kar-I)
  ◆去る  (五段・自。sar-I)
  ◆足る  (五段・自。tar-I)
   →足す (五段・他。ta-SI)
  ◆成る  (五段・自。nar-I)
   →成す (五段・他。na-SI)
  ◆張る  (五段・他。har-I)
  ◆割る  (五段・他。war-I)
   →割れる(一段・自。war-E)

があります。自動詞と他動詞が対応する「足す」と「成る」は原則3、同じく「割る」は原則4に従っています。

「張る」という言葉で思い出しました。最初に書いたように、英語と違って日本語では一つの単語を同一の(類似の)意味内容で自動詞にも他動詞にも使う例は少ないわけです。しかし例はあります。よく使うのは、

閉じる(自)「門が閉じた」
閉じる(他)「門を閉じた」

ですが、「張る」もそうで、

ロープを張る(他)
= 外的要因による変化。その他、水、テント、非常線、など
気持ちが張る(自)
= 内的変化による現象。その他、氷、根、肩、値段、など

というように、自動詞・他動詞の両方に使います。その他に「ひらく」「あける」「おわる」「ふせる」「さす(日がさす・傘をさす)」などがあります。また、意味内容を変えて自動詞にも他動詞にも使う例もあります。「もつ」は、所有する・手にとるという意味では他動詞(持つ)ですが、

これじゃ体がもたないよ
間がもたないので困った
このローソクは長くもつ
この天気は1日もつだろう

というように「本来の機能・状態を維持する」という意味では自動詞(つ、とすることがある)としても使います。「とがめる」も、「罪を咎める」という使い方(他動詞)に加えて「良心が咎める」とも言います(自動詞)。

さらに、五段動詞の「あ段の1文字 + る」であげた「成る・なる」は自動詞として使うのが普通ですが、特別の意味では

飛車を成る(将棋用語)

のように他動詞として使います。



以上に書いた原則と例を図にすると、以下のようになるでしょう。ローマ字は動詞の連用形の語尾です。

自動詞と他動詞.jpg

この文章を書き始めた目的は、

  日本語話者は「自動詞・他動詞のペア」を無意識に使い分けていて、それが思考方法や思考内容に影響している

ことを言おうとしたのですが、ここまでが「前置き」です。長くなったので「使い分け」や「影響」は次回にします。

続く


nice!(0)  トラックバック(0) 

No.139 - 「雪国」が描いた情景 [文化]

以前に「言語が人間の認知能力に深く影響する」というテーマで書いた記事がありました。

No.49 - 蝶と蛾は別の昆虫か
No.50 - 絶対方位言語と里山

の二つです。今回はその継続です。

少し振り返ってみると、No.49「蝶と蛾は別の昆虫か」では、蝶と蛾を言葉で区別しないフランス語(パピヨン=鱗翅類)とドイツ語(シュメッタリンク=鱗翅類)を取り上げ、

  日本人で「蝶は好きだが蛾は嫌い」という人が多いのは、蝶と蛾を言葉で区別するからであり、フランス語やドイツ語のように言葉で区別しなければ、昼間の蝶と夕暮れ時の蛾を両方とも好きになるのではないか。一方が好きで一方が嫌いという「概念」がそもそも思い浮かばないはず。

という主旨の「仮説」を書きました。その傍証としたのはドイツ人が書いた『蝶の生活』という本の序文で、そこでは蝶と蛾をごっちゃにして「愛すべきものたち」と書かれているのでした。

またNo.50「絶対方位言語と里山」では、世界には相対方位(右・左・前・後など)がなく絶対方位(東・西・南・北など)だけの言語があり、そのような言語を話す人々は空間認知力が優れ、デッド・レコニング能力(= 見知らぬ土地につれて行かれても絶対方位が分かり、自宅の方向が分かる能力)があることを紹介しました。

さらに「里山」という言葉が発明されたからこそ「里山を守ろう」という運動が起きたわけです。言葉がなくても里山が古来からの人々の生活と自然生態系に重要な役割を果たしてきたことは変わらないのですが、そういう「人間・自然生態系」を「里山」という言葉がスパッと切り取って提示してくれた。これが人々に大きな影響を与え、保護活動を引き起こすまでになったのだと思います。

以上のように、どういう言葉を使い、どういう言葉で考えるかは人間の認識力や認知能力に影響し、嗜好や行動にまで影響を与えます。

われわれ日本語のネイティブ・スピーカーは日本語で考えています。だからこそ文化や伝統に根ざした発想ができるし、自らの考えを豊かな言葉で表現できるパワーを獲得している。しかしその一方で、日本語が持っている言語システムが「発想の制約条件」としても働くわけです。それが別に悪いわけではありませんが、「パワー」と「制約」の両方を意識しておくことが重要だと考えます。それは外国や異文化の人たちと付き合うためというよりも、まず第一に「自分たちのために」必要だと思うのです。

今回は以上のような考えのもと、日本語の最もベーシックな言語表現(の一つ)が日本人に与えている影響を考えてみたいと思います。日本語を考察するために比較対照とする「鏡」は、実質的な世界共通語であり、日本人にもよく知られている英語です。


『雪国』の冒頭


言語が人の思考やモノの見方に影響を与える例として大変印象に残っているのは、言語学者の池上嘉彦いけがみよしひこ氏がNHK教育テレビの番組で行ったある「実験」です。この録画ビデオを持っていないので、この実験を紹介したモントリオール大学の金谷武洋かなやたけひろ博士の本から引用します。


10年ほど前にNHK教育テレビで「シリーズ日本語」という特集番組をやっていた。その中の一回で講師の池上嘉彦いけがみよしひこが『雪国』(川端康成)冒頭の有名な文を取り上げて解説している。実はこれは日本語文法の考察にしばしば引用される有名な文である。翻訳家として川端作品の多くを手がけている E.サイデンステッカーは、この文を以下のように訳しているが、果たしてこれら2つの文は同じことを言っているだろうか。原文と訳文で同じイメージが想起されるだろうか。2つの文をじっくり味わってみよう。

(1) 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

(2) The train came out of the long tunnel into the snow country.

金谷武洋
『英語にも主語はなかった』
(講談社。2004)

『雪国』の冒頭の文章は、日本文学の中では夏目漱石の『我が輩は猫である』『坊ちゃん』などの冒頭と並んで、最も有名なものの一つだと思います。また川端康成(1899-1972)はノーベル文学賞(1968)をとった作家で、その受賞理由は「日本人の心をすぐれた感受性をもって表現し世界の人々に感銘を与えた」からです。さらにサイデンステッカー氏(コロンビア大学教授。1921-2007)は谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫などを英訳し、源氏物語の英語完訳も成し遂げました。川端康成は「ノーベル賞の半分はサイデンステッカー教授のものだ」と言って、実際に賞金の半分を渡したそうです。

というような事情を考えると、雪国の冒頭の原文と英訳は、英語を「鏡」として日本語表現を考える絶好の素材と言えるでしょう。金谷博士の解説を続けます。


まず(1)の原文である。この文を読んで我々の頭に思い浮かぶ情景は何だろう。作者/主人公が汽車に乗っていることは明らかだろう。そして読者もまた、その主人公の行動を同じ目の高さで追体験してはいないだろうか。今、列車はトンネルの暗闇の中を走っており、作者/主人公はその車内に座っている。やがて、窓の外が明るくなる。やっと長いトンネルを抜けるのだ。おや、山のこちら側は真っ白だ。そうか、雪国に入ったんだな、という風に「時間の推移とともに」場面が刻々変化していく(図1)

雪国 - 図1.jpg
(図1)

おそらく『雪国』の冒頭を読む日本人のほぼ100%は、この解説どおりの情景を思い浮かべると思います。しかし、サイデンステッカー教授が訳した(2)を読んだ英語のネイティブ・スピーカーは全く違う情景を思い浮かべるというのです。


これに対して英文(2)はどうだろう。番組では、数人の英語話者をスタジオに招いて、この文から思い浮かぶ情景を絵に描かせていた。実に興味深いことに、汽車の中からの情景を描いたものは皆無で、全員が上から見下ろしたアングルでトンネルを描いている。明らかに話者の視点は「汽車の外」にある。トンネルからは汽車が頭を出しており、列車内に主人公らしい人物を配した者もいた。トンネルの外には山があり、何人かは雪を降らせている(図2)

これは実に見事な実験で、思わず膝を打った。原文と訳文の認知的イメージが著しく違うことが実証されたのである。

雪国 - 図2.jpg
(図2)

これは、かなりショッキングな事実です。英語話者が描いた(図2)のようなイメージは『雪国』を読む日本人が全く思い浮かばない情景ではないでしょうか。我々が暗黙に当たり前だろうと思っていることが、必ずしもそうではない。この実験を主導した池上嘉彦氏(東京大学名誉教授)の洞察力に敬意を表したいと思います。


サイデンステッカー教授の訳


なぜ英語話者のイメージが日本語話者と食い違うのでしょうか。それはサイデンステッカー教授の訳が悪いというわけではないでしょう。教授は数々の日本文学を英訳し、源氏物語まで訳した人です。『雪国』を訳すにあたっても最善を尽くしたでしょう。それでもイメージが食い違うのには理由があるはずです。よく見ると、

  The train came out of the long tunnel into the snow country.

という英文には、原文にはない The train という単語が現れています。これは言うまでもなく英文法で言う subject(主語)であり、普通の英文は subject がないと作れないので、サイデンステッカー教授は The train を持ち出したわけです。これにより、川端康成の原文は「コトの推移」を表しているのに、英訳は「列車という subject についての説明」になった。これがイメージの相違を引き起こした第1の理由です。

subject(主語)がないと文が作れないというのは、日本語話者からすると非常に窮屈な制約ですが、英語はそいういう言葉なのだからやむを得ません。だとすると、サイデンステッカー教授の subject の選び方がまずいのでしょうか。

The train 以外の subject として考えられるのは、この小説の主人公を表す1人称の人称代名詞= I です。次のような英訳案はどうでしょう。

(3) Passing through the long tunnel, I saw the snow country.

これは無理に作った悪文という以上に(2)よりも原文から離れている感じがします。なぜなら(1)は「コトの成り行き」をシンプルに表現しているのに、(3)の文は主人公の経験を述べているからです。せっかく(1)は「私」を消し去った表現になっているのに、英訳(3)には「私」を強引に持ち込んでいる。まだしも the train という無生物を持ち込む(2)の方が「コトの成り行き」を示すには適当だと考えられるのです。


「地上の視点」と「俯瞰する視点」


(1)と(2)は、列車・汽車という言葉が「ない」と「ある」とで決定的に違います。しかしもっと違うのは、日本語話者と英語話者が描くイメージの相違です。つまり、

(図1)は「地上の視点」
(図2)は「俯瞰する視点」(上空からの視点)

雪国(新潮文庫).jpg
「地上の視点」による表紙である。(図1)は2枚だが、この表紙は1枚で描いてしまっている。
というように視点が違うわけです。「地上の視点」とは「私」からみた主観的な視点です。一方「俯瞰する視点」とは、上空にいる「誰か」を仮想的に想定し、その「誰か」からみた客観的な視点です。

この違いの理由は、(2)に the train という subject(主語)があり、(1)にはそれに相当するものがないからだと考えられます。しかし単にそれだけとも言えないと思います。仮に(2)をストレートに日本語に訳してみたらどうでしょうか。日本語における「主題(題目)を表す助詞・ハ」を使って(2)を試訳してみると、たとえば、

(4) 列車は長いトンネルを抜けて雪国へと入った。

となるでしょう。もしこの文章(4)を日本人(日本語話者)に読んでもらい、浮かんでくるイメージを絵にしてもらったら、描かれる絵は(図1)でしょうか、それとも(図2)か。

(図2)を描く人もいると思います。しかし多数の日本人は、なおかつ(図1)のように描くのではないでしょうか。この思考実験から想定できるのは、日本語話者と英語話者は、基本的な視点が違うのではないかということです。これが(図1)(図2)の相違を引き起こす第2の理由だと考えられます。


俯瞰する視点としての "I"


この視点の違いは、日本語と英語の1人称についても言えます。このあたりは、先ほど引用した金谷博士の本が参考になりました。以下はそれを踏まえています。

日本語の1人称と2人称は、言葉が発せられる状況に応じて最適な言葉を選択して使います。それは自分(発話者・1人称)と相手(2人称)の性別、年齢、親密度合い、目上か目下か、家族かどうか、などによって多様に変化します。つまり「発話者が相手を見ている」という「地上の視点」がベースにあって、その主観的な視点からどういう言葉を使うかの選択がなされています。

一方、英語では、発話者(1人称)はどういう状況であっても "I" であり、発話の相手である2人称はどういう状況であっても "you" です。これは、発話者が相手をどう見ているかには全く無関係に、いわば「俯瞰する視点」から客観的に見て、発話者を "I" とし、発話の相手を "you" としているわけです。

英語において "I" は subject(主語) となる言葉です。"I" を使うのは「私」について語るときであり、自分の意見や経験、状況を伝達するときに使います。この "I" は、今話している自分のことであると同時に「俯瞰する視点から見て発話者を示している言葉」なのです。ロジカルに考えるとそうなります。このあたりの言葉のとらえ方が日本語と違い、それが発言の内容や態度にも影響してくると感じます。

個人的な経験ですが、英語で自分の意見を言う状況が時々ありました。そのときを振り返ってみると日本語で意見を言うのとは違った感じがします。つまり「あなたの意見はどうですか」という質問を受けて日本語で「私は(僕は、など)・・・・・・」と答えるときには、自分の意見として思っていることをそのまま伝えるべき、という感じを持ちます(あえて本当のことを言わないケースは別です)。従って自分の意見が固まっていないときや、意見があっても "弱い" 意見のときには、それを反映して曖昧な答えをすることが多く、その場合は「私は」とか「僕は」を使いません。「私は」とか「僕は」とか「私の意見は」とか言うのは、はっきりとした意見、固まった意見を持っているときです。

一方、あなたの意見はどうですかと英語で聞かれて「I ・・・・・・」と英語で答えるときには、たとえ弱い意見でも「まず何らかの答えをすべき」という感じを持ちます(もちろん思ってもみないことは言いませんが)。あなた(you)に意見を聞かれたのだから、私(I)は答えるべきである、という感じです。この「感じ」は、どうも「俯瞰する視点」と関係していると思うのです。

個人的な経験をいろいろ振り返ってみたとき、英語を比較対照の「鏡」として考えると、日本語は「地上の視点」を持ちやすい言葉だと思います。人間は言語によって考えているわけで、言語は思考に影響します。従って発言の内容に影響し、他の人にどういう影響を与えるかに関係し、さらにそのことによって行動にも関係していきます。「日本語は地上の視点を持ちやすい」といことは、それが特長やメリットをもたらすと同時に、ある種の制約条件として働くことも考えておくべきでしょう。


「地上」と「俯瞰」の視点


「地上の視点」と「俯瞰する視点」は、単に日常の会話だけのことでなく、広く社会における活動や人の思考方法に敷衍ふえんできると思います。

たとえば産業界における「カイゼン活動」を考えてみると、従業員の一人一人が、効率化や作業品質の向上を目指して何千、何万という「カイゼン提案」を出し、それらの提案を評価して重要と思われるものを実行に移し、そのフォローして反省し、またカイゼンをするという繰り返し活動です。"kaizen" が世界共通語になったことからもわかるように、それは日本の製造業の強さの象徴です。「カイゼン」は徹底的に現場・現物指向であり、まさに「地上の視点」からの活動と言えるでしょう。

しかしその一方で「俯瞰する視点」から問題点にメスを入れることも重要です。工場を例にとると、工程の配置や作業員の割付け、生産ラインの構成方法、生産設備の更新といった全体に関わる事項を「俯瞰的に」見直して、効率化を図ることも同時に必要です。「地上の視点」だけだとすると、一部分の局所的な効率化がかえって全体としての非効率を招くこともありうるわけです。「毎月2%の改善を3年間続ければ2倍になる」という考え方は大変に貴重ですが、全体を見渡して発想を転換すれば1年で2倍になることだってありうる。

「地上の視点」と「俯瞰する視点」の両方が必要なことは、あたりまえと言ってしまえばそうです。しかし日本語で考えると暗黙に「地上の視点」の方へとバイアスがかかるのではないでしょうか。「俯瞰する視点」ではどうかということ常に考えた方がよいのではないか。そういうことを意識しておくことは無駄ではないし、むしろ日本語のネイティブ・スピーカーとしては必要なのではないかと思います。


文芸作品の翻訳は可能か


最初に引用した『雪国』の冒頭の原文と英訳に戻ります。ここから以降は、いわば「余談」です。

『雪国』の冒頭の文章について、日本語話者が原文から受けるイメージ(図1)と英語話者が英文から受けるイメージ(図2)が決定的に違うことを指して「かなりショッキングな事実です」と書きました。ショックの一番の理由は「文芸作品の翻訳は本当に可能なのだろうか」という疑問が沸き上がるからです。

我々は外国の文芸作品を日本語訳で読むことに慣れきっています。しかし我々は作家が描いた小説世界のイメージや雰囲気を作家の思惑どおりに受け取っているのかどうか、疑問が沸いてくるのです。どういう例でもいいのですが、たとえばロシアの作家・ドストエフスキーの小説は、なんとなく「重い」テーマを「深刻に」語っているような印象を受けます。しかし、もしロシア語が堪能でロシア語でドストエフスキーを読めば、また違った印象になるのではないだろうか、というような疑問です。

ブログの最初に取り上げた小説『クラバート』(No.1-2「千と千尋の神隠しとクラバート」)もそうです。クラバート少年は意志の強い自立した人間に育っていくのですが、小説のストーリーとかプロットからそう判断しているように(振り返ってみて)思います。『クラバート』の原文はドイツ語です。もしドイツ語に堪能でドイツ語で『クラバート』を読めば、文章の端々にクラバート少年の「意志の強さ」や「自立ぶり」がニュアンスとして感じられて、かなり違った印象になる可能性もあると思うのです。

「悪訳」という言葉があります。その代表がいわゆる「翻訳調」で、言語構造の全く違う外国語を無理矢理日本語に当てはめようとするものです。「こんな訳は読めたものではない」と思うことがありますね。途中で本を読むのを放棄したりもします。これに対して「名訳」は日本語として「こなれている」ものです。日本語の論理に従って文章がスッと頭に入ってきて、スラスラ読めて、内容も深く理解できる。

しかしここで疑問が出てきます。いわゆる「名訳」は原著者の描くイメージを正しく伝えているのだろうかという疑問です。我々がよく読む外国の小説は、日本語とは構造がかけ離れた欧米の言語が多いわけです。日本語として「こなれている」ということは、原文とかけ離れているということではないだろうか。「こなれている翻訳」は原著とはまた別の「日本語小説」ではないのか。

もちろん小説には個々の文章だけでなく、テーマやプロットやストーリーがあり、それらは翻訳しても読みとれると考えられます。しかし、優秀な小説家ほど文章にこだわると言います。個々の文章や細部の積み重ねによって、全体として主人公を造型し、心理の綾を浮かび上がらせていく・・・・・・。

逆に、日本語の小説を外国語に訳すときにも同じことが言えるはずです。夏目漱石の小説で言うと、たとえば『坊ちゃん』の主人公の人物造型は英語読者に伝わるような感じがしますが、では『三四郎』はどうなのか。英訳して主人公・三四郎の性格や人となりは伝わるのだろうか。

その漱石を敬愛する作家に村上春樹氏がいます(私見です)。村上春樹氏は毎年ノーベル文学賞の候補と目されています。彼の小説の翻訳は世界の50ヶ国近くで、各国語に訳されて出版されていると言います。だからノーベル賞候補にもなる。しかし、たとえば英訳された小説を読んで果たして日本語と同じ感じを持てるのかどうか。世界の読者が「村上春樹はよいね」と思うその理由は、果たして我々日本人と同じ感覚なのか。

文芸作品の翻訳についてまわる問題だと思うのですが、そのようなことを考えさせられました。




nice!(0)  トラックバック(0) 

No.117 - ディジョン滞在記 [文化]

前回の No.116「ブルゴーニュ訪問記」の時に滞在した町、ディジョンについてです。ディジョン滞在の事前情報として、日本の旅行者の方が書かれたブログが参考になりました。お互いさまというわけで、何点かディジョンについて書きます。


ブルゴーニュ公国


ブルゴーニュ公国は14-15世紀に隆盛を誇ったブルゴーニュ公の領地で、その首都がディジョンでした。またブルゴーニュ公はフランドル地方(現在のベルギー・オランダ・ルクセンブルグ)も支配していました。前回の No.116「ブルゴーニュ訪問記」に書いたボーヌのオスピス・ド・ボーヌにある「最後の審判」は15世紀のフランドルの画家・ウェイデンの作ですが、同じ領主の支配地域であったとすると納得できます。

ディジョンはパリから見ると南東の方向で、コート・ドール県の県庁所在地です。パリのリヨン駅からTGVで1時間40分程度で行けます。また、今回のブルゴーニュ旅行で訪問したボーヌは、列車で行くとするとディジョンから普通列車に乗り継いで約20分程度のようです。

ディジョンの駅を降りると、駅前にトラムの発着場があるのに気づきました。ディジョンは人口約15万の街です。トラムと言うと大きな都市のイメージがあるので、ちょっと意外な感じがしましたが、あとで調べてみるとフランスではかなりの数の地方都市にトラムがあり、現在も新設されているようです。ディジョン駅からディジョン旧市街の中心部までは十分歩いて行ける距離なので、トラムに乗る必要はありません。


ふくろうの順路


ふくろうの順路1.jpg
表紙の日本語には少し変なところがあるが、内容は充実していて読みやすい(日本語も正確)。旅行者にはありがたいガイドブックである(ディジョン市観光局発行。40ページ。有料)。

ディジョンの観光局は「ディジョン旧市街の観光スポットを巡る順路」を設定していて、これを「ふくろうの順路」と呼んでいます。なぜ「ふくろう」かというと、順路の途中に、ディジョン市民には有名なフクロウの石像(レリーフ)があるからです。

「ふくろうの順路」には日本語ガイドがあって(2014.4末時点)、これはディジョン駅の観光案内所で購入できます。なお観光案内所はブルゴーニュ公国宮殿の近くにもあり、こちらが本拠地です(http://www.visitdijon.com)。

ふくろうの順路には、舗道にフクロウの印がついた三角形のプレートが埋め込まれています。このプレートをたどっていくと、ディジョン旧市街のブルゴーニュ公国の歴史的建造物や美術館(合計、22のポイント)を一巡できるしかけです(ボストンのフリーダム・トレイルと似ている)。この順路にある主な歴史遺産は、

ディジョン・ふくろうの順路3.jpg
このディジョンの「守り神」は左手でさわることになっていて、擦り減っている。
ノートルダム聖堂(フクロウはこの裏手)
市庁舎・美術館
ブルゴーニュ公国宮殿・フィリップ善良王の塔
解放の広場
サン・ベニン聖堂

などです。ディジョンの歴史に触れるという意味では、このガイドブックから何点かのポイントを選んで(ないしは全部を)回ってみるのがよいでしょう。

ふくろうの順路2.jpg

ディジョン・ふくろうの順路1.jpg ディジョン・ふくろうの順路2.jpg
ダルシー公園の前にある、ふくろうの順路の起点
舗道の要所要所に埋め込まれている、方向を示すプレート


ブルゴーニュ料理


ディジョンで入ったレストランで印象に残ったのが「レスカルゴ(L'Escargot)」でした。ノートルダム聖堂からみて北東の方向、ジャン・ジャック・ルソー通り(Rue Jean-Jacques Rousseau)に面しています(下の地図)。名前のとおり、カタツムリのネオンサインがあります。名前と外観からすると「観光客目当て店」のように見えますが、中身は違います。確かに観光客もいましたが、地元の人とおぼしき客もいる。店内はこぎれいで、椅子は店名が入った特注品です。出される料理にも工夫があって、大変においしい。ブフ・ブルギニョン、エスカルゴなどがはいったコース料理を注文しましたが、値段もリーズナブルです。注文したワイン(シャサーヌ・モンラッシェ 赤 2010)も、確か35ユーロ程度だったと記憶しています。また、デザートが凝っています。クリーム・ブリュレでは目の前で振りかけたお酒(ブランデーだと思います)に点火して表面を焦がしていました。これが「正式の」ブリュレなのかもしれません。

この店を知ったのは、ディジョンに旅行をした方のブログでした。この店にはホームページもあります。

http://www.restaurantlescargot-dijon.com/

LEscargot1.jpg LEscargot2.jpg



そもそも「ブルゴーニュ料理」として有名なのは、

エスカルゴ(Escargot)
ジャンボン・ペルシエ(Jambon Perisille)
ブフ・ブルギニョン(Boeuf Bourguignon)
コック・オ・ヴァン(Coq au Vin)

などだと思います。

ジャンボン・ペルシエは、ハム(=ジャンボン)とパセリ(=ペルシエ)をゼリーで固めたテリーヌ風料理です。ブフ・ブルギニョン(ブルゴーニュ風牛肉の意味)は、いわゆる「牛肉の赤ワイン煮」ですね。その鶏肉バージョンがコック・オ・ヴァンです。ブルゴーニュと言えばエスカルゴですが、このほかに、ジャンボン・ペルシエブフ・ブルギニョンを頭に入れておけば、ディジョンで初めてレストランに入った時に(フランス語メニューしかなくても)戸惑わないと思います。

ディジョン料理・エスカルゴ.jpg ディジョン料理・ジャンボンペルシエ.jpg
エスカルゴ
ジャンボン・ペルシエ

ディジョン料理・牛肉の赤ワイン煮.jpg ディジョン料理・鶏肉の赤ワイン煮.jpg
ブフ・ブルギニョン
コック・オ・ヴァン

(これらの写真はダルシー広場に面した Restaurant de la Porte Guillaume のもの。このレストランには、 前回、No.116 の尾田さんが訳した日本語メニューがある。)

このうち「エスカルゴ」と「牛肉の赤ワイン煮」は、日本で食べて想像していたイメージと違っていて、少々意外な感じがしました。

まずエスカルゴは、バターとパセリ・ソースだけを添えてオーブンで焼いたというような感じです。詳細なレシピは分からないのですが、余計な調味食材はなく、「こってり感」も薄く、かなりすっきりとした調理方法です。考えてみると、同じ貝類の料理である「ムール貝の白ワイン蒸し」は基本的に白ワインと香草だけで調理しますが、それだけで十分おいしい。それと同じことかと思いました。内陸部なのでムール貝ではなくカタツムリというのも理にかなっている。

牛肉の赤ワイン煮(ブフ・ブルギニョン)もシンプルなレシピのようです。基本的に「赤ワインだけで」煮込んだように感じます。トマトペーストとか、そいういうものは入っていない。野菜と一緒に煮込んだのでもない。もちろんソースの工夫はするのでしょうが、基本的なところがシンプルです。結果として赤ワインの酸味がよく利いていて、大変美味しいと思いました。ディジョン滞在中にエスカルゴは3回、ブフ・ブルギニョンは2回食べましたが、レシピの基本は同じようです。



これに関係して思い出したのが、ブルゴーニュを案内してもらった尾田さん(前回 No.116)の発言です。彼女によると、

  イタリア料理がフランス料理に「勝てない」のはデザートとパン

だそうです。なるほどと思いました。確かにレストラン「レスカルゴ」のコース料理のデザートは非常に良かったし、フランスのパンの種類はものすごくあって、この料理にはこのパンというような「マリアージュ」があったりします。

しかし、尾田さんの発言を裏返えして言うと、

  デザートとパンを無視したとすると、イタリア料理はフランス料理と肩を並べるか、ないしは勝っている

ということになります。これには納得する日本人が多いのではないでしょうか。そして「イタリア料理が勝っている」と(日本人が思うと)したら、その要因は、日本料理にも通じる「食材をシンプルに生かす」という側面だと思います。

ところが、こういう議論で言う「フランス料理」とは、一般的に日本人が日本の(高級)フレンチ・レストランの料理に抱いているフランス料理のイメージだと思うのですね。そしてディジョンのレストランから思ったことは、フランスの地方に行けば、また違うフランス料理があるということです(当たり前だけど)。われわれには「フランス = パリ。料理 = ミシュランの星付き」みたいな固定概念があるのではと思います。フランスの食文化はかなり多様であり、軽々しく「勝っている」とか「そうでない」と判断するのはまずいのではないか。

そこで思い出すのが、映画「大統領の料理人」(No.98)です。あの映画は、大統領(実話としてはミッテラン大統領)がフランスのペリゴール地方の農場でレストランをやっていたオルタンス(実話としてはダニエル・デルプシュという女性料理人)を大統領専属シェフとして抜擢する話でした。ここではフランス料理の多様性が暗示されています。フランスにもパリ料理、ペリゴール料理、ブルゴーニュ料理といった変化がある。これは当然といえば当然なのですが、日本にいる(ないしは旅行者としてパリに行く)日本人にとっては、気が付きにくい点だと思いました。

ディジョンに行って良く分かったのは、やはりフランスは美食の国ということです。これは、意外にもパリにだけ行くと分かりにくい。一人、2、3万円のフレンチのコースが美味しいのは当たり前であって、美味しくないとなると、それは「詐欺」ということになります。

またフランスに旅行する機会があったら、ほかの地方都市(内陸部だと、たとえばリヨン。フランス第2の都市なので「地方」というのは変ですが)にも是非行ってみたいと思います。


マイユ本店


ディジョンはマスタードで有名ですが、マスタードの有名メーカー「マイユ」の本店はディジョンにあります。ダルシー公園からブルゴーニュ公国宮殿に向かう通り(Rue de la Liberte:リベルテ通り)がディジョン一番の「繁華街」なのですが、マイユ本店はこの通りに面しているので、すぐに分かります(下の地図)。

Dijon - Maille.jpg

マイユのマスタードは日本のスーパーでも売っているので珍しくはないのですが、本店では多種のマスタードがあります。特に壷に入った生マスタードが日本では(たぶん)入手できないと思います。トリュフ入りの生マスタードもあります。地元の人は、空になった壷を店に持っていって中身を詰めてもらう、という買い方をするようです。

マイユ・生マスタード.jpg
マイユの壺入り生マスタード。左が「粒マスタード」で、右が「トリュフ入り」。

マイユはパリのマドレーヌ広場に店があるので、「重さ」を考えると、そちらで買うのが賢明かもしれません。


ファブリス・ジロット本店 (Fabrice Gillotte)


新宿伊勢丹などに入っているショコラティエ、ファブリス・ジロットの本店もディジョンにあります。この店は Rue de la Liberte には面していません。そこから南に入った Rue du Bourg という通りにあります(下の地図)。

Dijon - fabrice gillotte.jpg

ディジョン本店と日本の店(たとえば新宿伊勢丹)との商品の比較は今できないのですが、「本店で買った」ということでディジョン土産としては好適でしょう。

Fabrice Gillotte - Carres G Inattendus - Pistache croustillante.jpg Fabrice Gillotte - Tentations - Mendiants.jpg
Fabrice Gillotte
Carrés G -Inattendus
Pistache croustillante
Fabrice Gillotte
Tentations - Mendiants



ふくろうの順路4.jpg


カエサルと戦ったヴェルチンジェトリックス


ここからはディジョンと直接の関係はない余談です。

No.24 - 27 で書いた塩野七生氏の「ローマ人の物語」の関連で思い出したのですが、紀元前にフランスがローマ人からガリアと呼ばれていた時代、カエサルと戦ったヴェルチンジェトリックスの絵やアニメがディジョンの街角で目につきました。カエサルのローマ軍と、ヴェルチンジェトリックスが率いるガリア連合軍の決戦を「アレシアの戦い」と呼ぶのですが、この「アレシア」はディジョンの北西・数10kmのところ(シャブリの近く)にあります(もちろん行かなかった)。


紀元前五二年の夏から秋にかけて、カエサルと全ガリア連合軍の決戦の場とならなければ、ブルゴーニュ地方のただの小城市として歴史にも登場しなかったにちがいないアレシアは、ディジョンとオルレアンを結んだ線上の、ディジョンにぐっと近づいた丘陵地帯にある。

塩野七生「ローマ人の物語 4」

2000年以上前のヴェルチンジェトリックスは、現在でも「フランスの英雄」のようです。


5月1日のスズランの花


これもディジョンと直接の関係はないのですが、ディジョンを離れてパリに戻った日は5月1日でした。フランスでは5月1日は祭日であり(日本で言うメー・デー)、ディジョンの街の店も、多くは閉じていました。

そしてフランスでは「5月1日に、愛する人にスズランの花を贈る」という習慣があります。ディジョンの街角にも朝から「スズランの花売り」が立っています。子供の花売りもいます。パリに戻っても、よく見ると胸にスズランの花を差している人がいる。

ディジョン・スズランを売る少女.jpg
5月1日の朝、ディジョンのダルシー公園の前でスズランを売る少女

このスズランの花の習慣は、ゴールデン・ウィークにフランスに旅行して初めて知りました。


23kgの厳しさ


今回のフランス旅行で買ったお土産の中には、重いものがいろいろありました。ワイン、オリーブオイル、壷入りの生マスタードなどです。ブルゴーニュ・ワインは一本で1.5kgほどあります。これで思い知ったのは、

  国際線・エコノミーの手荷物、1人1個、23kgまでという、最近の厳格ルールがきつい

ことです(航空会社は全日空だったが、一般的な国際ルール。もちろんこれ以外にサイズ規制がある)。我々夫婦の荷物も、25kgと22kgになってしまい、25kgの方の受け取りをシャルル・ド・ゴール空港で拒否されてしまいました(追加料金が必要)。仕方がないので、空港で重さが均等になるように詰め替え、機内持ち込みのバッグも膨らませて、ようやく追加料金なしでパスしました。最近は「2人合わせて制限内ならよい」みたいなことはないようです。

こうなると、ラゲージ・ケースは出来るだけ軽いものに限ります。また、これからの海外旅行には「はかり」が必須になる予感もしました。そう思って機内誌を見ていたら「携帯用の秤」が載っていました。今後「重量計付きのラゲージ・ケース」が売り出されるかもしれません。




nice!(0)  トラックバック(0) 

No.116 - ブルゴーニュ訪問記 [文化]

No.12-13「バベットの晩餐会」で書いたように、あの映画のクライマックスの晩餐会ではワインが重要な役割を占めていました。そのメインのワインは「クロ・ヴージョ 1845」です。映画の設定からすると、40年ものの赤ワインということになります。映画の舞台はデンマークの寒村で、主人公のバベットは元・パリの高級レストランの料理長です。映画では、調理場でバベットが万感の思いを込めてクロ・ヴージョを味わう場面がありました。

そのクロ・ヴージョ(クロ・ド・ヴージョ)などの著名なワインの産地であるブルゴーニュを訪問してきたので、その感想を以下に書きます。

別に映画の影響というわけではないのですが、甲府・勝沼近辺のワイナリーには何回か行ったし、ナパ・ヴァレーのワイナリー巡りにも2回行ったことがあるので、次はヨーロッパにも是非行きたいと、かねてより思っていました。ボルドーではなくブルゴーニュに行ったのは、やはり映画の影響かもしれません。何回か書いたと思うのですが、映画が人に与える(暗黙の)影響は意外に強いものなのです。


ディジョンからの出発


4月末にディジョンに連泊し、一日を「ブルゴーニュ・日帰り旅行」にあてました。ガイドをしてくださったのは、尾田有美ゆみさんです。彼女は京都市出身で、日本でソムリエ(ソムリエール)の資格をとり、フランス人と結婚し、ディジョンに住んでいるという、ブルゴーニュのドメーヌのガイドとしてはまさにうってつけの方です。朝、滞在したホテルまで彼女の車で迎えに来てもらい、9時頃出発しました。だいたいのスケジュールは以下のとおりです。

グラン・クリュ街道を南下し、ジュヴレ・シャンベルタン、モレ・サン・ドニ、シャンボル・ミュジニー、ヴージョなどのワイン畑を通る。

クロ・ヴージョ城に立ち寄る。

ロマネ・コンティの畑で車をとめ、写真を撮る。

アロース・コルトン村の「シャトー(ドメーヌ)・コルトン・アンドレ」を訪問。主に白ワインを試飲(購入)。このドメーヌには立派なシャトーがあります。

昼過ぎにボーヌに到着。ランチを食べる。

ボーヌの「オスピス・ド・ボーヌ」(オテル・デュー)を見学(約1時間)。

15:00ごろ、ボーヌからディジョン向けて出発。

ディジョンに近い、ジュヴレ・シャンベルタン村の「ドメーヌ・ルネ・クレール」を訪問。赤ワインを試飲(購入)。

17:30ごろディジョンのホテル到着。

つまりディジョンからボーヌまでの約40kmを往復するという小旅行でした。ブルゴーニュに関する日本語の情報はインターネットのさまざまなサイトやブログに公開されているので、私が付け加えることはあまりないのですが、ガイドの尾田さんに教わった中で特に印象に残っているものを以下に書きます。


ブルゴーニュのブドウ畑


ブルゴーニュの地形は、南北約70kmに渡って低い山並みが走っています。その東側が傾斜地になっていて、ここがブドウ畑になっています。つまり東に向いた、なだらかな斜面がブルゴーニュのブドウ畑です。

ブルゴーニュ1.jpg
ブルゴーニュ2.jpg
ブルゴーニュのブドウ畑(4月末)。東西方向にブドウの木の畝が伸びる(上の写真)。後ろに見えるのはシャンベルタン・クロ・ド・ベーズの小屋。

 断層 

ブドウ畑は延々と続いていて、全く同じような風景に見えます。しかもブルゴーニュは単一のブドウ種(赤:ピノ・ノワール、白:シャルドネ)で、ブレンドはしません。では、どうやってワインの味や香りのヴァリエーションや多様性が作り出されているのかというと、もちろん栽培技術の違い(各ドメーヌの個性)や、年による気候の変動、熟成によるワインの変化もあるでしょうが、やはり根本は「土壌が変化に富んでいる」ことだと想像できます。その「土壌の変化」は、観光客にとって見た目ではわかりません。

しかし、なるほどと思う解説を尾田さんがしていました。あちこちに「断層」や「断層の名残り」があるのです。こういった断層は、言われてみて初めて気づきます。尾田さんによると、断層を境にしてワインの味が変わるとのことです。ということは、この地方は長い年月をかけて地殻が変動し、地層が入り交じる状態ができたと推測できます。ワインが好む石灰岩質の土壌を基本としながらも、地層が複雑に入り交じってモザイク的になっている。それが特級畑や一級畑の複雑な配置につながっている、そう想像できました。

 栽培方法 

よくよく見ると、ブドウの栽培方法にも違いがあります。ブルゴーニュでは、数10cmの高さのブドウの木の幹から出る枝を、1本だけ残して他を剪定してしまい、その1本の枝を横に張ったワイヤーに絡ませ、その枝にブドウの房を結実させるというものです(甲府やナパとはだいぶ違う)。しかし畑の中には、幹から2本の枝を両側に出すという仕立てもありました(これも言われてみないと気がつかない)。ということは「ブドウの葉や果実の付きかたが違ってくる」ことになります。

さらに、ブドウの木の畝の方向(=ワイヤーを張る方向)にも違いがあります。多くの畑は東西方向、つまり傾斜の方向に(=等高線とは垂直方向に)ワイヤーが張られています。しかし中には、南北方向に(=等高線に沿って)ワイヤーを張ってある畑がある。フドウの枝はワイヤーに沿って伸びるのだから、当然「光の当たり方が違ってくる」ことになります。こういう栽培方法の相違も、ドメーヌの個性というか、工夫やこだわりを感じました。

ブルゴーニュ3.jpg
ブルゴーニュ6.jpg
この畑は、ブドウの幹から枝を2本出す仕立てがしてある。またワイヤーは南北の方向に張ってある。

 ロマネ・コンティ 

ヴォーヌ・ロマネ村とヴージョ村.jpg
特級畑の集中地区であるヴォーヌ・ロマネ村とヴージョ村。右方向が北(ディジョンの方向)である。この図には南北(左右)約3.5kmの範囲が描かれていて、赤が特級畑、少し薄い赤が一級畑である。これを見ると、「ロマネ・コンティ」や「ラ・ターシュ」は小さな畑であることがよく分かる。尾田さんによるとロマネ・コンティは2人が所有しているが、このように1つの畑の所有者が複数であることが多い。地図でヴージョ村の特級畑の中に Chateau と書かれている所が「ヴージョ城」だが、この城の中には「クロ・ド・ヴージョ」が約80人のオーナに分かれて所有されている図が展示されていた。 ───── Hugh Johnson "The World Altas of Wine. 4th Editon"(1994) より引用。

全く同じような風景というのは、ロマネ・コンティの畑も同じです。ここに行かないことにはブルゴーニュに行ったことにはならない(?)というポイントですが、ロマネ・コンティと言っても隣の畑と見た目は全く同じです(あたりまえでしょうが)。この畑で作られたワインだけがブルゴーニュの中でも飛び抜けた超高値で取引されるのは、なんとなく理不尽に感じるのですが、それも土壌のなせる奇跡なのでしょう。

ここでは、有名な十字架と、ロマネ・コンティというプレートと、この畑だけに見かけた「畑に入らないでください」という注意書きが印象的でした。尾田さんによると「ハイヒールで畑に入って写真をとった女性」や「自転車を畑の中に乗り入れた男性」がいたようです。いずれも日本人ではなかったようで、ちょっと安心しました。

フルゴーニュでは「フドウ畑用トラクター」で農作業(薬剤を撒くとか、葉を剪定するとか)をするのが一般的です。これはブドウの木をまたぐように作られた特殊トラクターで、今回の小旅行でも何回か見かけました。しかしロマネ・コンティの畑はトラクターではなく、農耕馬で作業をするそうです。そういうこだわりもあるようでした。

尾田さんの説明で印象に残っているのは、この畑の由来です。彼女いわく「コンティ」という名前は、ルイ15世の時代の「コンティ伯爵」が所有していたことからきている。このコンティ伯爵と畑の所有を争ったのが、ルイ15世の愛人のポンパドール夫人だった。従ってこの畑は「ロマネ・コンティ、略してロマコン」ではなく「ロマネ・ポンパドール、略してロマポン」になる可能性があった。だけど「ロマポン」では、いかにも語呂が悪い、うんぬん・・・・・・・。こういった「歴史トリビア」は、意外に記憶に残るものです。

ブルゴーニュ4.jpg
ブルゴーニュ5.jpg

フランス語と英語で書かれている「注意書き」の、英語の部分は以下の通り。

Many people come to visit this site. And we understand. We ask you nevertheless to remain on the road and request that under no condition you enter the vineyard. Thank you for your comprehension.

この畑では数々の「事件」があったと想像される。


ドメーヌ・ルネ・ルクレール


この日帰り旅行の最後ですが、ジュヴレ・シャンベルタン村の「ドメーヌ・ルネ・ルクレール」に立ち寄りました。地下で熟成中のワインも見学し、また当主のフランソワさんが自ら赤ワインの試飲をさせてくれました。最後に別れる時には、フランソワさんと我々夫婦のスリーショットも撮らせてもらいました。日本からの旅行者にわざわざ対応していただいて恐縮です。

ヴィンテージが異なる赤ワインの「飲み比べ」がおもしろかった。確か、2011年・2010年・2008年だったと記憶しています。2011年、2010年は似た味ですが、2008年はちょっと違う。熟成が進んで、酸味が少し弱まり、深みが出ています。個人的にはどちらかと言うと2011/2010年の方が好みだと思ったのですが、尾田さんはどうも2008年に惹かれるようでした。

思ったのですが、日本でデイリー・ワインとして入手できるピノ・ノワールは少ないし、そういう「普及品」は比較的若いワインなのですね(当然です)。どうも、そういうピノの味や香りに慣れてしまっているようです。尾田さんはソムリエールの資格をもつプロなので、見方がちょっと違うようです。



ドメーヌ・ルネ・ルクレールでも思ったのですが、ブルゴーニュのワイン造りは「伝統農業」という感じですね。ひとつひとつのドメーヌはこじんまりしているし、ブドウ畑ではいかにも「農夫」という感じの方々に出会いました(お金持ちなのだろうけど)。

そういうブルゴーニュのワイン造りも、グローバル化の影響を受けているようです。特に「経済成長著しい某国のバイヤーの高級ワイン買い占め」です。尾田さんは、驚くような事例をいろいろと語っていました。あまりに価格が高騰すると、それは「ワインという酒」ではなく「投機商品」になって、全く飲めなくなってしまいます。それはブルゴーニュのワイン造りを衰退させる方向に働くでしょう。

しかしブルゴーニュのワインは、著名特級畑だけでなく非常に多様です。それこそがブルゴーニュのワイン作りを永続させるキーなのだと感じました。

ジュヴレ・シャンベルタン.jpg

ドメーヌ・ルネ・ルクレール.jpg
ドメーヌ・ルネ・ルクレール
地図は、マット・クレイマー著「ブルゴーニュワインがわかる」(白水社。2000)より引用。赤がルネ・ルクレールの場所で、ディジョンとボーヌを結ぶ道路(現在はD974)に面している。写真は Google Street View。


ウォッシュ・チーズ


ここからは、ブドウ畑やワイン以外の話です。「グラン・クリュ街道」に入る前に、尾田さんにチーズ工場を案内してもらいました。ウォッシュ・タイプのチーズを作っている「ゴーグリー社」です(Fromagerie Gaugry)。ディジョンからボーヌに向かう国道(県道?)沿いにあり、ジュヴレ・シャンベルタン村より少しディジョン寄りにあります。ゴーグリー社ではガラス越しにチーズの製造過程を見学できました。

ゴーグリー(外観).jpg
ゴーグリー社(Google Street View)

ゴーグリー.jpg
ウォッシュ・チーズを作る最後の工程。マール酒を手作業で刷り込む。
なぜ「ウォッシュ」なのかというと、それは製造したチーズをマールで「洗って」から発酵させるからなのですね。マールとはワインの絞り滓を蒸留した酒です(イタリアのグラッパに相当)。ガラス越しに見ていると、最終工程で作業員の方が手でチーズにマールを刷り込むようにしていました。なるほどウォッシュか、と思いました。

併設されている売店でチーズを販売していました。商品名は「ラミ・デュ・シャンベルタン」(=シャンベルタンの友)です。これは買うべきだと思って、自家用とお土産(バラマキ)用に買いましたが、妻は「妊娠してますか」と聞かれましたね。

ラミ・デュ・シャンベルタン.jpg
ラミ・デュ・シャンベルタン (妊婦が食べてはいけない方)
「妊婦が食べていいチーズ」と「妊婦が食べてはいけないチーズ」があるようで、これはフランスでは常識のようです。原乳を低温殺菌するかしないかの違いのようです。とりあえず両方買いました。

帰国後、赤ワインを飲みつつ食べましたが、まさにハマッてしまうというか、ヤミツキになる味です。特に、妊婦が食べてはいけない方がおいしい。急遽予定を変更して「バラマキ」は2つだけにとどめ、あとは全部食べてしまいました。妻の知り合いで、ご主人がフランス人の女性(フランス在住経験あり)にあげたところ、夫婦で取り合いになったそうです。


オスピス・ド・ボーヌ


ボーヌの「オスピス・ド・ボーヌ」にも、尾田さんに案内してもらいました。別名、オテル・デュー(=神の家)です。ここはもともと15世紀に、ブルゴーニュ公国のフィリップ善良王の宰相であったニコラ・ロラン(ルーブルに聖母マリアとロランを描いた、ファン・エイク作の有名な絵「ロランの聖母」がある)が建てた施設で、貧者のための施療院であり、終末医療の施設であり、(当時の医学知識による)病院です。現代ではもちろん病院ではなく観光名所になっていて、ボーヌのワイン・オークションが開催されます。またこの施設は過去に寄進されたブドウ畑を所有していて、「オスピス・ド・ボーヌ」というワインでも有名です。

オスピス・ド・ボーヌ1.jpg オスピス・ド・ボーヌ2.jpg
ホスピス・ド・ボーヌの外観は地味だが、中庭から見るときらびやかな彩色瓦が美しい(左の写真)。右の写真は「病室」にあるベッド。

ちょっとびっくりするような「大施設」です。立派なベッドがズラッと並んでいます。尾田さんの指摘で気づくのですが、ベッドがずいぶんと小さい。これは「昔の人は背丈が小さかったから」ということでした。なるほど・・・・・・。ヨーロッパの博物館で甲冑(全身を包むタイプ)が展示されていることがありますが、アレッと思うぐらい小さいものが多いですね。それと同じことかと思いました。背丈というのは人種の差もあるのかもしれないが「栄養状態に影響される」のです。

「オスピス・ド・ボーヌ」の見どころの一つは、1つの祭壇画が保管されていることです(特別室に展示)。ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1400-1464)の「最後の審判」です。ウェイデンは、ヤン・ファン・エイクと同時代のフランドルの画家で、プラド美術館に『十字架降架』という傑作があります。このオスピス・ド・ボーヌの絵は、ベルギーのゲント(ヘント)にある「ゲントの祭壇画=神秘の子羊」(ファン・エイクなど作)を連想させます。非常に精緻に細部まで描きこまれているところなど、そっくりです。ファン・エイクと同時代ということは、油絵の技法が確立した時期です。「最後の審判」の描き方は、画家の宗教心の発露もあるのでしょうが、細密描写が可能な油絵の技法を我がものにできた結果、画家としての喜びにあふれて徹底的に描き込んだという感じがしました。西欧古典美術が好きな人は必見の絵だと思います。

最後の審判.jpg
ファン・デル・ウェイデン(1400-1464)
最後の審判」(1445-50頃)
(215cm × 560cm)

改めて思い起こすと「オスピス・ド・ボーヌ」は(現代で言う)病院です。「病院が観光名所になっている」というのは、世界的にみても珍しいのではないでしょうか。バルセロナにあるサン・パウ病院(世界遺産)と、ここぐらいしか思いあたりません。そのサン・パウ病院は20世紀になってから建てられた「近代建築」ですが、オスピス・ド・ボーヌの発祥は15世紀という古いものです。フィレンツェの観光名所の一つにかつての孤児院(現在は美術館)がありますが、500年もの歴史がある病院というのは思い当たりません。そういう意味でも貴重な経験でした。


ガイドの尾田有美ゆみさん


以上に書いたブルゴーニュ、ボーヌ、フドウ畑、ワインに関する「知識」は、ほとんどガイドの尾田さんの「受け売り」です。受け売りついでに、もう一つワインに関する「知識」を書くと、素人しろうとの「夏が暑いほど良いワインになる」という単純な発想から「2003年にパリで熱中症の死者まで出た年は良いワインが多いでしょう」と質問すると「暑すぎるのもよくない。糖分が凝縮し過ぎるから」という答でした。過ぎたるは及ばさるがごとし、という当たり前のことのようです。

最後に彼女にもらった名刺を掲げておきます。


フランス、ブルゴーニュ地方の
ワイン、アンティーク、旅のコーディネーター

ドメーヌ訪問手配、ガイド

ジャン・リュック アレクサン
尾田 有美

17 rue Jacques Cellerier 21000 Dijon - FRANCE
Tel: +33(0)3 80 41 01 89
Email:ananas427@aol.com
HP: http://objetsympas.com/


続く


nice!(0)  トラックバック(0) 

No.108 - UMAMIのちから [文化]

No.106「食品偽装と格付けチェック」の続きです。2013年の一連の「食品偽装事件」、および「芸能人 格付けチェック」で出題される料理・食材の問題(No.31)で分かることの一つは、

「食」のプロではない一般人にとって、料理・食材・お酒の味を判別するのは簡単なことではない。「おいしい」か「まずい」かは分かるが「どういったおいしさか」はを識別するのは難しい

ということだと思います。もちろんプロは違います。プロの料理人や食品製造・流通業の人、ソムリエなどの顧客サービスの専門家は、味の相違や共通性が大変敏感に分かるようです。しかし素人しろうとにとっては、判別はそう簡単ではない。

この最も極端な例が、テレビの「グルメ番組」に登場する「レポーター」です。


「グルメ・リポーター」の悲惨


テレビで「料理」を取材した番組がいろいろあります。それは、大都市のレストラン・飲食店だったり、老舗の日本料理店であったり、また地方の郷土料理店もあり、もちろん外国、特にフランスやイタリアなどもよく紹介されます。そういった番組の「レポーター」として、料理のプロではないタレント、芸能人、女優などが起用されることが多い。こういった人たちを「グルメ・レポーター」ないしは略して「レポーター」と呼ぶことにします。このような番組で強い違和感を覚えるのは

  料理を食べてみて、ほとんど「おいしい」としか言わない、ないしは「おいしい」と同義の言葉しか発しない「グルメ・レポーター」がいる、むしろそういった人の方が多い

ことです。

テレビが取材するような料理は「おいしい」に決まっています。高価かそうでないかに関わらず、おいしい料理を紹介するのが番組の目的だからです。レポーターが食べて「おいしい」としか言わないということは、視聴者に対して何の情報も伝えていないことになります。わざわざ「グルメ・レポーター」に選ばれたのだから、少しでも自分の言葉で味や食感を表現できないのかと思いますが、結局こういう人たちは「グルメ」でも何でもないのですね。

ギャラをもらってテレビに出演して、何の情報も伝えずに「おいしい」を繰り返す「グルメ・レポーター」は、出来もしないことをテレビ局に無理矢理やらされている感じもして、見ていて「可哀想」という気さえしてきます。彼らがもらっているギャラは「グルメではないことを露呈して恥をかくことの代償」とも思えるのです。


料理・食材・お酒の味を表現する言葉は貧弱


「おいしい」としか言わない「グルメ・レポーター」は論外として、ちゃんと感想を言う人はもちろんいます。しかしそういう発言を聞いていて思うのは、

  味や味覚を表現する言葉が、意外に少なく、限られたものである

ことです。そして、これは何もレポーターだけの責任ではないと思うのです。つまり背景として、

  味や香りを表現する言葉・語彙が、一般的には非常に少なくて、貧弱である。それは視覚情報(色や形)を表現する言葉の比べてみても、非常に少ない

ことがあると考えています。以下そのことについて考えてみたいと思います。


味を表現する言葉


料理のおいしさは味、香り、食感、温度、さらには「見た目」や「場の雰囲気」などの総合判断ですが、味が重要なファクターであることは間違いないので、それを表現する言葉を考えてみたいと思います。

味を要素に分解すると、

  甘味苦味酸味塩味うま味

の5つの「基本味」から成ることが学問的に知られています。形容詞では「甘い」「苦い・渋い」「酸っぱい」「塩辛い・しょっぱい」「うまい」などです。また、これらの味の強さや程度を、濃厚、濃い、しっかり、まろやか、あっさり、さっぱり、薄い、などと表現しています。

しかし5つの基本味も、その内容は一様ではありません。5つの味のバリエーションの広さからすると、味覚を表現する言葉・形容詞はずいぶん少ないという感じがするのです。

その言葉の少なさですが、たとえば「からい」という言葉です。これは「塩味」を表現するとともに、日本語では唐辛子(トウガラシ)、辛子(カラシ)、ワサビ、おろしダイコンなど「刺激味」も表現します。そのため、塩味の方は「塩からい」「しょっぱい」などと言ったりする。塩の味(塩化ナトリウム)と「刺激味」はかなり異質です。またトウガラシ、カラシ、ワザビ、おろしダイコンの中では、トウガラシだけが異質です。ワサビなどは鼻で感じる香りが強いのですが(いわゆるツーンとした辛さ)、トウガラシはそうではありません。しかし4つとも「からい」という表現をするわけです。

さらに日本では、日本酒・ワインなどで「からい」「辛口」などと言います。この場合の「からい」は「甘くない」「糖分が少ない」という意味です。ちなみに英語では、塩味は salty 、刺激味は hot 、それが香辛料なら spicy 、辛口の酒は dry です。

以上のように「からい」という言葉は、かなり曖昧で多様なのですが、言葉は曖昧性があっても別によいわけです。日常生活ではシチュエーションで分かるし、言葉を発するニュアンスでも判断できる。しかし文章で書いたり、テレビ番組で珍しい料理の味を伝えたりと、曖昧にしたくない場合もあるわけで、そうすると、どういう言葉で表現するか、ないしは別の言葉をどう補うか、さらにはよく知られた食材に例えるとどうなるか、が問題になります。

塩味以外はどうなのかを、甘味、酸味、苦味について考えてみると以下のようです。

 甘味 

甘味・甘いは、一般的には糖分の甘さを言います。砂糖・ハチミツ・果物・みりん・甘酒などです。しかし他にも「甘い」と表現するものがあります。

よくテレビ番組で、畑でとった野菜を、その場で生でかじって食べる光景が紹介されたりします。このときレポーターが「甘い!」と言うことがよくある。また、我々が野菜スティックの生野菜を食べたとき「甘い」と感じることがあります。さらに、タマネギをみじん切りにしてよく炒めると、辛み成分が飛んで「甘み」がでてきます。こういった「野菜に特有の微妙な甘み」は、砂糖の甘みとは何となく違う感じがします。またお米も「甘い」と表現することがよくあります。

全く別系統の甘味もあります。ホタテや甘エビの「甘さ」、もっと広くはエビ・カニ類の甘さです。さらには、玉露の「甘さ」です。これらは含まれるアミノ酸の甘さですね。アミノ酸がすべて甘いわけではありませんが(苦いものもある)、甘エビやホタテのグリシンや、玉露(茶)のテアニンを人間は甘いと感じます。この甘さは砂糖とは違う感じがする。

砂糖系の甘味
野菜やお米の微妙な甘味
アミノ酸系の甘味

の3つは、同じ甘味でも味わいが違う感じがするのですが、言い分ける言葉とか定型的な表現手段がありません。②を「ほのかな甘味」と言ったとすると、それは③も含みそうです。

 苦味 

甘味と違って、苦味には言いわけがあります。日本語では苦味(苦い)と、類似の味覚である渋味(渋い)を言い分けるからです(英語では両方とも bitter)。渋味は「5つの基本味」に入っていないことで分かるように苦味と似た味ですが、日本語では濃い日本茶や渋柿、葡萄の皮、赤ワインを「渋い」といって言い分けています。我々は日本語に慣れてしまって、その違いを説明せよと言われたら戸惑うのですが、

苦いは局所的な味感覚
渋いは全体的な皮膚感覚

という感じでしょうか。

しかし、日本語で「苦い」と表現する食材の「苦さ」も一様ではありません。魚を、焼き魚や干し魚、天麩羅にして内臓まで食べるとき(サンマ、鮎、ワカサギ、丸干しなど)、その内臓には「苦味」があります。また天麩羅で言うと、タラの芽やフキノトウにも苦味があります。ニガウリ(ゴーヤ)も、その名の通り苦味があるし、ホウレンソウや菜の花、ピーマンにも苦味がある。

これらは何となく違うような感じがします。食材で分類すると、

内臓(魚)
木の若芽(タラの芽)
葉や茎(フキノトウ、ホウレンソウ、菜の花)
実(ニガウリ、ピーマン)

となると思いますが、それでは4種類の苦味があるのかと言うと、そうでもない。内臓は明らかに他とは違う感じがしますが、タラの芽とフキノトウは似ていると思うし、ニガウリとピーマンは違うような気がする。

普通我々は、これらのものを「苦い」「苦味がある」という一言でまとめてしまっています。それらを言い分ける表現とか形容語句をあげようとしても、意外に難しいわけです。苦味の違いを表す「標準物質」も決まっているわけではない。従って言葉で違いを表現しようとすると、その都度考えを巡らさないといけなくなります。

 酸味 

「酸っぱい」と表現される酸味は、食物の中の酸性物質の味です。代表的なものとして、

米酢、バルサミコ酢など
果実 レモン、みかん、ゆず等の柑橘類、梅干し、リンゴ、葡萄、トマト、苺、キウィなど
発酵食品 ヨーグルト、発酵した漬物など

の3つをあげると、の酢は、②③とは明らかに違います。「酸っぱい香り」が強いからです。②③は香りというより「酸っぱい味」が主体ですが、よりの方が、よりまろやかな酸味のような気がします。しかし普通は3つのすべてを「酸っぱい」で済ましています。



「香り」はおいしさにとって重要ですが、香りの言葉による表現となると味よりもっと曖昧です。基本味のような分類基準(基本香?)がないからです。

しかしプロのソムリエは、ワインの香りの微妙な違いを言葉で言い分けますね。特に果物に例えた表現をします。白ワインならライム、レモン、グレープフルーツ、梨、桃、パイナップルなど、赤ワインならラズベリー、ブルーベリー、苺、スグリなどに例えて表現される。さらに熟成が大切な赤ワインでは、土、枯れ葉、なめし革、干し肉、各種スパイスまで持ち出して表現される。

これらの表現はソムリエの個性というよりは、伝統的に決まっているものが多いようです。ソムリエは「フランス文化」だと思いますが、伝統的な「香りの表現用語」が受け継がれていて、それがあることによりソムリエは微妙な香りの判別が可能になっているのだと思います。ワインの味もしかりで、渋味についても、喉ごしがいい、口当たりがいい、骨格がある、荒々しい、などは、渋味の程度や内容を表現しています。


食感(触感)


味や香りを表現したり言い分ける一般的な言葉が少ないのに比較して、食感(触感)を表現する言葉は多様だと言えます。つまり「食材や料理の、口・舌・喉に感じる物理的な感覚の表現」です。「口あたり・舌触り・喉ごし」と言ってもよい。日本語は擬態語が発達しているので、食感を表す言葉も多いのだと思います。思いつくままにあげてみると・・・・・・

  「柔らかい」 「ソフト」 「ふわっ」 「ふわふわ」 「ふんわり」 「ふっくら」 「コシがある」 「しこしこ」 「ぷりぷり」 「こりこり」 「アルデンテ」 「歯ごたえがある」 「堅い」

  「ジューシー」 「みずみずしい」 「とろける」 「クリーミー」 「どろっ」 「どろどろ」 「とろっ」 「とろとろ」 「とろん」 「しっとり」 「ねっとり」 「ねばねば」 「もっちり」 「もちもち」 「なめらか」 「ぬるっ」 「ぬらぬら」 「ぬめぬめ」 「べちゃべちゃ」 「つるっ」 「つるつる」

  「さくっ」 「さくさく」 「さらり」 「かりっ」 「かりかり」 「かさかさ」 「ぱりっ」 「ぱりぱり」 「しゃきしゃき」 「しゃりしゃり」 「ぱさぱさ」 「ほくほく」 「ぽろぽろ」 「ぼそぼそ」

などです。

これらの中には、その表現を使う代表的な状況が決まっているものがあります。たとえば「ほくほく」と「しゃきしゃき」は、

ほくほく 熱を加えることで柔らかくなった食材が口のなかで崩れる感じ。特に、ジャガイモ、サツマイモ、クリ、よく煮込んだダイコン、電子レンジで加熱したニンニクなど。

しゃきしゃき ネギ、セロリ、みょうが、もやし、レタス、短冊に切ったキャベツなど、少々歯ごたえのある新鮮な生野菜の歯切れのよい口当たり

であり、この二つとも言葉を使う典型的なシチュエーションが暗黙に決まっています。従って、たとえばある珍しい海草を食べて「しゃきしゃき」と表現したとすると、上のような野菜に似た歯ざわりだと分かります。

以上のように食感を表す語彙は多様なので、ある料理を食べて、

  サクサクの・・・の中に、ねっとりとしているがジューシーな・・・が詰まっている

などと、比較的スラスラと言えるわけです。


言葉で味を認識する


我々は言葉によって外界を認識しています。No.49「蝶と蛾は別の昆虫か」で書いたように、フランス語とドイツ語には蝶と蛾を区別する(一般的な)言葉がありません。No.49 で蝶と蛾が好きなドイツ人作家の文章を紹介しましたが「蝶は好きだけど蛾は嫌い」という(仏語・独語の)文章は成り立ちません。なぜなら、それを日本語に直訳すると「鱗羽類は好きけど鱗羽類は嫌い」とい文章なってしまって、言語表現としての意味を成さなくなるからです。普通の人間は、言語化したら無意味となる行動はできないのです。

また、No.50「絶対方位言語と里山」では「里山」という言葉をある人が作ったことをきっかけに「里山が大切だ」という認識が広まり、社会的な運動まで引き起こしたということを書きました。もちろん物理的実体としての「里山」と、それに人間が関わってきた歴史は大昔からあるのですが、それを言葉が切りとって概念化したわけです。

言語化できないものは認識できない・・・・・・、というのが大袈裟なら、言語化することでより概念が明確になり、より詳細な認識が可能になる、と言ってもよいでしょう。「おいしさ」を表現する言葉も、以上の一般原則にのっとっているようです。さきほどあげた「甘味」「苦味」「酸味」について、我々はそれぞれが一種類ではないと暗黙に感じているはずなのですが、言語表現がないために(決まっていないために)詳細に言い分けられず、しががって一種類になってしまうのではないかと思われます。それに対し「食感」の場合は逆の状況があるというわけです。そして全くの対極にあるのが、ソムリエが駆使する味と香りに関する多彩な言葉です。


うま味


言葉と味の関係については、第5の基本味である「うま味」のケースが非常に示唆的だと思います。

1908年、東京帝国大学の池田菊苗きくなえ博士は、昆布だしの成分がグルタミン酸ナトリウムであることを突き止め、この味を「うま味」と名付けました。そして1909年、世界初のうま味調味料「味の素」が発売されました。日本人には広く知られているストーリーです。

  ちなみに、池田博士は京都生まれですね。江戸時代から京都は北前船で北海道と直結していて、昆布文化ができあがっています。それが「だし」を通して京料理の基礎になっている。池田博士の研究の背景かもしれません。

その後の発見も含めて詳しく言うと、うま味の成分はグルタミン酸、イノシン酸(1913。小玉新太郎が発見)、グアニル酸(1957。国仲明)の3つです。

グルタミン酸は、昆布に大量に含まれるうま味成分で、野菜、海草にもあります。また、大豆タンパクを分解するとできるので、醤油・味噌には大量のグルタミン酸が含まれています。

イノシン酸は、かつお節、煮干しのうま味成分で、肉や魚に含まれます。またグアニル酸は干ししいたけのうま味成分で、主としてきのこ類に含まれます。肉類にも量は少ないがあります。

現代では、舌に「うま味」を感じる細胞と機構があることが生理学で実証されています。それまでは世界の学者の間では基本味は4つだったのですが、第5の基本味として認知されたわけです。「うま味」は「UMAMI」として世界の生理学者の共通語になり、また外国の辞書にも採用され、一般にも広まってきました。

もちろん諸外国の料理も、昔からうま味を使ってきました。フランス料理のフォンは肉・魚などに香味野菜を入れて作る、いわば「だし」です。ブイヨンは肉や骨に野菜を入れて長時間煮込んで作ります。これらの中には大量のうま味物質があります。従ってフォンを使ってソースを作るということは、うま味を活用していることになります。

イタリア料理で多く使われるトマトは、グルタミン酸が大量に含まれていることで有名です。従って、パスタ料理と日本のうどんを比較すると、

  アルデンテにゆでたスパゲッティにトマトソースをからめてアンチョビを加える

というイタリア料理は

  昆布とカツオブシでとった「だし」に塩で味付けし、コシがあるようにゆでたウドンを入れる

という料理と似ています。つまり、

  グルタミン酸とイノシン酸のUMAMIをベースに、そのUMAMIを塩味で強調し、ちょうど良い「ゆで加減」で小麦のおいしさを味わう、という料理の基本コンセプトにおいては、非常に似通っている

と言えるのですね。もちろん、トマトソースには酸味があったりするので、料理としてのおいしさは別種のものです。

うま味は昔から世界の料理で活用されています。しかし重要なことは「UMAMI」という言葉でそれを表現されてみて初めて「なるほどそうか」となることです。言葉によって認識が可能になるわけです。

だし - 利尻昆布.jpg

だし - どんこ.jpg
だし - かつおの枯れ節.jpg

だし - うるめいわしの煮干し.jpg
(「だしソムリエ協会」のホームページより引用)

うま味は世界中の料理で活用されているのですが、しかし日本料理の特徴は、

  うま味という基本味を、純粋な形で取り出して調理に使う

ということです。日本料理において(ほぼ)純粋な形で取り出して調理に使用する基本味は

・甘味 砂糖
・塩味
・酸味
・うま味 だし

の4つです。一方、フランス料理やイタリア料理は「うま味」だけを調味料として使うことをしませんね。このあたりに西洋料理と比較した「和食」の特色があるわけです。

  ちなみに「うま味」が重要な調味料はあります。たとえばイタリア料理のコラトゥーラなどですが、これは魚醤なので、醤油と同じような「うま味+塩味」が主体の調味料です。純粋な「うま味調味料」というのはないのではと思います。

また西洋料理では、甘味=砂糖も調味料としてはあまり使いません。甘味を使うのはデザートです。従って、料理に限ると「基本味だけの調味料」として使うのは塩味と酸味だけということになります。このあたりは文化的伝統の違いが現れていると思います。


UMAMIのちから


2013年に「和食」はユネスコの無形文化遺産に登録されました。これを契機に、和食を今よりもっと広く世界に広めようとしたら、どういう「作戦」がいいのでしょうか。

もし私が農林水産省の官僚で(外務省などと連携しつつ)和食を世界に広めるというミッションをもっているとしたら、言葉をキーにすると思いますね。UMAMIという言葉を世界の人々に徹底的に認知してもらうことに注力すると思います。

たとえば、パリとローマとニューヨークで、レストラン関係者や政財界人、食品関連業者を招いて、和食を紹介するパーティを開催するとします。もちろん、SUSHI, TEMPURA, SASHIMI などの、すでに世界に浸透している料理以外の和食です。そういった企画するとしたら、パーティの名称は

  第5の味、UMAMIへの招待

という風にするでしょうね。UMAMIという言葉を前面に押し出すわけです。アッピールするのは次の2点です。

(第1点)基本味である UMAMI が和食の根幹にある

和食においては、こんぶ、カツオブシ、きのこなどから「うまみ」を取り出し「だし」として料理に使う。
うまみ成分は3種のアミノ酸であり、日本人が発見して UMAMI と名付けた。UMAMI が第5の基本味であることは、生理学的に実証されている。
もちろん、日本以外の料理、たとえばブイヨンやトマトソースにも UMAMI は含まれている。UMAMI は各国の料理で活用されている。

(第2点)和食においては、食材本来の味を引き立たせるために UMAMI が使われる

和食の「だし」は UMAMI をほぼ純粋な形で取り出したものであり、メインの食材の味を引き立たせる役割で使われる。
和食の基本コンセプトは「食材が本来もっている味や香りを引き出し、引き立たせる」ことであり、それに UMAMI の使い方が重要な貢献をしている。

第2点がポイントですね。第1点の「和食の核心は UMAMI であり、その成分はグルタミン酸ナトリウムです」みたいな説明だけでは、「つまり世界の料理のどこにでもあるものなのですね」となるでしょう(全くその通りです)。そうではなく、

  第2点の「和食におけるUMAMIの使い方」のところ、つまり「UMAMI」という言葉は「食材本来の味を生かすという和食の基本コンセプトをも意味する」とアッピールすることこそ重要

だと思います。

SUSHIがなぜ世界に広まったのでしょうか。もちろんシンプルに「SUSHIはおいしい」ということでしょう。しかしSUSHIはおいしいだけではありません。SUSHIは、脂肪と肉を押さえた食生活によりヘルシーで健康的な生活を送るというトレンドの代表格だからこそ、世界に(特にアメリカ、ヨーロッパに)広まったのだ思います。つまり「SUSHIという言葉には、SUSHIによって健康になるという物語が暗黙に付着している」のですね。そこが重要なところです。それは「ロハス」「スローフード」「自然志向」「健康志向」というような言葉や世の中の動きと親密な関係にあります。

「和食」「日本料理」もそうです。それは単に世界の料理の一種というだけではなく、その背後にストーリー性がありたいわけです。つまり「和食」が、

食材本来の味を生かす」
自然の恵みを大切にする」
ナチュラルなものを愛する」
シンプルな中に本質を見つける」

といった「物語」や「ライフスタイル」と結びつくとき、それは世界に強力にアッピールすると思います。そのアッピールに UMAMI という言葉が貢献できるはずです。言葉は非常に強力です。それは単に事物や概念を表すだけでなく、その背後に(暗黙に)ある物語やストーリーも表現できる。そこを最大限に生かすべきだと思います。


食の楽しみ


この文章は素人しろうとには味の違いが分かりにくいことから始まったのですが、では素人が「味の違いが分かる食通になる」にはどうしたらいいのでしょうか。

それは、決してお金をかけて食べ歩くことではないと思います。食通とは「料理と食事の楽しみを謳歌している人」です。それは珍しい食材、高価な料理をいろいろ食べたとか、有名レストランに数多く行ったということではない。

「素人としての食通」になる一つのポイントは「言葉で料理を表現する」ことを心がけることだと思います。「おいしい」だけでなく、一歩踏み込んで、味・香り・食感を言葉で表現しようとしてみる。その繰り返しが、違いを判別する力をつけるはずです。食事は「人生の楽しみ」の大きな部分を占めています。「食」に関心をもつことや「普通の人としての食通」になることは、人生においてとても大切なことだと思います。



ここからは余談です。フランス料理に典型的にみられる「ソース」は、その中にうま味成分も含まれているのですが、和食の「UMAMI=だし文化」とはかなり考え方が違います。ソースはメインの食材に味や香りを「足している」と見えます。「足された味や香り」と「メイン食材の味と香り」のコラボレーションを楽しむ、ないしは融和・融合を楽しむのが「ソース」の基本コンセプトだと見えます。

しかし、これにはどうも違和感を覚えることがあるのですね。おいしいことは間違いないが、そういう風に調理すべきだろうか、という違和感です。

最近も、あるテレビ番組をみていたら「青森シャモロック」の紹介をしていました。シャモとプリマスロックという2種の鶏をかけ合わせた、青森特産の地鶏です。この青森シャモロックを使った料理をフレンチ・レストランがやっていたのですが、もも肉を工夫を重ねてローストし、そして最後に「カレー風味のソース」をローストした肉の上にどろっとかけていました。まるでハンバーグステーキにデミグラスソースをかけるみたいに・・・・・・。

青森シャモロックを食べたことはないのですが、番組の紹介内容をみる限り、おいしいことは間違いないようです。紹介された「ローストチキン料理」も大変おいしいものでしょう。しかし、最後の最後に鶏肉の上にソースをどろっとかけるというのは、食材が本来持っている味、香り、力強さ、生命力を殺すことになるのではないでしょうか。ソースをメインの一皿とは別に用意するとか、ないしは「つけ合わせ」の方にソースをからめるとかした方がよいと思うのですが・・・・・・。

No.12「バベットの晩餐会(1)」で、イギリス人作家であるピーター・メイルの本から、フランスのジョークを紹介しました。

イギリス人はラムを二度殺す。一度は肉にするとき。もう一度は料理するとき。

というものです。このジョークの言い方をふまえて、ジョークに「補足」を付け加えるとすると、

焼いたラム肉にソースをかけることも、ラムを二度殺すことになる

のでは、というのが正直な感じです。




nice!(0)  トラックバック(0) 

No.89 - 酒を大切にする文化 [文化]

No.31「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」でワイン(赤ワイン)の話を書いたのですが、そこからの連想です。

No.31で書いたのは、イタリアワインである「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」をたまたま飲む機会があり、その味に感動し、それ以降「ワイン好き」になったという経緯でした。しかし「ワイン好き」の理由は、単に味や香りが好きということだけではないと自己分析しています。その他の理由として、

  ◆ ワインは(主として)食中酒である
  ◆ ワインを大切にする文化がある

の2点が大きいと思っているのです。

食中酒というのはもちろん「酒が料理を引き立て、料理は酒のおいしさを増すという相乗作用を引き出す酒」ということです。これが食事の楽しみを倍加させる。ワインと食事の「マリアージュ(=結婚)」などと言います。No.12-13「バベットの晩餐会」では

 ・ヴーヴ・クリコ 1860(白・発泡性)
 ・クロ・ヴージョ 1845(赤)

が食中酒として使われていました。もちろんバベットの故郷であるフランスのワインです。

ワインを大切にする文化というのは

ワインの造り手
レストラン関係者(シェフ、ウェイター、ソムリエなど)
ワインの流通にかかわる様々な人々や組織(ショップ、評論家、ジャーナリズムなど)
ワインの消費者

のそれそれが、品質の良いワインをはぐくみ、楽しむという点において、それぞれの立場から多様な工夫を積み重ねたきた歴史がある、という意味です。この、積み重ねられた厚みのある文化がバックグラウンドとなってワインの楽しみを増進させていると考えられるのです。それは歴史的に言うとフランスやイタリアを中心とするヨーロッパの国で発達したものですが、その「ワイン文化」は他の国、たとえば日本にも波及し、それが当然のようになっています。一言で言うとワインは「酒を大切にする文化」の中で醸成されてきたと言えると思います。



そこで今回は、ワイン以外の酒、特に「日本酒(清酒)」と「ビール」について、日本における「酒を大切にする文化」がどうなっているかを考えたいと思います。まず日本酒です。


いづみ橋:栽培から醸造まで


神奈川県海老名市に泉橋酒造株式会社という酒造会社があります。「いづみ橋」というブランドの日本酒を製造しているのですが、安政4年(1857)年創業という「老舗」です。

この酒造会社は約4ヘクタールの自社用農地を持ち、酒米を栽培しています。同時に相模川の東側の海老名市および周辺地域の農家に委託し、自社農地を合わせて30ヘクタールで酒米を栽培しています。泉橋酒造のホームページより引用します。


泉橋酒造は、「さがみ酒米研究会」という原料米の研究・栽培会を組織しております。この研究会は、地元の酒米生産者、JA、そして、神奈川県の農業技術センター等のお力をお借りしています。酒米の栽培地域は、海老名市、座間市、そして、相模原市に広がり、約30ヘクタール(平成24年度)余りの栽培面積になっております。また、会員農家は全員神奈川県認定のエコファーマーでもあり、環境に配慮した農業を率先して行っております。泉橋酒造は、上記30ヘクタールのうち、約4ヘクタールを自社で栽培しています。

(泉橋酒造のホームページより)

酒米は、山田錦、雄町といった日本で一般的なものが多いのですが、中には「亀の尾」「神力(しんりき)」といった「復古米」もあります。復古米というのは酒米としていったんすたれていたものを復活させたものです。

またこの会社は精米も自社で行っています。ホームページには以下のように書かれています(アンダーラインは筆者)。


泉橋酒造は、米作りから精米、そして、醸造まで一貫して取り組んでおります。私たちは、米作りと同様に精米作業も私達の大切な仕事と考えております。毎年夏場の天候は変わり、一年として同じ天候の年はありませんが、地元栽培された同じ品種のお米でも、農家や田んぼの位置が変わることで少しずつ性格が変わってきます。その生産者ごと、田んぼごとの特徴を見極め、日本酒へと醸していくためには、他所へ委託せずに、自ら精米作業を行うことはとても大切なことだと私たちは考えています。「精米は酒造りの魂」とも云われます。私たちは、お客様のためにごく普通のことを当たり前に行っています。

(泉橋酒造のホームページより)

この引用のところは自社精米の重要性を言っていますが、それは米の栽培にも大いに関わっています。なぜ、自社栽培と「生産者の顔が見える」地元での委託栽培にこだわるのかというと、それは酒米の品質を確保するためと同時に、栽培地ごとに最適な精米を行うためでもある、というわけです。このように泉橋酒造は、米作りから精米・醸造・製品化に至る日本酒造りのすべての工程を自社で行うという「栽培醸造」をやっているのです。日本酒造りは酒米造りから始まる・・・・・・。実は、こういった酒造会社は全国でも多くはないようです。

しかし考えてみると、たとえばワインでは「栽培醸造」があたりまえです。世界のまともなワイン
いづみ橋 恵.jpg
いづみ橋の定番商品、恵(めぐみ)の青ラベル(純米吟醸酒)と赤ラベル(純米酒)。泉橋酒造周辺の海老名産の山田錦を使用。日本酒度は +8 ~ +10 と辛口である。
醸造家で葡萄を自社栽培していないところはないでしょう。欧米のワイナリーは全部そうです。甲府盆地には数々のワイン醸造会社がありますが、私の知っている限り全て自社の農園を持っています。サントリー、メルシャンといった大手メーカーもそうです。もちろん甲府盆地の葡萄農家と契約栽培をしているケースも多いし、またフランスなどから原酒を輸入して自社ワインとブレンドしたりもしている。それは決して悪いことではありません。ワインの価格もいろいろあり、味の嗜好にもバリエーションがある。多様なワイン造り方があってよいわけです。しかし「全く自社栽培しないワインメーカー」というのは少ないはずです。

ワインと日本酒では醸造方法が違いますが、品質が原料に左右されるということは変わらないはずです。日本酒でも酒米に適した米の品種がまずあり、それをどの程度の精米で酒にするかで(つまり米粒のどの部分を使うかによって)吟醸になったり大吟醸になったりする。ということは、酒米の栽培における肥料の与え方や栽培方法、収穫時期、米ごとの精米方法などによって日本酒の味は微妙に違ってくると想像できます。米造りの最初から責任を持ってやるというのは、それが全部の米ではないにしろ、日本酒醸造家の姿勢としては当然の姿だと思うのです。


日本酒を大切にする


日本酒は長い歴史の中で育ったものであり、それを大切にする人たちによって守られてきたと思います。しかしワインに比較すると、本当に「日本酒を大切にする文化」は大丈夫なのだろうか、という疑問が涌いてきます。近年、日本酒の消費量は減ってきていると言います。何か問題があるのではないか。

 造り手 

一つは日本酒の「造り手」です。まず、「いづみ橋」のような栽培醸造をやっているメーカが少ないというのは解せません。品質のいい醸造酒を造るには、原料の栽培方法と醸造方法の相乗効果で完成度のレベルをあげていくことが重要なはずです。もちろん原料には「水」も「米麹」も重要ですが、「米」が重要な原料なのは論をまたないでしょう。

また、高級酒の酒米の品種が「山田錦」一辺倒なのも気になります(それに続くのが「雄町」でしょうか)。「いづみ橋」が復古米を栽培していることを書きましたが(亀の尾、神力)、そういう試みがもっとあっていいと思います。

日本酒を大切にする視点としては、和食との「マリアージュ」があると思います。日本酒を和食の食中酒として味わうときには、どんな酒でもよいわけではありません。糖分が多くて甘い日本酒は、食前酒としては適当かもしれないが、食中酒としては食事の味を殺してしまいます。従って糖分が少ない(=日本酒度の高い)酒が望ましい。特に和食の代表格とも言える寿司や天麩羅に合わせるには、日本酒度が高く、かつ酸度も高い日本酒が必須だと(個人的には)思います。日本酒メーカは「寿司に会う日本酒」「天麩羅に会う日本酒」などをもっと開発すべきでしょう。

これと関連してですが、日本酒文化を広めるために業界としての統一した品質表示基準を是非設定してほしいと思います。現在、本醸造と純米本醸造(醸造用アルコールを加えていない酒)の区別があり、それらの精米の度合いを高めた酒として、吟醸酒、大吟醸酒の表示基準が定められています。それに加えて、
 ◆ 日本酒度
 ◆ 酸度
を統一基準で表示してほしい。酒造会社がラベルに表示するケースは増えてきましたが・・・・・・。

日本酒度は、日本酒の比重にリンクした値で -15 ~ +20 程度の値です。ゼロが水と同じ比重で、プラスにいくほど比重が軽くなり、従って糖分の割合が下がります。いわゆる「辛口」「ドライ」になるわけです。酸度は基本的にpH(酸性度)にリンクした値で、1.5~3程度の値をとるのが普通です。日本酒を食前酒として飲むのか食中酒なのかは、日本酒度と酸度が一つの基準になると思います。もちろん味や香りは個人の感じ方の差があって、数値で計れるものではないのですが、一つの目安にはなります。

日本酒メーカーは「酒米の自社栽培」や「酒米の品種の工夫」「和食に合わせやすい酒」などにおいて、高品質の日本酒を造り出していく努力に(総体的に)欠けているのではと危惧します。

 飲食店・レストラン 

和食を出す料亭、飲食店、レストランで、ごくわずかの種類しか日本酒が置いていない店があるのは非常に奇異な感じがします。極端なケースでは1種だけだったりする。しかも高級料亭でそういうケースがある。

もちろん「日本酒リスト」が揃っているところも多いわけです。個人経営の居酒屋で、店主が日本酒好きで各地の地酒を取り寄せているようなところも多い。

しかしこれとは全く逆で、1種の日本酒しか用意せず、客から選択肢を奪ってしまうような店があります。客は「選べない」のです。こういう店は「日本酒を大切にしている」とはとても言えないと思います。

私の近所に夫婦だけで経営している小さなイタリア料理店があります。この店にもワインリストがあり、赤ワインが8種ほど、白ワインが4種ほどが常時用意されています。イタリアワインが多いのですが、チリワインもあり、味のバラエティーも考えられている。これらのワインはオーナーシェフが選んでいます。狭い店なのでワインをストックする場所にも困るようで、赤ワインなどは通路の隅の箱にむき出しで置いてある。

こういう小さな店であっても、数は少ないながらもワインのリストを用意し、客に選択肢を提供するのが「あたりまえ」なのです。それが「ワイン文化」の一面です。ヨーロッパでそういうスタイルが出来上がると、それは日本にも波及し、夫婦2人で切り回すイタリアンの店でも当然のこととして行われる。この店で初めて知って、それ以降、個人購入しているワインもあります。それでまた「ワイン文化」が広まっていくわけです。

日本酒においてもこういう姿を期待したいと思います。


ビールを大切にする


日本の「ビール文化」に対する大きな不満は、一般の飲食店・レストランでビールの銘柄を選べないことです。ほとんどの飲食店では特定の大手ビールメーカーの製品しか置いていません。「地ビール」と呼ばれる「非大手系メーカー」のビールは日本にたくさんあり、その味も多様なのですが、それを置いている店は一般的ではない。ビールの種類もラガー以外にエールもあれば白ビールもあるのに、そういうビールは一般的にはレストランで飲めません。特定の大手ビールメーカーの製品だけを置くことで安く仕入れる契約をしているのだと想像できますが、消費者の選択権を奪っています。

大手ビールメーカーの製品だけだとしても、たとえばアサヒ・スーパードライとサントリー・モルツでは味がかなり違うと思うのですが、そういった選択もできません。取り扱い方法が違う生ビールの銘柄が限られるのはまだ分かりますが、瓶ビールの種類が限られるのは納得できない。

こういった状況に慣れてしまった日本の消費者は、飲食店で単に「ビール」と注文します。それで注文が成立してしまう。「中瓶か、小瓶か、グラスか、生か」と聞かれることはあっても、銘柄を聞かれることは極めて少ないわけです。

しかし外国旅行でレストランに行くと、一般的にそうではありません。私の経験からいうと、アメリカ、イギリス、ドイツ、ベルギーでは、ビールは銘柄を言って注文するのが普通です。アメリカ西海岸を想定すると、「ビール」と言うと「何にしますか」と聞かれます。「何がありますか」と聞くと「Coors, Heineken, Ichiban,・・・・・・。」というような答えが返ってきて「Ichiban」と言うと「一番絞り」が出てくる、といった具合です。

以前、ロサンジェルス近郊のレストランで「ビールは何がありますか」と聞いたところ「欲しいビールを言ってみなさい。それを持ってくるから」と言われたことがあります。店としてはかなりの「自信」ですが、そのレストランはかなりの種類の(数10種類?)ビールを揃えているようでした。

ビールの味も多様です。ドイツだと原料が「麦」か「小麦」かで味がかなり違う。小麦を原料とするビールは「ヴァイツェン(小麦)」ないしは「ヴァイス(白)」と言っています。イギリスでは黄色い「ラガー」か黒っぽい「エール」の違いがあります。ベルギーのビールは種類と味のバリエーションが非常に多く、銘柄を言わないと注文はできません。

結局、日本では「ビールなんて、どうせ似たようなもの」という(一部の)飲食店・製品供給元の「ビールを見下した」考え方があるのではないでしょうか。それは「ビールを大切にする」とか「酒を大切にする」のとは真っ向から対立するものであり、是非、改めて欲しいと思います。大手ビール会社も、発泡酒や第三のビールの味を競うだけでなく、本来のビールでの個性的な味の製品を出していって欲しい。

最近のサッポロビールの広告のコピーに

ビールでなく「エビス」を造る職人がいる

というのがありますが、意識としてはまさにそういう方向です。しかし「ビール文化」は職人だけのものではなく、ビール会社、飲食店、レストラン、消費者など、皆で作るものです。サッポロビールもそこをよく考えてほしいと思います。


村上春樹のビールに関するエッセイ


やがて哀しき外国語.jpg
村上春樹
「やがて哀しき外国語」
(講談社。1994)
作家の村上春樹さんは、1990年代の前半にアメリカのニュージャージー州のプリンストンに約2年半滞在したことがあります。ここはプリンストン大学で有名な大学町で、村上さんは大学に籍を置いていたので、付き合った人も大学関係者が多かったようです。

「大学村スノビスムの興亡」というエッセイ(「やがて哀しき外国語」講談社。1994 に収録)によると、プリンストンで村上さんは2紙の新聞を取っていました。「ニューヨーク・タイムズ」の土曜・日曜版と、地元紙の「トレントン・タイムズ」(毎日)です。トレントン・タイムズは週のうち4日は火事か交通事故が1面トップになるようなローカル紙で、それだけに普通のアメリカ人の生活ぶりがよく分かった、とは村上さんの言です。

しかし村上さんの知っているプリンストン大学関係者は、みな毎日ニューヨーク・タイムズを取っていて、村上さんがトレントン・タイムズを取っていると言うと、あれっというような奇妙な顔をするのです。そしてニューヨーク・タイムズを毎日は取っていないと言うと、もっと変な顔をし、すぐに話題を変えてしまう。「プリンストン大学村」では、ニューヨーク・タイムズを週末だけとり、毎日はローカル紙を読むという生活態度がコレクト(正しきこと)ではないのです。

このあとに、新聞と類似の話として「ビール」の話が出てきます。以下、少々長くなりますが引用します。


これと同じようなことは     新聞からかなり話が飛んじゃうけれど     ビールについても言える。僕が見たところでは、プリンストン大学の関係者はだいたいにおいて輸入ビールを好んで飲むようである。ハイネケンか、ギネスか、ベックか、そのあたりを飲んでおけば「正しきこと」とみなされる。アメリカン・ビールでもボストンの「サミュエル・アダムス」やらサンフランシスコの「アンカー・スティーム」あたりだと、あまり一般的なブランドでないから許される。ボストンやサンフランシスコといったちょっとシックな土地柄も評価の対象になる。学生は安くてちょっと通っぽい感じのするローリング・ロックをよく飲んでいる。話によるとかつて東海岸では、クアーズが比較的手に入りにくくて「コレクト」であったようだが、最近はこっちでも手に入りやすくなったので、ずいぶん評価が落ちたらしい。日本製のビールも存在としてはマイナーだからもちろんコレクトだが、実際に飲んでいる人の数はあまり多くない。いずれにせよそのあたりを飲んでいると、まあ問題はない。

しかしバドワイザー、ミケラブ、ミラー、シュリッツあたりを飲んでいると、やはり怪訝な顔をされることが多いようである。僕も甘ったるいアメリカン・ビールはあまり好まないし、どちらかといえばヨーロッパ系の方が好きなのだけれど、例外的にバド・ドライを好んでよく飲んでいる。もう少しドライでもいいんじゃないかという気はしないでもないが、客観的に言ってけっこうよく出来たビールだし、スシにもまあちゃんとあう。続けて飲んでもあまり飽きないし、なにしろ値段も安い。六本パックで五百円ぐらいで買える。悪くない。でもある教授と会ったときに世間話のついでに「僕はアメリカン・ビールの中ではバド・ドライが割に好きでよく飲んでいます」と言ったら、その人は首を振ってひどく悲しい顔をした。「僕もミルウォーキーの出身だからアメリカのビールを褒めてもらえるのは嬉しいけれど、しかしね・・・・・・」と言って、あとは口を濁してしまった。

要するにバドとミラーといったようなテレビでばんばん広告をうっているようなビールは、主として労働者階級向けのものであって、大学人、学究の徒というのはもっとクラシックでインタレクチュアルなビールを飲まなくてはならないのだ     というか飲むことを期待されているのである。かくかように、新聞からビールの銘柄にいたるまで、ここでは何がコレクトで何がインコレクトかという区分がかなり明確である。

村上春樹「大学村スノビスムの興亡」
『やがて哀しき外国語』(講談社。1994)より

プリンストン大学の教授の発言がおもしろいと思います。「僕もミルウォーキーの出身だから・・・・・・」とあるように、ミルウォーキー(ミシガン湖の西岸の都市)はビール醸造で有名です。代表的なアメリカン・ビールの一つ、ミラーの本社はここにあります。この都市に本拠を置くメジャーリーグのチームは「ブリュワーズ」で、醸造業者の意味です。その昔、「ミュンヘン・サッポロ・ミルウォーキー」という、サッポロビールのコマーシャルがありました。

しかしそのミルウォーキー生まれの教授であっても、ミラーのようなビールを飲むのは「インコレクト」なのですね。この文章はプリンストン大学関係者に漂うスノビズムの雰囲気を描いたものとして興味津々です。何しろ、プリンストン大学ではインタレクチュアルなビールとそうでないビールがあるらしいのです。そういうところから類推すると、おそらく(現代の)プリンストン大学関係者はWindowsではなくMacの愛好者が多いのでしょうね。サミュエル・アダムスを傾けながらデルのWindowsパソコンを立ち上げるなんて最悪のはずです。ここは是非ともMacでなければならない。余談ですが・・・・・・。

しかし文章の主旨とは別に、村上さんのエッセイを読んで強く感じることがあります。それはプリンストンではレストランなどで多様なビールが味わえるということです。文章の中に出てくるビールを原産国(発祥の地)とともに全部あげると以下のようです。

ハイネケンオランダ
ギネスイギリス
ベックドイツ
サミュエル・アダムス米・ボストン
アンカー・スティーム米・サンフランシスコ
ローリング・ロック米・ペンシルヴァニア
クアーズ米・コロラド
バドワイザー、ミケラブ米・セントルイス
ミラー米・ミルウォーキー
シュリッツ米・ミルウォーキー
(銘柄不明)日本

The Beers in Murakami's Essay 2.jpg

村上春樹氏のエッセイ「大学スノビズムの興亡」に名前があがっているビールを掲げた。但し、写真は現代のものである。エッセイで銘柄が書いていない「日本のビール」は、アメリカで売られている代表的なものとして「一番搾り」をあげた。
バドワイザー、クアーズ、ミラーあたりを代表的なアメリカン・ビールだとすると、サミュエル・アダムス、アンカー・スティーム、ギネス、一番搾りなどは、かなり味が違うビールである。

国籍や地域を越えて多様なビールを味わえることがわかります。これらは例としてあがっているものだけなので、実際にプリンストンのレストランやカフェで飲めるビールの種類はもっと多いでしょう。そして善悪は別にして、村上さんの言う「スノビズム」をプリンストン大学村の住人たちが発揮できるのは、「ビール」と注文せずに「アンカー・スティーム」と注文できるからであって、多様な選択肢という背景があるからこそなのです。



これは酒だけではないのですが、文化の需要な要素は

多様性の尊重と、多様性を作り出す努力
選択肢の提供と、その選択肢の活用
伝統の継承することと、それを革新することの両立
均一でないことや、微妙な相違を大切にする意識

などだと思います。こういった要素を尊重することが「酒を大切にする文化」を醸成するのだと思います。

続く


 補記 

村上春樹さんのビールのエッセイは1990年代前半のアメリカ(のプリンストン)での話です。では現在ではどうなのか。最近の個人旅行のスナップ写真を紹介します。いずれもニューヨークです。

アメリカでは、日本の「地ビール」に相当するのが craft beer です。直訳すると「手作りビール」でしょうか。もちろん最新の醸造装置を使うのですが、要するに比較的小規模で、個性的な味と製法にこだわったビールを craft beer と言うようです。下の写真はニューヨークのセントラル・パークの西側にある食料品店「ゼイバーズ」の店内の「craft beer コーナ」です。ニューヨークのビールもあれば輸入品(ベルギーなど)もあり、全部で40種類ほどそろっています。

Craft Beer - Zaber's.jpg
Zaber's 店内の CRAFT BEER コーナー



下の写真はジョン・F・ケネディ空港のバーで撮った、生ビールのタップ(注ぎ口)です。ここに写っているビールは左から次の5種です。

ヒューガーデン(ベルギー原産)
バド・ライト
サミュエル・アダムス
ステラ・アルトワ(ベルギー原産)
グース・アイランド IPA( = India Pale Ale)

この5種類のビールはかなり味が違います。自分の好みの生ビールを飲めるというわけです。私がこの中から選ぶとするとヒューガーテンかサミュエル・アダムスですが、それは全くの個人の好みであって、選択はその人の嗜好いかんです。このような光景はJFKのバーだけでなく、アメリカの大都市でよく見かけます。

Draft Beer - JFK.jpg
生ビールのタップ
(John F. Kennedy国際空港)

ビール好きにとって、たまらない国」をあげるとしたら、多様なビールが楽しめるという観点から、ベルギーとともにアメリカ(の大都市)だと思います。

(2013.8.23)



nice!(0)  トラックバック(0) 

No.76 - タイトルの「誤訳」 [文化]

Letters to Juliet.jpg
No.53「ジュリエットからの手紙」において、この映画(2010年。米国)の原題である

  Letters to Juliet

の日本公開タイトルを

  ジュリエットからの手紙

とすることの違和感を書きました。Letters to Juliet という原題は、世界中からイタリア・ヴェローナの「ジュリエットの家」に年に何千通と届くレター、つまり女性が恋の悩みを打ち明けたレターを指しています。映画のストーリーになっているクレアが書いた手紙はその中の一通です。しかし「ジュリエットからの手紙」という日本語タイトルでは、クレアの手紙に対するソフィーの返信のことになってしまいます。この返信が映画で重要な位置にあることは確かなのですが、原作者がタイトルに込めた意味を無視してまで、反対の意味のタイトルをつける意味があるのかどうか・・・・・・と思ったわけです。

大学入試の英文和訳で「Letters to Juliet」を「ジュリエットからの手紙」と訳せば減点されるし、そもそもそういう学力の人は入試に失敗するでしょう。しかし、日本語タイトルをつけた映画配給会社の担当者の英語力が劣っているわけはないはずです。何らかの意図があってタイトルをつけている。その意図はおそらく

  興行成績を上げるために有利なタイトルは何か

という判断基準だと推測されます。「ジュリエットからの手紙」というタイトルが「興行成績のために有利」かどうかは知りませんが、あえて「誤訳」をするのはそう考えるしかないと思います。


日本語タイトルのパターン


考えてみると、外国の映画、文学、書籍、音楽、演劇、TVドラマなどが日本語に訳されたり、日本で公開・発売されるとき、そのタイトルの付け方にはいくつかのパターンがあるように思います。

 カタカナ表記型 

外国語の原題をそのままカタカナで表記するものです。固有名詞がタイトルになっている場合は、当然これが多いですね。『ジェーン・エア』(1847年、英国。シャーロット・ブロンテの小説)、『タイタニック』(1997年。米映画)などです。

「訳しにくいものは、あえて訳さない」というのもあります。英語を考えてみても、言葉の文化的・社会的背景が日本語と全く違うので、短い日本語で的確に置き換えるのが困難なことがある。フィッツジェラルドの名作『The Great Gatsby』は、以前は『華麗なるギャツビー』とされたこともありましたが、今は『グレート・ギャツビー』が多いですね。村上春樹さんもそう訳しています。Great という単語のとらえ方の問題です。

アーティスト』(2011年。仏映画。アカデミー賞・作品賞などを受賞)に見られるように、カタカナ表記が日本語としてそのまま通じるものもあります。またポピュラー音楽のようにカタカナ表記が広く定着しているジャンルもあります。

 オリジナル重視型 

一般的に作品のタイトル(オリジナルのタイトル。原題)は、作家、作詞家、映画プロデューサ、脚本家などが考え抜いてつけるのが普通です。作品はできているのにタイトルが決まらない、というような話もよく聞きます。

オリジナル重視型というのは、原題の意味や、作家がタイトルに込めた思いをできるだけ尊重しつつ、それを日本語で表現して日本語タイトルをつけるタイプです。

もちろんシンプルに直訳して問題がなく、原題の意味も十分に表しているケースもあります。つまり「直訳型」です。しかし言語の相違を吸収するためにある程度の「意訳」が必要なケースもあります。そのことも含めた「オリジナル重視型」です。

 マーケティング重視型 

原題はとりあえず無視し「作品を日本でヒットさせるために有利なタイトルは何か」という視点、ないしは日本の鑑賞者・購入者に分かりやすいタイトルは何かという視点で、日本語タイトルを「自由に」つけるやり方です。「ジュリエットからの手紙」は原題の修正なので、その「ささやかな」例ですが、原題とは全く違う題をつける例も多々あります。つまり「オリジナル無視型」です。

半世紀前のことになりますが、坂本九さんの『上を向いて歩こう』がアメリカで『SUKIYAKI』として発売され、全米ヒットチャートの1位になりました(1963年)。外国作品の日本語化とは逆のケースですが、これなどはマーケティング重視型の極端なケースでしょう。しかしこの例のように「作品の内容とも無関係な題」をつけるのはまれです。多くは作品の内容をある程度反映しつつ、題は自由につけることが多いようです。

作品が売れる市場(=マーケット)を重視するといっても、日本語タイトルをつける人がマーケットをどう見ているか、その見方が「ひとりよがり」だと感じられるケースも多くあります。

以下、英語の原題がついている英米作品を中心に具体的な例を考えてみたいと思います。


映画のタイトル


映画のタイトルは

カタカナ表記型
オリジナル重視型(直訳型を含む)
マーケティング重視型(オリジナル無視型を含む)

の3つが入り乱れている感じです。まず、このブログで取り上げた映画のタイトルを振り返ってみましょう。

 Babette's Feast 

1987年のデンマーク映画ですが、英語題名が『Babette's Feast』です。これなどは直訳型で『バベットの晩餐会』(No.12-13「バベットの晩餐会」)として何ら問題のないケースです。

 The Devil Wears Prada 

2006年の米国作品ですが、このタイトルになるとちょっと問題が出てきます。No. 4「プラダを着た悪魔」で書いたように、原題をシンプルに訳すると

  悪魔(The Devil)はプラダを着ている

ということです。wears という present tense は「一般的な習性」でしょう。英語の教科書にはそう書いてあります。主語(=定冠詞の悪魔)の習性が「プラダを着る」です。意訳すると

  悪魔は虚飾に身を包む

という感じでしょうか。ファッション界をテーマにしたこの映画は「たかがファッション、されどファッション」という感じです。必須の虚飾、というような・・・・・・。

この映画の日本公開タイトルは『プラダを着た悪魔』(No.4、参照)です。そうするとこの映画の主人公であるファッション誌の鬼編集長(メリル・ストリープ)個人を指すイメージになってしまう。何となく「浅い」感じのタイトルです。

Babette's Feast.jpg The Devi Wears Prada.jpg

ところで、さきほどの『バベットの晩餐会』には原作があります。デンマークの作家、イサク・ディーネセンが書いた小説で、日本語に訳されて文庫にもなっています。このイサク・ディーネセンの別の作品を原作とする映画があります。『プラダを着た悪魔』と同じく、メリル・ストリープが主演した映画です。

 Out of Africa 

Out of Africa (1985).jpg
この映画(1985。米国)の原作は、イサク・ディーネセンの同名の小説「Out of Africa」(1937)です。イサク・ディーネセンはアフリカに渡って夫と一緒に農場を経営した経験があり、その経験に基づく自伝的作品です。小説でも映画でもカレンという主人公の女性が出てきますが、それは作家自身です(イサク・ディーネセンは本名のカレン・ブリクセン名義でも作品を発表しています)。作品のタイトルは「アフリカを離れて」「アフリカを後にして」という感じでしょうか。小説の日本語訳は「アフリカの日々」となっていますが、作者はアフリカ時代を回想して書いているので「許される範囲の意訳」と言えると思います。

ところが、この映画の日本語タイトルは『愛と哀しみの果て』です。いったいどうなっているのでしょうね。アカデミー賞を7つもとり、作品賞も監督賞もとった作品のタイトルが『愛と哀しみの果て』では「ブチ壊し」という感じです。監督や主演俳優にも失礼でしょう。おそらくこれは「マーケティング重視型」のタイトルであって、この方が興行成績が上がるだろうとつけられたと思います。こんなタイトルの方がウケるだろうと・・・・・・。ずいぶんと映画の観客のレベルを低く見ているタイトルです。

原作の小説も映画もタイトルは「Out of Africa」です。小説の日本語タイトルに従って映画も「アフリカの日々」とするぐらいが妥当でしょう。

この例のように、映画のタイトルには「マーケティング重視型」で、原題とは無関係のものが多々あります。その最たるものが『俺たちに明日はない』(1967。米国)ですね。原題は「Bonnie and Clyde」で、アメリカ史上に名を残す「ボニーとクライド事件」に取材しているわけです。日本語タイトルが『ボニーとクライド』ではなぜまずいのでしょうね。1930年代の大恐慌時代の暗い世相を背景に、2人の若者が起こした区悪事件です。それをストレートにリアルに描くことによって、人間の愚かさや哀しみを浮かび上がらせている。

日本語タイトルをつけた人は、その方が映画の内容をよく表すと思ったのかもしれませんが「ひとりよがり」というしかありません。ミステリー映画の結末を題名にもってくるような醜悪さだと思います。

最近の映画を取り上げてみます。

 Hugo 

HOGO 2011.jpg
この映画(2011年。米国)の日本語タイトルは『ヒューゴの不思議な発明』ですが、この場合はちょっと微妙です。日本語タイトルは、原題の『Hugo』に「不思議な発明」という余計なものがついているように見えますが、実はこの映画には原作の小説があって、その原作が「ユゴーの不思議な発明」だからです。

マーティン・スコセッシ監督の撮ったこの映画は、1930年代のパリを舞台に、親から受け継いだ機械人形を大切にするヒューゴ少年の冒険が描かれています。3D、CGの最新テクノロジーが使われ、アクションもある。何よりもこの映画は、老若男女すべての人が楽しめるものになっている。そして大切なことは、登場人物のメリエスを通して20世紀初頭のフランスの映画黎明期を回想していることです。

我々は忘れがちですが、もともと映画は「見せ物」として始まったわけですね。メリエスは映画そのものを作った一人です。「月世界旅行」(1902)という彼の作った映画も途中に出てきます。そしてメリエスは同時にマジシャンであり、機械人形コレクターでもあった。当時の最新テクノロジーを使った「動く写真」は、人々の間で驚天動地のものだったのでしょう。それは「絵や文字を書く機械じかけの人形」が「驚きの見せ物」だったのと同じです。よく映画黎明期の話にあります。列車が向かってくるシーンを撮った映画に観客が身をのけぞるという話が・・・・・・。それは現代の3D映画に観客が手を伸ばす姿と重なります。『Hugo』にあえて3Dを用いたのは理由があるのです。

映画監督は、ヒューゴ少年の冒険物語を素材に「これこそが映画だ」という作品を作った。もっと言うと、愛してやまない映画へのオマージュを作った。それは確かだと思います。これは「映画についての映画」なのです。しかし日本語のタイトルだけを見ると「機械人形の話」が中心だと錯覚してしまう。そこが残念なところです。

ヒューゴ」という「カタカナ表記型」のシンプルなタイトルではマーケティング的に弱いと考えて原作小説の題を採用したのでしょうが、映画はわざわざ『Hugo』とシンプルにしているわけです。もっと原題を尊重すべきだと思います。



映画には「カタカナ表記型」も多いわけです。固有名詞のタイトル以外にも『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年。米国映画)とか『スラムドッグ・ミリオネア』(2008年。英国映画)などです。

カタカナ表記は原題(外国語)そのままの題であり、分かりやすいか分かりにくいかは別にして、日本公開用のタイトルとしての特に問題点はないように思えます。しかし「カタカナ表記型」が別の種類の問題を引き起こすこともあります。

 Saving Private Ryan 

Saving Private Ryan (1998).jpg
スティーヴン・スピルバーグが監督した1998年のアメリカ映画です。第2時世界大戦のノルマンディー上陸作戦を舞台に、ライアン二等兵の救出作戦を描いています。選ばれた8人の精鋭兵士が救出に向かうという、「七人の侍」の影響を感じさせる作品です(スピルバーグ監督は黒沢監督崇拝者と言われています)。

Private とは、アメリカ陸軍における最も下の階級である一等兵・二等兵の総称です。この二つは階級章で区別されます。ライアンの場合、映画の状況から二等兵だったようで、各種の解説でも二等兵となっています。従って原題を日本語で表すと「ライアン二等兵の救出」ということになります。この二等兵(= Private という最下級の兵卒)というところがポイントですね。ストーリーは4人兄弟の3人までが戦死した家族があり、人道的見地から軍の上層部が残った一人の救出命令を出す、というものです。完全なフィクションですが、この映画が暗に言っていることは「(事情があれば)二等兵でさえ救出する人道国家アメリカ、人権国家アメリカ」ということでしょう。その価値判断・事実判断は別にして、Private が映画としてのキーワードであることは確かです。

従って日本での題は「オリジナル重視型」かつ「直訳型」で「ライアン二等兵の救出」とすべきです。これで何か不都合が生じるとも思えない。ところが日本語タイトルは「プライベート・ライアン」なのですね。これはマーケティング重視で、あえて訳さずにカタカナ表記をしているのだと思います(但し、原題からすると不完全なカタカナ表記です)。

しかし「プライベート」は普通、日本では「私的な」という意味で一般化しています。二等兵などと思う人はまずいないでしょう。この題は原作に沿った「カタカナ表記型」に見えて、実は原作が伝えたかった意図を無視している題名です。また、題から受けるイメージを本来とは違った方向へミスリードするものです。



直訳型でない「オリジナル重視型」の例をあげておきましょう。

 The Hours 

The Hours (2002).jpg
2002年の米国映画です。この映画では違う年代を生きる3人の女性が描かれます。1920年代の英国の作家、ヴァージニア・ウルフ(演じるのはニコール・キッドマン)、1950年代のロサンジェルスの主婦(ジュリアン・ムーア)、2000年代のニューヨークの編集者(メリル・ストリープ)です。この3人は、実はある点でつながっていることが次第に明らかになってきます。

原題は hour(時間)が複数形になっていて、定冠詞のtheがついています。ニュアンスとしては

  ひとまとまりの複数の時間

という感じでしょうか。定冠詞や複数形が日本語にはないので、シンプルに訳するのが非常に難しいと思います。

この映画の日本公開タイトルは『めぐりあう時間たち』です。「時間たち」という日本語では普通ない用法があり、「めぐりあう」で「時間たち」が関連性を持っていることを示している。日本語としてはしっくりしないのですが、少々の意訳を含んだ「オリジナル重視型」でしょう。苦労してつけた感じがします。少なくとも日本語タイトルをつけた人は「原作者が題に込めた意図を大切にしている」ことが分かります。「3つの時間」や「アワーズ」とする案もありそうですが、プロからみるとそれでは弱いのでしょう。


音楽のタイトル


いわゆるポピュラー音楽のジャンルではどうでしょうか。

英米のポピュラー音楽の題名は「カタカナ表記型」が多いわけですが、日本語タイトルがついているものもあります。しかしその日本語タイトルは「マーケティング重視型」の、原題とはかけ離れたものが多い。

ポピュラー音楽自体がいろいろなジャンルに分かれているので一言では言えないのですが、解散以来40年が経過して、なおかつ現在も聴かれているビートルズを例にみてみましょう。

 I want to hold your hand 

1963年のこの曲は、ビートルズのデビュー曲ではありませんが、ビートルズが世界的に大ブレークした、そのトリガーとなった曲です。

思いを寄せる女性、好きだと告白したい女性に向かって「君の手を握りたい」と言っている詩です。しかし、この曲の日本語題名は『抱きしめたい』となっている。

「手を握りたい」と「抱きしめたい」では受ける印象がずいぶん違います。原詩では「告白したいのにそれが出来ない」というようなニュアンスさえ感じるのですが、「抱きしめたい」という題は「積極果敢そのもの」で、印象がずいぶん違う。もちろん詩の中に「抱きしめたい」というような表現はありません。

おそらく「マーケティング重視型」で、ポップ・ミュージックとしての「パンチ」を利かせるために「抱きしめたい」としたのでしょうが、違和感がありますね。こういう風に「勝手に」改竄していいのかと・・・・・・。

 Norwegian wood 

1965年のアルバム「Rubber Soul」の中の1曲です。この曲がビートルズの名曲(の一つ)であることは多くの人が認めると思います。ちょっと詩を引用してみます。


NORWEGIAN WOOD
  by John Lennon and Paul McCartney

I once had a girl
Or should I say she once had me
She showed me her room
Isn't it good, Norwegian wood

She ask me to stay
And she told me to sit anywhere
So I looked around
And I noticed there wasn't a chair

I sat on a rug, biding my time
Drinking her wine
We talked until two
And then she said, "It's time for bed"

She told me she worked in the morning
And started to laugh
I told her I didn't
And crawled off to sleep in the bath

And when I awoke I was alone
This bird has flown
So I lit a fire
Isn't it good, Norwegian wood


これは女性を「ナンパした」思い出を綴った詩ですね。もっとも、第2行にあるように女性からナンパされたのかもしれません。題名になっている「Norwegian wood」は、彼女が自分の部屋に「私」を招き入れたとき、

  Isn't it good, Norwegian wood

と言ったと解釈できます。これはどういう意味でしょうか ?

Rubber Soul.jpg
「Norwegian Wood」を収録したアルバム
「ラバー・ソウル - Rubber Soul」
(英国発売日:1965年12月3日)
英語の教科書で習ったことなのですが、wood とは「木材」のことです。英語では日本語の「木」を2種に区別し、野外に生えている1本・2本と数えられる木を tree と言い、材質としての木、物質としての木を wood と言います。これがもし woods なら森や林のことですが、英語は単数形・複数形に敏感な言葉です。wood はあくまで材質(いわゆる物質名詞)です。従って Norwegian wood とは「ノルウェー産の木材」であり、部屋の中にあるということから「ノルウェー産の木材で作られたもの」をさすというのが普通の解釈でしょう。ではその「もの」とは何か。

詩を読むと彼女の部屋には椅子がありません。従ってテーブルもないはずです。「敷物の上に座って、夜中の2時まで話し込んだ」とあるぐらいです。彼女用のベッドはあるでしょうね。家具もあるかもしれない。しかし詩から受ける印象は「一人暮らしの女性の非常にシンプルな部屋」という感じです。家具も最小限だと想像します。

彼女が自分の部屋に「私」を招き入れたとき、

  Isn't it good, Norwegian wood

と言った、この wood とは何かと想像すると、この部屋の壁か床がノルウェー産の木材で張られているのだと思います。おそらく壁のような感じがする(個人の印象ですが)。

  これよくない? ノルウェーの木よ

もちろん、何らかの家具であるという解釈もOKだと思います。北欧の家具は今も世界的にメジャーで、その象徴が IKEA(スウェーデン)です。

ビートルズがこの曲を出した1965年当時のイギリス人は、Norwegian wood の意味が理解できたのでしょう。ノルウェー産木材の部屋(ないしは家具)がはやったとか、ノルウェー産木材は比較的安価な輸入木材の代名詞だったとか・・・・・・。wood が「自然回帰」というような若者の感性にマッチするものだったのかも知れません(このあたりは、あくまで想像です)。

しかしこの曲が日本語になると、なぜ『ノルウェーの森』という題名になるのでしょうね。森という言葉や、それを連想させるイメージはどこにもありません。woods(森、林) ではないし、forest(森林)や tree(木、樹木)もないわけです。おそらくこれも「マーケティング重視型」の日本語タイトルであり、『ノルウェーの木』ではタイトルとしてふさわしくないと考えたのでしょう。北欧・ノルウェーの森という、なんとなくロマンチックな雰囲気を出す方がいいと思ったのかもしれません。つまり確信犯的に「誤訳」している。しかし、原作のもつ wood = 木材 というキーワードを無視してしまっていて、まったく別のイメージを受け手に与える日本語題名です。wood がキーワードだというのは、それが「シンプル」とか「ナチュラル」のイメージと結びつくからです。

余談ですが、村上春樹さんはこの曲を重要な小道具に使って、小説『ノルウェーの森』を書きました。もし曲の日本語タイトルが『ノルウェーの木』だったとしたら、小説の題は違ったものになっていたかもしれません。もちろん村上さんは『ノルウェーの森』というタイトルにひかれて小説の題にしたのではなく、詩の内容に感じるものがあったのだと想像します。女性の部屋に招かれて一緒にワインを飲みながら深夜まで話し込んだが、別にベッドを共にしたわけではない。「私」はバスルームで寝て、朝起きたときには女性の姿はなかった・・・・・・。この詩の雰囲気が『ノルウェーの森』という小説の雰囲気と何となく似ています。


文学のタイトル


文学作品のタイトルは、さすがに「カタカナ表記型」か「オリジナル重視型(直訳型を含む)」が多く、原題を無視するような日本語タイトルは少ないわけです。

  As You Like It
お気に召すまま:シェイクスピア)
For Whom The Bell Tolls
誰がために鐘は鳴る:ヘミングウェイ)

などは日本語タイトルが難しそうですが、オリジナルに忠実にうまく訳した例だと思います。このブログで取り上げた例では

 A Little Princess 

がそうです。『少公女(No.40 参照)という日本語タイトルは原題の意味に沿っているし、シンプルで、よくはまっています。

しかし、No.20「鯨と人間(1)欧州・アメリカ・白鯨」で紹介した『白鯨』となると、ちょっと問題がある。原題は

 Moby Dick, or the Whale 

Moby Dick - Penguin 2001.JPG
(Penguin Books 2001)
ですが、単に『Moby Dick』というタイトルが一般的です。モービー・ディックはこの小説の「主人公」のマッコウクジラに人間がつけた固有名です。鯨一般というよりモービー・ディックという特定の鯨とエイハブ船長の戦いがストーリーの軸です。白鯨としたのでは「白い鯨」という意味になってしまう。そもそもモービー・ディックは体全体が白くはないのです(白色の突然変異種ではない)。白っぽいところはあるけれど・・・・・・。

ここは、鯨の明確な固有名をタイトルにもってきた作者・メルヴィルの意図を尊重して『モービー・ディック』の方がよほど良いと思います。チャールズ・ディケンズの小説『オリヴァー・ツイスト』を「みなし子物語」などと訳したりは(普通)しないわけです。



文学作品の日本語タイトルにも明らかに「マーケット重視型」と考えられるものもあります。

 Little Women 

Little Women - Kindle 2010.jpg
(Kindle Edition)
このアメリカの小説はどうでしょうか。これは南北戦争で父親が不在の1年の間に、12歳から16歳の4姉妹が苦労とともに成長する物語です。作者はルイーザ・オルコットで、1868年の作品です。

woman という単語は普通、成人女性を意味しますね。それに little をつけて10代の4人姉妹を表している。日本語訳はちょっと難しい感じです。Girlsなら「少女たち」という案もあるが、わざわざ woman という語を作者が使った意図が汲めません。「若い女性たち」というのも、もひとつしっくりしない。「訳しにくいものは訳さない」という考えで、ここはカタカタ表記で「リトル・ウーマン」とするのが有力な案でしょう。

しかしこの小説の日本語題名は『若草物語』です。なぜあえてこのようなタイトルにするのか、おそらくマーケット(読者=少女)を意識したのだと思いますが、「Little Women」と「若草」ではイメージが非常に違います。

 Anne of Green Gables 

この小説は、プリンスエドワード島のある家に引きとられた少女・アンの成長を描いたものです。作者はカナダの作家、ルーシー・モード・モンゴメリ(1874-1942)で、1908年の作品です。

Gable.jpg
gable
(Random House Dictionary)
題名に注目すると、gable とは何でしょうか。Longman English Dictionary には gable の説明として「the upper end of a house wall where it joins with a sloping roof and makes a shape like a triangle」とあります。「家の壁が屋根の勾配と交わる所にできる三角の形の部分」というわけです。日本語で説明するなら「切妻の破風」ということになります。日本語の「切妻」「破風」がそんなに一般的な語でないのと同じく、gable も一般的な英単語だとは思えません。これはアンが引き取られたカスバート家を慣習的に Green Gables と呼んでいるわけです。もちろん家屋や敷地、農場をふくめてのカスバート家です。つまり固有名詞に近い。だとすると日本語タイトルは『グリーン・ゲイブルズのアン』が適当です。グリーン・ゲイブルズとは何か、聞いただけでは分からないでしょうが、アメリカ人だって、少なくともこの小説の出版当時は Green Gables と聞いてもピントこなかったと思います。今では小説があまりに有名なので意味を理解している人は多いと思いますが・・・・・・。

Anne of Green Gables - Puffin Books 1994.jpg
(Puffin Books 1994)
よく見ると、この表紙には green gable が2つ描かれている。ひとつは屋根窓のところにある。
この小説の日本語タイトルは『赤毛のアン』です。なぜここに主人公の身体的特徴が出てくるのでしょうね。それも主人公が強いコンプレックスをいだいている身体的特徴です。本人にとってはどうしようもない、もって生まれた特徴を題名にしている。おそらく「マーケット重視型」の考えで、この本の読者を日本の少女と想定し、一人の赤毛の少女の物語ですよと訳者は言いたかったのだと思います。

しかしこれでは、作者のモンゴメリが題名をつけた意図が無視されています。アンの本名はアン・シャーリーですが

Anne Shirley
Anne of Green Gables

は、ほとんど同じ意味に使われている。実際、小説の中で「あなたは誰?」という質問にアンが「グリーン・ゲイブルズのアンです。I'm Anne of Green Gables.」と答える場面があります(第19章)。その意味では、小説の題は「アン・シャーリー」でもよいくらいです。

では作者がなぜ「グリーン・ゲイブルズのアン」としたかというと、一つはこの小説が少女の成長物語だからだと想像しています。作者は「少女の名前」と「少女の成長環境の名前」の両方を題名に入れた。No.1-2「千と千尋の神隠しとクラバート」でもみられるように、人は置かれた環境との相互作用で成長します。クラバートの場合は水車場、千尋の場合は湯屋というわけです。アンの場合はそれが「グリーン・ゲイブルズ」だった。

アンは「私はグリーン・ゲイブルズのアンで満足」と発言しているし、さらに小説の最終段階でアンはグリーン・ゲイブルズを守るために大学進学を断念し地元の教師になることを選択します。まさに「グリーン・ゲイブルズのアンとして生きていく」というのが結末なのです。題名(Anne of Green Gables)がこの小説の核だと思います。

しかもこの小説は、No.61「電子書籍と本の進化」で書いたように、英米文学や聖書からの引用に満ちています。古典や歴史からのパロディも多い。作者は少年少女向けに小説を書いたと同時に、その裏では大人に向けにも書いている。シェイクスピアを知らなくても十分に楽しめるが、シェイクスピアを知っていると「なるほど」と思う箇所がある。そういった小説です。作者が英米文学に精通しているということから、ひょっとしたらこの小説のタイトルは、英国のトマス・ハーディの小説『Tess of d'Ubervilles(1891。ダーバヴィル家のテス)』を念頭に置いてつけられたのではと想像したりもします。それは違うかもしれませんが、何かを「踏まえた」題名の可能性はあると思うのです。

とにかく、作者の想定する読者には大人も含まれているわけです。『赤毛のアン』という題は、そういった作者の意図を無視しています。



「マーケット重視型」の日本語タイトルで感じるのは、そういうタイトルをつける人が作品の「受け手」を勝手に想定し、
 ・多くの人にウケるようにしよう
 ・分かりやすいようにしよう
としている態度です。しかし、原作者がタイトルをつける時にも「なるべく多くの人に作品を届けたい」と思うはずだし(あたりまえです)、ことさら分かりにくいタイトルをつけようとする人も少ないと思います(意図的に謎を込めるような場合は別ですが)。原作者はその前提に立った上で、タイトルに意味を盛り込み、言いたいことを言おうとしている。それは尊重すべきだと思います。

日本語タイトルはいったん定着すると混乱を避けるために変更は難しくなります。タイトルをつける時にはよく考えるべきで、「オリジナル重視型」ないしは「カタカナ表記型」がまっとうでしょう。ウケるように、分かりやすいようにという「上から目線」や「ひとりよがり」でなはく、「受け手」を信用した方が良い。映画、文学、音楽、演劇、ドラマなどのスタートラインは「受け手の尊重」「受け手を尊敬する態度」なのです。





nice!(0)  トラックバック(0) 

No.50 - 絶対方位言語と里山 [文化]

前回から続く)

前回のNo.49「蝶と蛾は別の昆虫か」では、蝶と蛾を例にとって言葉が人間の世界認識に影響するということを言ったのですが、一歩進んで、言葉が人の認知能力にも影響し、さらには人の行動にまで影響するということが、学問的に究明されつつあります。あらためて整理すると、

人は言語で世界を切り取って認識している。言語は、その人の世界認識に影響を及ぼしている。さらに、人の認知能力に影響を及ぼし、また行動にも影響する。

ということなのです。この端的な例が「絶対方位言語」です。


絶対方位言語


日経サイエンス 2011-05.jpg
日経サイエンス 2011年5月号に「言語で変わる思考」という記事が掲載されていました。これは米国スタンフォード大学で認知心理学を研究しているボロディツキー助教授が書いたものです。この中に「絶対方位言語」の興味深い例があります。

人間の言葉には、方向や方角、位置関係を示す言葉がいくつかあります。まず「左」と「右」ですが、これは「相対方位」です。「私」を基準にとると、自分の視線の方向を基準にして心臓のある方向を「左」、反対側を「右」と言っているわけです。どの場所が左でどの場所が右かは、基準のとりかたによって変わります。相手を基準にする場合、混乱を避けるために「あなたから見て、向かって右」という風に丁寧に言ったりしますね。つまり「左」「右」はある基準からみた「相対方位」です。「前」や「後」も同じです。

これに対して「東・西・南・北」は(この地球上で生活している限りは)基準の取りかたには依存しません。これが「絶対方位」です。「地球の地軸を基準にしているので、地球上である限り絶対方位である」というのが正しいでしょう。

世界中には数千の言語がありますが、普通の言語は相対方位と絶対方位の両方を備えています。そして普通、相対方位は小空間で使われ、絶対方位は大きな空間スケールで使われます。しかし言語の中には、すべての空間スケールにおいて絶対方位を使う言語(=絶対方位言語)があるのです。オーストラリア大陸の北部、ニューギニアに向かって突き出た半島がヨーク岬半島ですが、そこの一部のアボリジニの人たちで話されている「クウク語」がその例です。クウク語では空間のスケールによらず、絶対方位が使われます。従って、テーブルの上を指して「カップはお皿の南東にある」といった言い方になるわけです。

日経サイエンスの記事には「絶対方位言語」という言葉は使われていません。絶対方位に基づく言語、という言い方がされているのですが、簡単にために「絶対方位言語」と呼ぶことにします。

絶対方位言語の話者は、自分が今どの(絶対)方位に向かっているのかを常にとらえています。そのため方位の認知能力が極めて高いのです。記事から引用します(太字は原文にはありません)。

オランダのナイメーヘンにあるマックス・プランク言語心理学研究所のレビンソン(Sthphen C. Levinson)とカリフォルニア大学サンディエゴ校のハビランド(John B. Haviland)が過去20年に行った画期的研究によって、絶対方位に基づく言語を話す人たちは、見知らぬ景色やなじみのない建物の内部であっても、自分の位置を把握するのが著しく上手であることが示された。同じ環境で生活しているがそうした言語を話さない人たちよりも上手であり、まさに科学者の想像を超えた能力を示した。言語による要請が、この認知能力を強め、鍛えている。

L.Boroditsky「言語で変わる思考」
(日経サイエンス 2011年5月号)

ボロディツキー助教授は、クウク語を話す村を訪れたときの様子と、スタンフォード大学での「実験」を書いています。

北オーストラリア、ヨーク岬の西の端にあるポーンプラーウという小さなアボリジニの集落で、私は5歳の女の子の横に立っていた。北を指すように頼むと、彼女は迷うことなく正確に指さす。手持ちの方位磁石を確認すると、まさしくその通りだ。

後日スタンフォード大学に戻って、私は講堂に集まった学者たち(さまざまな科学賞などの受賞者だ)に同じことを頼んだ。なかにはその講堂にかれこれ40年以上も足を運んできた人もいる。目を閉じて(ズルができないように)、北を指すように頼むと、多くの人が「そんなのはごめんだ」と拒んだ。彼らは答えを知らないのだ。指さしてくれた人たちは、しばらく考えてから、それぞれまるでばらばらな方角を示した。ハーバード大学とプリンストン大学、モスクワ、ロンドン、北京でこの実験を繰り返したが、結果はいつも同じだった。

ある文化圏の5歳児が、他の文化圏の著名な科学者がなかなかできない何かをいとも簡単にやってのける。これは認知能力としては大きな違いだ。

Pormpuraaw.jpg
(C) Google
さらにボロディツキー助教授は、クウク語の話者にある実験をします。まず「時間的経過を示す一連の写真」を用意します。たとえば「年老いていく男」「成長していくワニ」「食べられて減っていくバナナ」などの一連の写真のカードです。これらのカードを、時間的経過をバラバラにしてクウク語の話者に渡し、正しい時間的順序になるように地面に並べるように頼んだのです。

我々日本人もそうですが、普通のアメリカ人は「左から右へ」とカードを並べます。ただしヘブライ語を話す人は「右から左へ」と並べる傾向があるそうです。これはヘブライ語が右から左へと書く言語だからです。とにかく、並びとしては「相対方位」で並べるのが普通です。前方から手前とか、そういう風にあまりしないのは、人間の手が左右についているからでしょう。

ところが、クウク語の話者は違います。

しかしクウク語の話者はふつう、カードを左から右あるいは右から左に配置することはなかった。東から西へ並べたのだ。つまり、南を向いて座っているときにはカードを左から右に、北を向いているときにはカードを右から左に、東を向いているときにはカードを前方遠くから手前に、といった具合だ。実験にあたって、どちらの方角を向いているかを当人に知らせたことは一度もない。クウク語を話す人たちは言われずともそれをすでに知っていて、その空間方位を自発的に用いて時間的表現を組み立てていた。

本文には書いていませんが、この実験から推測すると、クウク語の話者が南東を向いて座っているときには、カードを左前方から右手前へと斜めに並べることになります。おそらくそうなのでしょう。

クウク語の話者は、時間の経過を東から西へという空間配置でとらえていることになります。これはもちろん太陽の動きを意識しているのだと思います。絶対方位言語の話者は、時間経過を空間配置に置き換えるときも絶対方位なのです。

以上を要約すると

絶対方位言語の話者は、空間の絶対方位(東西南北)の認知能力に優れている。
時間経緯は絶対方位と関連付けられていて、それは具体的行動にも現れる。

ということだと思います。これは、言葉が人の認知能力や行動にも影響することを実証する一つの事例なのです。

我々は普通、知らない土地や建物の中では、注意しているつもりでも方角が分からなくなることをよく経験します。何度も行ったはずのデパ地下でも、帰るつもりで出口と反対の方向へ向かっていたりする。それと比較してクウク語を話す人たちは、まるで地磁気センサーとジャイロセンサーを組み込んだスマートフォンのようなことが出来るわけです。大変な能力だと思います。

言語で変わる思考.jpg

しかし、クウク語のような絶対方位言語は、世界的にみると「少数言語」です。もっと話者が多い言語ではどうなのか。日経サイエンスの同じ記事に「英語」と「日本語・スペイン語」の対比が書かれています。


英語と、日本語・スペイン語の相違


著者の説明です。英語の話者は「誰かが何かをしている」という形で物事を表現する傾向があります。たとえ偶発的事故であっても「ジョンが花瓶を壊した」といった「他動的構文」を好みます。

対照的に日本語やスペイン語の話者は、偶発事象を述べる際には、行為の主体に言及することはあまりありません。スペイン語では「Se rompio el floreo」であり、日本語に直訳すると「花瓶が壊れた」あるいは「花瓶はそれ自体を壊した」となります。ボロディツキー助教授のグループは、次のような巧妙な実験で、言語の違いが記憶に与える影響を見い出します。

私たちは英語とスペイン語、日本語の話者に、2人の男が故意または偶然のいずれかで風船を割り、卵を割り、飲み物をこぼすビデオを見せた後、予告なしの記憶テストをした。

目撃したそれぞれの出来事について、警察での面通しのように2枚の顔写真のうちどちらの男が実行したかを指定させる。一方、別のグループには、その出来事を自分の言葉で述べてもらう。

記憶の成績を調べた結果、まさに言語のパターンから予測されるような違いが目撃記憶に生じていた。3つの言語の話者はみな、故意の出来事を「彼は風船を割った」のように動作主体を明示する形で述べ、誰がその意図的行為をしたかをよく覚えていた

しかし偶発事故に関しては興味深い違いが生じた。スペイン語と日本語の話者は英語を話す人に比べ、動作主体を明示して述べることが少なく、これに対応して、誰がそれをしたかに関する記憶が英語の話者に比べて弱かった。これは彼らの記憶力が悪いためではない。意図的行為(この場合は彼らの言語でも動作主体に当然ながら言及する)の主体については、英語の話者と同様によく覚えていたのだから。

この実験が示唆するのは、記憶はその人の言語に影響されるということですね。記憶はビデオ録画とは違うのです。その光景が言語的文脈に置き換えられて記憶される。言葉の構造が認知能力に影響するという証明になっています。

こういった数々の実験を通して、ボロディツキー助教授は次のように結論づけています。

人間の知性を特徴づける性質はその適応性、つまり変化する目的と環境にあわさせて世界に関する概念を再編成していく能力だ。この柔軟さの結果として、世界中に非常に多様な言語が生まれた。それぞれの言語は独自の認知手段を提供し、その文化の中で数千年にわたって開発されてきた知識と世界観を内包している。

そして言語はそれぞれが認識とカテゴリー分けの仕方、世界に意味を認める仕方を含んでおり、それらは私たちの先祖によって開発され研ぎ澄まされてきたかけがえのないガイドブックだ。



ボロディツキー助教授が「絶対方位言語」や「他動的構文」のフィールド・ワークや実験で明らかにしてきたのは、

人は言語で世界を切り取って認識している。言語は、その人の世界認識に影響を及ぼしているし、さらには人の認知能力に影響を及ぼし、また行動にも影響する。

とまとめることが出来ると思います。これは認知心理学の学者の間では広く認められつつあるようです。さきほどの引用中にも「言語は世界に意味を認める仕方を含んでいる、かけがえのないガイドブック」と述べられています。

しかし思うのですが、記事で例として取り上げられている言葉、つまり

左右、東西南北(=相対方位と絶対方位)
ジョンが花瓶を壊した(=他動的構文)

などは、言語の中でも「基礎的語彙」や「基礎的構文」です。ボロディツキー助教授は学者なので、言葉を通して人間の認識の本質、さらには知性の本質に迫ろうとしています。その目的のためには、言語の基礎的要素を例にとるのが必須なのでしょう。

しかし、もうちょっと広く考えてみると、人間社会や自然の特定の断面を表す言葉や社会的な意味合いの言葉では、「言語は世界の認識手段であり、人の認知能力に影響し、行動にも影響する」のはよくあるし、あたりまえのことだと思うのです。この社会的語彙の一つの例として、日本語の「里山」という言葉を考えてみます。


里山


「里山」は比較的最近の言葉です。1960-70年代に使われ始め、80年代に広まり、90年代にスタンダードな日本語として認知されるようになった。『広辞苑 第4版』およびそれ以前にこの言葉はありません。広辞苑における「里山」の定義は次のようです。

『広辞苑 第4版』(1991.11.15)
里山の項なし
『広辞苑 第5版』(1998.11.11)
人里近くにあって人々の生活と結びついた山・森林
『広辞苑 第6版』(2008.01.11)
人里近くにあって、その土地に住んでいる人のくらしと密接に結びついている山・森林

里山という言葉自体は江戸時代からあったようで、明治から昭和の時代の東北地方の山村でも使われていました(有岡利幸『里山2』法政大学出版局 2004 による)。しかし一般用語として全国的に広まったのは『広辞苑』にみるように比較的最近です。そして、この言葉を広め、里山の大切さを認知させた功労者は、森林生態学者で京都大学名誉教授の故・四手井綱英氏です。

里山(神奈川県秦野市).jpg
神奈川県秦野市の公式ホームページにある里山風景。日本全国どこにでもある光景である。秦野市は里山・里地の保全に力をいれているが、もちろんこのような自治体は全国に多数ある。
日本人は古くから里山の恩恵を受けてきました。つまり木を薪にして利用し、木炭を作り、生活用品を作り、また山の竹も広く活用します。山菜、キノコ、薬草も採ります。広葉樹の落ち葉は、集めて肥料にします。燃やした木材や落ち葉の灰も肥料になります。里山は、適度な間伐と下草の除去を行うことによって日光が地面に届くようになり、植物や昆虫が豊富になり、生物の多様性が保たれます。里山は人間の手の入った自然です。

哺乳類も里山に生息するものが多いわけです。タヌキ、サル、キツネ、ウサギ、イノシシ、シカなどの中大型動物や、モグラ、コウモリ、ムササビ、リスなど小動物です。動物は人里離れた山奥を好むと見られがちですが、意外に里山に多く生息しているのです。里山はまた、土砂崩落の防止や水資源の保持などの環境保全にも役だっています。なお、里山とその周辺の谷津(やつ。谷戸・やと、とも言う)、集落、農地、河川などを含めて「里地」と言うことがあります。

あたりまえですが「里山」という言葉が一般的になる前から里山はあり、人間との深い関係を保ってきました。しかし「里山」という言葉とそれに付帯した概念が広まることによって、広く人々の関心が集まるようになった。「里山は大切だ」「里山の自然を守ろう」というように・・・・・・。

鎌倉中央公園.jpg
鎌倉市の鎌倉中央公園。里山や農地を含む一帯が、一つの都市公園として保存されている。
里山は近辺に住む人を超えて、都会人の関心も集めています。里山ボランティア、森林ボランティアが組織され、森や雑木林の手入れ、保全活動がされています。里山の自然観察会やバードウォッチングの会もあります。森林浴という言葉とその効用についての知識も広まってきました。数々の書籍や写真集も出版されています。写真家・今村光彦氏の写真集は有名です。NHKは今村氏の協力も得て、長期に渡って里山の自然と人間のかかわりをハイビジョンカメラで撮影し、NHKスペシャルで放映しました。これは2009年に劇場版映画「里山」として公開されています。このTV番組も映画も、国内外の数々の賞を受賞しました。また、里山の保護に力を入れている自治体も多く、自然保全地域の指定も多々あります。里山を含む一帯の「里地」を都市公園として保存した例もあり、神奈川県で言うと、茅ヶ崎里山公園や座間谷戸山公園、鎌倉中央公園がそうです。

この里山という言葉が広まっていった時期は、高度成長期の都市化によって、都市郊外の自然破壊が進んだ時期と重なります。その時期から芽生えてきた自然保護意識に、里山という言葉がピッタリとはまった。いくら四手井教授が言葉を広めようとしても、人々の琴線に触れないと広まらないはずです。里山は、経済成長の一方で忘れていた日本人の心のふるさと、というようなイメージもあるのでしょう。そして「心ふるさと」に止まらず「日本の誇り」といった意識も出てきた。sushi や tsunami、haiku、bonsai、kaizen など、国際用語になった日本語は数多くあります。これらはいずれも日本固有ないしは日本に特徴的な事物、自然、風俗、文化、企業経営理念であり、いわば「わかりやすい」ものです。しかし最近、もっと複雑な説明を要する言葉が外国人にも受け入られています。たとえばノーベル平和賞を受賞したケニアの故ワンガリ・マータイさんは、日本語の mottainai が Reduce、Reuse、Recycle を一言で表し、かつ地球環境への Respect という意味もあると言っていますね(その通りです)。だとすると satoyama も「今後、国際用語としたい日本語」ではないでしょうか。里山のようなカルチャーをもった地域は世界中にあると思うのです。

「心のふるさと」で思い出したのですが、日本の第2の国歌(ちょっと大袈裟ですが)とでも言うべき「ふるさと」という曲があります。この冒頭の歌詞の「兎追いし、かの山」というのが、まさに里山のイメージですね。戦前の旧制高校の時代、京都の三高の寮生は吉田山で兎をとっていた、との回想録をどこかで読んだことがあります。吉田山は現在も京都大学の本部キャンパスのすぐ東隣で、京都の街のど真ん中の山です。人家に近接した山に野兎がいるのは、70年ほど前までは当たり前だったのです。そういえば、京都の街の東・西・北を取り巻く山々は、今でも里山の典型です。

そういった自然と人間との共生関係が失われてきたこと、ないしは、人々が自らそれを捨ててしまったことへの危機感が「里山」という言葉が広まった背景にあると思います。

日本における人間と自然の関係を「里山」という言葉が、一言で、スパッと言い表した。そしてその言葉が人間の意識を変え、あるいは忘れかけていた大切なものを思い出させ、ボランティア活動までを引き起こした。「里山」という言葉がなかったら今の保全活動はなかった、とまでは言いませんが、少なくとも「言葉による世界認識」がキーとなって、日本の社会に新たな「動き」を作ることに寄与したことは確かだと思います。「森林や雑木林を保護しよう」と何万回繰り返すより、保護すべき自然としての「里山」という言葉を作り出す方が効果がある。

写真に掲げた神奈川県秦野市の里山などは、日本全国どこにでもある光景です。あまりに当たり前すぎて、それを見ても何とも感じないのが普通でしょう。しかし里山という言葉を知っていると、そこにあるはずの人間と自然の相互関係が「認識」でき、当たり前すぎる風景が新たな価値を持ちます。

言葉による世界認識は、里山のように新しいモノの見方を提供します。ということは、逆に言うと言葉がモノの見方を拘束することもあるわけです。社会的な場で我々は「言葉が規定するモノの見方」に従って意見を言い、賛成し、反対していることがよくあります。それは社会を円滑に運営するための必須事項なのですが、革新や創造を妨げることにも注意したいと思います。と同時に、言葉が固定概念をブレークスルーし、新しい価値をもたらすことがあることも覚えておきたいと思います。

映像詩「里山」.jpg
里山の四季(映画「里山」の公式ホームページより)



 補記1 

ことばと思考.jpg
このブログの前半で、オーストラリア原住民のアボリジニの言語の一つである「クウク語」が「絶対方位言語」であり、クウク語の話者は絶対方位(たとえば東の方向)を認識する能力があるという研究成果を紹介しました。最近、今井むつみ著「ことばと思考」(岩波新書。2010)を読んでいたら別の例があったので、それを紹介します。

方位を認識する能力のことを専門用語で「デッド・レコニング」(dead reckoning)と呼んでいます。たとえば伝書鳩は遠く離れた場所から自分の巣に戻ってくることができます。また多くの動物は数キロ、数十キロ離れた場所から元の場所に戻ることができます。この場合、離れた場所に移動した経路で戻るのではなく、最短の経路で戻ることがきるのです。つまり元の場所(たとえば巣)の方位を認識する能力があるわけで、これがデッド・レコニング能力です。

ちなみに、デッド・レコニングとは船舶・航空機用語で「推測航法」のことです。つまり、移動体(船、航空機)からみた外的基準(天体、地形、外部からのレーダーなど)にたよらず、出発点からの移動方向、速度、時間、距離から移動体の現在位置を推定し、目的地に向かう正しい進路をとる航法です。自律航法とも言います。

この今井さんの本に絶対方位言語の話者のデッド・レコニング能力を調べた調査が紹介されています。


オランダのマックス・プランク研究所のチームはグーグ・イミディル(注:オーストラリアのアボリジニの一族)を始め、絶対座標を用いるいくつかの言語の話者のデッド・レコニング能力を実験で調べた。グーグ・イミディル族は狩猟民族で、日常的に非常に遠くまで獲物を追いに出かける生活をしている。他方、メキシコ先住民のテネパパ族は農耕民族で、自分の村周辺から遠く離れることはあまりない。このようにライフスタイルや環境が非常に異なるが、ともに絶対座標で空間関係を表現する言語の話者と、オランダ語や英語のように相対座標を主に用いる言語の話者を対象に、そのデッド・レコニング能力を比較したのである。

グーグ・イミディル族の協力者に対しては、車で100キロほど離れた場所に連れていき、そこから「家の方向」を指してもらった。テネパパ族の協力者に対する実験では、5キロから10キロほど離れた場所に歩いて移動し、そこにあるまどのない家の中で「家の方向」を指してもらった。

どちらの話者も、非常に正確に(誤差は5度以内)家の方向を言い当てることができた。実際、研究者たちがGPS(全地球測位システム)で正確な方向を測って確かめるのをみて、協力者たちは、機械が正確かどうかを確かめるために、彼らに方向を指してもらっていると思ったそうだ。経路について語るときに自然に用いられるジェスチャーでも、自分の向きとは無関係に、モノのある方角の方を正確に指すジェスチャーが見られた。

比較のために、オランダ人で、頻繁に盛りにキノコを探しにいく人たちを対象に、森の中を移動してもらい、同じように「家の方」を指してもらった。オランダ人の指す方向は、バラバラで、絶対座標を用いる言語話者とは比べものにならなかったということだ。

今井むつみ「ことばと思考」
(岩波新書。2010)

このような話を読んで我々は、相対方位を表す言葉(前、後、左、右、など)を欠く言語は、言語の影響によってデッド・レコニング能力が磨かれる、と考えてしまいそうです。しかしコトはそんなに単純でもないのです。

この本の別のところには、

「ヒトの4歳以下の子ども」と「動物」は、絶対的な枠組みによって空間の位置関係を把握する

ということが書かれています。要約すると以下のとおりです。

「相対枠組みが主流の言語」の子どもが「左」と「右」という言葉を学習する時期は、モノの名前などに比べてかなり遅く、これらの言葉を間違えなく使えるようになるのは、5、6歳であると言われている。

「左」「右」などの相対枠組みに依拠した言葉を学習する前の子どもの場合、空間上のモノの位置の認識は、ヒト以外の動物と同様に絶対枠組みに従っているようだ。

ヒトの子どもを含め、動物全般に普遍的に共有される認識は絶対枠組みの認識であり、相対枠組みに従った空間の位置の認識は言語によって作りだされたものであるようだ。

ちょっと意外な感じがしますね。ということは、日本語や英語の話者は「右」とか「左」とかの便利なことばを持ったがために、絶対方位を知る能力=デッド・レコニング能力が磨かれる機会を逸したし、それどころか本来備わっていた能力を退化させたという推論もできるわけです。俗に言う「方向音痴」は言葉によって作り出される・・・・・・?!。

言葉と認識の関係は非常に奥深いものであるようです。

(2013.7.20)

なお、デッドレコニング能力に関係する話ですが、哺乳類の脳の中にある「自分の現在位置を把握する仕組み」ついて、No.184「脳の中のGPS」に書きました。

(2016.8.16)



 補記2 

2013年7月に『里山資本主義』(谷浩介・NHK広島取材班・著。角川書店 2013.7.10)という本が出版されました。一言で言うと「地域に根ざした資本主義」の重要性が主張されていて、たとえば木質バイオマス発電や木材ペレット(燃料)による、林業の再生が述べれられています。

この本の内容の妥当性はさておき、注目したいのはタイトルです。この「里山資本主義」は、NHK広島放送局のディレクター・井上恭介氏の造語だと、本の後書きに書いてあります。おそらく井上氏は「自然環境と資本主義の共存共栄」というようなテーマをずっと考えていて、あるとき「里山資本主義」という言葉を思いついた、と想像します。そして、番組作りや藻谷氏との本づくりに動いた。彼を動かした原動力となった重要なものは「里山」という言葉そのものだったのではないでしょうか。

「里山」という言葉には、自然環境と人間の営みに関する多くのものが詰め込まれています。それをシンプルな言葉でパッとイメージさせられる。「里山」という言葉のもつパワーを改めて思いました。

(2013.9.13)



nice!(0)  トラックバック(0) 

No.49 - 蝶と蛾は別の昆虫か [文化]

今回は言葉についての話です。No.18「ブルーの世界」の冒頭で、日本語における「青・あお」について書きました。補足も加えて整理すると、次のようなことです。

日本語ではグリーンからブルーにかけての幅広い色を「あお」と表現してきた歴史と文化がある。特に、グリーンを「あお」という例は、青葉、青野菜、青物(市場)、青信号、青竹、青汁、青蛙、青田(買い)、青虫、青唐辛子、青海苔、青麦、青いリンゴ、など、いろいろある。

東山魁夷画伯が風景画に使った、いわゆる「ヒガシヤマ・ブルー」は、グリーンからブルーにかけての幅広い色を「ブルー」で表現している。特に、現実に緑(ないしは暗い緑)に見える風景をブルー系統の色で描いた絵があるが、それに全く違和感がないのは、日本語の「あお」という言葉の伝統による(のではないか)。

夕静寂.jpg
東山魁夷
「夕静寂」(1974)
(長野県信濃美術館)

人間は言葉で外界を認識します。外界の事物について、名前があるのかないのか、あるとしたらその詳細度合いはどうか、どういうカテゴリーで名前付けされているのかが人の認識に影響します。特に色は「連続変化量」なので名前付けは千差万別であり、外界の認識方法が端的に現れるものです。

人は言語で世界を切り取って認識している。言語は、その人の世界認識に影響を及ぼしている。

とうことをさらに考えてみよう、というのが今回のテーマです。


フランス語では蝶と蛾を区別しない


No.17-6 日本語と外国語.jpgNo.17「ニーベルングの指環(見る音楽)」において、鈴木孝夫・慶応大学名誉教授の著書『日本語と外国語』(岩波新書。1990)の内容から「虹の色の数はいくつか」という考察を紹介しました。「虹の色は7色」と、誰もが口を揃えて言うのは日本とフランスであり、世界的にみると必ずしも7色ではないという話でした。

この『日本語と外国語』に、蝶と蛾の話が載っています。我々日本人は「蝶」と「蛾」は、似ているけれど別種の昆虫だと、何となく思っています。昔、羽を閉じてとまるのが蝶で、羽を広げてとまるのが蛾だという話を聞いたことがあります。それは必ずしも正しくないのですが・・・・・・。とにかく、鱗翅類に昼間活動する蝶と夜行性の蛾の2種がある、と思っている。

ところが鈴木教授は『日本語と外国語』の中でフランス語のパピヨンについて指摘しています。フランス語のパピヨン(papillon)が蝶かというと、そうではない。パピヨンは蝶と蛾を合わせた鱗翅類全体を指す言葉なのです。鈴木教授は、蝶と蛾をごちゃ混ぜにしたカラー写真を掲載しているラルース百科事典を示し、初めてそれを見たときの「衝撃」を語っています。これは言語の違いに驚いたというより、言語学を専門とする学者でありながら(フランス人にとっては)当たり前の事に長年気がつかなかったという衝撃だと思います。

ラルース百科大事典-1.jpg ラルース百科大事典-2.jpg
フランス「ラルース百科大事典」の図版

フランス人が見ると「パピヨンの図版」
日本人が見ると「蝶と蛾が混ざっている図版」
岩波新書「日本語と外国語」(1990)より引用

フランス人が書いた蝶に関する本に、ギー・マトー著『蝶(Les Papillons)』(和田祐一訳。文庫クセジュ。白水社。1960)という本がありますが、もちろん蝶と蛾を扱っています。訳者の和田氏は次のように書いています。

フランス語では一般に日本における如く蝶と蛾をはっきり区別しない。特に区別する時は papillon diurne(蝶)と papillon nocturne(蛾)と言う。従って papillon は蝶だけを指す言葉ではなく、蛾も含まれるので、従って鱗翅目を指すわけであるが、学術用語ではないから蝶とのみ訳しておいた。

余談ですが、この『蝶』という本には鱗翅目の学術的な分類と種の数が載っています。種のおおよその数は以下の通りです。

鱗翅目 同脈亜目 400 103,200
異脈
亜目
単門類 1,300 102,800
二門類 85,900
蝶類 15,600

カイコガ.jpg
カイコガ